●リプレイ本文
●心配で来てみた
沈み込んだ特別研究生、申 永一(gz0058)を各々の方法で立ち直らせようと集まったのは5名の聴講生。
「皆〜、忙しいのに来てくれてありがとう〜。ヨン君だけど‥‥かなりの沈みようだからとても心配だわ〜」
相談を持ちかけた食堂のおばちゃん、稗田・盟子(gz0150)は、自分の息子のように慕う永一の沈みようを見るに耐えかねて聴講生達を頼りにしたのだ。
「責任感が強く真面目な人ほど、自分を許せずに追い詰めてしまうんだ‥‥。永一君はその通りの人物だからな。俺のすることが、少しでも力になれれば良いんだが」
永一と面識があり同国出身の崔 南斗(
ga4407)は、盟子から話を聞き心配になったので様子を見に来た。
「セクハラキメラの一件で知り合った羽鳥といいます。申さんが落ち込んでいると聞きました。他人事とは思えませんね‥‥。今は、誰が何を言っても無駄だと思いますのでそっとしておくのが良いのでしょうが、かなり参っているとのことですのでそうは言っていられませんね」
手段を選ぶ余裕は無いと言いつつ、羽鳥・建(
ga5091)はどうすれば永一がいつもの彼に戻るのかを必死に考えた。
「私は一度しか面識が無いですが、だからこそ、逆に話せることがあるのではないのではと思います。説得をするというよりは彼が抱えている悩み、話を聞くことによって少しでも受け止めて、心を軽くできればと思います」
キメラ1日研究員として永一と知り合ったネイス・フレアレト(
ga3203)も相談を持ちかけられた1人だ。
「私はメンタルケアに来ました。申さんに後悔はしていただきたくありませんし、今後、どうするかは彼自身に決めてもらいます」
面識は無いが、永一の心を癒したいと参加した佐伽羅 黎紀(
ga8601)。
櫻杜・眞耶(
ga8467)は慰める気もなければ説得する気も無いが、永一の世話を焼くために参加。
●どうやって外に連れ出そう
「稗田さんの話によると、ロクな物を食べていないらしいな。そんな彼のために、栄養豊富な韓国料理『サムゲタン(参鶏湯)』を作ることにしたよ。料理の経験はあるが、自信が無いので料理本参照にしながらだけどな。食堂の厨房、鍋とコンロが借りられるとありがたいんだが」
「空いている時間帯だったら〜厨房を使っていいわよ〜。調理器具やコンロも遠慮無く使ってちょうだ〜い。食堂のおばちゃん達には〜私が説明しておくから〜」
それはありがたい、と感謝する南斗。
「寮とはいえ、永一兄はんの部屋は散らかっているでしょう。服は着たきりなんでしょうか?」
「着たきりね〜。髭は伸び、髪はボサボサだから〜別人みたいよ〜」
私、悲しい〜! と大ショックの盟子。
「こうなったら、問答無用で掃除をし、着ている服を剥ぎ取ってでも洗濯します! 南斗兄はん、身だしなみをお願いしてもいいでしょうか?」
「あ、ああ」
服を剥ぎ取る発言に「すごいな‥‥」と南斗が思ったのは秘密。
「私は櫻杜さんが掃除、崔さんが料理をしている間に申さんを外に連れ出し、散歩でもしながら気分転換を行いますね。自分の用事に付き合ってもらう、という口実で出かけようかと思います」
「落ち込んでいるでしょうが、強引に連れ出すべきでしょう。外の空気を吸わせて、申さんを少しでも落ち着かせましょう。寮の近くなら、ネイスさんの用事に付き合うという口実で外出できるのでは」
ネイスと建は永一を外に連れ出す役割を担当。謹慎中の身なので、寮の敷地内以上に出るのは不可能であるが。
私も付き合います、と黎紀も外出班に加わった。
「強引ではありますが、作戦を実行しましょう」
眞耶を中心に、盟子に案内されて永一の部屋に向かう聴講生一同。
●変貌振りに吃驚仰天!
「ヨン君〜?」
盟子がドアをノックするが、何の反応も無い。
「いないのかしら〜?」
「そんなことはありません。永一兄はんは、絶対、中にいます」
そう言うと、眞耶はドアを開けた。
「予想通り、鍵をかけていませんでしたね」
鍵がかかっていたら、強引にこじ開けるつもりだったんですか!?
部屋の中央には、膝を抱えてしょげている永一がいた。
盟子が言うように、見事なまでの変わりようだ。
たとえるなら、いかだで海上を漂い続けている漂流者か冬山登山遭難者。
そんな状態であろうと、眞耶は心を鬼にして永一を部屋から出そうとした。
「永一兄はん、いつまで悩んでいるんですか? 掃除と洗濯の邪魔ですから散歩に行ってください。今、着ている服を全部剥かれ、裸で外に放り出されたいですか?」
「ま、眞耶君、それはあまりに酷じゃないかな?」
南斗が、かろうじて眞耶の暴走を食い止めた。
「永一兄はん、皆、あなたを心配して忙しい時間を割いて来てくださったんですよ。その厚意を無駄にするつもりですか?」
厚意。
その言葉に、永一の耳はピクリと動いた。
ロボットみたいにぎこちない動きで永一は立ち上がると、身支度を整えようと洗面所に向かったが危ないと南斗が付き添った。
「これ、俺の実家から送られて服だ。今となってはサイズのきつい服だが、きみに合うかもしれないかと思い持ってきた。眞耶君があの調子では、嫌でも外に出るしかなさそうだな? 永一君」
「そうですね‥‥。服‥‥お借りします‥‥」
力無く礼を言うと、永一は南斗が差し出した服に着替え終えると髭を剃り、髪を梳き始めた。
「うん、身奇麗になったな。皆が待ってるぞ、行こう」
●永一を外出させよう
「まだやつれているようですが、先程より身なりがキチンとしていますね」
見違えるようです、と安心したネイス。
「櫻杜さんが掃除をしている間、ネイスさんの用事に付き合ってくれませんか? 今日は天気が良いですし、気分転換になりますよ。俺も付き合います」
掃除の邪魔にならないよう、永一の手を取り外に連れ出そうとする建。
嫌がられるかと思ったが、永一は力なく頷き素直に従った。
「ネイスさん、申さんの外出エスコートはお任せしますね。建さんも言いましたが、気分転換しましょう」
用事が済んでからですけど、と付け加えて明るく振舞う黎紀。
「では、私はその間に掃除をすませます」
「俺は、盟子さんの手伝いがあるんで付き合えない。悪いな」
眞耶は掃除にとりかかるため掃除用具を用意し、南斗は盟子と共に食堂に向かった。
●永一の部屋を綺麗にしよう
「では、始めましょうか」
永一を外に連れ出すことが成功したので、眞耶は張り切って部屋の掃除、衣服や下着類、ベットシーツを洗濯することに。
「まずは掃除からです!」
カンパネラ学園の寮は個室、相部屋、大部屋まで様々あるが、永一は個室を使用。
彼が日本にいた時の1DKアパートに比べると、内装はかなり綺麗で、最低限の家具、トイレ、シャワー、キッチン、エアコン等、各部屋に完備されている。
眞耶が念入りに掃除したのは、キッチンの流しの水周り。その後、机の側に散らばっている書類を集め、内容別に分別して纏め、ベッドの側に散らばっている専門書等は本棚に戻した。その後、床の掃除、窓拭き等、徹底的に掃除をし始めた。
その間、洗濯機はフル稼働中。白物、色物と分けたので2度回した。
掃除終了後、洗濯物を乾燥機の中に入れ乾かし、乾いた洗濯物は丁寧に畳み、タンスの中に仕舞いこんだ。
●永一に食べてもらいたい料理作り
その頃、南斗は厨房の一角を借りて調理開始。
「しかし、この格好はちょっとな‥‥」
盟子の割烹着と三角巾を借りたのは良いが、ブカブカなうえ、丈が短い。それでも衛生上、着用しなければならないのが辛い。
サムゲタンの材料である若鶏一羽(丸ごと)、もち米、干しナツメ、クコの実、松の実、調味料、香辛料等は南斗が用意したものだ。年末だからということもあり、材料は揃えやすかったようで。
「肝心の薬用人参がないが、ま、いいか。ゴボウで代用できるが、味と栄養がな‥‥。ラスト・ホープに来た時に持ってきた人参茶が残ってたっけ。これを使うか」
それを入れていいんですか!? 滋養強壮にはなりそうですが‥‥。
あらかじめ良くといだ後、水に浸したもち米をざるに上げて水気を切り、鶏を腹の中の内臓、血が残らないように冷水で洗った。
「後は、鶏の中にもち米、ナツメ、クコの実、松の実を詰めるだけ‥‥と。あ、鶏の足に切れ目入れて固定しておかないとな」
前日のうちに作っておいた煮汁を鍋に入れ、3時間くらい煮込めば完成。人参茶は吉と出るか凶と出るかが問題ではある。
「南斗兄はん、料理の進行状況はいかがですか?」
掃除と洗濯を済ませた眞耶が、進行状況を尋ねた。彼女も、盟子に頼んで調理場の一角を借りて何かを作ることになっている。
「後は、アク取りしながら煮込むだけだ。きみは何を作るんだ?」
「私ですか? 豚肉(と称した猪肉)の味噌漬け、木の芽田楽を作ります。盟子はん、これ、永一兄はんが食欲無い時に作ってください」
そう言うと、トマトうどんのレシピのメモを手渡した。
眞耶は、手際良く味噌漬けと木の芽田楽を作り始めた。
南斗のサムゲタンは、じっくり煮込まなければならないので日暮れ頃にならないと完成しないだろう。
●気分転換にと永一を外出させた
「用というのは、学園案内だったのか。俺が寮の敷地内から出られないことを知らなかったのか? 知っていて連れ出したのなら、俺は部屋に帰らせてもらう」
ネイスの用事とは学園案内だったのだが、この口実はまずかったようで‥‥。
「寮の敷地から出られないことを知らず、学園を案内してほしいと言ったことはお詫びします。でも、外の空気は気持ち良いでしょう?」
穏やかに微笑むネイスに「そうだな‥‥」と目を伏せて言う永一。
「飲み物買ってきました〜。申さんはブラックコーヒーでしたよね?」
「ありがとう‥‥」
缶コーヒーの熱さより、手渡してくれた黎紀の手のほうが熱いと感じた永一は、少しずつ目に光を取り戻しつつあった。
「ネイスさんはカフェオレですね。私はココアで、建さんはストレートティーです」
「秋ですけど、天気が良いので温かい飲み物と太陽の光で身体が温まりそうですね。そう思いませんか?」
建の問いに、コクンと頷く永一。
各飲み物を飲み干した後、ネイスは空き缶を捨てに行くと場を離れた。
「申さん、相当悩んでいるようですね。何があったんですか?」
永一は何も言わなかったが、建は話を続けた。
「研究者を辞め、エミタを除去して能力者を辞めるとお考えですか? それを曲げる気はまったく無いのですか?」
その言葉は図星だったのか、永一は突然すっくと立ち上がって寮に戻ろうとしたが、建に腕を掴まれた。
「能力者になることは、ご自分で決めたことではないのですか? 真面目なあなたには考えを曲げることはできないと俺は思います。もう一度、冷静になって考え直してみてください」
「あなたが能力者になった理由は何ですか? 大切な人の敵討ちのためですか? バグアやキメラと戦いたいからですか? それともうひとつ、学園を辞め、エミタ除去手術を受けて一般人に戻ろうと考えているのではないですか? 私には、理由はわかりませんが」
俯いたかと思うと顔を上げ、真剣な表情で黎紀は話を続けた。
「そうすると、永一さんが得るものがあれば、失うものもあるので後悔の念に苛まれることでしょう。大金を払えばエミタ摘出は簡単ですが、それは同時に取り返しのつかないことになるかもしれません。あなたが能力者を辞めたら、肩を並べて戦うこともありませんし、親しくなった人と会う機会が少なくなるだけでなく、絆を失うことにもなるのですよ?」
建と黎紀の話を聞くと、誰かが自分のことを吹聴したような内容であることに気づいた永一。
「きみ達、誰に頼まれて俺を説得しているんだ?」
「永一さんを心配している方、としか言えません。誰かは、あなた自身ご存知のはず。話は変わりますが、私が以前関わった依頼でまだ10代前半の少年にエミタ摘出をするかどうか判断させたことがありました。その子は悩みつつも、自分で選びました。逃げずに重いものを背負うことを」
黎紀の話を聞き終えると、自分は子供以下だと自嘲したする永一は、冷えてきたから食堂で温かいものを飲み直そうと2人に声をかけた。それと同時に、ネイス合流。
●思いが詰まった料理を召し上がれ
永一達が食堂に着くと、何やら良い匂いが漂ってきた。
「この匂いは‥‥」
永一は盟子に何を作っているのか訊ねようとカウンターに向かったが、その向こう側には南斗と眞耶がいた。
「スゴヘッソヨ」
母国語で「ご苦労様」と永一を労う南斗に、永一は懐かしさを感じた。
「今、サムゲタンが出来たところだ。丁度良いタイミングで来てくれたな。仕込みは俺がしたんだが、味付けは櫻杜さんがしたから味は保障できるぞ?」
「南斗兄はん、恥ずかしいです」
「皆〜南斗君が作ったサムゲタンを食べましょう〜」
鶏だが、盟子が南斗に教わりながら、箸とスプーンを使って若鶏を崩してから、受け皿に移したものを用意。韓国の食堂ではサムゲタンを食べる時、取り皿が用意されていない場合があるので、テーブルに壷のような形をした容器が置いてあるのでそれに骨を捨ることになっている。壷は丼を代用。
「これで、少しは韓国の雰囲気が出ただろう? さあ、食べようか」
美味しいものは、盟子を含めた皆で一緒に食べるのが一番だ。
「アジュ‥‥マシッソヨ‥‥(とても‥‥美味しい‥‥)」
思わず母国語でそう呟く永一。本人は気づいていないが、涙を流していた。
食後、女性陣とネイスは盟子と共に後片付けを始めた。
「俺は故郷に娘がいるけど、子供は親の宝で、希望で、命なんだ。娘には、元気で生きていて欲しい。それだけが、父親としての俺の願いなんだ。きみの願いは何だ?」
「俺の‥‥願い‥‥?」
そのようなことを、永一は考えたことがなかった。
能力者になったのは両親の敵討ちのためであり、研究者としての道を選んだのは未知なる学問を追及したいため、というのが理由だ。それ以上の理由は無い。
「俺は、慰め下手なので何も言いません。申さんが再び元気を取り戻し、以前のように研究に専念できるのを祈ってます」
南斗の隣の席に座っている建は、自分なりに励ました。
盟子に「言いたいことは、はっきりと言いなさ〜い」と言われ、後片付けを中断して来た眞耶も、永一に思いを伝えた。
「これ、私が作ったナムルと佃煮です。少しずつ食べて、故郷を思い出してください。私が何も言わなくても、結果は出たはずです。答えは‥‥見つかったでしょう?」
「ああ、見つかったよ。俺はこれまで通りここで研究を続けるし、能力者も辞めない。迷惑かけてすまない」
申し訳ないと、それぞれ帰路につく聴講生達に永一は詫びた。
心の中で「カムサハムニダ(ありがとう)」と感謝しつつ。