●リプレイ本文
●犯行計画とその動機
「気に入らないな」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が端的に感想を漏らした。
「自らは手を汚さず、他人にやらせようという、こずるい性根が気に食わない」
「1年に1度のイベントですから、楽しく騒ぐのなら分かりますが、今回のようなのはルール違反だと思います」
告白する女性側に立つ者として、リゼット・ランドルフ(
ga5171)は強い怒りを見せていた。
「バレンタインの光と影‥‥。これも青春ということですね」
対してソウマ(
gc0505)は問題の生徒達に対して多少の憐憫を感じていた。告白したりフラられたりはまだいいとして、無視されるのは辛いだろうと推測できるのだ。
こうやって『平和に騒ぐことが許される世界』を守るために、兵士達が戦場に立っているとクアッド・封(
gc0779)も自覚しているのだが、彼もまた批判的な思いを抱く。
しかし、その戦場から逃げ出した自分には、指摘する資格がないとも感じていた。
「‥‥今回は、AU−KVと、能力者であることを、受け入れるために、参加した。不手際や、不備があるかもしれないが、ひとつ、頼む」
それから数日後。彼らは問題の高校に姿を現した。
ソウマなどは事前準備があるので、不審に思われないよう制服を着用して潜入工作中だ。ネタ晴れを避けるために、探査の眼まで使って人気を確認する念の入れようである。
彼自身は監視カメラを設置して撮影を行いたかったようだが、さすがにそこまでの時間はなく諦めたようだ。
「この詐欺ともいえる劇を、なんとしても成功させないと」
演劇部所属ということもあって、ソウマの意識は任務そっちのけで、演じることに集中しているようだ。
「学校という舞台で、全校生徒を前に、見事に演じきって見せましょうか」
学校側には話を通してあるので、柿原ミズキ(
ga9347)とイスル・イェーガー(
gb0925)は着替えのために準備室を借り受けていた。
「イスルくん。‥‥ちょっと手伝ってくれるコレ付けづらいしさ」
「‥‥ん、了解」
着ぐるみ姿のミズキは、背中を向けて羽根を装着してもらう。
「どうしたの、これ?」
かわいい肉球つきのグローブにミズキが首をかしげる。
「‥‥アヌビス。犬の特徴がある人じゃなかったっけ?」
本人は特に疑問を感じていないようだ。
「よし、これで完璧かな。最後の仕上げ‥‥と。ボクは、人間を辞めキメラになった、この姿こそが真の姿‥‥ボク、いや我の名は人の心を持つキメラ、メイ・バフォメット」
自己暗示を行った彼女が相棒を促した。
「さて、行くとするか‥‥。アヌビス、我らの役割を果たすぞ」
この日のホアキンの装備には、『依頼人に渡す』ための一口チョコがいくつも含まれていた。この日のために彼が前日に自作したのだという。
「彼等は『女性からの贈り物』という形式が大事みたいだしな。これを渡してやってくれ」
ホアキンが手にしているチョコを袋ごとアリス・ターンオーバー(gz0311)へ託すと、その袋はそのままカルミア(
gc0278)の手に渡された。
不思議そうなカルミアに、アリスが説明する。
「‥‥あたしが渡すよりも盛り上がる」
やる気のない自分よりは、カルミアの方が適任だと判断したようだ。
「任せてください。うまくやりますから」
力強く請け負ったカルミア。
「さて、しょうもないことを考えた連中にお灸をすえるか。少しは怖い目にあってもらわないとな」
キメラをダシに使うという行為に堺・清四郎(
gb3564)も腹を立ているようで、十分なやる気を見せて依頼に臨む。
美村沙紀(
gc0276)はいささかやる気に欠けているようだが‥‥。
●発生、威力業務妨害
教師に呼び出された4名の生徒達。ここでは依頼の特殊性を鑑みて、本名ではなくA君からD君と記すことにしよう。
それなりに心当たりがあるのか、不安げな様子の生徒達は応接室で彼らと対面した。
「こんにちは‥‥。依頼をして頂いたのは貴方達ですか?」
話しかけたのは、ULTから訪れた6人の傭兵だ。
「月狼の終夜・無月(
ga3084)です‥どうぞ宜しくお願いします‥‥」
微笑を浮かべるものの、完全武装の出で立ちはいかにも歴戦の傭兵を思わせた。
ソウマが教師に頼んで、当人達を連れて来てもらったのだ。生徒達をこのまま巻き込んで逃がさないつもりでいる。
いくつかの質問を投げかけていると、まるで計ったかのようなタイミングで、校内放送が流れた。
『本校は我々バグア軍が占拠した。これより、愚かな猿どもの抹消を開始する』
言葉の内容の割に騒ぎが大きくならなかったのは、冗談だと思われたからかも知れない。
「あなた達の情報が正しかったようですね」
ソウマが告げると、生徒達は目に見えてうろたえ始めた。
バグアへ応戦するために武器を手に立ち上がる傭兵達を見て、生徒が顔を青くする。
「あ‥‥場所が場所なので予め知らせておきますが‥‥」
皮肉を込めて無月が告げる。
「万が一何か壊れた場合‥‥、一部依頼者の皆さんに負担して頂く場合も有りますので‥‥」
もちろん、実際の事件で依頼人に請求する事例などほとんど無い。A君の追求を受けるより早く、彼は率先して部屋を後にする。
「キメラを直接目撃したのですから、私たちと一緒に来て力を貸してください」
リゼットが強い口調で生徒達に協力を迫る。
「だ、だって、よく覚えてないし、俺たちが行って役に立たないって」
「怖いのはわかりますが、このままではあなた達の同級生が犠牲になるかも知れません。どうしても手伝ってもらいます」
放送室でマイクを握っているのは、右半身の生身部分に機械を貼り付けてサイボーグ型キメラを演じているホアキンだった。
「‥‥何をしている?」
怪訝そうに視線を向ける先には、なぜかお経のCDを放送し始めた誠がいた。
「こんなものが流されたら、告白するムードじゃないだろ」
白いゴムマスクの中で、ほくそ笑んでいる誠。
廊下に集まってきた野次馬を脅しつけながら、二人は放送室から駆けだした。
A君達を引き連れた傭兵は2体のキメラと対峙していた。
女性的なフォルムながら、額から角が伸び、背中には羽根の生えた、全身が漆黒の悪魔型キメラ。彼女の首、両手首、足首には枷がかけられていた。
「我はメイ・バフォメット。かかってくるがいい、まがい物共」
もう1体は、黒い犬耳や尻尾にヒゲといった特徴を持つ、エジプト神話における冥界の神だ。
「‥‥アヌビス」
こちらは肉球グローブをわきわきさせている。
「こ〜ら、キメラめー。退治してやる」
沙紀がいささか秒読み口調で応じると、誤魔化すように無月が攻め込んでいった。明鏡止水、拳銃、魔創の弓、超機械を次々と換装して派手に戦いを進める。
公共物破損スレスレの攻撃を行って、生徒達を焦らせるのが目的だった。
「怯えて逃げ回っては、キメラの注意を引きます。息を潜めて耐えてください。私たちが必ず守りますから」
そう脅しつけたのだが、リゼットが仕掛けた血糊が肩から流れ落ちたのが逆の反応を引き出してしまい、C君とD君はその場を逃げ出してしまった。
(「‥‥こんなのでばれないのかな?」)
キメラ役を気づかって手加減をしている沙紀は、強い疑念を抱いていた。
●連続、キメラ偽装事件
鬼の面。長い爪。手にしているのは、釘を打ち付けた血まみれの闘志バット。
キメラかどうかという判断を保留しても、ツインのドリル髪を振り乱すカルミアの姿は、別な意味で非常に怖かった。
C君とD君は新たなキメラと遭遇して、足を止めていた。まさに、同時多発キメラである。
「はははは、キメラですよ〜、怖いですよ〜。ふはははは」
本人はノリノリらしく、明るいテンションで叫ぶあたりが、余計に二人を怯えさせた。
まさか、誘導されているとも気がつかず、彼らは校舎裏へと追い立てられていく。
「アヌビス後ろは任せた」
「ん、了解だよ‥‥ミズ、‥‥ううん、メイ姉さん」
バフォメットの背後へ回り込もうとした傭兵には、アヌビスが応戦する。恋人らしいコンビネーションによって、傭兵達は押され気味である。
さらに、サイボーグと白マスクまでその場に出現した。
ホアキンの振るう大太刀の紅炎が生徒達をかすめて、悲鳴を上げさせる。
「うおらああああああ!」
その刃を受け止めたのは、清四郎の持つさらに長い刀身の国士無双だ。
生徒達の近くで、正真正銘の火花を散らして鍔迫り合いを繰り広げる二人。
白マスクは生徒達に向けて親指を立てて見せたが、『貴様らの無念は俺が晴らす』という意図は通じなかったようだ。
キメラと傭兵の戦いに紛れて、誠はホアキンの監視から逃れて姿を消してしまう。
傭兵達は勘違いしていたようだが、誠の目的とは騒動を起こすことそのものではなく、バレンタインの妨害にあるのだった。
下駄箱にくさやを一切れずつ放り込んでいったり、体育館裏を水浸しにしてぬかるみにしてしまったりと、バレンタインを盛り下げるための嫌がらせに奮闘していた。
「あ‥‥」
チョコレートの全滅を狙い、空調温度を上げようと画策していた白マスクは、空調室の前で沙紀と遭遇してしまった。
「ふはははは。恋愛成就を妨げれば、地球人類はゆるやかに滅亡していくだろう。これぞ、バグア100年の大計」
「‥‥言いたいことはそれだけ?」
お互いULTからやってきた能力者なので、この場において取り繕っても意味はない。
いい加減、空しくなっていた沙紀は、問答無用で襲いかかった。
二人の生徒は校舎の外へまで逃げ出したが、鬼か面によって壁際にまで追いつめられていた。そこへ、颯爽と現れたのは、バイク形態のAU−KVに跨ったクアッドだ。
「見つけたぞ、キメラ。‥‥お前さん自身には恨みはない、が、折角手に入れた力、だ。ここで斬らせて貰う」
リンドブルムを装着してクルミアと戦闘する彼は、逃げだそうとしていた生徒に気づくと、竜の翼を使って彼らの元へ弾き飛ばされた様に装って見せた。
「頭を下げて伏せていろ。ここは戦場だ。死にたくないなら、従え」
勝手に逃げ出されると迷惑なので足止めをしたい、というのが本音である。
そこへ現れたソウマが、剣を手にしてクルミアの釘バットと打ち合った。
その際に、彼は小さな袋を渡しつつ、小声で指示を出した。
ソウマとしては銃を持っている敵がいてくれたらありがたかったが、今回はその辺をアドリブで乗り切ることにする。
カルミアも彼の意図を受け入れてそのまま演じた。
「ふはははは。鬼は〜外〜」
鬼仮面が袋に入っていた豆を投げつける。
あちこちに仕掛けておいた火薬が発火されて、連続的に爆発が生じた。熟練者の監修の元で行っているので皆さんは真似しないでください。
「ぐっ‥‥!」
キメラの攻撃からかばうように立っていたクアッドの体が、崩れ落ちて動かなくなる。
「彼の犠牲を無駄にしないためにも‥‥」
生徒を促すソウマの体で血が弾けた。彼自身が仕込んだ弾着である。
「さあ‥‥、校庭へ向かいます」
アリスは屋上に陣取って校外の一戦を眺めていた。手にしているのは、ソウマに頼まれた火薬点火用のリモコンである。
そこへ、バタンと扉を開けて姿を見せた逃走中の白マスク。
彼はアリスの存在に気づくと、すかさず背を向けて逃走を再開した。
●暴露と偽造の判決
「この怪人・白マスクがいるかぎり、この世にバレンタインが栄えたためしなし!」
変な宣言を口にする誠を押さえているのは、沙紀と無月だった。
先ほどまで走り回された沙紀は、貯まっていたストレスをぶつけるべく攻撃を繰り出していく。
ただでさえ、2対1だというのに、演出上の都合で退場したクアッドがこちらへ参戦する。
「お前さんには、遠慮しない」
‥‥誠はぼこぼこにされました。
豪力発現を使用した無月は、その怪力で誠の頭を鷲掴みにする。
「面白い顔のキメラですよね‥‥」
白いゴムマスクの耳元に、無月は笑顔を寄せて囁いた。
「冷静になりなさい。‥‥今回の自分の本分を思い出すのです」
「‥‥うぃっす」
誠は観念して頷くのだった。
サイボーグの剣先がかすめて、リゼットの脇腹から血糊が噴き出した。校庭に倒れて起きあがることのないリゼット。
「死ねやぁ!」
敵討ちとばかりに清四郎が斬りかかる。
紙一重でかわしたサイボーグが、やられたフリをしてその場に倒れた。
生徒4人を守るのは、清四郎とソウマ。
彼らを包囲するのは、バフォメット、アヌビス、鬼仮面。諸般の事情で白マスクは欠席である。
今にも襲いかかろうとしたところで、パンとクラッカーが鳴らされた。
「‥‥終了〜。お疲れさま」
真っ赤なヘルメットにデニムベストを来たアリスが看板を手に姿を現す。ホアキン制作の看板を掲げるその姿は、往年のテレビタレントを思わせた。
看板にはこう書かれている。
『This Funny Valentines Day is presented by ULT.』
(この愉快なバレンタインデーは、ULTの提供でお送りしています)
「懲りて頂けましたか?」
へたり込む生徒達に無月が笑顔で告げると、ソウマも言葉を添えた。
「人の幸せを壊すことは、誰にも許されないんですよ!」
さんざん脅かされた彼らだったが、騙されたことへの怒りより、無事に終わったことへの安堵が大きいようだ。
「いいか? こんな下らん狂言してたら、お前らのところへ本物のキメラが現れても、誰も取り合ってくれんぞ?」
改めて警告しながら、清四郎は呆れてつぶやいた。
「やれやれ‥‥、LHの奴らといいこいつらといい、なんでそこまで固執するのやら‥‥」
「モテたいなら、女性に嫌われるような真似をするな」
そう諭したホアキンが視線を向けると、カルミアがラッピングされたチョコを彼らに差し出した。
「これはお詫びの印です。もう、こんなことはしないでくださいね」
『おお〜っ!?』
意外な展開に喜んだのもつかの間、辛子や山葵を混ぜ込んだ特性チョコを口にして生徒達が悶絶する。
それでも、わずかながら納得した表情だったのは、女性からもらえたと思えばこそだろう。
作ったのがホアキンと知れば、さすがに再起不能だったかもしれない。彼らに真実を告げなかったのは、せめてもの情けである。
「なんだかんだ言って楽しめたわ。そうだみなさん。これから美味しいものでも食べに行きませんか」
沙紀に誘われて皆が歩き出したところで、ミズキがイスルを呼び止めた。
彼女がバッグから取り出したのは、綺麗にラッピングされた品だ。
「依頼でドタバタしてたけど‥‥、イスルくんチョコ受け取って」
「ぁ、‥‥ありがとう」
赤くなった顔を隠すようにうつむいて、イスルはそれを大事そうに受け取った。
「くぅぅぅ‥‥」
そんな二人の様子が、なによりも誠を打ちのめしたという。