●リプレイ本文
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ラスト・ホープの一般人退去状況を見に来たUNKNOWN(
ga4276)は、食事をしに稗田・盟子(gz0150)の夫、清蔵が営む大衆食堂を訪れ、煙草を銜えながら新聞を読んでいる。
「ビールお待ち。モヤシ炒めは今作るから待っててくれ」
その間、勘定をテーブルに置いて立ち去る中年客に「ここを退去しないのかね?」と新聞を畳みながら声をかける。何故そんなことを聞かれるのかと思った客だったが、退去したらここのメシ食えなくなるしねと答えると店を出た。
「もう少し私も機体も前線で行かず、ここで待機、となるかな。守る者が必要だろうしね」
煙草をもう1本、というところで出来立てのモヤシ炒めが運ばれてきた。
その頃、盟子は食堂を抜けられないから学園に残るので、協力者達を呼び、カラーコピーした枕元に置き、毎日欠かさず朝の挨拶をしている写真を手渡した。
「ここにご主人がいらっしゃるのですね。ご主人の身を案じる盟子さんのご心配なお気持ち、如何にか解消して差し上げたいものですわ。でも‥‥清蔵さんも同じ気持ちかもしれませんわよ?」
祈宮 沙紅良(
gc6714)が心配しているのは、カンパネラ学園はラスト・ホープの付属島なので、ラスト・ホープの危機は学園の危機でもあるということだ。
「盟子さんの身の安全についてのお話も、ご夫婦でちゃんとなさって下さいませね? ご自身を棚上げしてのお話は、清蔵さんも納得なさらないと思いますので」
「それはお父さんの説得がうまくいったらね〜」
盟子に世話になっている志羽・翔流(
ga8872)は、自身も大衆食堂の料理人であるので他人事と思えず説得に応じた。
「俺達がうまく説得するからあんまり心配すんなよ、おばちゃん。それじゃ、頑固親父説得といきますか」
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レトロな雰囲気、紺色の暖簾の食堂前に一番乗りしたシクル・ハーツ(
gc1986)と基町・走太郎(
gb3903)は、じっくりと外観を見ている。
「ここが依頼の食堂だよね?」
「昔懐かしってカンジだな。今時、こういう店って珍しいかも」
「こんな状況でもお店を続けるなんて、よっぽどこのお店が‥‥ううん、お客さんが好きなのかな?」
「じゃない? でないと、ヤバイ状況で店続けたりしないって」
「んー‥‥まだ残っている客のために残っているのならば、馴染みの客を全員退去させればいいのではないでしょうか‥‥?」
走太郎の一言にオリヴァー・ジョナス(
ga5109)が意見する。常連客が全員退去すれば、客思いの清蔵も退去するだろう。
「客の中にも、ここに残りたいってのがいるんだろうな。危険な状況下の中で長年続けてきた食堂を守り続けたいって気持ちはわかるけど、バグアとのドンパチ騒ぎに巻き込まれそうな状態じゃ無理でない?」
翔流は清蔵の気持ちを良くわかっているが、できれば穏便に避難させたいと思っている。
「客とおっさん、両方が退去すれば万々歳なんだけど。説得成功しないと、食堂のおばちゃん怒るだろうなぁ‥‥」
厄介なこと引き受けちまったかも、と走太郎は大きなため息をつく。
「ここでこうしててもどうにもなりませんし、中に入りませんか?」
沙紅良に促され、5人は暖簾を潜り食堂の中へ。
先に食堂に来ていたUNKWONは「きみ達も食事に来たのかい?」と声をかけてきた。
「あんたら知り合いかい?」
「ま、そんなとこだな。5人なんだけど大丈夫かい?」
翔流が店内を見渡すと、昼食時ということもありテーブルもカウンター席もほぼ埋まっている。
「空いている席に適当に座りな。注文決まったら声かけてくれ」
長年使い込んでいると思われる木製のダイニングテーブルと椅子、手書きのメニューとやや古臭い雰囲気だ、というのが走太郎の率直な感想だ。
客のほとんどは、一仕事終えて昼飯を、といったカンジの体格の良い中年が占めている。
「ね、おじさん。カニ玉とか作れないかな? 私、好物なんだ」
カウンター席に腰掛けたシクルが、メニューを見ずに注文する。
「カニ玉だな、わかった」
「俺はココのイチオシメニュー!」
迷うことなく注文する走太郎に「イチオシは日替わり定食だ」と清蔵。
「それじゃ、俺もそれ」
「私もそれでお願いします」
「オススメでしたら、私もそれをいただきますわ」
翔流、オリヴァー、沙紅良も日替わり定食を注文する。
料理ができる様子をどんなものができるかな? とカウンター越しに楽しみにしているシクルは声をかけようと思ったが、真剣な表情で調理中の清蔵の邪魔をしては悪いと黙って見ている。
「カニ玉、お待ちどうさん」
「美味しそう‥‥いただきます‥‥」
カウンターテーブルに置かれたレンゲでできたてのカニ玉を掬い一口。食べた途端、甘酢あんかけとトロトロの卵が口の中に広がる。
「わぁ、美味しい‥‥。おじさん、噂どおり本当に料理が上手なんだね。私、料理できないから羨ましいな‥‥。でも、先に退去しちゃった人達は、おじさんの料理が食べれないんだよね‥‥?」
その言葉を耳にした途端、清蔵の手が一瞬止まった。
「あ‥‥ごめんなさい‥‥」
「気にすんな」
ぶっきらぼうにそう言うと鯖の塩焼きと酢の物、冷奴を切り、豚汁をお椀によそう。
「定食お待ちどう。悪いが、取りに来てくれ。今、手が離せないんで」
待ってましたぁ! と走太郎が真っ先に取りに来た。
「いただきます!」
合掌して元気良く挨拶し、早速一口。
「うめえ! おっさんの料理うめえよ! こんだけ料理の腕がピカイチだったら、どこででもやってけるんじゃない?」
「本当、美味しいですわ。どことなく落ち着きますわね」
豚汁を口にした沙紅良の表情が和らぐ。
「この鯖、丁度良い塩加減ですね。酢の物も丁度良いです」
少しずつ、ゆっくり味わうオリヴァー。
「親父さん料理上手いな。俺も料理人なんだけど、あんたには敵わないよ」
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定食を食べ終えた翔流は、食堂の手伝いをすることで仲間が客に聞き込み、説得協力を頼む間の時間稼ぎを。客にそんなことしてもらわなくても良いと断られたが、体験談や客との上手な付き合い方、調理法を教えてほしい、清蔵1人だと手が回らないだろうと強引に手伝いを。
「ごちそうさん。退去するから、ここの定食しばらく食べられないね。戻ってきたらまたここに来るから」
残念がる客を慰めるかのように、清蔵は「帰ってきたらいつでも来な」と勘定を受け取る。
「ねぇ、おじさん、先に退去するあのお客さんのために向こうにいかない? あの人の他にも、きっと、おじさんの料理を楽しみに待っている人がたくさんいると思うよ?」
それに関して何も答えず。
「おじさんが向こうに行ったら、おじさんの料理が恋しくなって付いてきちゃう人とかいるんじゃないかな? おじさんの料理が食べたくて、あえて残ってる人とかもいたりして?」
店内にいる常連客を見渡しつつ「そうなったら、こっちの常連さんと向こうの常連さんの両方におじさんの料理を食べてもらえるんだよ?」と話を続けるが、それに関しても清蔵は何も言わなかった。
(おじさん、責任感じているのかな?)
「あの、このお店について少々お話を宜しいでしょうか?」
食堂の前でさりげなく常連客が出てくるのを待っていた沙紅良は、昼食を終え出てきた中年に声をかけ、盟子から借りたボイスレコーダーをONにし、清蔵が盟子の退去説得に応じられないのは客への愛情ゆえ等の事情を説明し、これに説得のメッセージをお願いしますと頼む。
「‥‥照れくさいね。いつも美味いメシありがとう。俺、明日退去するんで当分あんたのメシ食えなくなるから悲しいよ。早く退去して奥さんを安心させてやんな」
「ご協力、感謝致します」
微笑んでお辞儀する沙紅良に、中年客は「説得がうまくいくといいな」と励ます。
その様子を偶然見ていた常連客から清蔵と話をする際のポイント、常連ならではのアドバイスをしてもらったので大助かり。
オリヴァーと走太郎は盟子から聞き出した馴染み深い常連客に近づき、説得に協力してほしいと頼み込む。
「客のために残る、と言い出した清蔵さんを退避させるために力を貸してください。あなた達にも残る理由はあると思いますので強くは言えませんが‥‥どうか、彼のために力を貸してください」
「頼むから協力してくれよ。ここの主人の嫁さんに説得任せれたんだよ。ココから退去させてくれって。あんたらもココがどんな状況か知ってるだろ?」
お願いします! と2人は頭を下げる。そこまで言われちゃあ、と客は説得協力に応じた。
「俺、近いうちに退去するんだ。美味いメシ食えないのは残念だけど、命が惜しいからな」
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客のひとりを連れてきたオリヴァーと走太郎、沙紅良が食堂に戻ってきたので、夕方までの休憩時間を利用して各自説得することに。
「手伝っていて、親父さんがこの食堂を守りたい気持ちが良くわかった。でも、あんたが死んじまったらどうにもなんないだろ? あんたが愛する常連さんにも会えないし、美味い料理も振舞えないんだぜ。ラスト・ホープが万一壊滅してもまた復興する。食堂も同じことだろ? あんたには助かってほしいんだよ。落ち着いたらまた食堂再開して、客に美味い料理を作ってほしい」
身近にいた翔流は「うまく言えないが‥‥」と言いつつ自分の思いを伝える。
「親父さん、ココ危ないってこと知ってるよな? 店を続けたいってのはわかるけどさ、それって客のためだけか? それ以外にも何か理由があんだろ? 俺はそれが知りたい。何かわかったら協力できるかもしんないしさ」
「理由? そんなモンはないね。俺がいちゃ悪いっていうのか」
やっぱそうきたか、と言うことをきかないとは予想通りの反応だったが、それでも説得を続ける。
「食堂だけどさ、親父さんがいればどこでだってやってける。メシ美味いんだから客が来るって。毎日のように学食のおばちゃんのメシ食ってる俺が言うんだから間違いないって!」
それがどうした? と清蔵がムスっとした表情になったことで我慢が限界に達したのか、頭に血が上り「あったまきた!」と清蔵の胸倉を掴もうとしたが
「わ、ストップストップ! 喧嘩は駄目だよ! 2人とも落ち着いて!」
慌てて間に割り込んだシクルが止め、走太郎を宥める。
「ま、俺がダメでも、他の皆が上手く説得してくれるから大丈夫だろうけど」
もう何もしない、と説得を諦めたのでオリヴァーが代わりに続ける。
「清蔵さん、食堂を誰のために守るかを良く考えてください。この常連さん達の為だというのなら尚のこと、自分の命を大切にしなければいけません。この店がたとえ無くなったとしても、あなたが無事ならば、お客さんはあなたの料理を食べられるんですよ。でも、あなたがいなくなったら、この食堂自体が無傷であっても無くなってしまったも同然なんです。食堂と料理、両方を楽しみにしている人を、悲しませてしまうことになります」
痛いところを突かれたのか、清蔵の身体が一瞬ピクッとなった。
悪いことをしたかと思ったが、オリヴァーはそれでも構わず説得を。
「何もずっとここに戻れないというわけではありません。ほんの少し我慢をすれば、多くの人に料理で希望を与えられる。でも、我を通せば、多くの人に失望を与えてしまうかもしれません。お客さんだけではありません。盟子さんをはじめとするあなたを愛する人まで、悲しませることにもなるかもしれないんですです。それがあなたの望みならば私は止めませんが。清蔵さんは、そんな薄情な人では無いですよね?」
自分の料理を食べてくれる客を愛し、連れ添ってきた盟子、嫁ぐまで食堂を手伝ってくれたなぎさを大事に思う清蔵の気持ちを汲み取ったうえで言う。
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「これを聞いていただけませんか?」
歩み寄った沙紅良がレコーダーに録音しした客達のメッセージを聞かせる。
退去しないので心配というものから、料理が食べられなくなるのは嫌といった意見等、様々なメッセージを清蔵は黙って聞く。
「おわかりかと思いますが、皆様ご心配なさっておいでですよ。清蔵さん、お客様の想いに応えては頂けませんでしょうか? あなたならそうしていただけると私は信じています」
常連客の言葉に心を揺り動かされたかに見えたが
「お嬢ちゃんの言いたいことはわかる。けどな、バグアに滅茶苦茶にされようが、俺は苦労して持った店を離れたくないんだ。壊されてもな‥‥」
退去する意思は無いようだ。
「だったら‥‥だったら、俺達が家族や常連の思い出がいっぱい詰まった食堂を必ず守る。約束する! だから退去して、盟子さんを安心させてくれ。頼む!」
ラスト・ホープを護るのも能力者だ、と力強く宣言する翔流は、説得に失敗し、清蔵がここに残ると言ったら自分が残る覚悟でいる。
やれやれ‥‥と銜え煙草を灰皿に押し付けたUNKNOWNも説得に加わる。
「ラスト・ホープが戦火にさらされないよう、私も努力しなければ、ね。いや、暇ではないのだけど。私も前線に行くなら行った方がいいのだろう。私の能力や愛機は、それだけで戦力ではあるから、ね。今、退去しても店が死ぬわけではないが、主人に何かあるとこの店を贔屓にしていた客が悲しむから、ね。主人にはできれば退去して、安全になってから戻ってきて貰いたいのだが。どうだろう? 私は個人の小隊だが、ね」
「そうですね。ラスト・ホープが戦火にさらされないよう、私達も努力しなければ」
私も協力します、とオリヴァーも同意する。
「私も護る!」
だから退去してと頼むシクル、心配する沙紅良も翔流と同じ気持ちだ。
「しゃーねえなぁ、俺も護ってやるよ。美味いメシご馳走になったからな」
あくまでもその礼だからな! と不機嫌に言う走太郎だったが、それは本心だろう。
「清蔵さん、このまま残るのか、退去なさるのか決めていただけましたか?」
そろそろ結論を聞かせてください、と沙紅良が促す。
「‥‥あんたらには負けたよ。退去は残っている客のために閉店セールをした後で、だが。それでいいか?」
「はい。では、盟子さんにそのようにお伝えしますね」
皆が帰る前、清蔵は手作り弁当を手渡した。
「ありあわせで作ったモンで悪いな。腹が減っては戦ができぬ、と言うだろう?」
「ありがとう。今度来た時には温かい紹興酒を貰えるかな?」
UNKNOWNに「用意して待ってるぞ」と豪快に笑う。
「私達にできることがあったら協力しますね」
「その時は、私も呼んでくださいませ」
「閉店セール、俺も手伝うぜ」
オリヴァー、沙紅良、翔流は退去を決めた清蔵に協力を惜しまないだろう。
「おじさん、落ち着いたらまたカニ玉作ってね! さっきのすごく美味しかったからまた食べたいな!」
「‥‥ありがとな」
約束だよ! とニッコリ笑うシクルに対し、不機嫌な表情で受け取る走太郎。
頑固親父の説得は、客の気遣い、皆の心配りにより成功した。