タイトル:コイノボリ阻止戦マスター:トーゴーヘーゾー

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/17 04:48

●オープニング本文


 その日、彼は休日を利用して、朝から林の中へ分け入って、川釣りに励んでいたという。
 ガクンと、握った釣り竿にアタリがあったかと思うと、彼の手から釣り竿がすっぽ抜ける。
 慌てて追いかけたものの、川縁に落ちた釣り竿は水中に引きずり込まれる事もなく、無事に回収できた。
 確認してわかったのだが、切れたのは糸ではなく、釣り針だった。釣り針が鋭利な歯で噛み千切られていたのだ。
 不審に思った彼は、水面にたびたび背びれを見せる魚影を追って、川の流れに沿ってさかのぼりはじめた。
 10mほどの滝へさしかかり、彼はその場面を目撃する。
 何匹もの鯉が、滝を登ろうと果敢に挑戦していたのだ。

「‥‥という連絡を頂きました。通報ネームは川釣りの好きな川田さん(48歳・男)」
 砕けた口調で説明するのは、オペレーターの榊しのぶであった。
「滝を登り損ねた鯉が、岩に激突した時に赤いフィールドを発生させたらしいわ。キメラと考えて間違いないでしょうね。魚の体長は20cmほど。10匹は越えているらしいけど、正確な数を数えられなかったみたいね。あなた達に依頼するのは、このキメラ退治よ」
 現状を告げるだけでなく、彼女はさらに言葉を続けた。
「スポーツフィッシング用に湖へ放流されたブラックバスが、生態系に影響を与えている‥‥かも? って話を聞いた事ある? 諸説あって、バスだけが原因とは言い切れないらしいけどね」
 唐突な話題転換だったが、話はその後も続く。
「実は、鯉にも同じ事が言えるらしいの。鯉は生命力が強いから、ブラックバス以上に悪質だとまで言われてるくらいよ。滝のさらに上流には湖があるから、鯉を模したキメラを野放しにしておくと、生態系に深刻な問題が発生するかもしれないわ。地味かも知れないけど、重要な役目だと理解してね」
 しのぶがその滝を移した写真を見せる。キメラ自体は体も小さいため写真でははっきりと確認できない。
 錦鯉のように派手な体色はしておらず、全体的にモノトーンで野鯉と呼ばれる種類と思われた。
「魚型のキメラだし、装備は水中戦を前提にすべきでしょうね。滝壺の深さはおよそ2m。水中は気泡や泥で視界が悪いみたいだから、お互いが動けるだけの距離を取ると、配置できるのは多くても5人かしら?」
 募集人員が8人と言う事を考えると、当然疑問も湧いてくる。
 尋ねられた彼女は笑って答えた。
「滝壺で討ち漏らした時に備えて、残った人間は滝の上で待ち伏せすればいいのよ。中国の故事では、滝を登った鯉が龍になるって言うじゃない? 滝登りを果たしたキメラは、意外な強敵かもしれないわよ」
 しのぶがそう口にしたのは、あくまでも冗談のつもりであった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
森居 夏葉(gb3755
25歳・♀・EP

●リプレイ本文


●滝の下 1

 滝を登るべく群がっている鯉キメラを、諫早 清見(ga4915)が眺めている。
(「生態系を壊さないようにって話だから、周辺環境も壊さないように戦いたいところだね」)
 考えてみれば、鯉キメラの被害とは、世界情勢の縮図とも言える。地球人という在来種の生活圏が、バグアという外来種によって脅かされているのだ。
「待たせたね」
 そう告げた森居 夏葉(gb3755)の横に、キョーコ・クルック(ga4770)も並んでいた。
 ふたりは林の中で水着に着替えてきたところだ。
 ものものしくエアタンクを装備しているのはキョーコひとりだけである。
(「ちょっと重いけど仕方ないか‥‥息継ぎなんてけっこうな隙になるし‥‥」)
 キョーコは所持品のほとんどを濡れないようにカバンへ詰めながら、すぐに必要となる着替えやタオルはあらかじめ出しておいた。彼女の準備の良さは、メイドとして培った経験によるものだろう。
「さて、はじめようか」
 キョーコはふたりを促して、ひんやりとした水の中へと足を踏み入れていた。

●滝の上 1

「たまには釣りもいいものだ‥‥」
 滝の下をのぞける位置で石の上に腰掛けたUNKNOWN(ga4276)は、滝壺へ向けて釣り糸を垂らしていた。
 彼の服装は、黒いスリーピース・スーツにコートを羽織り、革手袋にシルクのロングマフラー。夜会であれば、人目を引きつけて離さないダンディな装いだ。‥‥が、真っ昼間の森の中では場違いと指摘されても仕方がない。
 弓と矢を傍らに置いているあたり、仕事を忘れているわけでもなさそうだ。
 すでに覚醒状態なのは、釣りのために隠密潜行を使用しているためだ。
 すぐにアタリがある。
「お、大物だ‥‥」
 続けて、夏葉の悲鳴。
 どうやら、釣り針が引っ掛けたのは夏葉の水着らしく、彼女の苦情が耳に届く。
「これは失礼」
 帽子を取って軽く謝罪すると、夏葉をキャッチ&リリース。
 タバコの煙をくゆらせながら、彼は釣りを再開する。
「どうかね、UNKNOWN君? 成果の方は〜?」
 今回の相棒であるドクター・ウェスト(ga0241)が尋ねた。
 その問いに応えるように、彼が釣り竿を引き上げると、糸の先に鯉らしき魚影がぶら下がっている。
「それなら調度‥‥」
 不意に釣り竿が軽くなり、釣り上げたはずの獲物が宙を舞って水中に没していた。
 スナイパーである彼の目は、釣り針が噛み千切られているのを見て取った。
「‥‥取り逃がした所だ。どうやらあのキメラは釣りに向いていないらしい」

●滝の下 2

 滝壺は予想以上に視界が悪かった。流れ落ちる水の気泡や、かき回される泥のせいだ。
 鯉キメラは傭兵達に興味はないのか、あるいは負けると理解しているためか、滝登りを優先している。
 夏葉は味方の位置関係に気を使いながら、水中用拳銃「SPP−1P」で狙い撃つ。味方が側面に位置した状況ならば、流れ弾が味方にあたる心配はない。
 わずか4発の弾丸はすぐに尽きた。成果は2匹だ。
 滝の上のUNKOWN達にかかる負担を軽減すべく、清見は登り出しそうな動きの鯉キメラから優先的に狙っていた。
 彼が閃かせた水中剣「アロンダイト」は、切っ先が敵に届かずとも、キメラの注意を引くことはできたらしい。アロンダイトが水中で翻り、こちらに向かってきた1匹目と、さらに2匹目も両断する。
 夏葉も清見も身軽に動けるものの、その代償として頻繁に息継ぎが必要だ。
 水面で呼吸中のふたりを狙った鯉キメラを、キョーコのSPP−1Pが射抜いた。
(「お前達の相手はこっちだよ!」)
 至近距離に迫る鯉キメラに、彼女が引き抜いたアロンダイトで応戦する。
 呼吸の不安こそ無いものの、エアタンクを背負っていると動きそのものは制限を受けてしまう。
(「ちっ水中戦は慣れないから勝手が‥‥」)
 水の抵抗を考えて、突きを主体としているが、それでもキメラの数に翻弄される。3匹は倒したはずだが、まだ彼女にまとわりつくように数匹のキメラが泳いでいる。
(「さすがに数が多すぎるって」)
 毒づいたものの、彼女とて一人ではない。
 呼吸を終えた夏葉と清見が再び潜り、それぞれ手にしたアロンダイトでキメラへと斬りかかった。

●滝の上 2

 ピーヒョロロ‥‥。
 青空では鳶が円を描いて飛んでいる。
 タバコの煙を吐きながらUNKNOWNがつぶやいた。
「のどかだな」
「うむ。同感である」
 滝の上はのんびりとしたものだった。

●滝の下 3

 水深2mというのはつくづく中途半端だった。水中戦を行うには、地面と水面が近すぎて、動きづらいことおびただしい。
 鯉キメラそのものは弱いというのに、仕留めるとなるどうしても手間取ってしまう。
 キメラへの応戦にかまけている最中、キョーコは滝へ向かった一群に気づいた。
 手にしたアロンダイトに練力を注ぎ込み、ソニックブームの衝撃波を放つ。
 一番近い個体を倒せたものの、残りは射程外に逃げられてしまった。
 遅れて気づいた清見が水面へ顔を出した時には、すでにキメラが滝の中程まで登ったところだった。
(「届かないかもしれないが‥‥」)
 準備しておいた通常装備の爪をキメラに向けて振ると、発生した黒い布のような衝撃波がキメラを撃ち落とす。続けて、2発目、3発目。
 残念ながら、最後の真音獣斬は届かなかった。
 果たして、何匹の滝登りを許してしまったのか‥‥。

●滝の上 3

 一瞬だけ水面に姿を見せたキメラが、再び水中へと姿を消した。
「私には龍とは思えないんだが‥‥。そっちはどうだ?」
「我輩の辞書にも『龍』としては載ってないね〜」
 UNKNOWNの質問に、ウェストが首を振って答える。
 滝の上に姿を現したのは、2m近い巨大魚に蜥蜴の四肢が生えた生物。とても、龍とは言えぬ存在だった。
 水面下に潜られると、敵の位置を特定できないため、ふたりは川の中へと踏み込んでいく。
 一人は白衣。一人は黒のコート。
 水に入るには相応しくない格好だったが、ふたりとも譲れない美学というものがあるらしい。
「私の称号を知っているか?」
「今回は『らいおんさん』だったかね〜」
「つまり、――らいおんさんとして、落とさないと、ね」
 見つけたキメラへ向かって、UNKNOWNはショートボウで弾頭矢を放った。
 水中用ではないため爆発の威力は小さかったが、バランスを崩したキメラが川の急流に転がっていく。キメラも変態したばかりで動きに慣れていないようだ。
(「‥‥そういえば爆弾漁業という方法もあったな」)
 この場に不必要な知識が彼の頭をかすめる。
「キメラを千尋の谷へ突き落とすのは結構だが、戦友達に押しつけるのはいかがなものかね〜。我輩としてもキメラとは戦いたいのだよ〜」
 軽い口調のセリフだったが、キメラに対する憎悪がかすかに感じられた。
「ならば、私達の手で倒すとしようか」
 彼の意を汲んで、UNKNOWNが頷く。
「けひゃひゃひゃ、さあ、キメラどもよ、上ってくるがいい〜!」

●滝の下 4

「さっきの1匹が最後みたいだね」
 最終確認を終えた清見の言葉に、同じく水面に顔を出していた夏葉が悔しそうな表情を浮かべる。
「せっかく、GooDLuckを使ったのに、意味がなかったかなぁ」
「どうしてGooDLuckなんかを使ったのさ? 特殊な攻撃をしかけてこないし、幸運を上げても意味がなさそうだけど?」
「なんか、いいことあるかなと思って」
 おどけるように夏葉が答える。
「たとえば、滝の上のUNKNOWNさんが叩き落した鯉が偶然掲げた剣の上に‥‥」
 夏葉がアロンダイトを真上に突き上げた時のことだ。
 大きな物体が頭上から降ってきて、夏葉のすぐ後ろで水面に激突する。
 激しい水音がしたかと思うと、弾けた大量の水があたりへ降り注いだ。
 剣が突き刺さる事は無かったものの、夏葉が『これ』の下敷きにならなかったのは、幸運と言えるかもしれない。それならば、先ほど使用したGooDLuckも無駄ではなかった。
「なっ‥‥」
 目の当たりにしたキョーコが絶句する。
「な、なんだ、これは!?」
 清見の問いに答えられる者はいなかった。
 大きな尾で水を叩いているのは、蜥蜴の四肢が生えた巨大な鯉なのだ。
 しかし、予想だけはつく。
 龍と言うのは誇大表現に思えるが、これが鯉キメラの成長した姿なのだろう。
「とにかく、キメラには違いないね。あんのんからの追加注文なら、さっさと始末しようか」
 キョーコの言葉に清見と夏葉が頷いた。
 噛みつきしかできない鯉型と比べると、四肢の爪による攻撃は鋭く、それなりに強くなっているのは間違いない。
 しかし、3対1では結果が見えていた。
 とどめとなったのは、キョーコの紅蓮衝撃による一撃だ。
 彼女は頭上を振り仰いだが、再びキメラが降ってくることはなさそうだ。
「これがラストオーダーだったのかな?」

●滝の上 4

 ウェストがキメラと戦いたい理由は、キメラを殺すことだけが目的ではない。
 キメラの容姿、大きさ、能力、外見から分かる攻撃性能、フォースフィールドの強度等、それらの観察にある。戦うことで入手できる情報は多い。
 彼にしてみれば、こうしてキメラと戦うこともフィールドワークの一環と言えた。キメラの生態を知るための、貴重な情報源というわけだ。
 彼が私設研究所で所長を務めているのも、ダテではないのだ。
「さあ、がんばっていこうかね〜」
 ウェストは錬成強化を用いて、自身とUNKNOWNの持つ武器の攻撃力を上昇させる。UNKNOWNは水中用の武器を持っていないため役に立つはずだった。
 ウェストはキメラの行動を観察しながらも、試作型水陸両用アサルトライフルの銃弾を撃ち込んでいく。
 UNKNOWNが手にしているのは、先ほどのショートボウとは違い、エネルギーガンだ。ウェストの錬成強化によって淡く光っている。
 彼は何の感慨も見せずに、射程に入ったキメラへ容赦なく攻撃を加えていった。
 滝登りを果たした鯉は、全部で5匹。内1匹は最初に落とされている。
 残りの4匹は、ふたりでちょうど半分ずつ始末する事となった。

●食事会

 河原の側にある平坦な場所で、一行は食事の準備に取りかかっていた。
 濡れた服もすでに着替えを済ませているし、負傷した人間はウェストの錬成治療によって回復している。
 今の彼等は、キャンプを楽しんでいる一団にしか見えないだろう。
 キョーコが携帯品の包丁で鯉キメラを見事に捌くのを見て、夏葉が尋ねる。
「キョーコは鯉料理なんて良く作るの?」
「まさか。今回のために事前に調べておいたんだ」
 そう答えながら、彼女は夏葉の並べた紙皿に、鯉のあらいを盛りつけていく。
 戦闘で倒した鯉だから、身が多少崩れているのはご愛敬というものだ。
 河原にいるウェストも、巨大魚にナイフを突き立てている。
 やっていることはキョーコと似ているが、彼がしているのは解剖に近い。キメラの弱点を探るという目的のために、細胞サンプルを採取しているのだ。
 UNKNOWNはたき火の前に腰を下ろしていた。
 竹の串を刺した鯉は、彼の持参した岩塩で味付けされ、丁寧に火加減を調整されている。
 清見は、キョーコの指示で中華鍋を使うためのコンロを準備していた。彼女はあらいだけでなく、から揚げや中華風甘酢あんかけまで作るつもりらしい。

 ラスト・ホープへ戻るまでが仕事です。‥‥などと主張する人間はいない。
 酒やビールや紅茶を、思い思いに自分の紙コップへと注いでいる。
「さ〜て、仕事も終わったことだし一杯いこうかな〜」
 キョーコにとっては、キメラ退治よりもこの宴の方が、仕事としての比重が大きかったかもしれない。メニューの調理だけでなく、この場にあるポットセットやミネラルウォーターも彼女自身が準備した品だった。
「ぷは〜、仕事のあとの一杯は最高だね〜」
 彼女は満足感溢れる感想を口にする。
「たまにはキャンプでも皆でしてみるかね?」
 いつもと同じくクールなUNKNOWNだったが、そんな言葉を漏らすあたり、この食事を楽しんでいるのは確かなようだ。
「塩焼きはシンプルだけど、素材の味を引き立てて美味しいね」
 夏葉の論評に、清見が笑って返した。
「そうなると、キメラを作ったバグアにも感謝するべきかなぁ」
 皮肉な話である。
「ところで、このコイノボリキメラが故事になぞらえてるなら、相変わらず地球の文化をよく調べてくる敵だよね」
 神話や伝説ならまだしも、故事や逸話を元にするのは、ずいぶんと地球について勉強しすぎだと感じられた。
 人を脅かすという目的だけでなく、地球人の文化や知識にも興味があるという事だろう。
「龍と言うには無理があるけどね」
 成長した姿が腑に落ちず、夏葉が思わずつぶやいていた。
「そうとも言えんよ〜」
 疑問を呈したのはウェストだった。
「このキメラが変態‥‥つまり成長したのは、諸君もわかっているはずだね〜?」
「それがどうかしたの?」
 彼の指摘が何を差しているのかわからず、夏葉が首を傾げる。
「つまりだね〜。あれが完成形ではなく、成長過程にすぎない可能性もあるんだよね〜。わかりやすく言えば、カエルになる前の、手足の生えたオタマジャクシというところかな〜」
「ほう‥‥。ならば、完全な成体となる前に倒せた我々は、運が良かったのかな?」
 UNKNOWNのつぶやきに、ウェストがため息で答える。
「我輩個人としては残念だがね〜。貴重なサンプルは多ければ多いほど嬉しいのだよ〜」
 そうこぼすのは彼だけだ。
 他のメンバーにとっては、仕事も達成できたし、美味しい食事にもありつけたため、満足のいく結果なのだから。