●リプレイ本文
●真夏の夜の夢
これはご主人様とメイドさん、または執事の物語。
一夜限りの、夢と散る運命(さだめ)の物語。
Dominus(ご主人様)2――
●千糸とメリー
お嬢様の皇 千糸(
ga0843)とメイドのメリー。
二人は主従関係にありつつも、気心の知れた親友のように接していた。
とある日、千糸はお見合いをすることになった。
予てより縁談は存在し、両親の半ば強制的な勧めに千糸が折れた形である。
それに気が気でないのはメリー。平静を装いながらも、内心は激しく揺れ動いていた。
(「お嬢様‥‥」)
このまま、あの方のものになってしまったら、と思うと胸が締め付けられる‥‥。
お見合いが終わった後も、千糸とお相手は度々一緒に出かけている様子。メリーはずっと心中穏やかではなかった。
その晩、メリーは行動に出る。‥‥今居るのは千糸の寝室の前。覚悟を決めてドアをコンコン、とノックする。
「誰?」
愛しい人の声。それに「私です。メリーです」と答える。
「入って」
メリーは誰かに見つからないようにさっと部屋に入って扉を閉めた。
――千糸はネグリジェ姿で天蓋つきの豪奢なベッドに横になっていた。手元をナイトランプの明かりが照らしている。
「‥‥お嬢様、夜分遅くに失礼します」
「夜這い? はしたないメイドもいたものね」
ぎくっとなるメリー。‥‥その通りだった。
「はい、メリーはお嬢様を独占したい駄目なメイドです。略してダメイドです」
俯きがちに言う。
「‥‥は? え、何、どうしたのメリー?」
「他人に奪われるくらいなら‥‥その前に私が‥‥」
メリーは千糸のベッドにじりじりと迫り――
「お嬢様‥‥!」
がばっと、千糸を押し倒した。
「ちょ、メリー!? 今は私そういう気分では‥‥」
拒絶の言葉。それは刃となってメリーの胸に突き刺さる。
「‥‥やはり一度殿方の味を知ってしまえば、私など用無しですか」
涙を浮かべながら、メリーは言う。やっぱり‥‥もう‥‥お嬢様は‥‥。
くやしくて、くやしくて、勝手に涙がぽろぽろと零れた。
「はい? 何の話? なんで泣いてるの?!」
「とぼけないで下さい!」
「あ、駄目!」
メリーはもう自棄になって、千糸に覆い被さった。むにゅり。メリーの豊満な二つの膨らみが、千糸の呼吸を阻害する。
そのとき――千糸の後ろから、がたりと何かが落ちてきた。それは‥‥料理の本と、装飾品。メリーが来た際、千糸が慌てて背中に隠したらしい。
「‥‥これは?」
「ぷはっ! あーもう! 台無しじゃない! 来月の三日は貴女の誕生日で、さらに十年前に私達が初めて出会った大事な日だってのに!」
メリーの胸の谷間から脱出した千糸が片手で頭を抑える。
「た、確かに誕生日はそうですけど‥‥十年前? 私がお嬢様と出会ったのはお屋敷に勤めだした五年前では‥‥」
「あー! やっぱり忘れてるよ! 私と貴女は会ってるのよ。十年前の貴女のお誕生日会で!」
メリーははっとした。記憶の底に埋もれていた千糸との邂逅が蘇る。
「え、ええぇ?」
「あのボンボンと出かけてるっていうのは遠出する為の口実よ。親の顔を立てるのも大変なんだから」
頬をぽりぽりとかく千糸。
‥‥この料理の本は、まさか私のために? この装飾品も、私のために?
嬉しさと、恥ずかしさと、申し訳なさで、メリーの顔が真っ赤に染まる。
「すみません‥‥私、すごい勘違いをしていたみたいで」
「まったく。ホントにダメイドね」
千糸はくすりと笑う。それに釣られて、メリーも笑った。しばしの間の後――
「私はずっと貴女の傍に居るわ。メリー」
「‥‥それなら、証拠を見せてください。私は我慢弱いです。お嬢様が殿方と一緒に居るのを見てしまうと、気が気ではありません。ですから――」
「いいわ」
立ち直ったメリーの言葉を千糸が遮った。メリーが頷くと‥‥ランプに照らされた二人の影が重なってゆくのだった‥‥。
●優とシズ
ある日の昼下がり。高層マンションの一室。清潔な広めのキッチン――
黒のスーツに身を包み、長い艶やかな黒髪を後ろで束ねた、凛とした雰囲気の女性とメイドさんが手を動かしながら和やかに会話していた。
スーツ姿の女性はお嬢様の優(
ga8480)。若くして社長の役職にある彼女は、普段はまだ暗いうちに慌しく出勤するのだが今日は珍しいことに時間があったので、いつも身の回りのお世話をしてもらっているメイドのシズと一緒にささやかなお茶会を開くことにしたのだ。
作っているお菓子は‥‥チョコチップクッキー。二人並んでボールに入ったバターをヘラでほぐす。
「お嬢様、お塩を取っていただけますか」
「わかりました‥‥どうぞ」
「ありがとうございます」
談笑‥‥というわけではない。たまに一言二言交わすだけだ。だが、多忙な日々を送る優にとって、こうやってシズと過ごす時間は最高の息抜きであった。
シズのしなやかなロングストレートの黒髪が、動きにあわせて揺れる。シズの服装は黒を基調としたパフスリーブのメイド服。純白のエプロンと一体となったタイプであるが、必要に応じて取り外しが可能であり、機能性も充分である。スカートはロングだ。丸みを帯びた女性らしい体型の、シズの身体と相まって、実に柔らかな雰囲気を醸し出している。メイドさんの特徴とも言える純白のカチューシャも当然、着用。
その優しく美しい横顔に目をやり、優は微笑む。‥‥心が安らいでいくのを感じた。
「どうされました?」
視線を感じたシズがこちらを向く。
「いや、なんでもないですよ」
きょとんとするシズに対し、優は笑いかける。しばらくして――クッキーが完成。
二人はお茶の準備をし、リビングへ場所を移した。
「‥‥」
シズが淹れてくれた紅茶を口にしつつ、クッキーを頬張る優。‥‥美味しい。幸せとはこういうものか‥‥。
「お仕事のほうは如何ですか」
シズが尋ねてくる。
「順調ですね。時間ばかり取られるのが難点ですが‥‥。最近は家事をシズさんに任せきりで申し訳ない」
優はぺこりと頭を下げる。
「いえいえ、私はこれがお仕事ですし。それに‥‥楽しいです」
うふふ、とシズは笑った。‥‥この笑顔にいつも助けられているんだな、と優は思う。
そうやって過ごしているうちに、優はついつい転寝してしまった――
『お前は強い子だ』
『がんばって』
『じゃあね、お姉ちゃん』
――去り行く、両親と妹の後ろ姿。追おうとするが、何故か足が動かない。
みるみるうちに三人の姿は遠くなっていき‥‥消えてしまった。
「待って! 置いて行かないで!!」
涙が、零れた。
目を覚ますと――優はソファーで横になり、シズに膝枕をされていた。
(「夢‥‥か」)
事故で失った、両親と妹の夢‥‥。
「うなされていましたね」
シズの、相手を気遣った、優しい声。
「またあの夢を見られたのですね」
「ああ‥‥ええ、すみません」
するとシズは何も言わず、優の零れた涙を拭ってくれた。
「ありがとう‥‥ございます」
「お嬢様」と、シズは言う。
「ご無理はなさらないでください。何かありましたら、この私に‥‥」
そのままぎゅっと、抱き締められた。
いつもシズに妹を重ね、甘えてしまい申し訳ないと思いつつも、優は身を預け、少しの間、目を閉じるのだった。
夜・玄関――
「いってらっしゃいませ、お気をつけて」
出勤する優にぺこりと頭を下げ、送り出すシズ。
「いってきます」
優は微笑む。私には‥‥帰る場所がある。迎えてくれる人が居る。それだけで、嬉しかった‥‥。
●由愛とツキ
私の名前は星井 由愛(
gb1898)です‥‥。
世間的にはお嬢様、かもしれません。たぶん、きっと、恐らく‥‥。
私には教育係の執事さんがいます。名前をツキさんといいます。年齢は28歳。すらっとした長い脚が特徴です。綺麗な黒髪を自然にセットしていて、それに隠れがちな、紅っぽい瞳が印象的です。もし睨まれでもしたら‥‥怖いです。びくびくしていまいます。
服装はきっちりとした漆黒の燕尾服。いつも自分でアイロンを掛けているんでしょうか。見たこと無いですけど‥‥。ツキさんは、普段はとても優秀で丁寧で慎ましくて優しい人ですけど、私がサボったりしちゃった日には、すごいお仕置きが待っています。それはもう、すごいんです‥‥!
私の教育係、だから仕方ないです、けど‥‥でもあれがツキさんの本性なんだと思います。きっと、私をいじめて『愉しんでいる』んです‥‥。
そして――ある日の午後、私はとんでもないミスを犯してしまいました‥‥。
「ごめ‥‥なさ‥‥っ」
長袖で、膝丈の長さの白のワンピースを着た私は素足のまま、お邸の床に正座させられていました。
「お嬢様、ただ謝るだけで誠意が伝わるとお思いですか?」
私は必死に謝りますが、ツキさんは赦してくれません。あの紅っぽい瞳で、きっと睨みつけてきます。ひぃっ。
それというのも‥‥私は昨晩、お気に入りの小説を読み耽り、ついつい夜更かししてしまいました。それでも頑張ってツキさんのスパルタ授業を受けていたのですが、やはりもう限界で‥‥居眠りをしてしまったのです。
それから私は叩き起こされて、すっごく叱られて‥‥今に至る、というわけです。はぅっ。
「どう‥‥れば‥‥いい‥‥ですかっ」
私は怯えたまま、椅子に座って脚を組んだツキさんに尋ねます。するとツキさんはこう言いました。
「そうですね、私の足を舐めていただきましょうか」
「えっ‥‥」
私は驚いてしまいます。まさか‥‥そんなこと‥‥。
「どうしました? 早くなさい」
ツキさんは黒い革靴を穿いた足をこちらへ向けます。
「で、でも‥‥」
「口答えは結構です」
「ひぃっ!」
大きくないけど厳しい、きつい声。この声を聞いてしまうと、私はツキさんの言いなりです‥‥。
私はツキさんの足を手に取り、舌を出します。
「っれる‥‥これでいい、ですか?」
今度は上目遣いに、私は尋ねました。
「‥‥今のお嬢様の姿、皆にお見せしたいですね」
蔑んだツキさんの瞳に‥‥私の、哀れな姿が映っています‥‥。そんな目で見つめられたら‥‥。
ツキさんはそのまま立ち上がると、私の首に手を掛けました。
「はがっ‥‥!」
「ごめんなさいはどうしました?」
ツキさんはきゅっと手に力を込め、こちらをじっと見つめています。私は苦しくて‥‥涙を零してしまいます‥‥。
「ひっく‥‥ゆる‥‥て、下さい」
泣きながら訴える私。
「よくできました、お嬢様」
ツキさんはぱっと手を離すと、その白い手袋をはめた手で、私の頭を撫でてくれました。顔はさっきまでとは打って変わり、いつもの優しいツキさんに戻っています。
「‥‥ぁあっ」
私は涙を流したまま、どうしていいかわかりませんでした。でも‥‥許してもらえたら嬉しくて‥‥身体の力が緩んでしまいます‥‥。私‥‥もうダメ‥‥。
床にへたり込んだ私の内腿は、ぐっしょりと濡れていました。
●クリスと操
ある晩――
「西洋式の文化に流され奉公先を軽んじるようになり、残ったのは君一人か」
お嬢様であるクリス・フレイシア(
gb2547)は、畳の上に向かい合って座る、目の前の女性に向かって静かに語りかける。
クリスが唯一心を許せる家臣。名前は女中の操(みさお)。他の家臣たちが挙って屋敷を出てゆく中、彼女だけが残り、ずっと傍に居て支えてくれた。
侍が主家に尽くし敵を滅すなら、女中は主家に尽くし己を滅す。主家の誇りを己の誇りとし、主家の恥は我が身の恥と考える。確固たる意思を芯に持ちながらも、常に主の一歩後を歩く、古式ゆかしい日本女性。それが、操だった。
「君がこのまま屋敷で女性の幸せを知らぬまま一生を過ごすのは、忍びない」
クリスは真剣な面持ちで続ける。
「旦那様、わたくしは‥‥!」
「いい、解っている。黙って聞け」
あくまで静かな口調のクリスが、操の言葉を遮った。
操が自分に好意を抱いているのは前々から気付いていた。同じく、自分も彼女のことを愛しく、かけがえのない存在だと思う。だが立場上、そのようなことは口に出来なかった。
今は、断腸の思いで操に見合いを勧めているところである。彼女には、女性としての幸せを掴んでもらいたいのだ‥‥。クリスはあくまで自分の傍に居たいと言う操を、何日も掛けて根気よく説得した。
――数ヵ月後、操の縁談が決まり、結婚を明日に控えた夜のこと。
「幼少の時から私に仕え奉公してきた君も、ついに明日嫁入りか」
晩酌をしながら、クリスは微笑みながら言った。
「‥‥」
しかし、祝い事だというのに、操は浮かない様子。
「旦那様、やはり‥‥わたくし‥‥お嫁には行けませぬ‥‥」
「何故だ? 今になって。君も了承していただろう」
クリスは、ふと考えた。いわゆるマリッジブルーというものではないだろうか。
「旦那様を一人にはできませぬ‥‥!」
「操‥‥。いい、私は大丈夫だ」
クリスは目を瞑り、酒を口にする。
「ですが‥‥!」
「操、よく聞いてくれ」と、クリスは言う。
「主家の誇りを己の誇りをするならば、私の一番の誇りは、君がこの家に仕えていた事だ。今までご苦労様。そして有り難う。幸せに暮らしてくれ‥‥」
それから操は何も言わなかった。ただ、泣いていた。クリスはそれを抱き締めてやることしか出来なかった‥‥。
操が屋敷を出て一週間――
クリスは庭を掃いていた。手には竹箒。
(「そういえばこれは操がいつも使っていた物だったな」)
‥‥思い起こされるのは操と過ごした日々のことばかり。我ながら女々しいと思う。
操が出て行ってから、胸にぽっかりと穴が開いたようだった。
(「操は元気でやっているだろうか‥‥」)
ふと、突風が吹いた。巻き上げられた塵がクリスの目に入る。
「くっ‥‥」
クリスは目を擦り、塵を取り除く。すると‥‥ぼんやり、目の前に人影が見えた。来客だろうか。しかし――違った。
「なっ‥‥」
見覚えがある、ありすぎる姿。目の前に立っていたのは、風呂敷袋を背負った操だった。
「旦那様、わたくし、戻ってきてしまいました」
「操‥‥! 何故‥‥!」
「旦那様と離れて過ごした数日。一時も心休まることはありませんでした」
「‥‥」
「わたくし、わかってしまったのです」
操は全てを悟った顔で言った。
「わたくしの居場所は、旦那様のお傍しか無いと」
「‥‥莫迦者め」
「どう言われようといいのです。もう、わかってしまったのですから」
操は、にっこりと微笑んだ。
「それでいいのだな」
「はい」
「後悔は無いな」
「はい」
操は深く頷く。
「ならば‥‥ずっと、私の傍に居るがいい」
「はいっ!」
駆け寄ってくる操の身体を、クリスは思い切り抱き止めた。もう二度と、離さぬよう‥‥。
●嶺と衛
「へ、へっくち! ふえーん、ごしゅひんはまー‥‥ずびずびずび」
「ほら、ちーんしなさい」
寝室で、お嬢様の九条・嶺(
gb4288)がメイドの衛を看病していた。
鼻水を垂らした衛にティッシュを差し出し、かんであげる嶺。
季節は夏だというのに――否、夏だからこそハメを外しすぎてしまい、衛に風邪を引かせてしまったのだ。夏風邪は馬鹿が引く、というが、さて‥‥。
散々連れ回してしまったのは自分であり、責任がある。他の使用人達は帰省しており屋敷には二人だけ。ゆえに嶺は衛のメイド服を着用し、自分のパジャマを衛に着せ、現在は主従逆転の状態となっている。嶺は衛の代わりに炊事、洗濯などを全てこなしていた。
「はう〜、あう〜」
熱に頬を赤らめ、冷却シートをおでこに貼った衛がうなっている。
「桃ゼリー、食べる? 少しでも栄養をつけないといけませんわ」
嶺は小型冷蔵庫からゼリーを取り出す。
「食べまふ〜」
‥‥幸い、食欲はあるようだった。
「はい、あーんしなさい」
「あーん‥‥ぱくっ」
風邪を引いてからというもの、衛は嶺に甘えっぱなしだった。
でも、たまにはこういうのもいいかもしれない、と思う。そして――
(「そういえば最初に会ったときは私が風邪を引いていたんだっけ‥‥。風邪はうつせば治る! とか言って、あんなことやこんなことをしたわねえ‥‥」)
などと、昔を思い出し、懐かしむ。
「衛、具合はどう?」
「はひ‥‥少しだけ、よくなった気がしまふ」
「そう」
嶺はパジャマの上から、衛のたわわな膨らみを鷲掴みにし、先端を指でこね回す。
「ひゃうっ!?」
「あらあら、風邪を引いていてもしっかり感じるのね。それに‥‥いつもより敏感になっているのかしら」
衛は――下着をつけていなかった。もちろん、嶺の趣味である。
「ごしゅひんはま、ひどいれすぅ〜‥‥」
びくびくと身体を反らせる衛。
嶺はその後も「汗をかけばすぐに治るわよ♪」とか言って、いつもとはちょっと違う衛の味わいを楽しんだ。
そんなこんなで夜――
「衛、起きてる? 汗を拭いてあげるから、パジャマを脱ぎなさい」
タオルを手にした嶺がやってきた。
「‥‥」
衛は無言。
「どうかしたの?」
衛は何も言わず、パジャマの上着を脱ぎ、うっすらと汗の浮かんだ白い背中を晒した。‥‥肩甲骨と、きゅっと引き締まったウェストのラインが艶かしい。
(「うふふ‥‥ちょっと悪戯してみようかしら」)
嶺は衛の背中につつーっと指を這わせてみたが――
「‥‥」
反応はない。
「衛? 具合が悪いの?」
ちょっと心配になった嶺が尋ね、衛の顔を覗き込んだ。そのとき――
「ご主人様!」
「きゃっ!?」
がばっと、衛がのしかかってきた! そのまま嶺はベッドに押し倒されてしまう。
目の前には、ボーイッシュな衛には似合わない、豊かな双丘がある。
「はあ‥‥はあ‥‥ご主人様‥‥」
なにやら息が荒い。目の色も違っていた。いつもは子犬のような瞳をしている衛が――今はまるで――飢えた狼!?
「昼間は、弱っているのをイイコトに、散々弄んでくれましたね‥‥」
「衛‥‥? やめなさい‥‥今なら怒らないから」
「お返しをさせてもらいます!」
衛はいつか自分がされたように、嶺の胸元を肌蹴させた。そして、首筋に舌を這わせる。
「ひゃんっ! およしなさい! およし‥‥ああぁっ!」
敏感な処を責められ、嶺は声を上げる。
「‥‥今度は、ご主人様がしてください」
そういうと衛は、たゆんと揺れる二つの水蜜桃を口に押し付けてきた。
「んむう!?」
ギシギシと揺れるベッド。――衛の逆襲劇は、明け方まで続いたそうな。
●メシアとエイル
ある夏の夜、メシア・ローザリア(
gb6467)は夢を見た。それは遠い、過去の記憶――
(「皮肉、ですわね。既に失った存在を夢に見る、なんて」)
メシアは夢の中であっても、それが夢であると自覚していた。
目前に佇むのは既にこの世には存在しない筈の執事――
彼の名はエイリアス(alias)。愛称はエイル。
外見年齢は25、6。実際の歳は分からない。長身で、均整の取れた体つきをしており、色白で、腰まで届く長い銀の髪をうなじの辺りで結っている。
熱心なクリスチャンの彼はいつも首にロザリオを提げ、そしてローザリア家の家紋である紅い薔薇が刺繍された燕尾服を着こなしていた。
メシアは懐かしいその顔を眺める‥‥。
(「でも、せっかくですから楽しむとしましょう」)
豪奢な装飾が施された椅子に腰掛け、メシアはエイルに向かって命令する。
「跪いて私の足に口付けて、忠誠を誓いなさい。そして、申しなさい。わたくしが、自分の力に慢心し堕落した時、貴方は剣となり、わたくしを葬ると」
厳格な口調で言い放つ。エイルは――戸惑った表情を浮かべた。
「Dis! Mon domestique.(言いなさい! わたくしの召使)」
高らかに声を上げ、叱り飛ばすメシア。
「申し訳ありません、メシアお嬢様。御意のままに‥‥」
エイルは跪き、口付ける。
「よろしい。ローザリア家に必要なのは覚悟と強さ、ですわ」
それからメシアはエイルに淹れさせたローズティを口にしながら、古典の書物に目を通す。
「人間とは神の失敗作に過ぎないのか、それとも神こそ人間の失敗作にすぎぬのか」
メシアが言ったのは、ある哲学者の言葉であった。それは痛烈な皮肉に満ちている。
もちろん、エイルをからかったつもりである。彼は当然の如く、猛然と抗議してきた。
メシアはその様子を嘲笑った。訴え続ける彼のあごを掴み、黙らせ、その青い瞳を覗き込む。
「―――わたくしが、壊してあげる。貴方がわたくしを庇って息絶える前に」
夢の中でまで、同じ悲劇を繰り返させはしない。彼女の手には、サーベルが握られていた――。
鮮血が、紅い薔薇の花弁となって舞い散る。
(「エイル――わたくしの執事‥‥」)
●美音とナツメ
「うーん‥‥うーん‥‥」
お嬢様の柚紀 美音(
gb8029)は、寝つきが悪かったのか、自室で就寝中に悪夢に苛まれていた‥‥。
頻繁に寝返りを打つ。額には汗が浮かぶ。そこへ――ドアがノックされ、執事服を着た人物が入室してきた。
「美音お嬢様、美音お嬢様」
ゆさゆさと身体を揺さぶられ、耳元で優しい声が囁かれる。
「うーん‥‥うーん‥‥うん?」
美音が目をぱっちりと開けると、よく知った顔があった。
「ナツメさん?」
執事服を着た人物の名はナツメという。‥‥ナツメは男装をしていたが、立派な女性である。着衣の上からでも窺える豊満なバストが何よりの証拠。顔立ちも綺麗で、美人であった。長い黒髪を無造作に後ろで結わえている。しかし180cmを超える長身であるため、メイドにはならず執事として美音に仕えているのだ。
「美音お嬢様、大丈夫ですか。うなされていましたよ」
ナツメはレースのハンカチを取り出し、額に浮いた汗を拭いてくれた。
「だ、大丈夫‥‥」
そう言いつつも、美音の身体はぷるぷると震えている。
「よほど、怖かったのですね」
心配そうな表情をすると、ナツメはぎゅっと、美音を抱き締めた。
しばしの時が流れる――
美音が落ち着きを取り戻した頃、ナツメの「紅茶をお飲みになられてはいかがですか」との提案で、ミルクティーを淹れてもらうことにした。
カップを受け取る美音。ミルクと茶葉のよい香りがした。一口、飲んでみる。‥‥身体に染み入ってくるような美味しさだった。心が和らいでいく。
「ありがとうございます‥‥。ナツメさんには、いつも迷惑ばかりかけていますね」
それを聞いたナツメは首を横に振った。
「いいえ、私が至らないばかりに、美音お嬢様に怖い思いをさせてしまっています‥‥」
美音の右目の傷をそっと撫でるナツメ。
自分の未熟さゆえに守りきれず、お嬢様にこのような傷をつけてしまった‥‥。
「もう二度と、美音お嬢様を危険な目に遭わせはしません。私が、必ずお守り致します」
ナツメはそのまま誓うように、美音の傷に口付ける。
「はい‥‥。ありがとうございます。でも、大丈夫です。怖いけど、美音はナツメさんに守られなくても大丈夫な存在になりたいです」
今度は美音のほうからナツメを抱き締め、唇を重ねた‥‥。
「んっ‥‥。それでは、見守らせていただきます」
美音の顔をじっと見つめ、ナツメは微笑む。
「あの、ナツメさん。お願いしてもいいですか」
この際だから、と美音は口を開いた。
「その‥‥えっと、一緒に手を繋いで寝て欲しいんです。それなら、怖い夢を見ないはずです」
頬を赤く染める美音。ナツメは「ええ、もちろん」と答えた。
二人はぎゅっと手を握り合い、ベッドに入る。そして互いの温もりを感じながら、眠りに落ちていった。今度はきっと良い夢が見られるはずである。
●白亜とアレク
お嬢様の上月 白亜(
gb8300)は天涯孤独だった‥‥。
生まれつき病弱だったため両親には早々に見捨てられ、館と執事のみ与えられ、存在しないものとして扱われてきた。その両親も事故で他界し、今や肉親は一人もいない。
でも‥‥白亜は寂しくなかった。それは、執事のアレクが居てくれたから‥‥。
ある晴れた月夜の晩――
「ねえ。今日は月が綺麗だから、テラスでお茶しましょう?」
白亜は両手を合わせ、執事のアレクに向かって提案した。
「お嬢様、夜風はお体に悪いですよ」
「昼は殆ど出れないんだから、こんなときじゃないと使えないじゃない‥‥」
アレクの返答に、不機嫌な表情をし、頬を膨らませる白亜。
「‥‥わかりました。少しだけならば許可します」
アレクは渋々同意。そして小声で「まったく困ったお嬢様だ」と言った。
「聞こえているわよ、アレク」
「おっと、失礼」
アレクは微笑むと、ベッドの上の白亜の身体をお姫様抱っこし、車椅子に座らせテラスまで運んだ。
「月が綺麗ね、アレク」
「ええ、そうですね」
アレクに淹れてもらった温かい紅茶を啜りながらの月光浴‥‥。
ささやかながらも、幸せな時間だった。
しばしの時が過ぎ――
「お嬢様、お体に障りますから、そろそろ中に‥‥」
「ねえ、アレク。聞いて欲しいことがあるの」
アレクが車椅子を押そうとすると、白亜は口を開いた。
「なんでしょうか」
手を止め、しゃがみ、視線を合わせてくるアレク。
‥‥アレクはいつも私のことを気にかけてくれる。ちょっとお堅いけど、それは私を心配してくれるからだってわかるから、嬉しい。でも‥‥私の身体のことで苦労をさせてると思うと‥‥すごく苦しい‥‥。何か、私が彼のためにしてあげられる事は‥‥
「けほっ」
咳き込む白亜。
「お嬢様!? すぐ中に」
「いいの。聞いて、アレク」
私‥‥いつまで生きられるかわからない‥‥。
「アレク‥‥私が死んだら、遺産は全部貴方にあげるから‥‥。それまでは、私と居て。お願い‥‥」
白亜はアレクの手をぎゅっと握り締め、呟いた。
「‥‥お嬢様、私は遺産など要りません。お嬢様と共にあり、お仕えすることが私の最高の幸せです。ですから、死んだら、などと仰らないで下さい。お願いします」
もう片方の手で、アレクは白亜の手を握り返す。その手は‥‥小刻みに震えていた。見ると、アレクは俯いている。彼の頬には一筋の涙が伝い、月光に輝いていた。
「綺麗な涙‥‥。私はしあわせものね‥‥。私のために、泣いてくれる人がいるんですもの。ごめんなさい。アレク。もう、死んだら、なんて言わないわ。だから、泣かないで‥‥」
白亜はアレクの頭を優しく撫でる。
「お嬢様‥‥」
アレクは片手で涙を拭った。
「ずっと貴方と居られるのなら‥‥この生活も悪くないのかな‥‥。大好き、アレク‥‥」
「私も、お慕いしております。お嬢様」
微笑み会う二人。想いが通じ合った瞬間だった。
‥‥月明かりに照らされながら、一人のお嬢様と一人の執事が唇を重ね合う‥‥。
この二人に、月のご加護がありますように。
●夢覚めて
現実へ戻っていくご主人様達‥‥。一夜限りの夢は如何だっただろうか。
また、このような機会があるかもしれない‥‥。それまで‥‥しばしの別れである。