タイトル:月が綺麗なのでマスター:遠野

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/17 06:33

●オープニング本文


 少女は空想にふけるのが趣味だった。
 少女は病弱だった。少女の家は裕福だった。少女は絵に描いたような深窓の令嬢だと自分でも思っていた。だからではないが、少女はよくこの家からカッコいい男が、自分をドラマチックに連れ出してくれる場面を妄想した。もちろん実際にそんなことがあったら面倒くさいし、今の環境も悪くない。わざわざ裕福な暮らしを捨てるなんて馬鹿な事をする気は毛頭ないので、相手の男には丁重にお引取り願うが。
 その夜も、ベットで横になりながらそんな事を空想していた。少女の部屋はその建物の三階にあり、その部屋のバルコニーからは下界の町がよく見えた。古いレンガ造りの家ばかりで、二階以上の建物がなく少女の家が一番大きい。それでも三階建てだ。
(カビ臭い建物と伝統を後生大事に守っている‥‥きっとあの建物をバーンと吹っ飛ばしたら胸がスッとなるでしょうね)
 少女は母が聞いたら卒倒しそうな想像にクスッと笑った。

 その時――。

 爆発音。階下からだ。少女は文字通りベットから飛び起きた。
「な、なに?」
 しかし体は動かない。人の悲鳴、怒号、そしてそれらをかき消す爆発音。静寂。
 やがて少女の部屋の扉がゆっくり開いた。
「今晩は。夜分遅く申し訳ありませんわ、しかし何分――今宵は月が綺麗でしたので」
 そう言って扉を開けた人物はにっこり微笑んだ。
 それは可憐な少女だった。黒い服、優雅な物腰――ただし、右手に持ったその少女の身の丈より長い大剣は不釣合いだった。
「あ、貴方誰!?」
「申し遅れました、私はエスカテリーナ。気軽にエリーと呼んで頂いても構いません」
 そう言ってエスカテリーナは少女に歩み寄る。少女は動けない。
「ほ、他のみんなは!?」
 少女は叫んだ、そうしないと気がおかしくなってしまうくらい怖かった。
「静粛にしてもらいました」
 エスカテリーナは剣を壁に立てかけた。その剣は普通の剣ではなかった。その刀身になにやら動脈のようなものが走っていて、時折ビクビク動いている。
「気になる?」
 エスカテリーナは少女の視線気が付き、突然ぱあっと顔を輝かせた。
「そうだ! 面白い物をみせてあげるっ!」
 エスカテリーナは少女の手を引いてバルコニーまで連れて行った。少女は不思議と抵抗する気が失せていた。
 エスカテリーナは剣の切っ先を町に向け突き出した、すると切っ先から柄にかけて刀身がパックリ割れた、というか開いた。そして分厚い刀身の中から円筒状のものが現れた。
「よーく見ててね」
 そういった次の瞬間、凄まじい轟音。一瞬聴覚が機能しなくなる。無音の世界で少女は民家が跡形も無く吹っ飛ぶのを見た。横を見ると、筒から煙が出ている。たたき起こされた町はパニックになっていた。
 逃げようとする住民にむかって彼女は何度も砲撃した。直撃した人間は死体が残らなかった。少女は耳がおかしくなりそうだと思った。
「‥‥私をどうするの」
 少女はへたりこんだ。なんだかとても体がだるい。脳が考える事を拒絶している。
「私のお家に参りましょう? きっと楽しいと思うわ」
 エスカテリーナに顔を覗き込まれ、少女はこっくり頷いた。無意識に。

 逃げ惑う住民達。夜ということがさらに不安を助長していた。さらに、町に乱入してきた狼キメラが群集を引っ掻き回す。狼は機銃を背負っており、辺り構わず乱射している。
「いいねぇ‥‥高みの見物っていうのはさ。お、あの女、子供の盾になって死んでやがんの! ハハッ、ダッセー、かっこ悪ーい、ウッザーイ」
 建物の二階からスナイパーライフルで覗き込んでいた赤い髪の女は、女の死体に泣きすがる子供の脳天を吹き飛ばすと、手で何事か合図する。すると狼達が散らばり、広場の中央に人々を追い込んでいく。そして中央で右往左往する人間を女は、次々に撃ち抜いていった。
「弱い、よわーい。もう作業だねこれ。お嬢様も面倒な事命令するね。適当に引っ掻き回せなんてさ」
 しかし、と赤い髪の女は満足げに笑った。
「ま、楽しいから細かい事なんてどうでもいいか」

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER
滝沢タキトゥス(gc4659
23歳・♂・GD
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG

●リプレイ本文

●夜の街は狂乱状態だった。
 あちこちで人々の悲鳴と、銃声が闇を引っ掻き回し傭兵達の心を焦らせ急かす。
「先に行かせてもらうよ〜」
 ドクター・ウェスト(ga0241)が、白衣をはためかせながら先陣を切る。
「ドクターが頼りです、お気をつけて」
 トゥリム(gc6022)がドクターの背に呼びかけたが、ドクターは後ろを振り返ることなく夜の闇にまぎれていった。
 逃げ惑う人々の群れに逆らっていくと、広場に到着した。
「ひとーり! ふたーり! 三人目! あははっ、最っ高に気分いいわー」
 建物の二階、赤い髪の女がスナイパーライフルで人々を射殺していく。
「全くやかましい‥‥まあ、居場所が分かって助かるが」
 ハンフリー(gc3092)が険のある視線を強化人間に注ぐ。
「皆さん、閃光手榴弾投下します」
 トゥリムは、閃光手榴弾にタンドリーチキンを巻きつけると、広場に向かって放り投げた。
 数秒の間の後、凄まじい轟音と閃光が飛び散る。
「正面突破なら俺に任せろ」
 滝沢タキトゥス(gc4659)は敵が怯んだ隙を突き、広場に先陣を切って突入した。


 静かな通り。遠くでは人々の悲鳴や銃声が響く。エスカテリーナは鼻歌交じりに、少女の手を引き、通りを歩く。周りの人間はあらかた殺してしまい、ここでは人のため息すら響かない。
「でも本当に今夜は月が綺麗。貴方もそう思わない?」
 エスカテリーナは、横の少女に尋ねたが少女は無言。目は虚ろで焦点が定まっていない。
 エスカテリーナも答えを期待していた訳ではないが、思わぬ所から返答があった。
「たしかに今宵は月が綺麗ですね。貴方には勿体無い位に」
 エスカテリーナの前方に、人影。その影を月明かりが照らし出した。
「貴方、誰?」
 エスカテリーナはカクリと首を傾げる。
「どうでもいいことです」
 人影、終夜・無月(ga3084)は剣を構えた。流れるような銀髪が月明かりを受けきらきらと輝いている。その体は覚醒しているため完全に女性らしく、線の緩やかな体つきに変化している。
「けっひゃっひゃっ、我が輩はドクター・ウェストだ〜、ちなみにだけどね〜」
 エスカテリーナの後方、哄笑をあげながらゆらりとドクターが現れた。
「ドクター、少女を」
 終夜が短く言う。
「何故救出役をやってくれないのだ〜、我輩もバグアを倒したいのに〜」
 不平を言うドクターに終夜は苦笑する。
「そう拗ねないでください、すぐに合流しますよ」
「ねえ」
 エスカテリーナが声を上げる。
「もしかして私を倒す気? 人間が? 本気で?」
 そして次の瞬間。夜の闇に響き渡るほどの薄ら寒い高笑いを上げた。
「アハハハハハハハハアハハハハアハハハアハハハハハアハハハアハハア! サイコウね! 人間って! 本当におもしろいわね!」
 そしてニタリした笑みを貼り付けたまま、言った。
「やってみろ人間風情が」

●広場
「こっちだ犬っころ共!」
 タキトゥスが盾に身を隠しながら銃で応戦する。しかし、敵の弾幕が予想以上に激しく、さらに敵の強化人間の狙撃の腕も確かなものでなかなか近接戦に持ち込めないでいた。
 それはハンフリーも同様で何匹か狼を仕留めたがやはり近づくことが困難だった。
「ハハ! 男ならこそこそしてないで堂々とかかって来いよ!」
 女は嬉々とした表情を浮かべつつ、引き金を休むことなく引いていく。そして、狼に手で指示をだしながら傭兵達を追い詰めていく。
「‥‥厄介だな」
 ハンフリーが扇を振るい、巻き起こした竜巻で銃弾の軌道を逸らし、ぎりぎりで避けながら呟く。足を止めることなく駆け回り、敵を翻弄しつつ、攻撃を加えていく。
「ほらほら! 逃げないと当たっちゃうよ!」
 女はいよいよ上機嫌だ。しかし、正面に気を取られすぎて背後から近づくトゥリムに気がつくのが一瞬遅れた。
「えっ?」
 女が振り向こうとした瞬間、鋭い銃声とともに女は吹き飛び、窓の外に転落した。
「影からの贈り物です。‥‥この距離なら外し様がありませんでしたね」
 地面に叩き付けられた女は、打たれた腹を抑えながら歯を食いしばりゆっくりと立ち上がる。
「ち、畜生っ! クソ○○が‥‥」
 しかし、この隙をハンフリーとタキトゥスは見逃さなかった。
「お前のした事のツケを返してもらおうか!」
 女は、自分の周りに生き残った狼達を呼び寄せ、応戦させた。
「うおおおおおおおお!」
 盾を構えながら、突っ込むタキトゥス。さらに、タキトゥスの背後からハンフリーが飛び出してくる。
「お前達が好き放題できる時間はもう終わりだ」
 扇を一振りし、発生した竜巻が敵を切り刻む。一瞬、銃撃が止み、タキトゥスが盾で突っ込み群れを突き飛ばした。
「ぐっ! に、人間め――」
 仰向けに地面に叩きつけられる女が何かを呟こうとするが、間髪いれずトゥリムが先ほど女が陣取っていた二階の窓から眉間を打ち抜いた。
「僕は遺言も恨み言も聞く気はないです。急がなければ」
 しれっと涼しい顔で言うと、残りの狼も倒していった。


 爆音が絶え間なく続いている。エスカテリーナが砲撃をし続けているからだ。少女の手を引いて走り回っているがそれでも動きはすばやく、砲撃の間をすり抜けて間合いに入ってきた終夜の怒涛の剣撃も紙一重でかわし、受け流していった。
「どうしたの? お姉さん。私をぶっ殺すのですわよね?」
「‥‥」
 挑発には乗らない。
「つれないわね?」
 エスカテリーナはくすりと笑う。終夜は剣を横に薙ぎ、相手が大剣で受け止めると剣に体重を預け蹴りを繰り出す。後方に吹き飛ばされたエスカテリーナだが途中でくるりと一回転し、大剣を終夜に向け砲撃。終夜は横にステップを踏み回避。そこにエスカテリーナは素早く間合いを詰めようと地面を蹴る。しかし、間にドクターが立ちはだかる。
「我輩を忘れてもらっては困るね〜」
 そして、機械剣を抜刀しすれ違いざまに、エスカテリーナの手を切りつけた。
「痛いっ」
 思わず、少女の手を離す。ドクターは少女を抱きとめた。
「地球の生命は無事に返してもらおう〜」
 エスカテリーナは、素早くドクターの方向に身を反転させると憤怒の形相で走り寄る。
「返してっ! 私の大事なお友達なんだからっ! 返せ返せ返せ返せえええええええええええええっ!」
 少女を抱きとめていたドクターは一瞬対応に遅れる。エスカテリーナはドクターの懐に飛び込むと、右ストレートを打ち込む。
「ぐっ!」
 もう一撃加えようとしたエスカテリーナの背後から、終夜は剣を振り下ろした。
「はぁ!」
 身を反転させ大剣で受け止め、その隙にドクターは少女を連れ戦線を離脱する。
「待てぇぇええええええええええええ!」
 後を追おうとするエスカテリーナの前に回りこみ終夜は剣を迅速の速さで薙ぐ。鋭利な刀身はエスカテリーナの胴体に食い込んだ。
「痛いわね‥‥」
 エスカテリーナはなぜかニヤリと笑う。と、次の瞬間大剣の砲身を自分の背後に向け、砲撃した。大剣は反動で音速のようなスピードで終夜目掛けて刃を振りぬく。
 終夜はバックステップで回避、しかし足が地面につくかつかないかの時には既に砲身が終夜を睨み付けていた。
「ばーん」
 轟音と共に砲撃。すかさず剣で防御したがそれでも衝撃は大きかった。
「‥‥ちっ!」
 思わず動きが止まる。さらにもう一度砲撃しようとした瞬間、大剣に銃弾がぶち当たり、照準がずれてあらぬ方向に攻撃がそれ、道脇にあった家が吹っ飛んだ。
「そこまでです」
 トゥリムやハンフリー、タキトゥスが合流したのだ。
「そんだけ獲物がでかけりゃ当てるのも軽いぜ」
 タキトゥスが銃を構えながら言う。
「あら、人が増えたわね‥‥友達も誘拐されちゃったし」
 エスカテリーナは、ほんの僅か思案するそぶりを見せたが直ぐに近くの家屋に飛び乗る。
「今日はこれでお開きにしましょう。次ぎ会ったら殺してあげるわ、じゃあね♪」
 先ほど怒り狂っていたとは思えないほど、上機嫌にウインクまでして見せ、夜の闇へと姿を消した。
「‥‥少女は無事ですか?」
 トゥリムがわれに返ったかのように呟いた。
「ん、外傷はないみたいだよ。元医学生の所見だけどね〜」
 ドクターがひょっこり現れた。たしかに抱えている少女は顔色こそ悪いものの命に別状は無さそうに見えた。
「逃げられてしまいましたか、面目ありません」
 終夜が、剣をしまい言うが。
「いえ、少女を助け出せただけでも僥倖です」
 トゥリムがそう言い、エスカテリーナの去った方向を見つめた。

 ちょうど朝日が昇るのがわかった。