●リプレイ本文
●いざ開かん、天国(地獄)への門
「ふふ、なかなかにふしだらなキメラが今回の相手のようだね。これは愉しいコトになりそうだ‥‥♪」
「‥‥な、何をしようとしているの?」
「気になるかい? それなら私と一緒にブースの中で」
「わ、私たちの準備は出来たけど、そっちはどうかしら!?」
「KEEP OUT」のテープとブルーシートで周囲を張り巡らされたランジェリーショップの出入り口にて、初っ端から不穏当な会話をしてらっしゃるのは、イスク・メーベルナッハ(
ga4826)とクレミア・ストレイカー(
gb7450)。
本来なら男性のドリーム的な舞台なのだが、意外にもこの依頼を『楽しもう』と思っているのはイスク一人のご様子である。
いや、依頼だから。楽しまずに任務を忠実にこなすことが正しいんだけどね?
「一般人が相手とは難儀だな‥‥」
「男の望みと言いますが‥‥実際は場違いな感じが強いですね」
対して、状況を冷静に判断しているのは緑間 徹(
gb7712)、おもち(
gc6244)の二人。
「っと、ソウマは久しぶりだな。今回は宜しく頼むぜ」
「はい、緑間さん。それと、あの時はありがとうございました」
徹に声をかけられ、笑顔で挨拶と、以前助けて貰ったことに対する御礼を告げるソウマ(
gc0505)。
徹はひらひらと手を振って「気にするな」と応じた。
「虫型キメラ‥‥この私の手で退治してやります!」
そんな和やかな雰囲気の男性陣二人とは違い、メラメラと闘志の炎を燃やしているのは緋本 かざね(
gc4670)。
本人としてはまさしく修羅の如き怒りとかを内心に抱いているのだろうが、傍から見ると身の丈を超えるハエ叩きを構えて、眉をぎゅっと逆八の字にしている女の子である。
ぶっちゃけ、可愛い。
「いや、まったく迷惑なキメラです。女性に迷惑をかけるとは、許してはおけませんね」
そんなかざねに、エシック・ランカスター(
gc4778)は如何にもといった様子で頷く。
女性を紳士的に愛している彼としては、対象に恥も外聞も捨てた振る舞いを強制させるキメラに対し、割と強い怒りを覚えているのだろう。
「まあ、そのためにも、俺たちでキメラを倒しませんとね」
そんな無難な言葉で、全員の意思を纏めたのは白峰 琉(
gc4999)。
口では責任感有る台詞を言ってるものの、内心は後悔その他負の感情が渦巻いてる模様である。
(全然強くないキメラだと聞いてこの依頼を受けたものの‥‥とんでもない過ちを犯してしまった気がしてなりません‥‥)
きっとその考えは大当たりなのだろうが、かと言って今更逃げる事が手遅れなのもまた事実である。
ともあれ、琉の「キメラを倒す」と言う言葉に対し、能力者達は決意の表情で頷いた。
「じゃ、行きましょうか‥‥」
誰が呟いたとも知れぬ言葉を機に、一同がランジェリーショップのドアを開き、中に入――
「ちょ、ちょっと待っ‥‥いきなりかッ!?」
あ、徹が飛びかかってきた女性一人に押し倒された。
●地獄ルート(或いは天国ルート)
「徹さん‥‥また僕の身代わりになってくれるだなんて‥‥!」
「違うからな!? コレはどう考えても俺の意思を無視した事態だからな!?」
店内に入った瞬間、フェロモンの影響を受けた女子の一人によって押し倒された徹。
ふりほどこうにも、僅か数秒の内に何人もの女子が覆い被さってくるものだから、逃げるのは愚か動くことさえ困難である。
幸い覚醒状態となっているため、重量による圧死は免れるが、かと言ってこのままではもつれ合っている女子達の方に被害が発生しかねない。
と言うことで。
「おいソウマ! あの時の借りを今返せ!」
「掌返すの早っ!?」
キメラ撲滅作業にいそしもうとしているかざねが思わず突っ込んでしまった。
とは言え、このままの状態で居るのは双方にとってよろしくないのも確かである。
女性の扱いとしてはマナー違反かもしれないが、ソウマは多少乱暴に女子たちをひっぺがしては少し離れた場所に置いてと、徹にしがみつく女性たちを次々と離していった。
「はい。大丈夫ですか?」
「お、恩に着る‥‥」
といった、一言同士の会話をする余裕もなく。
一瞬後には、再び女子達が襲いかかってきたものの、そこは一般人と覚醒した能力者の違い。
不意打ちでもない攻撃に対し、二人は軽い身のこなしで、彼女たちの腕を軽々と回避する。
「‥‥黒猫を捕まえるのは簡単じゃありませんよ」
ニヒルな笑みを浮かべるソウマ。場所が場所なら、きっと主役級に格好良い台詞である。
が、まあ登場人物がすべからく何らかの被害に合うというのは、この手のお話には割とお約束であり。
――くいくい。
「? 一体なんです‥‥か‥‥?」
服の裾を引っ張られ、振り向いた先には、およそ20過ぎの女性たちが、彼を取り囲んでいた。
徹に襲いかかった女子たちはおよそ10台半ば。成長途上のあどけなさを持つ少女たちのアプローチも理性的にはかなり辛かったが、成熟した女性たちの魅力は、そういった少女達にはない何かがある。
すらりと均整の整った妙齢の女性の体躯を見て、僅かに彼の思考回路に乱れが生じ‥‥
そして、それこそが致命打となった。
「え、ええぇぇ!? な、何で僕の服を脱がせようと‥‥!?」
一瞬の隙をついて、ソウマへと群がる女性たち。
何か、キメラのフェロモンを抜きにしても妖しい光が目に灯っているのは気のせいだろうか。
遅れながらもエミタの能力を開放し、女性たちの手から逃れようとするが‥‥複数人に服やら腕やらを掴まれている状態では、一斉の対処はできなかった。
(こ、このままじゃ全部脱がされるっ! だ、誰か助けてくれる人は‥‥!)
と、周囲を見回してみるソウマ。
先ず視界に入ったのは、子供用ランジェリー売り場にて、沢山の子供達を誘導しているおもち。
「皆さん、こちらで仲良くお話ししましょう!」
わー、と子供たちがおもちへ襲いかかろうとしているが‥‥何しろ身体対能力が一般人の成人よりはるかに劣る子供たちである。
余裕を持った調子で子供たちから逃げているおもちの姿は、引率の先生か、追いかけっこをしているお兄さんみたいな和やかなムードが漂っていて、妙に声をかけづらい。
ならばと他に視線を向けると‥‥
『とりあえず、脱がされない様に必死の抵抗は試‥‥いえ、一般人に手を出すわけにもいきませんし‥‥って、あぁぁ考えてる間に囲まれた気がっ!?』
結構遠いところから、琉の声が聞こえた気がした。
今現在助けを必要としている状況ながらも、何故か「彼も男として本望でしょう」的な優しい笑顔が浮かんでしまう。
最後に目視することが出来たのは、かざね。
他の男性陣がうまく誘導をしてくれているお陰で、彼女に襲いかかる一般人は殆ど居ないと言っていい。
だが、流石に彼女に声を掛けることは出来ない。
ソウマは囮班の人間であり、かざねはキメラ討伐班の人間だ。キメラ討伐を円滑にすすめるための班員が、それを阻害するような行為をしてはならな――
「わぁ〜、可愛い下着がいっぱいですね〜! これとか、あ、あれもいいかも!」
「キメラを探してください!?」
アンタ何しに来たんだ。
周囲の能力者が他者に目を向けられる状況だったら、間違いなくこう言うであろう。
とまあ、仲間の姿を確認できたのはここまでである。
襲いかかってくる女性陣の姿が半端じゃなくなってきており、助けを求めることすら危うくなってきたからだ。
(――結局、自分の身は自分で守れということですね)
作戦開始から十分前後。早くも疲れ果てた状態のソウマが、最早形振りかまわぬとばかりに上着を一枚脱ぎ捨て、服を掴む女性たちの手から逃れ終えた瞬間、爆発的な加速力で逃げ出し始めた。
●天国ルート(或いは地獄ルート)
ランジェリー売り場の面々が阿鼻叫喚の渦に叩き込まれている頃。
クレミアは試着室で、一般大衆にランジェリー姿を披露するというプチファッションショーを行っていた。
‥‥‥‥‥‥‥‥。
いや、どうしてこう言うことになったかというと、勿論理由があるのだ。
キメラのフェロモン能力は今現在も発動しっぱなしな状況にあるのだが、ひょっとしたら運良く効果範囲の外にいて、未だ無事な一般人がいるかも知れない。
彼女の服装は、フェロモンを受けた状態の者達に対し、「無事な一般人より、自分を襲いたくなるように仕向けるための誘導」をかねての意味だった。
が、残念なことに、フェロモンにかかっている一般人のアタック対象は「フェロモンの効果を受けてない人」であって、視覚的効果は襲う対象の優先度には含まれない。
もっとも、自らの存在を積極的にアピールするという意味では、これは結構誘導効果があるのだが。
「きゃっ! ちょっと! お、押さないで‥‥! と、とにかく落ち着いて‥‥!」
ともあれ、結果的に女性陣に襲われたクレミアを見た徹は、自身も追われている状況にありながら、仲間を探しつつ冷静に言う。
「マズいな‥‥あのままではクレミアが危険だ。おい、どうにかして救出を‥‥」
彼が発することが出来た言葉は、此処まで。
何でって、彼の視線の先にはイスクが‥‥より正確に言えば、息荒く気絶している女性たち十数人を周囲に転がしているイスクの姿があったからだ。
彼女は未だに一人の歳若い少女を抱き、妖しい笑みを浮かべている。
「ひぁ‥‥!」
少女の身体が、うなじをなぞられビクリと震える。
「ふふ、可愛いねえ‥‥こうしたことは初めてかい?」
「‥‥っ、‥‥っ!!」
「そうかい。それじゃあ‥‥たっぷりと教えてあげようじゃないか」
バラ色に上気した少女の頬に唇を当てつつ、片手で柔らかな矮躯を支え、もう片方の手で胸元から腰までの輪郭をゆっくりと、焦らすように這わせていく。
たまらない、と言った表情を浮かべ、イスクを見る少女。
満足そうな笑みを浮かべたイスクは、腰まで下ろした手を更に下へと――
「エシック! クレミアを助ける、協力してくれ!」
ナイスだ徹! 流石にこれ以上はいろんな都合で書けない!
「解っております。此方も、粗方の誘導は済ませました」
この状況下でもあくまで穏やかな物腰のエシックは、囮班が行動している間に、無事な一般人の避難誘導を行っていた。
店員、客を含めた女性陣は、エシックの細やかな心遣いによって服装を正され、非常口から外に出て行ったのだった。
「さて、後はランジェリー売り場で囮の役目に徹するのみ、ですが‥‥その前にクレミアさんを助け出しませんとね」
と、彼が試着室の方向に向き直る――前に。
「み、皆さーん! そっち、そっちにキメラが!」
ランジェリー売り場のほうから、かざねと琉の声が聞こえてきた。
エシックと徹が必死に目を凝らして周囲を確認すると、彼らの足元には件のバッタ型キメラが。
「‥‥潰れて詫びろッ!」
キメラを目視した瞬間、徹が目の色を変えてハエ叩きを振りかぶる。
が、怒りによって照準が狂ったこともあってか、キメラは徹の攻撃を難なく回避し、そのままあさっての方向へと飛び跳ねる。
そして、その方向には女性達にもみくちゃにされているクレミアの姿が。
「クレミア、キメラがそっちに向かった! 叩き潰せ!」
「え、ええぇっ!? そう言われてもこっちは‥‥」
と、クレミアが混乱している間に、キメラはぴょーんと彼女の下着の隙間に入り込んだ。
「っ!? な、何でランジェリーの中に‥‥いやんっ!」
下着の中に入ったキメラを取ろうにも、流石に男性陣の目がある状況ではマズい。かと言って、試着室に行くには彼女に張り付いている女性陣を全て振り払わなくてはならない。
結局どうすればよいのか解らない彼女は、とにかく腕や身体をふるってキメラを外に出そうとするが――その拍子にバランスを崩し、何人かの女性を道連れに、試着室の中に倒れ込んでしまった。
「う、痛つつ‥‥」
ぶつけた所をさすりつつ、クレミアが周囲を確認すると‥‥
「おや、奇遇だねえ」
‥‥其処には、満面の笑みのイスクが、彼女の横にいた。
どうやら、もつれ合った際にイスクも巻き込んでしまったらしい。
「‥‥あ、あの」
「いやいや。解ってるよ。話は聞いていた。キメラが服の中に入ったんだろう?」
「そ、そうそう! だから‥‥」
「ああ、安心しな。何処にいるのか『隅々まで』調べてやるから」
「え? い、いやちょっと‥・・ひゃ‥‥」
それ以降の彼女らがどうなったかは、推して知るべし、である。
因みにこの会話の時点で、既にキメラはクレミアの衣服から脱出していたのだが、それは貴方の心の内に秘めておいて頂きたい。
●地獄(天国)からの脱出
――で、結局どうなったかというと。
しぶとく逃げ回るキメラを追いつつ、琉が再び年若い女子に囲まれたり徹が豊満な女性(主に腰回りが)に突撃喰らったりかざねが新作ランジェリーに目移りしてる中、おもちを追っていた子供たちが通りかかった際ぷちりと踏まれてキメラはご臨終を迎えたのであった。
結果としては上々と言って良い。何しろ店内の備品等の被害はほぼ皆無で、被害者である一般人たちも怪我はかすり傷などの軽傷で済んだ。
かと言って「よかったよかった」で済ませられない何かが其処には在る。
「‥‥他人から見たら、天国だとか役得だとか思われるんでしょうか。俺たち」
「実際は地獄でしたがね‥‥いえ、その判断は人によるとは思いますが」
無理やり剥がれてよれよれになった服を着なおしつつ、ソウマが疲れ果てた声で琉に返す。
ちなみにこの二人、結果的には女性陣の包囲から脱出することはできたものの、それまでの間に何枚か服を脱がされたり体中にキスマークつけられたりと大変なことになっていた。
「アタシは結構楽しめたがねえ。最後にはクレミアも混ざってくれたし」
「‥‥‥‥」
平時なら「アレは事故だったのよ!」とでも返しそうなクレミアだが、今現在は若干イスクから距離を置いて、両手で顔を覆っている。
触れてはならない何かが彼女の胸中に渦巻いているような気がした。
「まあ、これで店内の女性たちも意識を取り戻してくれるでしょう。結果的には大成功です」
「ですね。それでは帰投しましょうか」
疲労困憊の能力者たちに対し、つとめて明るく言うエシックとおもち。
能力者達はそれに頷き、重い足取りで本部への帰還を始める。
「‥‥今朝の占いが、こうも見事に当たるとはな」
後詰めの警官達がランジェリーショップに入っていくのを視界の端に入れつつ、徹がぼそりと呟いた。
――余談。
キメラの侵入騒動で暫く休業していたランジェリーショップが、再び営業を再開した日のこと。
「うん、やっぱりコレとか可愛いな。他にも良い品物が沢山! どれから買っていこうかなあ‥‥」
何処かで見たような、金髪ツインテールの少女の姿が其処にはあったとか。