●リプレイ本文
●1日目
「‥‥何か嫌な予感がします」
島に上陸してからというもの、紫電(
gb9545)はまとわりつくような視線を感じていた。
ソウマ(
gc0505)も頷く。
「ええ。いわく付きの島だけ有って薄気味悪い所ですね。さっさと調査を終わらせてしまいましょう」
「ふむ、謎の島とは面白い。何が起こるのかわくわく致す」
好奇心を刺激されて、ネイ・ジュピター(
gc4209)はむしろ表情を緩ませた。
林の中を歩き回ることを想定し、紫電は迷彩服を着込んでいる。装備は2丁拳銃だが、思い入れのあるPeaceMakerもお守りとして持ってきていた。
「さて、捜索といきましょうか」
「薄暗いなぁ‥‥。お化けとか、出ない、よね?」
鬱蒼と茂る木々を前に、布野 あすみ(
gc0588)は心細そうだった。
「今回は未成年者や老人もいます。‥‥私が守らなければ」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)はあらためて責任を感じていた。
林に足を踏み入れてすぐ、彼等は異変に気づいた。
「猿の死体‥‥何か嫌な予感がしますね」
何度目になるか、今度はセレスタが不吉なつぶやきを漏らす。
転がっている死体は1つでは収まらず、先へ進むたびに数を増していく。
ある猿は目や鼻から血をこぼし、ある者は足が内側から破裂している。
「この死体の量‥‥、とても自然死には見えん」
しゃがみ込んだホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、疫病の可能性も考慮して、拾った木の枝で猿の死骸をひっくり返す。
「‥‥この左手の傷は‥‥?」
唯一の共通点である左手の甲の裂傷を、ホアキンがピンセットで開く。
(「例の能力者の死体も左手が切断されていたな‥‥」)
自分の左手に視線を向けながら、ホアキンはより警戒を強める必要性を感じていた。
「つーか‥‥何なんだよ何なんだよこの島は! 何でこんなに猿が死んでんだ?」
不安に怯え、信貴乃 阿朱(
gc3015)は抑えられない苛立ちをぶちまける。
「くそっ! 薄気味悪い‥‥金に釣られて調査に志願なんてするんじゃなかったぜ‥‥」
「猿というと‥‥、人の代わりとして実験に使っても、ラットより良い精度が得られるそうだのぉ。孤島で猿を使って生物実験など、よくありそうだが、実際にはないのかな?」
「普通はないだろう。普通は‥‥な。カカカカカ」
ネイの呈した疑問に、暗黒寺天善(仮名)が高笑いを交えて締めくくった。
さらに足を進める一行を、阿朱が慌てて追いかける。
「‥‥っておい! お前ら待てよ。俺を置いて先に行くんじゃねぇよ。調査だろ調査、俺もちゃんとやるってだから置いていくなよ」
「川‥‥か。水が使えるのはありがたいな。この辺りを拠点にするか」
ホアキンの提案を受けて、一同はテントを張り始めた。
無人島で迎える夜は真の闇だ。日没を前に準備は終えておきたい。
「薪を集めてきます。野営のためにも焚き火は在った方がいいでしょう」
セレスタが山へ薪拾いに、あすみは川へ水くみに向かう。
聞こえてきた悲鳴はあすみのものだ。
「あれっ、あれ見て!」
彼女が指さしたのは、河原に転がっていた平たい石のテーブルだった。
すでに乾いているものの、大量の血がこびりついている様は、まるで心臓をえぐり出す生け贄の祭壇に思えた。
「う〜む。どれだけ見ても何にも分からぬなぁ。いやはや、ここに潜んでおるのはいったい何なのやら」
ネイのつぶやきには、相変わらず好奇心が滲んでいる。
「そういえば、皆は『百匹目の猿』という話を聞いたことがあるか?」
暗黒寺が口にしたのは次のような話題だった。
ある猿が、芋を海水で洗って食べると美味しいということを発見し、同じ島に生息する多くの猿がその行為を模倣したとする。その猿が一定数に達すると、離れた場所で生息する猿にまで、その行動が伝播すると言われる現象だ。
「‥‥まあ、都市伝説に過ぎんがな」
「それが今回の事件に関わっていると言うんですか?」
引っかかるものを感じて、紫電が問いただす。
「なに、大量の猿ということで思い出しただけが。カカカカカ」
●2日目
一夜明けると、彼等の人数は7名に減っていた。
見張り番を交替で受け持っていたのだが、朝方の担当者である暗黒寺が消えていたのだ。
「まさか‥‥、お化けに食べられたんじゃ‥‥」
「争いが生じた気配はありませんでしたし、何かを調べに行った可能性もありますよ」
発想を飛躍させるあすみを、紫電がなだめる。
「ふふふ、これは面白い状況になってきた」
あすみが怯える傍らで‥‥、いや、怯えているからこそ、次に起こる『何か』を期待してネイは笑みをこぼす。
猿の死体で溢れる林の中で、あすみは地面に落ちていたパスケースを発見した。中に入っていたのは、犠牲者である傭兵の写真だった。
「家族写真‥‥。こんなところにいたら、恋しくなるんだろうなぁ」
「バカンスに来て殺されてしまうとは可哀想に‥‥」
嘆くように頭上を仰いだネイは、天へと伸びる大木に目をとめた。
この大木は島で一番の大きいもののようだ。
木登りをしたネイが島の全景を見渡す。‥‥逆に言えば、島のどこからでもこの樹上を見ることができるだろう。
木から下りたネイは、幾つかの情報を皆にもたらした。
まず、一番上の枝には大きな鞄がぶら下がっていた。おそらく犠牲者が持参したもので、パスケースはここからこぼれ落ちたのだろう。
そして‥‥。
「島の南部に灰色の建造物があった」
たどり着いてみると、飾り気のない無骨なビルは病院のような印象を与えた。
「だが‥‥、無人島に病院を作る意味はないな」
「何かの研究所と言うところでしょうか? 何か見つかるかも知れませんね」
探索を提案するホアキンとセレスタに、ネイが別行動を申し出た。
「屍を打ち捨てておくわけにもいかぬからな」
全ての猿を埋めるのは無理だが、小猿ぐらいは埋めてやりたいと言うのだ。
「建物は小さいですし、調査にそれほど人では必要ないでしょう」
「そうしようぜ。はぐれることもねえだろうしな」
ソウマや阿朱が言葉を添えて、この場は手分けすることになった。
一人で部屋へ入ると、阿朱は熱心に漁り始めた。
「暗黒寺の奴、何かいい物を見つけて俺達を出し抜いたに違いねぇ」
そう思い込み、彼は金目の物があると踏んだのだ。
同行者にとがめられるのを嫌い、単独で動きたがったのも同じ理由だった。
「ちっ、ガラクタばっかりじゃねぇか」
彼以外は、何らかの情報をえようと、真面目に探索を行っている。
「このメモは一体‥‥」
机の引き出しの奥から、セレスタは敗れた紙片を見つけ出した。
「猿‥‥? これが『敵』‥‥か」
ネイが対峙していたのは、剣を引きずった猿だ。
埋葬作業をしていたネイは、奇襲を受け大きい傷を負わされていた。
彼女は知らない。監視しやすい場所に保管していた、自分の戦利品に手を出されたため、彼女を最初の標的に選んだということを。
天照と月詠の二刀流で猿を牽制しながら、ネイは交戦を切り上げてすぐさま踵を返した。
「申し訳ないが逃げさせて頂こう」
失血により意識も体調も鈍くなっており、泥沼を歩くような疲労感を押して、彼女は建物へ向かう。
せめて、猿のことを仲間に告げようとして。
側面から撃ち込まれた銃弾が、彼女の足を止めさせる。
ネイが知り得た事実は、仲間に知らせる機会を奪われてしまった。
死を覚悟した彼女は、恐怖もなく、悔いもなく、それをあるがままに受け入れる。
「ははははは。ただ我が弱かったそれだけだ‥‥」
傭兵達が見つけた時、彼女はすでに事切れていた。
彼女が持っていたはずの剣は失われ、左手の甲が切り裂かれたいる。
ホアキンが眉根を寄せて苛立ちを露わにする。
「まさか、暗黒寺の奴もやられてちまってる‥‥のか?」
その想像に行き着いたとき、阿朱は自らに迫る危機に気づいた。
(「もしかしたらこの中に犯人がいるかも知れねぇ。いや、いる絶対にいる! だってこの島には俺達しか居ないはずだ。
くそっくそっ! 誰だ‥‥犯人は誰だ」)
別行動をとったうちの誰かが犯人だと、彼は短絡的に考えてしまった。
「もう、お前らなんかと一緒に居られるか! お前等の中に犯人がいるんだろう!」
あからさまに警戒を向けて、一同と距離を取る。
「馬鹿! 一人でいるのがどれだけ危険か分かってるの!? ネイさんだってそうじゃない!」
「単独行動は許しません。‥‥一人では危険です」
訴えたあすみに、セレスタも言葉を添える。
「いや、こん中に犯人がいるんだ! 間違いねぇ!」
阿朱は他者の接近を拒むように、隼風の穂先を向けてくた。
「絶対に俺を追ってくるんじゃねぇぞ!」
そう言い残して、彼は一人林の中へと姿を消してしまった。
●3日目
阿朱の捜索も兼ねて林を歩いていた彼等を、何者かが襲撃する。
銃撃戦の中、ホアキンは木陰を動いた影の存在に気づいた。
「あれは、暗黒寺か?」
「皆は暗黒寺さんを追ってください」
追跡を優先させるよう紫電が促した。
自身は2丁拳銃を手にしんがりを務める。
一人残った彼は、敵をあぶり出すべく発砲を繰り返す。
紫電は見た。銃を構えた敵の姿を。
弾切れを起こして空撃ちする2丁拳銃。
リロードするより早く、彼の前に銃を構えた猿が近づいた。
自然界では食べるために獲物を襲う。
だが、彼の眼前に迫る猿は、ライフルを手にし、狩ることを目的に銃口を向けていた。
鳴り響いた銃声は2発。
紫電は2丁を捨てて、お守りのPeaceMakerの引き金を引いていた。
弾倉が空になるまで銃弾を浴び、猿は逃走する。
「後は‥‥任せました」
「暗黒寺さんが犯人だったんですか?」
「突然、取り囲まれれば反撃しても仕方なかろう。カカカカカ」
ソウマの追及を、取り押さえられた暗黒寺が笑い飛ばす。
「信貴乃さんがどうなったか知りませんか?」
「わしが見つけたときはすでに死んでおったな」
「あなたが殺したのか? それとも、‥‥アダムか?」
ホアキンがズバリと斬り込んだ。
「わしにもわからん。‥‥どこでその名を知った?」
「セレスタが見つけたメモに書かれていた。実験動物の名前だろう?」
昨夜の相談で、彼等はそのように結論づけていた。
暗黒寺は観念し、自身が加わった実験について告白する。
「ある軍事企業が、能力者に代わる戦力として、猿の手にエミタを埋め込んで覚醒させようとしたのだ。実に人道的だろう? うまくいかなかったため、計画そのものが頓挫してこの島を放棄したがな」
だが、失敗作と思われた『能力猿』は、この島で生き延びたのだろう。
縛り上げた暗黒寺を連れた彼等は、死体となった紫電と対面する事になる。
数メートル離れたところにある大量の血痕をセレスタが指さした。
「重傷を負っているなら、仕留めるチャンスかもしれませんね‥‥」
「そううまく行くかのう?」
挑発する暗黒寺を残し、4人が血痕を追いかける。
林の中を駆け抜けた彼等を、後方から銃弾が襲った。
「がはっ!」
背中から撃たれて、血を吐いたのはソウマだった。
血痕を残した猿は、途中で後ずさりして、追跡者が行きすぎるのを待ちかまえていたのだ。
死を覚悟しているのか、猿は逃げようとせず、ただただ荒れ狂う。
「できれば倒しておきたいが」
怯まずに肉迫したホアキンが、紅炎と超機械「雷光鞭」で、猿の腹部を貫いた。
余命は数分。
いまにも消え去ろうとした命が、逆襲の牙を剥いた。ホアキンの首筋に噛みついたアダムは、肉をえぐり、大量の血が噴き出させる。
一人の傭兵を道連れに、アダムは絶命した。
「全部‥‥終わったんだよね?」
そんなあすみの願いはかなえられなかった。
縛られていた暗黒寺の胸が、奪われたネイの月詠で貫かれていたからだ。
そして、暗黒寺と紫電の左手は切り裂かれ、エミタまでも取り出されていた。
「えぐっ。こんなとこ、もう、ヤダよ‥‥。帰りたい。もう、帰りたい」
耐えきれなくなったあすみが、感情を爆発させて泣き出してしまう。
「心配しなくても、布野さんは助かります」
「な、なんでそう言えるの?」
「僕の直感、結構当たるんですよ」
根拠とも言えない根拠を、ソウマは平然と口にした。
到着予定の漁船に乗るため、3人は砂浜を目指して歩いているところだった。
「あの猿が犯人じゃなかったの‥‥?」
あすみの疑問にセレスタが答えた。
「アダムが実験内容を理解していて、同族を増やそうとしたのかも知れませんね。‥‥千匹目の猿、ですか」
暗黒寺の言葉を思い返してセレスタがつぶやく。
人間であっても、エミタの適合率は千分の一。
まさに『猿まね』で行われたエミタの移植手術は、成功確率がさらに大きく下がるだろう。
二人の会話を中断させたのは、ソウマの苦悶の声だった。
振り向いた彼女たちは、いつの間にか遅れていたソウマが倒れた場面を目撃する。
ソウマはアダムに受けた傷で、自分が助からないことを悟っていた。
だからこそ、二人と距離を取って自ら囮を引き受けたのだ。
「これでも僕は男ですしね。意地ぐらい張らないと‥‥」
彼の持つキョウ運は、その命を代償にして、あすみへの慰めを真実に変えてくれたようだ。
膝立ちとなったセレスタが、スナイパーライフルで猿の足を撃ち抜く。
敏捷さを失った猿へ、セレスタがコンバットナイフで斬りかかり、あすみはステュムの爪で蹴りつけた。
この戦いは、決着まで数分ほど要した。
到着した漁船の船長は、約束より人数が減っていることに首を捻る。
泳いできたのは女性二人のみ。
「残りはどうしたんだ?」
「あの‥‥、帰れなくなって‥‥」
表情を歪ませてあすみが答えた。
「‥‥あれはなんでしょうか?」
甲板のセレスタが指摘したのは、海面に突き出た異形の枝だ。
何者かの両脚が、海中からにょっきりと生えている。
苦労して船に引き上げた彼女等は、意外な再開を果たした。足の主は、恐怖に表情を歪ませた阿朱の死体だったのだ。
「守りきれませんでした‥‥」
セレスタが歯がみする。
島へ上陸した傭兵は8人。
しかし、島からの脱出を果たしたのは2名の生者と、一つの死体だけだった。
そして‥‥。
彼女等が死体の積み込みで苦労していた時、海を泳いだ猿が反対側から船に乗り込んでいた。
皆がずぶぬれだったため、船内に海水がこぼれていても気づかれなかったようだ。
船倉に潜り込んだ猿の頬袋は大きく膨らんでいる。
コロコロと舌先で転がしているのは、金属の塊――それは、エミタと呼ばれている代物だった。
天文学的な確率をくぐり抜けたもう1匹の猿を乗せて、漁船は本州を目指して出航した‥‥。