タイトル:図書館ではお静かにマスター:トーゴーヘーゾー

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/29 02:29

●オープニング本文


 キメラの襲撃によって被害を受けていると通報してきたのは、図書館長をしている本田さん(48歳・男)だ。

 事態は彼にとって深刻だった。図書館を襲撃してきたのは、まさに天敵とも言うべきキメラなのだから。

 それは、山羊。

 白山羊さんが1匹に、黒山羊さんが1匹だ。

 図書館に所蔵されている本を食い散らかそうとするはた迷惑なキメラを、退治して欲しいというのが依頼内容だった。



 概要を告げたしのぶが、どうにも不機嫌そうな表情を浮かべている。

「困った事に、本田さんは典型的な小役人で、突発事態で図書館を休館するのは自分の評価に影響するとか、公務員として便宜を図るわけにはいかないって主張してるのよ」

 傭兵Aが噛み砕いて確認を試みる。

「つまり、図書館は閉館しないし、そのくせ、手を貸すつもりもないって事か?」

「その通りよ」

 発言者自身が首を傾げるような言葉を、しのぶは呆れた表情のまま首肯していた。

「今回の任務はね、キメラそのものよりも、被害者が一番の障害だと考えて」



 本田さんの意向により、キメラ退治には幾つかの制限が存在する。

 一つ。利用者の迷惑にならないように、慌てず騒がずキメラ退治を行わなければならない。

 二つ。利用者に不快な思いをさせないように、キメラ退治は人目を避けて行わなければならない。

 三つ。騒いでいる場面を目撃された場合、職員によってつまみ出され、再入館は不可となる。死して屍拾う者無し。



「身勝手な話でしょ? お灸を据えるために、しばらく放っておくのもアリだと思うわ。依頼が不成立になったら、本田さんも反省するんじゃない? どうせ、本当に困ったら、改めて要請してくるわよ」

 腹を立てているためか、しのぶは不穏な言葉を口にしていた。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
冥姫=虚鐘=黒呂亜守(ga4859
17歳・♀・AA
緋月(ga8755
17歳・♀・ST
ノーマ・ビブリオ(gb4948
11歳・♀・PN
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD

●リプレイ本文

●玄関前

 山羊キメラのいる図書館前に、6人の傭兵の姿があった。
「あぁ、本を食べてしまうなんて、なんという暴挙ですの。‥‥宿命の敵ですわっ。ヤギさん許すまじっ! ですの」
 ノーマ・ビブリオ(gb4948)の言葉が、彼等の赴いた理由を全て言い表していた。
「本とは、知識であり、歴史であり、人の遺した物である。よってそれを壊すというのなら‥‥」
 静かな怒りを見せる冥姫=虚鐘=黒呂亜守(ga4859)に限らず、集まった少女達は本好きが多かった。
 いや、本が好きだからこそ依頼を受けたと言うべきか。
「本がキメラに食べられていると聞いては、じっとしていられません。絶対、本を守ってみせます!」
 緋月(ga8755)の言葉に頷くフィルト=リンク(gb5706)。
「図書館を荒らすとは許せませんね。本は食べる物ではなく、読む物、殴る物です」
 発した言葉には、どこか勘違いが混じっているように思えた。
 傭兵達は持ち寄ったスケッチブックなどを分け合っている。館内で会話するのを控えるためと、離れた状態での意思疎通を図るためだ。
「受付のある1階は、特に職員の動きに気をつけるべきだ」
 数枚の図面を取り出した冥姫が全員に配っていく。公共施設の図書館は見取り図が入手できたため、人数分をコピーして持ってきたのだ。
 UNKNOWN(ga4276)の主導でジェスチャーについても確認を済ませておく。
 基本として、右手で行動指示を行い、左手は場所を示す。
 彼はタバコを吸い終えると皆を促した。
「さて、皆、静かにいこう」

●館長室

 図書館長の本田に挨拶すべく、3階にある館長室をふたりの傭兵が訪れた。
 とは言え、挨拶というのは建前で、どちらも言っておきたい事があったのだ。
「‥‥では、利用者に迷惑とならないように気をつけてください」
 そう結んだ本田に対して、緋月が我慢できずに口を開く。
「装丁や印刷技術なども含めて、本は文化の集大成なんです。そして、このように広く開かれた図書館は、文化や、市民の自由を守る砦だという事を、館長である本田様ならご存知ですよね?」
「ええ。だからこそ、皆さんに仕事を依頼したんですよ」
 緋月の正論は、そのまま正論で返されてしまった。
 図書館を休館させる事による査定の悪化を心配する彼が、何を一番に優先しているかは明らかだ。
 しかし、彼が建前を掲げている以上は、追求すべき方法はないのだ。
「‥‥‥‥」
 言葉に詰る緋月の肩へ、ドクター・ウェスト(ga0241)が手を置いて促した。
「緋月君はキメラ退治に向かいたまえ〜。我輩はもう少し彼に話があるからね〜」

●1階西

 周囲に人がいない事を確認してから、UNKNOWNは棚へ脚をかけて本棚の上へとよじ登った。
 キメラに気づかれないよう姿勢を低くし、さらに隠密潜行を使用した彼が、高い視点から書庫内の様子をうかがう。
 出された合図に即応するべく、UNKNOWNの姿を見上げているノーマ。
 考えてみれば、ダンディな彼が本棚の上に立つのはなかなかシュールな光景である。
 ノーマは距離が離れた時には、タクティカルゴーグルの望遠機能を使おうと考えていたが、本棚の上を移動された時に問題となるのは、距離よりも角度の方だった。
 気づくと、UNKNOWNの右手が拳を握っていた。意味は『職員が来ます』。
「本棚の上がどうかしましたか?」
 通りがかった職員が、ノーマの視線を追って本棚の上を見上げる。
「えっ、あっ、あの‥‥」
 驚いたノーマが目に見えて慌てるものの、スキルを使用して本棚の上に伏せたUNKNOWNの存在は職員に気づかれなかった。
「すみません。少しぼうっとしていただけなんです」
 弁解するノーマを気づかいながら、職員が立ち去った。
 近づいてきたUNKNOWNが、職員の歩き去った方向を右手で指差す。意味する所は『職員が離れました』。
 この距離ならば小声で話す事も可能なので、彼がからかうつもりで行っているのは明らかだった。
『わかってます』
 ちょっとふくれながら、ノーマが不平を漏らした。
 彼が左手に1本の指を立てたのは、『東方向』へ向かおうと提案しているためだろう。
 どうやら、西側での探索は空振りに終わったようだ。

●館長室

「私に話というのは、どんな用件なのかね?」
 促されてウェストが話を切り出した。
 キメラ発見からの状況を調べ上げたレポートを、館長室の本田に突きつける
「コレを見ると君は『親バグア派』であることが濃厚だね〜」
 十字架をくるくると回しながら、彼はレポートの内容を簡潔にまとめてみせる。
「キメラ発見からUPCへの報告・依頼にずいぶんと時間がかかったようだね〜」
「私はそうは思わんね。ただの動物かも知れないのに、ULTに依頼しては騒ぎが大きくなるじゃないか。確認と判断を慎重に行っただけだよ」
「それに、今も図書館を閉鎖しておらず、建物内部にはノーマルが大勢いる。コレはノーマルに対する重大な背信行為だね〜」
 文脈から考えて、彼の口にしたノーマルというのは非能力者か民間人を差していると本田は判断した。
「い、いい加減にしたまえ! 私はただ利用者の権利を守ろうとしているだけだ。その証拠に、キメラだと判断して、ULTへも仕事を依頼しているじゃないか!」
 本田の事なかれ主義が解決を送らせているという一面はあるのだが、彼としてはそれを認めるわけにはいかなかった。
「『親バグア派』でなければ『ヨリシロ』かね、この地球の裏切り者が」
 ウェストの一方的な決めつけを、本田も腹に据えかねたようだ。
 彼個人に限らず、どんな人間だって『地球人の裏切り者』扱いされて、黙っているはずがない。
「私がULTへ依頼したのはキメラ退治だぞ! この部屋でサボってないで仕事をしたらどうなんだ!」
 本田が両手を卓上へ叩きつける。
「これまでに発生した被害は軽いものだけだ。しかし、君らが来たことによって被害が拡大したり、もしも犠牲者を出したりしたら、それは全て君達の責任だぞ! 私への侮辱も含めて、ULTには厳重に抗議させてもらう! 覚悟しておきたまえ!」

●2階

 緋月がやって来た事で、2階でもキメラ探索を開始していた。
 西側を緋月に任せて、フィルトは東側を見回る。
 騒音へ配慮するという条件によって、一番制約を受けたのはドラグーンである彼女だった。
 愛用の『リンドヴルム』を使えない事によって、全般的な能力が低下している。わずかな不安を感じるが、彼女はそれを承知した上でこの仕事に臨んでいた。
 フィルトが本棚の間を覗き込んでいくが、今のところキメラの姿は見あたらない。
 何かの違和感を感じて、彼女は中央側へと視線を向ける。
 西側区画との間を隔てている本棚の上に、チラチラと何かが蠢いていた。
「‥‥‥‥?」
 脚立に登ってみると、本棚の天板の向こう側、一番西側に位置する通路で、掌の模型が揺れていた。
 緋月が持参した指さし君1号なるマジックハンドである。彼女の低い身長をマジックハンドが補っていた。
「‥‥‥‥?」
 そのようなジェスチャーを決めていないため、フィルトが首を傾げる。
 自分を呼んでいるのだろうと推測して、彼女は緋月の元へと向かった。

 相手が見つけてくれる事を願って、脚立上で背伸びをした緋月が一所懸命にマジックハンドを振っている。
 それが功を奏したのか、連絡通路にフィルトが顔を見せた。
 彼女に向かって、右手首を回しながら左手で2本の指を立てるジェスチャーを行ったのだが、彼女は構わずにこちらへ近づいてきた。
『あ、あの、私のジェスチャーはわかりづらかったですか?』
 緋月が不安そうに小声で尋ねる。
『そうではありません。回り込めという事は、キメラを見つけたんですよね?』
『はい。この奥に』
『それなら、私に提案があるのですが、試してみませんか?』

 中央側から人の気配を感じた白ヤギキメラは、西端の通路を使って移動を開始した。傍らにある脚立は先ほどまで緋月が使用していた物だ。
 キメラの行く手には、スケッチブックから破り取られた数枚の紙が落ちていた。
 通路に残された紙には『後で回収に来るので動かさないように』と書かれていたが、白ヤギキメラは無視して食べた。当然、読めたはずもないのだが。
 その先にも紙を発見してムシャムシャ。
 その先でさらにムシャムシャ。
 人気のないトイレの前へと誘い出されたキメラは、そこが死地だという事に気づいていない。
 覚醒を終えたふたりの傭兵が、白ヤギキメラへと襲いかかった。
 緋月がフィルトに対して錬成強化を行うと、彼女の持つ剣が淡く発光した。
 フィルトはヤギが跳躍する事を警戒し、銀色のショートソードを上段に構えてそのまま振り下ろす。
 キン!
 意外な手応えがしたのは、キメラの角によって剣を弾かれたからだ。
 まわりに本がないため飛び道具も使用できると判断し、緋月もスパークマシンαを取り出して攻撃に加わった。
 暴れるヤギの角を受けながらも、ふたりは攻撃を加えていく。
 断末魔すら叫ぼうとしないこのキメラは、ある意味アッパレと誉めるべきか。もしかしたら、このキメラは鳴く事ができないのかも知れない。
「ここへ来るのが少しばかり遅かったようだね〜」
 ウェストが姿を見せたのは、キメラを退治した後の事だ。
「キメラは目立たないように、非常階段を使って運ぶとして‥‥。まずは君らの治療をしておこうかな〜」

●1階東

 ある程度範囲を絞り込んでいた冥姫は、合流したUNKNOWNに偵察を依頼する。
 彼は先ほどと同じく、本棚の上を渡って一番奥まで辿り着く。
 自分を見上げるふたりに向けて、UNKNOWNは右手を回す事で『回り込む』ように指示した。東側の冥姫には左手の指1本で『東方向』、ノーマに対しては左手の指2本で『中央方向』を示した。
 足音を忍ばせて接近すると、ガサガサゴソゴソという不吉な音が冥姫の耳に届く。
 嫌な予感がして本棚の陰から覗き込んだ冥姫は、食事中の黒ヤギさんを目撃する。もちろん、エサとなっているのは本であった。
 誰にとっての不幸かは知らないが、それを許せない人間がここにいた。
 漫画的な表現を行うならば、『何かを縛っていた鎖が引き千切られる』か、『爆弾の導火線が燃え尽きた』場面だろう。
 冥姫の表情は先刻までと同じに見えていたが、受ける印象はまるで変わってしまった。
 彼女は開始の合図も待たずに一人で黒ヤギキメラへ襲いかかる。
 豪力発現によって筋力を増幅し、紅蓮衝撃で赤いオーラを放出し、手にした激熱で急所突き。所有スキルのフル活用だ。
「罪などと言うものではない。怒り、それだけだ」

●1階廊下

 ガシャーンと金属音が鳴り響いた。
「す、すみません」
 謝罪した女性の前には脚立が転がっており、10冊の本が廊下に散らばっている。
「つまずいてしまって‥‥。は、早く拾わないと」
 書庫へ急ごうとしていた職員は足を止めて、困惑している女性に手を貸した。
 これはフィルトだった。
 本を拾い終えて先を急ごうとした職員に、今度は本棚の最上段にある本を取って欲しいと、背の低い少女が懇願する。
 こちらは緋月だった。
 仲間達の仕事の妨げにならないよう、彼女等は職員の足止めを頑張っていた。

●1階東

 今さら冥姫を止めてももう遅いだろう。
 UNKNOWNがノーマに視線を向けて帽子を取った。いまさらの気もするが、『追い込む』という合図であった。
 ノーマが装備してきたのは機械剣αだった。レーザーによる攻撃ならば出血も少ないだろうという配慮だった。
 UNKNOWNが手にしている武器は、バトルブックという本の形状をした武器だ。フィルトが口にした冗談じゃあるまいし、このような武器まで存在しているらしい。
 3人の攻撃によって傷を負いながらも、黒ヤギキメラは冥姫に体当たりして強引に逃走する。
 だが、その先にも別な傭兵が待ち構えていた。
 ウェストがとっさにエネルギーガンを取り出したのを見て、慌ててノーマが制止する。
「銃はダメです!」
 このような場所で発砲したら、外れた弾が本を傷つける。それは仕事の前から注意されていた事だ。
 その隙に接近を許してしまった彼は、黒ヤギキメラの突進を受けながらも、引き抜いた機械剣αでキメラの首に斬りつけた。
 大きな血管が切れたらしく激しく血が噴出した。
 ウェストの羽織っていた白衣が真っ赤に染まる。本を汚さないように、彼が自分の体で血を受け止めたからだ。

●決着

 事前に本田が通達していたように、書庫で暴れた一行は図書館から叩き出された。
 女性陣4名は戦いで負傷したものの、ウェストの錬成治療によって完治済みである。
 図書館内には血で汚れた場所も残っているが、これは職員達で清掃するのだろう。
 冥姫が無言のままスケッチブックをめくると、こんな文が現れた。
『さて、どうするか』
 事前に書き込んでおいたものの、活用する機会がなかったのだ。
「なんの話ですか?」
 気がついたノーマに尋ねられて、冥姫が残念そうにこぼす。
「せっかく本屋に来たのだから、一冊ぐらいは読んで帰りたい」
「それは仕方がないですよ。あんな騒動を起こしてしまったんですから」
 彼女は苦笑で済ませてくれたが、状況を振り返ると追い出された原因は冥姫の行動にあった。
「さて、我輩は我輩の仕事をさせてもらおうかね〜」
 戦闘にほとんど参加しなかったウェストは、仲間達からキメラの能力や行動パターンを詳しく聞き出してから、キメラの肉片を切り取って細胞サンプルを採取した。
 キメラの死骸を図書館に放っておくわけにはいかず、UNKNOWNの持っていた荒縄で縛り上げて、ULTへ持ち帰る予定だ。処分なり解剖なりうまく対応してくれるだろう。
「こんな所へ入り込まずに、2匹で文通していれば平和に過ごせたでしょうに」
 緋月が童謡の歌詞を思い浮かべて、ぽつりとつぶやいた。

 追記事項――。
 本田は宣言した通りULTへの抗議を行ったが、ウェストの方でも本田を糾弾する経過レポートをULTへ提出した。
 双方の申し出を検討し、ULTはどちらも黙殺する判断を下す。
 ウェストの主張は具体的な証拠に欠けるし、一方で、本田の非協力的な態度も問題視された。
 暇をもてあましているのか、本田は何度もクレームを送りつけてきたが、ULTは同じ回答を繰り返すだけで相手にしなかった。
 ウェストの方では、こんな些末な事件などすぐに興味を失ったようで、新しいキメラ退治に忙しく飛び回っているようだ。