●リプレイ本文
●「彼女」を大切に思う人たち
依頼の保護対象である少女――エリーの両親は、自分たちの家にやってきた能力者達を目にして、思わず驚きの表情を浮かべた。
此度に依頼した能力者達が、何故か娘がいるであろう場所とは全然違う、自分たちの家に訪れてきたからである。
彼女の身に何かあったのだろうかと懸念する彼らの姿を見て、美しい白銀の髪の男性――終夜・無月(
ga3084)は、笑顔で「ご心配なく」と言った。
「俺たちはただ、あなた方にこれを私に来たんです」
「‥‥? これは‥‥」
そう言って、無月から渡されたのは、市販されている無線機。
彼らはエリーの両親に向かって、自分たちの会話、そしてエリーの言葉をちゃんと聞いていて欲しいという。
「あのキメラ、ね? 害の無いキメラだって、UPCのお姉さんが、言ってたよ」
「結論から言えば、娘さんは安全です。たしかにキメラですが、人を傷つける力のない種類ですから」
聞かれるでもなく、イェーオリ・ヘッグ(
gc6338)と沖田 護(
gc0208)は、二人にそう告げ、キメラの寿命ももう殆ど無いことを彼らに説明する。
その言葉に対し、エリーの両親はぐっと言葉を詰まらせ、申し訳なさそうな表情をして俯いた。
「‥‥UPCの方が言うなら、それは本当なんでしょう。ですが、自分たちはあのとき、アレがキメラだと言うことで、何時娘が危険な目に遭ってしまうか、と言うことを考えてしまい‥‥」
「ええ。それは、私にも理解できます。正直‥‥かけるお言葉が見つかりません‥‥失った時の彼女の喪失感を考えると‥‥今から胸が痛みます」
籠島 慎一郎(
gc4768)は、丁重な態度を崩そうとはせず、僅かに苦しげに顔を歪める。
二人も、慎一郎の言葉に対し、こくりと頷く。
「‥‥私も、その考えは、間違っていないと思います」
同じように、返す言葉は、Letia Bar(
ga6313)のもの。
「けど、あなた方がエリーちゃんのことを大切に思うくらい、エリーちゃんも、あのキメラのことを大切にしていました。それを理解した上で、ちゃんとエリーちゃんの言葉を聞いて、家族みんなで仲直りして欲しいんです」
たかが家庭一つの不和、と言えば、それに真剣になっている能力者達の姿は、世の人たちが見れば滑稽にも映るかも知れない。
だが恐らく、此処にいる者達の殆どは、「それでも構わない」と返すだろう。
例え陳腐なオハナシであろうと、親子の絆を取り戻すことに対して、何を躊躇う必要があるのか、と。
両親は、Letiaの真摯な言葉に耳を傾け、次いで、先ほど無月が渡したトランシーバーに視線をやる。
「‥‥疑うわけでは有りませんが、確認のためにもう一度聞きます。あのキメラは、本当にエリーを傷つける力はないのですね?」
「言ってるだろォ? ま、お前らがそーやってキメラを怖がるのも無理はねェよ、一般人だしよォ」
やれやれ、とリアクションを取りつつ、Nico(
gc4739)が気怠げに言葉を返す。
「だがなァ。死にかけだったら、親もキメラも犬もかわんねェって」
嗜虐。それを意図して吐かれた言葉に、一部の能力者達は剣呑な眼差しを向けるが、二人はそれに対して苦笑するのみだ。
「‥‥娘のことを、宜しく御願いします」
深々と礼をしたエリーの両親を見て、能力者達は目配せをし、何人かはそのまま山の方へ、何人かはその場に残った。
顔を上げ、二つに分かれた能力者達の集団を見て、エリーの両親は再び怪訝そうな顔をする。
「あの、まだ何か‥‥?」
「‥‥解っているとは思いますが」
と、護が一拍を置き、
「いま、娘さんは心を閉ざしかけています。僕らの仲間が説得に向かっていますが‥‥エリーちゃんを真に救うためには、ご両親の言葉が、きっと必要です」
その言葉を聞いて、二人はきょとんとした表情をした後、互いの顔を見合わせる。
構わず、護はこう続けた。
「エリーちゃんを発見し次第、僕たちと一緒に、彼女の元へ向かいましょう」
●「彼女」と能力者達の邂逅
「キメラをかくまう子供、か」
ならされた山道を歩きつつ、須佐 武流(
ga1461)がぼそりと呟く。
意図して言った言葉ではない。彼なりに思うところもあって、それを思考していた時に、不意に口から零れてしまったのだろう。
(今に始まった事じゃない。昔、俺も‥‥そんなことに遭遇したことがある)
だから、驚くことは、何一つ無いと。
彼は唯、依頼のために、忠実に行動するだけだと言う。
それでも、少女と同じ事態に遭遇した彼は、少女の心の痛みを分かることが出来るかも知れない彼は、キメラの死を確認するのみではなく、その心を救えるよう努力したいと、そう考えていた。
と、
「‥‥このような体たらくで、すまんな」
武流の横に並び、未だ癒えぬ傷を持ったまま山を登るのは、夜十字・信人(
ga8235)。
「いや。‥‥お前は、何でこの依頼に?」
「俺か?」
信人は、武流の問いに言葉を返そうとして‥‥それを止める。
「‥‥いや、唯の現実逃避、かも知れんな」
「‥‥?」
先の依頼で、救えなかった子供達に対する、せめてもの贖罪ができるなら、などと。
エリーの両親との対話を終えた者達も、暫くしてから彼らと合流する。
彼らは街でエリーの友人達から、この山のどんなところを歩いているのか、という聞き込みをし――Letiaが、一枚の手書きの地図と共に、有力な情報を手に入れたという。
「山の中腹当たりかな。森に隠れたところで、穴の空いた大きな岩があるんだって。穴は子供なら2、3人は入れるところで、よく雨が降ったときとはそこで雨宿りしていたらしいよ」
「‥‥行ってみるか」
信人の言葉に対し、能力者達は賛成の意を示す。
幸い、それほど高くもない山である。地図に従って進み、森の中を多少探索すれば、件の岩を見つけるのにそう時間はかからなかった。
「‥‥此処、か?」
「でも、穴なんて何処にも‥‥」
武流と無月がそう呟く中、信人は不意に片手を上げて、静かにするようにと合図する。
ぴたりと止まる会話。足下も丈の低い雑草で覆われているため、大して音を立てることなく移動できる。
周囲が静まったのを確認した上で、信人は岩の隅っこをそっと指さし、他の能力者達もそれを見れるように移動する。
果たして――其処には、粗末な服を身に纏った少女が、小さな童女を抱えて眠っていた。
●「彼女」と妖精の別れの時
「ぅ‥‥ん?」
人の気配に気づいたのか、もそもそとエリーは身じろきした後‥‥自分たちを見る者達の姿を確認して、思わず驚きの声を上げる。
次いで浮かんだ感情は、恐怖。
自分の両親と同じように、この妖精を見た者達が奪いに来るのではないかと思い、即座にその場から逃げだそうとするが、
「‥‥大丈夫、何もしないよ。フェアリィの事も聞いてるけど‥‥君から奪ったりしない。安心して」
そんな少女にかけられたのは、暖かなマフラーと、温かな言葉。
少女は見知らぬ者に突然の優しさを与えられたことに対し、喜びよりも先に驚きの感情が出てくる。
「こんにちは、お嬢さん」
「怪我はしておりませんか? 有ったら見せてください、自分が治しますので」
同じように、他の人々も彼女に対して何処か穏やかな対応を見せてくる。
両親にフェアリィを奪われようとして以降、常に他人を警戒し続けていた少女は、これに対してどうすれば良いのか、急には思いつかず。
ただ、泣きじゃくることしかできなかった。
少女が泣きやむのを待った後に、武流はキメラの姿を暫く見た後‥‥小さく首を振り、言う。
「‥‥残念だが、この子はもう持たない。今日一日というところが精一杯だろう」
「! う、嘘‥‥!」
「嘘じゃない」
はっきりと言う武流。これも、仕方ないと言えば仕方がない。
説得は多少の嘘を交えて相手を安心させる言葉と、例え痛みを伴ってでもハッキリと理解させないといけない言葉が必要となる。この場合に必要な言葉は、間違いなく後者だ。
近しい者の死は、これからも訪れる。今この場に於いてこのキメラの死に嘘をついたところで、これから先の彼女の未来には、間違いなく同じような事態が待ち受けているのだ。
なればこそ、今此処でキメラの死を伝えなければ、彼女は此処から先には進めない。
これ以上のエリーの反論を予想していた武流は、しかしぽろぽろと涙をこぼし、ただLetiaに縋り付く姿を見て、多少驚きの意を感じた。あれくらいの言葉で、この少女が納得するとは思っていなかったのだ。
しかし、この妖精の死は、エリーとて予感していた。
ここ最近の体調不良に加え、自らが出した食べ物も食べようとせず、今では眠ったまま目を覚まそうともしないこの妖精。
明確に「死」と考えていたわけではないだろうが、このまま目覚めてくれないのではないか、もう二度と、スリーピング・フェアリィと語らうことは出来ないのではないか、そうした感覚は、常に彼女の中にあった。
Letiaは、抱きついてきたエリーの頭を撫でつつ、柔らかく抱きしめる。
「キメラというのは‥‥人を殺すためだけに作られた生物だ」
だが、そんなエリーに対し、武流は未だ言葉を続ける。
「その子も例に漏れず、その目的で作られている。‥‥いや、作られていた、かな」
「‥‥? 今は、違うの?」
「ああ。その子は人を殺すキメラでは無くなった。‥‥君の友達、スリーピング・フェアリィに生まれ変わった」
そんな武流の言葉を繋げるように、無月も語る。
「生まれ変わったフェアリィは、エリーが寂しく無い様に傍に居てくれた。でも其の為の時間は、限られていたんだよ」
「‥‥‥‥」
「今度は君が、フェアリィにお返しをする番だ」
無月の言葉が何を言いたいのかを理解した少女は、涙でくしゃくしゃに成った顔でも、しっかりと頷きを返す。
「良い子だ。‥‥それじゃ、行こうか」
「? 何処に?」
その言葉に返したのは、無月ではなく信人だった。
「この子が帰り道に迷わないよう、空の近くに、な」
●「彼女」が孤独となって、孤独でなくなった瞬間
能力者達とエリーは、山頂に到着した後、全員でエリーに注目する。
「フェアリィ? フェアリィ。起きて、とても素晴らしい景色よ!」
何度も呼びかけられたこともあって、キメラはうっすらと瞼を開く。
最早光のない、虚ろな瞳で少女を見るキメラに、どれほどの時間が残されているかは、能力者でなくても簡単に解るだろう。
エリーも、恐らくはそれを理解していながら、決して大切な友達を心配させたりしないよう、必死で明るい表情と、声を作り上げる。
「下を見て、街があるわ! 普段暮らしているところが、あんなに小さいのよ! それだけじゃない、お空を見れば、雲もこんなに近いの!」
その様子に、Letiaは痛ましげな表情を浮かべて、思わず顔を背ける。
「今度は、私の友達と一緒に此処に来ましょう! きっと、みんな貴方のことを気に入ってくれるはずよ! 一緒におままごとをしたり、草で編んだ冠を作ったり。ああ、けれど貴方に似合うかしら?」
無月と武流も同様だった。Letiaと違うのは、彼らはどれほど辛い光景であろうと、其処から決して目を逸らさなかったこと。
「それに‥‥それに! 貴方が前に食べなかったお菓子! ああいうのが嫌なら、今度は飴なんてどうかしら? 紅茶も、他にはいっぱい種類があるのだから! 貴方の気に入った食べ物を、今度、一緒に探しましょうよ!」
慎一郎は、友の死を間近にした彼女の感情を、食い入るように観察し、
「だから、だから! ‥‥それまで、」
其処まで一息に言って、少女は手の平に在る童女の姿を見る。
おとぎ話の妖精の如き姿をした彼女は、じっとエリーの姿を見て、ぱくぱくと口を動かしている。
「それまで、少しの間、お休みなさい‥‥フェアリィ」
今まで、共にいてくれた友人が、その言葉を切っ掛けに、かすれた歌声を紡ぐ。
「‥‥聞きな、嬢ちゃん。正真正銘、最後のショーだぜ?」
言われるまでもない。エリーは静かに、キメラの声へ耳を傾ける。
それは歌と言うよりは、単音を継ぎ接ぎに構築しただけのものだ。曲として聴くには、それは余りにも拙く、幼い。
だと言うのに、その歌は人の心を安らぎに導く、不思議な暖かさがあった。
「‥‥ぅ‥‥」
こくり、と船を漕ぎかけたエリーの肩を、Letiaが軽く叩く。
それに反応したエリーはすぐさま跳ね起き、決して寝るまいと拳を歯を食いしばる。
Letiaはその様子に満足そうに微笑み、そっと囁く。
「‥‥子守歌、覚えてるかな?途中まででもいいから、歌ってあげたら?」
「‥っ、うん!」
そうして、僅か‥‥数分にも満たぬ僅かな間、少女と妖精の、静かな歌声が、山の中に響き渡る。
歌が自然と終えられたとき、妖精は静かに目を閉じ、再び眠りについた。
今までと違うのは、最早その目が開かれることは、永久にないと言うこと。
――死の間際、彼のキメラは、すこしだけ笑ったような気がした。
それから、およそ十数分後。
エリー達がキメラの埋葬を済ませたちょうど直後、エリーの両親を連れた能力者達も同じように山頂へと到着し、彼らは親子を再会させた。
キメラは既に死んだことを聞き、それに泣きじゃくる少女をなだめつつ、夫妻は能力者達に深く礼を述べた後、娘を連れて帰路へついて行った。
(‥‥いい、な)
その後ろ姿を眺めつつ、イェーオリは心の中でぽつりと呟く。
家族の期待に流されるままに、能力者となり、今この場に立つイェーオリは、エリー達の姿に僅かばかりの羨望と、嫉妬の眼差しを向けていた。
自分の両親も、エリーの両親と同じように、自分を心配しているだろうか、と考えながら。
「‥‥考えたんだがな」
帰り道で、ぼそりと信人が呟く。
「あの子は、エリー君に出会う為に生れて来たのでは無いか。そう思うんだ」
「‥‥解らない」
無月はそう返した。
そうであって欲しいという願いはある。かくようにして逝けたと言う事実も、彼らの記憶には確と残っている。
しかし、それは決して、あのキメラが人のために生まれ、在ったと言う答えには成らない。
キメラはキメラであり、それを従えるのは人の敵であるバグアだ。今回の依頼も、ただの偶然が生んだ産物としか言うことは出来ない。
けれど、
「悲しい目的のために、作られた命だったとしても、フェアリーはその命でエリーちゃんに幸せな時間をくれた。‥‥それは、間違いないよ」
護がはっきりと言った言葉に、彼らは頷く。
考えるまでもない。例えバグアの道化だろうと、使い捨てゆえの短い命だろうと、その命が果てるまでの間に、あのキメラがエリーに残した温かな記憶は、決してまがい物などではないのだと。
武流は、何の気無しに、先ほど自分が居た山頂へと目を向ける。
小さな小さな墓碑が、山頂の隅に佇んでいる姿が、その視界に映った。