タイトル:能力者ノススメマスター:トーゴーヘーゾー

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/21 14:21

●オープニング本文


 天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ、人ノ下ニ人ヲ造ラズ。
『学問ノススメ』の一節だけど、いい言葉だよな。
 俺達に当てはめるなら、『能力者は一般人の上に立つわけではない』という自戒の言葉とか、『地球人はバグアに劣ってなどいない』という希望の意味になるかもな。
 俺はULT広報部のマルコ・ヴィスコンティ。
 今回の仕事は、各ULT事務所などで無料配布するための小雑誌の作成だ。
 タイトルは『能力者ノススメ』。
 能力者になるって事は、これまでとはまったく違う生き方を選ぶって事だ。それはみんなだって経験していると思う。
 戦いの場に出る以上、自分を命の危険にさらさなければならないし、目前の敵を殺す事だってある。能力者になるってのは簡単に決断できるものじゃない。
 そこで、それまで一般人として暮らしていたみんなが、どんな事情で能力者になろうと決意したのか、その経緯や覚悟を文章にまとめておくんだ。
 競合地域みたいに戦火へ巻き込まれる可能性が高ければ、能力者志望の人間は多くなる。自分のみを守るためには一番有効だろうしな。
 逆に言えば、平和な地域に住む人ほど、適性があっても‥‥、いや、適性検査すら受けていない人間が多いんだ。
 バグアとの戦いが続けば、どうしたって能力者は減っていく。能力者が絶えた時が地球の敗北する日だと言ってもいいだろう。
 だから、能力者になるという決断は、特別なものじゃないって多くの人に知ってもらいたい。バグアとの戦争が続く限り、誰だって直面する問題だって事を。
 この雑誌を読んでもらえれば、能力者になるのをためらっていた人の後押しができるかもしれないからな。
 雑誌はあくまでもフィクションという体裁で、舞台設定も全て架空のものにする。
 みんなの名前も出すけど、全て仮名という扱いにするから、できれば積極的に参加して欲しい。
 詳細はこれから配る資料で確認してくれ。



『能力者ノススメ』作成資料
 参加者が能力者を志した経緯を、下記の設定に当てはめた形で記述し、責任者へ提出する事。
 広報部にて小雑誌として編集し、各ULT施設にて無料配布を行う。
『能力者の体験談を元に作成しましたが大幅に脚色しており、実在する人物・団体・事件とはなんの関係もありません』との注釈を行う。

○設定概要
 ヘイジョウポリスは突如として襲来したバグア軍の攻撃にさらされた。
 容赦のない爆撃によって平和な街並みは破壊され、辛うじて脱出できた住民達は近隣の都市へ逃げ込む事になる。
 そんな周辺都市の一つに、ヘイアンポリスがあった。
 肉親を失ったり、重傷を負っている避難民達。
 彼等を護衛してきたUPC軍と傭兵達。
 治療や配給に手を貸すボランティアの人々。
 平和な生活を乱され、不満を抱き始めた一部の住民達。
 果たしてエミタ適合者達はどのような決断を下すのか?

○ヘイアンポリスの状況
・医療施設で新たに適性検査を受ける事が可能。強制ではないため、本人や家族の申し出が必要。検査料は無料。
・これまで平和だったため、適合している事を自覚していながら手術を拒否していた人間も多い。
・避難民などの流入によって治安が悪化し、UPC軍の駐留によってバグアに狙われる可能性もあるため、住民側からの不満が増大している。

○注意点
・一般人が能力者となる決意に重点を置く事。
・今回の参加者以外の名は出さない事。個人名を避けて、師匠や恩人などと表現する。
・バグア側の特定の人物との因縁めいた話は却下。
・参加者の交友関係について、現実との差異が発生しても許容する事。

○参考事例
・自分を救ってくれたUPC軍の能力者に憧れたため。
・大切な相手を殺された事への復讐。
・バグアとの戦争を身近なものだと実感したから。

●参加者一覧

/ ドクター・ウェスト(ga0241) / 要(ga8365) / 美環 響(gb2863) / 浅川 聖次(gb4658

●リプレイ本文

※ 能力者の体験談を元に作成しましたが大幅に脚色しており、実在する人物・団体・事件とはなんの関係もありません。

●避難民達

 幌をかけた軍事用のトラックが数台、学校の校庭へ乗り入れて停車した。
 荷台から出てきたのは、誇りや泥に汚れて疲れた表情の人々。彼等はバグアに襲撃されたヘイジョウポリスからの避難民だった。
「ようやくついたね」
「‥‥うん」
 傍らの少女の言葉に要(ga8365)が頷いた。
 トラックの荷台の乗り心地はお世辞にもいいとはいえず、大人数がひしめき合っていたため体を動かすスペースも無かったのだ。
「このトラックに乗ってきた方は、こちらに並んでください。欠けている人間がいないか名簿と照合します」
 浅川 聖次(gb4658)が声をかけて避難民を誘導する。
 実のところ、かれもまた避難民のひとりだった。昨日のうちにこの街へ到着しており、妹と一緒にボランティアに参加していた。
「次のトラックの方はこちらでーす!」
 この声が妹のものである。
 大人達がぞろぞろと移動を開始したため、ふたりの少女も押されるような形で、点呼に向かった。
 もともと身よりのない人間を預かっている孤児施設でふたりの少女は生活していた。今回のバグアの襲撃によって施設も破壊され、ふたりを残して多くの人間が亡くなった。
 彼女たちは、またしても家族を失ってしまったのだ。

●笑顔と希望

 ボランティアも募っており、いろいろと仕事は多いようだが、子供は『子供である』という理由だけで、邪魔者扱いされたりする。
 そんな子供達が校庭の一角に集まっていた。
 教室から持ち出したらしい教卓の向こう側に、少女と見間違えそうな少年が立っていた。
 美環 響(gb2863)は奇術師という肩書きで皆に名乗った。
 大がかりなステージとは違うため、どうしても彼が持参していた小物や、日常品を使った奇術がメインとなる。
 響の奇術を目にして、子供達の目が輝きを取り戻し、しばらく失われていた笑顔が浮かぶ。
 客の中に入って手の甲に乗せたコインにスカーフをかけて消して見せた時の事だ‥‥。
「それならバグアも消してよー」
 子供から投げかけられた、無邪気ながらも深刻な一言。
「残念ながら、僕の手には余るかな。バグアを覆い隠すだけの、大きなスカーフを持っていないからね」
 なんとかユーモアを交えてその場を流す。
「そうだよ。正義の味方じゃないんだから!」
 またしても聞こえた客の声に、響が頷く。
「残念ながら僕は正義の味方じゃないよ。‥‥でも、君達はもう正義の味方と会ってるんじゃないかな? 君達を救い、ここまで守ってくれた能力者達が、君達にとっての正義の味方なんだよ」
 響の言葉が一人の少女の心に光を灯した。
「要ちゃん。私‥‥能力者の検査を受けてみる」
「え‥‥?」
「私はみんなの仇を打ちたい!」
 悲しみに捕らわれていた彼女は、ようやく心の向けどころを見つけたのだ。悲しみを生み出した存在を、自らの手で駆逐したいと。

●できる事から

 何度かアンコールに応じて、ようやく響の小さなステージが終わった。
「ありがとうございます」
 手伝っていた聖次が礼を告げる。
「お礼はいりませんよ。この場に遭遇したのも何かの縁ですしね」
 そもそも、彼はこの地域に住んでいるわけではない。
 奇術ショーを行うためにヘイジョウポリスを訪れて、今回の空襲に巻き込まれたのだ。
「私は人を喜ばせるのが仕事なんです。笑顔を見るのが好きなんですよ」
「おかげで、子供達を楽しませる事ができました」
「わずかな時間だけ‥‥ですけどね」
 聖次の賞賛を受けたものの、響の表情は曇ってしまう。
 彼の見せた奇術で、わずかな時間だけ悲劇を忘れさせる事はできても、皆の不安を消して心から楽しませる事はできなかった。
「それで十分じゃないですか。避難民が一番笑っているはここなんですよ」
 聖次はボランティアとして忙しく働いていたが、こんなに和やかな場所は他になかったのだ。彼自身も避難民だから、このショーがどれほどの慰めになるか理解しているつもりだ。
「それに、僕にはそれすらできませんから」
 特別な力を持たない聖次には、ボランティアとして手を貸す事しかできず、彼のように『与える』事ができないのだ。
 聖次の感じる無力感は、当然、響よりも大きいだろう。
「すみません。僕は増長していたのかもしれませんね」
 謝罪しながらも、響の表情は晴れなかった。
「それでも‥‥、それでも足りないと思ってしまうんです」
 響は先程の子供達の会話を思い浮かべていた。

●選択の重み

「未来科学研究所ですか?」
 耳慣れぬ言葉に要が首を傾げた。
「うん。能力者に埋め込むエミタを作ったり、SES兵器を製造しているところなんだって。そこでも適正検査をしてるらしいよ」
 戦争と縁のない生活をしていた彼女等が、その方面に疎くても仕方のない事だろう。
 少女は宣言した通り、UPC軍兵士から熱心に聞き出して、具体的な行動を起こしたのだ。
「今はどこの病院も手が足りなくて、研究所へ行った方が早いみたい」
 積極的な友人に引きずられる形で、要も研究所へ同行する。
 混雑している病院に比べれば、はるかに閑散としていた。
 ただ、時期が時期である。
 バグアとの戦争を身近に感じながら検査を受けに来た人達だから、ひやかし目的のはずがない。明確な意志を持って来た彼等は、わずかながら緊張した面持ちであった。
「あ、あの人。昨日の手品の人だよ」
 友人が椅子に腰掛けた響を見つけてつぶやいた。
 その声が届いたのか、彼は顔を向けて軽く手を上げて挨拶する。
「もしかしてあなたも検査に来たんですか?」
 少女の問いかけに響が首肯する。
「その通りです。僕にもできる事がないかと思いましてね。それより、君達も受けるつもりなんですか?」
「はい! 私はみんなの仇を討ちたいんです。要ちゃんも一緒に来てくれるって」
 勢い込む友人と、その傍らでコクリと頷いた要。
 そんな彼女の言葉に反応したのは、響ではなく別な声だった。
「我輩は能力者になることを、お勧めしないね〜」
 十字架のネックレスをした白衣の男性が現れ、待合室の人間を聴衆として講義を始める。
 肉体に組み込まれたエミタ金属やSES兵器の影響で、細胞や遺伝子が変質すると。
 信仰上の観点から、とても人類とは認められないと。
「能力者とは人間よりも下だと、我輩は見ているよ」
 彼は能力者の存在を酷く否定的に捉えていた。
「能力者など所詮は道具にすぎない。異質な存在である能力者は、きっと地獄に落ちるだろうね〜」
 そう言い残して、彼はこの場を立ち去っていった。
「‥‥要ちゃん」
 青くなった友人が要の腕にしがみつく。
 だが、脅えているという事は、彼女が諦めていないという事だ。能力者になりたいと思うからこそ、その危険性に恐れを抱いている。
「今日行うのは検査だけです。先生に詳しい話を聞いてみましょう。思い悩むのは、その後の方がいいと思います」
 男が口にした内容は要にとっても人事では無いはずなのに、彼女は淡々と客観的な助言を与えていた。
 そこへ響も言葉を添えてくれた。
「そうだね。手術を受けるのは義務じゃないよ。僕達は自分たちの権利として、検査を受けに来ただけだ。結果も出ないうちから心配しても意味はないんじゃないかな? 僕は適正が無かったとしても、世界を守ると決めているけどね」
 いささか、雰囲気の悪くなった待合室に、自動ドアをくぐって新たな人間が顔を出した。
「あれ、響さん? ‥‥何かあったんですか?」
 見知った顔に声を掛けた聖次は、強張った表情の女の子を見て不審そうに尋ねる。
「ちょっと、厳しい話を聞かされましてね」
 こうして、聖次もまた男の残した言葉を耳にしたのだった。

●それぞれの審判

「待合室で気になる話を聞かされました。エミタの移植によって細胞に悪影響があるというのは本当でしょうか?」
 検査前の問診で響は担当医師に尋ねていた。
「誰から聞いたのかね?」
「ここの先生だと思うんですが‥‥」
 聖次が白衣の男の人相を告げると、医師は首を振った。
「彼はここの医師ではないよ。ドクター・ウェスト(ga0241)といって、能力者のひとりなんだ」
「どうしてここへ?」
「ヘイジョウポリスでの戦闘を終えて、エミタのメンテナンスに来てたんだよ」

「能力者なんですか? その割に否定的な事ばかり言ってましたけど‥‥」
 ウェストの話を聞いた人間は、誰もが不安を感じて医師に確認を取った。
 そのため、響を相手に行った問答を、医師は要にもくり返さねばならない。
「まず、最初に誤解を解いておこうか。エミタの移植によって人体に悪影響を与えるという事実は確認されてないよ。彼がどのようなデータを持っているか知らないけど、個人的な見解に過ぎない。もしもそれが事実だとしたら、私は能力者を増やすような仕事をさっさと辞めているだろうね」
 彼としては、とても同意できる内容ではなかった。
「エミタの撤去手術を行った人間もいて、普通の暮らしに戻っているはずだよ。撤去手術の危険性とは、あくまでも手術の成功率であって、エミタの悪影響が原因じゃないんだ。エミタだけを特別視するのは根拠が乏しいと思うね」
「それだと疑問が残ります。あの人はどうしてあんな事を言ったんでしょう?」
「彼も能力者として暮らしている間に、辛い経験があったのかも知れない。君等に考え直して欲しいと思ったんじゃないかな? それだけの覚悟をしろという脅しなのかもね」

「陸戦部隊と補給部隊の運用方法が違っていても、それは役割に応じた仕事の違いにすぎないだろう? 一般人と能力者も同じで、それぞれ適した戦場に配置されるだけだと思うよ」
 医師の言葉を受けて聖次が頷いた。
「説明した通り、エミタによる人体への影響は、エミタの移植状態でしか発揮されない。それをどう捉えるかは本人の倫理観によるものだね」
「能力者が罪深い存在だ、というのもですか?」
「彼がどんな信仰を持っているか知らないけど、宗教はひとつだけじゃないだろ? 食材ひとつとってもタブーは教義によって違ってくる。あくまでも彼の価値観にすぎないんだから、他の人間まで思い悩む必要はないと思うよ」
 適正検査を受けに来た人間は、能力者に関する詳しい情報をほとんど持っていない。
 そんな彼等が心配するのも無理からぬ事で、医師としては不安を払拭してやるのも仕事の一環だった。
「本当に天国や地獄があったとしても、誰がどちらへ向かうかを決めるのは、神様ではなく自分自身だと私は思っている。つまり、地獄へ堕ちて当然と自覚している人間が地獄へ行くんだ。そして、胸を張って天国へ行くはずと主張できる人間が天国へ行ける。つまり、自分の辿った人生をどう評価しているかで決まるんじゃないかな」

 発見された適合者に対し、医師は一晩よく考えるように助言して一度帰したのだった。

●大切なもの

「どういうことなの! これはなに!?」
 妹が怒りも露わに自分の兄を難詰する。
 彼女が聖次へ突きつけているのは、適合検査の診断書と、UPC軍への入隊届けだ。
「‥‥見ての通りだよ」
「どうして!? どうして、お兄ちゃんが戦わなくちゃいけないの!?」
「戦わなければ‥‥、戦うための力が無ければ、大切な人を守れないから」
 年長者として、そして、男として彼は選択したのだ。
「私はお兄ちゃんに守って欲しいなんて思ってない! 側にいてくれれば、それだけでいいんだから!」
 しかし、彼女にとっては、唯一の兄を失う恐ろしさの方が勝った。
 両親が亡くなったのはバグア襲撃より以前だったが、その後はずっとふたりで生きてきた。彼女が兄を手放したくないと思うのは当然と言えた。
 聖次はそれを知るからこそ、全て内緒にして手続きを終えようと考えていたのだ。
「でも、残念ならがUPC軍では能力者の採用は、もう行っていないらしい」
「軍に入らなくたって、能力者にはなるつもりなんでしょ!? お兄ちゃんも『化物』になるつもり!?」
 常人を越えた能力者に対する偏見は多い。普段は彼女もそんな言葉を使わないが、今回ばかりは感情が高ぶってしまったのだろう。
 能力者となると言う事に対して、ただ離れて暮らすよりも大きな隔たりを、彼女は感じたのだ。
「私と一緒に居てよ。私をひとりにしないでよ‥‥」
 ポロポロと涙をこぼしながら、彼女は懇願する。
 彼女の望みはちっぽけなもので、簡単に叶えられるはずだった。そして、これまではずっと叶っていたものだった。
 しかし――。
 両親がいないからこそ、妹を守るのは自分の仕事だと聖次は思い定めていた。彼としても、絶対に引き下がるわけにはいかない。
 これが、兄妹の間で行われた始めてのケンカとなった。
 自ら戦う事を決断したとしても、強いとは限らない。
 側にいて欲しいと望んだところで、弱いとは限らない。
 兄も妹も相手を大切に思うからこそ、意見がぶつかってしまう。
 どちらかが正しいのではない。おそらく、どちらも正しいのだ。
 だから、ふたりの言い合いは決着がつかず、どちらも退こうとはしない。
 ふたりの論争を押しとどめたのは、突然の騒ぎだった。
 郊外にキメラ群れが出現したらしく、UPC軍の負傷者が医者の居た校庭へ担ぎ込まれたのだ。
 バグアが存在する以上、いつ、どこでだって戦闘は起きうる。
 見ずにすませようと、知らずにすませようと、戦火は何処へでも飛び火する。
 そもそも、聖次自身がそれを思い知っているのだ。
「ごめん‥‥。でも、僕はもう家族を失いたくないんだ。自分で力を手にする機会があるのなら、僕は大切な人を守る為の力が欲しい」
 聖次の決意は変わらない。
 兄の覚悟を聞いて、彼女は泣き崩れるしかなかった。

●適合者達

 道の正面から、見覚えのある白衣姿が向かってくる。
 相手の方でも響の存在に気づいたようだ。
「考え直してもらえたのかね〜?」
 響からすれば能力者否定論を口にした印象深い相手だったが、ウェストからすれば響は大勢の中にひとりだったろう。それでも、ちゃんと彼の顔を覚えていたようだ。
「それはこれからもないと思いますよ」
 医師の勧めにしたがって一晩検討してみたが、自分の決意が揺らぐ事はなかった。
「この道がどこへつながるか、あなたにもわかっているはずでしょう?」
 響が言うように、この道は未来科学研究所へ通じている。検査を終えた人間が再び訪れる理由など決まっていた。
「フン」
 響の結論を、つまらないものとしてウェストが鼻で笑う。
「我輩には、もう地球より大切なものはない。だから能力者になった、いやなれた。大切な者がいて、未来を望むというなら、人類として生きたほうがいいと思うね〜」
「能力者が人類と異なる存在かどうか、僕には判断しかねます。しかし、人としての生き方を諦めたつもりもありませんよ」
 行き着くのは、結局そこなのだ。
 他人がどう思うか、どのように分類するかではない。自分が何を目指し、何を願うのか。
「ほ〜。それは何かね?」
 ウェストが興味深そうに響の顔を見つめる。
「世界一の奇術師となるのが僕の夢なんです。歌って踊れて驚かして、そして戦って人々を笑顔にする奇術師がいてもいいでしょう?」
 片目を瞑り、悪戯っぽく笑ってみせる。
「正義の味方とは幻想の存在なのかもしれません。しかし、奇術師とは、幻想を現実にして人々を笑顔にするのが仕事なんですよ」
「やれやれ、君もかね。せいぜい挫けずに頑張るんだね〜」
 肩をすくめたウェストは、白衣を翻して立ち去っていった。
「‥‥君も?」

 ウェストの言葉の意味は、研究所に着くとすぐに判明した。
「また、会いましたね」
「響さん? ‥‥と言う事はやっぱり?」
「ええ。おそらく同じ用件でしょう」
 前回ここで顔を合わせたのは適正検査のためだった。
 お互いが能力者となる事を決断して訪れたのだから、自然と相手の思いを察する事ができた。
「先程、ウェストさんに会って『君も』と言われましたよ」
「昨夜会った時に能力者について尋ねたんです。やっぱり忠告されましたよ」
 聖次が苦笑する。
 そこへ、廊下の奥から少女の会話が届いた。
「大丈夫、要ちゃん?」
「うん。麻酔も効いているから、今は痛みもないし」
 ふたりの少女を見かけて聖次がつぶやいた。
「どうやら、『彼女も』みたいですね。あの日に検査した人間は、適合者が多かったんでしょうか?」
「それはわかりませんが、あのタイミングで待合室を訪れたウェストさんは、すいぶんと運が良かったみたいですね」
 響の指摘にふたりで笑い会った。

●お別れ

「いいなぁ、要ちゃんは」
 何度となくこぼす友人に、要が苦笑で応じる。
 要としても多少は心苦しいのだ。友人ほどの意欲は無かったというのに、適正があったのは友人ではなく要の方だった。
「でも、要ちゃんに仇を討ってもらえるならいいかな。私がやるのと同じだもんね」
 それは、要の意志をまるで認めていないようなもの言いだったが、要は機嫌を害したりしなかった。
 要はやりたい事を見つけておらず、友人がそれを望むならそれでもいいと考えていたからだ。
 ふたりが訪れているのは、昨日戦場になったという郊外だ。
 放置されたキメラの死体を友人が楽しそうに眺めている。
 彼女にとって、このキメラ達も憎しみの対象であり、バグアの仲間に過ぎないのだろう。この場所は、彼女の暗い欲望を満たしてくれる。
「頑張ってね、要ちゃん。私もできる限り手伝うから」
 少女にとってはそれが生きる意味となっていた。
「一緒にバグアを倒そうね!」
 ごおぉぉぉ!
 咆哮があがった。
 これまで気絶でもしていたのか、死体と思われた虎のキメラが身を起こす。
 衝撃を受けて小柄な要の体が吹き飛ばされた。
 要の意志にかかわらず覚醒が行われ、わずかな傷を負いながらも彼女はすかさず立ち上がる。
 彼女が視線を逸らしたのは、ほんの一瞬。
 そして、キメラの攻撃はただの一撃。
 それだけで、要の友人は命を失ったのだ。
『能力者の要ちゃんと一緒なら大丈夫だよね』
 少女が要をこの場所へ誘った時の言葉が脳裏に蘇る。それは彼女の信頼の証であり、要が果たせなかった約束であった。
「うわあああああっ!」
 要が殴りかかる。
 ふたりの少女は勘違いしていたようだが、能力者になったからといっていきなり戦えるわけではない。
 SES兵器の一つももたず、格闘技術を身につけていない。そんな能力者に成り立ての少女に、満足な戦いなどできるはずがない。
 それでも彼女は、拳を叩きつける。彼女にはそれしかできないのだから。
 ガシャリと足元が鳴って、銃らしき物が転がった。
「それを使ったらどうかね〜。貸してあげるよ〜」
 事態を理解しているのかわからない、呑気な口調が要の耳に届く。
 武器の正しい名前も知らずに、要は拾い上げた。
 虎の攻撃を受けながらも、要は構わずに引き金を引く。
 もともと瀕死のキメラだった。
 彼女の攻撃はたやすくキメラを絶命させたが、それでも要は攻撃をやめない。
「どうやら、死んだようだね。それ以上やっても、無意味だと思うがね〜」
 ウェストがたしなめても、要の耳には届いていないのか、彼女はいまだ引き金を引き続けた。
「彼女を放っておくのかね?」
 その指摘で要のエネルギーガンが沈黙する。
 だらりと垂れ下がった彼女の右手から銃がこぼれ落ちた。
 振り向いた要の目が、大地に横たわる友人の姿を見つめている。
 つい先程まで会話していた少女が、見開いた目を空に向けて、仰向けに横たわっていた。キメラの牙を受けた首筋から大量の血が流れ出ているが、失血を待たずに頸椎を噛み砕かれて即死したはずだ。
 少女の傍らに膝をついて、要は声をあげて泣き崩れた。
 要は物心ついた時にはすでに両親が他界していた。死因はキメラに襲われたかららしいが、彼女の記憶には残っていない。
 孤児施設が襲われた後も、激しい感情の起伏を感じずに漫然と過ごしてきた。
 だが、彼女はこれまでの溜め込んだ涙を使い切るようにして泣き続けた。
 本当は恐かった、悲しかった、守りたかった、何より生きたかった。
 おそらく、彼女の心は悲しみに絶えられないと察していたのだろう。だからこそ、許容範囲を超える悲しみを受け止めようとせず、淡々と受け流してしまった。
 彼女が押し殺していた感情が全て蘇ってきた。それこそ、堰を切ったように涙が溢れ出す。
 彼女は何年かぶりに心の底から泣いたのだった。

●鎮魂

 治療の甲斐無く死亡した者、新たな襲撃によって発生した犠牲者。さらには、ヘイジョウポリスを脱する事もできずに亡くなった者。
 とてもではないが、死者が多すぎてヘイアンポリス内の墓地では足りなかった。
 ほとんどは身よりもなく、街の外を整備して即席の墓地を造って葬る事となった。
 ひとりの小さな少女もその中に含まれた。
 要は友人のために、ささやかながら顔を合わせた人間に声をかけて、彼女を見送ってもらえるように頼んだ。
「私のせいで彼女は亡くなったんです」
 能力者となりながら、要は彼女を助けられなかった。目の前でみすみす彼女を殺されてしまったのだ。
 悔やんでも悔やみきれない。
「全て自分の罪だと思ってるんですか?」
 聖次の質問に要が頷いた。
「研究所の医者が言ってましたよ。自分の罪を嘆くのではなく、それを消し去れるほど善行を摘むべきだって」
 聖次に代わって響が声をかける。
「その子は君になにか言い残さなかったのかい?」
「いいえ。‥‥即死でした」
「それはすみません。死に際でなくてもいいんです。果たしたい願いとか、望んでいる夢について」
「敵討ちがしたいって‥‥。私と一緒にバグアを倒そうって‥‥」
 要の言葉を受けて、響は検査の日に会った少女の顔を思い出した。
「確か、彼女が要さんを検査に誘ったんですよね。そして、あなたに目的を残したんです。‥‥彼女の夢を実現できるのはあなただけだと思いますよ」
 響の説得を耳にして、要は昨夜の記憶を呼び覚ます。
 それは友人ではなく、あの場に現れたウェストの過去についてだった。
 彼もまた、バグアの襲撃によって家族を失い、何年も経ってから能力者となったのだ。振り返ってみると、要の境遇とよく似ている。
 今も彼はバグアやキメラを憎み続け、弱点を探るために研究を続けているのだ。
 そして、バグアを憎む余り、バグアから得た技術まで恨んでいるらしい。能力者嫌いはそこにも原因があるようだ。
 バグアへの敵討ちから始まったウェストの旅は、バグアに関する全てを消し去る方向へ突き進んでいる。
 果たして要はどこへ向かえばいいのだろうか‥‥。

●旅立ち

 これまでずっと一緒に暮らしてきた妹との別れの時。
 ふたりを心配してやってきた祖父母は、妹だけを連れて実家へ帰ってもらう事になる。
 聖次の能力者宣言は、祖父母にとっては寝耳に水だ。いまさらだが反対されてしまう。
「覚悟は出来ています」
 彼の澄んだ目を見て、ふたりも引き下がるしかなかった。妹が納得している以上、自分たちでは止められないと判断したのだろう。
 別れ際に妹は二つのペンダントを差し出した。
 持っていた写真をくり抜いたのか、ロケット部にはふたりの顔写真が入っていた。
「これは絶対になくさないでよね」
 聖次に渡すのは妹の写真入り。妹が身につけるのは聖次の写真入り。
「これはまた一緒に暮らすっていう約束の証なんだから」
 お互いが約束した相手の写真を持って、いつもその約束を確認するのだ。
「わかった。仕事を終えたら、きっとまた一緒に暮らそう」
 聖次の仕事はきっと長くなるだろう。
 だけど、ふたりはその日が絶対に来る事を信じて別れる事に決めたのだった。

「要さんは大丈夫ですか?」
「ええ。一晩泣いたらすっきりしました」
 表情に陰りはあるものの、昨夜や最初にあった時に比べると、鬱屈したものが消え去っているように思われた。
「もう、悲しいのは嫌です。だから、悲しみにくれる人たちに笑顔が戻るように。要も笑顔でいたいと思います」
 要の決意を耳にして響が笑い出す。
 失礼な態度に要が頬を膨らませた。
「すみませんね。いえ、私も同じなんですよ」
「同じ‥‥?」
 首を傾げる要に、響が種明かしをする。
「私が奇術師をしているのは知っているでしょう? そして能力者を決意したのも実は同じ理由からなんです」
「どんな理由ですか?」
「人々を笑顔にするためですよ」
 その答えにふたりで笑い合ったのだが、響は何を考えたのか急に真顔になった。
「どうかしましたか?」
「実は‥‥」
 深刻そうに切り出した響の不安要素とは。
「つき合っている彼女に相談もしないまま、能力者になってしまったんです」
 意外な答えに要が噴き出していた。
「‥‥要さん」
 じろりと睨まれて、要はなんとか笑いを抑える。
「大丈夫だと思いますよ。響さんの選んだ方なら、きっと理解してくれるはずですから」
 朗らかに要が告げる。
「本当にそう思いますか?」
「はいっ!」
 彼女の力強い頷きが、響を力づけてくれた。
「‥‥さて、聖次さんの方はお別れを済ませましたか?」
「ご心配なく。お互いに納得できました」
「では、妹さん達は途中まで僕がお送りしますよ」
 途中まで同じ経路を辿るらしく、響が同行する事になっているのだ。
「響さんが一緒なら安心できます」

 4人の乗った飛行機を、聖次と要が展望台で見送っていた。
「私達も行きましょうか。ラスト・ホープへ行けば、いずれ響さんに会えるでしょう」
 聖次が口にした通り、ふたりはULTの飛行機に乗って、これからラスト・ホープへ向かう予定になっている。
「‥‥『私』? これまでは『僕』って言ってませんでした?」
「ええと、その‥‥。新しい生き方を選んだわけですし、気分を一新しようと‥‥。似合わないですかね?」
「くすっ。いいと思いますよ。短い道中ですけど、よろしくお願いしますね」
「こちらの方こそ。よろしくお願いします」
 こうして彼等は新しい生活のためにラスト・ホープへ向かう。

 失われた命に対して、関わった皆に対して、彼等は恥ずかしくないように生きねばならない。
 彼等はいつか、ウェストと再び出会うだろう。
 その時、『能力者となって後悔などしていない』と主張できるかどうかは、全て彼等自身の生き方によって決まるのだ――。