●リプレイ本文
●町長と対面
やってきた傭兵達は、真っ先に町長の元を訪れた。
挨拶もそこそこに、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が地図を求める。
「戦場となる場所は正確に知っておきたいからね」
町長の広げた地図を見ながら、今度はフィルト=リンク(
gb5706)が口を開く。
「キメラの現在位置や行動パターンを教えてもらえますか?」
町長の説明によると、キメラ達は、北東、北西、南東、南西の4地区に別れて行動しているらしい。
担当するキメラは事前に決めていたため、傭兵の分担も確定した事になる。
「戦闘中は危険なので、住民はなるべく外へ出ないように指示してください」
フィルトの注意を受けて、町長が頷いた。
「わかりました。防災用の屋外スピーカーは壊されてますが、可能な限り伝えておきます」
彼にとっても、街の人間に犠牲者が出るのは何としても避けたいところだ。
「仕事後の演奏の事なんだけどさ‥‥」
水瀬 深夏(
gb2048)の切り出した話に、長田が首を傾げる。
町長の依頼はキメラ退治だけだった。演奏を提案したのがオペレーターだった事に気づいて、澄野・絣(
gb3855)が説明を加える。
「私達はキメラを倒した後、住人の慰労のために演奏会を開こうと思っているんです。よろしいでしょうか?」
「‥‥それはありがたい。ぜひ、お願いします!」
突然の申し出となったが、町長は喜んで提案を受け入れてくれた。
再び深夏が口を開く。
「持ってこられなかった楽器があるんだけど、そっちで準備できないかな?」
本人は演奏しないのだが、物怖じしない性格の深夏が率先して尋ねた。
「どんな楽器でしょうか?」
「アコーディオンを貸していただければ幸いです。無理ならばキーボードを」
これは女堂万梨(
gb0287)だ。
「私はドラムなんだけど、街角には普通ないよね‥‥」
森居 夏葉(
gb3755)が、なかば諦めたように口にする。
しかし、町長は胸を叩いて請け負った。
「なんとかしますよ。どこかの施設にあると思いますから」
●北東の鶏
一番最初にキメラを発見したのは、DN−01「リンドヴルム」に搭乗して北東地区へやってきたフィルトだった。
瞳の色が藍色なのは、彼女がすでに覚醒している証拠だ。
エンジン音を響かせてキメラに接近した彼女は、アーマー形態を取ろうともせずに、キメラへ突進していた。
鶏キメラはバタバタと羽根を動かしつつ、不格好ながらも身をかわす。
タイヤを軋ませて急停止したフィルトが、リンドヴルムをアーマー形態にさせて装着した。
コケーッ!
鶏の鳴き声が空気を震わせると、込められた霊波がフィルトの生命力を削り取る。
湿らせた脱脂綿を耳に詰めていなかったら耳にもダメージを受けていただろう。耳をふさぐ行動は大きな隙を作るので、彼女等の対策は非常に有効だったわけだ。
フィルトもアサルトライフルを構えて反撃を開始する。
命中はしなくとも、行動範囲を限定するのが狙いだった。
彼女の目的は二つある。
一つ目は、鶏キメラが他のキメラと合流するのを妨げる事。
二つ目は、生きたままで捕えて研究所へ引き渡す事だった。
●南東のロバ
フィルトから交戦に突入したという連絡を受けた頃、夏葉とホアキンはキメラを捜索中だった。
ロバキメラが隠れている可能性を考慮し、夏葉は探査の目であたりの様子をうかがっていた。
草を喰っているキメラを見つけたのも彼女だった。
「ロバの目は顔の左右にあり、とても視野が広いよ」
というホアキンの助言により、ふたりは奇襲を諦めていた。
先手必勝のスキルを使ったホアキンは、接近戦へ引きずり込もうと、敏捷さを活かしてロバキメラを強襲する。
さらに、夏葉が続いている事を見たキメラは、逃亡が難しいと判断したのか攻撃に転じた。
ヒヒーン!
ロバがいななくと、近くにいるホアキンよりも、離れていたはずの夏葉が大きなダメージを負った。
「くっ!」
先ほどの打ち合わせの後、彼女は脱脂綿を耳に詰め直し忘れていたのだ。
「‥‥やかましい」
イアリスを握ったホアキンが、ロバキメラの体に斬りつけた。
耳を痛めた夏葉だったが、ホアキンのハンドサインで彼の意図を察知する。
間合いを外そうとしたロバキメラは、夏葉の銃弾によってそれを阻まれ、再びイアリスによる傷を受けた。
夏葉の耳の痛みが辛うじて回復する。事前に使用していたGooDLuckによる恩恵かもしれない。
「よくもやってくれたね!」
クルメタルP−38を向けた夏葉が、影撃ちのスキルを使用して銃撃を成功させる。
キメラがホアキンに尻を向けたが、これは逃走を目的としたものではい。ロバキメラは全身のバネを使って、後ろ足でホアキンを蹴りつけてきた。
続けて蹴ろうとしたキメラの後ろ足を、夏美の放った弾丸がえぐった。
体勢を立て直したホアキンが急所突きを狙う。
ドスッ!
イアリスの真っ直ぐな刀身が、ロバキメラのこめかみを貫いていた。
●北西の猫
絣は、未だに猫キメラの姿を視認していない。
彼女がキメラを探そうとはしていなかったからだ。
物陰に陣取った彼女は、隠密潜行によって気配を消し去り、遠隔狙撃を行うべく待ちかまえていた。
スナイパーである彼女にとって、待つ事と見る事は、本職である。
「さて、気付かれる前に仕留め切れれば最高だけど‥‥」
姿よりも先に、やかましい鳴き声が彼女の耳に届く。
脱脂綿を耳に詰めた彼女は、今度は視力で標的の存在を確認する。
強弾撃を使用して、攻撃力を強化。
ただでさえ長射程を誇る長弓「桜花」を手にしていながら、彼女はさらに狙撃眼を使用した。
彼女だけが攻撃できる距離で、一方的に攻撃を叩き込むつもりなのだ。
ヒュン!
風を切るかすかな音と共に真一文字に飛んだ矢が、猫キメラの肩に刺さった。さらに2本目も命中。
ニャーッ!
猫キメラのあげた叫びは無力だった。
脱脂綿による耳栓はもちろんだが、距離が遠いために知覚攻撃も届かないのだ。
彼女が再び矢をつがえる前に、猫キメラは逃走し始めた。長距離における強力な攻撃が、キメラに恐怖を植え付けたのだろう。
「行かせないっ!」
牽制目的で放たれた弾頭矢は、猫キメラの眼前で炸裂する。
●包囲戦
フィルトは攻めあぐねていた。
生きたままの捕獲にこだわるあまり、どうしても攻撃が浅くなっているのだ。
キメラの逃亡だけは阻止しているが、それは踏み込んだ攻撃をしていないという事でもある。
しかし、彼女自身にとっては成果が上がらずとも、戦況全体をうかがうなら、彼女もまたきちんと仕事を果たしていた。
彼女が鶏キメラの足を止めている間は、仲間達も眼前の敵に集中できる。
「私達も手伝うよ」
夏葉と、それにホアキンもこの場に姿を見せた。
ロバキメラを倒したふたりが、距離の近いこちらへ応援にやってきたのだ。
「できれば殺さずに捕獲したいのですが‥‥」
フィルトが悔しそうに告げる。
「ただ殺すのに比べて、捕獲するのはよほどの実力差がないと難しいよ。キメラは大人しくつかまったりしないからね」
残念に思いながらも、フィルトは忠告を受け入れた。
キメラはまだ他にも残っているし、鶏キメラだけに時間をかけるわけにもいかない。
「わかりました。このキメラを倒します」
準備したロープは死骸を持ち帰るのに使おうと、彼女は決断した。
鶏キメラはスピードこそ今ひとつだが、トリッキーな動きでこちらの攻撃を回避する。
しかし、3人で囲い込めば、逃げ切ることなど不可能だった。
3方向からの攻撃にさらされて、鶏キメラは反撃らしい反撃もできない。
夏葉の銃弾やホアキンの流し斬りに追い立てられた鶏キメラは、フィルトのアサルトライフルによって息の根を止められた。
●南西の犬
AL−011「ミカエル」を装着した深夏が、前衛として犬キメラとの格闘戦に臨んでいた。
激熱を装備した両拳で、犬キメラに殴りかかる。
性格を考慮すると、彼女ほど前衛に向いている人間はいないだろう。
万事控えめな万梨は、後衛に回って、錬成弱体による敵の防御力低下をはかっていた。
どちらも適材適所というわけだ。
深夏に噛みつこうとして失敗を繰り返した犬キメラが、再び口を開く。
ワオーン!
遠吠えによる衝撃がふたりを襲う。
ふたり揃って耳栓を準備していなかったのは失態だった。
万梨の超機械から青白い電波が犬キメラに向かって飛ぶ。
「うまくいけばいいけど」
彼女の賭けは失敗に終わる。残念ながら、虚実空間では騒音攻撃を妨害できなかったのだ。
しかし、状況を把握し、対策を試みる彼女の姿勢は、これから何度でも彼女自身を救うはずだ。
「攻撃は最大の防御って事で♪」
豪胆な深夏は、防御法を確立するより先に、敵をねじ伏せるべく果敢に攻め立てていた。
ニャーッ!
意外な方向から聞こえてきた別種のキメラの声。
「くっ‥‥!」
ふたりを新たなダメージが襲う。
「そ、そんな。絣さんは‥‥」
不吉な予想が頭に浮かび、万梨の顔から血の気が引いた。
慌てて連絡を取るべく無線機に手を伸ばすと、同じタイミングで通信が入った。
『ごめんなさい。ビル内で猫キメラを見失ったわ』
すまなさを滲ませる少女の謝罪。
だが、万梨は彼女が無事だった事に安堵の吐息を漏らす。
「わかりました。その‥‥こちらに任せてください」
絣を安心させるべく、万梨はそう告げていた。
●団体戦
傭兵ふたりと、キメラが2体。
数的には同等のはずなのに、傭兵側が押されていた。
犬キメラと猫キメラは、連携によって攻撃の成功率も、防御時の回避率も上昇しているのだ。
「まいったぜ」
動きを鈍らせることなく拳を叩きつけながら、深夏がつぶやいた。
厄介なのは、鳴き声による知覚攻撃だった。効果範囲が広がっており、回避が難しい。
「攻撃を分散していては、こちらが保ちません」
錬成治療で練力を使い切った万梨の言葉に、深夏が頷いた。
「それなら、狙うのはこっちだ!」
深夏は本来の標的である犬キメラに的を絞る。
拳に描かれている炎の模様は、すでに犬キメラの血で見えなくなっていた。それでも殴る。
万梨の持つ超機械も、犬キメラに向けて電磁波を発し続けていた。
攻撃対象から外れたからといって、猫キメラがそれを傍観しているはずもない。後衛の万梨を狙って側面から跳びかかった。
タン! タン! タン!
宙に浮かんでいた猫キメラは、身をかわす事もできない。
飛来した3本の矢に貫かれ、小さな体が地面に転がった。
恐るべき長射程の狙撃を成功させたのは、こちらへ駆けつけた絣だ。
「遅れてごめんなさい」
「いいえ。ありがとう」
駆け寄る絣には謝罪されたものの、万梨にとっては助けられた感謝の気持ちの方が大きかった。
勝利を確信した深夏は、竜の爪によって攻撃力を上昇させる。
「くらえっ! 俺の必殺の一撃!」
ミカエルの腕が火花を散らしながら拳を突き出すと、犬キメラの頭部は激熱によって粉砕された。
●音楽隊
道路の中央を歩いていく、和装の少女。
絣が奏でている赤く塗られた横笛は、愛用の「千日紅」だ。
伸びやかな音色が、風に乗って遠くまで届く。
最初に反応したのは、子供達だった。
家に閉じ込められて鬱屈していた子供達は、笛を奏でる少女を追いかけ始めた。
大人達から事情を尋ねられて、深夏やフィルトは郊外で行う演奏会について説明する。
どうして傭兵がそんな事をするのか?
尋ねられた深夏はこう返した。
「音楽ってのはさ、音を楽しむもんだろ? だからさ、町の人たちには音楽自体は嫌って欲しくないんだよ」
それは彼女だけでなく、今回の作戦に参加した皆に共通する心情だろう。
「ま、演奏してない俺が言うのもなんだけどな」
からっと明るい深夏の笑顔は、相手の不信感を簡単に解かしてしまう。
絣に導かれる子供達を見て、フィルトは一つの童話を連想していた。
あっちは子供達を連れ去るという暗い結末だったが、こっちは街の人々に笑顔を与えられればいいのだけれど。
童話に始まったこの事件は、童話によって終わろうとしていた。
演奏会場に選ばれたのは、キャパシティが一番大きい、郊外にある河川敷だ。
ステージである土手の上に立っているのは、愛用のケーナを手にしたホアキンである。
聴衆はざっと見て、まだ100人といったところだ。
まだ、器材の準備が整っていないため、楽器を持参していたホアキンがソロで演奏している。
奏でられるのはフォルクローレの名曲だ。アンデス生まれの曲の調べと、アンデスの葦で作られた楽器の音色が見事に調和し、人々は聞き惚れている。
万梨の要望したアコーディオンや、夏葉の望んだドラムもようやく現場に到着し、役場の人間がマイクやアンプやスピーカーの設置を進めている。
さらに、街中を回っていた絣がこの場へ到着すると、客の数がいきなり3倍にまで膨れあがった。
「演奏会というよりも、ライブみたいですね」
万梨の言葉がなによりもこの場の雰囲気を言い表している。
夏葉も同意見だった。
「クラシックって話もあったけど、ノリのいい曲の方がよさそうだね」
彼等が演じたのは、即興のアンサンブル。
(「おや‥‥なかなか面白い音色になるね」)
ケーナを吹いているホアキンは、言葉にできずとも嬉しい驚きに笑顔をこぼす。
この4人で再び組む可能性が低い事を考えると、演奏されるこの曲は、この時この場限りものと言えた。
フィルトや深夏が率先して手拍子を始めると、触発されて手を叩く聴衆が少しずつ増えていく。
全員が参加するまで、数分もかからなかった。
日が傾き、薄暗くなってきたものの、聴衆の熱気は納まらない。
町長の働きぶりは、傭兵達が退くぐらいだった。
河川敷には幾つもの屋台が並び、土手沿いの道路には発電車や照明車まで持ち出されている。
押し寄せる人数も増える一方だ。
キメラの脅威から解き放たれた事で、街の住人達は溜め込んだ鬱憤を晴らしたくて仕方がないのだろう。
傭兵達が演奏していたステージも、住民達に奪われてしまったぐらいだ。
その事で、彼等が気を悪くしたかと言えば、まったくの逆である。
彼等が演奏していたのは、街の人間に活力を蘇らせるため。
それを思えば、この結果は彼等にとっても一番望ましいものなのだ。
活気溢れるお祭り騒ぎを、彼等は満足そうに眺めていた。
この街では、これから毎年、盛大に音楽祭が行われるようになる。
町長の指示で、音楽祭の発案者の中には、傭兵6人の名も記される事となった。