●リプレイ本文
●撃沈ソウジ
元基駆の依頼を引き受けた能力者達は、ソウジの兵舎を訪れた。
チャイムを鳴らすが、誰も出ない。
鍵がかかっていないだろうと思った能力者の1人がドアを開けたところ、すんなりと開いた。
ソウジが対応できない状況であることを知っているので、皆はそっとお邪魔した。
能力者達が見たものは‥‥ガラステーブルに突っ伏したまま硬直した状態のソウジだった。
「あの失恋から4ヶ月。気持ちは分かるが‥‥このままでは泥沼だな」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が言う「あの失恋」の話は、今から4ヶ月程前の出来事である。
傭兵に女は無用! と豪語していたソウジだったが、28歳(外見年齢)にして初めて恋をした。好きになったお相手は、受付嬢の瀧川朱美。
告白しようにも思うようにいかないとソウジが考えたのは、ラブレターを書き、自分の思いを伝えることだった。
思い立ったが吉日! と書こうとしたが‥‥良い言葉が思い浮かばない。
おまけに、全文日本語で書かなければならない。
アメリカ生活が長いソウジは、漢字は読めるが、書けるのは小学校高学年程度の漢字のみ(元々国語は苦手)。
そこで、能力者達の知恵(特に漢字の読み書き)と愛の言葉を借り、なんとか自力で完成させた恋する気持ちが詰まったラブレターだが‥‥朱美嬢の手に渡ることはなかった。彼女には、既にお付き合いしている男性がいたのだ。新郎は、その男性である。
振られても彼女のことが忘れられない女々しいソウジは、朱美嬢から結婚式の招待状が届いた時は呆然となり、しまいには泣き出した。
彼の陽気な一面しか知らない人物は、この様子を見たら「天然記念物を見たような気がする‥‥」と言いかねない。
朱美の写真が彼の寝室にあることは、彼の兵舎を訪れた一部の能力者しか知らない。
自分の恋愛は幸い順風だが、一歩間違えばソウジと同じく失恋をしていたかもしれなかったホアキンは、ラブレターの一件に関わったこともあるが、恋するの男性として立ち直る手伝いをしたいと思った。
「ソウジ・グンベ中尉殿、アイスホッケー依頼不参加の件、殊勝に謝罪致します!」
アイスホッケー依頼の練習に参加したものの、本戦には諸事情で不参加となってしまった美海(
ga7630)は、敬礼しながら謝罪するが、ソウジは無反応。
「いくら世話になったと言っても、振った相手を結婚式に招待するというのは‥‥。ソウジさんが可哀そうじゃないですか‥‥。彼女にとっては、気軽に話せる友人の認識、ということなんでしょうね。好きになった人が幸せになるのはとても良いことだと思いますが、自分に置き換えてみれば‥‥招待状が来るなら行くでしょうね」
友人して結婚を祝ってほしいから招待状を出したんだろう、と朱美の意図を読み取る奉丈・遮那(
ga0352)にも想い人がいるが、もし、その想い人が自分の結婚式に彼を招待した時はどういう反応を示すのだろうか?
「あらあら、思っていたより恋煩いの重症状態ですね」
悪気も邪気も無くそう言う櫻杜・眞耶(
ga8467)は恋愛経験は無いが、京都祇園の花街で育った故、男女の恋愛話にはやたら詳しい。
恋愛に関しては純粋なソウジの気持ちを、更に叩き落さなければ良いのだが‥‥。
●朱美との話し合い
「このままでは、誰にとっても良いことなどない。区切りとして良い機会なのだろう。ソウジにも、我にも‥‥」
朱美と二人だけで話し合いたいと、リュイン・カミーユ(
ga3871)はUPC本部受付に向かった。面識は無いが、ソウジの兵舎にある写真を見たので顔は知っている。
本部受付にはいないかもしれないと思ったが、朱美は受付にいた。
「瀧川朱美嬢か?」
そ、そうですけど‥‥と、リュインの来訪に驚く朱美。
「我はリュイン・カミーユ。勤務中申し訳ないが、汝と話をしたいのだが良いか?」
何やら事情ありと察知した隣の席にいる受付嬢は「彼女と話をしたら?」と勧めるので、朱美は席を外し、リュインの話をロビーで聞くことに。
「まずは、多忙中時間を取らせた礼と詫びを言う。汝が結婚するという話は、駆という少年から聞いた。駆は「絶対出席させる!」と約束したようだが、我にはできんかもしれん」
朱美の隣にいた受付嬢が差し入れてくれたコーヒーを一口啜り終えたあと、話を続けた。
「ソウジも、汝の幸せを願っているはず。我は、ソウジの幸せを心から願う。好きな男が、一目見て好きになった女の幸せを願えない男だとは思ってはいないが、辛さも分からんでもない‥‥。だから、もしソウジを出席できなかった時は済まん!」
頭を下げ、朱美に謝るリュイン。
(「無理強いではなく、我はソウジの意思で出席して欲しい‥‥」)
リュインの願いは、ソウジに届くのだろうか‥‥。
●それぞれの説得
「ま、何事もおもいっきりが大事だ」
黒のフロックコート、ベスト、スラックス、帽子。白の立襟カフスシャツにシルクロングマフラーを巻き、銀のネクタイピンを付けた紅のネクタイという出で立ちのUNKNOWN(
ga4276)の言葉に、「その通りです」と頷く赤村菜桜(
ga5494)。
「はじめまして、皆さん。赤村菜桜です。宜しくお願いします」
ソウジを含めたその場にいる能力者達に、礼儀正しく自己紹介する菜桜が参加した動機は、ソウジにきっちりけじめをつけさせるため。ソウジとは初対面ではあるが、知り合いであるUNKOWNから話を聞いている。
「やはり、無理矢理連れて行くのは良い気分ではありません。グンベさんの様子を見ると、そうとしか言えません‥‥」
あまり言い過ぎると凹んでしまうと励まそうとしたが、当の本人は凹みを越して撃沈状態。
それでもお構いなしに、菜桜は、朱美はソウジに是非出席してほしいということを話し始めた。
「彼女、朱美さんは、あなたの優しさにいつも励まされたと言っていました。グンベさん、まだ彼女を好きでしたら参加すべきではないのですか? 朱美さん、きっと喜んでくれますよ。それと‥‥けじめをつけるべきです。かつて愛した人の幸せを心から祝うことのできる、そういう人は素晴らしい方だと私は信じています」
菜桜に続き、眞耶も説得を始める。
「『女』にとって一番情けないことは、恩義と縁のある男が、恋愛のせいで落ちぶれる事なんですよ? 男なら、惚れ込んだ相手に『幸せになれ!』って言うぐらいの気概を見せれないのですか!?」
眞耶のキツイ言葉にも、ソウジはピクリともしなかった。
「ソウジ・グンベ中尉殿、もし今でも朱美殿のことが忘れられず、自分の方が旦那にふさわしいと思うのなら、彼女を奪えば良いのですよ!」
美海の爆弾発言に「それはマズイだろう!」と、誰一人として突っ込まなかった。
「でも、そんなことをしても彼女が幸せにはなれないことは、グンベ中尉殿にもわかっているはずなのです。彼女は、あなたに自分の結婚式を祝ってほしいのですよ。普通、振った相手を結婚式に呼びたいという人はいないのです。それでも、彼女はグンベ中尉殿に来て欲しいと言ったのです」
ソウジに励まされた、生きる望みをもらったということも付け加える美海。
「だからこそ、朱美殿は、自分が幸せな姿を見てもらいたいと言うのです。こんなに慕われているにも関わらず、あなたは女々しく逃げるのですか? 出席するか否か、ハイかイエスで答えるのです!」
ソウジに近づき逃げ隠れできない状況に追い込んで美海は決断を迫るが、暖簾に腕押し状態。
「ソウジさん、朱美さんの幸せそうな顔を見るのが嫌ですか? そとれも、ソウジさんのほうが、朱美さんを幸せにできるのですか? それならば、花嫁の朱美嬢を結婚式当日に攫いに行きましょうか」
遮那は冗談ではなく、本気でそう言っている。
UNKNOWNは、こっそりとソウジに近づくと彼の肩をポンと叩いて話し始めた。
「ふっ‥‥乳臭い未成年の依頼人に、結婚しようとする振った女が招待状を出した心理が分かるとると思うかね? 彼女はまだ悩んでいるのだよ。引き止めてくれる騎士が出てこないかと。考えてもみろ。お前が結婚する時、過去にナンパした女を呼ぶかね?」
恋愛にオクテなソウジは、ナンパなどしないのだが‥‥。
「朱美嬢は、お前に結婚を止めてほしいのだよ。いや‥‥遮那が言うように連れ去ってほしいのかもしれん。今、騎士にお前はなる‥‥いや、お前しか、彼女の騎士にはなれん!」
煽るだけ煽ると、ソウジの肩を肩を掴み、背中を押すとUNKNOWNはソウジから離れた。
「人の縁なんて、何処に転がってるか分からないですから、この想いが本当の伴侶に繋がったと思って諦めなさいな」
眞耶の場合は、説得というよりは止めを刺している。
その頃、ホアキンはソウジの寝室にいた。リュインから、寝室に朱美の写真があると聞いたまでは良いが、どこにあるのか分からないので探しまくった。
ソウジは、ホワイトデーの時には朱美の写真をご丁寧にフォトフレームに飾っていたが、翌日には、元の枕の下に隠した。
最もありがちなベッド周辺を探したところ、ベッドの下に写真があった。枕元に隠していたものが滑り落ちたのだろう。入手後、ホアキンはそれを鞄の中に仕舞い込んだ。
●檄とばし説得
バン! と兵舎のドアが開いたかと思うと、リュインが特攻するかの如く、ソウジのもとに近づいた。
「先に謝る、悪い!」
謝ったあと、ソウジの頬におもいっきりビンタを食らわすリュイン。
「文句は後で浴びる程聞くし、殴り返されても構わん。だから、我の話を聞け。朱美と会って話をした。ソウジ、汝は振られた自分ばかりが辛いと思っていないか? 振った相手を式に招待する方も、どれ程苦しいか気付け! 頼むから‥‥惚れた女を哀しませるな。朱美を忘れろとは言わん、人の想いは簡単ではないからな。だが、立ち止まるな! 空元気でも、朱美を安心させて見送り、祝福してやれ!」
リュインの言葉に、目が覚めたような感覚をソウジはおぼえた。少しずつだが、頬に痛みを感じた。
「リュイン‥‥キミ、どうしてここに‥‥?」
沈んでいたソウジの気分は、リュインの檄で少し落ち着いてきたようだ。
「我が惚れた男は、先ほどいったことができると信じたい‥‥。泣き落としは、卑怯と言われようが上等だ! 教会で待っているぞ!」
そう言うと、リュインは飛び出していった。
「グンベ、男の未練は、物理的に断ち切る他ない」
鞄から朱美の写真を取り出したホアキンは、それをソウジの目の前で引き裂いたが、ソウジは何も言わなかった、いや、言えなかった。
「告白した時のグンベは、朱美嬢の心を知ろうと一生懸命だった。だが今のグンベは、写真に写った過去の、己に都合良く美化された彼女の面影しか見ようとしない。彼女の心はそこではなく、結婚式の招待状に記されていたはずだ。好いた女に気を遣われて、何を迷う。結婚式で新郎に啖呵を切って来い、絶対に幸せにしろよ! と。本気で惚れた女なら、己のためじゃなく、彼女のためにケリつけて来い」
恋する一人の男として、ソウジを励ますホアキン。
「ああ‥‥。俺‥‥落ち込んでだけど、キミ達の声は聞こえてた。リュインにビンタ食らって、ようやく目が覚めた。いつまでも、過ぎたことをクヨクヨしちゃいけねぇよな。皆、心配かけさせてすまん。結婚式には出席したいんだが‥‥1人で行く度胸が無い。誰か、付き合ってくれないか?」
遠慮がちに能力者達に尋ねるソウジに、真っ先に応えたのは菜桜だった。
「私、出席します」
ソウジが出席するのなら自分も、と決めていた菜桜は即答。
「俺も、出席しよう。俺も付き合った女の結婚式に出席もあるが、ひとつ注文されたことがある。地味な服装で来てほしい、と。普通の黒の礼服も、愛用している白のスーツも、俺が着ていけば目立ちすぎる。新郎より目立つから、ダサイくらいの格好をしてきてほしいとのこと」
UNKNOWNは、注文どおりの衣装で出席したのだろうか?
「本当に攫おうとする前に、花嫁の幸せそうな笑顔見れば諦めると思ってましたが、それは思い過ごしのようでしたね。やっちゃいそうな時は、ソウジさんを止めるつもりでした」
元気になって何よりです、と安心する遮那。
ソウジがいつもの明るさを取り戻しつつある頃、駆がやって来た。
「おっさん、大丈夫?」
「誰がおっさんだ!」
駆に突っ込むソウジは、いつもの彼に戻っていた。
「いつものおっさんに戻ったんだな! 良かったぁ! これ、受付のねーちゃんから」
駆が差し出したのは、朱美からの手紙だった。
そこには、リュインが来てソウジの気持ちを伝えたこと、何故、振った彼を招待したのかという理由が事細かく書かれていた。
追伸として「ソウジ中尉、彼女を幸せにしてあげてください」とあったが、ソウジは「彼女って誰?」と首を傾げた。この鈍感男!
●結婚式
4月20日。結婚式は、新郎新婦を祝福するかのように晴れ渡った空の下で執り行われた。
会場である教会の入口で待機していたリュインは、「汝が逃げ出さないよう、ここで待っている」と言うとフォーマルスーツ姿のソウジの背中を押した。
教会のバージンロードを少しずつ歩くウェディングドレスの朱美を見て、ソウジは心の中で「幸せになれよ‥‥」と呟いた。
隣にいた菜桜は、綺麗ですね‥‥とウットリ。
誓いの儀式が終わると、新郎新婦が教会前に登場。
招待客達は、ライスシャワーで二人を祝福しながら出迎えた。
その後、独身女性お待ちかねのブーケトス。
受け取ったのは‥‥教会前で待機していたリュインだった。受け取った、というよりは、彼女がいた方向にブーケが飛んだ‥‥のかもしれない。
ブーケには、これを受け取った女性が素敵な男性と結婚できますようにと書かれたメッセージカードが添えられていた。
「憎い演出をしてくれたものだな‥‥」
●めでたし、めでたし?
朱美の結婚式当日の夜、ソウジの兵舎で宴会を行うことに。
ソウジの性格からして飲み会が行われると予測していたホアキンが中心となり、出席しなかった能力者達が準備をして待っていた。
テーブルには、様々な酒、つまみ、カットフルーツ、眞耶が持参した二日酔い対策の梅干とウコンが置いてある。
「新婦は幸せそうだったか?」
「ああ‥‥」
それは良かったなと微笑むホアキンは、ソウジに缶ビールを勧めた。
「ヤケ酒するなよ?」
「わかってるって! 皆、今夜はとことん飲むぞ! 未成年はジュースな!」
ソウジの乾杯の音頭で、朱美の結婚式を口実とした宴会が始まった。
「花嫁さん、綺麗でしたか?」
「ああ。遮那さん、あんたが俺と同じ立場に立たされたらどうする?」
そう尋ねられあれこれ考えた遮那だったが、頭の中が混乱してまとまらなくなった。
朱美の結婚式をダシにした宴会は、明け方まで続いた。