●リプレイ本文
●おまえらみんなどあほうだ
「うーん‥‥これには何処から突っ込みを入れてよいものか‥‥」
依頼を受けておいて尚呟くシア・エルミナール(
ga2453)。皆、思いは同じだ。
「いや、どうやって捕まえたとかそういうの以前にね、そもそも飼育の許可が何処から出たのでしょう?」
許可を出した地方自治体の職員は語る。
『あんな元気のいいトラは初めてみただよ』
「元気いいとかそういうレベルでないわ!!!」
これまた皆の思いを代弁して突っ込むユーミル・クロガネ(
gb7443)。
というか元気のいいトラは暴れない。
「やるしかないだろう。幸い動物は嫌いじゃない」
愛輝(
ga3159)も腹を括ったらしい。
「折角俺達を頼ってくれたんだ。
それに――奇妙な緊張関係も、面白い」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は不敵に笑う。
●1日目
南桐 由(
gb8174)は一頭の獣と対峙していた。
ずんぐりした体躯。白と黒のコントラストにタレ目にも見える目元の黒ブチ体毛。
パンダだ。
「‥‥でかい」
全長が2m50cmほどある。はっきりいって異常だ。いや、それすらも些細。
目の下に傷をつくったパンダは笹の葉の代わりだとでもいうのか煙草を咥えている。
パンダそのものの手でどうやって掴んだのか、そもそも火はどうやって点けたのか。キメラとしてすらあまりに非常識なその姿を――、
「‥‥やさぐれパンダ?」
納得した!!
「‥‥動物と仲良くなるには心を開く事だって『アニマル王国』で言ってた」
由は一冊本を手渡す。
「‥‥字の本は読みにくい。マンガならパンダも読める。由、優しい」
読めねーよ。
由が渡したものは美形の男性二人が想いを囁きあってるマンガ本。肉体的にもこう、囁きあったりしているが、どちらにせよヒトのオスなどパンダには関係ない。
というかそれ以前の問題である。
由の愛読書を無残に引き裂くジャイアントパンダキメラ。
「‥‥‥‥」
由は無言でメタルナックルを嵌める。
「‥‥お前は由の大切なものを踏み躙った‥‥」
「アルパカだ!!」
傭兵達の中でも一際テンションの高い相澤 真夜(
gb8203)。
瞳を輝かせて檻に近付く姿は入園客のそれである。
実は彼女、この園に来るや否や、
(「アルパカ! アルパカ世話したい! もふもふのふわふわ!」)
(「いや、あのな真夜、いくらなんでもアルパカのキメラなど‥‥」)
(「わかりました。相澤さんにはアルパカキメラの世話を――」)
(「おるんかいっ!!」)
いた。
しかも原寸大。姿も普通。
(「随分凶暴なアルパカだとは思ったのですがね」)
確かにこれはぱっと見ではわからないかもしれない。
「アルパカ、アルパカ♪」
餌の牧草をバケツに抱え上機嫌の真夜。
アルパカの口がゆっくりと開かれる。
そこには肉を食い千切る為の犬歯がずらりと――。
ツッコミに疲れてきたユーミルの担当は、
「ゴリラなんかどうです? 適任かと」
「どーいう意味じゃ」
「‥‥本当に居るんじゃな、ゴリラ‥‥」
パンダと同じく全長2m50cmほどのゴリラキメラはユーミルと比較すると倍以上。
「ま、いい。ほれ、バナナ食って寝とれ」
餌のバナナの一本をかじりつつ束を手渡そうとするユーミル。
ゴリラのバックナックルはバナナを素通りしてユーミルの顔面に――。
その剛力に小さな身体は漫画の様に壁まで一直線に吹き飛ぶ。常人なら即死だろう。
断っておくが通常ゴリラはとても温厚だ。これもキメラ故。
「‥‥‥‥」
壁に亀裂が奔る程強烈な一撃を受けながらもユーミルは立ち上がる。
「‥‥なかなか良い度胸じゃ‥‥だがのう、目上の者には敬意を払う、これは人間界でも自然界でも同じ事ぞ?」
ボキボキと拳を鳴らすユーミル、何かが吹っ切れたようだ。
「来いやぁぁぁぁ!! どっちが上か教えてやるわぁぁぁぁぁ!!」
職員は思う。
やはり適任だったと。
愛用のツナギに着替えたフィルト=リンク(
gb5706)は、
「では私はケルベロスを担当させて頂きます」
ドラグーンの彼女にとってこれはAU−KV無しの実戦訓練のつもりもあるようだ。
「ケルベロスっていうと‥‥あのオオカミの事ですか? 三つ首の」
三つ首とかいう時点で気付け流石に。
「ええ、やっぱり頭ごとに性格とかも異なるのでしょうか?」
「さ、さあ?」
「きっとそうですね。
人間に一番敵対心を燃やしているのは長男なんですよ。『我等を展示だと? 小賢しいわ人間風情が!』みたいな。
で、甘えん坊の三男は長男に全面賛成、『そうだよね、にいちゃん!』って。
賢い次男は最終的には人間には敵わないとわかってて『どうでもいいから飯食いたいなあ』って冷めてるんですね」
どれが長男でどれが次男で三男なんだか。
「‥‥はあ‥‥」
どう返事をしていいか答えあぐねてる職員。
「――冗談ですからね?」
「有翼の虎キメラ‥‥か」
ホアキンはULTのデータにアクセスしていたが、結論から言えば望むキメラのデータは得られなかった。
バグアの気紛れで作られることの多いキメラは多種多様の上、基本的に一世代限り。その為か姿は多少似通っていても能力に著しく差が生じる事も少なくはない。
「データにはある‥‥が、参考程度に留め、未知のキメラだと心構えるのが良策か‥‥」
右手に雷光鞭、左手にホースとモップを器用に持ち、檻へと続く扉を開ける。まずは掃除。それも命懸けだ。
扉の向こうには翼を広げ威嚇の体勢をとる虎キメラ。
「いいだろう。まずはお手並み拝見といくか――」
「みなさん、お疲れ様でした」
職員の労いを受け、初日が終わる。
「アルパカ可愛かった〜」
「‥‥由も‥‥パンダ可愛がってあげたよ」
ゴトリとメタルナックルを落とす由。
「‥‥いけない、使い過ぎて指が痺れてたかも‥‥」
「おまえそれ可愛がるの意味違うじゃろう」
衣服のあちらこちらが裂けてるユーミルも人のことは言えない。
そして上機嫌の真夜にしても頭から血を流していた。
「馴らせそう‥‥ですかね?」
「いや、無理だろうな」
ホアキンがきっぱりと切り捨てる。
「キメラが調教で大人しくなるのならバグア達も兵器としては使うまい」
「そ、そんな‥‥まだキメラだと決まった訳では――!」
まだキメラじゃないかもしれないとか思ってたのかここの職員は。
「――まあ任せろ。この状態で客を呼ぶというのであれば俺に考えがある」
ホアキンのその『企画』は二日目から実行される事になった。
●イベント開始
上空から飛び掛るように襲ってくる虎キメラの爪を寸でで回避。
体勢を直そうとするキメラに向かってソニックブームを放つ。威力は弱めに。牽制だ。
「――全く、昨日といい活きがいいにも程がある」
愚痴りながらも爪を紙一重で躱すホアキン。
すれ違いざまにイアリスを叩きつける。加減をしてる為、硬い皮膚を切り裂かずには済んでいる。
この一人と一頭の交錯は戦いというよりはショーのそれに見えた。見せなければならなかった。
「うわー、珍しいトラさんとお兄ちゃんが戦ってるー!」
「すげー、あのトラ羽生えてる!」「あ! 危ない!」「またよけた!」「つえー! 兄ちゃんつえー!」
キメラの檻限定のスタンプラリー。
しかし子供向けに血生臭くしてはならない。そもそも傷をつけることが許されていない。
自身は勿論、キメラにも怪我をさせないように、そして観に来た子供達に退屈させない為、ホアキンは細心の注意を払う。
幸い、闘牛士は本職だ。
「そこだ!」
深く狙うキメラの一撃を回避し、背中に回る。
隙を逃さず首に縄をかける。
当然、絞め殺す為ではない。
「ロデオは得意なんでな」
激しく暴れるキメラの背中は暴れ牛の比ではない。
そしてホアキンの体術もカウボーイの比ではない。
「うわ! 飛ばされた!」「一回転してまた乗っかったぜ!」「兄ちゃんすげー!」
子供に大ウケのようだ。
――しかし、それでも翼の生えたトラをキメラと呼ぶ者は何故かいなかったとか――。
「きゃー、ペンギンー!」
「ヨチヨチ歩き可愛いー」
こちらは女の子に大人気。
ペンギンの群れが一列にぺたぺたと走っている。
しかし、おそらく時速にして40km近く出ているこの群れを果たして可愛いというのであろうか。
「いやーん、転んじゃいそうー」
‥‥彼女らがそういうのならきっと可愛いのであろう。
「頑張れー、もうちょっとで前のお兄ちゃんに追いつくわよー」
追いつかれてはたまったものではない。愛輝も必死で逃げている。
覚醒し、狭くはないがそれでもこのスピードでは全然足りない柵の中を自分もペンギン達も傷つけないように誘導しながら走っている。
「――昨日もやった事だけど‥‥」
そう、昨日も同じように愛輝はペンギンキメラを誘導していた。
主に柵内の掃除、餌やりの為に。
だが今日の目的は観客用のアトラクション。終わらない。少なくとも数分、数十分で終わりはしない。
「シア! 一日中覚醒とか無理だからね!」
シアは愛輝を追うペンギンの群れに安全圏から魚を投げ入れていた。
「ん、わかりました。練力が尽きたら言ってください」
「‥‥尽きるまでやらせる気?」
「女の子達の目には愛輝さんの方が絵的に映えるんです。決して自分が楽したいからとかではありませんよ? ありませんとも」
「‥‥それは嘘だ――!」
「‥‥まだ元気そうですね。しばらく私の出番はなさそうです」
こき使われつつも当の愛輝、まんざらでもない様子。
能力者にかかればキメラも只の凶暴なペンギンか。
フィルトはラリーのコース内にも関わらず初日と同じ事をしていた。
初日と同じ――掃除と水浴び。
撃ち出される放水を巨体に似合わぬ俊敏さで躱すケルベロス。
止まらない水は矢というよりは槍。
触れるだけで敗北が決まるそれを地を蹴り壁を蹴って掻い潜る。
「小癪――!」
喉笛を狙い飛び掛るケルベロスにデッキブラシを投げつけるフィルト。
ケルベロスは空中で身を捻り、回避。恐るべきバランス感覚。だが体勢は崩れる。それで充分。
ホースを放り出し、バケツに持ち替える。中には当然一杯の水。
懐に潜り、下からバケツの水を浴びせる――だがそれも回避!
「――充分です」
擦れ違い、勝ち誇るように呟いたフィルトの手には檻に当たって跳ね返ったデッキブラシ。返す刀で今度こそ着地前のケルベロスの足を薙ぎ払う。
倒れたケルベロスの上からは先程放り出したホースが『放水したまま』落下し――。
「よしよし、綺麗にしましょうね」
激しい戦闘が終わり、互いは認め合い、肌を許す。
(「いや、身体洗ってあげてるだけなんですが‥‥」)
そうともいう。
「食べなさい。喧嘩しちゃ駄目ですよ」
綺麗になった三頭(?)に餌を与える。
戦いを通して分かり合った三頭はフィルトの餌に口をつけ――なかった。
目の前の肉を無視し、新鮮な生餌の喉笛を狙うケルベロス。
だが三対の牙はフィルトの肘、膝、バットの三連撃に敢え無く阻まれ、
「やれやれ、もう武器がないと思いました?」
金属バットとはいえ、SESのない武器はキメラを傷つけない。この場においては優れた性能といえよう。
「私を相手にする事で兄弟の絆が深まった――そう解釈しておきます。それにしても――」
フィルトはふう、と溜息をつき、
「わかってはいましたけど‥‥やっぱり人間には馴染まないのですね」
しかし、ここにキメラと仲良くする人間がいた。
「アルパカ、アルパカ、もふもふ、ふわふわ」
かぷかぷ、だらだら。
真夜は愛くるしいアルパカと御機嫌の抱擁を楽しんでいる。
にもかかわらず、この檻に足を止める客は皆無に等しかった。
皆、スタンプを押しては逃げるように次の檻へと走っていく。
真夜はアルパカキメラを愛しているのに。
だが、キメラは真夜を愛してはいなかった。
ふわふわの黒髪にじっとりと果実を割ったような赤い汁が零れ落ちている。
アルパカからすれば正に果汁にも等しいのだろう。
それでも真夜は笑顔を絶やさず、いや、絶やす必要などない。本気なのだから。
北海道の動物博士ですらその姿には畏敬を覚えるであろう。
そして観客達には純粋な恐怖を与えていた。
当然だろう。真っ赤に染まった頭をガジガジと食らっている相手の首に抱きついて幸せそうに頬擦りをしている女を見かければ――人を呼ぶか、逃げるかしかない。 それでも本人が幸せそうであるならばよしとしよう。
尚、ジワジワ削られながらも防御力で食い止めている真夜ではあるが、
このような体勢において本来防御力など意味しない事を追記しておこう。
「クロガネ、遅くなった」
「ホントに遅いわ!」
愛輝が駆けつけた時、ユーミルは初日同様ゴリラキメラと肉体言語を交わしていた。
「すげー、あのちびっこー!」「ゴリラと相撲とってる!」
非常識なまでに巨大なゴリラと相対するには非常識な小ささのユーミル。
猫背のゴリラの、それでも腰ほどまでにしか届いていない。
だが、勝負ではユーミルが圧倒。それも柔良く剛を制すなどではない。
「相撲も飽きたな。客も増えた。派手にゆこうか」
強引にゴリラの首に飛びつき力尽くで屈ませる。そのまま股下にも手を通す。
「はいやああぁぁぁぁぁ!!」
「おーっとユーミル・クロガネ、ノーザンライトボムだー」
愛輝の実にやる気のなさそうな声が上がるも迫力は抜群。
「よし! 愛輝、来い! ツープラトンじゃ!」
「無理だ」
ノリのいいユーミルのテンションを裏切って告げる愛輝。
「シアにこき使われて練力切れ。覚醒出来ない」
いかに能力者とはいえ覚醒出来なければただの人。2m50cmのゴリラを相手にするのは不可能。
「じゃあ何しにきたおのれは!?」
「応援」
土産物屋のフラッグをやる気なさそうに振る愛輝。
「ええい、もういい! おまえには頼らんわい!」
ふらつくゴリラの背後に回り、腰を掴んで持ち上げる。
「とりゃああああ!!」
ユーミルのジャーマンスープレックスが炸裂。コンクリートの床が罅割れた。
動物虐待と問題にならない事を祈ろう。
そして――、
「ぎ、ぎっくり‥‥腰‥‥が‥‥」
「ジャーマンなんてするから」
『パンダに餌をあげてみよう』
危険なので本来絶対真似してはいけない企画の立案は由。
無邪気に竹を出す子供達。
実はパンダはなかなか気性の荒い生き物である。
そしてキメラはもっと気性の荒い生き物である。
しかし子供の竹を人懐っこく受け取るパンダ。
「わー、竹とった、竹とったー」
毛皮の下にじわりと汗をかいていることを知っているのは由だけ。
「‥‥子供達に薄皮一枚傷つけたら竹の代わりにメタルナックルをお腹一杯食べさせてあげる」
じわり。
「パンダさん可愛いー」
無邪気に喜ぶ少女。真実は残酷である。
そして竹をビーフジャーキーのようにガジガジと食べて子供を泣かせ、結局メタルナックルもお腹一杯に貰ったのは別の話。