●リプレイ本文
●恋人達の夜
12月24日、クリスマスイヴ。それは恋人達にとっての一大イベントである――
「皆すっごいな〜熱々で。その‥‥俺達も少し、真似してみる? これなら誰も気にしないだろうし‥‥な、なんちゃって」
「そうですね‥‥えと‥‥出来る限り情熱的な恋人同士を演じた方が良いですよね‥‥」
イルミネーションに彩られた街路樹を見物に集まった大勢の人を見回している一組のカップルの姿があった。石動 小夜子(
ga0121)と新条 拓那(
ga1294)である。周りの人々も例外なくカップルであり‥‥腕を組んだり、抱き締め合ったり、大胆にも人目を気にせずキスをしたりしていた。そんな熱い雰囲気の呑まれてこの二人もそわそわした様子。狼男退治という名目ではあったがこれはれっきとしたデートだ。まあ、今の二人には建前も必要なのかもしれない。
「なので、腕、組みましょうか?」
「えぇ!? そそそそうだね、それがいいかもね」
小夜子の提案に思わず拓那は変な声を出してしまう。ちょっと間があり、拓那はぎこちなく腕を差し出した。それに抱き付く小夜子。
「このほうが自然ですね」
頬を染めつつにっこり微笑む彼女。そして二人は歩み出す。しかしその足取りはやはりどこかぎこちない。人前でイチャつくことには慣れていないのだ。まだ照れが先行してしまう。慎ましくも微笑ましい、心のどこかで応援したくなるようなカップルである。
しばらくして、こうやって歩くのにも慣れ始めた頃‥‥
拓那はふと立ち止まり――
「ん、こうすれば暖かいだろ」
雪みたいに真っ白な自分のコートの中に小夜子を招き入れた。彼女の華奢な肩を抱く。彼のコートは大きくて、二人を包んでも十分な大きさだった。
「ごめんね、気が付かなくて」
「いえ、温かいです‥‥とても」
小夜子は最初驚いた様子だったがすぐに身体を預けてきた。
お互いの体温を感じる。愛する人をすぐ隣に感じる。それはすごく‥‥すごく幸せな事であった。恥ずかしさなんてもう吹き飛ぶくらい。人前でイチャイチャするカップルの気持ちが少し解った気がする。二人だけの世界というやつだ。そうして、そのまましばしの時が過ぎる。
「そうそう、渡したいものも――」
拓那は思い出したように手にしていた紙袋をごそごそやりはじめた‥‥
「‥‥ふん。電気の無駄だな。エネルギーはもっと効率的に使うべきだ。そもそも、美しさというのは、機能性の中にあるものだ」
美しく点灯するイルミネーションを見回しながら藤枝 真一(
ga0779)が仏頂面で呟いた。
「もう! シンちゃん、雰囲気台無しー!! 空気読めー!!」
天道 桃華(
gb0097)がどこかから取り出したピコハンで真一の頭をぴこんとやる。
幻想的な輝きにはまったく興味無しな真一。それには理由があった。彼の興味は一点に集中していたのだ。
(「そう、例えば桃華が穿いているスパッツとか‥‥」)
「どうしたの? シンちゃん?」
彼の視線は頭の上にはてなマークを浮かべている桃華のスパッツに釘付け。今日はさすがにプリーツスカートを穿いていたが歩くたびにちらちら見えるのでそれもまたフェチ心をくすぐる。そう、彼はスパッツ萌えだったのだ! だがそれだけではない!
「んもう、そんなに見つめないでよぉ!」
ドリルヘアーな頭、くりくりした大きな瞳、ぷにぷにしてそうなほっぺ、そしてなだらかな胸をまじまじと見つめる。照れた桃華にグーで殴られ鼻血が出たがキニシナイ。
彼は平坦な胸しか愛せない病‥‥ひんぬう好きだったのだ! つまるところ桃華は真一の好みに直球ど真ん中ストレート。ゾッコンLOVE(死語)だったのである!! 実は彼女を見ただけで心臓はばっくんばっくんしていたがそこは隠しておく。男のプライド的に。
「なんでもない、気にするな」
顔を背ける真一。
「ホント? まあいいけどっ」
桃華はちょっぴりおバカだったので全然気にしなかった。
「それより〜デート〜デート〜シンちゃんとデート〜♪」
彼の手を引き、るんるん気分で歩き出す桃華。
「そんなにはしゃぐなよ。しっかし、初デートが仕事ってのもなんだな」
「あによ〜! そんなの関係ないじゃない! 楽しもうよ! あ、シンちゃん、あそこに屋台があるよ! 鯛焼きだよ! 買ってよ!」
「なんで俺が‥‥」
「買ってくれなきゃヤダヤダヤダ〜!」
その場でシタバタと暴れる桃華。
「お前は子どもか! ‥‥まあ子どもだけど。わかったわかった、ちょっと待ってろ」
屋台のおっさんとやりとりをする真一を見つめる桃華。横顔はカッコイイんだけどなあ、ちょっと変態なのがなあ、とか思う。しばらくして戻ってきた真一に一言。
「なにこれ」
「鯛焼きだぞ」
「それはわかるけど‥‥なんで1つだけなのよ! あたしの分は?!」
紙袋に入っていたのは鯛焼き一つ。これをどうしようというのだ! シンちゃんのバカ!
そう思ったが――
「こうすればいいだろ」
鯛焼きを二つに割って差し出してきた。片方にパクつきながら、真一の視線が明後日の方向に泳ぐ。
「そ、そうね。たまにはこういうのもいいわねっ! って、なんであたしのほうが尻尾!?」
赤くなりながら鯛焼きを頬張る二人。
「あ、そうだ。シンちゃん、あ〜んして」
残った鯛焼きの尻尾を千切って真一に向かって差し出す桃華。
「そ、そんな恥ずかしいことできるかっ!」
「いいじゃない! 周りのカップルは皆やってるよ? やってくれなきゃヤダヤダヤダ〜!!」
またその場でジタバタし始める桃華。
「わーったよ! あ〜ん!」
「どう? 美味しい?」
仕方なく食べた真一にニコニコ笑顔で桃華が尋ねる。
「味がしないな。餡子入ってないじゃんこれ」
「シンちゃんのバカー!!」
そんな感じでまたピコハンが唸るのであった。
●それぞれの夜
紅月・焔(
gb1386)はイライラしていた。いや、ムラムラ? ムキムキ? そんなのがどうでも良くなるくらい周りはカップルだらけだったのである。彼の煩悩メーターは今にも振り切れそうだ。
「ほら‥イスルん‥イルミネーションが綺麗よ?」
「‥‥うん、楽しいね、焔さん♪」
何故かオネエ言葉の焔に寄り添っている美少女が答えた。
しかしこの美少女は、実は美少女ではなかった。これは説明せねばなるまい。要するにイスル・イェーガー(
gb0925)が女装した姿だったのだ。
「説明、終わりかよ!」
「どこに突っ込んでるの? 焔さん」
全然楽しくねぇよ。とか思っていた焔であったがイスルの顔を見てちょっと思い直した。イスルの格好は白のセーターに赤と黒のキャミソールタイプのワンピースの重ね着。脚には黒のオーバーニーソ。肩にはストールを羽織っている。ボブカットのウィッグまで被り、先に延べたように見た目は完璧美少女だったのである。これにはメイクなどに協力してくれた女性陣に感謝だ。元も良いのかな? と考えかけてこれ以上は危険領域だと踏み留まる。
「まあ、これはこれでいいのかねえ‥‥」
「恥ずかしいですけどね‥‥」
寒風吹きすさぶ空の下、赤面して歩いてゆく男二人。こういう関係もアリなのかもしれない。
「よろしく、夕貴。日本人じゃないよ。出身はオセアニアの方。‥‥バグアが来てから、沖縄まで避難したんだ。『琥金』って名前は、そこでお世話になったじいちゃんにつけて貰った」
「そうだったの‥‥こちらこそよろしくお願いするわ、琥金くん」
ぎゅっと握手する天羽・夕貴(
gb4285)と琥金(
gb4314)。
二人は初対面だが、今回は狼男を誘き寄せるために偽装カップルとして行動する事になった。
「この光、すごく綺麗だな。じいちゃんにも見せたかったな」
「おじいさんが大好きなのね、琥金くんは」
ぽーっとイルミネーションを見つめる琥金に微笑む夕貴だったが‥‥
「って、あれ?」
次の瞬間、目の前に彼の姿は無かった。辺りを見回すと――
「これ、大判焼きっていうんだな。美味そうだな」
屋台の前で涎をたらしていた。盛大にずっこける夕貴。
「‥餌くれたら、きっと依頼頑張れる」
キラキラした瞳で見つめられ、夕貴は仕方なく購入。
「まいどー」
それからも琥金は屋台を見つける度に捨てられた子犬のような目で見つめてくる。仕方なく買い与える夕貴。という場面が続く。
「缶コーヒーが1本で120円、2本で240円。このお菓子が1袋で158円‥‥」
夕貴も夕貴で支出を1つ1つ出納簿に記入していく。家計を守る主婦顔負けのマメさだ。
「なにしてるんだ、夕貴」
「あなたちょっと食べすぎじゃない? もうお腹一杯でしょ」
覗きこんでくる琥金に、額に青筋を立てる夕貴。もし年下の彼氏と付き合ったらこんなにお金が掛るものなのかしら。
「うう、寒いっ」
ぴゅ〜と吹く風。ついでに懐も寒い。そこへ、首に温かいものが巻かれた。
「‥‥じいちゃん言ってた。女の人は大切に扱わないと駄目だって」
琥金がマフラーをかけてくれたのだ。‥‥案外いいとこあるじゃない。
くすっと笑う夕貴。
「どうしたんだ?」
「なんでもないわ、ありがとう」
首をかしげる琥金の顔を見ながら、こういうのもいいかもしれない、と思う夕貴であった。
●VSロンリーウルフ
拓那が紙袋をごそごそしていると、急に辺りから悲鳴が上がった。
そう――奴が現れたのだ。その名は、ロンリーウルフ。毛むくじゃらの狼男。
「おおーっと、このタイミングでお出まし? 空気の読めなさも一級品だな」
無線で仲間に連絡する小夜子を後ろに庇いながら拓那は汗を垂らした。
どうやらこの近辺で一番の熱々カップルと認定されたようだ。
「ガルルル‥‥グアアアアア!!!!」
「気持ちはわからないでもないけど、それで八つ当たりすんのはお門違い‥‥って、ちょ、やめ!? 俺にそういうことしていいのは小夜ちゃんだけなんだから! たぁすけてぇ〜!」
咆哮と共にロンリーウルフは小夜子には目もくれず拓那を肩に担いで掻っ攫おうとする。
「待ちなさい! 拓那さんを離して!」
だがそれを許す彼女ではなかった。小夜子は刀の峰でロンリーウルフをびしばしとしばく。
「キャウンキャウン!」
か弱い鳴き声を上げてロンリーウルフは拓那を投げ落とす。
「いててて、助かったよ」
「大丈夫か?!」
そこへ連絡を受けた真一、以下5名が到着する。そんな早く着くのかという突っ込みは不要だ!
「よくも仲間を!」とか叫ぶとロンリーウルフをきっと睨み、ばばっと衣服を脱ぎ捨て、褌一丁になる真一。
「ふっ‥。初めから裸でいれば、剥くことはできまい!! 俺の名は褌狼・藤枝真一! その名を恐れぬのなら、かかってこい!」
「グラアアアアアアア!!」
何故かマッスルポージングで対峙する1人と1匹。
「またか!? またネタに走るのかー! こんのボケー!!」
そんな真一にデートを中断されてムカツキ最高潮だった桃華の激しいツッコミが飛ぶ。顔面にピコハンをかまされた後、数々のプロレス技をかけられ、幸せなんだかよくわからないままダウンする。
「ガアアアアアアアア!!」
放置を食らったロンリーウルフは琥金を攫おうとするが皆にボコボコにされる。
「キャウンキャウン!!」
「その格好はハッタリかぁー! 根性なしー!」
頼りない鳴き声を上げるロンリーウルフにもドロップキックをかまし、くどくどと説教する桃華。
「ガルルルルルルァァァァァッ!!!!」
なんでお前に説教されなきゃいけないんじゃ! とでも言いたそうに怒り狂うロンリーウルフ。今度は焔を攫おうとする。
「あーれー」
某読みなのは気のせいだろうか。そしてまたボコボコにされるロンリーウルフ。
「キャインキャイン!!」
痛みで思わず焔を投げ飛ばすロンリーウルフ。そうして何度もボコボコにされた彼(?)は逃げ出し、山へ帰っていった。
「逃げられ‥ましたね」
「どうしましょう」
見詰め合うイスルと夕貴。イスルは夕貴のメイクとコーディネイトによって完璧美少女になっていたのでターゲットにはされなかったようだ。
「ま、いいんじゃない? あれだけ痛めつければもう出ないでしょ! さあデートに戻ろう!」
こうして、ロンリーウルフ事件は幕を閉じた――かに思えたが‥‥
「ガルルル!」
二匹目のロンリーウルフが出現したのだ。小脇に抱えられ持っていかれそうになる桃華。
「きゃー!? なにするのよー!!」
その二匹目のロンリーウルフとは、煩悩メーターが振り切れるどころかぶっ壊れてしまった焔であった。その目は完全に獣。野獣である。
‥‥もれなく全員にフルボッコにされる焔。彼は「もきょー!」とか叫びながら夜空のイルミネーションの一つとなったのでした。
●Holly night
無事狼男を撃退した能力者達はせっかくの聖夜なのでデートに戻る事にした。
「こうなったら力ずくでも付き合わせるまで! 覚悟しなさーい♪」
「はいはい、付き合うよ。それからこれ、やるよ。‥‥お守りだ。お前は何かと危なっかしいからな」
褌のままではアレだったので服を着た真一が桃華へ【天使の羽飾り】を手渡した。
「クリスマスプレゼント? くれるの? やったー! シンちゃんからプレゼントー♪ ‥‥似合う?」
はしゃぐ彼女を見ながら、口元をほころばせる真一であった。
小夜子と拓那は――
「はいこれ。さっきは渡し損ねちゃったけど、もらってくれると嬉しいな」
大きなクリスマスツリーの下で、シルバーのリングを差し出した。
ぽりぽりと頬をかく拓那。
「ありがとうございます。嬉しいです。はめてみてもいいですか?」
「もちろん」
「‥‥綺麗」
アクアマリンとアメジストを散らしたそれは、彼女の左手の薬指で、イルミネーションに負けないくらい輝いていた。少なくとも拓那にはそう見えた。
「一生、大事にします」
「あはは。まあ、本当のは、いずれ、ね?」
「うふふ。今年一番嬉しかった事は拓那さんに巡りあえた事です‥‥不束者ですけれど、これからもよろしくお願いしますね」
いつもは照れてしまって思った事を言えないけれど、今日は何故か言葉にすることが出来た。これが聖夜の力なのだろうか。
「こちらこそ」
にっこり、微笑む拓那。
そうして――自然に‥‥二人の顔が近づいてゆき‥‥唇を重ね合う。
幸せな二人の、幸せな夜であった。二人がずっと幸せでありますように。そう願う。
一方その頃――
「あれ? 僕は?」
一人置いてきぼりを食らったイスル。夕貴と琥金も食べ歩きに戻ってしまった。
とぼとぼと歩く帰り道、数人の男にナンパされ、複雑な気持ちを抱いたそうな。