●リプレイ本文
●救出開始!
「まったく、おばちゃんも災難だよな‥‥」
5m弱はあろう巨体で、緩やかに移動しているキメラを物陰から目視しつつ、鹿島 行幹(
gc4977)は同情を込めた声音で呟く。
殆どの能力者も、彼のように口には出さぬものの、その胸中では彼と全く同じ事を考えていた。
何時も通りの買い物に出かけている途中に、いきなりキメラに食べられる。別段バグアや能力者に何の接触も持っていないのに、だ。これはまさしく不幸と呼ぶ他にはないだろう。
かと言って、彼らは誰一人として、「災難だった」と言う言葉で彼女の命を諦めようとは思っていない。
依頼内容には、夫人を救うことは成功条件には含まれていないのだが――それを是とする能力者は、この中には誰もいなかったのだ。
(いくら構わないと言われても‥‥中のヒトごとってのは、やっぱり避けたいわね)
目的と、達成までの経過。その両方は等価値なのだと、レヴィ・ネコノミロクン(
gc3182)は胸中で呟く。
「‥‥能力者としても、同じ主婦としても、こればかりは黙って見過ごすわけにいかないわ。絶対に助けないと‥‥」
「そのためにまず、キメラからおばさんを助け出さなきゃね」
意気強く決意を口にする 紅 アリカ(
ga8708)に、キメラの囮役を買って出た荒巻 美琴(
ga4863)が応える。
少しだけ気合を入れたあと、念のために用意したヘッドランプを身につけ、彼女は一人、物陰から飛び出し、キメラの前にその姿をさらす。
『‥‥‥‥?』
元々人気のない場所な事もあって、キメラは直ぐに、美琴の存在に気がついた。
瞳のない巨体を以て、暫く美琴の方を向いたままじっとしていたキメラだが――やがてソレが「食べられるもの」だと理解したのか、相変わらずのゆったりとした足取り(?)で彼女へと近づく。
彼我の距離が殆どゼロとなった頃に、キメラは触手を伸ばして美琴を掴み――一瞬だけ開いた腹部の大口に、素早くその細身を取り込む。
その光景を見て、ある者は心配し、ある者は成功を祈っている中、あくまでもカズキ・S・玖珂(
gc5095)は冷静にキメラを観察していた。
依頼の成功を確実とするためには、今回彼女が取った行動は「余分」と言って差し支えないのだが‥‥しかし、彼はそれを否定しなかった。
否定の必要がなかったのだ。結果的に依頼の難易度が上がろうと、彼からすれば「それでも成功させる」と言う確固たる決意が、既に固まっていたのだから。
それは、人ゆえの甘さを取り払い、純粋に戦士として生きてきた彼ゆえの自負であった。
実際に中に入った美琴の主観で言えば――中はそれなりには広い様子で、多少動く程度には支障はなさそうだった。
だからといって長居する気は毛頭無い。何しろ、キメラの内部はまさしく生物の体内のように湿っており、このままでは体中がべとべとになってしまうし、閉塞感も思った以上である。
「あ、アンタ! 一体此処は何処なんだい!?」
と、場所の感覚に慣れようとしている美琴に対して、直ぐ近くから声がかかる。
視線をやれば、其処にいたのは、やや太り気味の中年女性だった。
恐らく、この人が件の被害者であろう。そうとう長く居たためか、既に服や身体はキメラの体液によって濡れそぼっている。
「えっと‥‥ここはキメラの身体の中。ボクはおばさんを助けるために、ワザとここに入ってきたんだ」
「き、キメラの!?」
「大丈夫! ボクが出口を作るから、安心して待っててね」
恐怖と驚愕がない交ぜになったような表情の夫人に対して、美琴は余裕すら感じさせる笑顔で言い、直ぐ後に武器を構える。
「――――ッ!」
瞬間、ランプの光を浴びて疾る、二条の銀光。
内部の肉が薄い部分を狙い、二度の攻撃を一瞬のうちに加えた、美琴の連撃は‥‥しかし、キメラの肉をこじ開けることが叶わない。
顔をしかめる美琴だが――その瞳は変わらず、吃としたままである。
確かに一度ではキメラの腹を破ることは出来なかったが、かと言って影響がないわけでも無かった。
その証拠に、ほんの僅かではあるものの、暗い体内に外の光が差し込み始めている。
それを確認した後、美琴は先ほどと同じ攻撃を仕掛けようと武器を構え‥‥
「いい加減に‥‥観念、しろー!」
先ほどと全く同じ場所に、全く同じ二発の爪撃が、放たれた。
時間は少し戻って、此方はキメラを様子見する能力者達。
キメラは美琴の爪によって一撃目を与えられ、キメラはたまらず、身体を地面に横たえていた。
「‥‥‥‥」
近い。
それが一体何がか。口にせずとも、全員が理解している。
やがて、悶えるキメラが腹部の大口を上へと向け、その部分が内部から膨れあがる。
『‥‥‥‥!!』
――そして、弾けた。
其処から飛び出たのは、血と肉を撒き散らしながら、爪を装備した拳を高々と掲げる美琴。勿論、その手には被害者となる夫人も片手に抱いた状態だ。
「おお‥‥!」
そして、キメラの体液を浴びて体中を濡らしているであろう美琴の姿に期待していたジョシュア・キルストン(
gc4215)は――
「あ。ぶつかっちゃった♪ ゴメンねー」
レヴィの盾を以て視界を遮られ、
「‥‥大丈夫、デス、カ‥‥?」
その間に、ムーグ・リード(
gc0402)が自身の外套を美琴に被せる。
かくして、残ったのはキメラの体液にまみれた夫人だけ。
「‥‥‥‥」
目に見えて落ち込んだジョシュアは、義務的に自分の上着を夫人に掛けることしかできなかった。
と、言うノリで楽しんでいられるのもこれまで。
漸く痛みに耐えるようになったらしく、恐らくは怒りであろう感情をむき出しにして、キメラが能力者達へと向かって暴れ始めた。
それを察した美琴は、夫人に肩を貸して、キメラの元から離れようと駆け出し始める。
が、
『‥‥‥‥!』
その瞬間に、キメラの触手が、消化液が、二人へと放たれた。
キメラからすれば、予想だにしない怪我を負った上、手に入れたエサも取り逃がしたのである。せめてエサだけでも取り戻しておかないと気が済まないのだろう。
だが、キメラの目論見はあっさりと失敗に終わる。
伸びた触手は根本から、ムーグの銃弾によって弾け飛び、消化液もまた、一瞬でキメラの元へと肉薄した石動 小夜子(
ga0121)の盾で防がれてしまったためだ。
その間に、夫人を連れた美琴が安全圏まで離れた所で、能力者達に声をかける。
「おばさんはボクが安全なところまで逃がすよ、そっちは御願い!」
「任せて、下サイ。‥‥アト、は、狩り、ノ、時間、DEATH」
そう言い、ムーグが自身の拳銃を構える。
他の面々も同様だ。助けるべき存在を救出した後は、敵に遠慮する必要などは何処にもない。
そんな全員の心境を代弁するかのように、
「ショウタイムだ――踊らせろ!」
決然とした表情のカズキが、開幕の合図を叫んだ。
●戦闘開始!
まず、前線に立ったのは小夜子、アリカ、レヴィ、行幹の四人。残る三人は美琴を除き、前衛から少し離れた程度の場所で武器を構える。
レヴィが大盾を構えて防御の姿勢を取り、残る前衛たちはそれぞれの位置を取って、攻撃。それをフォローするように、後衛陣からの射撃が、キメラをめがけて降り注ぐ。
「この手の長物が相手の時は、懐に飛び込むに限る、ってな」
ニヤリと笑みつつ、行幹は敵の側面に回り込み、美琴が開けた腹部の穴を広げるように剣を薙ぐ。
『‥‥!』
傷口を広げられる痛みに耐えかねたキメラは、自身の触手を四方八方に振り回し、能力者達に叩きつけようとするが――それは、巨大な盾を以て味方の防御を担当するレヴィによって受けきられてしまう。
敵の攻撃がこれだけならば、およそ理想的な形勢ではあったが‥‥このキメラが持つ技は、他にも存在する。
「く‥‥っ!」
キメラが体内にため込んでいる消化液。その一部を触手から放出することによって、レヴィは盾の防御を抜けた酸の一撃を肩に受けてしまう。
「‥‥今までいろんなキメラを見たけど、こんな醜いキメラって初めて!」
痛みを堪えるように吐かれた言葉は、しかし、まさしくこのキメラの事を的確に表している。
何しろ、美琴によって破られた腹からどろりと血肉を零していながら、ピンク色の触手をぶんぶんと振り回しているのだ。常人ならば正視に耐えないレベルである。
勿論、嫌悪感で攻撃を緩めるような事は、彼らには先ず無縁だった。
小夜子は刀を器用に振り回して、未だに動き続けている触手を何本か断ちつつ、キメラの腹に空いた傷口をちらりと観察する。
(盾を押し込んで、腹部の蓋代わりに出来れば良かったのですが‥‥)
残念ながら、空いた穴は彼女の持つ盾より大きく、運良くはめ込めたとしても、流れだす血液によってこぼれ落ちてしまうだろう。
致し方無しと敵の身体にも刃を振り下ろすのだが――殆どの攻撃はキメラによって防御される傾向にある。
自身の攻撃を味方のサポートとして考えている小夜子の攻撃は、その分本格的な攻勢を仕掛けないため、与えられるダメージはそれほど高くはない。
アリカとジョシュアも、小夜子と同じように敵の必殺技を警戒して攻撃を牽制程度にとどめているため、実質的に与えられるダメージ量は、本来の半分強と言ったところである。
回復役であるレヴィが防御も担当しているのだ。なるべく全員の被ダメージを抑えようとするのは間違いではないが――その分、自然と戦闘時間は延び、相手を挑発して攻撃をほぼ一身に受けているレヴィにとってはダメージ量が少しずつ重なっていく。
「そろそろ、キツいかな‥‥っ」
一旦挑発を止め、蘇生術を自分にかけるレヴィ。
と、その時にカズキの声が、戦場に響いた。
「来るぞ! 全員後退しろ!」
「「!!」」
能力者達が注視すれば、キメラは傷口である腹部を大きく広げ、能力者達に向けている。
攻撃を牽制にとどめていたアリカは、難なくその場を離れることが出来たが‥‥他の前衛陣は、持ち前の足の速さと、時の運に頼るしかない。
残された時間は、およそ一秒もあったかどうか。
キメラの腹部から、ありったけの消化液が噴き出された。
●総攻撃開始!
結果から言えば――避けきれなかったのは、小夜子とレヴィの二人。
特に、レヴィは怪我の度合いが酷い。事前に蘇生術をかけていたため、倒れることはなかったが、今暫くは体力の回復に努めることが必要となるだろう。
小夜子も酸のシャワーを浴び、かなりの傷を負ったが、レヴィほどではない。やろうと思えば、まだ前線で戦うことも出来る程度だ。
「この依頼を受けて、本当に良かった‥‥」
そして、女性陣二人の服がボロボロな状態を見て、ジョシュアがぼそりと一言を。
実際、酸を受けたところは皮膚も焼かれており、目の保養とするには少しばかり難しいのかも知れないが‥‥其処は彼の念願が成就されたこともあってか、あまり気にした様子はなさそうだ。
閑話休題。
「‥‥キメラといえども、出すものを出してしまえばただの脂肪の塊ね」
敵の最大の一撃が放たれた後、能力者一同は最後の攻勢に走る。
初めに飛ばされたのは、アリカの直刀。練力を消費して放たれた三度の剣閃は、放たれた後に、刀身の色と同じ、赤い液体をキメラの巨躯から迸らせる。
相変わらずの怒りか、それとも実力の高さに怯えてか、キメラは苦し紛れに残った消化液と触手で応戦を行うが――果たして、それは今まで戦力を温存させてきた能力者達にとって、何の支障にもなりはしない。
「いい物を見せて貰えて感謝していますが――残念ながらお別れです」
返す刀のように、一瞬で近づいたジョシュアが、一対の槍を以てそれぞれ一発の斬撃を浴びせる。
そこに在る表情は、最早先程までの軽薄なそれとは違う、戦士の顔だ。
二度目の攻撃を受けた時点で、キメラは回避などは愚か、攻撃する力すらもほぼ残されてはいなかった。
これに関しては、レヴィの働きがモノを言った結果である。
確かに敵の攻撃によってレヴィはかなりの深手を負ったが、逆を言うならレヴィ以外のメンバーは彼女の働きによって殆どダメージを受けていない状態となっていたのだ。
一度限りの大技を使い終えた挙句、体力も底を尽きかけた状態で、ほぼ万全の状態である能力者を倒すことは、まず不可能に近い。
そうしている間にも、苛烈な攻撃は止むことを知らない。
最初と同じく、湖面のように静かなカズキの瞳が、自身の銃弾によって次々と穴をあけられていくキメラの姿を確認する。
最早半分近くの体を削ぎ落とされたキメラだが、その生命力もまた尋常ではなかった。鈍い動きでありながらも、能力者のもとから逃げようとする。
しかし、それをよしとする者は、この中には一人たりとて居はしない。
「‥‥コレ、なラ、ドウ、DEATH、カ?」
閉幕は、ムーグの銃声。
練力をつぎ込んで放たれた銃弾は、しかし相反するような乾いた音で。
キメラの動きが完全に止まったことで、能力者たちは勝利を確信したのだった。
●帰還開始!
その後、美琴と合流した彼らは、キメラの討伐を報告し終えた後に、帰路に着こうとしていた。
だがその前に、消化液や、返り血を浴びた状態のままだった能力者たちは、流石にそのままでは見栄えが悪いだろうと、商店街の方々からタオルや衣服を頂いた。
「汚れは取れたかもしれないけど‥‥やっぱり、早くシャワー浴びたいわね。気持ち悪いし」
そう苦笑するレヴィの言葉を否定する者は誰もいない。
――いや、正確には一人だけ。
「いえいえ、僕はこの依頼を受けて本当に良かったと思いましたよ? みなさんの艶姿も目に焼き付けましぶっ!?」
「煩悩退散!」
言葉を言い終える前に放たれた美琴の蹴りによって、ジョシュアはしばらく悶えていたが‥‥彼女を咎めるような者は、誰もいなかった。
と、そんな能力者たちに、僅かながら聞き覚えのある声がかかる。
「ああ、アンタたち! さっきはアタシを助けてくれて有難うねえ」
それは、今までキメラに捕らわれていた夫人だった。彼女も体液は拭きとって、少なくとも救出時よりは見られる姿となっている。
本当ならば服も着替えたいところであろうが、彼女としてはそんなことより能力者たちに礼を言いたい気持ちでいっぱいだったのだろう。
しかし、能力者たちはそれを気にした風もなく、気さくに女性へと話しかける。
「‥‥ご無事で何よりです。もしまた会えたら、買い物のコツとかいろいろ教えてくださいね‥‥」
「洒落抜きに気持ち悪かったろ? まぁ、これでも飲んで落ち着いてくれな」
そんな行幹とアリカの言葉を皮切りに、能力者たちはほんの少しだけ、夫人と談笑を始める。
帰還するまでの、本当に短い間の会話だったが、それでも能力者たちには、自分が助けた人が笑ってくれたことに、確かな喜びを覚えるのであった。