●リプレイ本文
●人とキメラの遊び場へ
月明かりの中で、建設途中のビルを見上げる11名の傭兵達。
「ジャングルジムですか‥‥。小さい頃に遊んだ記憶はありますけど、よく頭をぶつけましたね。今回は流石にぶつける程狭くはないみたいですけど」
諌山詠(
gb7651)が苦笑を浮かべる。
このビルで遊んでいるのは、無邪気な子供ではなく粗暴な猿キメラだと彼らは聞いていた。
「‥‥建設の邪魔だな。工期遅延の悪影響は多岐に渡る。迅速に退去させないとな」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)のつぶやきに、白鐘剣一郎(
ga0184)も同意する。
「猿キメラには良い遊び場かもしれないが、早々に引き取って貰うとしよう」
一方で、一般人への被害を心配しているのは、木場・純平(
ga3277)とリュティア・アマリリス(
gc0778)だ。
「面倒なキメラが現れたものだな。さして危険ではないようだが、いつ一般人に被害がでるかもしれない。今のうちに退治しておくに越したことはあるまい」
「はい。市街地にキメラが入り込んでいるのは見過ごす訳には参りません、早々に御掃除してしまわなければ」
彼らの倍近い猿キメラの鳴き声が、彼らの上に降り注いでいた。
「アリスさんは生気が漲っていますね。とても頼もしいです」
ビルの構造を把握するために、一回りしてきた優(
ga8480)が話しかけた。
「まーねー。やる気はだけなら負けないよー♪」
たまたまテンションが高いだけのアリス・ターンオーバー(gz0311)が笑って返した。やる気だけというのは非常に微妙だが、やる気がないよりはマシである。
「有名なエースの方々と一緒に戦えるのは光栄でもありつつ、緊張しますねぇ‥‥」
気弱とも聞こえる詠の発言だったが、この後に意欲的な言葉が続いた。
「余り足を引っ張らないように頑張りますか」
中央部D・E・Fの柱に、美村沙紀(
gc0276)・優・リュティアがそれぞれ張りついた。
優は誰よりも先行して、ビル全体の中央に位置するE柱を1階分だけ上った。個人の力で揺らせるほど弱くはなかったため、彼女は強く蹴りつけることで、音と振動を生み出した。
キィキィと鳴いていた猿の声が、一瞬で静まりかえる。彼女に向けられる猿達の視線。
優に向けて、6体ほどの猿キメラが殺到した。
沙紀とリュティアも、猿キメラの注意を散らすべく、D柱とF柱を叩いて音を立てる。
リュティアはこちらを向いている猿キメラに気づき、ブレイクロッドを振っていた両手を止めた。彼女は持ち込んだバスケットを開いて、中にあるベーグルサンドを猿へ見せつける。
猿キメラはプイっと顔を背けて、優へと向かった。
果物の方が嗅覚へ訴えたのかも知れないし、食欲よりも闘争本能が勝っただけかも知れない。
「‥‥それでも、これは傷つきますね」
悔しげにつぶやくリュティア。
群がる猿キメラを相手に優の流し斬りが炸裂し、何体ものキメラが地上へと転落していた。その一方で、彼女の手からも月詠や機械刀「凄皇」が奪われ、地上へ散らばっていた。
「絶対に逃さない」
地上で待ち受けていた沙紀が、落ちたキメラに「トマレ」を叩きつける。
リュティアもまた、先ほどの屈辱を猿キメラへぶつけていた。
優達が陽動としてキメラの注意を引きつけている間に、ビルの四隅の柱を傭兵達は登り始めていた。具体的には、北側のA柱とC柱、南側のG柱とH柱だ。
「さて、迅速確実に行きたいところだが‥‥」
できるだけ目立たないようにしながら剣一郎はG柱を上り、その後に詠も続いていた。
3Fまで進むと、感づいた猿キメラがこちらにも向かってくる。
「如何に素早かろうと一度に殺到出来る数には自ずと限界がある‥‥ならば」
剣一郎が声を張り上げたのは、自ら囮を引き受けるためだ。
「連中はこちらで受け持つ。今の内に上がってくれ!」
カルミア(
gc0278)も同じ考えらしい。
「ははは、おっ猿さん〜おっさるさん。わったとのほうがうまいのよん〜♪」
彼女は鉄骨上での体術勝負を挑んだが、これはいささか分が悪かった。尻尾も含めて五肢とも言える猿は、樹上での生活に適合した種なのだから。
上階の鉄骨にぶら下がるキメラの爪に追い立てられ、カルミアもその事実を否応なく理解させられた。
●晴れときどき、武器とキメラ
反撃もそこそこに、C柱の芹佳(
gc0928)は登攀を優先した。その甲斐もあって、真っ先に登頂を成し遂げたのも彼女であった。
最上階に着いた彼女は、抜刀・瞬で刀と蛍火に持ち替える。
奇襲を望んでいたものの、キメラの巣へ乗り込んだ形であり、むしろ彼女がキメラから攻撃を受ける立場となっていた。
「落ちないように気をつけないとね‥‥」
5Fから先は工事が中断しており、垂直に立った柱が見あたらないため、ひどく心細い印象を与える。彼女が踏みしめる足場だけが頼りだ。
戦闘中に彼女の握る蛍火がスルッと奪われてしまい、猿の手で無造作に投げ捨てられた。
再び刀を取り出した彼女は、自ら挑んできたボスキメラに殴られ、階下へと落とされてしまう。
芹佳の後続だった純平は、ボスキメラが陣取っているため、5Fへ登り切れない状態だ。
彼の代わりに5Fへ到達したのは、参加者中最大の体躯の持ち主。AU−KVを装着している狐月 銀子(
gb2552)だった。
あえてのんびり登ったつもりが、結果的に登頂を成功させてしまったようだ。
邪魔な柱の無い最上層で、パイドロスを走輪走行させて接近すると、虎の子のエナジーガンで狙い撃つ。
ボスキメラが芹佳に応戦している隙に身体を引き上げた純平は、バランスを保ちながら十三手の構えを取た。近距離での格闘戦に備えて、純平の拳を覆うのはクラッチャーだ。
「できれば、人数をそろえてあたりたかったが‥‥」
二人での挑むことを覚悟し、純平は先手必勝で初撃を叩き込む。
「吼えろバハム‥‥じゃない、今日はパイドロス!」
ファルクローによる銀子の一撃が、ボスキメラの身体を浮かせた。ボスキメラの足は鉄骨を踏み外し、銀子のファルクローを握ったまま、4Fへと転落していた。
「あっ、ボスに逃げられた」
5Fへ上ったアリスが愚痴をこぼす。
彼女は気づかなかったが、銀子に続いたアリスの背後へ、さらに猿キメラが迫っていた。
後背から襲いかかろうとしたキメラに向けて銃弾が飛ぶ。
「後ろにも気を付けないと危ないですよ」
詠の構えた拳銃「バラキエル」が硝煙をたなびかせていた。
「ありがと。助かった」
ボスキメラと入れ替わるように5Fへ上がった二人は、取り残されたキメラを相手に攻撃を加えていく。
詠は直刀の壱式に持ち替えて、猿の爪と斬り結ぶ。アリスは先ほどのおかえしに、小銃「S−01」を手に彼の援護に回った。
この場でキメラを倒すよりも、この階から追い落とすのを目的とした戦いであった。
ボスが落ちたのを見て、ホアキンは4Fで足を止めていた。
「俺は竣工したビルを見たいんだ」
ボスキメラの間に立ちはだかる群れを、彼は超機械「雷光鞭」の電磁波で掃討していく。間近に迫ったキメラへは、紅炎の連続突きで応戦する。
その大太刀が捻られて彼の手から抜き取られると、中空へと投げ捨てられてしまった。
さらに、尻尾でぶら下がった個体に真上から襲われ、警戒していたホアキンはなんとか回避を成功させる。
「数が多いな」
倒しきる前に武器を奪われたり、四方どころか上下への警戒まで必要なのは、非常に厄介と言えた。
「危険だと感じれば、逃走する可能性もあります。逃がさないように下に来た敵は素早く排除しないといけませんね」
優はあいかわらず2Fで敵と対峙していた。
上階への侵攻は外周登攀班に任せて、優はこの場でキメラ退治を続けている。
「後ろに降りてきましたよ」
地上の沙紀から警告された彼女は、鉄骨にぶら下がったキメラに向けて、振り返りざまに月詠と機械刀「凄皇」を二段撃で繰り出した。下層であることを活かし、彼女はすでに武器の回収を終えていたのだ。
斬り捨てられたキメラは、鉄骨を踏み外して地上へと落下する。
降ってくるのは、キメラばかりではない。
反射的に向けようとした切っ先を、優が慌てて止める。相手は3Fから落とされたカルミアだった。
猿と間違えそうになったと言ったなら、彼女はきっと怒りだすことだろう。
「痛ててて。でもすぐ復帰〜」
バネ仕掛けのようにぴょこんと跳ね起きると、瞬天速を使用して柱へ向かい、彼女は戦場へと駆け戻った。
「さて、御掃除と参りましょうか」
リュティアの円閃により大きな円を描いたブレイクロッドが、墜落したキメラを弾き飛ばす。確実にダメージを与えるため、一撃必殺を念頭に置いた攻撃だった。
ブレイクロッドを奪われた彼女は、抜刀・瞬を用いて二刀小太刀「松風水月」に持ち帰る。
キメラにとどめを刺した後で、彼女はすかさず武器の回収へ向かう。これが地上で戦うことのメリットだろう。
倒すことよりも落とすことを優先している傭兵が多いため、彼女等は大わらわであった。当然、上へ武器を届ける余裕はない。
芹佳がしびれを切らして降りてき来たのを見て、気づいたリュティアは迅雷を使い、彼女の蛍火と刀をC柱の元へ届ける。
ついでに救急セットを手にした沙紀も駆け寄った。
「はい、治療終わり。がんばってね」
励まされた芹佳は、再びボスキメラに挑むべく登攀を開始する。
●よく暴れ、よく食べる
5Fを一掃した‥‥正確にはキメラを階下へ叩き落とした傭兵達は、敵を追いかけて1つ下に戦場を移していた。
「人の知恵と獣の力の結晶‥‥。それがあたし、ドラグーンよ!」
機械剣βを手に力を振るっていた銀子だったが、好事魔多し。
「知恵の分で勝‥‥っとと‥‥ぉぉっ!?」
頭上の鉄骨にぶら下がった猿キメラが、分銅のように身体を振って彼女を突き飛ばす。足場の鉄骨に指をかけて、階下へと姿を消すパイドロス。
ぶら下がっている尻尾を、詠の壱式が切断してキメラの身体が落下していく。
行く手が開かれたことで、彼はボスキメラめがけて駆けだした。
彼の握る壱式に込められたのは、急所突きと、豪破斬撃と、紅蓮衝撃。温存していた練力をここへ注ぎ込んだ。
爪による反撃を受けた詠は、そのまま身を引いて以降は援護射撃に徹する。スナイパーであるアリスも、牽制など後方支援で仲間をフォローする。
純平も相手取ったキメラを階下へ投げ落とすと、ボスキメラに向けてクルメタルP−38を向けた。
ボスキメラに向けて3方から銃弾が浴びせられる。
超機械「雷光鞭」まで奪われたホアキンは、持ち替えた小銃「スノードロップ」とイアリスを手にボスキメラへ挑む。銃撃の合間に接近し、スキルを重ねがけしてイアリス彼は突きを見舞った。
それは奇しくも詠と同じものだ。急所突きも、豪破斬撃も、紅蓮衝撃も。違う点は、彼の練力に余裕があったこと。ホアキンは全く同じ攻撃をもう一度叩き込んだ。
傷を負ったボスキメラは、階下へと逃亡する。
そして、3F。
「相手の得意としてる所で戦うのは辛いね‥‥。でも、負けるわけにはいかない!」
柱に向かって飛んだ芹佳は、柱を蹴ることで方向を変えると、三角跳びの要領で相手の死角に回り込んでキメラを斬り伏せる。
その彼女を驚かせたのは、頭上から降ってきたボスキメラの出現だ。敵は下肢で彼女を蹴り落とした。
タイヤを軋ませた急接近した銀子は、機械剣βで竜の咆哮を叩き込んで、ボスキメラの身体を弾き飛ばす。
その先に、別な能力者が待ちかまえていた。
「お山の大将気取りもここまでだ」
月詠を失いながらも、機械剣「ウリエル」を構える剣一郎。
「天都神影流・斬鋼閃っ!」
急所突きを活用した鋼を断つほどの剣閃は、それだけでは終わらず二の太刀を狙う。
追撃は、3重にスキルを使用した、如何なる物をも両断する紅の一閃。
「‥‥天都神影流『奥義』白怒火」
まるで、だるま落としのように、ボスキメラは次々と傭兵達の攻撃にさらされていく。
2Fではカルミアが挑みかかった。敵のお株を奪うように頭上の鉄骨に両手でぶら下がると、靴に取り付けたステュムの爪でボスキメラの身体をえぐった。
月詠を手に、優の流し斬りが袈裟懸けに走る。
頭上からはキメラの死体に混じり、純平が降りてきてボスキメラへと銃弾を叩き込んだ。
カルミアは別なキメラに落とされた仕返しに、今度はボスキメラを蹴り落としてやった。
「きたぁ〜」
一回り大きなキメラを見て沙紀が声を漏らす。
ボス猿はこれまで、攻撃を受けながらも、バランスを崩したり、下へ逃げることで、勢いを殺すことができた。
しかし、終点に達した今、背中から地表に叩きつけられて痛みにうめいていた。もちろん、積み重ねられた傷の痛みも大きいだろう。
動きの鈍っているボスキメラに、迅雷で接近したリュティアが円閃でブレイクロッドを叩きつける。
続いて、沙紀の振り下ろすトマレが、両断剣でボスキメラの頭部を粉砕してのけた。
ボスキメラの死を目の当たりにし、残存する猿キメラが悲鳴を上げる。
リュティアと沙紀の周囲に、逃亡を望むキメラがバラバラと降り立った。しかし、さらにその外側を、キメラの掃討を望む傭兵達が取り囲んだ。
もはやキメラの数は5体しか残っておらず、どの個体も負傷している。
地上に降りて武器も回収した傭兵にとって、残りの作業は『ただ倒すだけ』であった。
「皆、お疲れ様だ」
最後の一体が倒れると、剣一郎が皆に労いの言葉をかける。
リュティアは鍵を借りていたのか、工事現場の事務所らしいプレハブ小屋の中へ入った。彼女が持ち出したのは、ベーグルサンドや珈琲である。
「皆様、お疲れ様でした」
聞けば、参加した一同を労うために彼女が持参した品らしい。猿に見せたのも、その余剰分であった。
一暴れした彼らは、ベーグルサンドに手を伸ばす。
詠はお気に入りのブランドでもあるのか、自前のコーヒーに口を付けてまったりと過ごしていた。
「事後になってしまったが、改めて。白鐘剣一郎だ」
名乗っていない事に気づき、いまさらながら彼はアリスに声をかけた。
「そう言えば、今回は何故この依頼を受ける気に?」
問われた当人が首を捻る。
「んー? ‥‥依頼があったから?」
実は芹佳と同じで、気分的な問題のために理由らしい理由が存在しない。
溢れ出るやる気を消化できれば、この際、どんな内容であっても構わなかった。
それこそ、そこに依頼があったから引き受けたのである。