●リプレイ本文
●相談者達
シェリル・クレメンスから状況を聞いた能力者8名は、日本人メジャーリーガー高場昇のマンションを訪れた。
「能力者の皆さんですね、お待ちしてました。どうぞ」
高場の表情はマウンドに立っているときと何ら変わりないように見えるが、目の下にくまができている。相当悩んでいる証拠だろう。
最初に高場宅にお邪魔したのは、人数分のビールを持ってきた黒川丈一朗(
ga0776)だった。元プロボクサーである彼は、かつての自分と高場を重ね合わせてこの依頼を引き受けた。
「ここでの会話は、UPCにはオフレコにしよう。報告書はヤバいと思ったら適当に誤魔化すさ」
「丈一郎君、それで良いのかい?」
UPC軍服を身に纏った緑川安則(
ga4773)に対し「バレなきゃ大丈夫だ」と即答する丈一郎。
「カウンセリングなお仕事ですね〜」
精神病院勤務という経歴の持ち主である佐伽羅 黎紀(
ga8601)は、傭兵時代以前の仕事ができると張り切っている。
「ここで立ち話するのも何だから、高場さんのお言葉に甘えてお邪魔しましょう」
高場に友達と同じような後悔をして欲しくないので依頼に参加したフィオナ・フレーバー(
gb0176)が、上がろうと言い出す。
「台所借ります〜。お酒を飲むにはおつまみがいるでしょうから作りますね〜。あ、その前に材料を買ってきます〜」
「マンションの近くにコンビニがありますから、そこにあるもので構いませんよ」
高場はそう言うが、黎紀は「手作りが一番です〜」とコンビニに買出しに行った。
●夢追い人への言葉
「今まで自分の人生を賭けていたもの、その目標にいざ到達しようとする際に降って湧いた能力者の資質の認定。さぞ、混乱していると思う。どちらを選ぶにしても、生半可の気持ちで決めて欲しくない」
榊兵衛(
ga0388)は、自分なりの言葉で高場と話してみることに。
「夢追い人は眩しいのう‥‥」
オブライエン(
ga9542)は、夢を追う高場が眩しく見えたのでそう言ったのだろう。
「夢を追うか、夢を捨てるか。つらい選択じゃろう。ひとつ聞きたいんじゃが、お前さんは何のために戦っておるんじゃろう?」
「何のために‥‥ですか?」
その言葉に、高場は一瞬躊躇った。
ここまで努力してきたのは、子供の頃からの夢だったメジャーのマウンドに立つだめだ。体力が限界に達しても、血豆ができても一日たりとも練習を欠かさなかったのは、夢のためだ。高場にとっての『夢』は、自分自身との戦いであった。
「おかしな質問じゃないじゃろう? マウンドの上に立つお前さんは戦士じゃ。わしら能力者達と変わらん。ただバットが剣に、ボールが銃になるくらいじゃ。戦う相手も違うがな」
マウンドであろうと、バグア、キメラの決戦地であろうとオブライエンが言うように戦場に変わりなく、そこにいるのは誰であろうと戦士である。
「わしがの戦う理由か? そんなもんは忘れてしもうたわ、と言うのは冗談じゃよ。こんなわしにも、守るもんがひとつ一つくらいはあってもええじゃろう? ここにいる皆そうじゃ。何かひとつはあるんじゃよ、戦う理由が‥‥。お前さんはどうかのう?」
「俺は‥‥メジャーのマウンドに立ち続けるべきか、傭兵となり平和を守るべきか迷っています‥‥」
高場の表情が苦悩に満ちているのを察知したオブライエンは、今すぐ決めんでもええことじゃと励ました。
「どちらを選ぶかはお前さんの自由じゃが、後悔のない選択をしてほしい。自分が今一番したいことをすればそれでええんじゃ」
高場の肩にそっと手を置き、子供を宥めるように説得するオブライエン。
「俺は古槍術の継承者だが、メジャーリーガーになると言うことが、どれほど大変かは部外者だが分かるつもりだ。恵まれた才能を日々の努力で必死に磨き続け、やっと到達出来る高みだと言うことぐらいはな。それをご破算にするような事は、お前さんにとっても到底許容しがたい事実だという事も分かる。俺個人としては、お前さんにそのまま野球を続けていって欲しいと思っている。こんなご時世だ。少年達に夢を見させる存在があっても良いと思うしな。ただ、覚えていて欲しいこともある。お前さんが安心して野球の出来る環境、それを購うために多くの名もなき兵士、多くの能力者達が血と汗を流している事をな。そして、夢を諦めなくてはならなかった傭兵が数多く存在しているという事をな」
兵衛の説得は、高場の心に重くのしかかった。それだけ、傭兵になるという決断が並大抵のものではないと知ったからだ。
「28歳か。アスリートとしては若くないから、今がラストチャンスかもな。もちろん、メジャーリーガーとしてプレイするチャンスという意味もある。俺も昔はボクシングをやっていて、リングに立ってチャンピオンを目指していたからおまえの気持ちはわかる」
本心ではメジャーでプレイして欲しいと思っている丈一郎だったが、そのために戦いを避けてゲームを続ける理由、覚悟が必要なことを誰よりも理解している。
「俺は傭兵になるまではボクシングのリングに上がっていたが、生まれ故郷がバグアに占領された事で、自分には拳以外の取り柄は無いことを知り傭兵になった。だが、お前のファンはお前の決定を受け入れて、ファンで居続けてくれるだろうか? あとはお前自身の覚悟。それが問題だ」
丈一郎の身の上を知った高場は、自分も同じ立場だったら傭兵になっただろうかと深刻に考えた。
●傭兵としての意見
銀龍(
ga9950)は記憶が無く能力者になって日も浅い故、現状説明しても説得力が無いいので高場の話を聞くことにしたが、高場が口を開かないので質問することに。
「高場昇は、能力者をどう思っている? これは高場昇にとっては他人事じゃない」
「銀龍の言うとおりだ。私は戦闘集団零→∞駐屯地の緑川安則だ。今回は能力者と世界情勢について説明する」
UPC軍服、胸に3つの従軍徽章をつけて歴戦の勇士を演出している安則は、能力者が何故必要なのかを話し始めた。
「能力者が必要なのは、バグアとキメラは一般人でも倒せなくはないが、効率が悪すぎるからだ。キメラにはフォースフィールドという特殊防御フィールドを持つから、攻撃は軽減されるからだ。例を挙げれば、最弱のスライム数匹を倒すために絨毯爆撃と戦車隊で砲撃、街を壊滅させる覚悟が必要かな?」
「それはやりすぎでしょう」
高場の意見に「そのとおりだ」と言う安則。
「そのフィールドを無力化するのがエミタだ。SES搭載の武器をもってエミタを発動すればフィールドは無力化、普通に攻撃できるわけだ。それと、高場君の故郷である日本も平和じゃないことはわかっているはず。銀河重工などの高レベルの技術力が狙われているし、九州、沖縄、北海道、東京が制圧され敵のエース機、黒い悪魔シェイドも確認されているので決戦は近いかもな」
高場の故郷は臨時首都・大阪だが、その近辺が危機に瀕していることは理解できている。
「はっきり言って軍としては能力者が欲しいのは事実だが、無理に戦えとは強制できない。我々は軍人じゃない、傭兵だ。傭兵は好きなように戦うことができる。あえていえば、メジャーのマウンドに立つことで皆の夢と希望の象徴になっている高場君のようなものだ。『夢と希望の象徴』になってみるっていうのはどうだ? 最終的に決めるのはお前さん自身だが。それに、極端に言えばメジャーで戦えなくなってから能力者になるというのも悪くないんじゃないか? 適正は無くなるわけじゃないし」
「銀龍もそう思うけど、メジャーリーガーを続けたとしても、それで家族や友人がバグアやキメラに襲われたとしてもメジャーリーガーを続けられるか? 能力者になる適正があるのにならなかったら一番後悔する事はこれじゃないかな。仮に能力者になったとする。二度とボールやバットに触れなくても後悔しないか? 能力者になって、戦いが終わってから再びメジャーに復帰するという道があるのは知ってる。でも、戦いで散ればそれは無理。だから、良く考えて欲しい」
銀龍が意見を言い終えた後、黙っていたフィオナが口を開いた。
「高場さん、私の友達の話をします。友達‥‥彼がどういう経緯で能力者となり、なぜ後悔してるのかを。彼も高場さん同様、夢を追い続けていましたが‥‥エミタ適合者であることがわかり、悩みに悩んだ末、能力者になる道を選びました。そのことを‥‥彼は後悔しています。昔から思い続けていた夢が重くのしかかってきて、もう後戻りできないことを痛感させると言って‥‥。私は、誰もが当たり前のように夢を追っていける世界を守るために戦っています。私は、高場さんがメジャーリーガーだからメジャーを続けてといってるわけではありません。夢を追い求める一人として、夢を叶えてもらいたいから応援するんです。安則さんが仰るように兵力が不足しているのは事実ですが、だからといって一人でも多くの能力者が欲しいという事実は否定しません。ですが、先程から聞いてもらっているように、エミタの適正があるから無理にでも夢を諦めて傭兵になる、という選択をしないでくださいね」
フィオナは、できれば高場には子供の頃から思い描いていた夢を実現させ、こんな世の中であっても夢が掴めるということを自分達に見せて欲しいと願っている。
それこそが、能力者や戦うすべがない一般人達の喜びなのだから。
●元専門家の意見
フィオナの話が終わると同時に、コンビニに買出しに行っていた黎紀が帰ってきた。
「ただいま帰りました〜」
「重たかったやろ? わしも運ぶの手伝うわ」
黎紀を出迎えた佐伯(
ga5657)が、荷物を半分持ち「台所どこ?」と高場に尋ねた。
「こちらです、どうぞ」
高場の案内で、二人はキッチンに向かった。
「佐伯さん、ありがとうございます〜。おつまみ作りは私がしますので、高場さんと話てください〜」
「ほな、そうさせてもらいますわ」
黎紀がつまみを作っている間、佐伯は自分なりの説得を始めた。
「今回の依頼は、きみの人生に大きく関わる依頼や。ワシは少しの間、メジャーで活躍してもらった後、能力者になって一緒に戦いたいと願っとる。大きな夢が叶う直前で知らされたエミタの適正できみが能力者になっても、踏ん切りが直ぐにつかん思うねん。そんな状況下で戦地へ赴くことは危険や。そないなことじゃ、被害はきみ一人では収まらん、周囲にいる仲間も被害を受ける。今すぐ答えを出すことは難しいから、ワシはきみに踏ん切りつけるための猶予時間を与えたい思う。5年間だけプレーする、ワールドチャンピオン等の名誉や称号を獲得するまで続けるんでもええ」
佐伯が一息つくと同時に、丈一郎が「ビール飲んで落ち着け」とビールを注いだコップを差し出した。
「おおきに」
一気に飲み干すと、佐伯は説得を続けた。
「『花は桜木、人は武士、柱は檜、魚は鯛、小袖はもみぢ、花はみよしの』っちゅう言葉があんねん。せやから、きみには『サムライ・ピッチャー』名に恥じない美しい散り際を見せて欲しいんや」
最終的には、メジャーリーガーを続けて欲しいというのが佐伯の意見だった。
「お待たせしました〜」
つまみを作り終えた黎紀が、それらを皿に盛ってリビングに運んできた。
「あ、手伝います」
「高場さんは座っていてください〜。私一人で運べますから〜」
お前さん、話を聞きっぱなしで疲れただろう? と、兵衛が高場にグラスを差し出し、ビールを注ぎ始めた。未成年であるフィオナは、高場宅の冷蔵庫にあるオレンジジュースを飲んでいる。
「皆さん、あらから話し終わったようですね〜。後は私だけですか〜」
ビールを一口飲んだ後、黎紀の説得が始まったが、間延びした口調ではなかった。
「私は適正者=能力者となってバグアと戦うのが義務、な図式は嫌いです。それは人身御供と代わりありませんし、人生の墓場のような響きも嫌です。覚悟は要りません、私は意志を持って戦う者を戦友としたいです。帰り道、公園で野球をしている子供達を見かけました。今もまだいるかもしれません。私が言うことは何もありません。公園で野球をしている子供達に会い、その子達の意見を聞いてください。中には、高場さんのファンの子がいるでしょう」
黎紀は、高場のマンションに戻る前に子供達に事情を伏せ、高場が悩んでいて元気が無いから、きみ達の元気と勇気を分けて欲しいと頼んだのだった。
「その子達‥‥今もいますか?」
「いると思いますよ。行ってみてはどうでしょう?」
他の能力者も行くべきだと言うので、高場は公園に向かった。
●希望の架け橋
高場が公園に向かうと、野球をしている子供達はまだいた。
「あ、タカバだ!」
高場に気づいた少年の一人が駆け寄ると、他の子供達も駆けつけてきた。
「ノボル、メジャーリーガー辞めないよね?」
「辞めちゃやだ! タカバは僕の目標なんだ!」
「俺、タカバがいない試合なんてつまんねーから見ない!」
次々と思いを口にする子供達に、高場は感激して泣きそうになったが堪えた。
「大丈夫、俺はメジャーを辞めない。約束するよ」
そう言うと、高場は「約束だ」と子供達一人ずつと握手した。
帰宅した高場を、傭兵達は優しく出迎えてくれた。
「サムライ・ピッチャー。お前さんにその気があるのなら、いつか俺たちの仲間に加わる事を考えてはくれないか? 覚悟が出来たなら、俺たちはいつでも歓迎する」
「あとは、お前とお前のファンと‥‥お互いがその理由に納得できるかどうかだな。それが問題だが、俺達がどうしろと言えることでも無い。傭兵になるのは覚悟が要るぞ? どっちにしてもな」
「もし、もし‥‥ですよ? 高場さんが誰かの夢を応援したいと思った時は‥‥いつでも歓迎します。一緒に戦いましょう」
高場が傭兵になるなら、仲間として迎え入れることにした兵衛、丈一郎、右手を差し伸べるフィオナ。
「最後になるが、わしからの頼みじゃ。お前さんがメジャーリーガーを続けるか能力者になるか、それはお前さんに任せる。じゃが、夢だけは忘れんといてくれ」
どちらを選ぶにしても後悔だけはするな、という言葉で説得を終えるオブライエン。
「銀龍には記憶が無い。だから選べる道も少なかった。それでも能力者になる事を決めたのは自分。たとえ非難されても、笑われても後悔しない。銀龍の未来は、銀龍が決める。高場昇の未来を決められるのは高場昇だけだぞ?」
自分で道を選べという銀龍の説得。
最終的にどうなったかというと、高場昇はメジャーの道を選んだ。
数日後、説得した能力者達とシェリル・クレメンスの元にメジャーのチケットが高場から送られた。内野席最前列という最高の席だ。
能力者達は、そこから高場がマウンドに立つ雄姿を見ていた。
高場昇は、これからも人々に夢と希望を与える存在となるだろう‥‥。