タイトル:渚の『CTS‥‥』マスター:冬斗

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/02 10:24

●オープニング本文


 ――夏。
 この季節、大抵の国には暑さと騒々しさがやってくる。
 それは人々がバグアからの脅威に晒された現代においても変わる事ではない。
 人間は逞しい。
 たとえ世界が滅亡の危機に瀕したとしても娯楽を求める心は変わらずそこにある。

 インドネシア沖、某レジャー施設もそのうちの一つであった。
 周辺海域にはキメラの存在を確認されてはおらず、海水浴目当ての観光客でごった返している。
 現在、八月も終わりに近づきなお、その勢いは留まる事がない。
 皆、暑い日差しと潮の香りに思い思いの休暇を楽しんでいた。

 だが、安全に『絶対』はない。
 それがキメラならなおさらのこと。
 ヤツらは悪意によって生み出された自然外の生命。
 よって、時と共に生態も生息地もいくらでも変化するものだ。


 気づいた時には『それ』はすぐ近くにまで来ていた。
 元より捕食が目的の『それ』が獲物に存在を悟らせる訳がない。
 そうして、自体に気付いた時には、もはや避難は間に合わないものとなっていた。

 彼らは不運だった。
 逃げ遅れた観光客? いや、違う。
 キメラ達は不運だった。
 その場に彼らに仇なす者達がいたことが――。

●参加者一覧

御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
フェブ・ル・アール(ga0655
26歳・♀・FT
ミア・エルミナール(ga0741
20歳・♀・FT
鷹司 小雛(ga1008
18歳・♀・AA
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
熊谷真帆(ga3826
16歳・♀・FT
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG
ユイス=ネイビア(gb2576
14歳・♀・DF

●リプレイ本文

●オタ少女、海へ
「夏だ! 浜辺だ! スイカ割りだ!」
 やたらとハイテンション、無闇にハイテンション、インドア派、阿野次 のもじ(ga5480)は何故かはるばる海水浴。
 白のスクール水着がなんとも悩ましい。
「渚のSANチェック!」
 しかし本体は全く悩ましくない。
 ちなみにSANとは『凄いよ 阿野次 のもじさん』の略らしい。SAN値がなくなるとどうなるのだろう? 平和になってめでたい気もする。
「夏! 恋と追いかけっこの季節! それももはやそろそろ店じまい。
 皆彼氏ゲットしてひと夏の――」


●傭兵様御一行
「バカンスよ、私は帰って来た!
 あいる・びー・ばーっく!!」

 そしてここにも騒がしいのがまた一人。
 人呼んで『ラスホプ一緒に旅したくない能力者ナンバーワン』フェブ・ル・アール(ga0655)。
 彼女の旅するところ、必ずキメラに襲われるとか。
 仲間には『もう二度とてめーと飛行機には乗らねー』とか言われたりもしたが、現在こうして旅客機は無事目的地に着き、眼前には見渡す限りの青。そして水着姿の若者達。
 感極まっておかしくなってるにゃんこ。いや、いつもか。
「くくーっ、苦節数ヶ月!
 妙なジンクスで夏のバカンスもままならなかったけどー。
 今度こそ巻き込まれないぞ! 3度目の正直にゃー!」
「『二度あることは三度ある』とも言うけれどな。私の故郷では」
 不吉な事をさらりという御山・アキラ(ga0532)。
「ふっふっふっ、いやーな予感がするわいのぅ」
 追い打ちをかけるミア・エルミナール(ga0741)。
「ちょ、ちょ、ちょ、へ、へんなこと言うにゃー! 不安をあおるにゃー!」
 茶化した風に語り合う三人娘だったが、内心冗談とは思っていない。
 現に彼女らは皆、休暇中のアクシデントでキメラと戦う事を経験している。
 今回もそうでないという確証はない。
(「だから念には念を入れてナイフくらい持ち込むよ。傭兵たるものいつ何時も備えは怠らぬのだ!」)
 勿論、戦闘用のナイフなどをちらつかせていては警備員さんに呼び止められてしまう。偽装工作も怠ってはいない。
「だが甘い。いざ戦闘でナイフだけでは心許無いぞ」
 ミアに物騒な突っ込みを入れるアキラが隠し持つのは直刀イアリス。なんとテントの中に仕込んだ模様。仕込み杖か。
 だがそんな大荷物を三人は持ってはいない。持っているのは――、

「あぁ‥‥太陽がマブいぜ」
 一行唯一の男性。男といえば荷物持ち。荷物持ちは男の甲斐性と言わんばかりに背中にハリセンやハロウィン(ハロウィン?)、メガホンとテントを担ぎ、両手にキットやらセット、脇にはビーチボール――。
 これでもかと世間の男性の苦労を一身に背負い込むゼラス(ga2924)。
「あぁ‥‥太陽がマブいぜ」
「それは今聞いた」
 厳しい突っ込みを入れるアキラ。
「こりゃ、お優しいこって」
 皮肉ではない。ゼラスは彼女を心底優しいと思った。他の二名など後ろのゼラスを見てもいない。
「いやね、本当にツラいのよ。お日サマがね。一刻も早くこの無駄な荷物を置いて、パラソルの下でくつろぎたいの」
「アキラー、早く遊ぼうにゃー!」
「楽しそうですよー」
「聞いちゃいねえ‥‥」
『わかってたけどね』と呟きとぼとぼ歩くゼラスのさらに後ろ、死にかけた少女が一人。

「暑い‥暑い暑い暑い暑いあーつーーいぃぃぃ‥‥‥ぃ」
 フィンランド出身のユイス=ネイビア(gb2576)は赤道直下の暑さにやられかけていた。
「あ‥‥ぃ、暑い‥‥ぐす、帰りたぃ」
「いや、泣かんでも‥‥」

「ユイスー大丈夫ー?」
「無理しないでー。でも海に入ればきっと気持ちいいですよー」
「後少しだ。肩を貸そうか?」

「‥‥あんたらな‥‥」
 男と女でこうも態度が違うものか。
 もしかするとそもそも自分は男と思われてないのかも。
「‥‥哀しいねぇ」

●うしろゆびさされ娘
「どーん」
 男が寄ってこない事にうちひしがれるのもじ。擬音を口に出してしまうショック振り(?)
「うう、切なさ炸裂、自爆のサマービーチ‥‥」
 だが一方では――、

「フゥ、一仕事の後にはバカンスも悪くないな」
 黒のモノキニ水着に身を包んだ赤毛の美女はミスティ・K・ブランド(gb2310)。
 サングラスがミステリアスな色香を醸し出している。
 当然というか、周囲の注目を一心に浴びていた。

 そして、
「日本の夏とはまた違った風情がありますわね‥‥」
 同じく単身休暇中の鷹司 小雛(ga1008)に至ってはなんとも大胆な姿を見せていた。
 なんとさらしに褌。場所によっては咎められかねない格好である。
(「ワンピースやビキニも良いですけれど、こちらの方が好きですわね、わたくし」)
 いや、そういう問題か?
 日本女性は皆こういう水着を好むと勘違いされそうな‥‥。
 さらしはともかく褌は凄い。いや、さらしにしたって凄い。ある意味下着姿である。真面目な話、場所次第では禁止だろう。
 こちらも当然注目は集まる。
『OH! FANTASTIC!』とか騒いでる輩も。英語なの観光地だからと解釈して頂きたい。

「く‥‥く‥‥!」
 その差に心中穏やかではないのもじ。彼女らとは扱いが雲泥の差である。
「悔しい〜!!
 なんだ? なんなんだこの差は? やはり乳? 最早貧乳はステータスではないのっ!?」
 いや、というかね‥‥、
「オトコ共は騙されてるっ! 乳なんて飾りですよっ! お偉いさんにはそれがわからんのですっ!!」
 ばふんばふんと砂浜を叩くのもじ。
 いや、だから君が誰にも相手にされないのどちらかというとそのハイテンションが怖いというか‥‥ほら、周りの客みんなひいてる。
 ――と、言ってくれる親切な人間は生憎とこの場にはいなかったとか。

●天然少女・真帆
 変な子はどこにでもいる。
 まして傭兵の中になると潜在率が高いのか――、
 こっちの変な子はインドネシアの観光ビーチでセーラー服姿でお仕事中。
「え〜自家用ライフセーバーは如何でしょうか? 渚の風紀委員真帆です」
 熊谷真帆(ga3826)は自称ライフセーバーの営業中。
 許可とか取ってあるのだろうか。
「学校では不良を百%摘発してます。どんな危険も見逃しません」
 周囲の客達は皆頭に『?』を浮かべている。
 インドネシアの観光地で『風紀委員』とか『不良摘発』とか言われても当然の反応だろう。というか、日本でやっても同じ反応が返ってきそうだ。

「ちょっと君、君、許可は取ってあるのか?」
 ああ、やはり無許可だったようだ。
 それに対して、
「セーラー服は校則なんです。外出時は常時着用って」
 と全く聞いてもいないことを返す真帆。
「いや、そうじゃなくって――」
「新体操部員なの。下は水着です」
 そう言って胸元を肌蹴てレオタードを見せる。
「いや、だから――」
「レオタードの下にはビキニ着けてます」
 レオタードを少しずらす真帆。
「あ、そ、そう‥‥。
 うん、わかった。最近盗撮多いから気をつけてね」
「はいっ!」
 朗らかに返事をして警備員とお別れをする真帆。
 ――っていうか、『わかった』じゃねえって! 誰か突っ込んでやれよ!
 ――と、言う者もまたこの場にはいなかった。
 わざとなのか天然か、真帆‥‥おそろしい子。

●釣りっきーず・憐ちゃんよ
 ビーチから少し離れた岩礁。
 麦藁帽子に水着姿の少女が釣り糸を垂らしていた。
「お嬢ちゃん、そんなところで危ないよ。何してるの?」
 当然ながら声をかける警備員。
「‥‥ん。ごはん」
 最上 憐 (gb0002)は淡々と答える。
「ごはん? 釣りかい? 参ったなあ、家の人は?」
 憐は上を指差し、
「‥‥ん。お空の上。お星様になって私見守ってる」
 とてもヘビーな切り返しに絶句する警備員。対して憐はどこ吹く風の態度。
「‥‥ん。マグロ。あわび。ホタテ。クジラ。カレー。何が獲れるかな」
『最後の方は獲れないと思うよ』
 そう突っ込むだけのタフさを残念ながらこの青年は持ち合わせてはいなかった。

●テニスの王女様
「はっ!」
 ミアが打つ。
「ふっ!」
 アキラが返す。
「にゃっ!」
 フェブが拾う
「じぇのさいどかったー!」
 ユイスが叩きつける。
 砂浜に突き刺さったボールはカッターというかドリルである。

「ちょ、ちょ、ちょっと! 何やってるんですか!?」
 だから口煩い警備員のおにいさんがやってきてしまうのにも無理はない。
「ビーチテニスですが何か?」
 何かではない。突っ込みたいところがあり過ぎて口が回らない。難儀な青年である。
「今流行のトレンドですよ。今に全国区になります」
 全国区というか、ここは海外なのだが。
「おにいさん、遅れてるにゃー」
 四人の娘達に悪びれたところは一切ない。
「ト、トレンドだかビーチテニスだか知りませんが危ないです!」
「向こうの客はビーチバレーで遊んでいるようだが」
「そーですよねー。バレーは良くてテニスは駄目なんですかー?」
 アキラとミア、二人の存在感に気圧される青年。主にバスト的な。
「い、いや、テニスが駄目とかじゃなくって‥‥」
 青年の言うことも尤もだ。
 ユイスの『じぇのさいどかったー』で砂浜はカニの巣穴みたいなのが出来てしまってる。
 ここまで深いとカニというよりモグラかもしれない。
「駄目か?」
「駄目ですか?」
 ずずいと身を乗り出す二人。
 アキラの『それ』は相当なサイズで重力に逆らい突き出されている。
 ミアのは露出度がヤバい。さらには下の方がまたきつい。主に面積的に。
「き、危険ですので遠慮して戴きますっ!」
 だが二人の破壊力にも青年は屈しなかった。というか屈したらいくらなんでも職業的に問題ある。
「ちぇー」
「折角ラケット持ってきたのに‥‥」
 フェブとユイスも残念そうに場を離れる。
 だが主催者のユイスは実は既に目的そのものは達成していたと言える。

(「逆に考えるのです。『隠せないのなら、いっそ見せてしまえばいい』と考えるのです」)
(「ビーチテニス!? 危険だと言わざるをえない」)

「仕方ないです、ビーチバレーにしましょう。それならテニスより安全ですよね?」
「なんせテニスだと受けた人間が吹っ飛ぶからにゃー。あと分身とか」
「色々間違っている気はするが‥‥」
「ま、まあ、それなら‥‥」

「よっし! じゃあビーチバレー始めよっか!!」
 元気一杯なミアを皮切りに再び盛り上がる一同。

「平和だねぇ」
 ゼラスはそれを見ながらのんびりとパラソルの下で昼寝を貪る。
 この炎天下、わざわざ姦しい娘達の中精神を磨り減らすつもりは微塵も無い。
 まあ、こうして娘達の艶姿を愛でていられるだけでも幸せ者である。――なんて考えがバレたら只では済まないだろうが。
「――ん?」
 その――美しいが近寄り難い――四人娘に話しかけるセーラー服の少女が一人。

「楽しそうですね。私も混ぜて戴いていいでしょうか?」
 テニスで砂浜をモグラ塚にする美女達に話しかける彼女もまた傭兵稼業。
「あたし、熊谷真帆っていいます」

●災厄は突然に
「‥‥極楽だ‥‥やはり休暇はこうでなくては」
「ああ‥‥背中、もっと塗っていただけますか? あまり日焼けしたくないもので」
 パラソルの日陰でくつろぐ美女二人。
 いや、正確には三人なのだが――、
「へっへっへ、お嬢さん方、いい肌してらっしゃいますなあ」
 にやにやと笑みを浮かべて卑猥な手つきで小雛の身体に日焼け止めのクリームを塗っているのもじ。ナニヲシトルノカオマエハ。
「なんか悪いですわね。こんなことまでしていただいて」
「いえいえ、お嬢さん方のようなべっぴんさん方と御一緒させていただいてあっし幸せでごぜーますよ」
 この娘ノリノリである。
(「オトコが来ないのなら寄ってくる女に近付くまで。合コンの鉄則。名付けてコバンザメ作戦!」)
 それでいいのかお前は。
「あんたはいいの?結構肌白いけど」
 紫煙をくゆらせながら親切な少女に問いかけるミスティ。インドア派ののもじの肌は小雛のそれを上回って白い。
「あ、えへ。よければ私にも塗ってくれると嬉しいかなーなんて」
「はいはい」
 クリームを塗り合う三人の美女の姿は行く人々の目を嫌が応にも惹きつける。のもじも黙っていれば美少女な訳で。黙ってないのだが。

 ――だがそんな平和も長くは続かなかった。



「‥‥ん。ラーメンおいしい。焼きそばも」
 飽きたのか小休止か、釣りの手を止め、憐は海の家で食事中。
「‥‥ん。食べ終わったらまた釣るの」
 どうやら小休止の方だったようだ。
「‥‥ん。獲物は。マグロとクジラ。大物狙い。どこにいるかな」
 浜辺にそんなものいるわけがなかろう。
「‥‥ん。これとそれ。おかわり。大盛りで」
 既に皿と丼はそれぞれ五つを越えている。
「‥‥ん。喉乾いた。カレーないかな。カレーは飲み物」
 そう言うと憐はカレー皿を取り、ごっきゅごっきゅと飲み下す。

 浜辺から悲鳴が聞こえたのはその最中。
 憐はぬいぐるみを抱え立ち上がり、
「‥‥ん。近い更衣室、どこ?」
 場所を聞き、海の家を駆け出した。


 海には体長5m程の鮫型キメラが三匹暴れていた。
 泳いでいた客達は恐怖で叫ぶことすら出来ずに陸地を目指す。
 その騒ぎの中、能力者・最上憐はとてとてと更衣室へと足を運ぶ。
 水着姿では戦えないのか?
 ある意味それは当たっていた。
「‥‥ん。空いてる。覗き、盗撮なしなの」
 確認後、扉を閉めた憐は水着に手をかける。
 ぬいぐるみの。
「‥‥ん。メフィスト、お着替え上手」
 憐はふざけているわけではない。半分ふざけているが。
 ぬいぐるみ――メフィストの背のチャックを下ろすとその中からは彼女愛用のファングが。

●海上キメラ戦
 真っ先にキメラに向かったのは小雛。
 胸元に手を入れると、なんと胸の谷間からナイフを抜き放つ。
「リィナ、今回は貴方の可愛らしさが役に立ちましたわ」
「‥‥それで海で泳ぐ気だったのか? 錆びるだろ‥‥っていうか、胸! 胸!」
「あら?」
 ミスティの叫びに視線を落とすと、ナイフで切れたさらしが解けかけてた。
 ちなみに流石にというか当然というか、目を奪われる男はいない。鮫に食われそうな時にまで美女の胸に気をとられるような輩はほんまもんのアレだろう。
「――っと、失礼!」
 慌ててさらしを結び直して海に飛び込む小雛。波をかき分け、一直線にキメラを目指す。
「待て! 小雛! コイツを――」
 ミスティがパラソルの支柱に仕込んだ月詠を投げようとするが、
「ごめんなさい、わたくし愛用の武器しか使いませんの! それに折角のリィナの晴れ舞台ですもの!」
 そう言って、
「――御覚悟!」
 キメラの一匹にナイフを突き立てる。
「ちいっ、面倒な拘りだな!」
 月詠を諦めたミスティはクーラーボックスからスコーピオンを取り出す。しかし、
「――今は駄目だ。一般人に当たる恐れがある」
 射撃の腕に自信が無いわけではないが、万一の事はある。
「AU―KVは駐輪場か。今からでは間に合わんな、くそっ!」
 ドラグーンの弱みかと毒づくミスティ。と、
「What!? あの少女は?」
 先程まで小雛と共にいた白い水着の少女がいない。
 逃げたのならいいのだが――、

「じゃすと・あ・もーめんと!!」
 そして場違いな叫びがこだまする。

 声は監視台の上から。白い水着に黒髪をなびかせる少女。
「HAHAHA、近きものは目を開け
 遠からんものは音に聞け
 我が名は晴天大聖アイドル阿野次・のもじ!!」
 字は間違ってないのだろう。
「ちょっと! 困りますよ、降りて!!」
 台の下で警備員のお兄さんが困っているが晴天大聖そんなことは気にしない。
「世界の平和を守るため! いくぜ傭兵五十三次、この背中の萌魂散らせるものなら懲らしめて神妙に三匹が斬る!!」
 もう芸風がはっきりしていない。おそらくは本人もよくわかってないのではなかろうか。
 しかし腐っても能力者。ピンク色っぽいオーラに身を包むと、持ち前の身体能力で監視台から一気に海上まで跳躍する。
「プリティ・マジック♪ ハイ★プリティ・マジック♪」
 繰り返そう。おそらく本人もなに言ってるんだかわかっていない。

 海面近くでのもじは如意棒(と本人は思っている棍棒)を海面に突き刺す。
「浮島!!」
 そのまま棒高跳びの要領で、一般客が追いつかれるよりも早くキメラの元へ。
 ちなみに勿論普通の人間には真似出来ない。格闘向きの能力者ならではの荒業である。
 そのままキメラに上から棍棒を振り下ろす。


「くっ!」
 小雛は予想以上の苦戦を強いられていた。
 原因は二つ。一つに海中であること。
 水中で戦うように出来ていない人間と、水中でしか戦えない鮫とでは動きに雲泥の差が出る。
 そしてもう一つは敵のサイズ。
 5mを越す鮫型キメラは大きく硬い。
 硬いのは対応できる。小雛は懸命にも頑丈な鮫肌に愛用のナイフを突き立てている。
 しかし大きさはどうにもならない。20cmのナイフではキメラの臓腑を深くは抉れない。
「‥‥それでもっ!」
 刃は通るのだ、とナイフを構え直す。
 そこに、
 彼女にとっては都合が良くもあり、悪くもあった。
 少なくとも一般客の被害を出さない結果には繋がった。
 だが、代償に自らの身を差し出す結果へと繋がり――、
「きゃ――」
 もう一匹、キメラの牙が襲ってくる。
 同属の血に引かれて、その傍に居る女の肉を食らおうと。

「――空気読めや――」
 そのもう一匹を、
「――キメラ野郎!!」
 漆黒の爪が引き裂いた。

 赤髪の死神が不敵に笑う。
「大丈夫かい? お嬢さん方」
「‥‥ええ、助かりましたわ」
 この浜辺にいた能力者の中でおそらく唯一の男性、ゼラス。
 彼に反応したのは助けられた小雛よりむしろ、
「き、きゃーーー!! 素敵! かっこいい! 恋のヨ・カ・ン」
 お前は助けられてないだろう。

●渚の戦乙女(一名例外含む)
 そして、ゼラスに続いて浜辺のビーチテニス改めビーチバレーガールズも出動。
「イピカイェー!」
 とりわけ躊躇いないのがダイハード猫娘フェブ。
 もはや三回目で何かが吹っ切れたようだ。
 逃げていない一般客もまだいるので銃器は使えない。アーミーナイフを手に海へと駆け込む。
「猫は海苦手なんだけどにゃー」
 そうは言っても目の輝きの方は全くそう言ってない。戦争にゃんこに不得手はないのだ。
「しゃぎゃっ!」
 完全に獣の雄叫びでキメラの一体に刃を立てる。
 通常の鮫の硬度を遥かに凌ぐ頑強な鮫肌も、歴戦の能力者の前には厚めの装甲以上の意味は持たない。
 だが、得物と地の利が小雛と同じ結果をもたらす。
「ぐぐ‥‥カタくて黒くておっきいにゃー」
「ちょっ‥‥!」
 思わず赤面してしまうミア。一体ナニを想像したのか。まあ、年頃の娘の呟きではないが。
 そのミアの得物もやはりナイフ。
「――おまけに足つかないから踏ん張り利かないし‥‥ホント反則だよっ!」
 しかし、海に入らなければ一般客が被害に遭う。
 勿論彼らは今も必死で逃げている。
 しかし、魚の泳ぐ速度と人間のそれとでは全く話にもならないのだ。
 こうして彼女らが食い止めているだけで既に数十人の命を救っている。
 問題はそこの彼女ら自身の命は含まれてないないという事で――、

「必殺!
 じぇのさいどかったー!!」
 キメラの顎を弾き飛ばす重い一撃。
「ふう、本当に使う事になるとは思わなかった」
 青い水着の少女ユイス。覚醒し、髪も青く染まっている。
 その手にあるのは先程中止になったビーチテニスのラケット。
 否、それはラケットではなく――剥き身の斧。

(「逆に考えるのです。『隠せないのなら、いっそ見せてしまえばいい』と考えるのです」)

 なんとユイスは浜辺で公衆の真っ只中、SESを搭載した兵器を振りかざしていたのだ。
 発動はさせていなくともとても重い。だって斧だから。
 その重量でスマッシュを打てばそりゃ砂浜も抉れるだろう。
「――こんの暑いのに‥‥ええい暑糞鬱陶しいわねっ!!」
 憂さを晴らすようにもう一撃。重い打撃に仰け反るキメラ。斧の大きさはナイフの四倍近く、重量はそれを超える。
 だがそれでも足りないものがある。
 使い手の技量。
 実戦経験の少ないユイスにはこのキメラを両断するだけの技量に欠ける。それでもダークファイターの一撃はキメラを弾き飛ばすには充分なのだが、そこから先には進めない。
「くっ‥‥!」
 能力者といえど人間である。武器を振れば疲れ、ましてや海中では限界も早い。
 ユイスの身体にキメラの牙が掠める。
 動きの僅かに鈍ったユイスを今度こそ食らおうとキメラが顎を開ける。
「はああっ!!」
 金属同士がぶつかったような重い打撃音。
 ユイスの眼前に紺色の双丘が弾ける。
「ネイビア! 剣を!!」
 応えるようにユイスが差し出したのはテントから持ち出したアキラの愛剣イアリス。
「こいつで――」
 漆黒の天使が剣をかざす。
「――どうだっ!!」
 イアリスがキメラの目を貫いた。



 時は少し遡り――、

 沖に出現した三体のキメラに逃げ惑う一般人達。
 他の傭兵達とセーラー服姿のままビーチバレーに興じていた真帆はスカートを脱ぎ捨てると隠し持っていた銃を取り出す。
 ――が、
「‥‥くっ、ここからじゃ撃てない‥‥!」
 海には一般客がいる。
 勿論、キメラのみを狙って撃つことは不可能ではない。
 しかし、浜から銃が向けられていることを彼らが気付けば――。
「‥‥仕方ないわね!」
 覚醒し、体格が一回りほど大きくなった真帆は口調もやや荒々しく、レオタードを大胆に脱ぎ捨てる。
 群青のビキニ姿となり、テントの支柱にすっぽりと仕込まれていた細身のヴィアを取り出すと、海へと身を躍らせた。



「‥‥ん。フカヒレキメラ。かまぼこ、はんぺん」
 憐はキメラにファングを突き立てる。
 心なしか瞳が輝いている気もするが。
「‥‥ん。力、入らない」
 極端な沖というわけではないが、成人男子でも足の届かない深さである。
 特に体格の未熟な憐は踏ん張りが利かないと攻撃力は極端に落ちる。
「‥‥ん。ちょっとぴんち‥‥かも」
 そして、地面を蹴れないので回避力も落ちる。
 海面に浮かぶ小さな銀色のエサを飲み込まんとするキメラ。
「‥‥ん。やば‥‥」
 口調は呑気だが、憐は死を覚悟した。
 だがその顎が閉じられることはなかった。
 白銀の長剣がつっかい棒のように邪魔をしているから。
「――給食はまだの時間ですよ‥‥!」
 そのまま紅蓮衝撃で上顎を吹き飛ばす。
「‥‥ん。ありがと。助かった」
 憐は無表情のまま、助けた真帆に礼をいい、
「‥‥ん。あとフカヒレ。食べたい」
 そこは譲れないらしい。


「おらよっ!!」
 ゼラスのガンドルフがキメラの硬い肌を削る。
「ちいっ! しぶてえな‥‥!」
 体格も装備も悪くは無いゼラスだったが、海に足を取られ戦闘力が落ちている事に例外は無い。
 勿論、海に入ったことは失策ではない。一般客は未だ約半数近くが非難できていないのだ。
「負ける気はしねえけど‥‥キツいねえ‥‥っと!」
 キメラの体当たりを受け止めるゼラス。
 動きを止めたキメラの目にナイフが突き刺さった。
「―――!!」
「――借りは返しましたわよ」
 愛刀リィナを突き立て蠱惑的な笑みを浮かべる小雛。眼球への一撃ならナイフの深さがあれば充分だ。
 鮫は視力にあまり頼らない。
 だが、ダメージが無いかはまた別の話だ。
「――っはあっ!!」
 眼球の傷口に紅蓮衝撃の一撃を叩き込む。
「ナイス!」
「どういたしまして‥‥きゃっ!?」
 最期のあがきか、
 目にナイフを突き刺したままキメラが暴れ、掴んでいる小雛は振り回される。
「――くっ‥‥!!」
 小雛はリィナをしっかりと掴む。ここまで振り回されてしまっては離してしまう方が危ない。
「チィッ!」
 助けようにも下手に斬りかかれば小雛に当たってしまう。
 だが、いい加減小雛の手も攣ってこようという時、キメラの動きが止まった。
 いや、止まったのではない。止めたのだ。
「――生身の戦いは得意ではない――とも言ってられんな‥‥」
 月詠を手にしたミスティの一撃が。
 他の傭兵達に比べ非力な彼女だったが、一瞬だけ動きを止めるには充分だった。
 そしてその一瞬さえあれば、ゼラスが動くのにもまた――。
「裂き――」
 瞬間的に強化されたガンドルフでの一撃が、
「飛ばす!!」
 鮫キメラ最後の一匹にとどめを刺した。


●渚のえみたっこ
「てぇぇぇい!!」
 大気を引き裂くような一撃がアキラの肉体を空中へと躍らせる。
「くぅぅっ!?」
 そのまま一回転して着地をするアキラ。
「アキラさん! ナイスです!」
 人一人を弾き飛ばして威力の殺された球を、男のゼラスより太くなった腕で真帆が打ち返す。
「はぁぁぁっ!!」
「!? きゃぁぁぁっ!!」
 その威力に、先程アキラを吹き飛ばしたミアすらも屈しそうになる。
 しかし、
「――うぬぅぅぅぅ!!」
 砂塵を舞い上げ、踏ん張るミア。ハートマークのビキニから中身が零れ落ちそうだ。
「ミア! 打ち上げるにゃっ!」
 叫ぶフェブ。
 ミアは言われたとおりに球の威力を逸らし、上空高く上げると、
「にゃにゃっ!!」
 しなやかな動作での月面宙返りを見せ、フェブが5mを越す高さから鋭角なスマッシュを叩き込んだ。

 湧き上がる観客。
 浜辺はなんのアトラクションかというくらいに盛り上がっている。
 演目はビーチテニス。
 口うるさい警備員も、キメラから人々を救った女神達の頼みを聞けない訳がなく――。

「じぇのさいどかったー!!」
 まさに受ければ斬れてしまいそうな鋭い一撃を、流麗な動きで捌く小雛。
 隙の出来たユイスの死角に無音の衝撃を叩き込む。
「――剣術もテニスも同じ。一瞬の攻防が生死を分けますわ」
 艶やかに微笑む和風美人。

 というか、『生死』とか言われても全く違和感がおきないこの試合はなんなのか。
 しかし、激しさとは裏腹に、観客達は興奮のるつぼにいた。
 水着美女達が人外じみた動きでのスポーツを魅せてくれているのだ。興奮しない方がおかしい。

 そういっている傍から更なる高みを見せるのはフェブ。
「じゃあミア、三人がかりでいくにゃ」
 独特のステップで高速移動をするにゃんこはまるで二人いるかのように分身した。
「――所詮、実体は一人!!」
 常人には追いつけない距離の球を瞬天速で拾うアキラ。
 柔らかい砂浜も海の中に比べればなんということはない。
 鋭いリターンに大きく揺れる双丘。
「なんのっ!!」
 バックの球に素早く回り込み、フォアの位置から豪力発現。
 唸る豪球。弾けるバスト。
 青年達の邪魔をするキメラはもういない。
「ええい! じろじろ見る輩は去ねい!」
 ミアの顔はほんのり赤い。自ら選んだ水着なのにやはりそこは乙女心か。


「平和だねぇ」
 やや遠間から。美女達のお陰で空いた空間で改めて休息を満喫するゼラス。
 首には赤いマフラー。暑くないのかこの男は。
「――あんたは混ざらないのかい?」
 隣にいる女性に声をかける。
「勘弁してくれ。生身で彼女らの相手はゴメンだよ」
 無茶な戦闘を終えたミスティはゼラスと共に、パラソルの下で煙草を一服。
 日陰でもミラーシェイドは外さない。
「――礼を言う。あんたのお陰で助かったよ」
「それはこっちのセリフだ」

「選手交替ーッ! てぇやあーーーッ!!」
「あぁっ! のもじさん、棍棒は反則ですぅぅ!!」
「棍棒ではなーいッ! 晴天大聖のパオペエ、金剛如意ラケットナリーー!!」
「くっ、長柄とは小賢しいっ! リィナ!!」
「小雛さんも斬っちゃ駄目ーーー!!」

「はぁ、太陽がマブいぜ‥‥」
「三度目だな」
 正確には来たときと合わせ、五度になる。
「あれ? そういやちびっこは?」
「ああ、彼女なら――」


 海の家では銀髪の少女が『謝礼』を戴いていた。
「‥‥ん。焼きそば特盛りおかわり」
 決して安くはない量だが、リゾート地の運営を救ってくれた礼としては足りないくらいだろう。
「‥‥ん。ドリンクセットおかわり」
 コップの代わりの器を差し出す憐。
 ここでいう『ドリンクセット』とはラーメンとカレーの事である。
 おかわりを受け取ると、ライスや麺をトッピングかなにかのように飲み込んでいく。
「‥‥ん。つぶつぶジュース。おいしい」
 勿論、今飲んでいるものの事だ。


 浜では、メンバーも立ち代わり、フェブの上げた球をのもじがスマッシュする。
「必殺! お疲れサマー西瓜落し!!」
 というか、テニスなんだから一回で返さなきゃ駄目だろう。
「――反則する不良さんには――」
 空中で身動きのとれないのもじに、
「渚の風紀委員がおしおきです!!」
 真帆のカウンターが炸裂した。