●リプレイ本文
●針の山
防衛線に穿たれた穴を、ナイトフォーゲルの編隊が飛び抜ける。
「ふーむ! なっかなかの威容、だねぃ」
ゼンラー(
gb8572)が開口一番、そう言った。
「‥‥まあ、圧力はあるな」
「って。見とれてる場合じゃねぇ」
UNKNOWN(
ga4276)、砕牙 九郎(
ga7366)が同意を示しつつ言葉を重ねる。
どこまで進んでもギガワームに辿りつけないような、あるいは直ぐ目の前にギガワームがあるような、そんな矛盾した錯覚を抱かせるのは、ギガワームの巨大さだ。
「ストーク隊、できれば死ぬなよ‥‥もう一度この防衛線を超えなきゃ行けないんだからさ、頼むぜ」
狭間 久志(
ga9021)が大きく数を減じた護衛機隊のマーカーを見ながら呟く。
「この前と同じだな。千日紅小隊の皆、私に力を」
天空橋 雅(
gc0864)は先の大規模作戦のギガワーム攻撃に参加した過去を持つ。操縦桿を握る手にはまだまだ余裕があった。
「でかくて火力が高ければそりゃ強いよな。ま、何とかしてみますか」
ジャック・ジェリア(
gc0672)の呟きを最後に、編隊は加速しつつ突き進む。
――針の山へ。
●爆撃
10機のナイトフォーゲルは所定の高度に達すると、3つの小班に別れた。
「少しでも多く、対空砲を潰さないと‥‥!」
「正直無謀な任務ですね。でも、やり遂げないといけませんからね」
菱美 雫(
ga7479)、乾 幸香(
ga8460)の2人だった。火線の密度が格段に増してきている。少しでも気を緩めれば、数瞬でも回避が遅れれば、無数の弾丸が機体を捉える、と想像するのは容易だった。
「悪趣味な対空砲台。でも効果的。数の暴力は戦場での一番の勝敗要素、それを考えたら合理的」
そう呟いたユメ=L=ブルックリン(
gc4492)と雫、幸香の3人は陽動班に属している。爆撃班よりも多少高度を維持。対空砲の撹乱と爆撃の管制がその目的だ。
「砲撃用ワームを複数確認しました‥‥! タートルワーム‥‥っ、レックスワームも‥‥! ワームの少ない飛行ルートを各班に転送します‥‥!」
雫は回避に徹しつつ、電子戦機の特性を活かした管制を担当している。
「爆撃各班へ。陽動攻撃を敢行します」
ユメ機の小型ミサイルポッド『D−04A』から無数のミサイルが放たれた。爆撃班の進路上の対空砲を狙った斉射。ミサイルは、半数以上が途中で撃ち落されながらも、ギガワームの対空砲を僅かながら減じ、その一部をユメ機に引きつけるという役割を果たした。
「爆撃A班! 陽動班! プロトン砲、来ます‥‥!」
「ロックオンキャンセラー、起動――。今ですっ!」
火線に混じった淡紅の光線の合間を縫って、陽動班のさらに下方、ギガワームの直近を、2つの爆撃班が進む――
最初の爆撃は爆撃A班から放たれた。
A班の先陣を切るアルヴァイム(
ga5051)機が各兵装を撃ちかけながら、速度を落とし、急降下する。それが爆撃の動きという判断があったのかもしれない。結果として、周囲の対空砲は火線を収束させた。
「――可愛いものです」
周囲の火線を一手に引き受けたアルヴァイム機は、加速しつつ、機首を持ち上げる。幸香機のロックオンキャンセラー、雫機のジャミング集束装置のサポートを受け、多少のダメージを追いつつ、離脱。
そのアルヴァイム機の背後から飛び出したゼンラー機が――本命だった。
「ほいっ、とねぃ!」
対空砲からしてみれば、反応する隙もなかった、と言えるだろう。
ゼンラー機の主翼下から投下されたフレア弾は、ギガワーム上面に突き刺さり、周囲100メートルを火の海に沈める。死角のなかった針の山に、明らかな空白が生まれる。
「焼け石に水だろうけど‥‥対空砲火に道を作る」
アルヴァイム機、ゼンラー機のロッテが一時的に高度をとったが、A班の爆撃は続く。
爆撃が成功したポイントを足がかりに、久志機がロケット弾を連射。縦に一列、爆発の跡が刻まれる。対空砲は久志機に的を絞った。
「何とも神経の磨り減りそうな時間帯だ事で‥‥」
まだ、引きつけなければならない。ブーストを織りまぜつつ、ダメージを最小限に抑える動きで久志機が対空砲の上を飛び抜ける。
僚機であるジャック機はあえて回りこむように爆撃ポイントにアプローチしていた。それは直前のブーストを活かすためのダミーの侵入ルートだ。読み通り、逆ブーストによる急転回が対空砲の反応を一瞬、鈍らせる。対空砲を装甲で『受け』きる覚悟のジャック機が対空砲の懐に潜り込むのに時間はかからなかった。
「――プレゼント、だ」
爆炎。
離脱時には、久志機がジャック機の後方に付き、煙幕を展開することで追撃による大きなダメージを防ぐ。役割分担を明確にすることで互いの損傷率を下げる堅実なロッテだった。
上空で集合したA班は、編隊を構築し直し、再び高度を下げていった。
「‥‥ポイントはあそこだな」
爆撃B班に属するUNKNOWNが管制機からの情報を確認しながら呟く。上がってくるプロトン砲の光条は別のエリアに比べて明らかに少ない。それは、管制機の情報が活かされている証拠だった。
UNKNOWN機に並列して九郎機、後方に雅機。逆三角形の編隊。
「陽動を頼む!」
九郎の要請に応える形で、上空のユメ機からミサイルが放たれ、幸香機がロックオンキャンセラー、雫機が集束装置を起動する。
「では行こうか‥‥レッツダイブ」
B班は一斉に機首を下げた。爆撃にはある程度高度を下げる必要があるが、それは対空砲への接近も意味する。絶えず火線の隙間に潜り込むようにしつつ、UNKNOWN機が『エニセイ』、九郎機が『十式』を撃ちこんでいく。ロックオンキャンセラーの影響で迎撃力が低下している対空砲群に、さらにユメ機のミサイルも襲いかかり――
「‥‥ッ! レックスキャノン!」
針の山に潜むその砲戦型ワームを発見したのは、回避に専念していた雅だった。爆撃ルート上。背のプロトン砲身が鈍い輝きを放つ。
「破牙」
「おうっ!」
九郎機から立て続けにロケット弾が放たれる。ロケット弾の爆発に怯んだその一瞬に、UNKNOWN機はレックスキャノンに肉薄していた。カウンターとばかりに放たれたプロトン砲を、機体の中心をずらすようにして回避し、すれ違いざまに『ソードウィング』の一撃を叩きこむ。
レックスキャノンの動きが、止まる。
それは僅かな時間だが――十分すぎた。
「皆が作った一瞬、必ず活かして見せる!!」
偏向スラスターを活用し、対空砲の死角に滑り込んだ雅機。投下されたフレア弾はレックスキャノンの足元で炸裂し、灼熱を周囲に押し広げた。
●影
雫機のレーダーが敵の航空戦力を捉えたのは、爆撃各班が二度目の爆撃に移ろうとしているときだった。
「こ、後方よりヘルメットワーム‥‥! 本星型もいます‥‥! キメラも、すごい数‥‥」
防衛線を構築していたワーム、キメラの一部が、侵入者たちの迎撃に差し向けられたのだ。それまでの爆撃はあくまで電撃的な攻撃だったために、敵の航空戦力が存在しなかった、ということか。
雫の報告が終わる前に、早くも先頭のワームの一群の攻撃が始まろうとしていた。
「ストーク隊だ。作戦を継続してくれ」
対空砲の間引きに当たっていた3機が、傭兵たちの静止を振り切って機首を返し、血みどろのドッグファイトに飛び込んでいく。
さらに爆撃は続いた。アルヴァイム、ジャック、九郎がそれぞれ1発ずつフレア弾を投下することに成功する。
だが、ストーク隊が持ちこたえることが出来たのはここまでだった。
友軍を示す緑のマーカーが2つ、消え。
残った1つのマーカーも安定しない動きで戦域を離脱していく。
――そして、出鼻をくじかれていたワーム、キメラが傭兵たちに襲いかかった。
「ッ‥‥!」
敵の狙いは当然のごとく、管制を務める雫機だった。ヘルメットワーム2、3機に、キメラが数体。回避することに専念すれば、避け切れない数ではなかった。
だが、この空は敵の空。針の山の上なのだ。対空砲火を回避し続けるのが、この空を飛ぶための前提となる。綱渡りをしながら、敵の攻撃を避ける、というようなものだ。
「すみま‥‥せん‥‥」
瞬く間に雫機が火線に捉えられた。主翼の一方から黒煙を上げるウーフーは、管制はもとより、飛行すら危うい。機体が高度を上げて戦域を離れていく。
「間に合わなかったか‥‥」
爆撃を終えたジャック機、久志機のロッテが陽動班の護衛に回る。
ヘルメットワームの編隊に対して、ジャック機が『真スラスターライフル』を撃ちこむ。そうしてできた穴に、久志機が突入した。
「荷物持ちを免除して貰って身軽な分は働かないとね!」
ハヤブサはそのブースト性能を最大限に活かし、すれ違いざまの『ソードウィング』で敵の数を減らしていく。
「A班、後方よりヘルメットワームが4機。B班、進行方向にタートルワーム複数。警戒してください」
管制の任は幸香機が継続した。ユメ機と共に後方にミサイルを放ちながら対応にあたる。
一方、A班が残すフレア弾はアルヴァイム機の1つのみとなっていた。だが、爆弾の難易度は格段に増してきている。後方から迫る敵航空戦力がその理由だ。
管制機からの情報では、ヘルメットワームが4機。針の山では厳しすぎる相手だった。
「‥‥爆撃を急ぎます」
「ヘルメットワームは引き受けるよぅ! いってらしゃい、とねぃ!」
ゼンラー機から後方にホーミングミサイル『K−02』が放たれる。接近する4機のヘルメットワームを同時に攻撃対象として捕捉した250発の小型ミサイルは、花弁のように広がった後――ヘルメットワームの編隊を押しつぶした。
「‥‥全部墜ちるとは思ってなかったよぅ」
黒煙の中から、2機のヘルメットワームが飛び出してくる。ゼンラー機はアルヴァイム機の脇を固めつつ、レーザーライフルとスラスターライフルで牽制を続ける。
ゼンラー機の支援を受けながら、アルヴァイム機はVTOL機能を活用し、爆撃ポイントにアプローチ。フレア弾を投下する――が。
投下して間もなく、フレア弾が対空砲の火線に捉えられた。
広がった爆熱が周囲の対空砲をひしゃげさせる。とはいえ、その範囲は爆撃が成功したときに比べればとても狭い。
対空砲はゼンラー機、アルヴァイム機を捕捉して余りあるほどの数がある。単機での爆撃はやはり難しいのだ。
失敗を嘆く暇はない。他班の状況は切迫している。
「ゼンラー、爆撃B班の支援に回りましょう」
応える声は、一拍遅れた。
「――すまないねぃ。どじったよぅ」
ヘルメットワームのプロトン砲と対空砲の火線が、ゼンラー機を貫く。同時にゼンラー機から放たれた『スラスターライフル』の斉射が最後のヘルメットワームを撃ち落とした。
「離脱を!」
「そうさせて‥‥もらうよぅ‥‥」
破損したコックピットの部品が、ゼンラーの身体にいくつも突き刺さっていた。ゼンラー機はふらふらと高度を上げ、離脱していく。
見届けたアルヴァイム機は、B班と合流すべく加速した。
「陽動は‥‥無理だろうな」
B班は九郎機、UNKNOWN機がそれぞれ1つずつフレア弾を残していた。
管制機からの情報も不鮮明なものになっている。陽動班周辺の戦闘が激しさを増しているようだ。
「タートルワームを右上に惹き付ける」
サポートに回ったUNKNOWN機が『エニセイ』、雅機がホーミングミサイル『UK−11AAM』で牽制しながら高度を落とす。九郎機も小型ミサイルを撃ちかけながら、ギガワームとの距離を詰めていく。
「タートルワーム、捕捉。プロトン砲が来るぞ‥‥!」
雅の読み通り、対空砲の火線に混じって、淡紅色の光線がB班を迎え撃った。
とはいえ、それらは航空戦力からの攻撃とは異なり、『ただ』強力な対空砲と言えた。対空砲の回避と要領は変わらない。雅機が僅かにダメージを負うが、その間に、B班は十分に距離を詰めていた。
ギガワーム直上、すれすれにまで高度を落としたUNKNOWN機が『ソードウィング』で、高度を維持した雅機が『UK−11AAM』で、ワームの足を止め、対空砲を引きつけていく。その隙に、九郎がフレア弾を投下することに成功した。
「全部は避けきれんか‥‥」
『ソードウィング』の使用をメインに戦っていたUNKNOWN機の被弾率が上がっていた。九郎機、雅機のダメージも大きい。
「B班、後方から本星型ヘルメットワームが接近中です!」
「こんなときに‥‥!」
UNKNOWN機の爆撃を残すのみ。九郎機、雅機を前衛に編隊を組み直したときだった。
対応すれば、爆撃の機会はもうないだろう。だが、爆撃の最中に妨害される可能性は大だ。
「――B班、爆撃を。本星型は我が」
アルヴァイムだった。重装備のロジーナはB班とすれ違いつつ、早くもバルカンで弾幕を展開していく。
「砕牙、天空橋。陽動を頼む」
先に高度を落とした2機が爆撃時のアクションをとる。火線を集めた2機が急上昇して離れるのに合せて、UNKNOWN機が飛び込んだ。
「遠慮はいらんよ」
叩きつけられたフレア弾が火の海を広げる。
「よーし、ずらかろう」
UNKNOWN機の爆撃を確認したアルヴァイム機が煙幕を投射し、4機は高度を上げた。
●もう一度、空へ
合流した陽動班、B班に、高度をとって待機していた雫機、ゼンラー機、ストーク隊の1機を加えた11機の爆撃隊は、後方からの執拗な攻撃にさらされていた。
飛び込んだ以上は、脱出しなければならない。
青い空は、遠かった。
「あきらめるな、必ず道はあるはずだ」
雅機が再び被弾に揺れる。コックピット内に響くアラートが鳴り止むことはない。
そのときだった。
「‥‥! 来ました! 正規軍と傭兵の混合部隊から、脱出の支援があります! ポイントは――」
幸香機が管制としての最後の情報を各機に転送する。
転進。加速。
正面の防衛線は依然、健在だった。
――かのように見えた。
一瞬遅れて、防衛線に大穴が穿たれる。
飛び込んでくる複数のKVは正規軍と傭兵の機体が入り交じっていた。
爆撃隊の功績を称える無線が、歓声が、飛び交う。
「‥‥いくよぅ!」
「突き抜けるぞぉッ!」
爆撃隊各機から、ありったけの煙幕とありったけのミサイルが後方に放たれ。
敵の航空戦力が怯んだその隙に、ブーストで加速した11機は。
大穴に飛び込み。
――飛び抜けた。
ギガワームの上面には、フレア弾による爆撃の跡がくっきりと残っている。
対空砲の火線は明らかにその数を減らしていた。それが追い風となり、防衛線に穿たれる穴の数と、送り込まれる爆撃隊の数が増えていく。
そして。
遙か遠くの空、ギガワームに加速しつつ迫るユニヴァースナイト弐番艦の姿があった――