●リプレイ本文
●合宿開始
あるLHの朝。
正確には夜明け前。空が黒から僅かに白み始めた午前五時半。
霧条 カイナ(gz0045)は寝癖のついた頭もそのままに宿舎を出る。
その先には訓練場。
早朝のランニングなどというのも悪くないかもしれない。
――そう思っていた、目の前。
「――――」
冷え切った空気を白い息で暖めるように、長身の好青年がカイナの前に走り着く。
白鐘剣一郎(
ga0184)は微笑を浮かべ、
「‥‥おはよう、霧条。今朝は早いな」
◆ ◆ ◆
「が、合宿ですか‥‥?」
藤宮紅緒(
ga5157)は驚き、戌亥 ユキ(
ga3014)は、
「ホントに!? わあ、合宿だ、お泊りだ! 何着ていこうかな〜!」
そして、
「霧条さん、よろしくお願いします」
ぺこりと挨拶して九条院つばめ(
ga6530)は、
「頼ってくれて嬉しいです‥‥」
「悔しいけどオレ一人じゃ勝てないからよ‥‥感謝はしてるよ」
照れくさそうにそっぽを向くカイナ。
「合宿場所ですが‥‥軍の訓練場を使わせて貰いましょうか。一通りの設備は揃っていますし」
提案したのは篠崎 公司(
ga2413)。
「あ、じゃあお料理お洗濯は私がさせて頂きます」
妻の篠崎 美影(
ga2512)もそれに従う。
訓練施設には当直の職員達が食事も担当してくれるものではあるが、
「その方が合宿っぽいでしょう?」
その一言に反対する者はいなかった。
●ごはんハザード
「‥‥剣一郎って修行僧かなんかだよな‥‥」
「ふむ、それは褒めすぎだぞ、霧条」
「褒めてねえよ!」
にっこりと切り返す剣一郎に不満気なカイナ。
(「あれですね、どうも朝一番を奪われたのが悔しいみたいです‥‥」)
年の近い男同士な為か、宗太郎=シルエイト(
ga4261)は割とカイナに良く気がつく。
「良かったら明日からは起こそうか? 一緒に走ろう」
「結 構 で す」
(「‥‥カイナ君って負けず嫌いだよねー」)
笑いを堪えながらひそひそと話すユキ。
(「――でも、だいぶ変わってきたな、うん」)
カイナとの付き合いは剣一郎同様それほど長くはないユキだったが、それでも少し前に比べ雰囲気が柔らかくなってきたのを感じる。
(「怒っているように見えても怒ってないんだよね」)
「なんだ? 朝は苦手か、霧条?」
「一人で走るっつってんだよ!」
「それでは合宿の意味がない」
「‥‥‥‥!」
どうやら剣だけでなく口の方も剣一郎にはまだまだ及ばないようだ。
「出来たようですよ」
タイミング良く話を逸らす公司。
部屋の奥から味噌汁の香りがしてきた。
「お待たせしました」
膳を運んでくるのは主婦傭兵・美影と、
「新入りはまずお茶汲みからであります! 美空の気持ち、受け取って欲しいであります!」
挨拶なのか告白なのかよくわからない言葉と共に食事を配る美空(
gb1906)。
カイナとは初対面であったが、元々来る者拒まずでULTにも告知を掲げた合宿だ。
「私と美空さんで作りました。といっても私はサポートでほとんど美空さんですけどね」
「ほほう、和食ですか」
「ええ、みんな日系ないし日本人みたいでしたので」
「そうですね、自分も美影の和食は好きです」
「だから私じゃなくて美空さんですよ」
夫への訂正を忘れない美影。
つばめや宗太郎など、手伝いを希望する者は少なくなかった。
なのに二人で作り、尚且つ料理の得意な美影が敢えてサポートに回ったのは――、
『――――!』
味噌汁を飲んだ者、焼き魚を口にした者、それぞれが一瞬、息を揃えたかのように言葉を止める。
いや、二人例外。
勿論、それを覚悟していた美影と、
「上手にできましたー‥‥でありますか?」
不安げな言葉と裏腹に目を輝かせている美空。
「ん、どれどれ‥‥」
いてもたってもいられずに自分の作った味噌汁をぐぐっと啜る。
「ん! ばっちりであります! 七味唐辛子が抜群に利いてて良い出来です!」
――やだよ、なんでオトコがメシなんて作んなきゃ――
――ユキは食べるの専門だよー! まかせてねー――
困ったちゃんが二人ほどいた。
一同――特に美影――は食事を通しての交流を計画していた。これでは折角厨房を借りた意味がない。
『説得しましょうか?』という公司の言葉に、美影はいつになく頼もしく応えた。
「北風と太陽です」
「料理作ってくれる方がいて良かったです。これからも是非お願いしますね」
流れ落ちる冷や汗を隠しながら美影は思う。想像以上の破壊力だと。
「ええもう喜んで! 朝は軽めだったけれど、夜はもっと手の込んだものに挑戦させて頂くであります!」
「み、美空さん、美影さん! 昼からは私達も手伝おうかと思うんですが!」
「そ、そうですよ! 是非手伝わせてください!」
慌てて志願する宗太郎につばめ。心なしか声がひっくり返っている。
(「ほら、カイナさんも!」)
(「えー?」)
(「死にたいんですか!」)
覚醒しそうな勢いの宗太郎。酷い言い様である。
(「私達、こういうときこそ頑張らないといけないんじゃないですか!?」)
つばめも微妙にキャラが変わっている。
紅緒など、
「うっ‥‥ぇぇぇ‥‥」
地味に酷い。
「やるっ! 私やるよっ!」
泣きながら拳を固めるユキ。一人陥落。
「カイナくんも! やるよねっ!?」
「え? ええ!?」
空気の読めない少年の裾を掴む紅緒の手。
「カイナさん‥‥助けてください‥‥」
だから酷いって。
「わ、わかったよ!!」
観念したカイナの瞳をまっすぐに見つめる剣一郎。
「良く言った、霧条。食は生活基盤だ。過ちは是正しなければならない」
ここにも酷い人がいた。
●個人戦
皆の恨みを買いながらも美影監修のまずい朝食を飲み下し、合宿が始まる。
まずは基礎訓練。
皆の体力を測る為、走り込みから筋力測定、スポーツテストの用にこなしていく。
「‥‥結局、一位は、剣、一郎、かよ‥‥」
ひたすらムキになって追いかけたカイナだったが基礎体力では遥か及ばず。
「霧条はまだ成長期だ。すぐに伸びるさ」
「いや、しかし大したものですよ」
汗を拭いながら二位の宗太郎が言う。
「総合点ではつばめさんと美空さんを抜いて三位ですからねえ」
そういう意味ではリベンジを果たしたのかもしれない。
だがカイナはまだ不満そうだ。
「はあ‥‥負けました、霧条さん
ですけど――」
そして組み手に移る。
実戦を想定して、武器も愛用の物を使う。
流石に長丁場の訓練なので覚醒はしないが。
「はっ――!」
「くっ‥‥!」
つばめの長槍がカイナの足を払う。
「――戦闘能力では及ぶべくもありませんね」
溜息をつく宗太郎を公司が肯定する。
「実戦には基礎体力の上に技量を乗せます。カイナさんにはまだまだ修行が必要なようですね。ですが――」
「――ああ、思った以上にいい」
剣一郎は素直に驚いていた。
彼を始め、この場の皆、カイナには未熟者のイメージが強く、そしてそれは実際に否定できなかったが、それでもカイナの腕は立派な戦力に足る程だった。
●午後から
実力派の傭兵達が集まったこともあり、濃密な基礎訓練は午前中に皆の体力を奪っていった。
それを想定してか、一人体力を余らせていた美影は昼食を準備する。
明日からは職員に頼むつもりだが、今日だけは自分で作ってあげたい。
そう、せめてもの罪滅ぼしに。
「これが私の役目ですから」
実際、美影の料理は皆を癒すのには充分だった。
訓練の疲れから。
そして朝食の深いダメージから。
「いっぱい食べるよ〜。
いっぱい食っべって、いっぱい動けっるっ!」
英語ペラペラのうさぎのように歌い、泣きながらごはんをほおばるユキ。
「泣かないでも‥‥」
気持ちはわかるが、と宗太郎。
紅緒の方は、
「ひっく‥‥おいしいです‥‥」
こっちも泣いてる。
そして午後からは連携。
篠崎夫妻を除く7人が5:4に分かれて戦っている。
「霧条さん! 足を止めないで! 戦場で止まれば待っているのは死です!」
厳しめの指示を出す公司。
「わ――」
ともすれば落ちそうになるスピードを気合と根性で再び上げるカイナ。
「――かってるよ!!」
実力の低いカイナは熟練の剣一郎らより遥かに足を止める事への危険は高い。
止めて、体捌きだけで戦うのは相応の技量を必要とするからだ。
それを身体能力で補う。
足元をユキの狙ったペイント弾が掠め、尚もギアを上げるカイナ。
少年の戦いを関心をもって見ていたのは、公司と――。
(「こいつは――」)
●チューボーですよ
「今晩はつばめさんの提案でお鍋です〜」
「悪くない。栄養がバランス良く取れるし、皆で同じものを食べる事で連帯感も深まる」
「自分も好きですよ。鍋なら手伝えます。独りの出先では小鍋を作る事もありましたし」
「私、皿洗い〜」
「オレも」
「あ、あの‥‥私も‥‥自信なくて‥‥」
とんだ困ったちゃん達である。
ビキッと、
厨房の主の表情が凍りついた気がしたのは宗太郎の錯覚か。
「カイナさん、カイナさん」
「なんだよ、やるっていってんだろ、皿洗い」
「‥‥料理が出来る男性はモテるらしいですよ」
今度はカイナが固まる。
「――別にモテたくなんか」
この返答は既に予測済みだ。
「私はモテたいので後学の為に修行させていただきます」
恋人のいる身でいけしゃあしゃあと良く言うものだ。
宗太郎にやらせておくのがバツが悪かったのか、
それとも内心モテたかったのか、
結局ユキや紅緒と下拵えを手伝うカイナだった。
「いっぱい食っべって、いっぱい動けっるっ!」
「食い過ぎだって‥‥ユキ」
●それは戦いですらなく
初日の検討会を終えた一同に緊迫した空気が流れている。
「――では、本日最後の訓練を始めるであります。
飛行型小型キメラとの戦いを想定した屋内戦です」
その手に握られているのは――ビーズの詰まったバスケットボール大の布袋。
通称・まくら。
「はぁぁぁっ!!」
「甘いよっ! スナイパーは常に狙われる覚悟も決めているものだよっ!」
「くっ‥‥避け切れません、美空さんも‥‥強い!」
「ドラグーンとはいえ、覚醒していなければ生身でも皆とそうハンデはないのであります! 甘くみると命を落としますよ!」
「危ない、藤宮さん! きゃっ!」
「つばめぇぇぇーーーッ!!」
ノリノリだなおまいら。
5人が『屋内キメラ戦』に勤しんでいる頃、別部屋では美影が残る三人にお茶を淹れていた。
「どうでした?」
「‥‥思ってたよりも実力がありますね、カイナさん」
熱い緑茶を啜りながら公司が漏らす。
「同感だ。――思うに、霧条はとても危うい戦い方をしている」
「と言いますと?」
宗太郎もそれには同意だが、剣一郎の物言いは確信を感じているようだった。
「霧条の戦法は優れた身体能力と反射神経、天性の勘に任せた――平たく言えばいきあたりばったりの戦いだ」
「柔軟性があると言えば聞こえはいいですが‥‥」
「ない。柔軟性とは下地あっての対応だ。九九が出来ていない者が方程式を解けないように、己の才能を使いこなしていない霧条には突発に対応する余力がない」
きっぱりと手厳しく言い切る剣一郎。カイナの戦い方は間違っていると。
「宗太郎や篠崎から聞いた話で察しはつく。おそらく霧条は考えて戦った事がないのだろう」
「――それは『考えるより先に身体が――』という意味の言葉ではありませんね?」
公司の意見を剣一郎は肯定する。
「霧条の戦いの動機はバグアへの復讐じゃあない。ただの自虐だ。
家族を救えなかった自分が許せない。
復讐が動機なら戦法を磨く。勝たなければ意味がないからな。だが自分への罰で死地に赴く霧条にはそんなことはどうでもいいのだろう」
「‥‥よく、生きてこれたものです。それこそ才能に助けられたのでしょうね」
宗太郎は口を挟まない。
彼は怒っていた。
なんだそれは。
なんだその理不尽は。
今までそんな気持ちであの少年は――。
「宗太郎、だからこそお前に霧条を頼みたい」
「え?」
「この中ではお前が一番年が近く、彼も心を許している。彼に必要なのは生き甲斐だ」
「自分達もサポートします。見守るのは年長者の役目ですから」
目頭が熱くなる。
カイナに知らせてやりたかった。
彼を心から案じている人間がここにこんなにいると。
●明日のために
「一に基礎、二に基礎、三四もまた基礎でありますよー」
美空と剣を振るうカイナ。
共に大きい武器を使うところが気が合ったのか。
体力は充分にあるカイナだが、基礎とは体力だけのものではない。
技術にもまた基礎はある。
『剣の握り方から矯正する必要があるな』とは剣一郎の言葉。
「でかい武器は尚更重さや威力に頼りがちになってしまうのであります」
剣を振る。
午前中はひたすらそれを繰り返す。
「立て、立つんだ、カイナー」
「‥‥あのさ、かえって疲れるからやめてくんない?」
そして午後は連携。
つばめとカイナが息を合わせて剣一郎に打ち込む。
「本来、人二人分の戦闘力のある人間などそうはいない。つまり連携して二人分の戦力を無駄なく投入すれば大抵の敵は倒せるということだ」
口で言うほど簡単なものではない。
達人の境地にでも達しない限り個人の動きには癖がある。
それを合わせるには、
「――ッ!!」
月詠でつばめの攻撃をいなす剣一郎。僅かに表情に焦りが見えた。
(「この数日の訓練、一朝一夕で身につくものではないと思っていたが――」)
何度か共にしている実戦のお陰か。それまでに得た経験値を慣らしていくかのように動きを洗練させる。
(「今は九条院が圧倒的に上か」)
天性の才能ならつばめにもある。そして培ってきた経験では及ぶべくもない。
(「幼少から武芸を嗜んでいるらしいからな
だが、むしろ問題なのは――」)
「くっ‥‥!」
剣一郎が見せた決定的な隙を仕損じる。
連携が一歩遅れた。
「‥‥ゴ、ゴメンナサイ」
「‥‥紅緒」
「ど、どんまいですよ、藤宮さん」
傭兵の仕事は大半がキメラ退治だ。
それが人相手に変わっただけのことなのだが――。
「無理する事はありません。ゆっくりと克服しましょう」
公司は知っている。
銃には剣と違い、殺した感触が残らない。
だからこそ、恐ろしい時もあるという事を。
「――くそっ!」
結局カイナは剣一郎にもつばめにも勝てないまま。
「カイナさん」
少年に宗太郎はいたずらっぽく、
「必殺技、覚えてみますか?」
●そして再び
合宿も無事終わり、皆が帰途についた数日後、
――霧条カイナに匿名の電話があった。