●リプレイ本文
●『彼ら』の街の来訪者
建っているビルの殆どは瓦解状態にあり、地面は割れたコンクリートの破片が散らばっている。
建物の影に潜む、ボロ布を纏った住人達の目に光は無く、訪れた傭兵達に対して何に感情も抱かぬまま、しかし視線は決して離れていない。
不快と言えば不快なのだが――それ以上に、其処まで摩耗しきった住人達の心を思うと、面と向かって意見を言うことも出来ない。
だからこそ、フィー(
gb6429)に出来ることは、任務のことだけを考え、彼らのことを頭から追い出すことだけだった。
双眼鏡を片手に、街の中でも特に高いビルから全景を確認するも‥‥対象である少女の姿は、一向に見える気配がない。
「‥‥見つかったかい?」
と、その背中に声がかかった。
振り向けば、其処に立つのは新条 拓那(
ga1294)の姿だ。彼も同じように、高所から街全体を観察しようと考えていたらしい。
フィーは拓那の言葉に対し、首を横に振ることで答える。
そっか、と拓那は言い、彼女と同じように双眼鏡を構えて周囲を確認する。
「建物の中にでも逃げられたら、他の人が見つけるのに期待するしかないね」
「‥‥他の、みんなは‥‥?」
「キメラの後を追ったり、聞き込みをして探す人が殆どかな」
表面上は当たり障りのない言葉を告げる拓那だが、その表情は何処か物憂げである。
彼はフィーとは違い、この街の住人に対し、少なからず感情移入をしているため、実際に街を訪れ、彼らの姿を見ることで、その心にも陰りが出来てしまっていた。
「‥‥女の子の為だけじゃなく、キメラを退治することで、ここの人達がもう少し安心できればいいね」
「‥‥‥‥」
自然と口から零れていた拓那の言葉に対し、フィーは沈黙を返すことしかできなかった。
と、その時。
『――目標確保! 現在キメラに追われており、迎撃しているが長くは保ちそうもない。応援を求む! 場所は――』
二人が持っていたトランシーバーから、緑川 安則(
ga0157)の声が響いた。
少女が居たのは、ビルとビルの間に出来た、狭い路地裏だった。
それだけなら良かったのだが――少女はキメラに追われている最中で、彼女に接触した安則は、足止めよりもこの場から逃げることを余儀なくされていた。
(集団で戦闘をするには、此処は不向きすぎる‥‥!)
そう思い、せめて場所を移そうと、少女を連れて路地裏に出ようとしているのだが――キメラがそれを見逃すはずもなかった。
高速で接近しては、安則と少女の二人を喰らおうとし、追いつけないほど距離が離れたら、自身の身体を飛散させて敵に穴をあける。
それほど入り組んだ場所でもなく、敵からの射線はほぼ常に通っているといって良い状況で、安則はただ攻撃を耐えながら走ることしか出来なかった。
しかし、彼がかばい続けたお陰で、少女の身には傷一つ無い。
彼女は泣きそうな瞳で、時と共に傷が増えていく安則を心配そうに見ている。
「‥‥悪いが、他のメンツが来るまで我慢してくれよ」
そんな彼女の思いを知ってか知らずか、安則は自分のことよりも、彼女を慮る。
路地の出口まではあと数メートル、能力者の足なら、少女一人を抱えようと、1秒はかかるまい。
だが、それを追うキメラも、この局面において爆発的な加速力を見せ、一気に安則たちへと肉薄する。
「‥‥ッ、伏せろ!」
安則はその言葉と共に、飛び掛ってくるスライム庇うように立ち、
――そして、安則の背後から放たれた弾丸が、キメラの身を貫いた。
キメラは突然の衝撃に対し、べちゃりと地面に落ちてしまう。
だが、安則はそれを気にもとめず、再び少女を抱えて路地の外へと飛び出す。
そこには、先ほど援護を飛ばしてくれた秋月 九蔵(
gb1711)を始めとする、能力者の面々が揃っていた。
安則が出した連絡を受け、能力者たちは急いでこの場に集合したのだ。
「‥‥その子は預かるよ。それじゃ、後はヨロシク」
何処か皮肉交じりに告げる黒木 敬介(
gc5024)は、少女にジャケットをかぶせ、二人でバイクに乗って、その場を去っていった。
後に残るのは、能力者たちとキメラ。正しく争いあう者たちのみ。
「さあて‥‥」
九蔵が再び拳銃をキメラに向けるのと同時に、他の能力者たちも、自分の得物を構える。
「‥‥トリガーハッピーに行こうぜ、ロリコン野郎!」
「これより、反転攻勢に出る! 行くぞ!」
九蔵と安則の言葉を皮切りに、彼らの戦いは今こそ幕を切った。
●泥を焼く者
開幕の声が響いて10秒も経たぬ内に、能力者たちはキメラへと猛攻をしかけていた。
初手に放たれたのは、拓那と春夏秋冬 ユニ(
gc4765)による剣の一閃。
自身の身体を切り飛ばされたキメラは、それをどうとも捉えず、まるで何事もなかったかのように、至近距離に居た二人に、自身の身体を爆発させた飛沫で風穴を開ける。
「くっ‥‥!」
ダメージはそれほどでもないが、確固たる動物型のキメラとは違い、ダメージに対して大したリアクションを返さないため、うまく攻撃を当てても、痛みによって相手の隙を生ませることは難しいようだ。
(手強い敵ではある、けど‥‥!)
それでも、このキメラを倒したい。そう、ユニは思う。
キメラに追われ続けた少女の心を少しでも楽にするために、「あの悪い怪獣は、おばさんたちがやっつけたよ」と、そう言いたい。
決意の表情へと変えたユニは、それ以降敵の動作の隙や、味方の援護の際などに攻撃を行っては離れるという戦法で戦う。
元の動きが鈍重なキメラに対しては、この方法は有効である。キメラが仮にうまく攻撃をすることが出来たとしても――
「それは、やらせぬのじゃ!」
それは、キロ(
gc5348)のカバーによって防がれてしまう。基本的に防御を主体に行動する彼女の行動は、このパーティ内では一つの要であった。
(全く、叶うことなら我が少女を助けたかったのじゃが‥‥)
そんな彼女の胸中は、自分がヒーローの役割を担うことが出来なかったことに対する、不満と落胆の気持ちが渦巻いていた。
自分がやりたかった役を担った安則に視線を向ければ、彼は怪我の痛みも堪え、キメラに対してSMGでの射撃に専念する姿を見せていた。
僅かに嘆息するも、それを自身の仕事へ影響させるような彼女ではない。
気合を入れ直し、再びキメラからの攻撃を防御することに集中するキロ。
「キメラにも幼女趣味とかあるのかね。だったら尚更捨て置けないな!
一寸刻みでたたっ斬る!」
それに対し、拓那の行動――次々と攻撃を放つその姿は、キロとは対局と言える。
攻撃力そのものに補正はかからないが、地力の強さだけでも十分と言える彼の剣閃に対し、敵の体躯は徐々にすり減らされてゆく。
かと言って、キメラが拓那の剣から逃げるために距離をおこうとすれば、今度は射撃班にとっての良い的と成る。
キメラとて遠距離攻撃の手段はあるが、自身の身体の一部を飛ばしての攻撃は、すなわち攻撃後の体積の減少という意味でもある。
既に、身体は殆どが先程の攻撃と、能力者たちの苛烈な攻撃によって滅されており、最早残る手段は逃亡しかない。
しかし、先ほどキメラが飛び出してきた路地への入り口は、南桐 由(
gb8174)が塞いでおり、残るは能力者たちの囲みを突破し、外に出るしか無いのだが、それが叶わぬことは誰が見ても明らかだろう。
最早キメラの消滅は、避けられないところまで来ていたのだ。
「‥‥射程内、射撃位置‥‥」
そうしている間にも、フィーの弾丸がキメラを貫く。
残る身体で必死に応戦するも、最早その姿は滑稽としか言いようがないほどに、哀れで、矮小な姿だった。
びちびちと跳ねながら、しかしまだ生存を諦めないキメラに対し、一発の銃声がこだまする。
「――sweet dream!」
九蔵の言葉がきっかけかのように、キメラの動きが止まる。
残った泥のような液体は、最早本当の泥と化し、罅割れたコンクリートの間に吸い込まれていった。
●苦い帰還
戦闘終了後、能力者たちは速やかに街を出るべく、各々の車両に乗り込み、崩れた街中を走っていた。
建物の中から投げられる視線は、相変わらずであったが――その視線は、先ほどとは少し違っていた。
それは、本当に僅かな差異。今までは能力者たちが振り返ったら、即座に目をそらす彼らが、今はそうしない。
理由は、彼らの心に湧き上がった感情――怒りである。
彼らにとって、軍と、傭兵たちの立て続けの来訪は、ひょっとしたらこの街も救われるのではないかという希望を抱かせるには十分なものだった。
しかし、それはあっさりと裏切られた。それも、彼らにとって最も憎い「選ばれた者を救いに来た」と言う現実によって。
『由には‥‥その街の人達を納得できる言葉が思いつかないけど』
唐突に、トランシーバーから、由の声が聞こえてきた。
『皆は、そういう言葉、持ってる‥‥?』
『いいや。我は選ばれぬ者の気持ちなどわからぬし、理解するつもりはないぞ』
子供じゃからな、と言うキロに続き、今度はユニが小さく呟く。
『‥‥確かに私たちは、彼らから見れば選ばれた側かもしれないけどね。けれど、それを理由に動こうとしない者と一緒にされたくはないわ』
キロの理論があくまでも自己を貫き通す理論であるならば、ユニの理論は人としての矜持を説いた理論だ。
両者の答えは、ある一方から見ればどちらも正しく、また、別の一方から見ればどちらも間違いに映るのかもしれない。
人の心は、そういうものだ。一つの解で全ての人間が幸せになれる答えなど、存在するわけがない。
けれど、自分が自分なりに生きた人生の中で導いた結論は、きっと正解ではないにしろ、最適解と呼ぶに相応しいものではあるのだ。
(‥‥私も、いつか思いつくかな)
彼らを説得できると言える、彼らに自信を持って伝えられると言える言葉を。
由は、一度だけ周囲へと視線をやる。
崩れた建物と、汚れた人間で満ちた世界は、この世界に起きている「戦争」と言う現実を、如実に表しているように見えた。
●ただ一つの救い
荒れた廃都を抜け、整備された道路上にて、敬介は能力者たちを待っていた。
彼の横には件の少女が座っており、エンジンを切ったバイクのシートに座り、ずっと俯いている。
「‥‥貴方は、パパに言われて、私を助けに来たの?」
「ああ。悪いね、白馬の王子様じゃなくて。資本主義に使われる傭兵さ」
「‥‥‥‥」
敬介の言葉に対しても、少女は何も返さない。
そのまま、時間が過ぎる。参ったな、と思ったその時、少女が漸くか細い声を発した。
「‥‥あんなのが居るなんて、思わなかった」
「‥‥」
「ただ、お父さんに構って欲しくて、ちょっと車から離れただけだったの。そしたら、あのどろどろが私に向かってきて。私が助けてって言っても、誰も助けてくれなかった」
「‥‥そうか」
――何故、この少女があんな行動をとったか。
生まれが似ている敬介にとって、彼女が呟いた理由は、人より深く理解することができた。
そして、同じように。一時的といえど、親の庇護という揺りかごから離れ、外の世界を知った彼女の今の心境がどのようなものかも、彼は漠然と察する事が出来る。
若干の沈黙を置き、敬介は問い返す。
「ソイツら、嫌いになったかい?」
「‥‥解らない。ただ、怖かった」
「‥‥‥‥」
敬介は、彼女に手を伸ばし、その頭を優しく撫でた。
「今日のことは忘れてさ、誰も恨んじゃダメだぜ‥‥?」
「‥‥‥‥」
少女は俯いたままの顔を上げ、涙のたまった瞳で彼を見つめる。
そして、
「‥‥あの」
「ん?」
「‥‥助けてくれて、ありがとう‥‥」
かすれた声で、それだけを呟いた。