●リプレイ本文
●無口なジェフ
高速艇で母子と共にサンフランシスコに向かうのは、ジェフとの面識有無問わず集まった能力者達9名。
目的は、ジェフを日本人カウンセラーの碓井梓紗のところに連れて行くこと。
ジェフが慕っている能力者達が送迎すれば、心が落ち着くのではないかというソウジ・グンベの配慮あってのことだ。
移動中、ジェフが最も慕っている鷹代 朋(
ga1602)がアンナに話しかけた。
「あの時は、すいませんでした‥‥。ジェフ君にキメラを会わせてはいけないとわかっていたのに‥‥。ジェフ君の護衛にあたっていた俺の配慮が足りませんでした‥‥。だから‥‥必ず、以前のジェフ君に戻ってくれるように‥‥できる限りのことをします」
朋は、深刻な表情でかなり悔やんでいた。
(「やるべきことがやったが、単に、ジェフ君に自分の考えを押し付けただけかもしれない」)
心の中で、朋は不機嫌そうにひとりごちた。
「やあ、初めまして。僕はグリーンおじさんだよ、宜しくね。お母さん、僕は怪しい者ですが、中身は怪しくないのでご安心を」
翠の肥満(
ga2348)は、二人を安心させようと説明。
彼がこの依頼に参加したのは、報告書で件の依頼を知り、ジェフを少しでも慰めてあげたいと思ったからだ。息抜き感覚の参加だが、いい加減な気持ちではない。
(「ふう‥‥やはりショック大きかったのね? これは厄介だわ‥‥」)
招待客だった神森 静(
ga5165)は、てこずりそうだが、できるところまでやるしかないと色気を含んだいつもの微笑で割り切り、ジェフに挨拶。
「お久し振りね、元気だったかしら? この間より表情暗いけど、大丈夫?」
俯いたままのジェフは、高速艇に乗り込んでからは母親のアンナの傍を離れようとしない。
「今は旅行しているみたいね。お出かけの後、どこか行きたい場所はあるのかしら?」
それにも、ジェフは何も答えない。
(「死か‥‥。明日は我が身かもしれないだけに、身近ではあるんですがね。とりあえず、彼には明るい子に戻っていただかないと」)
翠の肥満同様、報告書を見て今依頼に参加したレールズ(
ga5293)は、それには、ジェフは元気で素直な少年と書いてあったのを思い出すと、ジェフの笑顔を見たいと願った。
「はじめまして、能力者のレールズです。宜しくね」
微笑みながら自己紹介するが無反応。
アンジェリナ(
ga6940)は、離れた位置に座り、静かに過ごしている。
ジェフの身に何が起きたか興味を示していない彼女は、何故、この依頼に参加したのだろう。
龍深城・我斬(
ga8283)は挨拶をする前にジェフの様子を窺うと、かなりの重症だと思った。
(「何事も最初が肝心、明るく話しかけよう」)
ジェフの傍に向かった我斬は、微笑んで挨拶をした。
「ジェフ君だね。俺は龍深城我斬だ、宜しくな」
我斬の挨拶にも無反応なジェフを見て、件の依頼で辛い思いをしたんだなと思った。
死別の辛さを知っている我斬は、悲しみを怒りと使命感に変えラスト・ホープにいるが、彼自身、それが正しいとは思っていない。
幼いジェフには難しいことだが、ミシャの死を受け止めたうえで明るく生きて欲しいと強く願う。
「ジェフ君、こんにちは! 久し振り、元気してた?」
バースデーパーティで知り合ったジェフと仲良くなりたい、というのが参加動機の柊 理(
ga8731)は、元気良く挨拶。
「アンナさんもお久し振りです。碓井先生の所へ行く間、できる限りジェフ君を元気付けてあげます!」
バグアにより妻子を失ったオブライエン(
ga9542)は、ジェフの笑顔を取り戻してあげたいと思う。
「はじめまして、ジェフ君。みずほは葵瑞穂(
gb0001)だよ〜☆」
初めての依頼の瑞穂はジェフと仲良くなり、以前の明るい笑顔を取り戻ろうと張り切っている。年が近いのですぐ仲良くなれるだろう。
●ジェフに元気を
「ジェフ君、リンゴジュースと牛乳があるけど、どっちがいいかな? おじさんは牛乳を飲むけど」
リンゴジュースと牛乳を差し出しどちらかを選んでね? と明るい口調で言う翠の肥満。
「ジェフ、グリーンおじさんからどちらかもらいなさい」
アンナにそう言われ、リンゴジュースを選んだジェフ。
「‥‥ありがとう」
蚊の鳴くような小さな声だったが、ジェフはお礼を言った。
「お嬢ちゃんもどうだい?」
「ありがとうなの〜☆ みずほ、お菓子持ってきたんだ。ジェフ君、グリーンおじさんからもらったリンゴジュース飲みながら一緒に食べよう。皆も一緒に食べよう」
瑞穂の笑顔に少し癒されたのか、ジェフは少し警戒心を解いたようだ。
瑞穂や能力者達、アンナと一緒にジュースを飲んだり、お菓子を食べたりしているうちに、若干笑顔を取り戻したジェフ。
いつものジェフなら真っ先に朋の傍に向かうだろうが、今回は年齢が近い瑞穂と楽しんでいる。
「子供同士だと、すぐに仲良くなるものじゃのう」
オブライエンは、2人の様子を見て微笑んだ。
●ジェフと遊ぼう
「カードゲームを持ってきたんだけど、他に持ってきた人いるかな?」
朋がそう切り出すと「俺、持ってきてる」と我斬が言い、大勢で遊べるカードゲーム各種を取り出した。
「俺はトランプがいいと思うな。それなら、ジェフ君も楽しめるし」
「私もかな?」
レールズ、静がそう言うと「じゃ、決定」とトランプを器用にシャッフルし出す我斬。
「皆、結構持ち込んでるみたいだな。サンフランシスコまでは、退屈しないで十分遊べそうだね」
遠足みたいだね、と肩をすくめる朋。
「みずほもするの〜。ジェフ君もするの〜」
瑞穂の誘いに戸惑うジェフ。
「ほらほら、男の子だろ? ぐずぐずしない! 一緒に遊ぼう?」
レールズが笑ってジェフの右手を握り締めて誘うと、瑞穂は、左手を取って「遊ぼうなの」と誘う。
2人の笑顔に警戒心が解けたのか、うん、と答えるジェフ。
「皆、考えることは同じだね。ボクもゲームしようと色々持ってきたんだけど、トランプがいいみたいだね。やろう? ジェフ君」
ジェフが参加したことに、誰よりも大喜びの理。
「オブライエンとアンジェリナもどうだい?」
我斬が2人を誘うが、オブライエンは遠慮し、アンジェリナは断ったが、瑞穂に強引に誘われたので渋々参加。
「グリーンおじさんも参加するよ。手加減は抜きだぜ?」
翠の肥満も参加。子供相手に手加減無しとは大人気ない。
「ジェフ君が遊びやすい神経衰弱なんてどうかな?」
高速艇は安定して飛行しているので、それでも構わないだろうと判断した朋はそれに賛成。他の参加者も異議無し。
「神経衰弱やるの〜。ジェフ君が最初でいいかな?」
異議無しだったので、ジェフが最初に。初めから揃ったで、ジェフは少し嬉しそうだった。
「ジェフ君やるぅ!」
「すごいね」
一番慕っている朋に頭を撫でられたことで、ジェフは安心感を得た。
次も当てるぞと張り切っていたが、残念ながらハズレ。
「ジェフ君‥‥ボクからのプレゼント、聴いてくれたかな?」
バースデーパーティでプレゼントしたホープマンCDの話を振った理だったが、ジェフは「‥‥ごめんなさい」と謝った。
「謝らなくてもいいよ。落ち着いたら聞いてね?」
困ったなぁと、理は少し悩んだ。
「仕事とはいえ、これ、難しいんですよね」
ぼやきながらカードをめくるレールズはハズレ。
その後は翠の肥満、朋、瑞穂、理、我斬、アンジェリナの順で行われた。
「‥‥私に何か用か」
神経衰弱の様子をじっと見ているアンジェリナの興味を示したのか、ジェフは自分から彼女の傍へ。自分に興味を示すとはと思いつつ、彼女は少し間を置いて話しかけた。
「‥‥報告によると、能力者の事が好きらしいが‥‥何故そんなに慕う」
「パパが言ってた。能力者は、地球の平和を守る正義の味方だって。僕、正義の味方が大好きなんだ。だから‥‥」
「‥‥だからといって、私を正義の味方扱いするな。中には、私利私欲、自分の欲のために戦う者もいる。‥‥ジェフも、お菓子や玩具が欲しいだろう? 欲しいものを手に入れるためには‥‥何でもするということだ」
ジェフには理解できないだろうが、それに構わずアンジェリナは、自分の番が来るまでジェフの話し相手になった。
「楽しくないか?」
我斬の質問に、首を横に振るジェフ。
「きみの番だよ。さ、いこう。自分だけ世界中の不幸を一身に背負ったような顔をしてちゃ駄目だ。きみは幸せ者なんだよ? 心配しているママや友達、俺達がいるんだからな」
「我斬のお兄ちゃんも、僕のこと心配?」
「ああ」
「ありがとう‥‥」
ジェフは、我斬に抱きついて泣いた。
●ジェフに説明を
トランプを持ってきた我斬が片付け始めた頃、瑞穂がミシャの話を切り出した。
「いつまでも落ち込んでたら、天国に行ったミシャちゃん悲しむと思うなの‥‥。みずほもね、昔飼ってたわんちゃんが天国に行っちゃったなの‥‥。みずほを庇って、車にはねられちゃったなの‥‥。その時はみずほ、ものすごく落ち込んだなの。でも、みずほを助けてくれたパン、あ、わんちゃんの名前‥‥が、天国で見てたら悲しむってパパが言ってくれたなの。そう思ったら、パンのことを想い出にして新しいスタート始めなくちゃって思ったなの。だからジェフ君も元気出すなの!」
「瑞穂ちゃんも、パパに元気もらったんだ」
慰め合う2人の様子を見ていたオブライエンが、ジェフに近づいて尋ねた。
「お前さんにとって、ミシャはどんな存在じゃ? ペットか? 友達か? それとも家族かのう?」
「家族で、お友達‥‥」
「そうか。ジェフ、生きるということは、どういうことかのう?」
首をかしげて考え込むジェフに「わしもわからんのじゃよ」と、オブライエンも困った顔をした。結局、考えても答えは出なかった。
「難しかったのう? 話を変えようか。死は『別れ』と言うが、本当にそうかのう? 肉体とは別れるが、精神、つまり心は違うもんじゃ。死んだもんの心はのう‥‥大切じゃった、大好きじゃったもんの心とひとつになるんじゃ。じゃからジェフ、ミシャの心は、今もお前さんの心の中で生きておる。お前さんとミシャはひとつなんじゃ」
ミシャとの別れを思い出したのか、ジェフは泣いた。
「お前さんが悲しんでおるとミシャも悲しむぞ? 心が重いじゃろう? 辛いじゃろう? そんな思いしておると、ミシャも辛いのじゃぞ? ミシャだけじゃない。お前さんのことを心配しておる母親、お前さんを元気付けるようにわしらに頼んだもん、わしらもじゃ」
本当? と聞くジェフに、ゆっくり頷くオブライエン。
「皆、お前さんのことを心配してくれておる。お前さんは1人じゃない。お前さんが、元気で笑う姿を見たいんじゃ。ミシャもじゃ」
「きみは幸せ者だよ、心配してくれる家族や友達がまだこんなにいるんだからな。俺なんて‥‥」
バグア襲来により、我斬は家族を失ったのでジェフが羨ましかった。
翠の肥満は覚醒すると、手の甲に浮き出た仔猫の影をジェフに見せた。
「僕も猫を飼っているんだ。ほら。名前はMr.ファットキャット。グータラだけど可愛いもんだ。トイレ掃除も餌も必要ないし。僕もコイツとサヨナラしたら、泣くだろうね‥‥とても悲しい。ミシャと一緒だよ? だからといっていつまでも泣いていたら、天国でコイツもミシャもどんな顔をするかな? 皆、いつかはジェフ君とサヨナラするんだよ? サヨナラは嫌だけど、いつまでも泣いていたらもっと嫌になる。だからこそ、少しでも頑張って笑ったほうがいいんじゃないかな? おじさんは泣き虫だから泣いちゃうけど」
ジェフは翠の肥満の影に触ると「グリーンおじさんと一緒にいてね」と囁いた。
「あの日、ミシャに言ってあげたこと覚えてる? ジェフ君がそんなんじゃ、ミシャもゆっくりお昼寝できないんじゃないかな? ミシャを忘れない限り、目を瞑ればいつでも会えるんだよ。オブライエンさんが言うように、きみとミシャはひとつなんだよ?」
理に続いて、レールズも話し始めた。
「死って何だと思う? 俺も正直、完全にはわからないよ。ある意味、人類にとって永遠のテーマだから。その答えは、自分で見つけるしかないと思うよ。ただ一つだけわかるのは、もし俺が死んでも、大切な人達には、いつまでも悲しまずにそれを乗り越えてほしい。ミシャも同じじゃないかな?」
微笑むレールズに、涙を流しながら頷くジェフ。
「アンナさん、俺が言うのは失礼だと承知していますが、ジェフ君を抱き締めてあげてはどうでしょう? 子供の接し方がわからない時は、抱き締めてあげるのが良いそうです。ジェフ君に一番必要なのは、俺達よりも母親であるあなたなんです」
アンナは、泣いているジェフを抱き締め「ごめんなさい‥‥」と謝った。
「悲しいならお泣きなさい。男の子だから涙を見せること=恥ずかしいことと思っているのかしら? 悲しかったら、泣いてしまうのも手よ? すっきりするわよ」
「静お姉ちゃんも?」
「私? 時と場合によるわ‥‥泣くことは滅多にないから。ミシャとのお別れは辛いけど男の子でしょう? お母さんを守ってあげるんでしょう? それなら頑張らないと」
「あの日、俺の言ったこと覚えてるかな‥‥? 前に進むために送ってあげようって言ったこと‥‥少し訂正する‥‥。必ず前に進む必要は無いんだ‥‥。悲しいけど、それに引かれて振り向くことばかりしなければ‥‥」
ごめんね‥‥と、ジェフの肩に手を置いて俯く朋。
「朋お兄ちゃん、泣かないで‥‥」
アンジェリナはその様子を見て、心の中に何かが芽生えたのを感じ取ったが、それが何なのかに気づくのは、まだまだ先のことだろう。
●梓紗のもとへ
長い時間をかけ、高速艇は碓井梓紗達付近に到着。
「お久し振りです。ロスから、ここまで護衛したとき以来ですね。ジェフ君のこと、宜しくお願いします」
面識のある朋は、深々とお辞儀をして頼んだ。
「頭を上げてください、鷹代さん。グンベ中尉からのご連絡が無くても、私はこのカウンセリングをお受けするつもりでした」
宜しくお願いします、と頭を下げる母子。
母子が梓紗宅の一室を改良したカウンセリングルームに向かう時、レールズが2人止めた。
「ジェフ君は男の子なんだから、お母さんを守らなきゃな。お兄ちゃんと約束してくれないか? もうお母さんを困らせたりしないって」
「うん、約束する」
「よし、いい子だ」
微笑みながら、ジェフの頭を少し乱暴に撫でるた。
「‥‥何があったかは興味無いが‥‥心が曇っているならば身体を動かせ。傭兵が好きならば、棒切れを振るい真似事をしてみるのもいい。‥‥機会があれば‥‥振り方くらいは教えよう」
「約束だよ、アンジェリナお姉ちゃん」
お姉ちゃんと呼ばれ、気恥ずかしくなるアンジェリナ。
能力者達は、ジェフに再び笑顔が戻ることを祈った。