●オープニング本文

「春のＵＬＴまつりを開催しようと思う」
　ＵＬＴ広報担当のマルコがおなじみの依頼を持ち込んだ。
「前回の要望にもあったが、春ということで花見を兼ねて行う予定だ。まだ自然公園の桜は散っていないみたいだし、ぎりぎりなんとかなりそうだ。‥‥後ろにずれ込むことになったのは、俺の方でいろいろ忙しかったからだ。勘弁してくれ。」
　先日実施した新人向けの模擬戦では、想定外の乱入があったために事後処理が大変だったのだ。
「初めての人間もいそうだから、改めて説明しておく。特殊な力を持っていることで、能力者が偏見や差別を受けないように、一般人と交流を進めるのが目的だ。そうすれば、客の中から新たにエミタの適合者が見つかって、能力者志願の人間が増えるかもしれないからな」
　皆が理解したのを確認し、以降はまつり運営の具体的な話に移った。
　屋台の設置やＫＶの展示はいつも通りに行われる。
　あえてマルコが触れたのは次の２点だ。
「花見に関連して、特製の花見弁当を販売しようと思うんだ。これには準備が必要だから、料理の腕に自信のある人間や、時間に余裕のある人間は、早朝に集まって調理を行ってくれ」
　続いて二つ目。
「うちの主導で特撮ヒーロー物の『ナナレンジャー』という企画も進めている。今回はいい機会だから、ナナレンジャーの宣伝もしておこうと考えているんだ。第１話を大型モニターで上映し、１０００Ｃでディスク販売も実施する。ナナレンジャーメンバーにはスーツも貸し出すから、着用して売り子をしてくれるとありがたい。‥‥まあ、素顔でも気づいてくれると思うけどな」
　最後に言及したのは、仕事後のことだった。
「打ち上げは夜桜を見ながら実施する。次回の夏まつりに向けて意見があれば受け付けておきたい。去年ほどおおがかりじゃなく、今回と同程度の規模になるから間違わないようにな」



『ＵＬＴまつり　春』イベント概要

○花見弁当の製作、販売
○ナナレンジャー上映
○ＫＶ展示、ＡＵ−ＫＶ展示
○屋台
○裏方業務

●参加者一覧

●リプレイ本文

●まつりに向けて

「おはようございますっ」
　元気いっぱいに挨拶する橘川　海（gb4179）。
　販売用の弁当製作を担当する班は、早くも朝４時から作業開始となっていた。
「朝早くから美味しい物をね」
　百地・悠季（ga8270）はドルマンスリーブＴシャツとブルージーンズの上から、調理のために割烹着を羽織る。
「食材の刻みは絣、揚げ物は菘ね」
　小隊「千日紅」に所属して気心の知れた仲間達に、悠季が指示をだした。
「さて、張り切って作りましょうっ」
　身を包む割烹着の下で、気合いを表すように澄野・絣（gb3855）は着物を襷がけにしている。
　海は春らしい洋服にエプロン姿だ。レシピを増やしたいと望んでいる彼女のために、悠季は炊き込みご飯を指導してあげるつもりだ。
「みんな、おいしいお弁当よろしく！」
　調理班へ一声かけると、朝倉　舞（gc2786）はブース設置へ向かっていった。

「祭りは好きじゃないが、先立つものも必要だからな‥‥。まあ、今のうちにこういったものに参加しておくのもいいだろう」
　初参加ということもあり、ゴドー（gc3363）は好奇心から引き受けていた。
「祭りごとは、基本的に手伝ってなんぼ‥‥ですしね。しっかりと事前準備はしておきましょう」
　舞の言葉に、ブラドダーム博士（gc0563）も全面的に同意する。
「イッヒッヒ、やはり祭りは準備から楽しむものじゃな」
『ナナレンジャー』担当の火絵 楓（gb0095）は、写真撮影用にメンバーのハリボテを並べている。メンバー総数は７よりも多く、総数は１０体だ。
「ウシ！　これで全員部員で来た‥‥って自分の分作り忘れたー！　しかも材料足りない‥‥無念」
　がっくりと肩を落とす楓を尻目に、他のスタッフ陣は忙しく作業を続けている。
「俺に任せて下さい。こう見えても力仕事は得意ですから」
　ファイターらしい膂力を活かして、緑（gc0562）が機材を肩に担ぐ。
　一方、子供だからとたしなめられて、鳳　つぐみ（gb4780）はなんとか反論を試みる。
「‥‥小さく見えても力持ちさんです。‥‥たぶん」
　祭りに加わって明るくなりたいと願うつぐみは引き下がろうとしない。これでも能力者であるため、彼女は実力で自分を認めさせた。
　仕事が一段落ついたところで、楓がおやつを配り始めた。
「ハイ、みんなこれ食べてね〜。ミニ楓ちゃん焼き。これを食べれば元気百倍」
　彼女の後を追うようにして、つぐみもまたお茶を配っていく。
「そして、マルちんにはこれだー！　改良を重ねたサルミアッキ入り！　今度こそウマイと言わせて見せる！」
　自信満々に差し入れた品を、なんとか飲み下してマルコが告げる。
「もっと改良しろ」
「うわーん」

　高日　菘（ga8906）は自分で使うカツだけでなく、皆に頼まれたエビフライやコロッケも揚げている。
「あかんでー、つまみ食いは」
　ひょっこり顔を出したブラドダームを見とがめる。
「こっちの形が崩れたやつならええけどな」
「‥‥ほう、このさじ加減ができるとはな」
　真剣な顔で味わうブラドダームは、特上弁当を購入しようと心に決めるのだった。
「焼き魚って焼いたことないんだよねー‥‥」
　海は自身なさげにコンロを覗き込んでいる。先ほどまで、『たこさんたこさんっ』と楽しげにウィンナーを切っていた時とまるで違う表情だ。
　悠季はコストと考え合わせ、量を減らす代わりに、品目を増やすことにした。絣に手伝ってもらい、重箱に盛りつけていく。
「ぴったりやなー」
　箱の寸法にぴたりとはまったサンドイッチを、菘が満足そうに自画自賛する。
　溢れんばかりの具を挟んだＢＬＴサンド。
　マヨネーズにあえてキャベツも添えたタマゴサンド。
　千切りキャベツと一緒にソースをたっぷりかけたカツサンド。アクセントに和辛子。
　彼女が任されたのは、３種類のサンドイッチによる並弁当だ。
「えへへ、綺麗に盛り合わせると、美味しそうに見えるよねっ」
　海が担当するのは上弁当の幕の内。焼き魚に揚げ物、煮物、ごはんにのり、漬物を、丁寧に並べていく。
　そして、圧巻なのは重箱に納められた特上弁当だ。
　まずは一の重。筍おこわ、赤飯、漬物。
　続いて二の重。豆腐ハンバーグ甘辛タレ、ロールキャベツのコンソメ風タレ、紅チャーシュー、蟹クリームコロッケ、コールスロー、ポテトサラダ。
　最後に三の重。金目鯛の西京焼、鶏つくね団子、出汁巻き卵、椎茸・高野豆腐・人参・牛蒡の煮付け、山菜の掻き揚げ、ミニ大福、桜桃。
「８時半までには間に合ったようね」
　自分達の成果を誇るように悠季がつぶやいていた。

●午前の部

　受付にいる緑やラドダームは、興味を示した客にパンフレット類を差し出していた。
　パンフレットの『能力者のススメ』に挟んでいるビラは、運営の許諾を得てブラドダームが差し込んだものだ。
『‥‥このように、様々な能力者が存在するが、彼らは決してテレビ番組の無敵の英雄ではない。家族を、友人を、故郷を守るため、手にした異能の力で戦いに身を投じた生身の人間なのである。能力者を自分たちと異なる存在として特異な目で見たりせず、同じ地球人として接していただけるよう願ってやまない』
　ＵＬＴまつりの開催意図に言及したビラには、ブラドダームの署名が入っている。
　対バグア戦争終結後、能力者への迫害を危惧していたブラドダームにとっても、このまつりの存在意義は非常に高かったのだ。

「なに！？　今日は主役の子が来てないの！　マルちんは、マルちん何処だーっ！」
　赤いスーツ姿で騒ぎ立てる楓を、パカンとマルコがはたいた。
「ナナレンジャーはお前一人しかいない。だからこそ、お前が頑張らなくてどうする」
「‥‥はっ！」
　大切な事を教えられたスカーレット。
「でも、スカーレットはちょっと出だから、知名度が低そうで不安かも‥‥」
「低いどころか‥‥、誰も知らないぞ」
　マルコが平然と答えた。隣で上映している第一話にも登場していないため、撮影スタッフ以外には知られていないのだ。
「マルちーん！」
　楓の悲痛な叫びが轟いた。

　人目を引くのは、展示している２機のＫＶだ。
「ロシアのプチロフ社製造で、非常に防御力が高い機体なんや」
　菘のロジーナは、機体名をストライカーという。
「今から飛行形態にするから、乗ってみたい子はおらんかー？　写真撮影もＯＫやでー」
　サービス精神を発揮して希望を募ると、多くの子供達が手を挙げていた。
　すぐそばで、ＡＵ−ＫＶに関しても説明が行われている。
　海は普段から整備を怠らないため、愛機のパイドロスはいつどこに出しても恥ずかしくない。
　現状の不満をあげるとするなら、公園内ではバイクでのデモ走行ができないため、自慢の運転技術を披露できないことだ。
「この機体の特徴はなんと言っても隠密性ですね。こんな感じで静かなんですよ」
　装着してみせた海は、参加者の求めに応じて写真撮影を行った。

　合間を見て、緑は自動販売機で買い込んだコーヒーで一服する。
「ある意味、戦闘とかよりも大変かもしれないなこの仕事‥‥。まあ気分転換にはなるか」
　やる気も新たに、ナナレンジャーのブースへ向かおうとした緑は、子供達に呼び止められる。
　受付をしているときに、緑が能力者について丁寧に教えていたためか、覚醒を見てみたいとせがんできた。
　緑は苦笑を浮かべて、人目を避けてブースの陰まで彼等を案内する。
「他の人には内緒ですよ？　これけっこう疲れますから」
　腰まで伸びた髪は黄緑になり、全身を黄緑の光が包む。覚醒の影響で、近隣の桜がざわめき花びらが周囲に散った。余計に目立っていると言えなくもない。
　この件で、彼は『黄緑の人』と呼ばれることになる。

「いらはい、いらはい。毎度おなじみミニ楓ちゃん焼きに、ナナレンジャーのお面は要らないかえ〜」
　楓が切り盛りするのは、名付けて『超・癒し系屋台』。
「ミニ楓ちゃん焼きは、チョコもクリームも餡子もメンマもチーズもあるよ〜」
　奇妙な食材をしれっと紛れ込ませる楓。メンマ好きの彼女は、他に瓶詰めメンマや壺入りメンマも持ち込んでいた。
　ちなみに、カップル客の男に売ろうとしたぬる〜いジュースは、手渡した瞬間にばれてしかられる羽目になった。
　菘が兵舎として運営している『おでん「すずな」』もこの場に出店している。
「らっしゃーい、はい、欲しい具をゆーてなー」
　もちろん、店主として客を出迎えるのは菘だ。前日から仕込んでいたおでんを熱心に勧めている。
「うちのおでんは色薄めの関西系なんや。変わり種として、店名にちなんだカブもあるでー」
　春の七種に含まれるスズナとは、カブの別名なのだ。
「ふー、疲れたし、おなかが減りましたっ。すずなさん、何かくださいっ！」
　元気よくアバウトな注文をしたのは、客として訪れた海だった。

●午後の部

　手間暇をかけた花見弁当を、悠季が手ずから販売していた。
　花見も兼ねたイベントなので、悠季が客寄せする暇がないほど、弁当の売れ行きは好調であった。
「お茶かジュースはいかがですか？」
　セットで勧めているため、こちらも同じだけ売れている。
「‥‥お小遣い貰ったから、特上弁当食べてみようかな。あ、でも食べきれないと困るから上弁当で‥‥っ」
　店先で悩んでいるつぐみの悩みは、悠季によって解決してしまった。
「これがつぐみの分よ」
　特上弁当は人数分を確保しているらしく、つぐみに重箱弁当が差し出された。
「来た人には渡したんだけど、他のみんなにも配ってくれない？」

　受付にも弁当が届けられた。
「ん、異常無し。‥‥と言うか、旨いなコレ」
　ゴドーが舌鼓を打っている。
　舞は並弁当を購入予定だったのが、思わぬグレードアップである。
「本当ですね。量もあるし。おでんも食べようと思ってたけど、おなかに入らないかも‥‥」
　贅沢な悩みが生じてしまった。
「この後はどうするんだ？」
「ナナレンジャーの方を手伝いに行く予定なんです」

「‥‥人手が必要なところあるかな？」
　つぐみは催し物の位置を書き込んだメモに視線を落とす。
　そこへ女性悲鳴が聞こえてきた。
「ひったくりよっ！　捕まえてー！」
　一目散に逃走を開始する若者を見つけ、つぐみがそれを追った。
　瞬天速を使用して、一瞬にして間合いを詰めると、過激にも飛び蹴りをくらわした。
「悪いのは、めっ、です‥‥」
　決してやりすぎたつもりはないが、怯えている犯人を、つぐみは運営事務所まで連行していった。

　ナナレンジャーを本格的に宣伝するのは、まだまだ先の予定だ。なにやら吹っ切れたらしい楓が、決めポーズを取って名乗りを上げる。
「スカーレット参上！　この場で覚えて帰ってもらう！」
　正規メンバーは彼女以外にいなかったからこそ、今回は運営スタッフが入れ替わり立ち替わり手伝ってくれた。
　先ほどまでは舞やブラドダームも手伝っていたのだ。
「ナナレンジャー第１話ＤＶＤ、いかがですか？」
　アクションをさせる楓の隣で、緑がＤＶＤの宣伝を行っている。
（「もっと、しっかり、ハッキリ喋らないと‥‥」）
　声の小ささを自覚しているつぐみは、自分を奮い立たせて再度客寄せを試みる。
「あ、‥‥あの。‥‥ナナレンジャーのＤＶＤは、いかがですかー」

　多くの人間に見てももらうのだからと、熱心に整備と清掃をしておいたリンドヴルムをゴドーが停車させている。
「このＡＵ−ＫＶはＤＮ−０１『リンドヴルム』と言って、最初に開発された機体なんだ」
　機体への愛着はまだしも、説明に関する意欲はないのか、ゴドーはカタログの説明で済ませてしまう。
　その逆で、絣は思い入れたっぷりにＫＶの愛機の説明を開始した。
「機体名は赫映（かぐや）といいます。空戦依頼で貰った『天空天女』の称号からの連想で、竹取物語のかぐや姫から名付けました」
　絣の背後に立つロビンは、彼女らしい白・紅・桜のカラーリングだった。
「ロビンを選んだ理由は攻撃力の低さです。私自身もスナイパーで直接的な攻撃力が低いため、なんだか親近感が‥‥。強化の方針は機体の長所を更に伸ばすという事で、知覚火力の強化が中心になっています。機動性は特殊能力で補う形に‥‥」
　標準型ロビンの性能について説明した後で、絣は愛機の特徴に言及していく。
「武器は空戦での運用が多い関係で銃器がメイン。特にオメガレイとプラズマライフルはよく使います。機動力を生かしたドックファイトが基本となりますね。最近よくやる戦法は、大量のミサイルの影に隠れてブーストとマイクロブースターで一気に接近しての奇襲‥‥通称『光の矢』」
　見慣れない科学技術の結晶を、来場者は感嘆の声を漏らして見上げていた。

●打ち上げ

「海ちゃんに誘ってもらって良かったなー。小隊のみんなとも騒げたし」
　菘のつぶやきに悠季や絣も納得の頷きを返した。
「お弁当も喜んでもらえたしね」
「はい。楽しかったです」
　満足げな小隊仲間の笑顔に、海もまた嬉しそうだ。
「千日紅の花言葉は、終わりのない友情なのですよっ」
「ふぅ‥‥、労働の後のお酒は格別‥‥」
「同感」
　ともに酒を味わっている緑とゴドー。ゴドーが参加している一番の目的も、この打ち上げで振る舞われる料理と酒なのだ。
　つぐみが仲間達へのお酌を優先しているのは、彼女の性格によるものだろう。
「飲んでくださいよぉ。二十歳以上なんでしょう？」
　舞が熱心にお酒を勧めるのはブラドダームだ。確かに２０未満には見えない。
　今日は飲酒するつもりがないのか、彼はお茶と菓子で楽しんでいる。
　舞の方はとっくに泥酔状態で、ブラドダームに絡んでいるのもそのためだ。酔いが覚めたらきっと平身低頭して謝ることだろう。
「次は夏かにゃ？　もうそんなに立つのか〜。去年は花火大会、それにＫＶ体験搭乗‥‥って、どれもまともにできてない！」
　自分の失態まで思い出して楓が落ち込んだ。
「夏まつり用に向けて、アイデアがあれば出してくれるか？」
　マルコが話を向けると、それぞれがアイデアを口にする。
「やはり花火じゃな。打ち上げでも仕掛け花火でもよいが。これだけは外せまい。屋形船か客船でその花火を眺めるのなら言う事なしじゃ」
　ブラドダームが主張すると、マルコは首を傾げた。
「高そうだし、人数制限がなぁ‥‥」
「ＫＶに花火の筒を持たせて、打ち上げ花火大会やるのはどうやろー？」
　菘の提案を耳にして、楓とマルコが顔を見合わせた。
「去年はそのＫＶ花火大会を開催したんだよ。参加者が集まらなくて、俺まで参加したんだ」
　今年は夏祭りと合同になるかも知れないと、マルコは補足する。
「浴衣で花火は‥‥ありきたりかな‥‥。あとは肝試し‥‥？」
　つぐみの案をマルコがメモった。、
「肝試しなら、単体でイベントにできそうだな」
　意見を出し合う皆を眺めながら、参加が未定な緑は、口を挟むことなく酒を楽しんでいた。