●リプレイ本文
●春風の誘い
「あれ? 久しぶりだねぇ。元気だった?」
「‥‥ん、元気」
親しく声をかけた芹佳(
gc0928)に、アリス・ターンオーバー(gz0311)が気怠げに応じていた。
「アリス様、お久しぶりで‥‥。あの、アリス様‥‥ですよね?」
同じく挨拶しようとしたリュティア・アマリリス(
gc0778)は、生気を欠いたアリスに以前と異なる印象を受ける。
「浮き沈みが激しい方だと伺ってはいましたが、これ程だったとは‥‥」
「本当に性格が変わるみたいだねぇ」
自身も気分屋である芹佳が、親近感と共につぶやいた。
「まずはキメラの捜索からですね。風上から開始して、枝や根が不自然な動きをしている木が無いか探してみましょう」
リュティアに言われ、一行は公園内の桜並木に視線をめぐらしていく。
「桜キメラですか‥‥ソメイヨシノというんでしたか?」
ラナ・ヴェクサー(
gc1748)は目にした光景に惜しみない賞賛を送る。
「イギリスでは見た事がない。‥‥この美しさだけで、依頼を受けた甲斐がありましたね」
「ふん、この前の依頼は松で今度は桜か。日本の伝統ある木を何だと心得とるのやら」
日本文化が好きなブラドダーム博士(
gc0563)は不機嫌そうに眉をひそめている。
「桜の見頃の季節だからこそ‥‥、かもしれないわね。どちらにせよ、退治するのには変わりないので、速やかに殲滅実行するわよ」
アンジェラ・D.S.(
gb3967)の宣言に、リュティアと会長(
gc2663)が強く同意する。
「憩いの場である公園を荒らすキメラは看過できません、早々にお掃除してしまいましょう」
「‥‥お花見を楽しみにしてる方のためにもがんばりましょう」
「不思議なキメラ退治、ですね。ドライアドというより花見の木です‥‥。お花見を妨害しようとするなんて、変わった発想ですね」
つぶやく石動 小夜子(
ga0121)は戦闘後に思いを馳せる。
「依頼後にお花見が出来るといいですね‥‥。軽い飲食物程度なら現地で調達出来るでしょうし‥‥」
「それでしたらここに‥‥」
用意がいいことに、リュティアの持参したバスケットには、サンドイッチ等が詰め込まれている。
「そういえば、お花見って私した事ないんだよね‥‥。多分」
「私にとっては、これが初めての花見になりますか‥‥」
芹佳とラナは共に初めてのことだと口にしていた。
●桜の下で
一行は桜キメラから距離を取って、戦闘に備えている。
「ヒッヒ。気休めじゃが、飲んどけ」
眠気予防としてブラドダームが配るコーヒーに口をつけながら、バーシャ(
gc1406)や会長が戦意を露わにする。
「人に害が無ければ、面白い程度の話のようですが‥‥、せっかくののどかな風景を混乱させるわけにいきません」
「最低香りを撒き散らせない程度には痛めつけましょうか」
眠気を誘う花粉よけ対策は人それぞれだ。
フェイスマスクを使用する人間が多かったが、ラナはあえてそれを拒んだ。片手を封じられるという欠点をも受け入れ、あえてハンカチで口元を抑えているのは、フェイスマスクでは美しくないためだ。
「ふむ、重いがこいつは使えそうじゃな」
エアタンクを装備したブラドダームは、映画の悪役を思わせるコーホーという呼吸音は立てていた。
「アリスさんも後衛に?」
「‥‥‥‥」
ラナの問いかけに、アリスは無言のまま頷いた。
先陣が切り込む前に、まずは後衛担当が遠距離で銃撃を開始した。
「これで、多少香りがマシになったらいいんだけどね」
先手必勝を使った澄野・絣(
gb3855)は、花粉の届かない風上から弾頭矢を撃ち込んだ。延焼の恐れがないとみて、速射を使い弾頭矢を続けざまに放ち、爆発で桜キメラを飾っていく。
「沢山舞い散る桃の花びら‥‥ってのも、美しい姿で‥‥っ」
ラナもまたSMG「ターミネーター」で弾丸を叩きつけ、人為的な桜吹雪を作り出した。
「コールサイン『Dame Angel』、桜ドライアドキメラの駆逐遂行よ」
言葉をもって自身に命じたアンジェラは、プローンポジションを取りつつ、切り込む前衛陣のために援護射撃を行った。
「花が綺麗ならキメラでも許せるけど、実害があると話は別だからね。切り倒させてもらうよ!」
エアタンクを担いだ新条 拓那(
ga1294)が、同じく先手必勝を使用して斬りかかった。彼を孤立させないように小夜子がそれを追う。
風雅とも言える桜の枝が、肉迫する傭兵達を打ち払おうと振り回される。
そこへ、迅雷で飛び込むのは、リュティアと芹佳。ツヴァイメッサー「アマリリス」と蛍火の切っ先が円を描いて枝先を切断した。
「何か、いけない事してるみたいだね‥‥」
桜は傷口から傷みやすいため、それを知る芹佳はどうしてもためらいを感じてしまう。
桜キメラの花粉は風上へ届きにくくとも、接近した傭兵達へは容赦なく降り注ぐ。
眠気に襲われて動きを鈍らせた仲間達へ叱咤する声が投げかけられた。
「イッヒッヒ 寝たらコレじゃぞ。それともコレか? ん?」
巨大ぴこぴこハンマーをピコピコ鳴らし、スパークマシンαをバチバチさせ、ブラドダームはなぜか仲間達を威嚇する。
「眠り攻撃さえ無ければ困難な敵ではないでしょう」
余裕を持ってかわそうとした小夜子は、枝から伸びてきた毛虫を目にして体を硬直させてしまう。糸を伸ばした毛虫の体が震動と共に小夜子の肩に撃ち込まれた。
「何じゃあの顔色は」
小夜子に視線を向けるブラドダームだったが、彼よりも早く拓那が彼女に駆け寄っていた。
続く2匹目は、拓那のツーハンドソードが刀身の腹で弾き飛ばす。
「戦場で気を乱すでないぞ」
練成弱体を施しながら、ブラドダームが注意を促していた。
●桜散る
「ああ‥、これは確かに心地よく眠く‥‥」
眠りに落ちていく会長の頭上から、毛虫が襲いかかろうとするのを、アンジェラが撃ち落とす。
ついでに覚醒を促そうと装甲の厚い部分に照準を向けるが、一足早くブラドダームが電撃で叩き起こした。彼女にとってはどちらも変わりなさそうだ。
「くぅっ、寝たら駄目だ! 目の前にはキメラが居るってのに! 駄目だ‥‥けど‥‥俺も駄目かも。眠気が‥‥」
瞬天足で緊急待避しようとした拓那が足をもつれさせた。
即座に往復ビンタを食らわした芹佳は、さらに強い刺激を求めて苦無を取り出すも‥‥。
「起きないと、これ刺しちゃうよ‥‥」
「起きた。起きたから」
危なく未遂で終わった。
「小夜子様、申し訳ありませんっ」
抜刀・瞬で巨大ぴこぴこハンマーに持ち替えたリュティアの一撃が、小夜子の後頭部に炸裂してピコーンと高らかに鳴り響く。おかげで小夜子は、変な寝言を発せずに済んだ。
そんなドタバタは前衛だけでは済まなかった。
桜キメラは枝を振ることで花粉を遠くまで飛ばせるらしく、睡眠との戦いは後衛にまで飛び火する。
眠ってしまったアンジェラに対し、バーシャがフリフリ傘で軽く突っついてみるが覚醒せず。
「申し訳ありません」
彼女は最終手段としてポットのお湯をぶっかけていた。
駆け寄ったラナが絣の体を揺すり、最終的には平手で頬を張っていた。
「起きなさい! ‥‥でも、私が寝た時はやさしくして下さいね」
と、優しい声で念を押す。
ピコッとか、パチンとか、バンとか、バチバチとか、危険な音を立てながら、お互いの覚醒を促す傭兵達。
桜キメラの幹に照準を合わせたアンジェラが強弾撃が命中すると、急所にでもはいったのか桜全体が大きく震えた。
「‥‥チャンス」
幹に斬りつけることに成功したものの、枝に囲まれそうになった会長は、あぶないところを疾風でくぐり抜けた。
代わりに、リュティアは幾度も円閃を繰り出して、毛虫や枝を斬り飛ばしていく。
毛虫が降り注いで小夜子の手が鈍るのはお約束で、拓那や後衛が手を貸して攻撃の手は緩めない。
自身の眠気覚ましも兼ねて、芹佳は自身の頬をひっぱたいた。
「とどめだよ」
絣の援護射撃を受けて、芹佳は迅雷で間合いを詰めると、円閃で斬りつけた。それが致命傷となったのか、自重に耐えきれずに倒れ始め、浅いはずの小さな切り口がメキメキとこじ開けられてしまう。
倒れた幹も、地面に残った根も、どちらも動かなくなった。
念のためにと、ブラドダームは倒れた幹に向けて電磁波をあびせている。
「以前にもこんなことをやったのう」
●宴の終わり
「‥‥やはり、美しいですね」
ラナが散乱していた桜キメラの枝を拾い上げる。ありがたいことに、すでに眠りに落とす効果はすでに消滅したようだ。
「持ち帰るにも、どうやって保存したらいいのでしょう‥‥? 以前読んだ本に、押し花、というものがありましたが、やり方が解りませんね‥‥」
「イッヒッヒ、ワシの出番はここまでじゃ。また会おうぞ若者たちよ!」
宣言したブラドダームは、仕返しを恐れてそそくさとこの場を立ち去った。その逃げ足とためらいのなさは見事なほどだ。
「‥‥‥‥」
取り残されて、呆然と見送る傭兵達。
強引に起こしたのはお互い様なのだが、ブラドダームはよっぽど後ろめたい部分があったに違いない。
「それでは、お花見を始めましょう」
リュティアがサンドイッチやオードブルを並べだしたのを目にして、バーシャもまたポットセットで暖かいお茶を注ぎ始めた。戦闘中とは違い、完全な平和利用である。
「アリス殿もどうかしら?」
「‥‥もらう」
アンジェラの差し出した紅茶を、言葉少なにアリスが飲み干した。
「あまり似つかわしくは無いですが‥‥」
会長は料理ができないため、出来合のチョコブラウニーを持参していた。
「枯れ木も山のにぎわいと言いますし‥‥、無いよりマシ‥‥なはずです」
「日本の風物詩である花見を行う以上、やはりウォッカではなくこれでしょう」
ラナが持参したのは日本酒だ。
「さて、まずは余興として横笛吹かせてもらいますねー」
特注品の横笛「千日紅」を手に、絣が穏やかな曲を奏ではじめた。
日本古来の花見らしき花見なので、同席し損ねたブラドダームは悔しがっているのではなかろうか。
「サクラ‥‥とても綺麗ですね‥‥」
配り終えたリュティアがあらためて桜を見上げる。
青白かった肌を赤く染めたラナは、日本酒を手に年少組へ絡み始めていた。
「さー、あんたも一杯」
「私はお酒に弱いので‥‥飲まなくても楽しんでますし」
酒の強い匂いに会長が困り顔をしていると、見かねたアンジェラがたしなめる。
「いい加減にしなさい」
「な、なんだとー。わたしの誘いがのめないってのかー」
桜に見惚れていた先ほどまでのラナはどこへ行ってしまったのやら。
騒がしいのが苦手な芹佳は、その輪からはずれて芝生に腰を下ろしていた。
「一緒に寝っ転がる? 芝生が気持ちいいよ」
見かけたアリスに声をかけて、芹佳がハーモニカを吹き始めた。
もともと、気の抜けた様子のアリスは、彼女の傍らで横になると、景色や音色や花の香りに誘われて、ものの数分で眠りに落ちた。
まったりとたたずむ彼女等とは違い、どこか甘い雰囲気を醸し出している一組もいる。
「ふわぁ‥‥どっかにキメラの残り香でもあるのかな? ‥‥眠たいや」
一仕事終えた安堵感からか、はたまた傍らに腰を下ろす小夜子の存在か‥‥。
木の下で横になった拓那がうとうととし始める。
「ごめん、ちょっとだけ‥‥おやすみ‥‥ぐぅ」
寝入ってしまった拓那の顔を眺め、小夜子は怒るどころか満足そうに微笑んでいる。
「ふふ‥‥二人でお花見なんて、素敵です‥‥。また来年も、二人で桜を見たいですね‥‥」
拓那によりそう小夜子は、幸せを噛みしめつつ桜を眺めるのだった。