●リプレイ本文
●避難経路
能力者達が最初に話し合ったのは、ロサンゼルス在住の日本人カウンセラー、碓井梓紗をどう避難させるかだ。
陸路にするか、空路にするか。それにより、ルートがかなり異なる。
「俺達を移動させる際に使うUPC高速艇を利用できればいいのだが‥‥」
梓紗をサングランシスコに護送するには、これが最善手段になると思いついた白鐘剣一郎(
ga0184)の意見に反論する者はいなかった。
「俺、これから無線を借りにUPC本部の受付に行くんだけど、あんたも来るかい?」
直接聞いたほうが早いんじゃないか、という真田 一(
ga0039)の言葉に納得した剣一郎は、彼とUPC本部に向かった。
「今回、俺達が受けた依頼で高速艇を利用したいのですが可能でしょうか?」
剣一郎が訊ねた件に関してだが、職員が上層部に問い合わせたところ「任務遂行目的であれば利用可能」という返答があったので、移動時の高速艇を待機させることに。
職員は、そのことを当日高速艇を操縦するパイロットに無線で伝達した。
隣の窓口で人数分の無線を受け取った一は、やったじゃん! と素直に喜んだ。
「俺達が『ラスト・ホープ』に戻る途中で彼女を目的地に送る。効率は悪くないだろう」
「同感だね」
仲間に無線を手渡しながら、一と剣一郎は梓紗を高速艇でサンフランシスコまで避難させる旨を説明した。
「手段はそれで構わん。アズサママ‥‥か。この任務、失敗する訳にはいかないな」
幼い頃、バグアの侵略により家族を失った伊河 凛(
ga3175)は、梓紗のことを誰よりも心配しているので、依頼遂行意欲に燃えている。血の繋がりが無くとも、依頼人である孤児達と梓紗には実の親子以上に強い絆があるので尚更だ。
「親を亡くした孤児達にとって、母親代わりな碓井梓紗は大切な存在だろう」
だからこそ、孤児達は自分の身より梓紗の安全が大切だと思う花柳 龍太(
ga3540)。
「こんなご時勢だからこそ、碓井梓紗のような人物が必要だ。必ず避難させよう」
月影・透夜(
ga1806)も凛、龍太同様の思いを抱き、この依頼を引き受けたのだろう。
●梓紗を説得
能力者が碓井邸に着いた頃には、すっかり日が暮れていた。
高速艇から降りると、彼らは早速、それぞれの行動に取り掛かることに。
「皆さん、無事任務遂行することを期待してますよ」
梓紗を連れてくるまで高速艇は待機状態となるので、健闘を祈った操縦士はキメラに注意しなければならないので、暇を持て余す余裕など無いだろう。
梓紗護衛担当の能力者達は、碓井宅を訪ねた。
チャイムを鳴らした後、少しして梓紗が来た。
「碓井梓紗さん‥‥ですね? 俺達は、UPCからの依頼で、あなたを安全地域に避難させるために来た者です」
穏やかな微笑を浮かべ、丁寧に対応する鷹代 朋(
ga1602)。
「依頼‥‥?」
何も知らない梓紗は、この人は何を言っているの? と不思議がっていたところ、孤児のひとりが梓紗の元に駆け寄って来た。
孤児は、朋が依頼を引き受けてくれた能力者だと感じ取ったのか、他の孤児達にこのことを知らせるため、梓紗の側を離れた。
「一体、何のことでしょうか?」
孤児達と孤児院院長の依頼、と朋が説明しかけた時、梓紗が面倒を見ている孤児達が嬉しそうな顔で玄関先にやって来た。彼らが依頼を引き受けてくれた能力者とわかっていたからだ。
「ハッピーハロウィーン♪ カボチャ博士が助けに来たんだよねェー。大丈夫だよー、アズサママは死なせやしないさー♪」
紅一点の獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)はグッドタイミング! といわんばかりにハロウィンメットを被り、孤児達を安心させるためおどけてみせた。
「突然のことで驚かれたことと思いますが、あなたを護衛することが俺達の任務なんです。詳しいことは、これからご説明します。お宅にお邪魔しても宜しいでしょうか?」
更に説得する朋に、話だけでも聞くことにした梓紗は、三人を自宅に招き入れた。
「‥‥わかりました。皆、ママはこれからお客様とお話するからいい子にしていてね」
はーい! と元気良く返事すると、子供達は居間に向かって走り出した。
能力者達は、客間兼院長室で梓紗に事のあらましを説明した。
「あなたを避難させるよう依頼したのは、あなたをママと慕っている子供達とレヴィン院長です。ここに住む皆さんを心配しているのはわかりますが‥‥本当に大事に思っているのなら、依頼人の気持ちを酌んであげてください。あなたを失うことで、子供達は支えを失うことになるのですよ」
依頼人の気持ちを代弁するかのように、朋は梓紗に言う。
「梓紗さん、いえ、敬意を込めてママさんと呼ばせて頂きます。あなたここに留まって市民に奉仕する事は大変立派な事です。感服致します。しかし、ここは理不尽な力に抗えない者が生き延びられる場所では無いのです」
使い慣れない敬語で話すグナイゼナウ。
「獄門達が来た時の子供達の顔、ご覧になったでしょう? どんな顔をしていましたか?」
そう問われた梓紗は、彼らが訪ねた時、孤児達が皆嬉しそうな顔をしていたのを思い出した。
「子供達の想いを無為に帰する事を、あなたは決して望まないはず。人の心を癒し、救うあなたは、今回の件、拒めないはずです」
敬語で話すのって疲れるんだよねェー、と心の中で思いつつ、グナイゼナウは説得を続ける。
「俺は‥‥おまえも、子供達も守る。‥‥その為に俺達がいる」
自分に言い聞かせるように、力強く説得する凛。
能力者達の説明を聞いた梓紗は、孤児達と院長の気持ちが良くわかった。
「あなた達が仰ることはわかりました。ですが‥‥私がここを離れたら、誰が子供達や市民の心のケアをするのですか? この街には、カウンセラーは私しかいないのです」
だから、危険な状況であろうとここを離れるわけにはいきませんと依頼を拒む梓紗。
「そう来るだろうと思ったさー。依頼が無事終了した暁には、UPC本部に孤児院の子供達をママさんと同じ場所に避難させるよう掛け合ってみようかねー? あくまでも、無事終了したらの話だけど」
堅苦しいから敬語はやめ、と普段の口調に戻したグナイゼナウの計画実施自体は確証出来ないが、彼女の不安を和らげる効果はあると睨んでの説得材料である。
その証拠として、梓紗の表情に躊躇いが生じた。
「そういうが、おまえが死んだら、残された孤児達はどうなる? 親を失った時、いや、それ以上の辛く、悲しい思いをすることになることがわからないのか!」
親を失った身の上である故、つい、叱咤する凛であった。
グリーフに悩む多くの来談者の話を聞いた梓紗は、その一言に目が覚めたような感覚をおぼえた。
「‥‥わかりました。子供達の必死の頼みをきくことにします」
頭を下げ、宜しくお願いしますと能力者に自分を守るよう頼む梓紗を見た朋は、説得に応じてくれて良かったと安心した。
●避難実行
「ママ、無事に避難できるよう神様に祈るからね!」
「お兄ちゃん達、アズサママのこと頼んだよ!」
孤児達に励まされた能力者達は、必ず梓紗を守ると約束した。
「皆‥‥遠く離れていても、私はあなた達のママだからね‥‥」
別れを惜しんだ梓紗は、涙を流しながら孤児を一人ずつ優しく抱き締めて言った。
玄関から梓紗が出てきた頃合を見計らい、剣一郎と龍太が合流した。
「初めまして、梓紗さん。俺は白鐘剣一郎。宜しく頼む」
「花柳 龍太だ。宜しくな」
二人に挨拶を済ませた梓紗は、振り向くことなく高速艇に向かった。
「梓紗保護成功‥‥ってとこか?」
碓井邸から少し離れた場所でその様子を見ながら、戦闘態勢を整えている一が言う。
透夜、壁(
ga0285)の二人も、それを見て作戦第一段階成功を確認。
「今のところ、キメラはいないようだな。ドーベルマンに似たタイプらしいが、そのままでも殺傷力はあるだろう。チンピラも出るそうだが、それよりはキメラ退治が優先だろう」
透夜の言葉に、壁は黙って頷いた。寡黙な彼なりの同意表現だ。
(「自分もグリーフとかいうやつかもしれないからこそ、アズサ殿のような人が必要とされているのだろうな‥‥。だからこそ、自分は誰かを守る『壁』となるべきだ」)
誰にも悟られぬよう心の中で決意を口にする壁だったが、近くで犬の唸り声のようなものを聞き取った。
「‥‥何か来る」
壁の言葉に、能力者達は一斉に身構えた。
●防衛決行!
空き家である庭から、ゆっくりと姿を現したのは‥‥三つ首のドーベルマンキメラだった。
「ドーベルマンで、しかもケルベロスタイプとは‥‥。ただでさえ獰猛で殺傷能力が高いのに‥‥厄介だな」
剣一郎がいうように、ドーベルマンは素でもかなりの殺傷能力がある。
それが、神話上の地獄の番犬ケルベロスのような外見となり、鞭のようにしなやかかつ、長い尻尾なので尚更だ。牙や爪による攻撃だけでなく、尻尾による叩きつけ攻撃、締め付けによる捕縛も可能となるので、下手をすれば、キメラの一撃が致命傷になりかねないので能力者達は一瞬でも気を緩めることが出来ない状況に立たされている。
「首が三つもあるんじゃ、キメラが多数いるように見えても仕方ないか」
やれやれ‥‥と肩を竦めて呆れる一。
「皆ーキメラをママさんに近づけないでねェー。ママさんは獄門達が守るからー!」
「皆さんがケリをつける間、俺達が梓紗さんを守ります!」
自ら盾となり、高速艇に向かう梓紗をキメラから守ろうとする朋とグナイゼナウ。
「後方援護は、俺に任せろ。二人共、早く行け!」
キメラ接近に備え、小銃「スコーピオン」を構える凛に援護を任せることに。
ちょっと待ってくれ、と透夜が梓紗の元に駆け寄った。
「梓紗、あなたは、孤児達にとってかけがえのない存在だが、サンフランシスコでもあなたを必要とする人達がいる。ここにいるキメラは俺たちが必ず片付け、梓紗を安全な場所に避難できるよう手を尽くす。俺が言いたいのはそれだけだ」
これで心残りはない、といった表情で、透夜はキメラと対峙する剣一郎達のところに戻った。
「基本的にはこちらに引き付けて倒す前提で、少しずつ攻撃するしかないようだな」
「異義無し! 壁、月影、花柳、あんたらも同感だろう?」
一の言葉に頷く壁。
「俺も同感だ。動きが素早かろうとも、行動範囲を絞ればどうとでもなる」
透夜はロングスピアを構え、隙を突いて貫くのみの体勢を取り、龍太は、深追いせず、迎撃するように戦えるようソードを構えている。
能力者達、キメラ共に互いの行動を思考しているのか、一向に動く気配が無い。
「‥‥これじゃ、キリがない」
そう呟いた一に、キメラの尻尾が素早く唸り、叩きつけか締め付けを仕掛けようとしたが、即座に壁が動き、ツーハンドソードで尻尾を切断すると同時にキメラに体当たりし、動きを止めた。
「うおおおおお!!」
壁が強い力でツーハンドソードを突き刺し、キメラの動きを食い止めた。
「皆、壁が動きを食い止めている間に一斉攻撃だ!」
剣一郎の言葉を合図に、一、透夜、龍太は反撃開始!
「月影、いくぜ!」
「ああ!」
一が刀で三つ首の喉元を連続斬りし、透夜のロングスピアはキメラの胴体を一気に貫こうとしたが、皮が硬めなのか、掠り傷、軽い突き傷程度のダメージでしか与えられなかった。
「今は壁が動きを止めているが、そう長くは持たないだろう。足にダメージを与えられれば、少しは動きが鈍きなるのだが‥‥」
龍太がそれを口にしたと同時に、キメラの四肢に銃撃が。
「先程見た動きは速かったが、俺程じゃないな。いや‥‥俺以下か?」
スコーピオンで牽制しつつ、間合いを詰めて更に援護攻撃する凛がキメラを挑発する。
四肢を攻撃されたことでキメラは怒り狂い、必死に壁を振り払おうとしている。
「俺達を舐めるな! おまえの動きは完全に見切った!」
一と透夜の連携攻撃を見ていた剣一郎は、キメラの行動パターンを完全把握。蛍火を手にすると豪快に振り、キメラの首ひとつを刎ねた。
「壁、もうちょい堪えてくれ!」
一の声に応えるかのように、壁はキメラを抑えつける力を強めた。
一は、器用に死角を狙いながら確実に残りの眉間に刀を突き刺し、透夜は下腹部付近に接近し、気合を込め、ロングスピアを突き刺し、龍太は二人を守るように迎撃。
苦戦したものの、ケルベロス型キメラ撃退に成功したかに見えたが‥‥キメラはまだ生きていた。
よろめきながらも、キメラは梓紗に近づこうとしたが
「お前の血なんかで、梓紗さんを汚させはしない!!」
朋のファングが止めを刺したことで、キメラは倒れた。
●また会おう
碓井家周辺を徘徊していたキメラを撃退したことで、ひとつではあるが不安要素は取り除かれた。
「キメラはぶっ倒したけど、チンピラにも注意しないといけないな」
一が心配するが、今のところ街の外には誰もいないので梓紗避難に支障は無い。
「アズサ殿のような人は、他の所でも必要とされています。遠く離れていても、子供達はあんたを心の支えとして生きることでしょう‥‥」
口の悪さを自覚している壁は、不器用ながらも自分の言いたいことを梓紗に伝えた。
「獄門から聞いたかもしれないが、梓紗が望むなら、サンフランシスコに孤児達の居場所を確保する。その上で彼らを呼べばいいだろう。それが必要なら、今度は君が依頼を出すというのはどうだ?」
微笑を浮かべながら言う剣一郎の提案は、UPCに受け入れられるかどうかはわからないが、反対された場合は、梓紗に関わった能力者全員で頭を下げてでも頼み込むつもりでいる。
「あなたの申し出ですが‥‥考えさせてください。今の私は、新しい地での生活に慣れるのが精一杯だと思いますので」
キメラ撃退を確認し、安全確認した凛と龍太が孤児達を高速艇の前に連れて来た。
「アズサママ、サンフランシスコに行ってもボク達のこと忘れないでね!」
「またママと会えるってこと信じてるから!」
思い思いの別れを告げる子供達の姿は、涙ぐんでいる梓紗の目には滲んで見えた。
「皆‥‥落ち着いたら、一緒に暮らせるようUPCにお願いしてみるからね。それまで、いい子にして待っていてくれる?」
梓紗の約束に、うん! と力強く頷く孤児達。
「その時は、カボチャ博士がお迎えに来るから安心するねェー。約束だよー♪」
グナイゼナウが笑いながら、孤児達を元気付ける。
(「俺達はカボチャ博士の助手になるのか‥‥?」)
そう思う男性能力者一同は、苦笑しながらその様子を見ていた。
孤児達と院長、梓紗を慕う市民達に見送られながら、高速艇は能力者と梓紗を乗せ、サンフランシスコに向かい飛び立った。
「どんなに遠く離れていても、私はアズサママのままよ‥‥」
孤児達は、梓紗のその言葉を胸に秘め、一緒に暮らそうという約束を信じ、強く生きていくことだろう。