●リプレイ本文
●「最強」の名を貶めるは
視界を埋めるのは、破壊された車と黒煙。
死体や、その痕跡らしきものはない。そんなものを残す間も無く、キメラが彼らを喰らったということだ。
被害者に気を取られずにいられる事をよしとするべきか、抵抗もむなしく、ただ喰われるしか無かった被害者を哀れむべきか‥‥複雑な感情を隠せないまま、エメルト・ヴェンツェル(
gc4185)は、今は目の前の敵に集中しようと、一言だけつぶやく。
「最強‥‥ですか」
――『最強』の相手を務める勇気、君たちに有るか、な?
オペレーターはこう言った。
叶いそうで、叶いはしないその二つ名は、彼以外の能力者たちにも、色々と思わせるものはあったようである。
「‥‥は、最強、たぁな。また大ボラほざいたもんだ」
煌・ディーン(
gc6462)のように、それを頭ごなしに否定する者も居れば、
「‥‥否定する気は無いさ。だが、例えそうだとしても、不滅では無い」
夜十字・信人(
ga8235)のように、それを認めた上で、尚闘志を絶やさぬ者も居る。
他の者も、それは同じだ。敵が強大である事を認めようと、認めまいと、彼らの内に在る「敵を倒す」と言う思いが緩むことなど、決してありはしない。
「‥‥皆さん、アレを」
と、それぞれがそれぞれの思いに耽る中、番場論子(
gb4628)が黒煙の一点を指差す。
其処には――風になびくようにゆらゆらと揺れる、棒と紙を接いだような姿が。
一見すればただのゴミのようにしか見えないが、アレが討伐対象のキメラであることは、この場に居る誰もが認識している。
それを確認するや、能力者たちは自分の装備をすぐに整える。
それに気づいたのだろうか、キメラのほうも彼らの姿を認め、その瞬間――恐ろしい速さで、彼らの元へと疾駆する。
信人はコレに対して舌打ちする。閃光手榴弾が爆発するタイミングより早く此方に来られそうなため、仲間を巻き込む可能性を考えると、迂闊にピンを抜くことが出来ない。
致し方なし、と武器を構え、敵が来るのを待つ。
「‥‥相手が最強だろうと何だろうとやることは変わらないさ」
キメラが能力者たちに到達する一瞬前、聞こえた声は大神 直人(
gb1865)のもの。
「どの程度か、見させて貰おう‥‥!」
キメラが腕を振るい、能力者たちが武器を振るう。
聞こえた衝撃音は、彼らの戦いの始まりを告げた。
●その力を目の当たりにしても、屈す者は未だ居らず
「ぐ‥‥っ!?」
敵がこちらに近づいた瞬間、自然と体が重くなる。
キメラの幻覚物質の効果である。彼らの前に立つその存在は、ただ在るだけで死を連想するほどの強烈なイメージを思い起こさせ、戦意を持つだけでも敗北の光景を予想させる。
――だが、折れぬ。
手放したくなる武器を両手に担ったまま、信人は自身に喝を入れ、キメラに向かい合うように肉薄する。
キメラはそれに対し、紙のような腕を使って、切り裂くように信人へ攻撃を仕掛けるが――彼はそれを紙一重のところで受け、与えられる衝撃を最小限に抑えた。
その間に、彼らは瞬時に体勢を整える。
論子、直人の二人は破壊された車の影に隠れながら武器を構え、残る前衛陣は自分たちのカバーを信人に任せ、その行動を攻撃に重視させる。
戦闘体勢が整ったところで、直人の銃弾がキメラへ向かって放たれる。
真っ直ぐに相手を狙った弾丸だ。敵の急所を狙ったであろうそれらは、しかし直線的過ぎるが故に、あっさりと回避されてしまう。
が、
「悪いが‥‥最強と言うからには、その程度は予測済みだ! 」
キメラが回避した方向から現れ、剣を振るうのはユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)。
二段仕掛けの攻撃に対しても、キメラは避けようと体を翻すが‥‥その動作は、僅かばかり遅かった。
紙のような腕部の付け根を狙って放たれた剣閃は、その見た目とは裏腹に、ガリガリと言う鈍い音を立てて薄く削られる。
これに対しては、流石にユーリを含むほぼ全員が驚いた。
「切り落とせないわけじゃなさそうだが‥‥少しばかり効率が悪いかな?」
「ったく、面倒臭ぇ‥‥」
同じように、キメラの足を切り落とそうと大鎌を振るっていたディーンも、これにはため息を吐くしかない。
しかし、かと言ってその攻撃に意味が無いかと言えば――それは否、だ。
確かに部位を無くすことは厳しいかもしれないが、ことダメージを与えると言う点に於いて、彼らの戦術は確かに意味を成している。
「参ります‥‥!」
ならばと意気を込めてキメラへと肉薄した論子は、手にした直刀を薙ぐように振るう。
この攻撃も、ユーリのそれと同じように、細長い胴体を薄く裂き、
「あのカスを斬るんだろう? 援護は任せておけ!」
「お願いします!」
衝撃に傾いだキメラの体を、エメルト、ディーンが畳み掛けるように切り伏せる。
隙を見せた相手に対しては、立ち直る前に次の手を仕掛ける――戦闘の常道である。
が、それらを立て続けに受けたキメラは、攻撃を意に介さぬように、また直ぐ体勢を立て直した。
これに対してはやはり、幻覚物質によって、武器を思い通りに動かせないことが大きい。
ディーンとエメルトが時々、行動する者に対してキュアを放つことで、今現在は敵と互角に戦えているが‥‥それも彼一人では限界がある上、キュアによる治癒とて絶対の効果を発揮するわけではない。
長期戦に持ち込んだらこちらの不利になる――そう判断した能力者は、更に敵に向かって攻撃を仕掛けようとしたが、
「! 来るぞ、耐えろ!」
それより早く、キメラの腕が能力者めがけて振るわれる。
近距離に居る対象をほぼすべて巻き込む腕は、しかしその殆どが信人によって防がれる。
当然無傷では済まないし、他の者には全く攻撃がいかない、と言うことも無い。
しかし、それらの危険を承知の上で防御に徹する彼は、身体中を傷で埋め尽くされようと、決して膝をつきはしない。
「信人!」
「大丈夫だ‥‥まだ、倒れるような怪我じゃない」
言いながらも、活性化を使用して傷を塞ぐことに集中する彼の声色には、どこと無く覇気が篭っていない。
回復が傷の深さに追いついていないことは明白である。
だが、残念ながら、今の彼らに信人を慮る余裕は無い。
「‥‥申し訳ありません‥‥っ!」
信人に攻撃を庇ってもらったエメルトは、こう呟くことしかできない。
せめてその思いに報いるため、剣をふるってキメラを早く倒そうとするものの‥‥焦りを抱いた剣は、狙いがどうしても粗くなる。
元より幻覚物質によって勢いの削がれた剣だ。キメラはこれを難なく回避し、返す刀とばかりに足を使って放った刺突は、狙いを外すことなく、彼の腹部に突き立った。
「くっ!」
何の効果も伴わない通常の攻撃にしても、受けるダメージは半端なものではない。
エメルトは一旦距離をとろうと退がった後に、活性化を使用して傷を癒す。
だが、
「‥‥っ!」
がしゅり、という奇妙な音が聞こえる。
見れば、キメラの下肢が地面へと埋め込まれており、其処から地中へと潜ったソレは、エメルトの影から地面へと飛び出し、彼の背中を切り裂いていた。
活性化が間に合ったために未だ倒れずには居たが、麻痺毒の所為で動くことも叶わない。
「‥‥回復を!」
反射的に直人が叫ぶが、キュアを持つ者は練力が足りないか、彼に触れるほどの距離まで近づくには時間が足りない者のみで、彼を補助することは出来ない。
その間にもキメラの両脚はうごめき、彼に再度攻撃を加えようとする――が、
「――――――!」
それは幸運か、はたまた執念が見せた力か。
攻撃が与えられる一瞬前、身体の自由を取り戻したエメルトは、最後の力を振り絞って、その脚を両断せんと大きく薙ぐ。
キメラは予期せぬ反撃にたじろき‥‥その僅かな隙を縫い、彼の剣はその脚に傷を与えた。
キメラはそれに対して驚嘆の意を浮かべたものの‥‥冷静さを取り戻したキメラは再度、刺突を仕掛けた。
傷つき、ボロボロになった身体に、奇跡が二度起こることはない。
ぐらり、と身体を傾がせたエメルトは、最後に一言を呟く。
「‥‥きっと、倒せますから‥‥」
どさ、と言う音と共に、彼の意識は暗闇へと落ちていった。
●拮抗する強者たち
エメルトが倒れても、彼らは未だ戦い続けていた。
集まった人数の少ないこの依頼に於いて、一人ひとりの力と言うのはどうしても重要なものとなる。
彼が倒れた穴を埋めるのに、能力者たちは必死の攻勢を仕掛けていた。
「そろそろ倒れてくれないかしら‥‥っ!」
竜の爪を介し、攻撃力を底上げした剣を薙ぐ論子。
あれから、幾度とない攻撃を受け続けたキメラにとって、この一撃もかなりの重さを伴う。
他の者たちも、それを理解しているのだろう。
「奴と戦う、良い踏み台になったさ。もう、お前に用は無い!」
ユーリの射撃を、傷ついた身体でもかろうじで回避するキメラに対し、放たれたのは信人の一閃。
「‥‥喰らっておけ!」
これに対し、キメラは自身の腕でその攻撃を受けるが――生命力の減少に応じて強度も下がっているのか、腕の半分ほどまで食い込んだ刀身を、キメラはどうにか振り払う。
そして、返礼とばかりの範囲攻撃。
能力者の攻撃が幾度も行われたように、キメラもその迎撃を何度も放ってきた。いまやキメラの攻撃は、威力の低い攻撃であろうと、能力者たちが当たれば倒れてしまうであろう事を容易に想像させる。
最早練力も尽き、単純な攻撃の応酬をするしかない現状だが――どちらが優勢かと言うならば、戦況はキメラのほうに分が有った。
理由はと言えば簡単なことだ。能力者側が持久戦を想定して、基本的にヒットアンドアウェイを重視して攻撃を重ねてきたが、これが良くなかった。
近接攻撃に於けるキメラの能力は単なるダメージに過ぎないが、遠距離攻撃に於けるキメラの能力は自身の体力の回復、さらには命中した者に麻痺毒を与えるという効果突きである。
他者回復を持たない能力者達に対して、無闇に近接攻撃を仕掛けろとは言わないが‥‥これによって、麻痺毒を受けた仲間に対するキュアなどで、後衛側の攻め手が若干落ちたのは確かだ。
何より、キメラの前衛には敵の注意を引くべく、高い攻撃能力を持つ信人が自身の行動を犠牲にしてでも防御とカバーリングに専念している。
だと言うのに、彼の庇護を頼ることなく、ヒットアンドアウェイを行い続けるというのは、防御主体となる信人の行動で発生する利点が見事に潰れてしまう。
彼の挑発を抜けて、他の者に攻撃が飛んでくることを考慮に入れても、ある程度のリスクを覚悟で仕掛けなければ、信人が囮の役割を演じた意味が無い。
かと言って、それを反省するのも、もはや手遅れである。
どちらに僅かな分があるにしても、敵にも能力者にも、余力は残っていない。
キメラもそれを理解しているのだろう。敵は大きく両手を広げ、何かのまじないをするかのように、緩やかに腕を振るい始めた。
同時に、能力者たちの視界が、徐々に闇に閉ざされていく。
「‥‥え?」
「っ!? 何だよ、コイツは‥‥!」
太陽が隠れたわけではない。彼らの視界が、不意に暗転を始めたのだ。
これがキメラの幻覚物質を最大限に放ったものだと、気づいた者はどれほど居るのか。
そして、それと同時に、キメラの黒紙の四肢が、まるで一枚一枚剥がれていくかのように、その数を増やしていく。
「‥‥!」
戦慄、と言うほか無い。
あれらが一斉に、この場にいる者たち全てに振るわれれば、待っているのは確実な敗北だ。
「‥‥コイツの気を引く、後ろを向いたら皆で大火力を叩きこむんだ!」
いち早く気づいた信人は、瞬時にキメラの背後に回り、仁王咆哮をキメラに向けて放つ。
それにびくりと反応したキメラは、信人に振り返るものの――その動作が止む気配は見られない。
「チィ‥‥!」
ユーリが、論子が、ディーンが、瞬時にキメラに向けて走り出す。
直人も今からでは敵の攻撃から逃げられぬと理解し、せめて阻止しようと銃弾を叩き込み続ける。
キメラはそれを回避する様子も無い。棒のような身体は今にも折れそうで、紙のような手足は幾つもの穴が開いている。
必要なのは、後一手。
だが、周囲が闇に閉ざされるのには刹那ほどの時もかからない。
能力者たちに『夜が誘われる』のとほぼ同時に、ユーリの剣が、論子の直刀が、ディーンの大鎌が、キメラの身に向けて疾り―ー
●「最強」の名、未だ堕ちず
黒煙と車の瓦礫が残るその場所で、意識を保てていたのは僅か二人のみだった。
直人と論子は、せめて倒れた仲間たちが目を覚ますまで寝かせておこうと、彼らを破壊されていない道路上に、ゆっくりと横たわらせる。
「‥‥あのキメラは?」
「解らない。恐らく、此処ではない何処かへ行ったんだろう」
直人の言うとおり、キメラが居たころのあの禍々しい殺気は、今ではもう感じられない。
彼らの知らざる部分を述べれば、キメラとしては、本来ならば此処を去るつもりは無かった。
だが、能力者たちの攻撃が苛烈を極め、致命傷に至る寸前までの傷を負っていた以上、これ以上の戦闘を避け、回復に専念するため、彼らの元から逃げ去ったのだ。
結果として、この道路の安全は確保されたものの、また別の場所で、あのキメラによる被害は確実に発生する。
キメラの討伐には失敗したが、道路の復旧は可能となったため、明確に失敗とは扱われないだろうが‥‥それは、決して彼らを喜ばせる結果ではない。
「‥‥次こそは」
それは起きた者が呟いた言葉か、倒れたものが無意識に吐いた言葉か。
瓦礫と黒煙に満ちた場所で、能力者たちは帰還までの間、ただ沈黙していた。