●リプレイ本文
●燻る煙
濃い土煙が舞い、地が爆ぜた残響音が周囲に漂う。
目立った傷こそ無いものの、その服を僅かに汚した終夜・無月(
ga3084)は、苦々しい口調で呟く。
「初手から、コレですか‥‥」
その思いは、同行者である能力者達全員が抱いている思いでもあった。
今回の依頼に於いて、主にバグア勢への対処を行うため、秦本 新(
gc3832)はバグア達が村に侵入する前に片を着けてしまおうという考えでいた。
だが、バグア達のスピードは思ったよりも早く、村に入る前の彼らを捕まえることは難しいと判断した彼らは、次にベーオウルフ(
ga3640)が提案する「バグア到着後に取引を行うまでの間に襲う」と言う考えに賛成し、村に侵入しようと試みたのだが‥‥その際、恐らくは商人側が村の周囲に仕掛けた地雷にかかってしまい、先ほどのような失態を犯してしまったのだ。
地雷はそれほど威力もないものだったが、代わりに音が強く鳴るようにされていたらしい。直撃を被った者も、実質的な怪我は微細に過ぎないものの、自分たちの侵入は彼らに気づかれてしまったことだろう。
「‥‥っ、急ぐぞ!」
叫ぶファルロス(
ga3559)に従い、能力者達は最大のスピードで、商人とバグアが居る場所を探す。
障害物にもならない、朽ち果てた建物が殆どである廃村ゆえ、彼らは両者を容易に発見することが出来たが、これが通常の市街地であればこうも早くには見つからなかっただろう。
能力者が見つけた彼らは、片や狼と虎のキメラを引き連れたまま悠然と、片や既に『商品』を乗せ終えたトラックの運転席に乗った状態で、どちらもこの場から去ろうとしている最中であった。
「ちっ、能力者かよ‥‥! 一般兵だったらもう少しはやりようも有ったって言うのに」
「そう言うって事は、逃げることは諦めたと考えて良いのか?」
ベーオウルフは商人の独り言に言葉を返す。元より彼は無視してバグア側にのみ攻撃を集中させるつもりだったが、向こうから投降してくれるなら有り難いと思ったのだ。
だが、対する商人は口の端をにやりと歪めて言う。表情は笑っているが、その言葉には一切の余裕が見られない。
「そいつは無理だ。お前らに捕まれば俺の末路は決まっている」
「フン。‥‥抵抗しないなら見逃そうと思っていたのだがな」
「はははっ、見逃す? 其処の兄ちゃんはそうは思っていないようだがな!」
商人が言う「其処の兄ちゃん」――ファルロスは、今にも彼のトラックに対して攻撃を仕掛けかねない獰猛な瞳で、商人を睨んでいた。
「‥‥随分と余裕なものだ。あなた方は余程実力があると見える」
そう語るのは、漆黒のローブを全身に着込んだバグアである。
低い音程の声に応えるように、二頭の狼型キメラ、一頭の虎型キメラが鈍い唸り声を上げる。
「そうでも有りませんよ。かと言って‥‥大人しくしている事も出来ませんからね」
秦本 新(
gc3832)は、バグアに対して自らの思いを述べる。
人を人と思わず平気でバグア側に売り払うこと、そしてそれらがやがてはキメラのエサか、強化人間の素体として使われるであろう事。それらに対し、新は義憤とも言うべき感情を内に秘めていた。
「成る程、あなた方にしてみれば、その答えこそが正鵠なのでしょうね」
「だが、俺たちにそれは適用されねえ。大人しくしてくれねえってんなら、どんな手段を使っても逃げるまでだ」
あくまでも淡々と言う二人に対し、無月は僅かに驚きを抱いていた。
能力者達の手勢は五人、対して向こうは、商人を含まなければ四人。
僅差とはいえ数でも負けている上、商人に対しては見逃しても構わないとまで言っているのだが、彼らはそれでも「争いは避けられない」事を理解している。
村の入り口に地雷まで仕掛けるという、一歩間違えれば自らの害にしかなりかねない行動も、より大きなリスクを避けるためには平然と行う彼らだ。これから始まるであろう戦いに対しても、決して油断してはならないだろうと、彼はそう理解した。
「此方は、叶うなら無傷で帰りたいんですがね‥‥。まあ、其方が望むなら致し方有りません。あなた方を倒し、後日悠々と商談の続きをさせていただきましょう」
「‥‥その慢心こそが、貴様らの敗因となる」
まさしく氷のように告げる言葉は、水無月・氷刃(
gb8992)のもの。
「人間を道具のように利用する貴様らを見逃しはせん。我が刃にて凍てつき凍れ」
「ええ。ではその言葉が真実となるか否か――期待させて貰いましょうか?」
バグアがそう言う刹那、キメラと能力者、双方が双方へと向かって疾駆する。
そして、その一瞬後に、戦場を真白に染める閃光が、その場にいる者達の視界を奪った。
●舞う血潮
「――――!?」
戦闘開始直後に起きた眩い光は、およそ十数秒間もの間衰えることはなく、其処に居る者全ての視界を奪い去る。
いや、正確には「全て」ではない。
――タン、タン!
「な‥‥!」
何時の間に着けていたのか、ゴーグル付きのヘッドギアを装着した商人が、閃光にとまどった能力者達の足下を拳銃で狙い撃つ。
撃ち込まれた銃弾は、瞬く間に黒い泥を地中から噴き出させ、それらは能力者達の足を絡め取った後に凝固した。
他は回避したが、コレを受けたのはベーオウルフと新。特に新は商人との戦闘を予期していなかっただけに、まさしくされるがままの状態となっていた。
「‥‥スタングレネードを使用する際は、此方にも一言言って欲しいものですがね」
「今言ったら向こうにも警戒されるだろうがよ。‥‥心配するな。俺は此処までだ。後はお前さんらのキメラに任せておくとするさ」
「まあ、仕方が有りませんね。それでは後日、此方が指定した場所で」
「おう」
そう言って、トラックを走らせる商人。
残った能力者達がそれを視界の端に捉えるも‥‥先ほどの泥に足を封じられた二人は動くことも出来ず、残る者達もキメラへの対処が精々だ。追うはおろか、荷台に居るであろう『商品』へ攻撃することなど、出来るはずもない。
「さて、残るは自分だけですが‥‥正直なところ、自分も北京の防衛で戦力を徒に消費したくはないのですよ。大人しく引き下がってくれると有り難いのですが」
「それを黙って見逃すと思うか!?」
ファルロスが怒りもあらわにそう叫ぶ。
先ほどの彼らの会話からするに、恐らく既に次の商談場所は決められているのだ。今この場で彼らを逃がしても、次の商談が起こることは確実であり――そして、その際は彼らも今以上に対策を整えてくることだろう。
なればこそ、せめて片一方だけはこの場で倒さねばならない。
そう思い、彼は自らの超機械をキメラに向ける。
強力な電磁波はキメラ達の肌を焼くが、それとて未だ致命傷と呼ぶには遠い。
寧ろ、三体のキメラが襲いかかって能力者達に付けた傷の方が深いくらいだ。
「‥‥あなた方も、愚かと言いますか、ねえ?」
必死に戦闘を続ける能力者達に対し、バグアは痛快とばかりに、笑い混じりの口調で呟く。
「‥‥どういう、事だ」
言葉を返すのは、今この場で最も傷の深い氷刃。
「どういう事も何も、おわかりでしょう? 此処は一応、我々バグアの包囲網の中に在りますが、それにしたって外側との境界ギリギリの位置にある場所です。運が悪ければ、UPC側の兵が多数、此方から侵攻をかけるかも知れない。それに対して、自分が何も考えては居ないとお思いですか?」
彼の言葉は、聞こえているのかどうかは怪しいところだった。
無月、ファルロス、氷刃。泥から足を剥がすことに成功したベーオウルフと新も、僅か三体のキメラとの応戦に必死になっていたからだ。
無月が剣を振るわんと思えば、その横から狼型が襲いかかり、
ファルロスがそれをフォローしようと思えば、もう一体の狼型が真っ正面から爪撃を放ってくる。
氷刃がそれに相対しようと近づけば、それは虎型の一撃に引き裂かれ、
「其処の狼たちは、まあオマケに過ぎません。本命は虎型の方でね。コレは私の護衛として他より調整を重ねた、比較的優秀なキメラなのですよ」
――それと同時に、氷刃の身体がゆっくりと傾いだ。
●崩れゆく影
「氷刃さん!」
新の言葉を受け、倒れかかった身体を気力で留まらせる氷刃。
しかし、能力者達は十分に理解している。彼女は立っているだけでもやっとで、この戦闘に参加できる力はもう無い。
「‥‥未だ、だ」
それでも、彼女はかすれた声で呟く。
「‥‥氷は、何者も区別無く‥‥全ての時を、止め、凍らせ、る。貴様の、速さと言う名の、時も‥‥」
――止めてやろう。
そう言うか言わずかの間に、彼女は遂に地面へと倒れ伏した。
「く‥‥っ!」
元々、この依頼に参加した数は少ない。一人が落ちれば、やがて連続して誰かが倒れていくことになる。
無月もその一人だった。彼は敵の動作を子細に注意していたのだが、それでも敵の実力に上を行かれ、膝を屈してしまう結果となる。
そして、ベーオウルフも。彼は倒れこそしないが、愛用の剣を持つ力も無いのだろう。それを地に突き立て、支えとするように立っている。
「‥‥練度はまあ、良しとしましょう。個々の能力は低くなく、その行動も多少の穴があるものの、そこは仲間同士で補い合えば良いこと」
先ほどと変わらぬ笑顔のまま、バグアは能力者たちに語りかける。
「ですが、その肝心の連携が成っていない。最悪と言って未だ余りあるほどだ。あなた方は先程の商人とこの自分、どちらを倒すかも決めていなかったのですかな?」
そう言って、バグアは先ほど商人に襲いかからんとしていたファルロスを見て、次に商人を見逃すような発言をしていたベーオウルフを見やる。
この依頼に参加した人数は五人。相手がどのような策を持っているか解らない以上、この人数で商人とバグア、両方に襲いかかるのは殆ど無茶と言って良い。
だからこそ片一方に戦力を集中させる、と言う考えは間違ってはいないのだが‥‥逆を言えば、能力者たちが正しかったのはそこまで。
戦闘を仕掛ける場所。向こうが此方に気づいていないという利点の活かし方、あまつさえ「敵がどんな備えを持ってるか解らない」と言う事前の情報に対しても、彼らは「全体を警戒する」と言う行動しか取っていない。
敵味方地形状況、考えうるすべての物事を警戒しっぱなしでは、通常以上に緊張した精神が逆に耐え切れず、寧ろ敵の行動を知りつつも身体が思うように動かないという事態さえ招きかねない。
それら諸々の相談が足りなかったため、結果的に能力者たちは逸脱しすぎた個人行動の集まりでしか無くなってしまったのである。
「‥‥最後に一度、言います。自分はこの使い捨ての狼型とて、今後のためには失いたくはない。このままあなた方が退くならそれで良し。退かないのならば、怪我の深いものから順に攻撃を集中させ、殺していきます」
今までの表情とはうってかわり、刃のように鋭く、彼らの心を抉る言葉を、バグアは口にする。
戦況は明らかに彼らの不利、尚且つ、戦闘開始時に商人の不意打ちを食らったことで、能力者たちはバグアに近づくことも出来ていない。これではキメラたちに主人の危機を知らしめる行為も出来はしない。
最早、能力者たちが取るべき行動は決まっていた。
●呟く悔悟
「くそ‥‥っ!」
新が、怒りのあまり拳を地面に叩きつける。
AU−KVの補助を得て放たれたそれは、僅かな振動を周囲の建物にまで伝える。
‥‥だが、それほどの力を以てしても、彼らはバグアたちに打ち勝つことはできなかった。
今日ということはないだろうが、恐らくは近日中に商人とバグアの商談は再び為される。その際に能力者に気づかれるような失態を、彼らはもう犯すまい。
能力者たちは、バグア側戦力の拡充阻止に失敗したのである。
「‥‥助け、られなかった‥‥!」
呟く言葉は、ファルロスのもの。
他の者も、考えることは違っていても、依頼失敗に対する落胆は誰もが抱いている思いであった。
先ほど、仲間の介抱によって目を覚ました氷刃も、今ではその顔を歪めて俯くのみ。
それが傷の痛みからくるものではないことは、誰の目から見ても明らかであろう。
「‥‥行きましょう。本部に帰り、報告しなければ」
終夜が、やっとの思いで言葉を吐く。
仲間たちも、それに従い、力の抜けた身体をどうにか立ち上がらせる。
「‥‥やれる事をやるために、やるべき事をやらなかった。それが、俺たちの敗因か」
廃村の去り際、ベーオウルフが自嘲気味に呟いた。