●リプレイ本文
●雑煮専用料理人集結
2008年一月某日。
ソウジ・グンベ中尉の遅い年始休日を利用して、能力者の宿舎である『兵舎』の中に幾つもあるうちの厨房のひとつを貸切り状態にし、ソウジの「雑煮を食べたい!」という要望を叶えに集まったのは、雑煮作りに挑戦しに来た心優しき能力者男女九名。
「皆、良く来てくれた! だいたいの食材はこっちで用意した。キミ達に負担をかけさせるワケにはいかないからな」
個人的な依頼を受けてくれた能力者達に感謝しつつ、これで雑煮が食える、やっと日本の正月気分を味わえるぜと拳を握り、大喜びのソウジ。
材料費は自腹だったため痛い出費ではあったが、これも雑煮のためである。
「雑煮ですか‥‥久しぶりに食べますから、懐かしく感じますね」
リヒト・グラオベン(
ga2826)は、日本人の母が、正月に毎年作ってくれる「家庭の味」ともいえる雑煮を作るために参加した。
母の祖国、日本を代表する料理を他の能力者達はどのようにして作るのか。
温和な性格でありながらも己を律しているリヒトだが、今日はソウジや他の能力者達と少し遅い正月を楽しもうと決めた。
「食材に関してだが、これを使用したいという拘りがある者はいるか?」
ソウジの質問に、振袖の袖を気にしながら左手で持ち、右手をそっと挙げた蒼羅 玲(
ga1092)は、少し遠慮がちに、訊ねたいことの前に挨拶を始めた。
「ご挨拶がまだでした。はじめまして、私は蒼羅 玲といいます。新年、あけましておめでとうございます。この度は‥‥」
「ご丁寧な挨拶は、後でゆっくり聞かせてもらうから‥‥」
礼儀正しい玲の挨拶は、ソウジが中断しなければまだ続いていたかもしれない。
「‥‥失礼しました。食材の使用ですが、どこまでOKなんでしょうか? ブリとかアゴ(トビウオを干した物)とかを使いたいのですが。使おうと思って、持参してきましたので‥‥」
「食材に関しては、持参してきたものを使用しても構わん。高級な食材を使って雑煮を作りたいという希望者だが‥‥残念ながら、予算の都合上用意できなかったものもある。ここにあるのは、日本の一般家庭で作られる雑煮の材料である鶏肉、魚、海老、蒲鉾、青菜、三つ葉、ほうれん草等といったものばかりだからな」
「使用しても良いんですね? ありがとうございます」
「美味い雑煮、期待しているぞ」
笑ってそう言ったソウジに、ブリを用意してきた玲は、胸を撫で下ろして喜んだ。
「日本の正月料理、お節料理のひとつに「紅白膾(こうはくなます)」って大根とニンジンを繊切りにし、酢の物にしたものに小さく切ったブリの刺身を乗っけるものもあるんだぜ」
ブリに関する質問が出たので、得意気に説明するソウジ。
ブリは丸ごと一匹購入を考えたのだが、料理が得意な能力者がいたとしても、捌くのは難しいだろう。
ソウジがまだ日本にいた頃、漁業組合勤務の伯父が捌いているのを実際に見たので、かなりの重労働だと知っているだけに余計そう思った。それに、丸ごと一匹のお値段はべらぼうに高い。
アルフレッド・ランド(
ga0082)は、異国の料理に挑戦してみたいという理由で参加した。ここに来たからには美味しい雑煮を作り、ソウジに「美味い!」というものを食べさせたいという心意気が感じられる。
アルフレッド自体は異国であるため、日本料理である雑煮について詳しく知らないので料理本レシピを参考にして作ることにした。
各国のスープを雑煮にしてみようという試みもあるが、まだ秘密‥‥ということで。
「ソウジさん、おもろい企画を考えたもんですね。俺は料理好きやさかい、うきうき気分で参加させてもらいまっせ!」
関西弁交じりの敬語で明るく、人懐っこく挨拶するのは、羽織袴姿でアルフレッド同様、腕によりをかけて雑煮を作ろうと張り切るクレイフェル(
ga0435)。
いつでも調理できまっせと言わんばかりに、白い紐でたすき掛けをして調理準備にとりかかっている。たすき掛けをした、ということは、本格的な雑煮を作る気マンマンと解釈して良いだろう。
「はじめまして、ソウジ中尉。新年、あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します、と言いますが、今日、初めてお会いするのですが‥‥」
淡いピンク色の着物を着た赤霧・連(
ga0668)が、少し恥ずかしげに礼儀正しくソウジに新年の挨拶をした。
「はじめまして、愛紗・ブランネル(
ga1001)っていいます。あけましておめでとう、ソウジお兄ちゃん♪」
パンダのぬいぐるみ『はっちー』をぎゅっと抱き締めながら、中華風衣装を着た愛らしい笑顔の少女が、連の後ろからひょっこりと現れて無邪気に新年の挨拶をした。
ソウジと少女二人のところに、大きな荷物を持っている元気な少年が駆けつけた。
「ソウジさん、はじめまして! あけましておめでとうございます。俺、諫早 清見(
ga4915)っていいます。このような明るい企画に参加できること、すっごく嬉しいです。新しい年を皆で楽しく祝いましょうね!」
清見は、この大切な行事は時間があっという間に過ぎるほど楽しく、少しでも能力者達の励みになれば良いなと思い参加した。彼が登場した時点で、厨房が明るい雰囲気に包まれ、全員の表情が穏やかになったのが何よりの証拠だ。清見の明るいムードが、そうさせたのかもしれない。
「いただきもののお節料理もあるし、材料はソウジさんが用意してくれたから、物資的には恵まれてるよな。境遇に感謝しつつ、今年も活力つけて仕事していかないとね!」
そう言うと、清見はあるものを風呂敷を解いて取り出した。
「それ、獅子頭じゃないか!」
「シシマイ貰ったから使おうと思ってさ。獅子舞の舞い方、誰か知ってる?」
皆に尋ねるが、返事が無い、あるいは首を横に振られた。
「ソウジさん、わかる?」
「アメリカ暮らしが長いんで、すっかり忘れちまったよ」
そう言うが、これは嘘である。
彼にとって獅子舞には嫌な思い出がある。話には、彼がまだ日本にいた頃に元日に遡ることになるが。
当時三歳(自称・いたいけな幼児)のソウジは、元日に父方の祖父宅玄関前に来た獅子を間近で見ようと祖母が止めるのを聞かず、トコトコと小走りして獅子に近づこうとしたが‥‥小さな頭が、獅子頭の口に運悪く挟まったしまうというハプニングが。
突然の起きた怖い出来事にソウジは大泣きしたが、父親は「良い記念になるな」と慌てて祖父宅からカメラを持ってきては写真を取りまくり。
母親は「あなたは息子が可愛くないの!」ときつく注意。
姉は「ソウジ可愛い〜♪」と大はしゃぎでその様子を楽しんでいた。
祖父母は、獅子舞を中断して泣きじゃくっているソウジ少年に「ごめんよ、坊や」と謝る姿を微笑ましい表情でその様子を見ていたが、見かねた伯父(父の兄)が「気をつけろ!」と怒鳴った。
この一件はソウジに非があるのだが、いたいけな子供の心を傷つけてしまった獅子舞をしていた中年は罪悪感をおぼえ、何度もソウジに謝り、ズボンのポケットからボロい皮財布を取り出し、中に入っているくしゃくしゃな千円札を手渡して「お年玉をあげるから許してね」と言うと、そそくさと祖父母宅前を去った。
普通、我が子が危ない目に遭ったら即心配するか、相手を注意するものなのだが、呑気にその様子を楽しんでいる母親を除く軍部一族は呑気というか、冷たい人種かもしれない。
それがトラウマとなり小学校に上がるまで獅子舞を直視することができなかったが、現在はトラウマを完全克服し、獅子舞を平気で見ることができる。
銃数年振りに見る獅子頭を見るソウジは、複雑な気持ちであると同時に、生まれ故郷である日本を思い出し感涙した。
「ソウジお兄ちゃん、泣かないで。はい」
ソウジを気遣った愛紗が、ハンカチを手渡してくれた。
「ありがとな。これ、ちゃんと洗って返すからな」
「どういたしまして。ねえ、日本のお正月ってどんなことするの?」
雑煮は勿論、日本の正月を知らない愛紗は、首を傾げつつ、可愛らしくソウジに訊ねる。着物を着ているお姉ちゃん達がいるから、来年のお正月は『はっちー』と一緒に連お姉ちゃんのような綺麗な着物を着てみたいなぁと思っていた。
ソウジは、そうだなぁと考え込みながらも説明を始めた。
「まずは、何と言っても初詣! 神社に行って、賽銭箱って箱に金を入れて神様にお願い事したり、おみくじ買って運試ししたり、御守りや縁起物を買ったりと‥‥まぁ、他いろいろ。ラスト・ホープにも神社あるけど、UPC軍に入隊してから一度も行ったことねぇんだよな。忙しくて。遊びだと、カルタや百人一首っていうカード取りゲームみたいなもんとか、凧、今風でいうカイトだな、を空高く揚げたりしたり、羽根つきというドミントンっぽい遊びもあるが、失敗すると罰ゲームとして墨汁で顔に落書きされるんだぜ」
面白そうだね〜♪ と『はっちー』に話しかける愛紗。
「日本の正月は、随分と楽しそうなことをするんだね」
愛紗とソウジの会話を聞き、余計に日本らしいお正月を楽しんでみたいと思ったポニーテールの金髪美人が声をかけた。
美味しい雑煮を作って皆に振舞い、できたてのものを食べることが参加動機のキョーコ・クルック(
ga4770)の衣装は、新年であっても仕事着であるメイド服だ。
正月の間、良く働いた謝礼として屋敷の主人から休暇をもらったので、暇を持て余してたキョーコはUPC支部にある依頼斡旋モニターを見たところ、偶然ソウジの依頼を見て「面白そう」と関心を抱いたというのもあるが。
「雑煮か‥‥。雑煮は日本の食い物だと聞いたが、雑に煮るとは、我にもってこいの料理かもしれん。だが、我は全く料理が出来ん!」
煌めく笑顔で強調して宣言するのは配給で、深紅に金箔を使った四季折々の花模様の振袖姿のリュイン・カミーユ(
ga3871)。
クレイフェル同様、袖が邪魔にならないようにたすき掛けをしていつでも料理できるように準備している。
(「こいつ、雑煮を「ざつに」と読み間違えているな‥‥」)
心の中でボソリと呟くソウジ。
「雑に煮ても良いという料理なら、とりあえず斬って(リュインとっての「切って」)煮こんでおけば良いのだろう。ソウジよ、食い専な我の初料理、とくと味うが良い!」
笑顔は、いつのまにか闘志みなぎる表情に変わっていた。バックにメラメラと燃える真っ赤な炎のオーラがはっきりと見える程に。
「我は、他の者が作った雑煮を食う。どのようなものができるのか、楽しみにしているぞ」
雑煮を作ってくれる能力者が集ったので、後は、出来上がりを待つのみ。
ソウジは姿勢を正すと腕組みをし、声高らかに能力者達に雑煮作りを指示した。
「オーダー、能力者の雑煮っ!」
『イエッサー!』
何故か敬礼をし、軍隊調返事をする能力者達。全員、ノリ良すぎ。
●アルフレッド版雑煮・その1
「何々‥‥。お雑煮とは、おせち料理等の味の濃い保存食を食べた後の味覚を補正する役目を持っているのも有りか。初挑戦の料理であまり冒険するのも何だし、シンプルな雑煮を作り、基本から勉強しよう」
厨房の真ん中にデン! と置いてある材料の山から四角い餅、かまぼこ、三つ葉、出汁用のかつおぶし、塩等の調味料を持ち出し、料理本を開いて調理にとりかかった。
餅は煮崩れしないように表面を焼くため、調理器具がしまい込んである棚からクリンプ網(バーベキュー用の金網)を取り出すとガスコンロに置き、弱火で焦げ付かないように丁寧に焼くことに。
焼きあがった餅をお椀に入れ、かつおぶしと塩で味付けした出汁をお椀に注ぐかと思いきや‥‥アルフレッドは、紅白かまぼこを一口サイズに、三つ葉を食べやすい長さに切りそろえていた。
彼の雑煮は濃い味に慣れた人の舌補正用なので、食べる順番を最後にして欲しいとソウジに申し出た。
「そういうことか。わかった」
「ありがとうございます」
他能力者の雑煮が出来上がるまで待っているのかと思いきや、アルフレッドは、様々な種類のスープ作りにとりかかった。
●クレイフェル、清見版雑煮(おまけあり)
学生時代に大阪に留学していたクレイフェルは、そこでお世話になった家のばあさまに叩き込まれたという大阪風雑煮のレシピを思い出しながら調理中。
清見は関西風雑煮を作ろうと準備中だが、クレイフェルの材料を見ると自分のものとほぼ同じだったので、一緒に作らないかと申し出た。
「大阪風も関西風も同じなんだよね? だったら、一緒に作らない? 協力して作ったほうが、早く出来上がると思うんだ。皆に、俺らが作ったとびっきり美味しい雑煮を食べさせよう!」
「そやな。ほな、一緒にこしらえよか。頼むで、相棒!」
二人が選んだ材料は、『雑煮大根』という、通常のものより細い祝い大根と金時人参(京人参)、小芋、焼き豆腐。
清身が雑煮大根と金時人参の面取りをしている時、ソウジが様子を窺いに来た。
「何で角をとってるんだ?」
「具材を丸く切るのはね、今年一年円満にとか、物事が丸く収まるようにって意味があるんだ。今の状況じゃ、一切争いが無くなるってのは無理だろうけど、雑煮にその想いを乗っけるのは悪くないよね」
成る程、と納得した後「清見の心の篭った雑煮、楽しみにしているぞ」と、清見を励ますソウジは、クレイフェルの様子を見に行った。
面取りの理由だが、見た目が美しくなるうえ、荷崩れしにくいという利点を活かしているのもあるが、角を立てないという縁起担ぎもある。
近畿地方の雑煮は、雑煮発祥の地である京都の影響を受けているため餅は丸餅、具は清見が言うように『円満に過ごせるように』という願いを込めて具を面取りをし、丸めに作っている。
クレイフェルが白味噌にかつおぶしと昆布の一番出汁を合わせている頃、清見は、雑煮に入れる丸餅が柔らかくなるまで、別に茹でている。
出汁が完成し、餅が柔らかくなったのを確認した後、丸餅がひっつかないようにお椀に盛り、出汁を注いだ後に三つ葉と削りかつおぶしをどっさり乗せて完成。
「完成したで。ソウジ、ばあさま仕込みの雑煮、とくと味わうがいい!」
「クレイフェルさん、まだ作っている人がいるんだから‥‥。全員完成したら、改めて披露しようよ」
そう指摘され辺りを見回すと、清見が言うようにまだ調理中の能力者がいる。
「しゃあない、それまでもう一品作るか。これだけじゃ物足らんし」
やや落ち込んでいたが、気を取り直して豆乳の雑煮も作ることにしたクレイフェル。
具は鴨肉、生湯葉巻、京水菜、九条葱、花麩、ねじ梅人参、柚子。
豆乳の中に丸餅を入れ、汁の上に刻んだ柚子の皮といくらを散らせば出来上がり。
「清見、ちと味見してや」
クレイフェルから受け取った出汁が入った小皿を受け取った清見は、早速味見を。
「美味しい! クレイフェルさんって料理名人!」
「まぁな」
胸を張るクレイフェルは、早くソウジや能力者達に自分達が作った雑煮を食べて欲しいと思った。
●連、愛紗組版雑煮
「愛紗、連お姉ちゃんのお手伝いするのー♪」
ぱんだエプロンをつけた愛紗は『はっちー』に「美味しいお雑煮ができるまで待っててね」と話しかけた後、食堂の椅子にちょこんと置いて連がいる厨房に向かった。
連はソウジから貰った彼手書きのレシピのメモを見たが、首を傾げていた。
(「これ‥‥うちのお雑煮そのものじゃない‥‥」)
赤霧家特製雑煮をソウジにご馳走しようと思っていたのだが、拍子抜けしたご様子。
「へっくしゅん!」
その頃、少し離れた場所でソウジがくしゃみをした。
【ソウジ手書きのレシピ(赤霧家と同じ)】
材料
鶏肉150グラム程度
大根、人参、ごぼう:適量
長ネギ:一本
干し椎茸:二個
昆布だし:8カップ
酒、みりん:大さじ2〜3杯
塩:少量
醤油:大さじ4杯
市販の真空パック餅は、各自の好みの数を用意。
「愛紗ちゃん、材料を切るのとトッピングのお手伝い、お願いね」
「はーい♪」
持参してきた小さなぱんださんかまぼこを手にし、愛紗は元気良く返事した。
連は、手際良く干し椎茸、昆布だしで出汁を作り、煮立ってきたところに酒、みりん、塩少々、醤油等の調味料を入れ、仕上げにとりかかった。
出来上がったのを確認した後、小皿を手にし、味見。
「うん、いい出来♪ 愛紗ちゃんも味見してみて」
連から小皿を受け取り、汁を啜る愛紗は「連お姉ちゃん、美味しいよ」と笑顔で褒めた。
その合間に、オーブントースターで餅を焼く、盛り付けようの長ネギを切り揃えた。
「おっ、美味そうだな」
二人の様子を見に来たソウジが、流石は女の子だなと二人の雑煮の出来を褒めた。
「ソウジお兄ちゃんの分には、たっくさん、ぱんださんかまぼこ入れてあげるね♪」
ソウジの碗だけ、一面にぱんださんかまぼこで覆い尽くさることだろう。
「そ、そうか。ありがとな。じゃ、俺は他の皆の様子も見に行くから」
ソウジが去った後、愛紗は面倒を見てくれる「ダディ」と読んでいる青年に、連と一緒に作った雑煮を食べさせてあげようと思ったので、ソウジから受け取ったメモを大切にポケットにしまっている。
●玲版雑煮
玲が使う食材は、持参してきた一口大の生の鰤の切り身、アゴ、角餅、小豆、出し昆布、削り鰹節、里芋、人参、干し椎茸、紅白かまぼこ、三つ葉。
まずは、前日に下拵えとして鰤に塩を振り、小豆を水につけておく。小豆の水を切った後にたっぷりの水と一緒に鍋に入れ、火をかけて沸騰した所で差し水を入れてまた沸騰した所で小豆をザルにとり、茹で汁を捨てた。
そして、小豆をまた鍋に入れて水を大体小豆の2倍強くらい入れて火にかけ、小豆が柔らかくなってきた所で三回くらいに分けて砂糖を入れ、適度な甘さにして煮る。
雑煮だけでなく、甘いお汁粉も作っている。お汁粉は、食後のデザートとして出すのだろうか。
お汁粉を煮ている間、鰤の切り身をさっと湯通し、干し椎茸を水で戻し石づきをとり、参と里芋は皮を剥き、人参は銀杏切りにして鍋で茹でる。
別の鍋では、少し焼いたアゴと出し昆布と水を鍋に入れて火をかけ、沸騰した所で削り鰹節を入れ、火を切ってザルでこし、出し汁を鍋に戻した。
鍋を火をかけ、塩、薄口醤油で味を調えて焼いた角餅、8ミリくらいに切ったかまぼこ、鰤の切り身、里芋、人参を盛った椀に出し汁をかけて出来上がり。
お汁粉用の角餅は、食べる少し前に必要になったら焼くことに。
●リヒト版雑煮
出汁作りは、本当は鰹節等で取った方が良いのだが、リヒトは料理慣れしていないので、調味が整っている希釈用のつゆを使用することに。飲める濃度は、かけそばに使う出汁程度に調整。
麺汁との比率に合わせて水を入れ、一煮立ちするまで火にかけ、一煮立ちしたら、溶き卵を円状に注いだら完成。
彼の家の雑煮では餅を揚げるので、少々味がくどくなるので、サッパリ感を出すために大根おろしを用意。大根おろしは、消化に良いし、出汁の濃さを調節出来るので、好みに合わせて各自の好みで入れるのが良いかもしれない。
揚げ餅は、フライパンに餅が三分の一くらいまで浸す程度に油を注いだ後高温に温め、切り餅を入れ、表面が狐色になるまで揚げる。見た目がカリカリ、中は柔らかく仕上がったところで油を切るためクッキングペーパーに載せた。
仕上げは、お椀に出汁を入れ、油切りした揚げ餅と、軽く茹でた一口サイズに切ったほうれん草、三つ葉、かまぼこを入れてリヒトの母特製の揚げ雑煮が完成。
「ほうれん草だが、色の変色と歯ざわりが悪くなるから、食べる直前に入れます」
「そういうのもあるのか。わかった」
リヒトの雑煮が仕上がったのを見たソウジは、楽しみにしてるぞと声をかけると、次の能力者の様子を見に行った。
●リュイン版雑煮
ソウジが一番心配しているのは、リュインの調理法だった。
彼女は、どのような雑煮を振る舞ってくれるのだろうか?
リュインは、ソウジから受け取ったレシピメモをじーっと見ながら、食材を何にしようか考えていた。
「良し! これにしよう!」
食材コーナーから持ち出したのは、牡蠣、エビ、鯛、人参、大根、いんげん。
「何故、そういう材料を選んだんだ?」
「我が国、フランスの汁物はこういう物が入っていたのだ」
本当かよ‥‥と突っ込みたかったが、ソウジはやめた。
まずは、固形ブイヨンと水を鍋に放り込んで出汁を作り始めた。
餅はいつ入れるべきか、悩み中。
「忘れそうだから、最初から入れとけ」
それでいいんですか!?
次は、材料の下ごしらえ。
牡蠣、エビ、鯛、人参、大根、いんげんを放り投げると、両手に包丁を握り締め、一気に落下する材料を包丁を振り下ろし、日本の時代劇の悪人を蹴散らす如く、切って切って切りまくる!
それを見た他の能力者達は歓声を上げ、リュインに拍手を送った。
「人参、大根に皮がついたまま? そんなモン知らん。牡蠣に殻がついている? 混じったかもしれんな。鯛の鱗? 骨? 同じ生き物の一部だ、食えないことはない!」
材料を切るだけで、あとは何もしていないということのようで‥‥。
沸騰して、煮崩れた餅にせいでデロデロしている汁に、先程ぶった切った材料ぶちこみ、グツグツ煮込ん、具に火が通ったら出来上がり‥‥のはず。
「国で見たスープとは大分違う気もするが、きっと餅の所為だろう」
うむ、と納得するリュイン。お味は如何様なものだろうか?
●キョーコ版雑煮
キョーコが作るのは、二種類の雑煮。
一種類目は、出汁は薄口醤油ベースの汁にもち菜と角餅を入れ最後に入れ、削りかつおぶしをかけたもの。
「ずいぶん食べてなかったけど、案外美味くできた」
味見をして、うん、大丈夫! と安心するキョーコ。
「こういう手料理を食べてくれるいい男がいるといいんだけどね〜」
ソウジは「ここにいるぞ!」と言いたかったが、失恋がトラウマとなっているため、言う度胸がない。
二種類目は、鳥と野菜を煮込んだスープにお餅を入れたロールキャベツをじっくり煮込み、盛り付けはお皿にスープを軽く入れ、ロールキャベツを2個盛り付け。
「貰ったメモをアレンジしてみたんだけど、見た目は上手くいったね〜。味の保障はできないけど」
あの〜、せめて味見していただけませんか?
●暇なのではしゃいでみた
キョーコが雑煮を作り終えると同時に、シシマイではしゃいでいる能力者がいた。
持ってきた本人である清見と、シシマイに興味を持った愛紗の二人だ。
「‥‥キメラか?」
良く見ると、それは作り物であることがわかったキョーコは、はしゃいでいる二人の頭を巨大ハリセンでどついた。
「まだ調理している人がいるんだ。だからはしゃがない!」
『は〜い‥‥』
どつかれた清見と愛紗は、廊下でシシマイの練習をするため、厨房を出て行った。
「皆。疲れたことだろう」
持参した甘酒を温め、ソウジ、調理中の能力者達に甘酒を勧めた。
「少し休んだらどうだい? 日本のお正月だと、こういうのを飲むらしいんだけど本当かい? それはどうでもいいか。さめないうちに飲んでくれ」
甘酒の匂いを嗅ぎ付けた清見と愛紗は、厨房に戻ってきた。
「はい、あんたらの分だ」
甘酒を受け取った皆は、一口ずつゆっくりと飲んだ。
「おいし〜い♪」
「酒の味が強いかと思ってたけど、結構甘いね、コレ」
甘酒を作る際、子供でも飲みやすいように配慮したキョーコの細やかさが伝わったので、彼女は嬉しかった。
●アルフレッド版雑煮・その2
全員雑煮完成したかと思いきや、まだ調理中の能力者がひとり。
アルフレッドにはまだ、各国のスープ作りが残っているのだ。
最初にとりかかったのはキムチスープ(韓国風)作り。キムチの辛さを生かしたスープが出来上がるだろう。
次はスープカレー。本場インドのカレー風に仕上げている。
ついでにロシア料理のボルシチ、フランスの家庭料理のひとつ、ポトフを作り、全てのスープが完成したら、オーブントースターで焼いた角餅を入れ完成。
「俺のほうも全部できました!」
こうして、全員の雑煮が完成した。
●雑煮を召し上がれ
雑煮を心待ちにしていたソウジは、一通り食べることにした。
まずはクレイフェルと清見合作の雑煮から。
「美味いな。関西風は初めて食ったけど、けっこういけるな」
お次は。クレイフェル作の豆乳雑煮。
「へぇ‥‥豆乳が雑煮に合うなんて意外だな。美味かったぞ」
連と愛紗が作った雑煮は、見た目が綺麗だったが‥‥ソウジの椀のみ、愛紗が言ったとおり、ぱんだかまぼこで埋め尽くされていた。
(「このかまぼこ、食わねぇと愛紗が泣くな‥‥」)
ソウジは、ぱんだかまぼこから先に食べ、その後、残りをじっくり味わった。
「美味いじゃないか。これなら、嫁に行っても大丈夫だ。愛紗もな」
「本当ですか?」
連は顔を赤らめ照れ、愛紗は大喜び。
玲の雑煮は、見た目鮮やかなものだった。
一口大の鰤の切り身、アゴ、角餅、里芋、人参、干し椎茸、紅白かまぼこ、三つ葉がバランス良く盛られている。
「ん〜良い香りだ。どれ‥‥。おっ、上品な味だな。美味いぞ!」
「ありがとうございます。お汁粉も作りましたので、腹八分目でお召し上がりください」
リヒトの雑煮は、蕎麦つゆ風味の雑煮であったが、食してみるとけっこう美味しかった。
「これいけるな。さすがはおふくろさんの味だな」
「ありがとうございます」
ソウジに感謝するリヒト。
お次は‥‥リュイン作のある意味豪快な雑煮である。
でろでろ〜んとした奇妙な物体が、器に盛りつけらている。
「我の初料理を食せることを光栄に思って食え、ソウジ!」
爽やかな笑い声で、デン! とテーブルに器を置くリュイン。
「い‥‥いただきます‥‥」
恐る恐る食べるソウジ。感想は‥‥何も言えないというより、言いようが無い。
しかし、なにかコメントをしなければ!
「な、なかなか個性豊かな雑煮だった。今度は。是非日本風で‥‥」
「喜んで貰えて何よりだ。次を楽しみにするが良い」
何とか喜んでもらえたようで‥‥。
キョーコの二種類の雑煮は、本格的なものと、アレンジしたものだった。
最初に食べたのは、普通の雑煮。
「うん、美味い! 出汁が良い」
二種類目のロールキャベツ風の雑煮は、普通のロールキャベツを食べている感覚があったものの、アイデアはナイス! とソウジは感心した。
「メイドだけあって、料理は本格的だな」
「ご希望と有らば、また調理するけど?」
「ゆっくり作れる時に頼まぁ」
ラストは、濃い味に慣れた人の舌補正用と作ったアルフレッドの雑煮。
汁を飲んでみたがやや濃い味付けだったが、次第にあっさりとした味になってきた。
「工夫凝らして作ったな。お見事!」
あっぱれ、とソウジが感心すると「まだまだありますよ」とアルフレッドはトレイに乗せた椀をソウジに差し出した。
「キムチスープ雑煮、本場インド風味スープカレー雑煮、ボルシチ雑煮、ポトフ雑煮です。召し上がってください」
そう言われたものの、ソウジは既に満腹だったが、自分のために作ってくれたのだからと、腹を括って全部食した。
「これ、雑煮というより餅スープだな。でも、キムチとポトフは美味かったぞ。ありがとな。持ち寄った感覚で作ったんだから、残りは皆で食おう!」
こうして、雑煮パーティが開催された。
それぞれの雑煮を味わう能力者達の表情は、とても楽しそうだった。たったひとつを除いては‥‥。
少し間を置き。腹に余裕ができた時間帯になった時は、玲お手製のお汁粉と、キョーコが作った甘酒で鏡開きを行った。
鏡開きは本来鏡餅を使用するものなのだが、用意できないので鏡開きの代わりと思っていただきたい。
完食後は、ソウジを含めた全員で後片付け、厨房の清掃を行った後解散。
「皆、本当にありがとな。どれも本当に美味かった。獅子舞も楽しかったぞ。久々に日本の正月気分を楽しめたよ。皆、今年も依頼を頑張ってくれ。以上、解散」
ソウジの感謝の言葉の後、能力者達は各自の雑煮の話をしながら帰っていった。
●後日談
「う〜胃、胃が痛い〜!」
ソウジは、食べすぎにより胃を壊してしまった。
このままでは職務どころではないと、UPC本部には体調不良のため休みますと連絡した。
電話対応した上官は「鬼の霍乱か?」と不思議がっていたが、食べすぎが原因で休んだと知ったら、体調管理はなってない! と激怒するだろう。
その頃、ソウジは「調子に乗って、全部食うんじゃなかった‥‥」と後悔していた。
どれも美味しかったので、調子に乗って食べ過ぎてしまったのだ。お替りは何度したことだろうか‥‥。
その中でも、リュインの雑煮はインパクトがあった。全部残しては悪いと思い、見た目を我慢して完食したのは良いが、リュインはそれを見て喜んだので「お替りくれ」と言ってしまったのだ。雑煮の中では最大のボリュームだったので、かなり堪えた。
その後の玲お手製のお汁粉もかなり堪えた。餡系は、けっこう胃にもたれやすい。
「と、当分雑煮は見たくもねぇし食いたくねぇ‥‥」
ベッドでのたうちまくりながら、そう愚痴るソウジだった。
ソウジ中尉の雑煮が食べたいというお願い、もとい、依頼結果:成功!
ソウジが食べ過ぎでダウンしなければ、結果はもっと良いものになっていたかもしれないが。
教訓:食事は腹八分目にしましょう。
でないと、ソウジみたいに後悔しますよ? そうならないよう、気をつけるように。
では、良いお年を‥‥。