タイトル:描かれる狂想マスター:田辺正彦

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/03 09:19

●オープニング本文


「芸術は、作った人のココロそのもの。‥‥そうは思わないか、な?」
 持っていた本をぱたりと閉じ、オペレーターは能力者達へと視線をやる。
 色素が抜けたような白い長髪と、相反する黒い瞳が印象的な女性だった。
「初めまして、こんばんは。‥‥あなた達に、地獄を届けに来た、よ」
 柔和な笑顔を浮かべて、それとはそぐわない台詞を吐いて。
 オペレーターは語る。「地獄」の内容を。

 敵は人間型のキメラが一体。どこから手に入れたのか、黒いタキシードにシルクハット、手には一本の短杖を握っており、さながらその姿は、何処かの奇術師のよう。
 だが、オペレーター曰く、キメラは「奇術師」ではなく「芸術家」らしい。
 と言うのも、キメラは自身の器官の殆どがそういった技能に特化しているらしく、その体内には様々な「小道具(プログラム)」が内包されている。
 小道具を体内より取り出すことによって、キメラはそれに応じたプログラムを実行し、周囲にいる人間を自らの芸術によって楽しませると言うのだ。
 最も、「楽しませる」というのは、あくまでそのキメラの主観。
 実際の所、キメラが描く作品は人々を苦しめ、悶えさせるような作品ばかり。キメラは相手がのたうつ姿を見て「楽しんでいる」と誤解するのだそうだ。
 キメラが使う小道具は、確認した限りでは三つ。
 一つは、聞いた者の脳に干渉し、行動を制限するような様々な障害を与える『バイオリン』。
 二つは、聞いた者に疑いの心を芽生えさせ、仲間同士で殺し合うように仕向ける『詩集』。
 そして、三つは――体力が尽き、倒れた者を自身の傀儡として一定時間操る『人形師の糸』。
 特に、三つ目を使われた対象には生命の危険すらあり得る。持続時間に限りはあれど、元々動けるはずがない身体を無理矢理動かし、その上戦闘に参加させるのだ。少なくともこれに関しては、必ず、何らかの対策を講じる必要がある。
 更に、肝心のキメラは敏捷性と生命力に優れているらしい。
 それ以外の能力値はおしなべて低いが‥‥持久戦に於いてその効果を発揮するであろう攻撃能力に、継戦能力に優れたステータスを持ち合わせているのだ。恐らくかなりの苦戦を強いられることは間違いない。

「場所は、ある街に近い荒野。君たちが止められなかったら、街はキメラの被害に遭うだろう事が予想される、よ」
 そう言って、オペレーターは一拍を置く。
 最初の時と同じ、優しい笑顔を浮かべた彼女は、最後にこう告げた。
「地獄を見たい人だけ、かかっておいで」

●参加者一覧

六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
ガーネット=クロウ(gb1717
19歳・♀・GP
御闇(gc0840
30歳・♂・GP
守剣 京助(gc0920
22歳・♂・AA
和泉譜琶(gc1967
14歳・♀・JG
安原 小鳥(gc4826
21歳・♀・ER

●リプレイ本文

●幕間
 状況は、まさに佳境と言って過言ではない。
 キメラの被害にあって倒れた者は既に二人。残る者達も、敵の精神攻撃に対して混濁する精神を抑え、特に前衛は満身創痍の身体を引きずるような風体だ。
 対して、彼らの敵も、その被害の度合いは似たようなものだった。着ていた真新しい黒衣は既に土と血にまみれ、至る所が斬撃や銃撃、電磁波で焼かれた傷が及んでおり、無事な部分は一つもない。
 さりとて、その心身の傷は、両者の闘志を萎えさせるのには未だ足りない。
「‥‥行くッスよ」
 呟いたのは、一人の剣士。
 その言葉を合図とし、能力者達は再びキメラに対し、苛烈な攻撃を仕掛けた。
 未だ誇りを捨てぬ彼らに対し、キメラもまた、自己の矜恃を表さんとばかりに、一冊の書を開き――

●七人の演劇、開幕
 戦闘は、既に開始されていた。
 前衛に立つのはガーネット=クロウ(gb1717)、守剣 京助(gc0920)。一先ずの中衛として六堂源治(ga8154)、残る三名――御闇(gc0840)、和泉譜琶(gc1967)、安原 小鳥(gc4826)が位置し、前衛後衛を問わず、全員がキメラを挟んで、対角線上に味方が来るような円陣を取っている。
 対するキメラはと言えば、自身を取り囲む能力者達に対し、あまり気にしたような様子は見せない。
 事前にオペレーターが教えたとおり、キメラは自身の芸術を聞いてくれる者を「喜ばせる」事に行動原理の主軸を置いている。例えその者達が自分に敵意を持っていたとしても。
 だからこそ、キメラは自らの芸術を聴かせるために、逃げるような真似はしない。

 ――――――♪

 服の内から取り出されたバイオリンを構えたキメラは、弓ではなく指で弦を掻き鳴らし始めた。
 不協和音、そうも思えるが、同時に何かの韻を踏んだメロディにも聞こえる音色を耳にし、一部の能力者達の動きがぴたりと止まる。
「うぅっ!? この音っ‥‥!」
「ちっ‥‥いい音色奏でてくれるじゃねえか、クソったれがっ!」
 譜琶や京助を始めとした半数以上は、その音色に対して何とか自己を保つことが出来たが、クロウ、小鳥の両名はこれに耐えきることが出来ず、思わず膝をついてしまう。
 そして、その隙を見逃すキメラではない。
「くっ、ぅ‥‥!?」
 ドズン、という鈍い音と共に、キメラが振るった脚の直撃を喰らい、クロウが僅かな距離を転がる。
 が、事前に教えられたとおり、キメラの能力の殆どは障害を与える事に殆どが注ぎ込まれている。
 見た目こそ派手ではあったものの、クロウが被ったダメージは実質的には毛ほども至らない。
 そう言う意味では、行動障害を受けた仲間に対するカバーが「援護防御」ではなく「回復」としていた能力者達の作戦は的確と言って良いだろう。
 キメラは再びクロウへ攻撃しようとするものの――それを諦めたのか、再び彼女から距離を取る。
 代わりにキメラが取り出したのは‥‥一冊の詩集。
「! 悪いが‥‥ソイツはやらせないッスよ!」
 それが何を意味するものであるか、気づいた源治がソニックブームを放ち、行動を阻害させようと目論む。
 頁を捲る腕は、その衝撃波によって大きくはじき飛ばされ、しばらくの間、動作を許さぬほどのダメージを与えていた。
 元々、回避力の高いキメラの、更に一部位を狙って攻撃するというのは、命中する確率が大幅に下がるのだが――今回に際しては、運は彼に味方をしたようである。
 この瞬間を好機と捉えた能力者達は、間断なく立て続けの攻撃をキメラに向かって放った。
 これもただの攻撃ではなく、真正面からの攻撃と、視界の外からを狙った攻撃の二種に分かれており、全てを回避することはキメラにも難しい。
「先ほどのお返しです‥‥!」
 突き立てることは叶わずとも、切り裂くようにキメラの左肩を傷つけるクロウ。
 京助も同様だった。彼は敵の腕を狙うことに重点を置き、両手に握る大剣を恐ろしい速さで振り抜き続ける。
 キメラは、これに対処する余裕を与えては貰えない。
 回避ならばまだしも、特殊能力を使おうとすると、その機を逃さぬとばかりに能力者達が攻撃を集中してくるのだ。
 基本的に、キメラが能力を行使するには小道具を取り出さねば成らず、その動作は必ず能力者達に見られ、結果として能力行使前に攻撃が与えられることで、キメラは能力の発動を取りやめざるを得ない状況にある。
 戦況としては、どう見ても能力者達に分があった。
 だが、それは決着に繋がるとは、確実には言い切れない。
「コイツ、また‥‥っ!」
 言って、御闇が銃声を轟かせる。
 既に何度目かの詩集を取り出したキメラは、しかし今までと違い、その身に銃弾を浴びようとも、回避によって能力発動を止めるようなことはしない。
(しまった‥‥!)
 譜琶が唇を噛む。
 簡単なことである。敵が能力を発動しようとしたところに攻撃を仕掛けるのは、その回避行動によって能力行使の行動をキャンセルさせるのが狙いだ。
 ならば、回避しなければ――多少のダメージは負うだろうが――能力を発動することは可能だ、と言うこと。
 何しろ、こと生命力に関しては潤沢に持ち合わせているキメラだ。
 御闇の銃弾を受け、その傷口からどろどろとした液体を零しつつも、キメラは優雅な仕草で詩集の頁をめくり始めた。
 そして、
 ――ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ――!
 その内容を、『語る』。
 人にとっては耳障りな嘲笑としか思えぬその叫びは、能力者達に強烈な意識の混濁を誘い‥‥

●舞台から落ちる者は
 つい先ほどまで共にいた者が、此方に牙を向けるという状況。
 これは相当なプレッシャーである。しかも、今自分たちが相手をする者達の力量は、今回の参加者の中でもかなりの位置に在る者だ。
 先ほどの詩経によって味方に攻撃を始めたのは、源治、クロウ、御闇の三人。彼らは各々の武器を携えて、『自分に最も近い存在』に向かい、攻撃を始めていた。
「‥‥っ、くそ、何で‥‥!」
 京助が知らず呟く。
 と言うのも、彼らは今回の作戦に於いて、この詩経攻撃を受けても対処する方法として、この円陣を組んだのである。
 原理はこうだ。能力者達は円陣を作りつつ、キメラを挟んで自分の対角線上に、仲間の能力者が来るように調整しつつ移動する。
 仮に詩経攻撃の被害にあったとしても、その対角線上の味方を狙うように攻撃すれば、その中点に立つキメラに当てると言うことである。
 が、残念ながら、この作戦は失敗に終わった。
 このキメラの能力は「仲間を殺したくなる」と言う思考を与えるタイプのものだ。簡単に言えば、殺せるなら誰に攻撃しようと構わないという意味である。
 仲間を攻撃すると言う部分に対しては、キメラの存在は只の障害物相等であり、そんなものに当ててしまう可能性がある仲間を狙うよりは、確実に攻撃を加えることが出来る身近な仲間に攻撃を仕掛けるというのが、洗脳下の今では最も合理的な方法であろう。
 幸運だったのは、詩経攻撃にかかった能力者達が仲間意識を持って居なかったことだろうか。
 洗脳されたのは前衛四人の内、三人。自意識を保つ京助に全員が襲いかかってきたのならばひとたまりもなかっただろうが、彼らは洗脳された者同士でいながら、互いに殺し合いを開始した。
「京助さん!」
「こっちは俺が抑える! それよりキメラを!」
 京助の言葉に、小鳥はこくりと頷き、譜琶と共にキメラに射撃攻撃と、味方のダメージに対しての蘇生術を使用する。
「趣味の悪い詩ですね‥‥センスないですよ、芸術家さん!」
 言葉とともに、譜琶が撃ち放った一矢は、キメラの肩口を射抜き――それを機に、洗脳されていた能力者達が覚醒する。
「‥‥ったく、嫌なモノを聴いたもんだ!」
 苦笑気味に、しかし敵の術に引っかかった怒りを隠そうともせずに、御闇は銃口をキメラの方へ向け、射撃する。
 他の二人も同様だ。僅かな間に仲間から受けたダメージは決して低くはないが、それでも行動するに支障が出るほどではない。
 放たれた銃弾が、剣が、矢が、そして電磁波が、体勢を整えた能力者達により、キメラへ向かって放たれる。
 全てを回避することが叶わずとも、キメラはこれらを可能な限りの回避性能でかわし続ける。
 この時から、キメラは自身の能力を行使するタイミングを変更させていった。
 自身が能力を行使する際に攻撃を受けることは仕方ないと考え、射程、相手の呼吸の間、その他を読み取り、行動できる能力者が最も少ない時を狙って能力を発動し、その際に受けるダメージを最小限にしていく。
 こうなると、最早戦闘は消耗戦である。
 潤沢であろうと限りあるキメラの体力が尽きるのが先か、能力者達全員が倒れるのが先か、だ。
「耐久性には自信があるようだが…これならどうだ!!」
 戦闘は終わらない。
 最早練力も尽き、キメラに近づいた源治の刃が、キメラの胸元を袈裟懸けに切り裂く。
 が、今までとは違い、積極的に腕を狙いはしない。これに関しては、回避される率が通常よりかなり高いことを、彼らが理解したためだ。
 先ほども言った通り、元々の俊敏性が高いキメラの一部位を狙っての行動というのは、かなりの命中精度が必要とされる。
 しかも、狙う場所はキメラの能力の基点となる腕だ。当人であるキメラもそれは理解しているため、能力者側の腕を狙った攻撃に対しては、特に警戒の色を強く見せる。
 その結果、能力者たちが放つ腕を狙った攻撃は殆どが避けられ、結果として彼らは部位狙いを諦め、命中させることに主軸を置いた攻撃を行わざるを得なくなったのである。
 威力も十分、人外の肉を絶つ感触を柄越しに覚えつつも、しかしキメラが倒れるには、まだ手が足りない。
 ならばと二刀目を振るより早く、キメラの『語り』がその耳を劈く。
 ――ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
 此処でかかったのはクロウと御闇。彼らはそれぞれが京助、源治を狙って攻撃を開始する。
「連発して撃たれると厄介ッスね‥‥!」
 源治の言葉は、まさしく真理である。詩経攻撃によって誰か一人でも洗脳されてしまえば、その対処にまた一人が追われる羽目になり、結果として六人中二人がキメラの攻撃に参加できなくなる。
 もともと、この依頼で召集できた人間は少なかったのだ。限られた戦力をどう利用するかという点において言えば、能力者のとった行動は決して悪いものではない。
 唯一つ、詩経攻撃の対処方法である円陣が効果をなさなかったこと、そしてそれこそが、ある意味この戦闘で重要とされていた部分だったのが問題なのだ。
「未だ、目が覚めないのか!」
 仲間たちの攻撃に、防戦一方となる京助。
 クロウの爪と、彼の剣。
 鋼のかち合う音は、およそ30秒ほどが過ぎた今でも決して途切れることはない。
 これ以上伸ばすのは危険だと感じ、一旦距離を置こうかと考えた彼に対し――クロウは、突然動きを止めた。
 訝しげに彼女を見る京助は、次の瞬間戦慄する。
 崩れ落ちるクロウ。その背後には、件のキメラが自身の腕を彼女の腹に突き刺していた。
「‥‥ぁ」
 今になって漸く意識を取り戻したのだろう。倒れる間際の彼女は、その瞳に深い悔恨の色をたたえていた。
「クロウさん‥‥!」
 譜琶が、思わず悲鳴を上げる。
 小鳥は、せめてもの応急処置として蘇生術を使おうとするが‥‥それより早かったのが、キメラの糸である。
 繰々と巻きつけられた糸は、意識のない彼女の体を、まさしく出来の悪い人形のように、不恰好な動きで立ち上がらせる。
「くそっ!」
 これに誰よりも早く対応したのが京助である。
 彼は武器を一旦しまい、クロウの四肢を押さえ、行動をさせないようにする。
「京助さん!」
「効果時間が切れるまで押さえる! お前らはキメラを‥‥」
 言い終えるより早く、対象を変えた御闇の銃弾と、キメラの蹴りが彼に飛ぶ。
 人一人を押さえている状態では回避も出来ない。それを喰らいながらも、彼は決して少女を掴む手を緩めようとはしない。
 それを見て、直ぐに小鳥と譜琶が蘇生術を飛ばすが、その回復量にも限度がある。
 正直なところ、京助のとった行動は、かなり無謀な行為と言えるだろう。
 キメラが放つ糸の効果は確かに短時間と教えられているが‥‥その短時間が数十秒ということはない。最低でも数分程度は保つだろう。
 そして、その間まったくの無防備である京助の隙を、見逃すほどのキメラでもない。
 明確に効果時間が解っているのならまだしも、具体的な情報がない能力に対して、安易に、しかも長時間隙を見せる対処を取るのは正しい行為とはとても言えない。
 現に、
「っ、ぐ、あぁ‥‥!!」
 その隙を縫われ、援護する仲間たちのカバーを潜り抜けたキメラが、京助の意識を完全に断ってしまったのだから。

●舞台の幕が下りるとき
 そして、場面は現在へと戻る。
 あの後、キメラが京助も自身の能力で立ち上がらせ、クロウと含めて二体、能力者たちに襲い掛からせたが、流石に慎重となった彼らの行動によって、効果時間が切れるまでの間、大したダメージを与えることも出来ず、二人は再びくず折れた。
 大したダメージも与えられず‥‥といったが、それはあくまで命に別状が有るか無いか、という意味だ。行動を行うには、もはや彼らの肉体は深く傷つきすぎている。
 だが、未だ。
「いい加減、趣味の悪い芸術は聞き飽きたぜ!」
 そう言い、復活した御闇が再び銃を撃ち放つ。
 対するキメラは、この程度ではとバイオリンを取り出し、弦を乱暴にかき回す。
 途端、彼らの体から力が抜けていくが――
「未だッスよ!」
 それを耐え抜いた源治が、体全体を巻き上げた弦のようにしならせ、その反動を以て大剣を一気に振るう。
 流石に、これは効いたのだろう。バキバキ、と骨のようなものが砕けるであろう音が、確かに彼の耳に入る。
「あと少しです! 皆さん、頑張って‥‥」
 譜琶、小鳥も、そんな彼らに可能な限りの援護をする。
 彼女らはレジストの恩恵があるにしろ、初手を除けば受けた被害はほとんどゼロだ。これは自身の作戦以外にも、運による部分が強かった。
 傷ついた仲間には、残る限りの練力を振り絞って治癒し、そうでなければ射撃攻撃をキメラに浴びせかける。
 それを回避するキメラの動きにもキレが無い。
 必要なのは、後一撃。
 しかし、それをそれと諦められるキメラではない。
 詩集の頁を開き、その内容を再び『語る』キメラ。
 耳障りな音は、今までの中で一番大きく響き渡ったであろう事が伺え――
「はは‥‥」
 しかし、それに惑わされたものは、誰一人として居なかった。
「これが、俺の挑むモノか‥‥!」
 返礼とばかりに、再び彼の小銃が唸りを上げる。
 急所を的確に狙い、叩きつけるような銃弾を浴びたキメラは――最後の最後で、お辞儀らしき動作を取り、その場に倒れた。