●リプレイ本文
●午前の部
開場時間の9時になると、門が開いて一般客を迎え入れた。
彼等が最初に目にするのは、運営スタッフのテントだ。
パイプで組まれたラックには、イベントの概要や、会場内の配置図を記載したパンフレットが準備されている。
さらに詳しい説明は、会場案内を行う時枝・悠(
ga8810)が担当する。
普段はぶっきらぼうな彼女だが、今は意識して穏和な応対を心がけていた。
事前にマルコと打ち合わせており、対処に困ることはほとんど無い。
「夏といえばおまつり! おまつりといえば屋台! 屋台といえばおいしい食べ物!」
それが要(
ga8365)の持論である。
「『食べ物を通してみなさんと交流を深め仲良くなろう作戦』なのです! 次回につなげるためにもがんばりますよー♪」
フェスティバルを定着させるため、彼女は彼女なりに頑張るつもりだった。
「‥‥ん。屋台。食べに来た」
という第一声を受けて要が視線を向けると、最上 憐(
gb0002)が言葉を付け足した。
「‥‥大丈夫。ちゃんと。働く」
そこへ、朝食のつもりなのか早くも客が訪れたため、彼女等はさっそく仕事を開始する。
客寄せのためにメイド服を着込んでいる憐は、まず、お約束の挨拶から入った。
「‥‥ん。いらっしゃいませ? ご主人様?」
会場で一番目立つのは、巨人の様なKVの存在だった。
人だかりの前で、リチャード・ガーランド(
ga1631)が説明を始めた。
「銀河重工が誇る高機動戦闘用KV、ミカガミです。オレッちの愛機でね」
左手にR−P1マシンガンを持ち、突撃するような姿勢で立っている。右手にはKV刀をぶらさげていた。
なにより特徴的なのは背中に翻っている真っ赤なマントだろう。実用性はおいておくとしても、豪奢なマントは指揮官や貴族を連想させる。
「銀河重工は伝統的に高機動なタイプが得意なんだけど、そのせいで搭載力や装甲が薄くなっている。このミカガミは高機動性を陸戦で発揮しているし、腕に内蔵した錬剣『雪村』は一撃必殺のビームサーベル! まさにエース仕様になっているんだ」
体験談コーナーでは、能力者を中心に幾つかのグループに分かれて説明を行っていた。
「傭兵の仕事は多様ですが、そうですね‥‥少し昔話を‥‥」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)の回りにも30人ほどが集まって話に耳を傾けている。
「私は能力者となる以前はカナダ軍に在籍していました。そこで私は少なくない数の戦場へと赴きましたけれど、バグアの兵器であるキメラを満足に倒すことのできた戦いは一度としてありませんでした‥‥」
それは、エミタが発見されるまで、地球規模で起きていた事態であった。
「その後、国連軍派遣を経て能力者適性に従い能力者となった私は、傭兵としての初陣で恐怖しました‥‥。あれほど手を焼いたキメラをいとも簡単に倒すことのできる自らの力に‥‥」
能力者が素晴らしいものとは、彼女にだって断言できない。
しかし、地球人にとって必要な存在なのだと信じていた。
「尤も、使いこなせればこれほど頼りになる能力はないでしょう」
会場内の見回りをしていたレイン・シュトラウド(
ga9279)は、ひとりで泣いている小さな少年を見つけた。
「パパとママとはぐれちゃったんだね。すぐにパパとママを見つけてあげるから、ボクと一緒に行こう? ‥‥ね?」
ぐすぐすと鼻をすすりながら子供が礼を口にする。
「お姉ちゃん。ありがとう」
(「ボク、男なんだけど、そう見えないんだ‥‥」)
軽くショックを受けながらも、子供の手を引いて本部テントに戻る。
無表情なわりに子供好きな彼は、ずっと子供の相手をする事になり、アナウンスを聞いて駆けつけた両親から、何度もお礼を言われてしまった。
客引きをしていた憐は、屋台へ視線を向けて動きを止めた。
調理中の要も、憐の視線に気づいて動きを止める。
その時、要は鉄板で調理中のヤキソバを口に運んでいたからだ。
『‥‥味見ですよ! つまみ食いじゃないですよ!』
声には出さず、口の動きだけで要が弁解している。
軽く要を睨んでから、憐はふたたび客引きに戻った。
「‥‥ん。そこの人。こっちの。屋台に。寄って行かない?」
憐はそれまでよりも熱心に客引きをすすめ、売り上げアップに貢献する。
決して、要のつまみ食いを阻止するためではない。‥‥はず。
午前中に行われた最後の模擬戦で、ふたりの傭兵が姿を見せた。
水無月 蒼依(
gb4278)の装備は少し変わっている。
赤い和服に袴、そしてブーツ。日本刀はいいとしても、盾というのは統一性に欠けるだろう。
「二刀流の相手は久しぶりです。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
対する悠はセーラー服を着用し、シンプルな刀を2本携えていた。
スタートの声と同時に、蒼依が居合い抜きを仕掛けた。
かわした悠へさらに追撃を行う。
バックステップで、スウェーバックで、刀で受け流して、悠がしのぎきる。
場外線ぎりぎりまで追い込まれた悠が、今度は反撃に転じた。相手の蒼依が避け易いような、大振りの攻撃だった。
左右の刀による攻撃を、蒼依は盾と刀で受け止めていた。
中央まで戻ってくると、彼女等は一旦距離を取る。
ふたりの容貌に変化が現れた。一番目立つのは、蒼依の髪が金髪となった事だろう。
覚醒した事により、ふたりの速度がさらに上がる。
危険がないように目で合図をしながら、悠がスキルを繰り出した。
側面に回り込んでの流し斬り。両手の剣を続けざまに繰り出す二段撃。真っ向から打ち下ろした両断剣。
試合が終わっていないというのに、蒼依は刀を鞘に収めてしまう。
構わず踏み込んだ要に合わせて、蒼依の居合い抜きが走る。
それぞれの刃は打ち合ったりせず、お互いの首筋ぎりぎりでピタリと止まった。
固唾を呑んで見守る観衆は、ふたりが刀をしまう事でようやく動き出した。
拍手と歓声がふたりに降り注ぐ。
「‥‥お粗末様でした。お目汚しでなかったらよろしいのですが」
蒼依の言葉は歓声にかき消されてしまって、誰の耳にも届かなかった。
●午後の部
午後1時になると特設ステージでは、飛び入り参加自由の演奏会が実施される。
「ULTフェスティバル‥‥。確かにまだ私達能力者も理解されていないと言うか、壁を感じる事ありますしね」
ミオ・リトマイネン(
ga4310)は今回の主旨に全面的に賛成である。
「楽しく交流‥‥と言うのは良い案かもしれません」
1番手として登場したのは彼女であった。
前を殆ど開いて胸の谷間を強調したライダースーツに犬耳のヘアバンド。それに愛用のギター。
全てが自前の参加である。
ギターをかき鳴らしながら歌い出したのは、ロック系の曲だ。
彼女は『IMP』に所属しており、アイドル活動も行っているのだ。半分本職なので、むしろ、うまくて当たり前と言えた。
セットや照明などに頼れない分、彼女は自分のテクニックを惜しみなく使って、場を盛り上げた。
「‥‥ん。巨大タコキメラとか。巨大蟹キメラは。大きくて。食べがいがあった」
なにもグルメ案内をしているわけではない。
憐の視点からキメラ退治の話をすれば、そうなるというだけの事だ。
「‥‥ん。キメラだと。抵抗あるかもしれないけど。普通に食べられる。能力者じゃなくても。安全」
これはこれで興味があるのか、客からも味に関する質問が飛ぶ。
「‥‥ん。動物型キメラは。しっかりと。その。動物の味がして。美味」
その隣のグループでは、レインが話しているのだが、こちらも話の方向性が少し違う。
キメラの登場しない依頼について話していたのだ。
「ボクたちの仕事はキメラの排除や、バグアが原因と考えられる事件の解決だけではありません。中には、学食の新メニューを開発してほしいとか、孤児院に慰問に来てほしいという依頼もあります」
彼はどうしても次の話を聞いて欲しかったのだ。
「中でも印象に残っているのは、孤児院の慰問ですね。子供達が母と慕っていたシスターの代わりにボクたちが慰問に訪れ、彼女が亡くなったことを子供達に伝えてほしいという依頼でした。最初は子供達もシスターの死をなかなか受け入れられませんでしたが、最後は笑ってお別れをしました。そんな子を増やさないためにも、こんな戦争、早く終わりにしたいですね」
平和な地域ではなかなか実感できない話だろう。
しかし、世界の何処かでは、実際に起きている悲劇なのだ。
KVの元へやって来たミオを見て、歓声を上げたのは彼女のファンだったのかも知れない。ステージ衣装のままやってきた彼女の姿は、思わぬサービスだったのだろう。
つけていたイヌの耳を見て、『アヌビスのコスプレ?』とつぶやくKVマニアもいる。
「こちらが英国兵器工廠が誇るKV、ワイバーンです。英国機には他国の機体と比べて一風変わった物が多いですが、ワイバーンもその例に漏れず、独特の特徴があります。そう、御覧の通り4足獣形態への変形です」
物珍しげに見物客が見上げている。
「これは奇をてらったものではなく、地上戦闘時の安定性を狙ったもので、特に移動しながらの射撃精度の高さは他機の追随を許しません」
客の中には要の姿まである。
普段水中機ばかりに乗っているため、彼女自身の興味からKVを眺めていたのだ。
ところが、客からの要望があって、ワイバーンの前でミオの撮影会が始まい、要は隣の機体の前へ移動していた。
歩行形態だったシュテルンが、飛行形態に変形し特徴的な12枚の翼を誇示する。
キャノピーを開いて、顔を見せたのはセレスタだ。
「このKVはドイツのクルメタル社が配信しているマルチロール機です」
近くにいたスタッフを促して、コクピット脇に足場を設置してもらう。
「コクピットに座ってみたい方は是非どうぞ」
好奇心旺盛な子供達が名乗り出て、おっかなびっくり操縦座に腰を下ろす。エンジンだけでなく電装系も切ってあるため危険はない。
「これらKVの出現により人類はバグアの大型兵器にも対抗できるようになりました。しかしこういった兵器は能力者にしか扱うことが出来ないのが現状でもあります」
最後に演奏ステージへ上がったのは、蒼依だった。
彼女は模擬戦とは異なり、萌黄色の大人しいデザインの着物に着替えている。
「お耳汚しかもしれませんけど‥‥お聞きください」
胸元からとりだしたのは、忍刀『鳴鶴』。本来は刀であるものの横笛として充分に使用できる。
彼女が吹いたのは、小学校の音楽の教科書に載っているような、誰もが知っている曲だった。
横笛の音色と相まって、不思議と皆の郷愁を誘っていた。
「少々でしたらリクエストもお受けできますが‥‥。童謡しか知りませんけど‥‥」
幾つかの曲を弾き、皆の拍手を受けて彼女は演奏を終えた。
「それでは、お付き合いいただき、まことにありがとうございました」
深々とお辞儀をする彼女に、再び拍手が送られた。
「あなた。さっきもここにいませんでしたか?」
「‥‥ん。今日も。屋台。完全制覇を目指す」
セレスタの質問を肯定したのは憐だ。
リンゴ飴だの、チョコバナナだの、わたあめだの、両手をフルに活用して食べ物を確保していた。
「‥‥ん。今年も。また。屋台を。食べる季節。楽しみ」
どうやら、今回だけでなく、いろんなイベントを回る事に意識が向いているらしい。
「‥‥ん。金魚すくい。‥‥金魚は。おいしいかな」
そのつぶやきを、セレスタは聞かなかった事にした。
(「新しい能力者さんを探すため! 地球の未来を守るため!」)
という意図の元、要は能力者適性検査案内のチラシ配りを行っている。
能力者の存在を受け入れてもらうだけでなく、存在意義や必要性を訴える事で、多くの人間に適性検査を受け手もらうのだ。
例えば、戦場に出る事を怖れたり、能力者への忌避感から、検査すら受けていない人間も多く、潜在的な適合者はまだまだいるはずだった。
ある意味でこのイベントにおける最重要任務なのだ。
UPCにしろULTにしろ、能力者は喉から手が出るほど欲しい。バグアとの戦況を好転させるために、戦力は多ければ多いほどいいのだから。
怪我をして本部テントへやって来た子供を目にして、要はエマージェンシーキットを持って駆け寄った。
転倒による擦り傷だけらしく、手早く治療を終えて明るく告げる。
「痛いの痛いの飛んでいけ〜♪」
そんな要の代わりに、リチャードが椅子に腰を下ろす。
「ねーねー、能力者になれば、あのKVに乗れるの?」
通りがかった子供達は、KVの説明会で彼の顔を覚えていたようだ。
「ミカガミみたいな高性能機はすぐに乗れないけど、能力者になれば初期機体への搭乗権が支給されるよ。そして依頼を順番にこなしていけば、高性能な機体に乗り換えることできるんだ。依頼の中には新型機の開発依頼もあるから、皆の意見が新型に反映されるチャンスだ!」
彼の開いたKVカタログを、少年達が目を輝かせて覗き込む。
「KVを動かせるのは能力者だけなんだ。1000人に1人のレアな存在。今、ULTはみんなの協力を待っているよ」
それは、バグアとの戦争で前線に立つ者が、等しく感じている願いでもあった。
●後かたづけ
「‥‥ん。売れ残り。処理するよ?」
そう申し出た憐が、売り切れだった事に気落ちしたのを除けば、なんの問題もなく片づけが進んでいく。
「次回に向けて、何か意見あるか?」
マルコの質問に、真っ先に答えたのは憐だ。
「‥‥ん。カレーの。屋台は。無いのかな?」
「そうだなぁ。次回はメニューも事前に相談してみようか」
時期や地域によっても変わってくるし、柔軟に対応した方がいいだろう。
「機体だけでなく、生身用の装備とかを展示する場所があれば良いかな」
悠からはイベント追加の要望が出た。
「ガンマニアみたいな人もいるし、それで客を呼べるかもな」
こちらはすぐに採用できそうだった。
目に映った要が疲れているように見えて、マルコが声をかけた。
「‥‥鉄板の前で長時間作業だったし、要が一番疲れたんじゃないか? お疲れさん」
「みなさんが楽しんでくれて、能力者を理解してくださる方が少しでも増えてくれたら、要は本望なのです。次回もがんばりますよー!」
「一応、盛り上がったのでしょうか? お役に立てているのでしたら幸いなのですが‥‥」
蒼依が控えめに告げる。
「また機会がありましたら、参加したいものです。その時までにレパートリーも増やしておきますね」
「私たちも楽しませていただきました」
これはセレスタだ。
「また、こんなお祭りが開けるといいですね。今度は平和になった後で‥‥」
レインの言葉が実現されるのは、残念ながら、もうしばらく先の事だろう。