●リプレイ本文
●
件のキメラを確認したという報告は、探索班の中で最も崖に近い人物――Letia Bar(
ga6313)とソウマ(
gc0505)からだった。
大型と小型はそれぞれつかず離れずと言った均等な距離を保ち、森の中へと移動中だという。
予想されるキメラの進行ルートを他の者達に教えて連絡を切った後、Leitaはがっくりとうなだれて、言う。
「け、血管うごうご‥‥ホラーなの本気で苦手なんだよ‥‥」
「まあ、そう落ち込まずに」
ソウマはそれに対して苦笑混じりにLetiaをフォローしつつ、何処か余裕を含んだ口調で言った。
「アレが厄介なのは融合状態時のみ。それも情報さえあれば、対策もねられるというものです。長くかかることはありませんよ」
「ん‥‥、そうだね。何よりお仕事だし、頑張らないと」
言いつつも、ぼそぼそと口の中で「あれは毛玉、あれはタダの毛玉‥‥」と繰り返す彼女を見て、ソウマは小さく笑っていた。
変わって、此方はキメラの進行ルートのとある場所。森の中でもかなり深い地点だ。
敵に気取られないように、また、上手く包囲できるように、慎重に位置取りを決める能力者達。
「ふん‥‥合体するキメラだ? ‥‥笑わせてくれる‥‥」
そんな中、緊張感とは無縁とばかりにほくそ笑むのは、紅月・焔(
gb1386)。
戦場にあって尚自己の勝利を疑わぬ彼の在り方は、仲間達にある種の鼓舞として勇気を与え――
「依頼に女性が多いと言うのは俺にとって依頼達成の成否を分けるといっても過言では無い‥‥つまりこの依頼‥‥勝ったナ!」
――る前に、本人がそれを台無しにしていた。
「‥‥それにしても、あんまり長時間見ていたくないキメラよねー。確実に仕留めたいわ」
そんな彼をよそに、嘆息しながらエネルギーガンの調整を行っているのはフローラ・シュトリエ(
gb6204)。
言葉こそ軽いが、その裏に潜む嫌悪感に嘘はないらしく、位置取りや装備の確認を行うその姿に余念はない。
「ま、そうだな。人型じゃなくて残念だったが、また随分とセクシーなキメラじゃねえか」
フローラの言葉に同調するように皮肉を飛ばす湊 獅子鷹(
gc0233)も、入念に武器のチェックをしている。
――最も彼の場合、その行為に付随する理由はキメラに対する嫌悪感や、任務遂行の為の義務感とは違い、敵との『狂宴』を楽しむが為、と言う違いはあったが。
「合体するキメラか‥‥難しい相手だが、仲間と協力してやれば倒せない相手じゃない‥‥はずだ」
「はい。合体変形する敵‥‥ドラグーンの私も似たようなものです。だから負けません」
――ソレは、何か違う。
他より少しばかり強ばっている様子の秋月 愁矢(
gc1971)だが、それもミルヒ(
gc7084)の少しばかりズレた意見によって、身体の力が抜けてしまう。
これくらいで良いのかもしれないな、と苦笑しつつ、愁矢はすらりと直刀を抜いた。
そして、それとほぼ同じ頃、濃密と言えるほどの気配が、彼らに近づいてくる。
意気、自如にして昂然。はち切れんばかりの壮気を尚奮い立たせ、彼らは敵の到来を待つ。
――そして、『その』瞬間。
四足の影が四頭。緩慢な動きで進むそれに対して、能力者の声が響き渡る。
「それじゃあ‥‥始めましょうか!」
開幕の合図は、フローラが放ったエネルギーガンの閃光だった。
●
敵の通る地点を確と予測した上で、じっくりと時間を掛けて準備を行った末の一撃だ。
それは避けようも無く、警戒もしていなかった小型キメラの胴に直撃する。
致命傷とはいえないが、それに準ずる程度の威力は確実に通った――。そう確信するフローラ。
それと同時に、次々とキメラ達の前に躍り出る能力者たち。
Letiaとソウマも既に到着し終え、それぞれが決めた位置で攻撃態勢を取る。
対し、小型キメラは、即座に大型キメラと融合しようとするが‥‥それは事前の情報にあったこと。
牽制の射撃を以て、大型と小型を引き離そうとする彼らだが、これはかなり厳しいラインだった。
行動指針としてハッキリと融合に対する妨害行動を含めているものは、能力者の中でも僅か三人。対して、こと融合前の大型キメラに対して接近した小型キメラの数も三体。
一人につき一体、と言う簡単な割り算で済むなら良かったのだが、対個体としての実力差に限って言えば、小型キメラのそれは能力者一人の能力をある程度は上回る。
大型と小型を隔離するに相応しい場所を事前に選んだとはいえ、それでも最終的には運を天に任せるしかない。
――果たして。
『‥‥ッ!!』
「よぉ‥‥ッし!」
機を奪えたのは、能力者たちの方だった。
大型キメラに飛びつこうとした小型キメラは、その全てが空中で銃弾、或いは電磁波を受けて減速、大型に取り付く前に、地面へとたたきつけられてしまう。
それに対し、逆に大型キメラが小型の元へと向かおうとするも、
「‥‥っ!」
それは番 朝(
ga7743)、愁矢により止められ、
「ヒャハハハハハ! その身体、俺に切り刻まさせろよ!」
‥‥更に、次いで接近した獅子鷹の横薙ぎを後ろ跳びで回避した結果、大型と小型の差は更に空くこととなった。
結果として、大型キメラと小型キメラは能力者によって、分断された状態となる。
――そして、これこそが、彼らの真の意味での戦闘開始を知らせるものだった。
小型キメラとの戦闘を開始した能力者たちだが、その戦況は『比較的』優勢と言えるものだった。
原因の一つは、木々が多い森の中、小柄なキメラ達の姿は見えにくい上に、その体格を活かしたはしっこさで動き回るため、中々攻撃を当てにくい。
そして、もう一つは‥‥融合していない大型キメラに対して、小型キメラが自身の被害を恐れず、融合の為に接近、並びに障害を排除しようとしてくるためだ。
融合後となるキメラに対しては、小型キメラは比較的大人しく、後方での回避行動に専念していると言うことだが――そうでない状態では、大型キメラとの融合を果たすべく、死に物狂いで行動するらしい。
「気を抜けば、何時でもやられそうだな‥‥っと!」
焔が軽口を叩く隙を逃さず、小型キメラがその喉笛を目指して飛び掛るが、それはすんでの所で回避できた。
「此処で倒れたら、マズいしな‥‥」
苦笑しつつも、知らぬうちに緩みかけていた気を引き締めなおし、焔はキメラの攻撃に対して有効な距離を取る。
流石に、知り合いの前で二度も失態を演じたくは無いようだった。
油断はならない状態ではあったが、能力者たちが緊張の糸を保ったまま戦闘を続けるうちに、漸く戦況が彼らの側に傾いてきた。
個体差の実力で言うなら、小型キメラの方に軍配が上がるのだが‥‥小型キメラはそれぞれが連携を取ることも無く、その行動も『大型キメラとの融合』を第一にした行動ばかりを取るため、どうしてもパターンが単調になりやすい。
綿密な作戦による結束と、状況に応じての絡め手を使う能力者と戦うには、力が及ばないのも当然と言えば当然だった。
「逃げ回りはしないものの、あまり動かれても厄介だからね‥‥」
――先ずは、足を止めるわ。
そう言って、聞くものの魂振らう呪歌を唄うフローラにより、キメラの一体が動きを止める。
そして、
「そんな事したって無駄さぁ〜っ!」
呪歌の効力を解こうとするキメラに向かって、ここぞとばかりに銃弾を叩き込むLetia。
既にかなりのダメージを負っていたキメラからすれば、コレはまさしく致命打だった。
高威力の弾丸を計四発、まともに喰らったキメラは倒れ‥‥自らの体を構成していた触手が、それと同時にバラリと地面に散らばる。
「‥‥っ!!? くぅ‥‥あーもぅ、なんでそんなに‥‥ウネ光ってんのぉーっ!!」
目を離そうにも、今が戦闘中である以上それすら出来ない。難儀なものである。
ともあれ、三体居る事で能力者との戦力が拮抗してきたキメラも、此処までくればアッサリと瓦解する。
呪歌を唄うフローラ、キメラの一体を倒すことで銃の再装填を必要としたLetiaの間をくぐり、大型キメラの元へ向かおうとするも、
『――――!!?』
其処に降るのは、二種の光‥‥即ち、ソウマの超機械と、ミルヒの機械剣が同時に放たれた瞬間。
「‥‥この森が誰にとっての狩場なのか、お解りいただけましたか?」
何処までも静かで――それ故に、何処までも冷酷に聞こえる台詞を吐き、ソウマはにこりと微笑む。
そして、ミルヒも。
「‥‥白くないから‥‥」
先ず一手。
キメラを薙いだ剣の勢いを殺すことなく、横に振る。
それと同時に、キメラが切り裂かれ、
「‥‥可愛くない」
続き、二手。
剣の一撃を受けて若干吹っ飛んだキメラに向けて、船型の超機械を向け、傷ついた身に容赦なく電磁波を浴びせ続ける。
時間にして、およそ10秒。
其処まで至った時点で、既にそのキメラの息も止めていた。
●
「ぐぅ‥‥ううッ!!」
食いしばった歯から、低く重い声――愁矢の声が漏れる。
エミタの力を借りてまで防いだ攻撃の余りの重さに対し、盾を構える腕が悲鳴を上げているのだ。
正しく厳しい局面と言えるが‥‥それは彼らがこの人数分担で来た際より、覚悟して然るべきリスクである。
融合していない状態とは言え、大型キメラのステータスは、唯でさえ個体能力差では能力者を上回る小型キメラの、更にその上を行くのである。
小型キメラの対応班が此方に来るまでの足止め、要するに一時的な苦境と解ってはいても、連続して叩き込まれる牙や爪の一撃を受けて、身体は既に傷だらけだし、何より盾を持つ手は痺れを通り越して感覚がなくなりかけている。
唯一、救いがあるとすれば、それはキメラに対する愁矢の挑発が解けた際、キメラはほぼ必ず愁矢以外の相手を狙うことだ。
その対象とされる獅子鷹の傷は、愁矢のそれとほぼ大差ない。
攻撃に対する最低限のカバーや、時折朝によるカバーリングが入りはしても、防御を度外視して行動する彼のスタイルにはそれだけの代償が伴う、と言う証明だった。
(‥‥っ、やっぱり、ちょっとキツいな‥‥)
残る朝だが、その姿には傷こそ無いものの、現在の状況に対して浮かべる表情は当然苦い。
今現在敵を足止めしている三人のうち、二人はかなりの負傷を負っている。彼女一人があまり怪我をしていないにしても、二人が倒された後に自分ひとりで小型キメラまでの足止めをすることは不可能に近い。
どうすれば良い――。
焦燥に苛まれる彼らを救ったのは、
「すいません、お待たせしました!」
「‥‥!」
ソウマを始めとする、小型キメラ対応班だった。
安堵の息をつく愁矢と、未だ萎えぬ闘志でキメラを睨む獅子鷹に対し、焔からの練成治療が施される。
フローラも同様に練成治癒を飛ばしつつ、大型キメラの相手をするべく、エネルギーガンの照準を合わせる。
大型キメラはそれを意にも介さぬ様子で咆哮を上げるが、それが驕りであると気づくのに、それほど時間はかからなかった。
「それじゃ、行くよぉ‥‥!」
Letia、フローラを始めとする一斉射撃から始まり、それと同時に焔とミルヒによる超機械の電磁波がキメラを襲う。
続き、ソウマが攻撃を放とうとするが、立て続けにそれを許すキメラではない。
自分を指す超機械から逃れ、側面から前足の一撃を叩き込む――!
「‥‥残念ながら、その行動は想定範囲内。つまり、無駄っていう事です」
「その通り。お前の相手は‥‥俺だッ!」
そう笑う彼のすぐ背後から、空気をびりびりと振るわせる咆哮が轟く。
愁矢による、エミタの力を乗せた声だった。
治療を要するはずの彼でさえも、此処が佳境と踏み、体力の高くないソウマを守るために相手の注意を惹く。
キメラがそれに対して応ずるかのような咆哮を漏らすも、その時点で眼前のソウマに対する存在を失念したと言う予想は確定される。
今一度、超機械がキメラの胸を焼く。
増援が着てからおよそ30秒も経っていない現在に於いて、キメラの身体は最早倒れる寸前である。
これは、単に増援が来てから攻勢に転じた能力者の力、と言うだけではない。
すなわち――
「おいおい、もう死んじまうのかあ? もっと切り刻まさせろよ‥‥!」
足止めを勤めていたメンバーの中、唯一隙を見つけては少しずつ攻撃を与え続けていた狂戦士‥‥湊 獅子鷹。
未だ血まみれの姿を意にも介さず、キメラの頭めがけて、両手に担う直刀を大上段から振り下ろす。
愁矢による挑発が解けていなかったキメラにとって、それは正しく意識の外から飛んできた一撃であり、
だからこそ、最後の最後まで抵抗を続けたキメラは、手負いの戦士が放った渾身の一撃を受け、その命を散らしたのだった。
●
戦闘終了後、ある程度怪我を負うものを除いて、能力者たちは既に撤退の準備をしていた。
その怪我人のうちの一人、獅子鷹は、首に無針注射器を打ち込みつつも、小さくぼやく。
「つまんねえなぁ‥‥やっぱり人型か同類じゃねえと」
そういう彼だが、その姿はどう見ても『つまんなかった』の一言で終わらせられるようなものではなかった。
実のところ、能力者たちが大型キメラの担当班と合流した際はギリギリのタイミングだったのだ。
足止め班の怪我はまさしく倒れる一歩手前にまで至っており、ある程度の手当てを終えた現在に於いても、見るも無残といって差し支えない。
Letiaは苦笑しつつ獅子鷹の手当てを終え、次は愁矢に対してもテキパキと手当てを始める。
「‥‥役割の分担は、果たせました」
嬉しそうというより、何かを確認するような口調で呟くミルヒ。
そんな様子を見た朝は、装備を整える手を少しだけ止め、小さく、笑んで、呟いた。
「‥‥みんなで、帰れるな」
少女が抱いていた些細な目標。
それが果たされたことを祝うかのように、静寂に満ちた森に、一陣の風が吹き抜けていった。