タイトル:虎、トラ、とらマスター:遠野

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/15 00:25

●オープニング本文


 アルフは鬱蒼と茂る森を歩いている。一人ではない、アルフの他に三人の兵士が後を付いて行く。
「おいっ! まーだ目的地につかねえーのかよぉー? え? 先輩よおおおおおっ!」
 兵士の一人、茶髪でイヤリングをつけた年の頃18程の少年が、アルフに絡む。その飢えたような眼光は、野良犬を思い起こさせた。
(うわぁ‥‥やっぱり不良だよ‥‥絶対そうだと思ったけど、やっぱりか)
 アルフはため息を噛み殺した。アルフはこういう手合いは苦手だ。アルフは親にさえ反抗した事は一回しか無く、何事にもつっかかる少年とは真逆であった。しかしアルフを憂鬱にさせているのはそれだけではない。
「嬢ちゃん、元気が無いようだけど大丈夫? なんならお姫様抱っこでもしてあげよーか?」
「あ‥‥あの、結構です‥‥すみません」
 残りの二人、髪を後ろに撫で付けてオールバックにしているおじさんが、顔の青ざめ、俯いている少女に話しかけている。
 おじさんの方は年の頃30だろうか、鼻と唇の間に生えている髭がなかなかダンディーな雰囲気をかもしだしていて、バーのマスターといわれてもアルフは疑わなかったに違いない。
 しかし、喋りは渋さのかけらも見受けられずむしろ軽く、アルフの中でバーのマスターから、詐欺師に印象が降格させられていた。
 そして少女の方は、年は17らしい。会った時から伏し目がちで、チラとでも誰かと目が合うと慌てて視線をそらした。髪は肩まで波打っていて艶が良く、少しいいにおいがした。

「アルフ喜べ。新人が入ったぞ」
 アルフのいる小隊の隊長、リニアに呼ばれ部屋に入ると突然リニアは言った。
「新人‥‥? もしかしてそこにいる人達ですか?」
 実は部屋に入った時にいやでも目に入っていたのだが、アルフは嫌な予感がプンプンしていたので、気にしないようにしていたのだ。
 リニアの座っている机の横、なぜか椅子に縛られ、猿ぐつわを噛まされてもがいている少年と、横でその様子を気味悪そうに見ている少女。壁にもたれかかってニヤニヤしているおじさん。どうやら彼らが新入生と言いたいらしい。
 リニアは椅子に縛り付けられている少年を顎でしゃくった。
「そこの茶髪がシンイチ、軍の規律を乱したとかで追い出されそうなところを見つけ私の小隊にいれた‥‥少々暴れたので手荒の事をしてしまったが」
 リニアは次に少女を手で示すと少女はビクッと反応した。
「そこの少女がリンキ、士官学校は主席で卒業し、特にスナイパーの素質があるらしいが、軍から逃亡し処分されそうなところを私が連れてきた」
 そして最後に男の方を見もせずに言う。
「おっさんはバルトという名らしい、雇ってくれといわれたので雇った。身分を示す物を持っていなかったが。ま、うちの小隊も人手が足りんのでな。とにかくよろしくやってくれ」
 バルトは「よっ」と片手を上げた。
(つまり‥‥問題児と素性の分からない男か‥‥)
 文句を言う訳ではないがもう少し何とかならなかったのか。アルフの不安そうな顔を見たからか、リニアは付け加えた。
「心配するな、全員能力者との事だ。そう簡単には死なん」
 そして椅子から立ち上がるとこう言った。
「では、諸君にはさっそく演習がわりにキメラを討伐してきてもらう。なに、相手は一体だ。肩慣らしには丁度いいだろう、ついでにアルフ、リーダーとしてお前もついて行け、一応こいつらの先輩になるのだからな」
 アルフの嫌な予感は見事的中した。

「うわ、強そうじゃん‥‥」
 そういう訳で、軍にかかってきた通報を元にアルフ達がしばらく森を歩いていたのだが、突然目的のキメラの姿が見えてアルフは驚いた。
 少し開けた場所に像ほどの大きさのある虎にそっくりなキメラが横になって寝ている。本物の虎と違うのは大きさくらいだろうか。
 茂みに隠れ身を潜めるとアルフは言った。
「でも寝ているならチャンスかな。‥‥えーと、リンキさんだっけ? ここから頭を狙撃してもらえるかな?」
 少しの間。
 返事が無いのでアルフが振り返ると少女は、震えていた。
「あの‥‥もう少し離れていないと‥‥撃てません‥‥」
「え?」
「こ、怖いんです‥‥ち、近くに敵がいると‥‥照準がぶれちゃって‥‥だからスナイパーになったのに‥‥あの人達がもっと近くで撃てというから‥‥」
 自分の親指を噛みながらリンキはブツブツ言い出し、完全に自分の世界に閉じこもってしまった。
「だあああああ、うぜえなあ! あんな雑魚俺がちょちょいとぶっ殺してきますよっ!」
 アルフがどうしたもんかと悩んでいる間に、シンイチはイライラとした様に茂みから飛び出していった。
「あ、ちょっと!! 危ないって! ほら、バルトさんも止めてくださいよ!」
 バルトはニヤリと笑った。
「んー? いいんじゃない? 俺も若い頃はあんな感じだったし、傷は男の勲章ともいうから」
 止める気はないらしい。アルフも仕方なく茂みから飛び出そうとすると、突然トラがむくりと起き上がり、一声吼えた。その途端どこに隠れていたのか脇の茂みからもう二頭、虎が飛び出しシンイチを前足で殴り飛ばした。
「なっ‥‥一頭だけじゃなかったのか!」
 アルフは一等だけなら自分でも何とかできると思っていたのだが、三頭同時はきつい。おまけにリンキはそれを見て腰を抜かしているし、シンイチは怒り狂って闇雲に大剣を振り回しているがあれでは決定打は与えられないし、途中でスタミナが切れてしまうだろう。唯一頼りになりそうなバルトは、
「いやー、震えている女の子を放って行くのは気が引けるねぇ。ほら、おじさん紳士だし、彼タフそうだからなんとかなるって」
 なぜか楽観的で協力する気はないらしい。
「そ、そんな‥‥」
 もはや一刻の猶予もない。シンイチは順調に嬲られていてヘロヘロになっている。
(‥‥しょうがない)
 アルフは己の情けなさ、統率力のなさを奥歯で噛み締め、無線を取り出した。傭兵を派遣して貰おうと思ったのだ。
 だが、できる事ならこの手は使わず自分で何とかしたかった。これじゃあ無力な一般人と同じだと思った、自分は軍人なのに。
 しかし面子より人命が大事だと自分に言い聞かせつつ、アルフは無線で隊長にコールした。

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
魔宗・琢磨(ga8475
25歳・♂・JG
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
カグヤ(gc4333
10歳・♀・ER
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
ビリティス・カニンガム(gc6900
10歳・♀・AA
ミスティア・フォレスト(gc7030
21歳・♀・HA

●リプレイ本文

「はぁ‥‥はぁ‥‥くそったれが‥‥」
 とうとうシンイチはガクリと地面に膝をついた。そして、弱った瞬間を見逃すようなキメラではない。震えるような咆哮を上げながら、一匹がシンイチに飛び掛った。
「あ――」
 アルフは息を飲んだ。全てがスローになる。虎の巨躯がシンイチにのしかかる。そしてパックリ口が開く。シンイチにかぶりつこうと。そして次の瞬間には真っ赤な血が飛び散る――はずだった。
「はぁあああああああああああ!!」
 茂みからなにか飛び出してきた。小柄なそれは一気に木々の間を弾丸のように駆け抜け距離を詰めると、今まさにシンイチの頭にかぶりつこうとしている虎の横っ面目がけ渾身の力を込め、槌を薙ぐ。
「オラァ!!」
 槌は空を切りながら、虎の顔面にめり込み、吹き飛ばした。
「なっ‥‥‥」
 シンイチが目を見張っていると小柄なそれ――ビリティス・カニンガム(gc6900)が振り返り、つかつかとシンイチに近づいてバカンと頭を叩いた。
「いてぇ!」
「あたしが来なかったら『いてぇ』じゃすまなかったぜ。お子様は下がってな!」
 そう言って、身を翻すとキメラの対応に向かう。
「お子‥‥て、てめぇ! 俺の方が年上だ!」
 ふらふらと立ち上がり、カニンガムの後を追う。

「み、みなさん! 来て下さったんですね!!」
 アルフは傭兵達が駆けつけたのを見て、思わずウルッと来てしまった。
「お手伝いなの」
 ふんわりとした雰囲気の少女、カグヤ(gc4333)が早速その場にいる全員に練成強化を施す。
「ご苦労なされているようで‥‥統率の乱れ‥‥は、傭兵の専売特許と‥‥思っていましたのに、ね‥‥」
 にっこりと微笑みながらチクリとする言葉を投げかけたのはキア・ブロッサム(gb1240)だ。
「ハハハ、言われてるぞアルフ君」
 バルトが茶化すとアルフが睨みつける。
「貴方が協力してくれないからでしょ!!」
 ブロッサムは表面上は笑顔を浮かべながらも、バルトを注意深く観察した。彼女は身分の分からぬ者は信用しない。
「お、どうしましたブロッサム嬢。俺の顔になにかついてます?」
 見られていることに気が付いたバルトがブロッサムに話しかける。
「まさか、俺に見惚れて――」
「ご冗談を」
 バルトが言い切る前に即答。バルトは肩をすくめた。
「アルフ殿。お久しぶりです」
 ミスティア・フォレスト(gc7030)がアルフに話しかけた。
「ああ、ミスティアさん。お久しぶりですね」
 アルフが軽く頭を下げる。
「バルトさん。これを」
 ミスティアはバルトに近づき無線を手渡した。
「これは?」
「戦闘に参加しないのならせめて情報管制くらいはしてください」
 バルトは無線を手で弄びながら、頷いた。
「ああ? 別に構わないが」
 ミスティアは彼に情報管制の役を与え、作戦への参加意識を高め、そして万が一の時の監視も兼ねようと思っていた。


「よっと、初めまして可愛いお嬢さんッ!」
 少し離れた場所で、自分の肩を抱き震えているリンキの後姿に、魔宗・琢磨(ga8475)が明るく声をかけると「ひっ」とびくり反応する。
「リンキさん」
 トゥリム(gc6022)もリンキにゆっくり近寄り、リンキの手を取った。
「スナイパーは臆病で良いんです。安全な場所で狙撃する人だって、必要なんですよ?」
 琢磨もリンキの肩にポンっと手を置き、爽やかににかっと笑って言う。
「俺や皆があんたを護る。仲間を信じてみろ。な?」
 リンキは呆けたように琢磨とトゥリムを交互に見つめていたが、やがてこっくりと、ぎこちなく頷いた。
「そうですよ。ね? バルトさん?」
 トゥリムに突然呼ばれバルトは面食らった。
「俺? かわいいお嬢さんにご指名頂けるとは身に余る光栄だが‥‥なんで?」
「女の子を守るんでしょ?」
 トゥリムが手を引こうとするとブロッサムが言った。
「ならば‥‥私について頂けませんか? 御覧の通りか弱い者で‥‥」
 そう言って微笑。そしてトゥリムにすすーっ、と近づき耳元で囁いた。
「少々‥‥試したい事がありまして‥‥。恐らく君の考えている疑問を解決する一助になるかと‥‥」
 トゥリムは頷いた。
「わかりました。‥‥でもこれだけは聞かせてください」
 バルトに向き直り鋭く聞いた。
「あなた、身分を示す物を持ってなかったのに、なんでエースアサルトだってわかったんですか?」
 バルトは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにニカッと笑って言った。
「気になるか? 簡単な事だ。身分を示す物を見せる必要が『なかった』んだよ」
「‥‥え?」
 トゥリムは首を傾げた。
「悪いがこれ以上は言えない。彼女、怒ると怖いんだ。――俺は敵じゃない」
 トゥリムは全然納得していなかったが、今は時間が惜しい。
「わかりました。しかし妙なまねをしたら容赦しませんから」
「はいはい」
 ブロッサムは言った。
「お話は済みましたか? ‥‥‥では参りましょう」
 そしてブロッサムとバルトはキメラの下に向かった。

「まったく、見目麗しい女の子を前線に立たせるなんて微妙に恥ずかしいと思わないのかしらねえ」
 キメラと応戦中。横目でアルフを見る百地・悠季(ga8270)。瞳が「情けない」といっているような気がしてアルフは目を逸らした。
「申し訳ないです‥‥」
「まあまあ、傭兵は‥‥「普通の問題児レベルが普通」ですし‥‥」
 キメラの鋭い引っ掻きを、体を逸らして回避すると、辰巳 空(ga4698)は言った。
「わかってるわよ。だからビシッとお手本見せてあげるからしっかり網膜に焼き付けておいてよ少年!」
 悠季は一気に駆け出し、辰巳と応戦しているキメラの後ろに回りこむとエネルギーキャノンで不意撃ち。
 唸り声を上げ、悠季に向き直るキメラ。しかし、辰巳はその隙を見逃さなかった。
「せめて眠れ――永久に」
 子守唄。虎の動きが鈍くなる。
 さらに、カグヤが扇を振るい巻き起こった風がキメラの周りにまとわりつき、動きを完全に封じた。
「これで止め!」
 キメラの頭部を脚で踏みつけると、ピタリと銃口をゼロ距離で密着させた。ちなみこの銃、かなり一撃の威力が高い。
「じゃーねー」
 容赦なく引き金を二回三回と引き、頭を吹き飛ばした。
「‥‥ハハ。意外とあっけなかったですね」
 辰巳が苦笑すると、悠季は当然よ、と言った。
「見てた? 連携するとこんなにあっさり倒せる物よ」
「は、はい」
 アルフが頷くと、初めて悠季は微笑を浮かべた。
「ん、わかればよろしい.」
 アルフの頭をポンと叩いて、にこりと笑った。
 その笑顔を見て、アルフはなぜか母親の事を思い出した。

「オラァ!」
 カニンガムが素早く動き回り、キメラの股下を通り抜けざまに脚に向かって槌を振るう。グシャリと、水気の多そうな音がしてキメラが転倒した。
 しかし、カニンガムが追撃しようと近寄ろうとすると。
「くそっ! 女ばかりにいいかっこさせられるかよ!」
 シンイチが横から飛び出してきてキメラに向かい駆け出した。
 その時、キメラの丸太の様に太い前足がピクリと動いたのをカニンガムは見逃さなかった。
「馬鹿! 近づくんじゃねえ!」
 しかしシンイチは無視してキメラの射程範囲に入ろうとして――。
「うおっ!」
 雷のような轟音がしたかと思うと、同時にシンイチの足元付近に銃弾が地面の土を跳ね上げる。
「‥‥下がるべき、と‥‥お伝えされていますし‥‥当りましても恨まずに、ね‥‥」
 ブロッサムが制圧射撃をしたのだ。表向きは微笑を浮かべ。
「おお、こわいこわい」
 バルトが大げさに怖がって見せた。
「‥‥バルト氏」
 ブロッサムがささっとバルトの背後に回りこむ。
「‥‥接近戦は専門の方に、ね。‥‥お願いします」
「え」
 見れば大きな銃声でこちらに気づいたキメラが、大きな体躯の割には殆ど音を立てずに駆け寄ってきた。
「ちょ、まじか!!」
 バルトは慌てて背中に背負っていた、突撃銃を構え安全装置を外す。そしてキメラの足元目がけ制圧射撃。
 そして脚が止まって、隙だらけのキメラの頭部目がけてカニンガムが、飛び上がり槌を全体重を乗せて振り下ろした。
 ゴリっという鈍い音がしたかと思うとキメラは崩れ落ちた。
「一丁あがりだぜ」
 カニンガムは武器を下ろし、立ち尽くしているシンイチに近づきグイッと顔を近づけた。その迫力にシンイチは思わずたじろいだ。
「な、なんだよ」
「これでわかったか? ガキの喧嘩は卒業しな。あたしらがやってるのは戦争だ。仲間と協力し、効率よく敵をぶちのめすお仕事だ。戦場じゃ自分勝手なアホは生き残れねえぞ」
「う、うるせえ! てめえに言われる筋合いねえ!」
 そう安い不良のようなセリフを吐くと、そのまま森の奥に消えていった。
「‥‥やれやれ、あれは死ぬまで治らないかもしれなねぇな」
 呆れたように首を振り、シンイチの背中を見つめた。

「こっちだキメラ野郎!」
 琢磨が木々の間を縫うようにして駆けながら、キメラの足元に向かい、破裂音のような銃声を響かしている。
 それと言うのも、琢磨が「まぁ、後衛の動きやすい環境を作るのが、前衛の役目ってね!」と言ったからだ。ミスティアも琢磨と連携し、攻撃が琢磨の方に向けばミスティアが攻撃。ミスティアの方に向けば琢磨が、という風にキメラを翻弄していく。
「や、やっぱり臆病な私には無理ですよ‥‥」
 一方、後方の樹上ではリンキがスナイパーライフルのスコープを覗き込みながら小刻みに震えていた。
「大丈夫ですよ、リンキさん。スナイパーは臆病でいいのです、ほら私もついていますから」
 震えるリンキの手に、そっと手を重ねてトゥリムが言った。
「と、とぅりむさん‥‥」
 怖がりながら、それでも先程より大分落ち着いて、リンキは頷くと、スナイパーライフルのスコープを心なしか真剣に覗き込み、引き金に細い人差し指を掛けた。
「‥‥いけます。合図をどうぞ」
 琢磨がとミスティアがキメラを、狙撃しやすい位置まで誘導する。
「今です!」
 ミスティアの合図でリンキは引き金を引こうとして――キメラと目が合った。
「ひっ」
 恐怖が背筋を走り、指先まで駆け巡る。銃口がわずかに頭部をそれ、キメラの肩を撃ち抜いた。
 咆哮。キメラは猛然と、リンキとトゥリムがいる樹まで駆けてくる。
「くっ!」
 トゥリムは樹から飛び降りようとしたが、その前に琢磨が動いた。素早くキメラの前に回りこみ、キメラの突進をもろに食らった。しかし、ぐっと堪え、にやりと笑って見せた。
「生憎と‥‥ええ格好しいの痩せ我慢は得意でな!」
 そしてリンキに向かって叫んだ。
「撃て!  仲間を信じて‥‥撃ち貫けッ!」
「‥‥はいっ!」
 リンキは呼吸を整え、標準を頭部に合わせる。頭の中では傭兵達の励ましの声が何回もリフレインされる。
(これ以上‥‥皆さんに迷惑をかけられないっ!)
 そして今度こそ、しっかりと、引き金を引いた。


「しかし、お嬢さんも人が悪い。あれ、わざと誘導したでしょ‥‥」
 バルトがため息交じりに呟くと、ブロッサムは悪びれた風もなく、微笑を湛えたまま、
「この目で見ねば‥‥信用やらできぬ性質なものですから‥‥」
 と言った。
「俺、そんなに胡散臭いかね」
「うん、すごく怪しいの」
 カグヤが、のんびりと答えた。彼女は覚醒後はおなかが減るらしく、地べたに座り込んで頭上の木に生った、木の実をじーっと見つめている。
「うう‥‥今回私、ダメダメでしたね‥‥」
 やや落ち込んでいるリンキの頭を琢磨はくしゃっとなでた。
「敵が近くにいると恐いよな。俺も未だに手足が震えちまう。でもな、人が傷つくのはもっと怖ぇ‥‥でも、この引き鉄でそんなくそったれな未来をぶっ壊せると思うと勇気が出てくるんだ。‥‥リンキさん、君もできるよになるよ」
 そういって笑いかける。リンキは少しだけ頷き、そして悲しそうに笑った。
「ありがとうございます‥‥そうなれるといいのですが‥‥ね」
「ああっ!!」
 突如、トゥリムは大声を出した。
「ど、どうしたのですか?」
 尋ねるアルフに、トゥリムはやや、焦りながら聞いた。
「あの、バルト‥‥さんは?」
 見れば先ほどまでいたバルトの姿が見えない。
「え? ああ、シンイチ君を探すっていってどっか行っちゃいましたよ」
「‥‥」
 逃げられた、とトゥリムは思った。結局彼の身の上は謎のままだった。
「まあ、私は‥‥バルトさんは正規軍人のお目付け役で、傍観もその任務故だと思ってますね。あまり心配していませんが」
 辰巳がとりなすように答えた
「再調整が必要な上級クラスはスパイにはリスクが大きいのですし、あまり心配することではないのでは?」
「それはそうですけど‥‥」
 釈然としない様子で、森の奥をにらみつけた。森は奥に行くにつれ、緑が重なり奥行きがそこしれぬものになっているような気がした。