●リプレイ本文
●開演
「コスプレも初めてで、緊張しますけど‥‥。来場者の数に吃驚です。人の波に飲まれないよう、気合を入れなきゃ‥‥!」
初めての光景に驚嘆するリゼット・ランドルフ(
ga5171)。
「こ、こういうお祭りは、初めてですからた、楽しみです‥‥。あ、お、お仕事はちゃんとし、しますのです」
慌てて言い添えた来栖・繭華(
gc0021)にリゼットが微笑んで見せた。
参加者の扮装を確認したマルコ・ヴィスコンティ(gz0279)が腕章の束を取り出す。
「ULTの表示がない人には、これを渡しておくからつけてくれ。一緒に写真に写れば、皆の目に映る機会が増えるからな」
藤田あやこ(
ga0204)、ティーダ(
ga7172)、禍神 滅(
gb9271)、桜庭 結希(
gb9405)の四名にそれぞれ渡していく。
「頼んでおいた防犯用カラーボールは準備できましたか?」
結季に求めに応じて、マルコは持参したボールを渡す。安価な物なので、出張所配備用の品をもらってきたのだ。
「使うときは気をつけてくれよ。施設内とか第三者を汚すと問題になるから」
「はい。気をつけます」
「あ、あの、パンフレットみたいなのがあったら、配ってみようと思うんです‥‥」
繭華の提案に、配布用に持ち込んだ『能力者ノススメ』を20冊ほど渡しておく。
「警備のついでに頼むよ。足りなくなったら、入れ替わりの時にでも、また持って行ってくれ」
「わ、わかりました。頑張ります」
初の依頼参加ということもあり、繭華はやる気で溢れていた。
「マルコさんはコスプレしなんですか?」
親しげに尋ねるのは、幾度も広報関連の依頼で顔をあわせている要(
ga8365)だった。
「俺はそっちの趣味ないしな」
「そうおっしゃるとは思ってました。‥‥でもウサミミだけでもいかがですか?」
秋まつりで勧めたバニーガールからは妥協しつつも、ウサミミを手に食い下がる。
意外な熱心さに押し切られて、マルコは渋々受け入れた。
「自らお手本を示してくださるなんて、さすがマルコさん♪」
気が変わらぬうちにと、要がそそくさとウサミミを取り付けた。
要の構えるカメラの前で、引きつった表情のマルコを眺め、夜羽 ハク(
ga8230)は苦笑を浮かべていた。
●第一幕
A班は警備のために会場を回っていた。
会場内に出没する『ゴスロリな小悪魔』とはリゼットのことだ。
クラシックなゴスロリワンピースで、背中にはデビルウィングを生やしている。靴やアクセサリー、さらにはマニキュアも黒。
腕に巻いている腕章が『ULT』を主張していた。
彼女は警備を主目的としているようで、ゴスロリファッションとは不釣り合いな、巨大ぴこぴこハンマーを担ぎ、予備として水鉄砲を装備していた。
単独行動を望んだリゼットとは違い、ティーダと繭華は一緒に行動している。
ティーダはゴシックパラソルを差し、繭華はULTと銘記された大きなプレートを掲げている。
そして、お互いの空いている手は、はぐれないようにしっかりと握られていた。
「さて、これだけの人の警備です。気を引き締めなければ‥‥」
「は、はい」
ティーダは無愛想な印象を与えるが、ぎゅっと握ってくる繭華の小さい手が可愛くて、思わず握り返してしまう。彼女は可愛い女の子に滅法弱いのだ。
「すいませーん。一枚いいですか?」
通りすがりの注文を、無表情ながらも絶対に拒まないティーダは、内心でコスプレを楽しんでいるに違いない。
「こ、こちらもどうぞ」
自分たちへ興味を示している人を見つけて、繭華は『能力者ノススメ』をおずおずと手渡していく。
「考えてみれば、KV少女のコスプレは能力者に一番ふさわしいかもな」
B班の3人を見て、コスプレにうといマルコがぽつりと漏らした。
ハクのコスプレはディスタンのKV少女だ。
「建材の軟質ボードを使用してるんです。塗装ではなく、裏地をはがした布地のラリッサを貼り付けました。基本的な動きを可能な限り阻害しないように組み上げるのに苦労したんですよ」
見物人の質問に応え、自分のこだわた箇所や、コスプレについて口にする。
細部までこだわりつつ、動きを阻害しないように見極めた苦心の作だという。ULTマークは左肩アーマー部に印刷されていた。
「テンちゃんコスなのですよー♪」
要は水中用機体テンタクルスのコスプレで、スクール水着にアーマーを装備。露出や寒さ対策のために、スクール水着の中にはボディファンデを着用している。
『ULT』と書かれたゼッケンは水着の胸に縫い止めらており、広報的には非常に有効‥‥かもしれない。
「テンちゃんぬいぐるみも持参なのです。もふもふ〜」
片腕に抱いているぬいぐるみの感触を、楽しそうに確かめている。
「テンちゃんはビーストソウルに乗る前の愛機なのです。今も手元に置いて愛でてますよ」
最後は結希だ。
「小さなフィギュアから大きなコスプレにする関係でディテールがどうしても甘くなるから、駐機場のディアブロを撮影してモールドやメンテナンスハッチを製作したのよ」
フィギュアでは再現されていない細かな点にまで彼女はこだわり抜いたのだ。
●第二幕
こちらはC班。
「そこ。転倒や衝突の危険がありますから、走らないでください。そこ。緊急時の移動の妨げになりますから、床に座ったり指定以外の場所で休憩しないでくだい。そこ、混雑の原因になって事故を招く恐れがありますから、一箇所に固まって談笑しないでください」
ビシバシと注意していくあやこに、滅が目を丸くする。
「へー、 あやこさんて手慣れてるんだなー」
「即売会にサークル参加した経験がありますから」
にこやかに語っていた彼女が、不意に眉を顰めたのは、階段の下でたむろしている男達を目にしたからだ。
「あんな場所から視線を向けられると、女性は恐怖を感じますのでれっきとした迷惑行為ですね」
「今度は僕が行ってくるよ」
彼らに近づいた滅が声をかける。
「会場に来ている他の人の迷惑なりますから、移動してもらえませんか」
穏やかに話しかけたものの、若い容姿やメイド風な衣装が相手の侮りを招く。
「勝手に迷惑がるなよ。言いがかりつけられて、俺たちの方が迷惑だよなー」
ゲラゲラ笑う彼らの態度が、滅を苛立たせた。
「迷惑しているから辞めろって言ってんだよ。言葉理解出来んのか? それとも理解できる頭がないか、どっちだ、あぁ?」
覚醒した滅の瞳が妖しく光り、その顔は般若のごとき形相となる。
凄まれた男は、顔を引きつらせてその場にへたり込んだ。
食事は各班で時間をずらして取ることとなっている。
「え、えっと、その‥‥サンドイッチ作ったのです。も、もしよかったらどうぞなのです」
繭華が差し出したランチボックスから、色とりどりの可愛いサンドイッチが顔を出していた。
「キュウリのサンドイッチはマスタードが効いていて美味しいですね」
「ポテトサラダも美味しいわ」
リゼットやティーダに誉められて、繭華が嬉しそうに微笑む。
「食後にこちらのクッキーはどうでしょうか?」
リゼットのお菓子をつまみつつ、彼女らは見回りの情報交換を行った。
「撮影前に許可を取らいと‥‥盗撮です」
そんな風に釘を刺しながらもモデルに応じていたハクは、コスプレイヤーに頼まれて撮影の手伝いまでしていた。
「制作費は20万C。プラモ製作とかそういう技術を駆使したのよ。プロのモデラーには適わないけど、基本的な技術ならいける!」
傍らで気勢を上げる結季は、こだわっているためか暴走気味に語り始めた。
「まず、KV少女フィギュアがベース。安っぽくならないように、装甲等の金属部はベニヤ板に厚さ0.3mm程度の極薄のアルミ板を螺子で固定。塗装はエアブラシを利用。薄塗りを繰り返してムラの無い塗装方式。塗装終了後、擦れ易い角や、脚の部分をヤスリで軽く削り、アルミの地肌が見えるようにしてリアルさを演出」
結季の言葉は止まらず、周囲で眺めている見物客よりも、同好の士であるコスプレイヤー達の方が食いついた。
「その後、塗装に使ったものとは別系統の溶剤を用いる黒系統の塗料を非常に薄く溶いて全体にかけ、適当にふき取る事でいわゆるウウオッシングと呼ばれる手法を用いたウェザリングによる汚し塗装を実施。エンジンや吸気口など汚れが集中する箇所は念入りに汚し塗装」
時ならぬコスプレ制作講座で盛り上がるコスプレイヤー達。今、彼らの気持ちは一つであった。
コスプレに夢中の結季の傍らには、カラーボールが虚しく残っている。
見物客相手に『能力者ノススメ』を配布しているマルコだったが、あまり成果はない。誰だって、ウサミミをつけた男よりも、KV少女に扮した要から受け取ろうとするからだ。
そこへ顔を出した滅は、意外な反響を受けて戸惑いを見せる。
身を包むのはファイバーメイド服。防弾繊維で出来たノースリーブで、短パンメイド服にエプロンドレスだ。
「僕はコスプレしているつもりはないんだけどねー。いつも着ている服だし」
彼の台詞が聞こえて、『僕っ子だーっ♪』という歓声があがり、滅は首をかしげた。
「‥‥? 僕は男だよ」
『男の娘だーっ♪』
今度は別方角から声があがる。どちらにせよ、好む人間がいるらしい。
「メイド服ってコスプレになるんだ? 僕知らんかったな。男の娘も流行なんだ。へー」
彼は未知の世界に触れてしまったようだ。
●第三幕
「こちらにはみ出ると通行の邪魔になります。もう少し、左によってください」
長蛇の列を見かけたあやこは、自ら望んで誘導や整理を行っていく。
以前参加したときに感じたアレコレを改善すべく頑張っているのだ。
「よーし、其処までだ。小便は済ませたか、神様にお祈りは、膝を抱えて命乞いする心の準備はOK」
盗撮犯を相手に滅が凄む。
「そんなに盗撮したいのなら僕が戦場に連れて行ってやるよ、其処で思う存分盗撮すると好い、まっ、命の保障はしないけどな」
滅が取り押さえた男に、あやこは冷たい視線を向ける。
「現行犯逮捕なら一般人でも許可されています。こういうイベントは警備会社を雇っていたり私服の刑事が巡回していたりしますので逮捕して引き渡しましょう」
あやこのセーラー服が翻ったのを見て、滅が注意する。
「あんまり動くと、下着が見えるよ」
「大丈夫です。襟の中やスカートの中が見えないよう、体操着とブルマを着込んでますから。下着が見えない様に黒ビキニも着用しています」
盗視者への警戒なのか、彼女は意外なほど重装備だった。
逃げる男と、追いかける『ゴスロリな小悪魔』。
「逃がしませーん」
ピコーン!
ピコピコハンマーを高らかに鳴らして、盗撮者をはり倒したリゼット。
動き回っていることが多く、寒さ対策に持参したコートはあまり出番がない。
彼女も警備員の元へ犯人を引っ立てて行く。
休憩ブースにいた要が、その光景をたまたま眺めていた。
頬張っているのは物販ワゴンで買い込んだヤキソバパン。
「お腹がすいては警備ができませんから!」
と主張しているものの、彼女が食事しているのは珍しい光景とは言えなかった。
ゴスロリ担当のA班のうち、リゼットは警備主体で動いているため、繭華とティーダがコスプレ会場へ姿を見せた。
「え、えっとその‥‥服屋のお姉ちゃんからす、勧められて、こ、この衣装になりました」
繭華の格好は、フリルが多めで、胸が強調されており、腰にかなり大きめのリボンが付いている。さらに猫耳のカチューシャだ。
「ティーダは気に入っているブランドの『Steishia』で揃えました」
いつも着ているゴシックワンピースだし、『警備がメイン』とも口にしているが、十分なこだわりが感じられた。
彼女のメイド衣装は、黒一色のシックな印象で大人っぽさを演じている。胸は大きめで胸元が大きく開いており、スカートの下はレギンスで色はもちろん黒だった。
カメラマンの要望を受け、雰囲気にノセられたティーダは、跳んだり跳ねたりしている。
●終幕
ハクは一般者の問題行為は注意、警告、本部へ連行の3段階で考えている。
「盗撮犯は殴り飛ばされても文句‥‥言えませんよね‥‥?」
盗撮等の犯罪行為は捕獲後まず証拠の確認、罪状確定で『萌えないゴミ』行き。
それは誤字などではなく、
「燃えないゴミ‥‥? いいえ、萌えないゴミです!」
いつもと違って、ハクはきっぱりと言い切った。
警備員の元まで連行すると、あやこ達もうなだれた男を突き出していた。
能力者に女性が多いこともあり、本日は盗撮者達にとって受難の日であるらしい。
ちなみに、水鉄砲でカメラを撃ったはいいが、犯罪の証拠が失われたため、口論をしている要の姿も見受けられる。
警備員の忙しさは例年と質が違っていた。警備巡回よりも事情聴取が多いのだ。
表面上は事件の発生件数が増えたように見えるが、これまでは泣き寝入りしていた被害者が多かったとも言えるだろう。
「あ、ティーダお姉ちゃん。あ、あそこの人、な、なんか変なのです」
繭華が見つけたのはまたしても盗撮者で、ハリセンでしばいたティーダが取り押さえて、手錠で拘束する。
そこへ、リゼットからの無線連絡が入った。
『ひったくりが発生しました。人混みが凄くて追い切れません。服装はモスグリーンのコートに青いジーンズ。黄色のリュックを背負ってます。髪は茶色に染めてました。左の耳にピアスが3つあります』
ミネラルウォーターで水分補給していた繭華は、その犯人を見かけて走り出した。
会場内はどこも人だかりができており、逃亡しづらいのと同じく追跡もしづらい。
「アレですね」
「止まれ、こらっ!」
同じく無線を聞きつけたあやこと滅が、前方を防ぐように回り込む。
繭華との挟撃を受けた犯人は、会場の外へと抜け出してしまった。
人混みで足止めを受けている繭華が、このときばかりは声を振り絞って叫んだ。
「そ、その人は、ひったくり犯ですーっ!」
コスプレ会場まで届いた声を聞き、一目散に逃げる男を追いかけてマルコが走り出した。
そのマルコを追い抜いたのは、ひとつのボールだ。
パコーン!
逃走男の後頭部に命中したカラーボールが弾け、オレンジの塗料がべっとりと頭部を塗らしていた。
「大当たりーっ♪」
歓声を上げたのは投じた結季だ。ようやくカラーボールにも出番が巡ってきた。
犯人へのマーキングがどうとか関係なく、脳しんとうを起こした男はその場で気を失っている。
「えっと‥‥」
犯人確保に成功したものの、小柄なためにまごついている繭華を見て、マルコが男を肩に担ぐ。
「せっかくの衣装が汚れるから、こいつは俺が運ぶよ」
体格的にいってもこれはマルコの仕事だろう。
「あ、ありがとうございます」
彼らの仕事は、もうちょっとだけ続くのだった。