タイトル:白と赤マスター:トーゴーヘーゾー

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/27 15:31

●オープニング本文


 男は登山が好きだった。それは冬山でも変わらない。物好きだと言われることもあるが、好きなのだから仕方がないのだ。
 凍てつくような寒さが、身体を芯から凍らせようとする。自身の判断ミスによって、命を失うこともある。
 そのような厳しい状況で、自分を見つめ直したり、目的地へ到着する達成感が好きなのだ。
 あと数時間もすれば、彼は出発した街へたどり着く。
 暖かいラーメンを食べよう。焼き肉でもいい。そんな風に感がえていた。
 その時に彼は生き返ったと実感できるはずだった。
 しかし、その願いはかなわない。
 白い雪原で、何かが赤く光ったように感じた。
 爛々と輝く赤い瞳。それは白い毛皮を纏う小さな動物のものだった。
 怯えることもなく、じっと彼を見つめている1羽の兎。
 サクっと雪を踏んで、さらに兎が姿を見せた。
 サク。サク。サク‥‥。
 一定の距離を保ちながら、7羽の兎が身じろぎもせず彼を見つめている。
 異様と感じた彼の背中に、冷たいものが走った。
 その場を逃げ出そうとしたが、振り向いた彼の足はそこで止まってしまう。
 背後にはいつしか、別な兎達が陣取っていたのだ。
 一人の男を取り囲む、10羽を越える兎達。
 寒さとは違う理由で身体を振るわせた男は、緊張に耐えられず叫びだした。
「うわあああっ!」
 それが引き金となって兎たちが一斉に男へ飛びかかった。
 鋭い牙が男の服を引き裂き、血を飛び散らせ、肉をむしっていく。
 男の上げた悲鳴が誰かの耳に届くことなかった。
 白い雪ウサギの毛皮は獲物の血で赤く染まる。
 降り積もる雪が襲撃の痕跡を覆い隠し、その光景は再び白く塗りつぶされた。

 数日後、ULTへ持ち込まれた依頼はこんな内容だった。
「この山では何度も遭難が起きているの。大人数を動員して捜索を行ったけど、なんの痕跡も見つからなかったわ。雪に埋もれて遺体が見つからないんでしょうね。
 事件に巻き込まれた可能性もあるけど、失踪者の関連性は登山好きということぐらいで、他には接点が見受けられなかったわ。わざわざ雪山で事件を起こすというのも考えづらいしね。
 みんなには、この山の調査をお願いしたいの。遭難者の行方が見つかれば一番だけど、原因の究明とできれば、再発の防止をしてくれる?」
 しのぶの説明からでは、事件の輪郭はまるでつかめなかった。

●参加者一覧

鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
アリエーニ(gb4654
18歳・♀・HD
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
鳳凰 天子(gb8131
16歳・♀・PN
南桐 由(gb8174
19歳・♀・FC
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
各務 百合(gc0690
16歳・♀・GD

●リプレイ本文

●雪景色

「また雪山でお会いしましたね」
 2度目の顔合わせとなるため、浅川 聖次(gb4658)が微笑みつつアリス・ターンオーバー(gz0311)へ挨拶する。
「前回と違ってスノーボード着用ではありませんが、今回もよろしくお願いします」
「‥‥よろしく」
 覇気なく応じるアリスに、明るい声がかけられた。
「俺はジャック・ジェリア(gc0672)。こうして同じ依頼に参加するのも縁だし、メールのアドレスでも教えてくれるか?」
「‥‥いいよ」
「あっ、ホント? 返事を期待してもいいのか?」
「‥‥さあ?」
 拒否はしないが意欲もないようで、アリスは雑な反応を示している。ジャックとしては挨拶みたいなもので、気を悪くした様子はなかった。
「しかし、遭難された方が無事だと良いのですが‥‥」
「‥‥雪山で登山している人がいなくなる‥‥不思議だね。なんとか無事に‥‥見つけられればいいんだけど‥‥」
 安否を気づかう聖次の言葉に、南桐 由(gb8174)も頷いていた。
「雪山か‥‥寒ィな、おい。ケド、気になる事件だ」
 ヤナギ・エリューナク(gb5107)と同じ疑念を、アリエーニ(gb4654)も抱いている。
「雪山登山で続出する行方不明者、ですか‥‥。大規模な捜索隊でも手がかりが見つからないとなると‥‥」
「問題が発生していて痕跡も無い。事故じゃあないよな。さて、相手は何かね?」
 ジャックの示した問いに、鹿島 綾(gb4549)が回答を試みる。
「この手のモノは、大概は野良キメラとかそんな感じの奴が原因な気がするよなぁ。こう、経験的に」
「ここは一発、原因究明に再発防止だ。キメラの仕業なら倒すまで」
 ヤナギが端的に意気込みを表明した。

 しんしんと雪は降り積もり、踏みしめる雪のかさは上がる一方だ。それでも、風が吹いていないことは幸運に類するのかもしれない。
 遭難者の登山計画を入手した一行は、そのルートを再現する形で雪山へ向かう。
「あっちの方角だな」
 地図を手にヤナギが方向を指し示す。
「さむ‥‥なんで、こんなとこ、のぼろうと、おもったの‥‥よ」
「ただでさえ危険な登山を、この雪の中でやれって? ったく、傭兵稼業も楽じゃないね、ほんとに」
 各務 百合(gc0690)と綾が嘆きつつ、歩みを進めていく。
「‥‥薬も、減らされちゃった、し。ちゃんと、仕事しなきゃ、薬、増やして、貰えない‥‥」
 百合にとっては、雪山に登ることも、仕事をこなすことも、薬を得るというのが一番の動機らしい。
「キメラがいたとして、姿も分からないしな。襲われてみないと見当が付かないのはきつい話だ」
 ジャックがすくめた肩には、スキー用バッグが担がれていた。中には持ち運びの不便なアンチシペイターライフルが入っている。
「雪中山行か。昔よく修行でやったな。簡単に死ねるから移動するだけでも注意せんとな」
 鳳凰 天子(gb8131)は仕事ではなく私生活での経験が多いようだ。
「探査の眼‥‥‥‥はつどー‥‥。‥‥なにか、みつかると、いい‥‥な? ‥‥な?」
 スキルを使用するために、百合だけが早めに覚醒し、それを維持する。
 綾も双眼鏡を覗き込んでみたが、降りしきる雪のせいで思った以上に視界が狭かった。この調子では、探索の成果を上げるのは非常に難しいと思われた。

●白い兎

 雪中行軍を続けていると、足を止めた百合が一点を指さした。
「‥‥あれ。見て」
 天から舞い降りる雪や、地を覆う雪に紛れ、白い毛皮を持つ小動物がちょこんと立っていた。逃げ出そうともせずに、赤い瞳をこちらに向けている。
「‥‥人が登る山で、この季節に原生生物が顔をだすのは、怪しい」
 動物嫌を嫌っている百合の言葉であるため、そのまま鵜呑みにするのは多少の不安が残る。
「あれ、あやしい、ね。‥‥しねば、いいのに、ね。ね。」
 精神的な不安定さを見せる百合を恐れたのか、白兎は雪の上を跳ねながら距離を取ったのだが、ある程度離れると足を止めてこちらを振り向いた。
「百合じゃないけど、怪しいな」
 綾の言葉に由も頷きを返す。
「‥‥誘っているみたい」
 1羽の兎に導かれるように9人の傭兵が後に続いた。
「百合。なにか見える?」
 アリエーニに尋ねられても、百合の探査の眼はなんら違和感を察知していない。
「罠‥‥には、見えない‥‥」
 9人分の視線にさらされていた兎は、急にスピードを上げると大きな雑木林めがけて駆けだしていった。
「あれが私たち誘い込む目的地なのでしょうか?」
 聖次の疑問に答えられる者はいない。
「‥‥行ってみるしかないんでしょうね」
 落葉樹のため、地面には雪がたっぷり積もっており、木々が死角を作るために危険度も上がっている。
「奇襲を受けない様に、分担して周囲を警戒していこう」
「周囲は白一面だ。敵が白いと厄介かもなー‥‥」
 綾やヤナギが危険性を指摘し、それは備えるべき内容だと皆も認めた。
 しかし、1時間ほど林の中を歩き回ったのだが、遭遇したキメラは戦うこともせずに尻を向けて逃げ出してしまった。雪の中では追いつくことができずに、みすみす取り逃がしている。
「早く暖かいコーヒーでも飲みてェな‥‥」
 ヤナギが嘆くのも無理はない。
 アリエーニはキメラを誘い出すべく、わざと無防備に振る舞ったりもしたが、その思惑も失敗に終わっていた。
「一体、何を考えている?」
 怪訝そうに天子が首を捻った。
「多人数で行動しているのがまずいんじゃないか?」
 ジャックの提案にヤナギが賛同した。
「そうかもしれない。俺たちが能力者だと感づいて、警戒しているんだろう」

●林の中

 より深く、林の中へ足を踏み入れていくのはA班だった。
「これでもだめなら、単独行動をするしかないかもな‥‥」
「そうだな。危険は大きいが、必要とあればやるしかない」
 ジャックの案に天子も同意する。
「いた‥‥」
 またしても敵を発見したのは、百合だった。
 今度は1羽ではなかった。
「群れを成して食い掛かるってか。バグアらしいやり方だな‥‥!」
 綾が口にしたとおり、ざっと見たところキメラの数はこちらの倍以上だった。
「‥‥後ろにもいる」
 アリスが後方のキメラに気づき警告を発する。すでに退路も断たれていた。
「‥‥ほら、やっぱり。ころそ。ね、ころそ?」
 殺意を露わにしているものの、百合は無線機を手にB班へ通信を送る。いくらか時間を稼げば、こちらの戦力も増加するはずだった。
 ジャックがプローンポジションを取る。このメンバー内で彼が中央に居るのは、援護射撃の効率を上げるためと、低下した防御力をカバーしてもらうためだ。
「やれやれ、数だけは多いな。もっと狙いやすい方がありがたいんだけど」
 兎の群れが一斉に雪を蹴った。
 キメラの牙を傭兵達がただ待っているはずもない。
 天子の機械巻物「雷遁」が電磁波を発してキメラを狙い撃つ。
 ジャックのアンチシペイターライフルとアリスのライフルが火を噴いた。吐き出された銃弾を受けたキメラの胴体で赤い血が弾ける。
「‥‥きれい。ほら‥‥お花が咲いた」
 白い景色の中に生み出される赤い色を、陶然と眺める百合。彼女自身も引き金を引いて新しい花を咲かせていった。
 綾が一閃させるのは機械剣「ウリエル」。ソニックブームを使用することで、届かないはずのキメラを斬り捨てる。
 だが、キメラ側の数が勝った。
 仲間が傷つくことも、自身が傷つくことも躊躇せず、接近したキメラが傭兵達の体に群がった。皮膚を貫き、血管を裂き、肉をえぐる、幾つもの牙。
 傭兵達は傷が広がることも覚悟して、噛みついているキメラを引きはがす。
 ジャックは周りの仲間達へ援護射撃を行って、キメラへの反撃を確実に補佐していった。

●雪上戦

 B班は連絡を受けるとすぐに行動を開始した。地図上で方位を確認したヤナギの誘導で、ほぼ一直線に林の中を駆け抜けていく。
 アリエーニと聖次は竜の翼を、ヤナギと由は迅雷を使用して、A班の元へ駆けつける。もともと、それを可能とする面子をこちらに集めたのだ。
 スキルの効果時間は極めて限定的。どちらの班が襲われるかも、確実性は低いと言える。
 それでも、彼らの作戦は的中した。
 仲間を囲むキメラに向けて、殺到する4名の傭兵達。
 竜の翼の勢いを殺さずに突進したアリエーニは、ラブルパイルの一撃とともに竜の咆哮を使用して敵を弾き飛ばす。
 ヤナギは自らに向かってくるキメラに対し、エーデルワイスの爪で薙ぎ払い、イアリスによる円閃というコンボでキメラの体を切り裂いた。
 綾に飛びかかろうとしたキメラを目にした由は、テンペランスの槍先を向けて一息に貫く。
「‥‥お姉さまには‥‥手を出させないよ」
 由は綾の小隊に所属しており、個人的にも慕っている。綾を傷つけようとするキメラを、彼女が見過ごすはずはないのだ。
「おかげで助かった」
 笑顔を浮かべた綾は表情を引き締めると、由の背後に迫ったキメラをソニックブームで斬り捨てた。
「そっちも気をつけな」
「‥‥はいっ!」
 ここにキメラがいるという事実が、遭難者の死亡を確定づけている。それを察した聖次は、眼前のキメラに怒りをかき立てられた。
「‥‥ならば、せめてこの槍で仇を!」
 手にした愛用のランス「ザドキエル」をキメラに叩きつける。
 彼が包囲の一角を突き崩したことで、A班は行動の自由が格段と増すこととなった。

 すでに、陣形もなにもなく、個別の戦いが複数繰り広げられる乱戦状態に陥っていた。
 傭兵もキメラも目にした敵へ向かって、ただ攻撃を繰り出していく。
 雪崩の心配をしていたアリエーニだったが、この場所なら雪崩の影響はない。彼女も小銃「S−01」の抜き撃ちでキメラの息の根を止めていた。
 百合の顔には恍惚とした笑みが浮かんでいる。すでに戦うことそのものより、赤い花を咲かせるのが目的となっているようだ。彼女の響かせる銃声とともに、新しい花が咲き乱れる。
 夢中になっている彼女をかばい、聖次がキメラの前に立ちはだかった。竜の鱗で強化された「ミカエル」がキメラの牙を阻んでいた。
 彼の突き出した「ザドキエル」の先端が、キメラの頭部を粉砕する。
 ジャックの援護射撃を受けるのにあわせ、天子もまたジャックを襲う敵を葬り去る。即席のコンビネーションはうまく働いているようだ。
「おぉっと、こっちもか‥‥ッ!」
 ヤナギの爪と剣が、同じコンボを用いて新たな死体を作り上げる。
「全く、自重しない群がり方だな!?」
 綾の機械剣「ウリエル」が流し斬りでキメラの胴体を両断してのけた。
「可愛いのに‥‥ちょっと残念だけど‥‥やった事は許されないよ‥‥」
 抜刀・瞬で朱鳳に持ち替えた由は、刹那による一撃でキメラの毛皮を切り裂くのだった。
 新雪の上では、足が沈み込む人間の方が不利だった。しかし、人の足で踏み荒らされた雪は、兎キメラにとって足場として心許ない。
 アリエーニなどはAU−KVで意図的にそれを行っていたのだから、ある意味で必然の結果と言えるだろう。
 飛び跳ねようとしたキメラは、足場が崩れたことで無防備にもアリエーニの眼前に飛び出してしまう。
 狙い違わず、ラブルパイルがキメラを串刺しにした。
「ダスヴィダーニャ‥‥地獄でまた会いましょう?」

●雪化粧

 死屍累々。白兎キメラの死体はどれも自身の血で赤く染まっていた。
 生者は傭兵の9名のみ。
「大規模作戦も氷に閉ざされたグリーンランドと聞く。拙者にとってもいい前哨戦になったな」
 そうそう考えれば、天子にとってもこの依頼に意義があったと思えた。今回の戦いは、雪の中、寒冷地、動きづらさに加え、装備の制限といった面倒な条件が多かったからだ。
「‥‥サイエンティスト‥‥居ないみたいだし‥‥一応持ってきたよ」
 由が持参した救急セットを手に、傷を負った仲間達の治療を行っていく。
「依頼へのご参加、ありがとうございました」
「‥‥別にいい。私も能力者だから」
 聖次の告げた感謝の言葉に、アリスは当然の事だと応じていた。
「キメラがいたってことは、‥‥そういうことなんだろうな」
 ヤナギは明言を避けたが、遭難者の生存は絶望的と言っていいだろう。
「趣味に興じる事もままならない世界‥‥か」
 綾が悔しそうに唇を噛む。死を迎えたのが好きな山であったことがせめてもの慰めなのだろうか? と答えのでない疑問が浮かぶ。
「手遅れなのは仕方なかったとはいえ、沈みそうです」
 聖次が乱れた心情のままに、複雑な笑みを浮かべた。
「せめて形見だけでも遺族の下へ連れて帰りたいですね」
「ああ。遺留品なんかを見つけてやりてェ。待ってる家族だって居るだろ。時間が許す限り探してみようゼ」
「残ってる物があればいいけどね。何か一つぐらいは見つけたいもんだ」
 ヤナギとジャックも同意して、彼らは林の周辺を探索し始めた。
 犠牲者を不憫に思えばこそだったが、2時間ほど費やしても成果は何一つあがらなかった。
 降り積もる雪は、彼らの足跡すら埋めてしまい、自分が調べた場所かどうかも判別が難しくなる。
 犠牲者達は何一つ残せずこの雪景色の中に姿を消したようだ。その点ではキメラ達もまた同じ末路を辿ることになるのだろう。
「花を‥‥供えることすらできないんですね」
 キメラを殺すことしかできないことを、アリエーニは口惜しく感じていた。
「‥‥笑顔で再会する為にも、しっかりしなくてはなりませんね」
 聖次は思い浮かべた二人に必ず生きて戻ると誓った。ペンダントで写真を持ち歩いている妹と、愛用の槍を自分にくれた大切な人だ。
 傭兵達もまた、いつの日か、このようにして、誰にも知られぬままどこかで果ててしまう可能性がある。
 その危険性がどこまでもつきまとう。
 ここはこういう世界なのだから‥‥。