タイトル:ヤツハソラニイルマスター:冬斗

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/24 01:29

●オープニング本文


 空と海。
 この二つは古来より人類の憧れでもあり、同時に畏怖すべきものでもある。
 人はそれを自在にせんと挑み、そして今尚それは完全にはなしえてはいない。
 当たり前の事だ。
 人は空を飛べないし、水の中では生きられない。
 だからこそ、そこに挑む者達を人々は讃えたのだ。


 JANA国際線10:30発9246便台湾行き。
 なんでもない日常のフライトを行うこの旅客機を今、災厄が迎えようとしていた。

 旅客機の速度は巡航時時速900km/hにも達し、前方を肉眼で確認することは至難である。
 よって、航空機はそれぞれが大きく一定以上の距離をとり、尚且つ互いをレーダーで確認することによって衝突を避けている。
 だから、レーダーに映らない『それ』は機長達の目にも速過ぎて確認できなかった。

 突如、機内を襲う衝撃。
 予告もない大きな振動は乗客達を動揺させるに充分過ぎた。
 必死の思いで平静を保ちつつ、コクピットを確認する乗務員。

 ――そこには砕けたフロントガラスと負傷したパイロット達、
 そしてそれらを嘲笑う黒い猿のような獣。


 空を旅する者達なら一度は聞いたことがある。
 飛行機に悪さをする伝説上の悪魔。
 その名は確か――。


 乗務員が乗客に呼びかける。

「お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか!?」

「お客様の中に飛行機の運転をされた方はいらっしゃいますか!?」

「お客様の中に能力者の方はいらっしゃいますか!!?」

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
フェブ・ル・アール(ga0655
26歳・♀・FT
戌亥 ユキ(ga3014
17歳・♀・JG
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD

●リプレイ本文

●セキュリティ
 飛行機に危険物を持ち込めないというのは正確ではない。
 『外国に持ち込めないものがある』というだけの事だ。
 UPCの傭兵である能力者には当然武器の携帯は許可をされている。
 だが、それはあくまで『所持物』の話である。
 閉ざされた空間となる離陸後の機内においてハイジャックなどの警戒をされる中、なにかよほど特別な許可でもない限りは危険物の持ち込みは認められない。
「お客様、これは‥‥」
 手荷物は金属探知器を通さない。
 そのかわりにX線検査にかけられ、中身を調べられる。
 御山・アキラ(ga0532)のそれはトレーニング用グローブ。
 中に重りが入っているというが、問題はその形状。
 四本指にぴったりと張り付くソレはナックルともメリケンサックとも呼ばれる品物。
 凶器と見なされてもおかしくはない。
「移動中も訓練は欠かしたくはないのだが‥‥」
 嘘だ。
 キメラ対策の一環としての用心だったのだが――、
「流石にちょっと‥‥」
 まあ、当然か。
「――そこをなんとかなりませんか? 最近キメラによる航空被害が著しいのはわかるでしょう」
 言ったのはアキラではない。
 航空会社と交渉しているのはアルヴァイム(ga5051)。
 彼もキメラ対策を個人的に練っているようだ。
「おや? 貴女も傭兵ですか。ちょっと――」
 アルヴァイムはアキラを巻き込み説得を続ける。
 それが功を奏したのか、
「――わかりました。では」
 キメラに空を脅かされている事は事実。
 対策を練っているのは会社側も同じで、
 たまたま話のわかる責任者がいた事も幸運だったのかもしれない。
 まあ、それでも、
「これだけ。残りは預からせていただきます」
 許可が降りたのはアキラのグローブのみ。
 流石に飛行機内に刃物は無理があったらしく。
「――仕方ありませんね。おいおい交渉していく事にしましょう。
 何も今キメラが現れるわけでもないのですから――」

●オペレーションノーマル
「機内食ってのもおいしいなあ! でも食べ過ぎると向こうでお腹一杯になっちゃうからね、我慢我慢!」
「戌亥さんどこいきます?」
「私、飲茶〜! 台湾っていったら飲茶でしょ!」
「俺、フカヒレと燕の巣っての食べてみたいです」
「ぱぁ〜♪っと遊び溜めしておかなくちゃねっ!」
 海外旅行にはしゃぐ黒髪の大和撫子二名。
 戌亥 ユキ(ga3014)と鏑木 硯(ga0280)。
 日本人の目からみても素敵な美少女二人組。
「ホントありがとーね! 一人じゃ退屈だったとこだよ!」
「いや、俺こそ、誘ってくれた戌亥さんとフェブさんには感謝です」
 初対面ながらもユキと気さくに盛り上がる硯。
 ――『俺』?
「‥‥にしてもうらやましいくらい着物似合うね〜、硯さん」
「そうですか? 何か照れちゃうな‥‥」
 照れるな男の子。
「ぷにゃー‥‥もう食べられないー」
 空席つかってだらしなく寝ている眼鏡姉さん、略してメガ姉さん、フェブ・ル・アール(ga0655)。
 この美女三人――正しくは美女二人に美少年一人――組、現在傭兵稼業の息抜きに『台湾グルメ&エステツアー』に。
 ラストホープで旅行計画していたユキにフェブが乗り、お友達の硯を誘った模様。
 ――にしてもこの二人、『生き仏とお供え物』って‥‥どんな関係?
 二人分の空き席にごろんと寝転ぶフェブ。
 寝たまま器用にリクライニングを倒すとシートは後ろの女性に――。
「わ、ちょっとフェブさん! ――すみません」
 慌てて着物姿の女性に謝る硯。
 藍色の着物を優雅に着こなす女はくすりと笑い、
「いいですよ、お気になさらず。――あ、では私はそちらの席にいいですか?」
 と、鳴神 伊織(ga0421)はフェブ本来の席――硯達の向いに移動する。
 機内はエコノミーで尚埋まりが悪い。
 あちこちに空席が見受けられる。
 無理もないだろう。
 空を行くキメラが数種ないしは数十種確認されている昨今、逃げ場のない空の旅は乗客の不安を煽るには充分と言えた。
 まあ、それでも――飛行機のキメラによる事故はフライト時の数あるトラブルの中のほんの数%。
 陸のキメラ被害と比べても損害は著しく低い。
 たまたま乗った飛行機で偶然キメラに襲われたのだとしたら、
 ――その乗客達は余程運に恵まれてはいないのだろう。

●イグニッション
 遠石 一千風(ga3970)は依頼の途中。
 比良坂 和泉(ga6549)は依頼の帰り。
 適度に緊張状態を保っていたこの二人がキメラの襲撃に最も反応が早かった。
 和泉は動揺する乗客と乗務員の前で覚醒を見せる。
 髪は逆立ち、その風貌は若い獅子を思わせた。
「能力者です! 乗務員さん、俺達の荷物は!?」
 同時にすらりと美しい長身に紋様を浮かび上がらせる一千風。
「こちらもよ! コックピットに案内して!」
 と、別の乗務員に。
「一千風さん!?」
 返事は乗務員より先に着物の少年。
「鏑木さん!? なんでこんなとこに――」
 直後に振動。
 乗客を慌てて宥める乗務員。
 そして――、
「おおっ!? な、何だ!?
 め、眼鏡メガネ‥‥スチュワーデスさーん。どったのー?」
 いまさらおめざめフェブさん。
 ――なんであれ、ここにこれだけの能力者がいたことだけが不幸中の幸いか。

 一方、和泉の質問に『はい、ここです』と荷物を渡せない乗務員。
 乗客の荷物は貨物室にあり、そこには機外からしか入れない。
 機内から入れては乗務員を拘束し、鍵を奪うだけでハイジャックが成立してしまう。
 機内の危険はもちろん、管理する乗務員の危険は跳ね上がるだろう。
 事情を聴きだす和泉の傍に
「――私がやろう。CAさん、この下か?」
 現れた褐色肌の美女に怯むライオン和泉。
 生真面目かつ女性の苦手な彼にとって彼女、アキラの姿――特に胸元とか――は目の毒のようだ。
 年上の癖に情けないぞライオン。
 ――ともかく、アキラはグローブを噛み千切ると中の重り――メタルナックルを取り出し、
「用心が役に立つというのは複雑な心境だ」
 その為に持ち込んだものではあったが、まさかいきなり使う事になるとは思ってもみなかった。
「気圧差がある! 一般の方は別室に避難して!!」
 和泉が乗務員らに指示し、アキラは床を――、
「待って。武器を持っているのならコックピットに。
 事態は一刻を争います。武器は私達に任せて!」
 蒼く覚醒する着物の女・伊織。
 アキラは彼女の実力を知っている。
 頼れる仲間に出会えた事を感謝し、荷物の番号プレートだけを渡し、コックピットへと駆けた。

「――さてと、あまり時間はかけられませんね‥‥」
 事は一刻を争う。
 アキラには硯と一千風も後を追ったが、武器を持っているのはかろうじてアキラのみ。
 相手がキメラならSES搭載の武器をもってしないと攻撃は通じない。
 豪力発現を使うが、それでも足りない。
 蒼い輝きに紅が混じり、伊織の全身が紫に彩られる。
「――はぁぁぁッ!!」

●ALIEN Killer
 ――美月は過去、バグアらに両親を奪われた。
 尤もそんな過去を持つ者はこの世界ではさして珍しくもない。
 彼女がそれに対しどれほどの想いを抱いているのかは当人ですら推し量れるものではない。
 ただ、その日から彼女は名を変えた。

「――フッ!!」
 普段以上に感情の消えた瞳でアキラは空の悪魔達を打ち砕く。
「せっ! はぁっ!」
 SES武器を持っていない硯だったが、敵を倒すだけが武道ではない。
 柔術か合気か、関節をとってからの投げ技は人に近い形をとっているキメラ達に思いの外効いた。
「こちらへ! 気をしっかり!」
 一千風も居たのが幸いだった。
 キメラの攻撃と気圧差による被害の深刻なパイロット達を二人が止めている隙に運び出す。
 シートベルトをつけていたために放り出される事のない反面、連れ出すのにはえらく手間がかかる。
 そしてキメラ達は強さ以上に数が果てしない。
 ナックルだけでは致命傷には届かず、硯の投げはあくまでキメラを散らすだけのものだ。
 そして外からくる気圧流が二人に全力を出させない。
 それでも――三人は戦った。
 ここから奥にキメラを通すわけにはいかないから。

●タービュランス
 伊織、フェブ、和泉、――そして駆け付けたアルヴァイムが貨物室に駆け降りる。
 ねぼすけフェブはいままでの天然振りはどこへやら、的確迅速に乗務員を連れ、貨物室を案内させた。
 貨物室は気圧差により一般人は満足に行動できない。
 抱えながら案内に従い荷物を探す。
 和泉はアルヴァイムがいたのが幸いした。
 暗い密室に美女二人――乗務員も含めるなら三人か――はナニかと落ち着かない。
 真っ先に荷を見つけたのはそのアルヴァイム。
 自分の荷物に蛍光塗料で印をつけておいたらしい。
 このようなタイミングで役に立つのはあまりに出来過ぎだが、とにかく功を奏したのは間違いない。

 そして、客室に残ったのは戌亥ユキ。
 4人が武器を回収する間、彼女は乗務員と共に乗客への配慮を任される。
 能力者として安心を与えたいのなら、見た目から和泉やアルヴァイムが適任だったかもしれない。
 けれど、4人はユキに任せた。
 そこに彼らなりの信頼をおいて。
「落ち着いてください!
 外は大丈夫です! 私の仲間が戦っています!
 私達、能力者です!」
 右手に白く輝くエミタの光を見せ、ユキは精一杯の説得を続ける。
 怖くないわけがなかった。
 戦闘に慣れたところで命の危険がなくなる訳ではない。
 ましてやいくら彼女らでも空は飛べない。
 だが守らねばならない。
 乗客を。
 彼らの帰りを待っている人達のところへ。
「キメラは私達が機外にて迅速に処理します。
 ‥‥大丈夫♪こういう事にかけてはプロですから安心して良いですよっ!」
 それはなんという優しく、か細く、力強い嘘か。
 いまにも溢れそうな涙をこらえ、ユキは己の出来る事を精一杯――。

●トランジット
「――ッ!!」
「アキラさん!!」
 悪魔の爪に肌を裂かれるアキラ。
 柔よくいなす硯に比べ、キメラを正面から打ち崩す彼女は効果的ながらも損傷も激しい。
 一千風はパイロットの応急手当てをしている。
 武器のろくにない二人では限界が近付いていた。
「このっ!!」
 アキラを襲うキメラを投げる。
 そこに隙が生まれた。
「しまっ――!!」

「御山様!!」
 アキラに剣が投げられる。
 彼女はそれを受け取ると、
「―――!」
 愛刀イアリスを一閃。黒い悪魔を引き裂いた。

「――間に合ったようですね」
 投げたのはアルヴァイム。
 空港の一件で彼はアキラの荷物についても知っていた。
 あと一瞬でも遅れていれば戦局は傾いていたかもしれない。
 いや、もう既に傾いていた。
「鏑木様、武器です。遠石様も」
 仲間達に装備を渡し、自身も武装する。
 その間襲いかかるキメラを両断したのは後から駆けつけた伊織達。
 ゴーグルを嵌めて武装を終えたアルヴァイムが高らかに謳う。
「さあ、反撃開始といきましょうか――!!」

●ヤツハソラニイル
 飛行機乗り達の伝承だ。
 空には悪魔が棲んでいる。
 人が分不相応に空を翔けるのを忌み嫌うように。
 いや、ヤツらはただ、遊びたいだけだ。
 空に死を届ける悪戯な悪魔。

「まったく、時と場所くらい選んでくれたって‥‥!!」
 和泉は愚痴りながらも氷雨をキメラに突き立てる。
 機体に張り付くキメラを倒すには、機外に出なければならない。
 不安定な機体を足場に外へ出る8人。

「我が前に現れた事を悔いるがいい!!」
 外で強いのはアルヴァイムとフェブだった。
 両翼に展開し、二人のスコーピオンが悪魔達をなぎ払う。
「まさか本当にお空で掃除をする事になるとは思わなかったにゃー!」
 口調とは裏腹にフェブの眼は獲物を引き裂くケモノのそれだ。
 いや、覚醒したその姿は肉食獣そのものか。

 飛び道具ではユキも負けてはいられない。
「ぐす‥‥怖いよ」
 溢れそうになる涙を堪え、
「でも頑張る。頑張るけど‥‥泣いてても笑わないでね」
 ハンドガンで確実にキメラ達を墜としていく。

 右翼のフェブを狙うキメラを裂くのはアキラと伊織。
 イアリスを持ったアキラは先程とは別人だった。
「先の攻撃で私を殺せなかったのがお前達の敗因だ」
 醜い小悪魔達は黒い天使の前に両断以外の運命を持たない。
 そして、
「紅蓮! 蒼輝!」
 床板を一撃で抜いた紫の光。
 その力を月詠に伝えた時、空の死神は悪魔達に微笑んだ。
 死を暗示する紫の斬撃は馬鹿げた斬れ味で悪魔を刈り取る。

「きゃあ!」
 右翼に比べやや火力の劣る左翼。
 ユキを襲う悪魔の爪は、だが、獅子の盾に弾かれた。
「残念ですけど、通行止めです」
 比良坂和泉。
 獅子の牙が獲物を仕留める。
「そして‥‥此処が終点です!」
 左翼の心配は必要ない。
 獅子は仲間を守るものだから。

 あとは――、
「遠石様、鏑木様!」
 アルヴァイムの声に応えるのは一千風。
「パイロットは無事! でも――」
 医師である一千風がいた事は幸いした。
 でなければ出血によりパイロットは助からなかったろう。
 けれど、
「操縦は無理! しかもこの機体、このままじゃ――」
 キメラによる損傷が激しい。
 自動操縦では立て直せない。
 人力が必要だ。
「一千風さん、やってみます」
「鏑木さん――」
 操縦席に座る硯。
「KVとはやっぱり勝手が違うかな‥‥」
 可憐な顔立ちは『男』のそれだった。
「いきます、一千風さん、サポートを!」

●アフターケア
 場内に流れるアナウンス。

『10:30発、JANA9246便台湾行旅客機は――』

 キメラによるトラブルを発表されたばかりの航空機。
 空港の一同は――いや、速報を受けるTVの前のものも固唾を呑む。

『――無事、台湾に着陸致しました』

 歓声に包まれる。
 後に彼らは知るだろう。
 乗客を守った8人の守護者達を。


「‥‥胴体着陸は辛かったです‥‥」
 硯がへたり込む。
 本職でさえ至難な芸当をやってのけたのはKVパイロットの意地か。
「お疲れ様‥‥
 あれね、よくある映画みたいにハラハラしちゃったわ」
 皮肉で労う一千風。
 彼女の疲労も相当なものだ。
 硯のサポートを務めながらパイロットの看病を欠かさなかった。
 おそらくもう一度やれと言われても不可能な奇跡だろう。
 だが、起こしたのは紛れもなく二人の力量。
 そして――、

「お疲れ様です、お二人共」
 そのアルヴァイムとて疲労は二人を超える。
 空の上で生身で戦うなどこれっきりにして欲しいところだろう。

 この後、8人には金一封が与えられたのだが、それは激戦の報酬としてはあまりにも――。

「んもーっ!
 ぜーったい、台湾では食べまくって磨きまくって、ストレス解消するんだから!」
 叫ぶユキの食費の半分にも満たなかったとか。