●リプレイ本文
●中間試験
まだ夜も明け切らぬ頃。
移動中。軍用トラックの車内――
「‥‥」
黒衣を纏い、漆黒の髪をした青年が二本の小太刀を携え、風を受けていた。
季節はもう秋。日中はそれほどではないが明け方は冷える。だがそれは、戦闘前に高ぶった心を静めてくれる。
青年は右目の眼帯に手をやった。過去に受けた傷が疼く。今日もまた戦場へ身を投じるのだ。
彼の名は‥‥藤村 瑠亥(
ga3862)。黒翼と呼ばれた男である。
「硬くなり過ぎると頭も上手く働かないよ。リラックスりらっくす♪」
瑠亥とは対照的な銀色の髪の青年が無邪気に言う。ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)だ。
若干緊張した様子の乙女分隊のメンバーへの言葉だった。それに隊長である美咲は「ありがとうございます」と、少しだけ微笑んだ。
「不安に襲われたら、一度深呼吸して周りを見て下さい。早乙女さん、貴女は決して一人で戦っているのではないのですから」
続いて艶やかな長い黒髪をした少女、遠倉 雨音(
gb0338)が口を開いた。
今回の作戦は乙女分隊に一任されているため、いつもより負担が大きい。それゆえの気遣いである。美咲は‥‥こくりと頷き。すーはーと深呼吸をして見せた。
「我々も‥‥おちおちしていたらあっと言う間に追い抜かせれそぉですねぇ」
恰幅のよいスーツ姿の男性――ヨネモトタケシ(
gb0843)がにこやかに言った。
彼は今回、着実に実力を付けてきている乙女分隊の応援に馳せ参じた次第だ。
そして、ヨネモトにはもう一つの目的があった。それは‥‥タイラントビートル。
彼は数ヶ月前に乙女分隊と作戦を共にした際、Tビートルに不覚を取っていた。‥‥今の自分がどこまでTビートルと渡り合えるか知りたい。普段は温和なヨネモトの表情が引き締まり、鋭い眼光を放つ。
「やぁ皆、今回も宜しく」
夏目 リョウ(
gb2267)が爽やかに微笑み、皆に挨拶する。
平和を取り戻すために一緒に戦うと、美咲と約束したから。それに人々の脅威となるキメラを作り出すプラントを放っておく事は出来ないから。
それがリョウの、今回依頼に参加した理由だった。地図を広げて分隊メンバーと最後の確認を行っている美咲にちらりと目をやる。‥‥ドキッとした。思わず頬が赤らむ。
だがそれだけだ。彼は意外とシャイなのかもしれない。
「乙女分隊の子達と一緒の戦いも随分と数を重ねてきたけど‥‥だからこそ、ここで失敗するわけにはいかないね」
言ったのはまだあどけない顔をした少年。蒼河 拓人(
gb2873)。
「でもこれは‥‥皆のための中間試験ってところかな?」
拓人は小さな声で呟く。作戦が乙女分隊に一任されているのは‥‥今回の任務が試験の意味合いを持っているためではないだろうか、と考える。
「いつもどおりやれば大丈夫です! 頑張りましょうっ」
リリィ・スノー(
gb2996)が一同を激励する。ぐっと両手を握る彼女の姿は勇ましいというよりも‥‥微笑ましく可愛らしい。しかし、同時に士気も上がった。
「そうです。ファイトですっ」
と、乙女分隊の隊員、舞浜・ちずるも声を上げる。
「アマネ、タケシ、よろしくね」
中世の騎士のような格好をしたサンディ(
gb4343)が雨音とヨネモトに声をかける。
彼女にとって雨音は心を許せる親友であり、ヨネモトはよく依頼を共にする戦友だった。
――そうして、乙19号プラント手前に到着。傭兵達と乙女分隊の面々は降車し、準備を始める‥‥。
●陽動
傭兵と乙女分隊は事前の打ち合わせ通りに配置に着く。
編成はこうである。
A(プラント内部・破壊)班:リョウ、ヴァレス、美咲、歴、ちずる、慧子
B(プラント内部・援護)班:瑠亥、拓人、冴、有栖
C(陽動)班:雨音、ヨネモト、リリィ、サンディ、香苗、早苗
以上。離れた場所からヨネモトとリリィが双眼鏡で様子を窺ったところ、洞窟の入り口周辺にはビートル数匹しかおらず、動きも鈍い。どうやらこの時間帯を選択して正解だったようだ。
そして――まず、C班が動いた。
「‥‥っ!」
雨音が洋弓「アルファル」を用い、弾頭矢を洞窟の入り口めがけて撃ち込む。‥‥連続して爆発が起こった。
「たくさん出てきてくださいよ‥‥」
祈るリリィ。少し間が開いた後、ビートルの大群が飛び出してきた! 中にはTビートル2体と、資料にあった銀色のビートル‥‥ハイビートル6体の姿も見られる。
陽動班は派手に動き、入り口から引き離しに掛る。それに釣られるビートル達。陽動成功だ。
「こちらC班。陽動は成功。繰り返す、陽動は成功」
サンディが走りながら無線機で拓人に連絡を入れる。
『AB班了解』
すぐさま返答が返って来た。C班の反対側に待機していたAB班が洞窟へ突入を開始。
ビートルの群れを更に引き付けるべく、雨音はドローム製SMG、リリィはエナジーガン、香苗はサブマシンガンでそれぞれ射撃を加える。
‥‥AB班の全員の突入を確認後、C班は本格的な戦闘に移行。
ヨネモトはルシッドガントレットを装備した右の手で蛍火を、メタルガントレットを装備した左の手で血桜を抜き、二刀流の構えを取る。
「さて‥‥御相手願いましょうか?」
その視線の先にあるのは、宿敵――Tビートル。
「閃光手榴弾投げます、気をつけてください」
敵が集まったのを確認したリリィが警告し、閃光手榴弾を投擲。数秒置いて、フラッシュ! それが戦闘開始の合図となった。怯んだビートルの群れに向け容赦の無い襲撃と斬撃を加えてゆく。
「前は私に任せて。その代わり背中は頼んだよ? 信頼しているからね」
サンディはそう言ったあと‥‥剣の柄に取り付けた十字架にキスし、覚醒。
「さあ、行くぞ!」
瞳が、紅く染まった‥‥。
「――背中、引き受けました。サンディさんは目の前の敵だけに集中して下さい。一匹もそちらにはやりません」
雨音が答える。
一方、ヨネモトとTビートルの1体は一騎打ちを行っていた。
双方とも傷つき、ヨネモトは真っ赤な血を、Tビートルは緑色の体液を滴らせている。
「やあぁっ!」
二刀によるヨネモトの斬撃。Tビートルは太く鋭い角で受け流し、跳ね上げる。
右手から離れた蛍火がくるくると宙を舞い、地面に突き刺さった。間髪入れずTビートルは突撃を仕掛けてくる。角がヨネモトを襲う‥‥かに思われたが――
「我流‥‥剛速刃!」
ザシュッという斬撃音と共にTビートルの体液が飛び散った。
それは――左腰に隠していた、両断剣を付加した試作型機械刀による居合いであった。
Tビートルの身体には深々と斬痕が刻まれている。
「切り札は‥‥ここぞという時に使うものですよぉ」
ヨネモトは、ニヤリと笑った。
「タイラントビートルはやっぱり強いですね‥‥」
表情を歪めるリリィ。彼女は三門姉妹と共にもう1体のTビートルとハイビートル2体を相手にしている。これは‥‥さすがに厳しい。
Tビートルが硬いのは言うまでも無かったが、ハイビートルは素早く、その上飛行能力まであるため、中々攻撃が当たらない。
「早苗さん、少しの間お願いします! いきますよ、香苗さん!」
「「りょーかい!」」
これには早苗がTビートルを押さえている間に、香苗のSMGによる弾幕で牽制しリリィの強弾撃を付加したショットガン20による攻撃で何とか2体とも叩き落すことが出来た。
「はあ‥‥はあ‥‥くっ!」
休む間もなく群がってくるビートルにエナジーガンで射撃するリリィ。疲労の色が見えた‥‥。
「アマネ!」
「はいっ!」
サンディは疾風と迅雷で急接近し、刹那を用いた三段突きをハイビートルに打ち込み、また迅雷で離脱する。そこへ、援護するようにSMGで射撃を行う雨音。
二人は4体のハイビートルと多数のビートルを相手にしている。サンディの回避重視の戦法と雨音の弾幕。二人の巧みな連携により状況は有利であった。が‥‥
「リリィさんのほうが気になります。ここは一気に攻めましょう」
「了解した。‥‥行くっ!」
ハミングバードを手に地を蹴るサンディと、それに続く雨音‥‥。
「ぐぅっ!?」
Tビートルの突撃。鋭い角が、ヨネモトの脇腹を浅く抉る。これまで受けた傷もあり、出血が酷くなってきた‥‥しかし。
「今度は倒れてやれませんねぇ‥‥意地でも!」
活性化を使用。みるみるうちに傷口が塞がってゆく。‥‥見れば、Tビートルも相当なダメージを受けている。ここは勝負に出るべきか。
またも突撃してくるTビートルに、全く動じず真正面から立ち向かうヨネモト。
「我流‥‥剛双刃!!」
ぶつかる寸前に両断剣と二段撃を使用。二刀による連撃が繰り出される。手甲を纏った両腕から振り下ろされるそれはまさに獅子の爪の如き――
Tビートルは体液を噴出し、静かに、地に伏した。
「やって‥‥やりましたよぉ‥‥」
達成感が満ちてくるが、少しくらくらした。血を流しすぎたか‥‥。
「リリィさん!」
ハイビートルを片付けた雨音とサンディがリリィの元へ合流。
「お二人とも、いきますよ」
三門姉妹がビートルを抑えている。その隙に三人は残るTビートルに向けて一斉攻撃を仕掛ける。複数の貫通弾がTビートルのFFと甲殻を貫き、そしてサンディの剣がトドメを刺した‥‥。
●プラント破壊
時は少し遡る――
「雑魚に構っている暇はないんだ。押し通るぞ!」
半機械化された洞窟内を突き進むAB班。B班はA班の前方に展開して露払いをしている。やや後方から拓人が番天印で群がるビートルの中の、邪魔になるものだけを的確に狙撃しつつ指示を飛ばす。
「数だけか‥‥無駄な時間を取らせるわけにはいかないのでな」
最前列で敵を掻き分けるように前進する瑠亥。
「邪魔だ‥‥退いていろ」
自らを囮とし敵の注意を引きつけ、最低限の動きで攻撃を受け流し、すれ違い様に二刀小太刀「疾風迅雷」で間接や腹部などの急所を斬りつけてゆく。
冴と有栖もそれぞれの武器で必死に攻撃を行っている。
その後方――A班。今回の作戦の要となる彼らは戦闘を出来るだけ控えていたが、それでも狭い洞窟内である。いかに拓人や瑠亥達といえども全ての敵は捌ききれない。時折、抜けてくる敵に対し攻撃を加えていた。
(「もう、無茶して美咲を大泣きさせたくはないからな‥‥今度は手の届く範囲で、その身を護らせて貰うさ」)
ビートルを機械剣αで薙ぎつつ、隣を走る美咲の横顔を見るリョウ。彼女も槍を振るっていた。
「どうしたのリョウくん?」
視線に気付いた美咲が声を掛けてきた。
「いや、なんでもないさ。それより集中するんだ」
「うん」
再び二人は前を向く。もっと話したかったが‥‥それは任務を完遂してからだ。
「足を止めるな、障害は俺が斬り捨てる」
ヴァレスが後ろに追随する歴、ちずる、慧子に向かって言いながら抜けてきたビートルを大鎌「紫苑」で薙ぎ払う。しかし‥‥狭い洞窟内では、大鎌は取り回し難かった。攻撃力は充分だったが‥‥ヴァレスは苦労して敵を倒していく。
しばらく進むとやや広い通路に出た。そこには――1体のTビートルと6体のハイビートルが待ち構えていた!
「ここは任せろ。A班はプラントの破壊を!」
拓人が叫ぶ。
「了解した。死ぬなよ」とヴァレス。「勿論」と返す拓人。
B班が足止めしている間にA班は強引に突破して行く。
「本命は別なのでな‥‥お前はここで足止めさせてもらう」
瑠亥は小太刀をTビートルに突きつけ――
「さて、全力で行くぞ‥‥!」
眼帯を外し、赤く染まった視界の中、二刀小太刀を持って敵へ向かう。
‥‥冴と有栖がハイビートルを押さえ、拓人と瑠亥がTビートルを相手に派手な戦闘を繰り広げる。角と小太刀が打ち合う音と、銃声が洞窟内に木霊する。
「あまり時間はかけたくないな。‥‥どうだ?」
一旦バックステップで下がった瑠亥が視線で拓人に問いかける。その答えは‥‥YES。
「ふっ」
瑠亥は飛び出す。両手の小太刀を甲殻に向けて突き立てる。赤いはっきりとした壁の抵抗を受けダメージが減衰。‥‥これでいい。傷さえ付けられれば――そのまま瞬天速で離脱。
その後ろには、アラスカ454を構えた拓人の姿があった。
「君はもう見飽きたんだ。早々に消えて貰おうか」
極光の瞳が揺れる。そして瑠亥がつけた傷に銃口を向け、引き金を引き‥‥有りっ丈の貫通弾を叩き込んだ。断末魔を上げて絶命するTビートル。
最深部――培養カプセルが居並ぶドーム上の空間に到達した6人。すぐさまビートルが防衛行動に出てきた。
「問題無い、早急に片付ける」
「美咲はカプセルの破壊を」
ヴァレスと慧子が言った。二人は群がるビートルに攻撃。歴も加わった。ちずるはそれを援護。
「無理をするな。何時も通り、やれる事をやればいい。出来ない時は、仲間を頼ればいい」
ヴァレスの言葉に慧子は「そうする」とだけ答え、ビートルを殴り飛ばした。ヴァレスも負けまいと大鎌を振るう。この広い空間ならば‥‥存分に力を発揮できる。先程までのようにはいかない。
「美咲、背中は任せろっ。‥‥この一撃一撃は、この世の平和と未来を取り戻す為の希望の光だっ!」
「わかってる。リョウくんになら安心して背中を預けられるよ!」
リョウと美咲は背中合わせとなり、エネルギーガンとエナジーガンで破壊の限りを尽していった‥‥。
しばらくして、培養カプセルの破壊が完了。ビートルも全滅した。そこへ拓人達B班が合流。
「捨てられたも同然のプラントだけど‥‥さて、何か見つかるかな?」
拓人の指示で、美咲とちずるは残された資料などが無いか情報収集を始めた。
そして――放置された端末を調べていたちずるがあるものを発見。
「ハイブリッドバグズの‥‥量産化‥‥計画?」
●次の段階へ‥‥
基地に帰還した一行。たった今、デブリーフィングを終えた所である。
瑠亥が美咲に同班の乙女分隊メンバーの動きを纏めたレポートを手渡した。
「協力感謝であります」と受け取る美咲。
そのとき――高ノ宮少佐が姿を現した。敬礼する乙女分隊。高ノ宮少佐は「そのままでよい」と言った。
「α−01部隊の諸君らに発表がある。傭兵諸君も聞いてくれて構わん」
ごくりと、唾を飲み込む一同。
「能力者あるからには、KVに乗って当然だな」
「‥‥!?」
「おめでとう。諸君らは試験をパスした」
「‥‥!!」
「α−01部隊はKV中隊として再編成されることになる。近日中にシミュレーターでの訓練が開始される」
「ここまでよく頑張ったわね」
片瀬軍曹も顔を出し、優しい表情で言った。
「手を貸してくれた傭兵諸君にも礼を言う。感謝を」
と、高ノ宮少佐。乙女分隊の面々はしばらく呆然とした後‥‥顔を見合わせ‥‥上官の前であることも忘れて抱き合って喜んだ。涙ぐむ者も居たほどだった。
――乙女達の戦いは次のステージへ。