●リプレイ本文
●ある意味幸福な男たち
「ふはははァ! こぉの俺たちにかかればぁ、こんなちっぽけな街の銀行なんざ楽に支配できるぜー!」
「流石だぜアニキー!」
某日、とある街の外縁部に位置する銀行で、二人の強盗の叫び声が上がる。
一人は誇らしげに胸を張る太り気味の男性。もう一人の細身の男性は、その姿を尊敬のまなざしで見つめている。
「こんな時世に何やってるんだか‥‥」
そんな強盗たちの叫び声を聞きつつ、鈴原浩(
ga9169)は呆れた表情でため息をつく。
彼を含めた四人の能力者たちは、強盗たちが占拠している銀行に、既に侵入していた。
最も、一先ずの説得担当たるネジリ(
gc3290)が行動を起こすまで、彼を含めた残り三人の能力者たちは、相手の警戒心を煽らぬよう、それぞれが椅子などの影に潜んでいるのだが。
そうとも知らず、強盗たちは銀行に入ったネジリの姿を見て、怪訝な表情を見せる。
「んん? なぁんだお前はぁ」
「おいおいお前ぇ、アニキが居るこの銀行に来るとはいい度胸じゃねぇかー!」
「‥‥時間もかけてられないので、簡潔に言うが」
自分から説得を買った身ではあるのだが、強盗たちのあまりの小者っぷりを見て、若干面倒くさそうな声音で語りかけるネジリ。
「武器と金を捨てて裏口から逃げるなら、俺は見逃す。‥‥その行動力は他に回せ」
「あああああぁん!? お前まさか、この俺に投降を仕掛けてるのかぁ?」
「おいおいお前ぇ、アニキに喧嘩を売るとはいい度胸じゃねぇかー!」
ちなみにこの際、既にネジリの背後には巨大な錨が浮き上がり始めているのだが、ヒートアップしている強盗たちは全く気付いていない。
「‥‥。つまり、なんだ。自首する気はないと」
「当たり前だこらぁ! 大体なあ、お前は俺の実力を見てないからそんなことが言えるんだよぉ! 見ろ、この俺の武器を――」
パキン。
太り気味の男が自信満々で取り出した折り畳み式のナイフを、窓口の影に隠しておいた大鎌であっさりと折るネジリ。
「‥‥銃ですらないのか‥‥」
能力者のうち、誰かがぼそりと呟く。
最早その声には、同情すら混じっているような気がした。
「‥‥まあ、大した度胸だよ、お前さんらは」
一応、形ばかりの賞賛を贈った後、ネジリは強盗たちへと大鎌を振りかぶった。
「しかしまあ、運のいい強盗さんたちだよねー」
――数十秒後、気絶した強盗たちが護送車両に乗せられる姿を見送りつつ、オルカ・スパイホップ(
gc1882)が能力者たちに言う。
その言葉に対し、賛成の意を唱えぬ者は居ない。
一時とはいえ銀行強盗を成し遂げ、尚かつ其処を襲うキメラ達の被害に遭うこともなかった彼らは、有る意味で以て確かに『幸せ者』だったのだから。
●猟犬との戦い
強盗の対処を終え、各員が戦闘態勢を整えておよそ数分。
つい先ほどまで漂っていた喜劇じみた空気は、最早完全に消え失せている。
その場に在るのは、未だ姿も見えぬキメラたちが放っているであろう殺気だけだ。
「‥‥噛まれたらよろしくね、オルカ君」
そんな空気の中で、余裕を持って語りかけるアグレアーブル(
ga0095)に対し、オルカは笑顔でそれに頷く。
瞬間。
対話が終わるタイミングを見計らうかのように、二つの影が、銀行の外からロビーへ向かって飛び出した。
そして、それと同時に――能力者達の攻撃が、キメラへ向かって振り下ろされる。
『ッ!?』
それは、入り口の横に潜んでいたオルカとアグレアーブルが仕掛けた攻撃だ。
キメラ達からすれば、それは完全な不意打ちである。
一頭こそ攻撃を回避したものの、もう一頭はアグレアーブルが放った蹴りが直撃し、悲鳴を上げてもんどりうつ。
「意外に、早いね‥‥」
僅かな驚嘆の意を込めて、オルカがそう呟く。
敵が俊敏性の高さを誇ることは理解していたが、まさかこちらの不意打ちをかわすほどとは思っていなかった。
だが、それは殆ど敵の運が良かっただけだということを、オルカは既に理解していた。
それ故に――その速度が脅威と呼べるものでは、断じて無い。
オルカはそれを確信しつつ、一旦キメラから距離を取る。仲間が麻痺毒にかかった際、自分が即座にキュアをかけることが出来るようにするためだ。
入れ替わるように前に出たのは、浩。
彼はキメラを倒すことより、二頭の連携を断つことを優先するため、大きな動作を取らず、命中に重きを置いた動きでキメラに斬りかかった。
この行為は、見事にキメラ達の連携を断つことに成功する。
一方は初手の一撃によってアグレアーブルから警戒を外せず、もう一方は相方の援護に向かいたく思いつつも、命中を重視した浩の攻撃を対処することで精一杯となり、中々思うように行動することが出来ない。
だが、此処でちょっとしたトラブルが発生した。
オルカとアグレアーブルが不意打ちを仕掛けて以降、戦闘を行う彼らが『誘導』をしようとしないため、戦闘場所が銀行の入口付近で固定されてしまったのだ。
これがどのような結果をもたらすかと言うと、窓口付近で、敵を分断するためのシャッターを下ろそうと構えていたネジリの元に、誰も近づかないこととなる。
「‥‥止むを得ないか!」
数秒にも満たぬ思案ののち、誰とも無く呟いたネジリは、シャッターの開閉場所から離れ、キメラ達が居る場所へと駆け始めた。
オルカが仲間の隙のカバーと、キュアの為に行動を温存気味だったために、此処で彼女の援護を得られるのは、残る二人にとっては有難い。
実のところ、半ばキメラと一対一で戦闘という状況になっていた浩とアグレアーブルの二人は、既にかなりの傷を負っていたのだ。
ネジリが浩の元へ近づいたころに、流石にこのままでは浩が拙いと思ったオルカも、ネジリ同様、彼が相手をするキメラに対して攻撃を仕掛け始めた。
『‥‥!!』
これは、キメラからすればどうしようもない。
オルカの二段撃を避けきろうとしたときに、視界の外から浩の流し切りが飛び、畳みかけるようにネジリの蒼剣がその身を切り裂く。
戦う相手がオルカとネジリを合わせて三人となったことで、キメラは長くも保たず、少しすれば崩れ落ちることとなった。
「迂闊だ‥‥!!」
浩が、倒れるキメラにそう言ったのと同時に、背後からも断末魔の叫び声が響く。
アグレアーブルの真燕貫突によって、キメラが上げた鳴き声だった。
小さく安堵の息を吐く彼女は、その無表情の中に疲労の色を滲ませていた。
「‥‥あっちは、どうなってるかな〜?」
沈黙が場を支配しかけた頃、オルカが全員に問いかける。
言いながら、自身のジーザリオの鍵を取り出したのを見て、仲間たちも僅かばかり表情を綻ばせた。
「行こう、まだ増援には間に合うかもしれない」
そう言った浩の声に、全員が頷いた。
●陸亀との戦い
「待ちな‥‥ここから先は、人の街。亀が入るには、少々狭すぎるってもんだ。悪いけど、ここから先には行かせられないね」
「キリッ」と言うSEが入りそうな渋い声音で言うのは、橙乃 蜜柑(
gc5152)その人である。
対して、声をかけられた亀型キメラはと言うと、先ほど蜜柑につけられた前足のペイントを消そうと、少しぎこちない動作で足を地面にこすり付けている。
心なしか、その瞳も困ったような、不機嫌なような色が見えていた。
「あ、ニーオス君。今のうちに弾頭矢渡しておくね」
「おう。‥‥さて、亀狩りだな」
そんな姿のキメラを見て、淡々と告げるニーオス・コルガイ(
gc5043)。
口調は軽いものの、蜜柑から受け取った矢を弓に番え、その狙いを精妙に合わせる姿は、まさしく弓手と呼ぶに相応しかった。
その気概は、秘色(
ga8202)もまた然り。能力者たちの姿を見ても、構わず街へ進もうとするキメラに対し、少し離れた場所から剣を構えた。
動くキメラと、動かぬ能力者。敵は鈍足だが、その巨体ゆえに一歩の距離は長く、だからこそ能力者たちとの距離はみるみる縮んでいく。
そして、僅か十数秒後。
キメラの足が、能力者たちの間合いへと入った。
「それじゃ、街の住民の方の為に頑張りましょうか〜」
開戦を告げるのは野良 希雪(
ga4401)。彼女は他の能力者たちが攻撃を仕掛ける前に、仲間の武器の強化と、敵の防御力の弱体化を即座に行う。
敵は搦め手を持たず純粋に強い分、その行動パターンは得てして単純なのだ。事前の行動ともなれば支援のタイミングも計りやすい。
希雪は大して慌てることもなく、ほぼ一挙の内に援護を飛ばすことが出来た。
自身の武器が光を灯したことを合図とし、能力者たちはそれぞれ攻撃を仕掛ける。
「おらおらおらぁぁぁ!」
先ず放たれたのは、ニーオスの弾頭矢。
命中精度にブレが出る矢は、しかし鈍重な亀型キメラの片前足に次々と直撃し、爆発の余波でその部位周辺に土煙を上げる。
「‥‥む」
それに顔をしかめたのは、秘色と蜜柑の二人。
巨大な足とはいえ、土煙が上がったことで若干攻撃位置が確認しづらくなってしまったからだ。
秘色は遠距離攻撃を行うつもりだったのでまだ良いにしても、問題は蜜柑である。これでは迂闊に近接攻撃を仕掛けると、前足が動き始めたら潰されてしまうこともなくは無い。
失策じゃな。と苦笑気味に言った秘色は、しかし攻撃を控えることはせず、緩やかに舞うような動作から巨大な衝撃波を放った。
少しばかり心もとない精度だったが、その一撃はキメラの足に違わず命中する。
土煙が晴れたのを見計らい、蜜柑も飛び出して攻撃を加え、更には時折希雪の攻撃も飛ぶことによって、かなりの攻撃が集中することになる。
幾重もの爆発と斬撃、更には電磁波。強化された武器による能力者たちの攻撃を同じ箇所に何度も食らい、弱体化されたキメラは思わず体勢を崩す。
「先ずは、これで足止めだな」
「まだ安心はできんが‥‥の!」
ニーオスに答えつつ、距離をとった状態から一気にキメラへと肉薄する秘色。
狙うは、先ほど攻撃を集中させた前足とは対角線上に位置する後ろ足である。其処をつぶせば、確実にキメラの移動を防ぐことが出来る。
かと言って、それを許すほどキメラも愚鈍ではない。
潰された前足を除く三本の足を以て、どしどしと能力者たちを踏みつけにかかり始めた。
「とと‥‥っ!」
「あらら〜。向こうも怒ったのかな〜?」
基本的に、甲羅に守られていない足を狙うことを考えていた能力者たちにとって、これは厄介だった。
――逆を言えば、「厄介」の一言で片づけられる程度なのだが。
こちらの対応班は、犬型キメラの対応班とはほぼ逆に、メンバーのほとんどが遠距離攻撃を可能とする人間で構成されている。
即ち、近づくことが危なければ、遠距離から攻撃することはいくらでも可能なのだ。
遠距離攻撃組を除いて残る蜜柑ですらも、生きている足が狙えないのなら、すでに潰れた脚に向かって攻撃を重ねるだけでも十分なダメージ元となる。
これにより、能力者たちが受けたダメージは、恐らく最小限にとどまった。
『‥‥‥‥!』
声なき声を上げるように、亀は空に向かって叫ぶかのような動作をとり、
「コイツで‥‥決まりだ!」
――そして、ニーオスの撃った矢によって、二本目の足が崩れ落ちた。
対角線上に位置する二本の足を潰されたことで、キメラの移動は完全に封じられた。
それでも、戦う力すべてが失われたわけではない。未だ残る二本の足と、牙の揃った大顎をがむしゃらに動かし、キメラは必死の抵抗を続ける。
その光景は、見る者によれば感嘆の姿であり、見る者によれば哀れな姿でもあった。
だが、それとて能力者が攻撃を緩める理由にはなりえない。
巨体を引きずろうと生きた足を踏み出せば、それをニーオスの矢に貫かれ、
肉薄する能力者に噛みつこうと顎を開けば、その牙は蜜柑によって砕かれ、
ならば一矢を報いんと後衛に突撃を仕掛ければ、その身は希雪の電磁波で焼かれ、
最早なす術は無しと空を仰げば、其処に在るのは秘色の剣閃。
自身の存在を知らしめるかのように、キメラの甲羅に乗った彼女は、その頭部めがけて刀を振り下ろす。
――銀青の双眸が黒へと戻るとき、キメラは既にその命の終わりを迎えていた。
●戦いの終わり
「す、すまんが希雪。もう少し優しく治療はできぬものか‥‥?」
「痛いということは生きてる証拠。我慢してくださ〜い」
「いや、そう言われてもじゃな‥‥!」
戦闘終了後、銀行での戦闘班と合流を果たした能力者たちは、今現在、希雪の治療を受けている最中だった。
希雪曰く『愛の荒療治フルコース』によって、戦闘で受けた怪我は回復の兆しを見せている。この調子なら怪我が治りきるのはそう遠くないだろう。
「秘色さんが終わったら、次は鈴原さんですからね〜?」
「え! い、いや。俺は自前の救急セットが有るし‥‥」
「いえいえ、私なら錬成治療も有りますし、手早く治りますから〜」
話を続けるうちに、段々と希雪のペースに押されていく浩。彼がこの後どうなるかは、神のみぞ知るところだ。
「それにしても、改めてみると大きな亀じゃな。‥‥治療を終えたら、後で甲羅に乗ってみるとしようかの」
「俺は、コイツの肉を食ってみたいな‥‥。犬や亀は食えると聞いたが、果たして美味いのかどうか‥‥」
倒した亀型キメラの姿を見つつ、若干子供っぽい心情を述べる秘色とニーオスの二人に、能力者たちは思わず笑みをこぼしてしまう。
「んー、亀さんも犬さんも無事倒せたし、めでたしめでたし、かな!」
戦いを終えた達成感を吐き出すように、蜜柑が大きな声で言う。
それに応えるかのように、荒野を柔らかな風が駆けていった。