タイトル:重力蠍マスター:遠野

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/24 02:25

●オープニング本文


「‥‥どうして毎回僕は単独偵察なんだ?」
 眼前にぽっかりと口を開けている洞窟を前にしてアルフ・グランツは思わず愚痴をこぼしてしまった。穴の奥は真っ暗で懐中電灯で照らしてみてもよく見えない。
「虫とかいたら嫌だな‥‥」
 ついでに言うなら暗い所も好きではないが、隊長命令なら行くしかない。アルフは大きく深呼吸をすると穴に入っていった。

 アルフは隊長に部屋に呼ばれた時から嫌な予感がしていた。そしてその予感は見事当たってしまった。
「近隣の住人からの通報。洞窟にはいった男がいつまで経ってもでてこない、様子を見てきて欲しいそうだ、というわけでアルフ、お前が見て来い」
 アルフは恐る恐る自分を指差す。
「‥‥えっと、一人でですか?」
 隊長はわずかに眉を吊り上げる。
「当然だろ、何度も言うようだが人手が不足しているのだ。偵察くらい一人で十分だろ」
「‥‥了解しました」
 ここで隊長に逆らっても事態が良くならない事はこの隊にいてとっくに学習していた。悟りの境地に近い物がある。
「心配するな、能力者はタフだ。そう簡単には死なん」
 隊長はとぼとぼと部屋を出て行くアルフの背中に激励(?)をかけた。

「でも能力者だって痛いときは痛い‥‥て痛ッ」
 洞窟の中間あたり。這って行かなければ通れない様な細く狭い通路をなんとか這いつくばりながらも進んだが、出口付近で頭をぶつけてしまった。だが頭をさすりながらふと天井を見上げて、アルフは思わず息を呑んでしまう。
 天井が高い。さらに天井からは、大量のつららのような鍾乳石が垂れ下がっていた。懐中電灯で照らしてみると鍾乳石の一つ一つが白く、光をうけてパールのような鈍い煌めきを放っている。
「きれい‥‥」
 音は一切無い。その中で煌めく鍾乳石を眺めてしばし呆然としていると目が慣れてきたのか、中央に一抱えあるような石が三つ、手前に二つ奥に一つ等間隔に並んでいるのが見えた。
「なんだ?」
 懐中電灯で照らしてみるとその石は紫色の水晶の様にみえた。おおきなビーダマと言った方が近いかもしれない。
 アルフが恐る恐る歩いていき、その手前の石まで距離10メートルにまで近づいた途端――。
「‥‥重っ!!」
 突然まるで背中に巨岩がのしかかって来たかのように体が重くなる。そしていきなり地面から凄まじい奇声をあげながらそれは出て来た。
 形状は蠍に近いが、普通にみる蠍に比べてはるかにでかい。体長15メートルはあるように見えた、さきほど石だと思った物は尻尾の先端についており紫色に禍々しい光を放っている。
 そして奥の地面からも二体。
「わ、わあああああああああ!!!」
 逃げようにも体がなにかに押さえつけられたかのように重い。必死で這うように距離を取ろうとしているアルフに蠍は大きな鋏を横に薙いで吹き飛ばした。
「がっ‥‥」
 壁に叩きつけられるアルフ。痛い、吐きそうなくらい痛いがもう体の重みは消えていた。
「くっ‥‥」
 体を引きずるようにしながらも、細い穴まで辿り着くと何とか身をかがめ、這いつくばりながら出口へと急いだ。

 医務室。アルフの怪我は幸いにも軽傷で大事にはならないとの事だった。
「なるほど」
 アルフから報告を聞き隊長は言う。
「偵察ご苦労。これで敵の特徴は判明したな、後は傭兵に頼んで退治させれば万事解決だな。傭兵への説明はまかせる」
「‥‥隊長がやればどうでしょう、偵察は僕一人でやって怪我を負ったのですからそれにくられべれば余裕でしょう」
 アルフとしてはもう少しで蠍に殺されていたところだ。たまたま助かったが、隊長になにか恨み言の一つでも言わないと気が済まない気分になっていた。
 隊長はわずかに肩を竦め、淡々と答えた。
「説明苦手なんだ」
 それだけ言って部屋から出て行く。アルフはドアが閉まるのを見届けるとそっとため息をついた。
「この隊にいて僕大丈夫かな‥‥」
 アルフはこれからの自分の将来がとても不安になった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
D‐58(gc7846
16歳・♀・HD

●リプレイ本文

 アルフから大体の説明を受け、傭兵達は洞窟に入っていく。
「ふむ、こんな洞窟を一人で行くとは‥‥彼も苦労してますね」
 終夜・無月(ga3084)は目を暗闇に慣らすため、片目を瞑りながら言った。
「まぁ、敵の戦力がわかったのですから、多少は報われたんじゃないんですか?」
 芹架・セロリ(ga8801)が懐中電灯で回りを照らしながら言う。天井を照らした拍子に何匹かのコウモリがバタバタと飛び去った。
「無事でいて欲しいですね‥‥」
 鐘依 透(ga6282)が言った言葉が洞窟内に反響する。
「そうですね、無事だといいのですが‥‥」
 春夏秋冬 立花(gc3009)も同調する。手にしたランタンの光を受け、不安げな表情が浮かびあがっている。
 だが、D‐58(gc7846)は淡々と答えた。
「無事? ‥‥ああ、先に入った男性の事ですか。入ってから時間が経っているそうですからどうでしょうね」
 別に彼女はわざといじわるな答え方をしたわけでなく、なんでも物事を機械的に考える事が多いのだ、冷静に分析した結果を言っただけである。それに事実、男性の生存は絶望的だった。
「とにかくとっとと、キメラの戦闘データを取って、人を助けて帰ろうかね〜」
 そう言ってドクター・ウェスト(ga0241)は狂気染みた高笑いを洞窟内に響かせた、と同時に何十匹ものコウモリが一斉にキィキィ鳴きながら洞窟の外に飛び出していった。
 そんな中トゥリム(gc6022)はなぜだかわからないがとても嫌な予感が胸中にとぐろを巻いて居座っているのを感じた。トゥリムはそんな予感を頭を振って振りとばす。
「まさか‥‥ね」


「あ、ここが入り口ですかね?」
 立花は洞窟の奥まった所に小さな抜け穴のようなものを発見した。
「じゃあ私先にいきますね、装備品少ないですし通りやすいので‥‥胸が少ないのは関係ないですよ?」
 黒い微笑を一瞬浮かべ、穴に這いつくばって入っていく立花。
「ふむ、たしかに巨乳の方は通り難いかもしれませんね、胸が地面にすれていたそうですし」
 ふむふむと一人納得してD‐58も後に続く。
「しかし‥‥こんなところに巨大キメラか。一体どうやって入ったんだろ」
 セロリが首を傾げると、ドクターが不敵な笑みを浮かべた。
「セロリ君、恐らくそれはどうやって地下に電車を入れたかって質問と答えは一緒だと思うよ〜」
「?」
 高笑いを上げ、穴に入っていくドクター。
 セロリはドクターが良く分からないという事だけは良く分かった。
 
 穴をぬけると、そこには広い空間が広がっていた。そして、アルフから聞いていたとおり中央付近に水晶のようなものが見えた。 
 立花は口元に人差し指を当て、
「皆さん、静かに」
 そう言って、砂利を拾い上げると水晶に向けて投げる。砂利は水晶にあたることなく急に軌道を変え地面に落下。と、同時に水晶がもぞもぞと動き出した。
「今です!」
 鐘依が叫ぶと同時に水晶に向かって一斉攻撃。洞窟内に響き渡る激しい銃声に、蠍がすべて地面から飛び出して来た。
「ゆくぞ!」
 終夜が飛び出し蠍に接近、なぎ払われる鋏を飛び越えそのままの勢いで蠍の脳天めがけ、剣を突き立てようと空中で切っ先を下に向ける。直撃、しかし重力の影響により若干急所を逸れる。
「ちっ」
 蠍の背を踏み台にし脇に着地。直後、振り下ろされる鋏を剣で受け止める。
 
「ほらこっちだ!」
 鐘依は別の蠍を、重力が働くラインギリギリで引き付けている。エアスマッシュで攻撃するが蠍の体にはなかなか傷が付かない。
(やはり、少々分が悪いか)
 だが最初から囮が目的、蠍の注意が鐘依に向いている隙にトゥリムが、尻尾の水晶を、盾を構えながら銃で撃ちぬく。最初の一斉攻撃で脆くなっていた水晶はあっけなく砕け散った。
「これで重力がなくなった‥‥はず」
 鐘依が一歩重力の範囲に踏み込む。重くならない。
「重力さえなければ僕の方が速い‥‥!」
 鋏をステップで避け、脚を切断。がくりとバランスを崩し攻撃が止んだ瞬間トゥリムが蠍の頭に弾丸を撃ち込む。
「まずは一匹」
 めり込んだ弾丸は頭部にヒビを入れ、脆くなった部分を鐘依の剣が深々と刺し貫いた。

 もう一方の蠍はセロリが引き付けていた。蠍の周りを動き回り翻弄する。
「うーん、虚実空間は効かないかー、残念、残念」
 ドクターは腕を組み、首を捻る。先ほど試してみたのだが何故か効果がない、思わず考え込んでいるとセロリが叫んだ。
「考え込んでないで――加勢してくれないか、ってうお!?」
 銃撃で敵を牽制していたセロリだが、蠍の重力の範囲に入ってしまった。
「重っ!?」
 振り下ろされる鋏、辛うじて刀で受け止めた。
「おお、我輩とした事が‥‥今行くぞー」
 エネルギーガンを構え、鋏に向かって射撃。セロリが受け止めていた鋏は大きく弾き飛ばされた。
「目標捕捉、撃ちます‥‥トートゥム・ラディウス」
 D‐58が蠍の動きが鈍った瞬間に、尻尾の水晶を全長1230mmもの銃で粉々に打ち砕いた。
「今だー! ちょいなー!!」
 セロリは蠍の背中に飛び乗ると、脆くなりヒビの入った部分を刀で何度も刺し貫き、ズタズタに背中を切り刻む。
「オラオラオラオラオラオラッー!!」
 たまらず崩れ落ちる蠍、そして銃を構えるドクターとD‐58。そして同時に蠍の眉間に銃弾をぶち込んだ。
「残るは一体ですね」
「んー、じゃあ加勢してとっとと終わらせるかねー」

 終夜がうまく立ち回りつつ、立花はダンタリオンで援護する。強力な電磁波と終夜の攻撃で徐々に弱っていく蠍。
(ごめんね‥‥)
 そんな姿にほんの少しだけ心が痛む立花だが、攻撃の手を緩めることはない。
「面倒だ、纏めてたたっ切る」
 終夜はそう言うなり剣を構えなおし、尻尾に鋭い一閃を浴びせた。
「はっ!」
 一太刀で両断される尻尾、当然重力は無効となった。
「いきます!」
 立花はダンタリオンで電磁波を発生させ蠍の動きを止め、その隙に終夜が、今度こそ剣を深々と突き刺した。


「捜索が済むまでが依頼です」
 トゥリムはさらに洞窟の奥に進む。
「でも‥‥なにも落ちていませんね‥‥」
 立花も探査の目を発動させあたりを探すがなにも見つからない。
「荷物もないか」
 セロリも唸る。横でD‐58がぽつりと言う。
「やはり蠍に殺されたのでしょうか?」
「ま、まあそう悲観的にならずに‥‥」
 鐘依は苦笑しながらも内心嫌な予感がしていた。一般人があのキメラに勝てるだろうか、いや、それはありえない。もし能力者なら多少可能性はあるかもしれないが、一人で勝てるだろうか。蠍は生きていた、ここから出た者はいないとなるとこの奥にいるかあるいはやはり――。
「ん? あれは‥‥」
 ドクターは、眺めていた蠍から採取した細胞が入っている試験管を懐にしまい、洞窟の奥に目を凝らし――次の瞬間、洞窟の奥へ駆け出した。
「?」
 ほかの傭兵達も訳が分からないまま後に続く。洞窟の奥は行き止まりになっていた、ドクターは屈み込んでいる。足元には何かが横たわっていた。
「きゃ‥‥これは‥‥」
 ドクター後ろから覗き込んだ立花は言葉を失った。続いて覗き込んだ傭兵達も似たような反応をした。
 男が横たわっていた、眠っているかのように安らかに。だが、頭部に開いた黒い穴が、彼が二度と目覚める事がないと物語っていた。
「もう死んでいる」
 ドクターが確認するようにポツリと呟いた。D‐58が額に開いた穴を見つめて言った。
「銃殺でしょうか?」
 終夜が遺体周りを調べると、拳銃を一丁遺体が握っている事に気がついた。能力者が使うものではなく一般人でもつかえる普通の拳銃である。
「‥‥自殺?」
 拳銃がしっかり握り締められていたという事はこの銃を持っていたのは死後硬直の前。元から持っていたのか、誰かが持たせたのか。
「こればっかりは詳しく調べてみないとね、ここではわからんでしょ」
 ドクターの一声に傭兵達は頷いた。詳しくは外に出てから調べたほうがいいし、皆あまりここに長居したくない気分だった。


「よろしいのですか、お嬢様? 彼らを逃がしてしまって」
 黒いベンツの運転席から男は後部座席に声をかけた。男は二十前後にみえ、黒い髪を後ろに撫で付けオールバックにしている。
「構わないわ。そんなことより早く家に帰ってバームクーヘン食べたい」
「かしこまりました。エスカテリーナお嬢様」
 エスカテリーナは外を見つめた。遠くの方で洞窟から傭兵達が出てきたところであった。
(やっぱりキメラだけじゃ無理か。エサも一匹無駄にしたのに捕獲失敗か‥‥次はニンゲンも混ぜ合わせてみようかしら)
 軽い振動がして、車は走り出した。そして次の瞬間には彼女はバームクーヘーンに合う紅茶は何がいいかを考えていた。