●リプレイ本文
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「あ、アニキぃ! このままじゃ俺たち死んじまうよお!」
「馬鹿野郎弟よ! 俺たちがそう簡単に死ぬとでも思ってるのか!」
なんて応酬がつづくこと、おおよそ十数分。
今現在、警察に護送されていたチンピラ二人は護送車の残骸に隠れながら、必死にキメラの攻撃から逃げまくっていた。
一応、アニキと呼ばれる男性は田後・勇作(たご・ゆうさく)、弟分には英田・長司(あいだ・ちょうじ)と言う名前があるのだが、取り敢えず今現在は覚えやすさからそのまま兄貴、弟分と表記させていただく。
閑話休題。
「で、でもでもアニキぃ。このまま隠れてても、俺たちあいつになぶり殺しにされるだけだよ」
「ふ、ふふん! あんな奴など、俺が本気を出せば簡単に倒せる!」
「ほ、本当かいアニキぃ!?」
「‥‥。ま、まあ今はその為の力を溜めているからな! あとちょっと‥‥ちょっとだけ待て」
「わ、解ったよアニキぃ!」
とまあ、この二人の性格が良く解ったところで、そろそろ話を進めさせてもらう。
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「‥‥やれやれ。彼らは運が良いのか悪いのか」
嘆息混じりに言う黒瀬 レオ(
gb9668)の言葉は、恐らくこの場に居る能力者達全員の気持ちを代弁した事だろう。
実際、現場――と言っても、護送車周辺のみだが――の状況はかなり酷かった。
地表には大小様々な破壊痕がある上、肝心の囚人護送車は至る所から黒煙を上げ、今にも爆発しそうな状態と見て取れる。
情報ではアレの影に隠れていると言うチンピラ達が、それでも護送車から離れられないのは、高い機動力と遠近問わずの攻撃能力を持つキメラから逃げる事が出来ないと理解してのものだろう。
能力者が近くに居るこの状況でも、一手を誤ればチンピラ達が殺されかねない。まさに幸不幸紙一重、である。
「自由の為に脱走した矢先にキメラと遭遇‥‥しかもエミタへの適正あり‥‥これツッコむところ?」
「下手打つからこうやって司法取引なんてされンだよ。‥‥嫌いじゃねェがな、こういうヌケサクは」
それを理解しているため、黒渚 玲二(
gc4024)、Nico(
gc4739)の両名も、心境を述べる言葉は軽いものの、装備を整える動作に淀みと言ったものは一切ない。
「適合者は貴重だから優先‥‥なんだかねぇ」
変わって、僅かに陰鬱さを表情に映しているのはLetia Bar(
ga6313)。
民間人の安全より、適合者の生命を優先するUPCの在り方に異を唱えるわけでもないが、それでも両者に優先順位をつける事に対して、彼女は抵抗感があるようだった。
「ま、どちらも被害出ないように頑張るだけだ」
苦笑交じりに言い、SMGの感触を確かめるように、グリップを握る。
――剣抜弩張。少なくとも今この場に限って動かない敵と、その間に体勢を整える能力者たち。
僅かに流れた時間の後に、響いた戦いの合図は、
「ひ、ひいぃぃぃぃいぃっ!?」
護送車の残骸が上げた微小な爆発音と、それに怯えるチンピラ二人の叫び声だった。
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先ず動くのは、チンピラの保護班と、キメラ迎撃班の内、近接攻撃を行う者。
護送車に向かって走る彼らに対し、それに気づいたキメラは即座に爆弾を射出するも――その大半は、Letia、Nicoの両名が放つ銃弾によって、空中で四散。
銃弾をかいくぐった残りの爆弾も、能力者達の反射速度によって全てがかわされてしまう。
実際の所は難なくかわした玲二だが、それでも路上に落ちた爆弾の破壊力をちらと見て、思わず身体を震わせる。
(あんなのが当たったら、本当に死ぬかも知れないなあ‥‥)
改めて、これが生死を賭けた戦いなのだと理解する。
だが、だからこそ彼はそれを乗り越えようと、眦を決し、敵の懐へと飛び込んだ。
「ごめんね、アリスさん。足の遅い僕を許して‥‥」
「気にしないで下さい。それほど負担にも成りませんし」
玲二より僅かに遅れてキメラへと向かうのは、レオ、アリス・レクシュア(
gc3163)の二人。
こと移動力に於いては多少劣るレオは、アリスに移動を補助して貰うカタチで敵の元へ向かっていた。
「さて、それでは黒瀬さんをキメラの方まで放り込みますか」
「‥‥え?」
「勿論、冗談ですよ?」
くすりと笑いながら、迅雷を介してキメラの元まで駆けるアリス。
僅か10秒前後の時間で、迎撃班の前、後衛ポジションは構築された。
残るは、後一人。
「やぁ、私は能力者。物陰で泣き震えている君達を保護しに来たよ」
その当人であるセラ(
gc2672)は、護送車の影に震える男達に近づきざま、気さくな様子で挨拶をする。
対するチンピラ二人――特にアニキの方は、これに対して噛みつくように反駁してきた。
「‥‥! だ、誰が泣いてるだとコラァ!? 俺はアイツを倒すべく、先ずは観察をしててだな‥‥」
「そ、そうだそうだ! アニキがビビるなんてこと、あるワケが無ぇだろ!」
予測した通りに激昂するチンピラに対し、セラは失笑してしまう。
「冗談だよ、吼える男らしさがあれば十分だ」
言って、彼女はキメラと戦っている能力者達の方へと視線を向ける。
流石に戦闘が開始して間もないため、戦況は未だ拮抗状態にある。それ故にキメラの注意も、前線で戦う能力者達に向いたままだ。
未だ余力を残す敵の前から逃げるのは確かに危険だが、もし敵のほうにへ分が傾けば、逃げる此方に向こうが気づいて攻撃を放ってくる可能性もある。
「悔しいかも知れないが、今暫くは私の背後から離れないようにしてくれ。今から君たちを安全な場所まで誘導する」
「ハァ!? お前のような子供に守られるほど、俺は弱かぁ無ぇぞ!」
「そうだそうだ! アニキはあんなキメラなんか一ひねりで倒せちまうんだぞ!?」
「‥‥お、おうよ!」
一瞬、アニキの動作と表情が凝固したのは見間違いでは無いだろう。
セラは思わず苦笑しつつも、優しく諭すような口調で言う。
「君はそうかも知れないが、其処の弟分はそうでもないだろう? 彼の安全を守るためにも、今は退くべきだと考えるが、どうかな?」
「‥‥‥‥」
「それに、私のような子供に、と言ってくれたが、見た目で人を量るのは少々感心しない」
セラは自らの持つ盾をチンピラ達に見せ、堂々と宣言する。
「私の背中が、今この場で1番安全だと証明しよう」
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キメラの幾度目かの突進が、レオを目掛けて行われる。
すんでの所で盾を構え、その威力を受けた彼は、反撃として大太刀を上段から一息に振り下ろす。
突進の直後で動きを止めてしまったキメラにそれは見事命中したが、得られた感触はそれまでの攻撃よりかはマシ、といった程度だ。
「‥‥全く、本当に硬いな」
彼とアリスはキメラの弱点を探ろうと、その体躯の各所に攻撃を当てて調べてみるも、結果としては弱点らしい弱点を見つけることはできなかった。
結果として、今の彼らにできるのは、キメラに対して今まで通りの攻撃を放ち続けることだけだ。
「漫画などでよくありそうな技ですが‥‥塵も積もればなんとやらです」
僅かずつでも与えられているダメージが、致命傷となるまで、攻撃の手を緩めはしないと。
アリスはそう呟いて、直刀から突きの連撃を叩き込む。
キン、キィン、と連続して響く硬質な音は、まるで何かの音楽のリズムのように聞こえる。
立て続けの攻撃を受けたキメラが一旦距離を取るものの、それを逃がさんとばかりに、銃弾の雨を浴びせるLetia。
「その穴、もっと広げて貫通させてあげるよ!」
爆弾の射出穴を狙うLetiaの攻撃は、それらが外れようとキメラの表面に銃弾を当て、運良く穴に入った銃弾もキメラを内部から傷つけることに成功する。
だが、それで黙るキメラではない。
向こうは攻撃をしてきたLetiaを主に、幾つもの爆弾を後衛に向けて射出。
複数の爆弾はそれぞれチェーンに似た何かでつながれており、一度当たれば続けて二撃目を喰らうことは容易に予測できる。
「ちょ、オイ!? アレ、こっちに向かってきてないか!?」
「‥‥みたいだな」
慌てふためくチンピラたちに比べ、セラはあくまで平静そのものである。
迎撃班が上手くキメラの注意を引いているため、爆弾が向かっている方向はその殆どが後衛の二人に向けてであり、こちらに飛んできたのは流れ弾の一、二発程度だ。
セラは防御の為に盾を構える――前に、アニキの方へと予備の盾を一枚渡す。
「‥‥あ?」
「弟分を守りたければ、持っておくといい、それが君を栄光に導くかもしれない」
どこか悪童じみた微笑を浮かべ、その一瞬後に、爆弾をすべて盾で受け止める。
「どぅおおおぉぉぉぉぉぉ!?」
本命はすべてセラの手によって防がれたが、爆風や音など、その後の余波は彼女一人では防ぎようも無い。
一般人にはかなり重いであろう盾を、まさしく火事場の馬鹿力でもって構え、それらをギリギリで防いだ二人であった。
打って変わって、後衛陣のLetiaは飛んできた爆弾を辛うじでを回避、避け損なったNicoも、所持している傘型の盾を展開し、威力を緩和する。
「‥‥ワォ」
形状故の防御力の弱さ。それによって伝わってきた衝撃は、傘を構えたNicoの腕に強い負荷を掛け、骨を軋ませる。
しかし、その顔に浮かぶ笑みが歪むことは無い。
「レオ坊、頼りにしてるんだゼ。一つ楽させてくれや」
「‥‥努力します」
腕の痺れも取れぬうちに、まるで何でも無いと言う風に軽口を叩くNicoに対し、レオは思わず苦笑する。
キメラはその様子を理解した故か否か、再び後衛陣に向かって爆弾を放とうとするが――
「させません‥‥!」
それを、アリスの刺突が妨害する。
次いで、玲二、レオの刀が振るわれ、度重なる攻撃を受けたキメラの表皮にヒビが入る。
「良し、このまま‥‥」
レオが言い終える前に、キメラが自己の直上に小さな砲弾を射出する。
放たれたそれは、きっかり一秒の後、爆発的な音と光を周囲に撒き散らした。
擬遠雷と名づけられていたそれに対して、前衛の能力者たちは思わず気を失いかけるが――すんでのところで、彼らは踏みとどまった。
「‥‥っ痛あ!」
ぶるんと頭を振る玲二を始めとした三人が耐え切れば、残るのは反撃という二文字のみ。
再び後退しようとするキメラだが、その進路はLetiaの弾丸によって塞がれる。
「もう少しだよ、皆、頑張って!」
距離のある前衛陣にまで届く彼女の鼓舞は、彼らに見えざる力を与える。
アリスが突き、レオが断ち、玲二が斬る。
ヒビが入った箇所に集中的な攻撃を受けたキメラは、僅か数十秒のうちに、その外殻の一部を吹き飛ばされる。
そこから覗くのは、神経や血管のような何かで構成された肉の塊。
「う‥‥」
思わぬ、不快感を催すその中身に対して、アリスが僅かにたじろく。
彼女を除いた一同も、それに似た感情を抱きはしたが、敵の弱点が見えたとなれば、攻撃を緩める暇などは無い。
そう、彼らが思った瞬間、キメラの身体に変化が起きる。
今までは数箇所しか無かった爆弾の射出穴が見る見るうちに増え、キメラの身体が瞬時に穴だらけとなったのだ。
戦場に居た迎撃班の一同はもちろん、戦場を半ば離脱していたセラとチンピラ二人も、その様子を見て敵が本命を撃つと理解できた。
「大技!? 余波は私の渡した盾で防げ! 直撃は私が防ぐ!!」
「は!? いや、ちょっと‥‥」
チンピラたちが言い切る前に、キメラの身体から、まさしく無数の爆弾が飛来する。
僅か一秒程度滑空したそれらは、地面に、街灯に、触れるとともに、すさまじい轟音を響かせる。
そうして、戦場は爆煙によって埋め尽くされた。
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「‥‥で、あの二人は?」
「爆発そのものは私が防いだんだが、その後に緊張の糸が切れたらしくてね。気絶してしまった」
淡々と答えるセラの説明を聞いて、Letiaは苦笑いを浮かべる。
――結局あの後、最後の切り札を切ったキメラの攻撃に倒れた者は居なかった。
今回の戦闘では、特に能力者たちの運が良かったためか、被弾したダメージがそれほど多くなく、敵の必殺技に対しても防御方法を決めていたため、ダメージの量を削減できたのもあった為だ。
自身の攻撃によって機動性を失ったキメラにトドメを刺したのは、Nicoの銃弾であった。
そうして、今現在。警察が改めてチンピラ二人を護送するための車が到着するまでの間、能力者たちは軽い会話に興じていた。
「‥‥彼らがどうするにしても、二人の前途が良きものでありますように、祈っておくしかないね」
「心配は要らないだろう。彼は、彼と大事な者の命を守れた。栄光はその手に確かにあるさ」
確信じみた何かを言葉に乗せて、セラは言う。
「ま、若しあの二人がこっちに来るなら、死んだ方がましなくらい凶悪なキメラと戦ってもらいましょーか!」
つとめて明るく言うレオの言葉で、二人も軽く吹き出してしまった。
そんな三人と違い、物憂げな表情を浮かべるのは玲二。
「しかし、初めての戦闘系依頼がこんなデンジャラスか‥‥これからも気を引き締めていかないとね」
呟く声は、自らの戒めか、はたまた次に進むための決意の表れか。
それを知るのは、彼一人だけだろう。
改めて到着した、もう一台の護送車にチンピラ二人が乗せられる。
流石にこの頃になると彼らも目が覚め、一通り暴れた後に、アニキは
「ぐぐぐ‥‥。お、お前らぁ! 何時かこの俺が本気を見せればこんな車すぐに壊してやるんだぜ!?」
なんてことを言ったりもしたが。
「現実を見ましょう? そろそろ辛くなってきてますよね? 何がとは言いませんが」
と言うアリスのえも言われぬ笑顔に対してすっかりビビり、今は護送車内でカタカタ震えていた。
弟分もそれに倣って護送車に乗ろうとしたが、その際に再びアリスが声を掛ける。
「もう少し自分でがんばってみてください。もしかしたら田後さんよりも優秀になってアニキって呼ばれるようになることもできるかもしれませんよ?」
一応の配慮の元に、小声で言うアリスに対して、弟分は笑顔で小さく首を横に振った。
「‥‥俺、頭が悪くて身体しか大きくないけど、アニキが俺のことを一番の弟って言ってくれたから」
「‥‥そう、ですか」
思わず聞いた弟分の言葉を聞いて、アリスはにこりと微笑んだ。
そして弟分も乗り、発車する直前のこと。
「おゥ、未来の能力者サン。‥‥悪ィ事するなら最高だゼ、コイツはよ」
Nicoがチンピラたちに告げるものの、そのときの二人が、彼の言葉の意味を理解することは無かった。
それが叶うのは、彼らが検察庁に到着した後のこととなる。