●リプレイ本文
●決行
「惑星破砕機か‥‥。バグアの奴ら、最後まで下衆な真似をしてくれる。いいぜ、これが最後の仕事だ。‥‥叩き潰してやるよ」
口の端に不敵な笑みを浮かべる杠葉 凛生(
gb6638)。
「全く‥‥面倒くさいことになった」
藤村 瑠亥(
ga3862)が顔をしかめていた。
「この任務だけはミスするわけにはいかねぇ、悲しい思いすんのは俺だけでいい」
失敗したときの代償を考え、クラウド・ストライフ(
ga4846)も覚悟を決める。
(「‥‥ここが‥‥死に場所か。‥‥良い人生だったのかな?)
己の過去を振り返り、幸せだったとナンナ・オンスロート(
gb5838)は実感する。
「新米とは言え、私も傭兵の一人‥‥覚悟は出来ています。恐らく歴戦の方々に付いて行くには、力不足でしょうけど‥‥」
自身の力に低評価を与えながらも、イルファ(
gc1067)に不参加という選択肢はなかった。
「これで、戦争は終わり、ね‥‥」
本来なら祝うべき事実を、カンタレラ(
gb9927)は冷淡な口調で言葉にした。
(「バグアとこれ以上闘えないなら、私はもう、ここで死んだ方がいい‥‥かな。生き残っても、碌な事にはならなそうだし、ね」)
未来を悲観的に見ている彼女は、自らの意志で死を選ぼうとしていた。
「せっかく掴んだ平和を壊させるもんか。ガキ共がやっと怯えずに笑って遊べる世界になったんだ」
世史元 兄(
gc0520)は旅先でお世話になった人達や孤児院の皆の為に参加を決意した。
「怖く‥‥ありませんか?」
沖田 護(
gc0208)が問いかけたのは、恐れを抱いているからこそだ。
「怖いに決まってます。今までのどんな事よりも‥‥」
虚勢を張らずに心情を明かした柊 理(
ga8731)に対して、護もまた正直に白状する。
「死は恐れない‥‥と言いたいところですが、震えが止まりません」
「でも、このメンバーを見ると、不思議と何でも出来るって気がしてくるんです。我ながら単純ですよね」
「そうですね。なにより、地球を守らなければ‥‥」
地球の未来を賭けた戦いに臨む彼等に、安国寺天善(gz0322)は個人的に開発したSES自爆装置を配っていく。強力な爆発を生み出せるものの、エミタを強制的に暴走させる方法であるため、使用者は確実に命を落としてしまう。
まず、惑星破砕機の破壊を目指すナンナ達自爆班の4名がそれを受け取った。
「自爆装置、御一つ頂きます。勿論保険ですけどね?」
イルファを筆頭に護衛を担当する人間も、切り札として装置を受け取った。
「壊さなくちゃいけないのは分かってます。でも、それが意味するのは‥‥」
手の中の自爆装置へ、理は不安げに視線を落とした。
「私はいらないよ」
狐月 銀子(
gb2552)は受け取りを拒んだ。
「持って行くと、生きる気力がなくなりそうだからね」
この場にいる傭兵の中で、天善一人だけが応援を求めるために、街へ向かう事になっている。何かを預けるとしたなら、彼が一番適任と言えた。
残念ながら封筒など持ち合わせていないため、書き込むのも手帳の切れ端となる。
「貴公にこれを預ける」
月城 紗夜(
gb6417)が天善に預けたのは、手紙と家族の形見であるバングルだった。
「2通になるけど、大丈夫ですか?」
「かまわんぞ」
希崎 十夜(
gb9800)の手紙は、連絡が滞っていた家族宛てと、小隊で世話になった隊長宛てだ。どちらも、育ててくれた感謝を告げる内容になっている。
『薔薇を添え、箱に納め、相手に届く様に』
UNKNOWN(
ga4276)が渡したのは、誰かに対する指示のようだ。
書斎を思い浮かべた彼は、身辺整理ができなかったことを悔やむが、こんな事態を予期できるわけもなく、諦めるしかないだろう。
受け取った妹が「マモ兄のバカッ!」と叫ぶ情景を思い描きながら、護も手紙をしたためていた。
彼が妹の約束を破るのはこれが最初であり、同時に最後となるだろう。一緒に日本へ帰れると喜んでたというのに‥‥。
また、一房だけ切り落とした髪を、遺髪として天善に預けられた。
そんな妹を護るためだからこそ、彼は覚悟を決めた。遺髪も髪を一房だけ切り落として縛ってある。、同封した一房の髪が、護の遺髪となるのだ。
(「グランマは戦争が嫌い。でも皆の生活を守るためには傭兵が一番。だから私は『私』を捨てて、グランマが嫌いな戦争をしてた」)
『朧 幸乃(
ga3078)』という名を得たのは、懐かしい人々を守るためなのだ。
自分が戦っていたこと、戦って死んだことを知らせたら、彼等を悲しませることになる。だから、幸乃は誰にも知らせないと決めていた。
「狐月さん、これを預かってもらえますか?」
ナンナが銀子に手渡したのは戦友に宛てた遺書だった。受け取り人に対する秘めた想いには一切触れず、遺品整理に関してのみ記した手紙だ。
ナンナは自分の想いに気づいていそうな銀子に、これを託すことにした。
「これも、生き残る理由ってやつだね」
銀子は笑顔を浮かべてこれを引き受けた。
そんな仲間達を眺めながら、クラウドは紫煙をくゆらせている。
皆が心残りを解消したのを見定めて、UNKNOWNは何気ない態度で促した。
「さて、散歩にでも行こうか。少しだけ遠くにね」
●突入
仲間達の盾であることを自らに任じている理と護が戦闘に立っていた。
「こっちです」
GooDLuckと探査の眼を使用する理が、敵陣の薄い方向へ仲間を導く。
覚醒によって血色がよくなっただけでなく、その態度からも気弱さが消え去っているのは、彼の覚悟の表れだろう。
正面から突入してきた山羊キメラの角を、護は盾をかざして受け止める。
ヨハネスを手に反撃する護に、クラウドと瑠亥も加わって山羊キメラを葬り去る。
「傷の具合はどうだ?」
クラウドの問いに、護は負傷を感じさせない態度で応じた。
「大丈夫、どこまででも皆さんを守ります」
キィキィという甲高い声と、バサバサという羽ばたきの音と共に、蝙蝠キメラが群がってきた。
「面倒くさい‥‥」
瑠亥はボヤきながらも、不規則に飛び回る蝙蝠キメラに向けて、二刀小太刀「疾風迅雷」で斬りつける。
その刃をくぐり抜けたキメラには、UNKNOWNがエネルギーガンで撃ち落とす。
小型で数があるだけに、前衛で防ぎきれる敵ではなかった。
イルファもM−121ガトリング砲を振り回しながら、蝙蝠を飛び交う一区画へ向けて弾丸をばらまいていく。
明鏡止水をかわされた終夜・無月(
ga3084)は、即座に刀身を翻してキメラを両断してのけた。
「一刻も早く辿り着くため、効率重視だな。息の根を止めずとも、動きを止められれば」
「こいつなら、翼がやぶるだけでよさそうだ」
凛生のつぶやきに、打てば響くように紗夜が応じた。
ガサガサと茂みを鳴らして出現した巨大な蛇の頭が傭兵達を襲った。
一つ、二つ、三つ‥‥。頭の数は全部八つ。それは、八岐大蛇と呼ぶべきキメラであった。
「皆さんは先を急いでください」
イルファが皆に叫んだのは、倒せる自身があったからではない。すでに右足に噛みつかれていたからだ。
「力の劣る私が捨石になるのは当然のことです。それで少しでも可能性が広がるのでしたら‥‥」
しかし、足を止めた幸乃がライガークローをキメラに突き立てる。
「私たちは死ぬために動いているわけじゃないし、一人減れば、それだけ皆の負担が増えるもの‥‥」
幸乃を死角から襲おうとした別な首が、凛生の拳銃「マモン」で撃ち抜かれる。口には出さないものの、凛生は小隊長である幸乃のことを気にかけているのだ。
「一人では無理だ。手強そうだし、この場で倒してしまった方がいい」
そう決断した紗夜が、蛍火を手に斬りかかる。
8つの首にある毒の牙と、自在な動きと、高い再生能力は、まさに八岐大蛇というべき強さと言えた。
イルファのガトリング砲が全ての首に向けて、制圧射撃を実行して動きを抑え、傭兵達が襲いかかった。
こちらに取って幸運なのは、15人という多数をもってキメラと対峙できたことだ。これだけの頭数がそろうのは、この一回限りなのだから。
しかし、八岐大蛇キメラを倒しても、イルファは動こうとしなかった。いや、足の傷で動けないと言った方が正しい。
「雑魚キメラならば、現状の私でも対応可能。此処は御任せ下さいませ、と‥‥振り返るなら撃ちますよ? ‥‥先をお急ぎ下さい‥‥早く!」
「イルファさんはまだ‥‥」
幸乃が再びたしなめようとした言葉を、遮るようにしてイルファが応じた。
「自分が死ぬためではなく、皆を活かすために残ります。損傷度21パーセント、軽微‥‥まだ、終れません‥‥」
彼女の決意に押されるようにして、傭兵達は先を目指した。
彼等はすぐに思い知ることとなる。仲間を助けられるという状況が、どれほど幸せなのか。
襲われた仲間に手を貸すどころか、敵を押しつけて、あるいは見捨てて、彼等は進み続けることになるのだから。
100匹にも達するような狼の群れが、彼らに襲いかかる。
回避力を活かそうとする瑠亥だったが、後続までできるわけではなく、否応なくキメラとの戦闘になる。行く手を阻むキメラを、瑠亥は二刀小太刀「疾風迅雷」で斬り捨てる。
「‥‥全ては仲間のために、俺が活路を切り開いて見せる」
月詠を手に手足り次第に斬りつけるクラウド。
「何が何でも辿り着いてやる! 後少し、後少し付き合ってくれよ、相棒」
愛刀、滝峰を頼りに、自爆班である十夜も戦闘のただ中にあった。
小銃「スノードロップ」を握る、ナンナの手首に狼が噛みついた。武器を封じられた彼女に迫るもう一体。
唐突にナンナの死は訪れた。
首の半分以上を食い千切られ、倒れた体にかろうじてつながっていた首が、あらぬ方向を向いていた。
自爆班に属している目的を果たすどころか、こんな序盤で命を失ってしまったのだ。
眼前で起きた惨劇に、銀子は思わず彼女から預かった手紙に手を当てていた。
「此処で貴方達に何か在れば‥‥今迄の皆の尽力が水泡に帰します‥‥」
超機械「ブラックホール」で応戦している無月が、残っている自爆班を叱咤する。
「さぁ‥‥行って下さい‥‥。後で追い着きますから‥‥」
「――道を開こう」
煙幕発生用の葉巻を作動させたUNKNOWNが、行く手に存在するキメラへ銃撃をくわえて走り出した。
それを追う仲間達とは別な方角へ無月は向かう。小銃「ブラッディローズ」と拳銃「ジャッジメント」の発砲により、狼達の注意を自身に引きつけて。
●死線
後の事を仲間達に託し、イルファはすでに迷いを振り切っていた。
「此処で散ろうとも、全ての鉛球を御馳走させて差し上げます」
キメラを釘付けにしておくために、彼女は制圧射撃を交えて遅延戦法を取っていた。
現在、彼女が敵としているのは巨大なワニ型キメラだった。
立て続けに飛びかかってきたワニの前に、よけ損なった彼女は重要なものを奪われてしまった。
「損傷度47パー‥‥セント。右腕、損失。左足、重障害‥‥戦闘能力‥‥半減」
現状の不利に留まらず、ワニキメラの新たな個体が姿を見せて、さらなる劣勢に陥いることとなった。
「もう、保ちませんか‥‥。良いですよ? ‥‥御食べ‥‥なさいな、これ諸とも‥‥ね」
イルファの震える手がSES自爆装置のスイッチを押した。
先ほど別れた幸乃の顔を想いだし、イルファは心中で謝罪する。
(「申し訳ありません‥‥」)
自分たちが通り過ぎた場所で起きた爆発に、自爆装置の使用者は容易に想像がついた。
幸乃はイルファの顔を思い出して唇を噛んだ。
彼等の前に突進してきた雄牛型キメラが、リンドヴルムを角で抱え上げたまま大木に激突する。
「っ! げほっ」
内臓が破裂しそうな衝撃に、護は血混じりの息を吐き出した。
「‥‥ぼくに構わず、進んでっ」
同行することが難しいと察した護は、自分の名を呼ぶ声にそう応じる他なかった。
銀子は手紙に手を当てながら、先を急ぐよう促した。
「冷たいようだけど、ここに居るのは覚悟を決めた人だからね」
その答えに満足し、護はヨハネスを手に反撃を開始する。
正面から突進を受け止めた時のダメージはよく知っているため、盾を使うのはよけきれないときに受け流す時だけだ。
「まだだ。ぼくの光は、まだ、消え、ないぞ」
生死の境をギリギリで渡りきろうと、護は果敢に攻め込んでいった。
剣と角が同時に命中し、互いに傷を負う。
「‥‥この程度の損傷、まだ戦えます」
次にすれ違った時、護の手から剣が消えていた。雄牛キメラは首筋を剣に貫かれたまま数歩進み、地響きと共に倒れていた。
護はこれまでにも予感があった。
エミタを埋め込まれた人間は、もはや平和な日常には帰れないだろうと。だから、これも当然の結末‥‥。
不意に、護は懐かしい顔を見た。
心情で変化する覚醒の効果か、緑の光がホログラムのように彼の大切な人間を映し出す。
(「最後に来てくれたのか? ありがとう、もう怖くないよ‥‥」)
エミタは彼の最後の瞬間に、妹と会わせてくれたのだ。
探査の眼で敵を捕らえると、凛生は何も告げずに一行から離れた。
彼が単身で挑むのは、彼を軽く上回る巨体の熊キメラだった。
「貴様が俺の死神か‥‥上等だ。俺の命など呉れてやる。ただし‥‥貴様の命と引き換えに、だ」
もはや、練力を温存する意味もなく、二連射を用いて2丁拳銃を撃ち込んでいく。
対する熊キメラも両手の爪を振り下ろす。爪の鋭さよりも、その膂力は木をへし折り岩をも砕くだろう。
遠間からの銃撃で始末しようとするが、厚い毛皮と筋肉に防がれなかなか有効打を与えられない。
正確に急所を狙うため、ギリギリの回避を試みた彼は、その一撃で脇腹をごっそりとえぐられた。
だが、熊の瞳は間近にある「ラグエル」の銃口を映し出した。影撃ちによる銃弾は、眼球から脳内を貫通すて頭蓋骨を破壊した。
のしかかってきた熊の体に潰され、重傷を負った凛生は抜け出すことができなかった。
「仕事納めだな‥‥。これで‥‥ようやく、終わりにできるのか」
バグアと、そして同じだけ自分を憎み、自責の念に囚われていた凛生に、生への未練や執着はなかった。
むしろ、自らを縛った鎖を解放してくれる祝福ですらあった。
「野垂れ死か‥‥俺に相応しい幕切れだ」
背負ったものをようやく下ろせるという安堵に、自然と笑みが浮かぶ。
「俺はおまえと同じ場所には行けそうにない。‥‥赦せ」
仲間とともに数を減らしておいたおかげで、無月が倒すべき狼は数を減じていた。
かわりに、現在彼が対峙しているのは、群れのボスである狼王であった。
多くの傷を負い明鏡止水を構えた無月は、低い姿勢で狼王の攻撃を待ちかまえる。
ものの数歩で無月に迫り、牙にかけようとする狼王。
踏み出した無月の一歩目は、噛みつこうとした狼の顔を上から踏みつけた。同時に、逆手に握った明鏡止水を真下へ振り下ろす。
続く二歩目は狼王の背中だ。突き立てた明鏡止水を押し込むようにして、狼王の背中を大きく切り裂いていく。
竿立ちになった狼王に跳ね飛ばされ、三歩目は空を蹴った。
バランスを崩して転倒した無月が身を起こすよりも早く狼王が迫る。
狼王の口が無月の右腕を飲み込み、片に牙が食い込んだ。
しかし、右腕に握られた明鏡止水は、口の中から延髄を断ち切り、後方へと貫いていた。
ギョロリと彼を見た瞳が裏返り、二度と動くことはなかった。
●別離
彼等は先へ進むたびに、一人また一人と数を減らしていった。
「皆は先に行ってくれ。キメラを引きつけておくから、皆はある程度の距離を安全に進めるはずだよ」
兄の覚醒は自己治癒が高まる代わりに、敵の注意を引いてしまう特徴があるのだ。
「じゃー、覚醒し次第、皆は先に進んでくれ。纏え蛍火‥‥」
蛍の光に覆われた兄が、手を振って皆を送り出す。
「じゃ、皆行ってらっしゃい♪ 大丈夫‥‥俺は大丈夫‥‥さて30分位は稼がないとね」
誘蛾灯へ向かう虫のごとく、鹿キメラが兄へ向かってきた。
「オラ! ザコ共! ミヤマガラス隊、世史元 兄が相手だ!」
木々を渡ってくる猿を見上げ、瑠亥は足を止めた。
「面倒くさい‥‥。いいからとっとと先を行け」
仲間達が立ち去った後、梢を鳴らしながら猿キメラが瑠亥の頭上へ降ってきた。
血を噴き出して転がっているのは、猿キメラの方だった。瑠亥の握る小太刀がキメラの血がしたたった。
「‥‥まさか貴様ら、勝った気でいないだろうな? 笑わせるな。面倒くさいだけの‥‥ただのゴミ掃除だ」
次々と降ってくる猿キメラと同じ数だけ、小太刀が閃く。
「ったく‥‥数だけ多い‥‥いいか、俺は面倒が嫌いなんだ!」
「‥‥このままじゃ間に合わないし、走り抜けようにも、振りきれそうにもない、か‥‥それなら‥‥」
皆に注意を促した幸乃は、閃光手榴弾を投じてキメラ達の目を眩ました。
「いまのうちに皆さんは先へ‥‥。ご安心を‥‥私は死ぬつもりはないし、それに、女は男よりもしぶといものですよ‥‥?」
見送ることもせずに、彼女は後方のキメラに向き直った。
追いすがろうとする敵をできるだけ長く、できるだけ多く、この場に引きつけるのが彼女の仕事だ。
「逃がしません‥‥皆さんが無事に任務を達成するまで、付き合ってもらいます‥‥限界、突破‥‥」
深夜の森に生じた閃光と轟音。幸乃の持っていた閃光手榴弾も、これが最後だった。
「ボク達は一人じゃない。皆で一つなんです。だから例えはぐれたとしても、何があってもボクの心は皆と一緒です。ボクの心、一緒に連れて行って下さいね?」
そう言い残した理は、遠吠えを上げる山犬キメラへ足を向けた。
ぞくりと感じる第六感に、UNKNOWNは濃い闇を見つめる。
「――先に進め」
暗視スコープを使うまでもなく、闇の中に金色の瞳が浮かぶ。
夜が凝り固まったような黒豹がそこにいた。
味方に知らせないまま、クラウドはヒクイドリキメラの群れに挑んでいた。
ヒクイドリ。小型のダチョウを思わせる二足歩行の鳥で、空を飛べない代わりに、恐竜を思わせる足の爪が強力な武器だ。その威力はクラウド自身が思い知らされていた。
最後の練力を駆使して二段撃を繰り出すクラウド。愛用の月詠と蛍火が、前蹴りを受け止めると同時に、ひょろりとした首を両断する。
疲労困憊という状況で、クラウドは後方に退いた。
まだ30羽近くも残っており、爪を研いでいる状況だった。
「結局はこいつらキメラとのつきあいか。ほんと最後だってのに‥‥」
そんな愚痴を漏らすも、傭兵には似合いの最後だろうと思い返す。
「行くぞ、覚悟しろ」
「さて‥‥追っ手も溜まって来たみたいだし、ここらでお供も終わりね。‥‥念仏でも唱える時間は稼いであげる」
そういって仲間を送り出した銀子は、追ってきたコモドドラゴンの前に立ちはだかる。
「この先には、あんた等全員合わせても足りない数の希望背負った子達がいんのよ‥‥」
キメラの密集箇所へエネルギーキャノンをぶちこんで、盛大に開戦の狼煙を上げた。
地球の消滅を賭けた戦いでもあり、彼女は回りを荒野に変えるつもりで戦いに臨んでいた。
「要は通せるか雑魚どもが‥‥って言ってんのよ!」
突出してくるキメラをそのたびに撃ち抜いて、銀子は進軍を阻む。
「ちっ、雁首揃えて残業かしらね。ご苦労なこって!」
●決死
直径10m、高さ5mの円場状の装置が彼等の視界に映る。ゴールである惑星破砕装置までたどり着けたのは、自爆を引き受けた3名のみであった。
「折角、最後に沢山の敵と闘えるんだもの‥‥。私が自爆する前に、ちょっとくらい、遊んでもいいわよね?」
足を止めたカンタレラは、きびすを返して、追って来たキメラへ向かって駆けていった。もともと戦闘狂のカンタレラだから、これまで別れた仲間達を羨ましく思っていたのかもしれない。
羊キメラの群れを相手に、高いテンションで雷光鞭を振り回すカンタレラ。もはや練力の温存も不要と、惜しげもなく回復に回して戦いを堪能する。
紗夜も十夜も為すべき事を優先する質だが、カンタレラが倒れるような危険を犯すわけにもいかず、眼前のキメラを排除するまでは手を貸すことに決めた。
迅雷で駆け寄った十夜が、滝峰を振り回して円閃で斬り捨てる。
紗夜は竜の鱗で防御を固めると、竜の咆哮で羊キメラを弾き飛ばしていった。
自身障壁とバックラーで身を守りながら、理は堪え忍んできた。
山犬キメラの遠吠えは、周囲のキメラを引き寄せてしまう。
厄介な敵だからこそ、仲間から切り離してここまで誘導してきた。同時に、殺さないようにしながら。
「は、は。こんなに動けたなんて‥‥もう、疲れた、な‥‥」
限界を感じた理は、邪魔することなく山犬キメラが鳴くに任せた。
ここへキメラが集まることで、仲間達へ向かう数が減ることになるのだから。
キメラが集まるのを待って、理は自爆装置を起動した。
「ハァ‥‥ハァ、ぐはっ‥‥コホ、あークソ、もう駄目や」
突き刺さったままの角を放り捨て、兄が泣き言を漏らしていた。
「後6匹か、まあ良いや。もう頑張る必要もないし‥‥ね。あー彼女とかちゃんと作っとけばよかった‥‥孤児院の子供達‥‥元、気かな? 日本の花火見せて‥‥あげたっか、った」
自爆装置を取り出した兄は、スイッチを押すと同時に、直刀の壱式を手放した。
「おーい、皆みて‥‥る‥‥」
強力な武器を捨てた兄に向かって襲いかかった鹿キメラの角が、幾つもの刃を様々な包囲から兄の体を串刺しにしていく。
ほんの5秒だけでもキメラの動きを封じられれば、彼にとっては十分だった。
身動きできないキメラをも飲み込んで彼の自爆は果たした。
自ら葬った死骸の山に、全身傷だらけの瑠亥が腰掛けていた。
片腕が失われており、残った手を震わせながら、くわえた煙草に火を付ける。
「面倒な役まわりだったが‥‥最後には、悪くない‥‥か‥‥」
その煙草は根元まで吸われることなく、瑠亥の口からこぼれ落ちた。
次のキメラに襲われるよりも早く、彼は動かなくなっていた。
超機械「クロッカス」を失っていた幸乃は、襲いかかろうとした山猫キメラの鼻先へ、最後の苦無を投げつけて牽制する。
「もう、限界‥‥ですね」
覚悟を決めた幸乃は、スイッチを押してSES自爆装置を作動させると同時に、右手のライガークローで左腕を斬り落とした。
猶予は5秒のみ。いまだ諦めていない彼女は、できるだけこの場を離れようとする。
能力者としての力を失った彼女の歩は遅く、後方で起きたエミタの爆風にあおられて、地面を転がる羽目になった。
「‥‥でも、どちらにしろ、エミタを失って、ただですむわけない、よね‥‥」
左腕を失ったことにとどまらず、エミタの欠損が激しく体を苛んでいた。
さらに、彼女が手にした武器もSESの効果は期待できない通常兵器に成り下がってしまった。
だが、その事実を知らないキメラは、見せつけられた威力に怯えて、距離を保ってたまま彼女を包囲する。
(「‥‥でも、もうあの日のLAもスラムも、あそこにはないし‥‥もう、いいのかな‥‥。『私』が戦っていた‥‥戦って死んだと知ったら、悲しむ人がいるから‥‥だから私は、誰にも知られずに‥‥」)
「‥‥独りって、やっぱり淋しいね‥‥寒くて、怖くて‥‥」
大量の血と共に、幸乃の気力もまた失われていく。
「‥‥おつかれ、『幸乃』」
傭兵として生きるときに手にした名前とは、ここでお別れだ。
「そして、おかえり‥‥」
彼女が口にした本名は、誰の耳にも届くことはなかった。
●散華
練力も使い果たし、カンタレラは治療できなかった左足を引きずっている。
戦闘に酔った代償ではあるが、被虐嗜好も持ち合わせている彼女にとっては、その痛みも悦びなのかもしれないが。
これは紗夜が持参した救急セットで治療を施した。後、ほんの数分だけのことではあったが。
「次の敵が来る前に終わらせよう」
肩を貸している紗夜の言葉に、カンタレラも頷きを返す。本音を言えば最後の瞬間まで戦いたかったが、そこまで無茶を押し通すわけにはいかなかった。
SES自爆装置を手に、3人は惑星破砕機の傍らに立った。
「戦の終わった世界に、我々と言う兵器は必要ない。それでも構わない―――我はただ、そんな世界を望む」
悲観的な観測を口にする紗夜だったが、カンタレラはもっと暗い未来を想定していた。
「本当は、能力者同士の戦争になっても、一向に構わないんだけど。そんな未来、望んじゃいないものね、誰も。‥‥だから、私は死んだほうが、まし」
戦闘狂であるだけに、他の価値を自分に見いだせずにいるのだろう。
暗い動機からこの場に臨んでいる2人と違って、十夜だけが明るい未来を望んでここにいる。
「この命を燃やし尽くすことで、未来を照らす灯の足しになるなら、本望だ」
滝峰を手にした十夜突きは、破砕機の厚い装甲に阻まれ、わずかに切っ先が食い込んだ程度。しかし、柄のトリガーを握りこむことでさらに刀身が伸びた。
「これで内側にも直接ダメージが届くはずだ」
十夜とカンタレラと紗夜はタイミングを合わせて、自爆装置を押し込んだ。
カンタレラはナンナが襲われた光景を思い出し、同じく知人の瑠亥やUNKNOWNの行方に思いを馳せた。
「僕の姿が 蜉蝣の如く儚く散っても 魂だけは君の傍にいるよ♪」
紗夜が口ずさんだのは、弟が遺した『魂の双子』という歌だった。自分が無くした人や、自分が残していく人に、届かないと知りながら彼女は歌っていた。
3人と破砕機が、閃光に包まれた。
仲間達が向かった先で、ひときわ大きな爆発音が生じた。垂直に噴き上がった火柱が、これまでの自爆とは違うことを物語っている。
一瞬だけ感じた、『間に合わなかったのでは?』という不安は、爆発音が小さくなり始めたことで氷解する。
これは、彼等が目的を達した祝砲であった。
木によりかかって体を支えていた無月が、この光景を目撃していた。
最後の約束を果たそうとここまで追ってきたのだが、もはや彼等は追いつけない場所に行ってしまったようだ。
「いや‥‥、もうすぐ、追いつくかもな‥‥」
疲れ切った体で、彼は月を見られるところまで移動した。
「夜は終り‥‥月は無くなる‥‥俺の名の真の意味は‥‥」
新しい朝を夢見ながら、眠るように彼は逝った。
倒した数も忘れる位、銀子は数の暴力にさらされていた。
(「あたしの正義は‥‥あんたらなんかに‥‥」)
押し寄せる群れに、彼女の体は簡単に押し倒され、その体に牙が突き立った。
辛うじて無事な聴覚が、大気を震わせる轟音を捕らえる。
(「そう‥‥あたし達の勝利だ」)
自分が殺されようと、食われようと、『自分達』の勝利は揺るがない。この『地球』は生き残ったのだ。
転げ落ちた高さは20mほどであり、落下による怪我などなかった。
小さな谷間になっているらしく、底まで月明かりが届かないのは、UNKNOWNにとって幸運と言えただろう。身だしなみに気を使う彼が、泥だらけの姿を見られずに済んだのだから。
手探りで取り出したジッポライターで火を灯すと、彼が対峙している黒豹キメラの傷だらけな姿が、数秒だけ視界に映った。
最後の一服を一口だけ堪能すると、その煙草を指で弾いて放り捨てる。
「――さて、続きをするか」
崖の上にはハイエナらしきキメラが群がっており、この勝敗にかかわらずUNKNOWNの生還は絶望的だろう。
それでも、彼はキメラとの戦いをやめるつもりなど無かった。
すでに爆破が成功したという事実を知っていてもだ。
●夜明け
地球は新しい朝を迎えた。
バグアが去り、空に赤い月が存在しない朝だった。
天善からの連絡を受けてUPC軍や傭兵達が駆けつけたとき、戦いは全て終わっていた。残存するキメラを一掃して捜索を行ってみたが、誰一人、生存者を見つけることはできなかった。
ある者は肉片一つ残さず爆発に飲み込まれ、ある者は爪や牙で引き裂かれ食い散らかされた。
天善がいなかったなら、彼等の名前も、人数すらも知られないままだっただろう。
銀子の物と思われるショルダーキャノンの隙間に、一枚の紙が差し込まれていた。確認してみるとナンナが預けた手紙らしく、これは天善が代わりに届けることになるだろう。
この戦いにおける『唯一の生存者』である紗夜は、事後処理を天善に委ねて早々にこの地を去った。
遺された手紙には次のような一文がある。
『私は弟の歌を広める為、旅に出る。広い世界だ、二度と会う事も無いだろう。私には弟の歌がある。このバングルはお前が持っていて欲しい。戦から解放された今、必要のないものだ。お前の行く先に笑顔と幸福を、唯、私はそれを願う』
だから、彼女がここにいないのは、戦いとは無関係な事情によるものだ。この先、彼女の痕跡が何一つ見つからなかったとしても‥‥。
戦死者15名のうち、天善がその名を知るのは14名のみ。
朧 幸乃。
終夜・無月。
藤村 瑠亥。
UNKNOWN。
クラウド・ストライフ。
柊 理。
狐月 銀子。
ナンナ・オンスロート。
杠葉 凛生。
希崎 十夜。
カンタレラ。
沖田 護。
世史元 兄。
イルファ。
そして、身元不明者が一名。
地球を救った15名の勇者達に、この物語を捧ぐ――。