●リプレイ本文
●1日目前半
サンタカタリナ島の空港で慌ただしく動いている傭兵の中に、ビデオカメラを担いでいる人間が混じっていた。
撮影班の待ち合わせ時刻まで余裕があるため、少しでも現場を撮影しようというのだ。
プロペラ音を耳にしてレンズを空に向けると、補給目的のヘリが降下してくるところだった。
エピメーテウスから降りたふたりの少女が、自分たちを撮影するカメラに向かって足を進める。
「今日はよろしくおねがいしまーす」
テレビ局を訪れたアイドルのように挨拶したのは常夜ケイ(
ga4803)。
「マルコさん。今回もお世話になります」
こちらは、前回の仕事で顔を合わせた要(
ga8365)である。その際に気づかってもらえた事が嬉しく、恩返しのつもりでマルコの仕事に参加したのだと彼女は言っていた。
今回は8名で作業する予定だったが、5名しか希望者が集まらなかった。割を食ったのがこのA班で、ケイと要のふたりしかいない。
ひとりがカメラマンで残りが護衛のため、ずいぶんと条件が悪化してしまった。
「A班はふたりだけだから、くれぐれも無理はしないようにしてくれ。荷物運びぐらいは俺がするけどな」
彼にも写真撮影の仕事があるのだが、そうも言ってられないだろう。
「現場の状況をきちんと記録するためがんばります。このカメラは渡さないのですよー!」
最初にビデオカメラを担ぐのは要だった。ケイがその護衛役で、マルコは予備のバッテリーや通信機を担いでいる。
「それでは、どんな感じで撮影を進めるんですか?」
ケイが当面の活動方針を責任者に尋ねた。
「制圧範囲はそれほど広がってないし、まずは空港周辺の戦闘状況からだな」
空港を確保するのが目的である以上、空挺部隊は防御優先の方針をとっていた。
防衛線もほぼ固定され、こちら側の損害も低く抑えられている。
「戦地には既に制圧部隊が派遣されています。我々撮影班も後を追って現地に潜入しました。カメラマンは傭兵アイドルのケイでお送りしております」
ケイがレポーター役として状況説明を行う。
記録撮影という目的を考えたなら、彼女の登場シーンは後で編集される可能性が高い。その一方で、ケイの知名度が上がった場合には貴重品として扱われる可能性もある。
前述の通り、戦況が安定しているとはいえ、どこでキメラとの遭遇戦が発生するかわからない。制圧区域の外縁部はどこでも前線となり得るのだ。
彼等が行き当たったのもそんな場面だった。
コヨーテキメラの群れと傭兵達。いずれも、3対3の同数である。
傭兵の一人が怪我を負った事で、均衡が崩れ劣勢に立たされる。
「どう‥‥しますか?」
深刻な表情で要が指示を仰ぐ。
「撮影続行だ。まだ大丈夫‥‥だと思う」
冷たいようだが、それが撮影班の仕事である。
撮影した映像は作戦行動における貴重な資料となるわけで、員数外である彼等は極力介入を避けるべきだ。
‥‥と、彼は上司から言い含められている。
しかし、救いの手は意外な方向からやってきた。
何発もの銃声が響き、コヨーテに銃弾の雨が降り注ぐ。
「もはや絶望かと思われていましたが、今奇跡は起こりました」
言おう言おうと狙っていたのか、ケイが大袈裟な表現を口にした。
「あの人達どこから来たんでしょうか? 港からの上陸部隊だとすると早すぎますよね」
要が不思議そうに首を傾げる。
マルコが本部に問い合わせたところ、彼女の推測どおり彼等は海からの上陸組だった。
空港制圧を優先するために直接向かった一団が、この場に偶然出くわしたらしい。
「でも、おかげで助かりました」
「ホントですね」
仲間の悲劇を撮影せずに済み、要とケイが安堵する。
●1日目後半
月城 紗夜(
gb6417)は空挺部隊だったようでマルコも空港内で彼女の姿を見かけていたし、佐藤 潤(
gb5555)もデルタ作戦に参加しているため問題はない。
補給用のヘリに便乗したアーク・ウイング(
gb4432)が合流する事でようやくB班が揃った。
これから仕事‥‥と行くはずだったのだが。
「悪いが、ちょっとだけ仮眠させてくれ」
参加者達は半日交替のローテーションだったが、マルコ本人はどちらにも同行するため眠る機会がない。
A班に比べて人数に余裕があるため、こちらで休憩を取る事にしたのだ。
「俺が仮眠をしている間は、安全な空港周辺だけ撮影してくれ。キメラと遭遇した場合はまず撤退する事。何かの問題があったら起こしてくれ」
と言われ、とりあえず3人だけが作業を始める事となる。
B班では基本的にアークが撮影担当だ。
「戦闘の記録撮影か。初めての経験だけど、いつもどおりがんばるしかないね」
仲間達の邪魔をしないように、空港施設の復旧作業や、負傷者の治療状況、食事の炊き出しをカメラに納めていく。
「ねえ、もう空港を制圧したのかな? 早すぎると思う」
アークの問いかけに、事情を知っている潤が説明する。
「上陸部隊が空港制圧に戦力を割いたんですよ。そのおかげでこのあたりはもう安全でしょう」
マルコが休憩を終えると、撮影班はもう少し遠くまで脚を伸ばした。
幾つか戦闘場面に遭遇したものの、彼等に危険が及ぶ事はなかった。
「デルタ作戦は順調みたいですね」
「‥‥それはどうだろうな」
潤の発言に紗夜は疑問を呈した。
「確かに危険は減っているがそれだけだ。キメラ退治を後回しにしているから、制圧範囲はだいぶ狭いだろう。遊兵も多い」
それが彼女の見解だった。
傍目八目という言葉が示す通り、撮影班として客観的に見ていると、そのあたりの偏りが目につくのだ。
「それは難しい所だな。その分、前線を支えるための人員が厚くなって危険が減っているわけだし」
マルコとしては現状の方がありがたい。
前線が広がりすぎると、どうしてもその隙間からキメラの侵入を許す事になる。
撮影班がキメラと戦わずに済んでいるのも、過剰な人員配置によるところが大きいからだ。
「キメラを一掃するには、もともと人員が足りなかった可能性もありますしね」
「‥‥‥‥」
潤の言葉に紗夜は無言を返した。
●2日目前半
キメラの掃討が遅れていると感じたUPC軍は、制圧範囲を空港から北へと広げる事に決定した。
その中にA班の姿もある。
ダン! ダン! ダン!
蛇のようにうねるツタ型キメラに向けて、ケイのアサルトライフルが弾幕を張った。
「昨日と違って、キメラと遭遇するようになりましたね」
キメラが逃走するのを眺めながらケイがつぶやく。
攻めの方針である今日の作戦行動によって、前線が討ち漏らしたキメラと散発的に遭遇するのだ。
昨日ほど楽な仕事になりそうもなかった。
「民間人もいるのでしょうか?」
「作戦前には無人だったから、その心配はいらない。UPC軍か傭兵だけのはずだ」
マルコの返答を受けて要がほっと胸をなで下ろす。
「ケイはそろそろ護衛を交代したらどうだ?」
「まだ大丈夫です。練力には余裕がありますから」
「カメラマンとして直接戦闘を避けていても、逃亡時や治療時にスキルを使う可能性があるだろ? 練力には余裕を持たせるようにしてくれ」
責任者の意向という事で、ケイは要とカメラマンを交代する。
倒れている兵士を目にして、ケイは眉をひそめながらもズーム撮影を行う。
「‥‥マルコさん! あの人、生きていますよ!」
他のふたりも死体だと思ったため誰もが驚いた。
要が駆け寄って呼吸や脈拍の確認をする。
「気を失っているだけですね。足は折ってますけど、他の傷は浅いです」
しかし、要もケイも治療手段を持っていなかった。
マルコの荷物には救急セットも入っていたが量が乏しいため、彼はここでの使用を避けた。彼が優先すべきは、この仕事を引き受けてくれた撮影班を守る事なのだから。
代わりに、マルコは通信機で本部に連絡し、場所と現状を告げて衛生兵を回してもらった。
負傷者を気づかせて多少の水を与えたものの、撮影班には撮影班の仕事がある。
「任務のためとはいえ、目の前で苦しんでいる人を放置するのは心が痛みます‥‥」
人として当たり前の感情や行動が、戦場では許されない。
同行者へ迷惑をかけるのは彼女にとっても本意ではなかったため、努力して平常心を保とうとする。
(「‥‥強くなりたいです。心も、身体も」)
ケイがその光景を撮影し、この記録を目にする上層部や、現場を体験する事のない一般人に話しかける。
「これが現実です、皆さん。密室に銃弾は飛び交いません」
衛生兵が優秀であると信じて、彼女もまた断腸の思いでこの場を離れた。
●2日目後半
海岸を抑えれば艦隊との間で輸送路を確保できる。傭兵達は北岸でセイウチ型キメラを掃討中だった。
ある者は波打ち際を守り、ある者は水中戦を挑む。
それを紗夜がカメラ越しに見守っていた。
「また来たみたいですよ」
潤に注意を促されて、アークとマルコも空を仰いだ。
羽ばたいている人間大の鳥。その正体はハーピー型キメラだった。
「困っちゃうよねぇ」
アークがこぼすと、ぼそりと紗夜が断言する。
「今度こそ確実にとどめを刺せばいい」
B班が活動し始めてすぐ、彼等は襲撃してきたキメラを撃退した。
問題なのはそのハーピーが執念深かった事である。
潤が小銃『フリージア』を向けて発砲する。これまでのように威嚇で顔を狙うのではなく、目標にしやすい胴体を狙った。
アークは電波増幅を使用して、超機械αの威力を増幅させてハーピーを狙い撃つ。これが翼を広範囲で焼いた。
翼に傷を負い地に落ちたハーピーは、陸に上がった魚も同然だ。
程なく無力化したものの、潤が不思議そうにつぶやいた。
「このキメラには刀傷がありませんね‥‥」
最初に遭遇した時、紗夜の日本刀『蛍火』が背中に傷を負わせたはずなのだ。
バサバサバサ!
羽音が聞こえたのは森の方からだった。
1体のハーピーが彼等を背後から襲撃し、その爪がマルコの背中をえぐる。
すかさず、潤とアークが応戦した。
ハーピーの背中には一筋の生傷が見える。どうやら、先ほどの仲間を囮に使ったようだ。
潤の放つ銃弾がハーピーの額をかすめ、流れ出た血がその目をふさぐ。
方向を見失ったハーピーは格好の的となり、アークの放つ電磁波がとどめとなった。
迷惑な敵を倒し、皆が一息つく。
傷を負って腰を下ろしているマルコに、紗夜がカメラを向けて撮影を続けていた。
「任務は完遂する。‥‥何があっても、な」
マルコが傷ついた戦闘も、撮影対象に過ぎないという事だろう。これも彼の指示に従っての事だ。
「俺も撮影班だから、あっちの制圧部隊を撮ってくれ」
「わかった」
カメラのレンズがなんの未練もなく他へ向けられたのを見て、マルコが苦笑を浮かべる。
代わりにアークが駆け寄って、救急セットによる治療を施した。
「回復手段も減ってきたし、一度さがった方が安全じゃないかなぁ?」
アークの撤収案にマルコがうなずく。
「ああ。そろそろ交代の時間だし、引き時かもな」
●3日目
制圧部隊はこれまでの遅れを取り戻すべく、東方向へ進軍を急いでいた。
「兵士の顔に次第に疲労の色が見え始めています」
先ほどケイがマイクに吹き込んだ言葉だったが、これは撮影班にも言える。戦線の拡大にともない彼等の移動距離も必然的に長くなる。
キメラの邪魔もあったために、A班は交代時間までに空港へ戻れそうもなかった。
遅れる件を本部に伝えた後、彼等は再びキメラと遭遇する。
この時の護衛役はケイで、敵はコヨーテ型キメラ3体。
彼女はアサルトライフルで牽制した後、イアリスを引き抜いた。
跳びかかるコヨーテに真音獣斬の黒い衝撃波が命中する。さらに獣突が一体を後方へ弾き飛ばした。
彼女の不利を見て援護しようとしたマルコは、要に止められた。
「マルコさんは責任者なんですから、カメラを守ってください。私が戦います」
「いや、待ってくれ。カメラマンは要だろう? 俺が戦うべきだ」
「傭兵が依頼人を助けるのが当然です。それに、現場の状況をきちんと記録するのが仕事なんですから、責任者が率先して示してください」
マルコにカメラを押しつけて、要はグラッドンアックスを手にコヨーテに挑みかかる。
この会話は耳にしたケイもまた要と同意見のようだ。
「我々取材班の交戦規定は唯一つ、『生還せよ』です。目を覆いたくなる惨状や痛ましい光景を目にしたとしても」
マルコは依頼説明で厳しい言葉を口にしていたが、これは上司からの受け売りが多かった。そこまで念押しされたのは、情に流されやすい彼を戒めるためだった。
だが、マルコの足を止めているのは、要やケイの見せた覚悟と信頼である。ここで、カメラを放り出してしまったら、彼女等に対する侮辱と裏切りに他ならない。
今彼がすべき事は、目の前にある戦いを記録に収める事なのだ。
結果として、彼の思い定めた覚悟の出番は短いものとなった。
近くで銃声が響き、強弾撃がコヨーテの頭を粉砕した。
「大丈夫ですか!?」
援軍となってくれたのは、もともとこの地の制圧部隊に参加している潤だった。
さらに、空港から直接駆けつけたアークが、超機械αをコヨーテに向ける。
「待て、アーク」
「全滅したら撮影も何も意味がなくなるでしょ」
マルコの静止を受け入れず、彼女はキメラとの戦闘に参加する。
「B班の一員として、カメラマンは我が代わろう」
いつの間にか最後のメンバーが隣に立っていた。
「紗夜は戦わなくていいのか?」
「練力や体力を温存するのも必要な配慮のはずだ。冷徹無慈悲と言うなら言えばいい。情など、戦争の中ではなんの役にもたたん」
これもまた兵士として必要な判断と覚悟だろう。
カメラを渡したマルコが戦闘中のケイに声をかけた。
「ケイと要は治療するから、一度さがってくれ」
「私は活性化があるから大丈夫です」
要はそう応じて戦いを続行し、ケイだけが瞬速縮地で後方に離脱した。
「アークには練成治療を頼もうとしたんだけどな‥‥」
彼女が戦闘に参加してしまったため、治療は自分が行おうというわけだ。
「あんまり無理するなよ。この後も他の作戦に参加するんだろ?」
「A班の仕事もこれで終わりですから、最後まで仕事を全うします」
治療を終えたケイが参加すると、もはや戦力比は2対1となる。
こちらの勝利は動かないだろう。
撮影班にとって、任務中で一番危険だったのがこの戦いとなった。
3日間の攻防において、サンタカタリナ島制圧は島全体の30%、つまり北東部地域にとどまった。
彼等の撮影記録は、作戦結果の判定や次回以降の作戦立案の参考として活用されるのだろう。