●リプレイ本文
●廃墟にて
廃墟と化したヘイジョウポリスで、新人能力者のために激しい訓練が行われていた。
「敵は予想した通りに動くとは限らない。相手の先を読んで行動しろ」
教育係の月城 紗夜(
gb6417)が、両手の剣で斬りつけながら指摘する。
「そんなことは、言われなくても分かってるよ。いちいち口出ししないで!」
バグアに対する憎悪のため如月 芹佳(
gc0928)は反抗的な態度が目立つ。
二人のいさかいに、鈴木 一成(
gb3878)の声が割って入った。
「車が来ましたよ。補給でしょうか?」
一成はエミタへの適正があったために能力者となったが、本来はお人好しで争いを好まない人間だ。二人を止めるためにも、彼は車の来訪をありがたく感じている。
停車したジーザリオの運転席から降りてきたのは、場違いな鳥の着ぐるみであった。
「食料とか薬を持ってきたよ〜」
彼女は火絵 楓(
gb0095)。ヘイアンポリスからの補給物資の運んできたボランティアだ。
「‥‥そうだ。写真でもどうですか?」
商業写真家を目指すため、赤城・拓也(
gb1866)はカメラも持ち込んでいらしい。
「いいですね〜。お願いします」
唐突な提案ながら、桂木菜摘(
gb5985)がすぐにとびついた。菜摘は一緒に訓練する仲間達を気に入っており、拓也が写真撮影を言い出したのも雰囲気を和ませるつもりだろうと察したからだ。
ノリノリの菜摘や楓を撮影し、最後には全員そろっての集合写真だ。
「皆さん照れてないで、もっとくっついて下さい! もう、先輩! ちゃんと笑って下さいよぉ」
一成をたしなめている拓也も、今回ばかりは被写体側だ。三脚がないため撮影するのは楓である。
シャッター音が響き、並んでいる5人の姿がフィルムに焼きついた。
●平穏の終わりに
避難民相手に幾つものテントが張られて治療が行われていた。
「追加の包帯を持ってきました」
「ありがとう」
ボランティアの和泉譜琶(
gc1967)に礼を告げたのは、医者のルシオン・L・F(
ga4347)だった。
「バグアと能力者の戦いはまだ続くんですね‥‥」
彼女の言葉に、ルシオンは引っかかった。
「能力者のこと、嫌いですか?」
「‥‥怖い、です」
「僕の家族も『能力者は化物だ』と言っていました。僕は家族への体面上、能力者の診察を拒んだ事もあります」
エミタへの適正がありながら、その事実を伏せているのも同じ理由による。
彼等はまだ知らなかった。
このヘイアンポリスに戦火が迫っていることを‥‥。
都市上空を飛び交うHW。そして、地上にはキメラの群れが走り回っていた。
「さあ、楽しい楽しい人狩りの時間だぜぇ〜♪」
バイクに跨るモヒカン頭の男はリザード。ハイエナキメラを従えて、人間を追い立てている。
別な一角では、レオタードの上に白衣を着用した強化人間がいた。殺戮に酔うリザードとは違い、ラナ・ヴェクサー(
gc1748)は淡々と小銃による殺人をこなしていった。
「まだ撃滅するのか‥‥。いい加減殺しも飽きるわよ」
彼女は殺した相手になんの興味も示さなかった。
幼い命を奪ったのは、そんな彼女が放った一発の銃弾だ。それだけで、芹佳は永遠に妹を失った。なんの必要もなく、なんの意味もなく、無造作に命を刈り取られたのだ。
「‥‥っ!?」
目を覚ました芹佳は、ようやく悪夢から解放された。彼女のまわりには寝袋にくるまった仲間達が寝入っていた。
「眠れないのか?」
「‥‥‥‥」
紗夜の問いかけに、芹佳は無言で応じてしまう。
ため息を漏らす紗夜は、特注品の銀刀を『初蝶』へと手を伸ばした。
(「大きく羽ばたく翼は僕には無い、けれどこの心はどこまでも行ける」)
鍔に刻まれているのは弟の残した『僕の背中の翼』という詩である。
(「お前の姉は、此処にいる。私が、お前の望む世界を、作る」)
芹佳は紗夜もまた肉親への思いで戦っている事を知らなかった。
通信機の呼び出し音が鳴って、他の仲間達も眠りからたたき起こされた。
緊急連絡の内容は、『ヘイアンポリスがバグアの襲撃を受けた』という驚くべきものだった。
「長かった‥‥。やっと、この機会が来た!」
この時、芹佳が感じていたのは、復讐の機会を得た喜びだったのである。
●バグアの傷痕
新人達がかけ到着した頃、防衛に当たっていた能力者も数が少なく、すでに敵の侵入を許してしまった状態だった。
「ヒャッハー! 逃げろ逃げろぉ! でなきゃ死ぬぞぉ!?」
男は女子供の足を狙い撃ち、ハイエナキメラをけしかけていく。
「見逃してやるよ、俺様の慈悲深さを知らしめろや‥‥なわけねーだろ!」
男の行為に呆れ、傍らの女はキメラ達に先へ進むよう命じる。
「食い散らかしてもいいから、さっさと進みな」
攻め込んできた敵は、リザードとラナ。ヘイジョウポリスの生き残りにとっては、仇とも言える存在だった。
「こっちの方が安全ですよ」
「や‥‥こっちに来ないでください!」
柔らかい口調で話しかけたものの、覚醒によってこわばっている一成の表情に怯え、譜琶は拒絶の言葉を返してしまう。そのため、戦いへの恐怖で彼の身体が震えていたことにも、譜琶は気づかなかった。
反対方向に逃げ出した彼女の行く手には、銃を乱射するリザードが待ち受けている。一成が自らの身体を盾としなければ、彼女は凶弾に倒れていただろう。
あらためて相手を見た譜琶は、銃弾以外にも多くの傷を追っていることに気づいた。
「あの、ありがとうございました。‥‥怪我、大丈夫ですか?」
「大丈夫。‥‥傭兵は頑丈、なんです」
笑顔で告げた一成に、譜琶もまた笑顔を浮かべた。共に相手へ心配をかけたくなかったためだ。
「あっちは‥‥安全なんですよね?」
彼の足かせとならないように、譜琶は一人で走り出す。
「今は‥‥悔しいけどっ‥‥逃げ、逃げないとっ!」
自分にできる形で彼に報いようと、譜琶は涙をこぼしながら駆け続けた。
「きゃぁぁぁーっ!」
緊迫感をそぐ鳥の着ぐるみが、人混みの中で右往左往している。恐慌に陥っているからだと、この場は好意的に受け止めておくとしよう。
彼等に迫る豹キメラが、ハンマーの一撃を受けて真横に弾き飛ばされる。
「お待たせしたですっ。早く逃げるですよ!」
「子供‥‥? 早く君も逃‥‥! ‥‥能、力者?」
菜摘は小さな背中で、彼等の運命を背負おうとする。怪我の後遺症に悩まされる母親のようにはしたくないから。
「こ、怖くなんてないですよっ。キメラなんかぱぱっと倒しちゃうのです〜」
ルシオンの見たところ、助けてくれた菜摘は譜琶よりもさらに年下だった。
(「今の地球は子供まで戦わなければ危ないの?」)
「敵は私たちが引き受ける。その間に、一般人を避難させてくれ」
紗夜は落ち着いていたルシオンに指示した。彼は家族の目を気にして、駆け去っていく菜摘に礼を告げることもできなかった。
「相手を殺し、生き延びる覚悟を持て。フォローや守りがあるとは限らないぞ」
檄を飛ばす紗夜の声。
新人達が奮戦するなか、果敢に‥‥いや、無謀とも言える攻撃を芹佳は繰り返していた。
「待ってください。少し下がりましょう」
「邪魔をしないで! ‥‥邪魔をするなら、あなたでも斬る!」
抑えようとする一成に、復讐心を燃やす芹佳が噛みついた。いつもなら遠慮するはずの一成も、この場だけは退こうとしない。
「‥‥そのぅ、ご自分を大切にすることも、考えてみてくださいね。守るためであれ、何であれ、あなたが傷つき倒れてしまったら、あなたにとって大事な人も、大変悲しみ心を痛めるのではないでしょうか」
「私にはもう、大切な人なんていない!」
「私たちがいます。‥‥あなたが大切なんですよ」
戸惑う芹佳が視線をさまよわせると、こちらを見ていた菜摘と視線がぶつかる。話を聞いていた菜摘は、芹佳に向かって笑顔で頷いてくれた。
「一人で頑張りすぎることはありません。忘れないでください」
●戦いは終わらず
避難場所で人を捜していたルシオンは、見つけた相手に話しかける。
「ごめんね‥‥あの時‥‥」
口にした謝罪の言葉が途切れたのは、菜摘の受けた幾つもの傷を目にしたからだ。
「怪我の手当てをしましょう。僕にはこれ位しかできないけれど‥‥」
これまでの事を悔やみながら、ルシオンが申し出るが、
「‥‥ごめんなさいっ。先にバグアを倒さないと」
時間的猶予がないため、ルシオンは治療すらしてあげられなかった。
古来より退却戦は困難と言われており、新人達は達成した代償に、一人の仲間を失おうとしていた。
薄れていく意識の中で、一成は駆け寄る拓也に、一つだけ願いを託す。
「‥‥未来を、よろしく」
「先輩っ!? 先輩っ!」
拓也が何度呼びかけようと、一成が反応を示すことは二度と無かった。
ルシオンを見かけた紗夜は後事を託して、新人に向き直った。
「この程度で立ち止まってどうする。戦火に放り込まれた薪が燃え尽きただけの、取るに足らない事だ」
皆の怒声にさらされても、紗夜は言葉を撤回しようとしない。
「怒りをぶつけるべき存在は別にいる。倒すべきはバグアだろう」
能力者達が再び戦場へ向かうのを、多くの人々が見送っていた。
「かっくイイな〜。あたしもなろうかな〜? ‥‥お腹が空いた」
安心したためか、腹の虫が鳴き出して楓はおなかを押さえている。
「みなさん、気をつけて行ってきてください」
一成の死を知らぬまま、譜琶は能力者達の無事を祈った。
「自分たちにもできる事は無いだろうか‥‥」
誰かの声を耳にして、ルシオンが応じる。
「襲われた場合は、消火器を煙幕代わりにするなどして、少しでも時間を稼ごう。どんなに小さくても、僕たちにできることから‥‥」
●死者と生者
「よっくもぉ‥‥よくも先輩を!」
鈴木の死に憤る拓也が荒れ狂った。先ほどまでの芹佳と同じように。
「弱ぇ弱ぇ! この世は弱者必滅! 弱い奴ぁただ奪われ壊され殺されるだけなんだよ!」
リザードの挑発が、拓也が冷静になるチャンスを奪う。
「正々堂々1対1でやってやんよぉ〜? ‥‥嘘だよ馬鹿がっ!」
キメラを揺動にリザードが銃弾を撃ち込んでいく。
「私は腕の立つ女をやる。あんたは細かいのを食べちゃいな」
事務的な行動の多かったラナが、ようやく戦意を露わにする。歯ごたえのある敵――紗夜を前に、ラナが挑みかかった。
「ふん、どうせ僕達は此処で死ぬんですよ」
ぴこっ!
自棄になった拓也を、菜摘の振るう巨大ぴこぴこハンマーが拓也を殴り飛ばした。
「‥‥一成さんが言ってたよ。『自分の事も大切にして欲しい』って。『傷つくことで、大事な人まで悲しませる』って」
そう告げると、拓也に代わり菜摘が戦闘を引き受けた。
菜摘にもらったわずかな時間で、拓也は一成の言葉を噛みしめる。
「このガキがっ!」
菜摘に向けて振り下ろされた剣を、
リザードの剣が菜摘に振り下ろされようとしたとき、拓也の拳銃が火を噴いた。
「やらせるかよぉ! 俺はもう誰も失いたくない!」
「くくく‥‥滾ってくるねぇ! お前とはいい殺し合いが出来そうだ!」
互いの剣を噛み合わせるラナと紗夜に、芹佳が乱入した。
「‥‥ん? 何処かで見覚えが‥‥」
「妹の敵‥‥。絶対に、許さない」
「知らないねぇ!」
ラナの記憶にあるのは、脆弱な命ではなく、憎悪の瞳の方らしい。
すでに一成の忠告も忘れ、芹佳は目前にしたラナへの復讐で思考を染め上げる。銃口を向けるラナに向けて、無謀な接近を試みる芹佳。
「死んどきなあぁ!」
芹佳を救ったのは紗夜だ。
投げつけられた蛍火をかわしたラナだったが、まさか2本目が来るとは思わなかった。彼女の肩を銀刀『初蝶』が貫く。
重傷を負いながら直刀を振るうラナ。武器を突き刺したままの紗夜は、受け止めることができず、腹部を切り裂かれてしまう。
「次は‥‥必ず死なすっ!」
背を向けて逃走するラナではなく、倒れた紗夜の元へ芹佳は駆け寄っていた。
「どうして? ‥‥どうして私を庇ったの?」
「新人のカバーは教育係の仕事だ。‥‥さっさと行け。戦え、生き延びて、そして、戦いの終わりを見ろ。お前達が、笑っていられる世界を」
笑顔で告げたのは、彼女の最後の言葉。
今からならばラナに追いつけるかも知れないが、その場合、他のみんなが窮地に陥るだろう。
「自分は‥‥一人なんかじゃない」
一成の言葉を思い返し、芹佳は仲間を助けることを決断した。
戦いに酔いしれていたリザードは、ようやくラナが逃げ帰ったことに気づいた。
「ちぃ! 今日はこの辺にしておいてやらぁ!」
逃走に移ろうとしたリザードを、新人達が包囲する。
「た、頼む! たすけ‥‥死ねぇ!」
命乞いを装って、隠してたナイフで突きかかるも、届くよりも先に拓也の銃弾が撃ち込まれた。
「この俺が、こんなカスドモに‥‥ごぶぁ‥‥」
「畜生! お前が、お前が‥‥わぁぁ」
息絶えたバグアに向かって、拓也は銃弾を浴びせ続けた。
戦いを終えた彼等にルシオンが告げた。
「あなた達の隊長さんに、彼の埋葬を頼まれたんだ」
彼自身もまさか本人を葬るとは想像していなかったが。
「あの‥‥今度なにかお土産持ってきますね! またお話してくれますか?」
一成の死を知って、涙ぐみながら譜琶が語りかける。
犠牲者にふたりが含まれたのがどれほど悲しくとも、全体の犠牲者はもっと多いのだ。比較すれば、とてもわずかな数ながら、とても重い意味を持つ。
「戦場では少し臆病な位が丁度いい。‥‥そうですよね。先輩」
一成は自身の態度で拓也にそのことを教えてくれた。
「復讐は諦めていないけど‥‥。力無き人達の為に私は、私の出来る事をする。簡単じゃない事は分かってる‥‥。でも私は、もう1人じゃないから‥‥」
紗夜の教えと共に、芹佳は次の戦いを求めてこの地を去ることになる。
「拓也さん。私にも現像した写真をくださいね」
悲しみをこらえて菜摘が頼む。
5人で写した写真は、3人の手に渡り、ふたつの棺に納められた――。
●登場人物一覧、及びそのコメント。
ルシオン・L・F
「貴方の守りたいものは、何ですか?」
火絵 楓
「見た? このあたしの逃げまどう演技!」
赤城・拓也
「僕は‥‥しぶとく戦っていきますよ」
堺・清四郎(
gb3564):『リザード』役
「蜥蜴野郎並みの悪役を演じてみた」
鈴木 一成
「何の取り柄もない私でしたが、最期ぐらいはきちんと役目を果たせたでしょうか?」
桂木菜摘
「いつもと変わらない感じで頑張ったですよ〜」
月城 紗夜
「友情と努力、葛藤、強大な力故恐れられる等の悲しみを知って欲しい」
如月 芹佳
「いつもと違う私を演じられたかな?」
ラナ・ヴェクサー
「能力者も人間‥‥と知ってもらう為に、極悪非道な敵を演じてみた。」
和泉譜琶
「一般の人たちにもっと身近に感じてもらいたい。怖がられずに、楽しく遊んだりしたいって、普段から思ってるから」