タイトル:路傍の宝石マスター:田辺正彦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/05 18:30

●オープニング本文



 踏まれようと、誰の記憶にも残らぬもの。
 蹴られようと、誰の同情も誘わぬもの。
 それは――そう、まさしく、道ばたに転がる石のような。


「ぁう‥‥っ!」
 砕かれたコンクリートの道を、一人の少女が駆けていた。
 年頃は、恐らく10にも満たぬだろうか。装飾の成された美しい衣服に、汚れ一つ無い金の短髪と真白の肌をした少女は、ただひたすらに道路を駆けている。
 理由はと言われれば、それは簡単なことで――少女の後ろには、一体のキメラが近づいていた。
 黒い泥を凝り固めたような姿のキメラだ。自らの身体をはいずらせて動いているソレは、人で言う足跡の代わりに、自らの身体によって溶かしたコンクリートを残し、少女を追う。
「ひ、ぁ‥‥うう!」
 少女は周囲に目をやる。
 見えるのは、大半が瓦解した建物ばかりだ。人が住むような場所では到底無いのだが‥‥それでも注視すれば、未だ崩れていない建物の中に、人々の姿らしきものを確認することが出来る。
 だが、周囲の人間は彼女に救いの手を差し伸べない。
 それは、彼らにとっては自然なことだった。
 この少女に限ったことではない。彼らは今まで、今のように追われる者を見捨てるようにしてきた。
 追われる者に手を貸した人間も、諸共に殺されることも知っていたからだ。
 だから、彼女の救いの声は届かない。
 だから、彼女はキメラに殺されるしかない。
 だから――
「‥‥‥‥ッ!!」
 それでも、彼女は走り続ける。
 一縷の希望にすがって。
 僅かな期待を抱いて。


「恵み有りき者に、恵み無き者の心は解らない。・・・・お前らは、それを否と言えるか?」
 自身の椅子の上で腕を組みながら、何時ものように女オペレーターは淡々と告げる。
「聞き流せよ、単なる戯れ言だからな。んじゃま、依頼説明と行こうか。・・・・目的は、ある嬢ちゃんの保護。場所は、かつてバグアによって滅ぼされた街だ。20年前の名残だな」
 少女の親は軍の高官らしく、今回の街を視察に来た際、厳重な警護の元に、少女も共に同行させたのだが――彼女はその警護を抜け出し、勝手に街の散歩に出てしまったというのだ。
 件の街は、殆どの建物が倒壊している上に、地面のコンクリートは砕け、破片がいくつも散らばっているらしい。移動に制限がかかることはないが、全力で移動する場合、コンクリートの破片によって多少のダメージは覚悟しなければならない。
「保護対象である嬢ちゃんの容姿だが、まあ一目見れば解ると思う。何てったって資産家の嬢ちゃんでな。汚れ一つ無い服や、傷一つ無い身体を見れば、街の人間と大いに違うことがわかるだろうさ」
 其処まで言って、オペレーターは「だが」と呟く。
「保護は迅速に行え。‥‥件の街にはキメラが存在してな。最悪、嬢ちゃんが見つかったら食われる可能性が有る」
 その言葉を聞いて、能力者達が多少焦りを抱いた表情となった。
 対象となるキメラは、かなり前から街に存在していたらしい。それでも今日まで知られなかったのは、その街にUPC軍が駐留せず、尚かつULTに連絡をするための手段が存在していなかったためだ。
「既に地図からは抹消されてるし、仕方ないと言えばそうだがな。・・・・対象の容姿は、黒い粘液状のキメラだ。触れた者を熱によって溶かす性質を持っている」
 キメラが進んだ後は、溶かされたコンクリートの跡が残るということだ。少女を保護した後、念のためとしてキメラを討伐する場合、それを追えば直ぐに見つけることが出来るだろう。
「向こうの攻撃方法は、主に二つ。一つはまあ、相手の身体に張り付いて、熱によるダメージを与える方法。・・・・もう一つは、自身の体を細かい粒状に飛散させて、弾丸のように広範囲にバラ撒く能力」
 単純と言えば単純な能力しか持たないが、それ故に敵の個体としての能力はかなり高い、と言うのがオペレーターの意見だ。
 必要事項を喋り終えた後、オペレーターは能力者達に淡々と言葉を告げる。
「任務を終えたら、とっとと帰還しろ・・・・その街では今まで、多くの民間人が、様々なキメラによって喰われてきた。身分の差が有るとはいえ、『特別扱い』された嬢ちゃんと、助けたお前らに対して、怒りの矛先が向かないとも限らない」
 ただ一体のキメラを倒したところで、件の街に平穏が訪れることはない。
 かと言っても、現在は能力者の戦力は北京方面に必要とされているため、街を警護するほどの大規模な部隊を組むことは出来ない。
「街の人間を黙らせるような文句が浮かぶんなら、任務に支障が出ない程度に好き勝手しても構わないがな。・・・・いずれにせよ、その辺りの決断はお前らのモンだ。勝手にしろや」
 そうしてオペレーターは、能力者達を真剣な眼差しで見送る。
 能力者達の中には、言いようのない苦さが心の中に残っていた。

●参加者一覧

緑川 安則(ga0157
20歳・♂・JG
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
秋月 九蔵(gb1711
19歳・♂・JG
フィー(gb6429
12歳・♀・JG
南桐 由(gb8174
19歳・♀・FC
春夏秋冬 ユニ(gc4765
17歳・♀・DF
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
キロ(gc5348
10歳・♀・GD

●リプレイ本文

●『彼ら』の街の来訪者
 建っているビルの殆どは瓦解状態にあり、地面は割れたコンクリートの破片が散らばっている。
 建物の影に潜む、ボロ布を纏った住人達の目に光は無く、訪れた傭兵達に対して何に感情も抱かぬまま、しかし視線は決して離れていない。
 不快と言えば不快なのだが――それ以上に、其処まで摩耗しきった住人達の心を思うと、面と向かって意見を言うことも出来ない。
 だからこそ、フィー(gb6429)に出来ることは、任務のことだけを考え、彼らのことを頭から追い出すことだけだった。
 双眼鏡を片手に、街の中でも特に高いビルから全景を確認するも‥‥対象である少女の姿は、一向に見える気配がない。
「‥‥見つかったかい?」
 と、その背中に声がかかった。
 振り向けば、其処に立つのは新条 拓那(ga1294)の姿だ。彼も同じように、高所から街全体を観察しようと考えていたらしい。
 フィーは拓那の言葉に対し、首を横に振ることで答える。
 そっか、と拓那は言い、彼女と同じように双眼鏡を構えて周囲を確認する。
「建物の中にでも逃げられたら、他の人が見つけるのに期待するしかないね」
「‥‥他の、みんなは‥‥?」
「キメラの後を追ったり、聞き込みをして探す人が殆どかな」
 表面上は当たり障りのない言葉を告げる拓那だが、その表情は何処か物憂げである。
 彼はフィーとは違い、この街の住人に対し、少なからず感情移入をしているため、実際に街を訪れ、彼らの姿を見ることで、その心にも陰りが出来てしまっていた。
「‥‥女の子の為だけじゃなく、キメラを退治することで、ここの人達がもう少し安心できればいいね」
「‥‥‥‥」
 自然と口から零れていた拓那の言葉に対し、フィーは沈黙を返すことしかできなかった。
 と、その時。
『――目標確保! 現在キメラに追われており、迎撃しているが長くは保ちそうもない。応援を求む! 場所は――』
二人が持っていたトランシーバーから、緑川 安則(ga0157)の声が響いた。

 少女が居たのは、ビルとビルの間に出来た、狭い路地裏だった。
 それだけなら良かったのだが――少女はキメラに追われている最中で、彼女に接触した安則は、足止めよりもこの場から逃げることを余儀なくされていた。
(集団で戦闘をするには、此処は不向きすぎる‥‥!)
 そう思い、せめて場所を移そうと、少女を連れて路地裏に出ようとしているのだが――キメラがそれを見逃すはずもなかった。
 高速で接近しては、安則と少女の二人を喰らおうとし、追いつけないほど距離が離れたら、自身の身体を飛散させて敵に穴をあける。
 それほど入り組んだ場所でもなく、敵からの射線はほぼ常に通っているといって良い状況で、安則はただ攻撃を耐えながら走ることしか出来なかった。
 しかし、彼がかばい続けたお陰で、少女の身には傷一つ無い。
 彼女は泣きそうな瞳で、時と共に傷が増えていく安則を心配そうに見ている。
「‥‥悪いが、他のメンツが来るまで我慢してくれよ」
 そんな彼女の思いを知ってか知らずか、安則は自分のことよりも、彼女を慮る。
 路地の出口まではあと数メートル、能力者の足なら、少女一人を抱えようと、1秒はかかるまい。
 だが、それを追うキメラも、この局面において爆発的な加速力を見せ、一気に安則たちへと肉薄する。
「‥‥ッ、伏せろ!」
 安則はその言葉と共に、飛び掛ってくるスライム庇うように立ち、

 ――そして、安則の背後から放たれた弾丸が、キメラの身を貫いた。

 キメラは突然の衝撃に対し、べちゃりと地面に落ちてしまう。
 だが、安則はそれを気にもとめず、再び少女を抱えて路地の外へと飛び出す。
 そこには、先ほど援護を飛ばしてくれた秋月 九蔵(gb1711)を始めとする、能力者の面々が揃っていた。
 安則が出した連絡を受け、能力者たちは急いでこの場に集合したのだ。
「‥‥その子は預かるよ。それじゃ、後はヨロシク」
 何処か皮肉交じりに告げる黒木 敬介(gc5024)は、少女にジャケットをかぶせ、二人でバイクに乗って、その場を去っていった。
 後に残るのは、能力者たちとキメラ。正しく争いあう者たちのみ。
「さあて‥‥」
 九蔵が再び拳銃をキメラに向けるのと同時に、他の能力者たちも、自分の得物を構える。
「‥‥トリガーハッピーに行こうぜ、ロリコン野郎!」
「これより、反転攻勢に出る! 行くぞ!」
 九蔵と安則の言葉を皮切りに、彼らの戦いは今こそ幕を切った。

●泥を焼く者
 開幕の声が響いて10秒も経たぬ内に、能力者たちはキメラへと猛攻をしかけていた。
 初手に放たれたのは、拓那と春夏秋冬 ユニ(gc4765)による剣の一閃。
 自身の身体を切り飛ばされたキメラは、それをどうとも捉えず、まるで何事もなかったかのように、至近距離に居た二人に、自身の身体を爆発させた飛沫で風穴を開ける。
「くっ‥‥!」
 ダメージはそれほどでもないが、確固たる動物型のキメラとは違い、ダメージに対して大したリアクションを返さないため、うまく攻撃を当てても、痛みによって相手の隙を生ませることは難しいようだ。
(手強い敵ではある、けど‥‥!)
 それでも、このキメラを倒したい。そう、ユニは思う。
 キメラに追われ続けた少女の心を少しでも楽にするために、「あの悪い怪獣は、おばさんたちがやっつけたよ」と、そう言いたい。
 決意の表情へと変えたユニは、それ以降敵の動作の隙や、味方の援護の際などに攻撃を行っては離れるという戦法で戦う。
 元の動きが鈍重なキメラに対しては、この方法は有効である。キメラが仮にうまく攻撃をすることが出来たとしても――
「それは、やらせぬのじゃ!」
 それは、キロ(gc5348)のカバーによって防がれてしまう。基本的に防御を主体に行動する彼女の行動は、このパーティ内では一つの要であった。
(全く、叶うことなら我が少女を助けたかったのじゃが‥‥)
 そんな彼女の胸中は、自分がヒーローの役割を担うことが出来なかったことに対する、不満と落胆の気持ちが渦巻いていた。
 自分がやりたかった役を担った安則に視線を向ければ、彼は怪我の痛みも堪え、キメラに対してSMGでの射撃に専念する姿を見せていた。
 僅かに嘆息するも、それを自身の仕事へ影響させるような彼女ではない。
 気合を入れ直し、再びキメラからの攻撃を防御することに集中するキロ。
「キメラにも幼女趣味とかあるのかね。だったら尚更捨て置けないな!
一寸刻みでたたっ斬る!」
 それに対し、拓那の行動――次々と攻撃を放つその姿は、キロとは対局と言える。
 攻撃力そのものに補正はかからないが、地力の強さだけでも十分と言える彼の剣閃に対し、敵の体躯は徐々にすり減らされてゆく。
 かと言って、キメラが拓那の剣から逃げるために距離をおこうとすれば、今度は射撃班にとっての良い的と成る。
 キメラとて遠距離攻撃の手段はあるが、自身の身体の一部を飛ばしての攻撃は、すなわち攻撃後の体積の減少という意味でもある。
 既に、身体は殆どが先程の攻撃と、能力者たちの苛烈な攻撃によって滅されており、最早残る手段は逃亡しかない。
 しかし、先ほどキメラが飛び出してきた路地への入り口は、南桐 由(gb8174)が塞いでおり、残るは能力者たちの囲みを突破し、外に出るしか無いのだが、それが叶わぬことは誰が見ても明らかだろう。
 最早キメラの消滅は、避けられないところまで来ていたのだ。
「‥‥射程内、射撃位置‥‥」
 そうしている間にも、フィーの弾丸がキメラを貫く。
 残る身体で必死に応戦するも、最早その姿は滑稽としか言いようがないほどに、哀れで、矮小な姿だった。
 びちびちと跳ねながら、しかしまだ生存を諦めないキメラに対し、一発の銃声がこだまする。
「――sweet dream!」
 九蔵の言葉がきっかけかのように、キメラの動きが止まる。
 残った泥のような液体は、最早本当の泥と化し、罅割れたコンクリートの間に吸い込まれていった。

●苦い帰還
 戦闘終了後、能力者たちは速やかに街を出るべく、各々の車両に乗り込み、崩れた街中を走っていた。
 建物の中から投げられる視線は、相変わらずであったが――その視線は、先ほどとは少し違っていた。
 それは、本当に僅かな差異。今までは能力者たちが振り返ったら、即座に目をそらす彼らが、今はそうしない。
 理由は、彼らの心に湧き上がった感情――怒りである。
 彼らにとって、軍と、傭兵たちの立て続けの来訪は、ひょっとしたらこの街も救われるのではないかという希望を抱かせるには十分なものだった。
 しかし、それはあっさりと裏切られた。それも、彼らにとって最も憎い「選ばれた者を救いに来た」と言う現実によって。
『由には‥‥その街の人達を納得できる言葉が思いつかないけど』
 唐突に、トランシーバーから、由の声が聞こえてきた。
『皆は、そういう言葉、持ってる‥‥?』
『いいや。我は選ばれぬ者の気持ちなどわからぬし、理解するつもりはないぞ』
 子供じゃからな、と言うキロに続き、今度はユニが小さく呟く。
『‥‥確かに私たちは、彼らから見れば選ばれた側かもしれないけどね。けれど、それを理由に動こうとしない者と一緒にされたくはないわ』
 キロの理論があくまでも自己を貫き通す理論であるならば、ユニの理論は人としての矜持を説いた理論だ。
 両者の答えは、ある一方から見ればどちらも正しく、また、別の一方から見ればどちらも間違いに映るのかもしれない。
 人の心は、そういうものだ。一つの解で全ての人間が幸せになれる答えなど、存在するわけがない。
 けれど、自分が自分なりに生きた人生の中で導いた結論は、きっと正解ではないにしろ、最適解と呼ぶに相応しいものではあるのだ。
(‥‥私も、いつか思いつくかな)
 彼らを説得できると言える、彼らに自信を持って伝えられると言える言葉を。
 由は、一度だけ周囲へと視線をやる。
 崩れた建物と、汚れた人間で満ちた世界は、この世界に起きている「戦争」と言う現実を、如実に表しているように見えた。

●ただ一つの救い
 荒れた廃都を抜け、整備された道路上にて、敬介は能力者たちを待っていた。
 彼の横には件の少女が座っており、エンジンを切ったバイクのシートに座り、ずっと俯いている。
「‥‥貴方は、パパに言われて、私を助けに来たの?」
「ああ。悪いね、白馬の王子様じゃなくて。資本主義に使われる傭兵さ」
「‥‥‥‥」
 敬介の言葉に対しても、少女は何も返さない。
 そのまま、時間が過ぎる。参ったな、と思ったその時、少女が漸くか細い声を発した。
「‥‥あんなのが居るなんて、思わなかった」
「‥‥」
「ただ、お父さんに構って欲しくて、ちょっと車から離れただけだったの。そしたら、あのどろどろが私に向かってきて。私が助けてって言っても、誰も助けてくれなかった」
「‥‥そうか」
 ――何故、この少女があんな行動をとったか。
 生まれが似ている敬介にとって、彼女が呟いた理由は、人より深く理解することができた。
 そして、同じように。一時的といえど、親の庇護という揺りかごから離れ、外の世界を知った彼女の今の心境がどのようなものかも、彼は漠然と察する事が出来る。
 若干の沈黙を置き、敬介は問い返す。
「ソイツら、嫌いになったかい?」
「‥‥解らない。ただ、怖かった」
「‥‥‥‥」
 敬介は、彼女に手を伸ばし、その頭を優しく撫でた。
「今日のことは忘れてさ、誰も恨んじゃダメだぜ‥‥?」
「‥‥‥‥」
 少女は俯いたままの顔を上げ、涙のたまった瞳で彼を見つめる。
 そして、
「‥‥あの」
「ん?」
「‥‥助けてくれて、ありがとう‥‥」
 かすれた声で、それだけを呟いた。