●リプレイ本文
「‥‥歌姫の心をゲットできる特効薬も、あればいいのに」
ぽそりとしたカザンのつぶやきに、壁にもたれて話を聞いていた漸 王零(
ga2930)が口を開いた。
「今回汝の大事な歌姫・・・ああ違った。汝の大事な金蔓である歌姫の歌声の為に護衛をする傭兵の一人だ。しかし、汝はよほど彼女の歌から手に入る金が大事なんだな。だってそうだろう? 別に彼女が歌えなくても一緒になる分には何ら問題はない。じゃぁ、汝にとって大事なのは彼女の歌で得られるものとなるわけだからな」
わざと挑発する様に告げられた言葉は、カザンの心を大きくえぐり、揺さぶる。カザンの反論より早く、王零の言葉が続いた。
「まぁ、違うというだけなら簡単だ。それを証明する方法は古来から一つだろう? うまくいけば、違う願いも叶うかもな」
王零は興味を失った様子で腕組みをして黙る。カザンもきつい先制パンチをうけ、考え込んでしまった。誰も口を開かず場を重い沈黙がつつむ。それを破ったのは星和 シノン(
gc7315)のよく通る声だった。
「カザンさんはミナさんのこと好きなんですか?」
何気ないその問いに、カザンは大きく溜息をついた。
「‥‥ミナのことは、今でも心から愛している。でも」
また溜息。
「でも、ミナは僕や劇場の行く末なんかより『歌うこと』が大事なんだ。僕はミナに歌える場所をあげたい。さっき王零さんに言われた『ミナは金づる』、考えてみればその通りだ。ミナが歌う場所は観客ゼロの野原より、満席の劇場がいいと思っている。でも、劇場を維持するためには金が要る。僕は──ミナのために、ミナを利用して金を稼いでいる」
青ざめた顔を手のひらで覆うと、カザンは下を向く。落ち込むカザンに向かってシノンが声をかけた。
「『愛してる』っていう気持ち、ミナさんに伝えました?」
「いや‥‥僕なんかより歌のほうが好きみたいだから伝えたことは、一切ない」
カザンのその答えを聞き、月居ヤエル(
gc7173)のかわいらしい声が響いた。
「なんでそれ言わないんですか。エスパーじゃないんだから、言葉にしないと伝わりませんよ?」
部屋の隅で黙って聞いていた村雨 紫狼(
gc7632)が自分の頭をワシャワシャと掻いた。
「あーもう男はガッツリ肉食系だろがーーーっ!! 王零さんだって『それを証明する方法は古来から一つ』って言ってるじゃねぇか。告っちまえっ!」
言っちゃえ言っちゃえ、と合唱が起きる中、メアリー・エッセンバル(
ga0194)がそれをさえぎった。
「カザンさん、ベルフラワーの周囲にいたキメラに関して伺いたいのですが」
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「ああ、すみません。そちらが本題でしたね。ミナにベルフラワーを摘ませるためには、2匹のキメラを排除しなければなりません。バラの形をしたキメラはくねりくねりと踊るのが好きな様で」
カザンがキメラの生態に関して語り始めるや否や、メアリーの顔色が変わった。
「踊る、ですって!? バラの格好してるのに? ‥‥植物をけがすなんて!」
キメラぶちのめす!と気炎を吐くメアリーに、王零が声をかけた。
「2匹のうち1匹を、我に寄越してくれ。この小銃の試し打ちをしたい」
しかしメアリーは頷かない。今にも飛び出していきそうなメアリーに、さらに王零が言った。
「キメラを倒すのが目的であろう。試し打ちだが我は必ず1匹しとめる。もう一匹は好きにしてくれ」
怒りで肩を震わせ黙っているメアリーが、やがて口を開いた。
「‥‥わかった。丘に着いたらまず最初の1匹は任せる。必ず倒して、お願いね」
「了解した」
「ミナさんには、歌も衣装も立ち居振る舞いも、私たち演劇部の『舞台の演技の参考』にしたいから丘で稽古つけて欲しいと告げるの。丘に着いたらキメラを倒す。安全になったらミナさんにベルフラワーを摘んでもらう。その後、丘の上で歌ってもらっちゃおう!」
ヤエルが内容をまとめ、皆にいい? と聞く。その背後から、シャルロット(
gc6678)がコスチューム「アリス」 に着替えてもじもじと登場した。
「…気のせいか僕だけこんな役目することになってない?」
シャルロットが泣き言を言うと、いつの間にかふわふわの白い羽飾りを背につけたシノンが、張り切って声を上げた。
「部長の言いつけ守って演劇部としての練習もしないとね。しぃも天使役で頑張るよっ!!」
脚本ノートと台本を抱えたヤエルも後に続いた。
「ミナさん、本物の歌姫だから、きっといい参考になると思うんだ。次の舞台の『歌姫伝説しゃるろっと』、成功させようね。頑張って、シャル君!」
笑顔でガッツポーズをとるヤエルとシノンに見つめられ、シャルロットはあきらめの境地で魔女っ子ハットを被り、フィレツェレリ・ウィンターコートを羽織った。
「ミナは中庭で皆さんを待っています。どうか‥‥よろしくお願いします」
頭を深々と下げるカザンを後に、傭兵達は出発した。
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丘までの道のりは順調そのものだった。カザンの言う通り、キメラはおろか追いはぎもいない。空は高く青く、空気は澄み渡っていた。
「声を取り戻すには高いタワーの天辺からムササビ飛行すればいいんだっけ?」
セラ(
gc2672)はヴァイス・フレーテの入ったケースを抱え、本気か嘘かわからない発言をした。
「あら、やはり身投げでもした方がよいのかしら。でも、このあたりには身投げ出来そうな高いところがありませんわ」
ミナは美しい笑顔で答える。セラが言葉を続けた。
「ミナさんは歌が好きなんでしょう? 歌が好きなら、うさぎを飼えばいいじゃない!」
「歌は好きですわ。ずっと歌一筋でしたもの。うさぎさん、飼うのもよいかもしれません」
微妙にかみ合わない会話をにこにこと続けるミナを見て、テイ(
gc8246)はうーん、と首をひねった。
(綺麗な人なんだけど‥‥なんか残念な感じがするんだよね‥‥)
そんなテイの思いに気が付いたのか、紫狼がささっとテイに近寄り、耳打ちした。
「なんつーか、『残念系美人』だよな?」
「‥‥ですよね」
「でもよ」
珍しく紫狼がまじめな顔つきになる。
「カザンさんの心、ぐらいは分かるといいよなあ」
「分かるでしょうか」
「そりゃ、カザンさんの頑張り次第、ってとこじゃねぇか?」
そう言って紫狼はテイの両肩をぽんと叩き、ウィンクして離れてゆく。ミナを横目で眺めながら、テイは願った。
(出来れば、カザンさんとうまくいって欲しいな)
相変わらずかみ合わない会話をにこにこと繰り広げるミナとセラに、ヤエルがスキップで近づいた。
「ミナさーん、歌うの好きなんだよね?」
よく通る声で質問するヤエルに、ミナが答える。
「ええ、歌うのは大好きですわ」
「歌が好きなのに、どうして積極的に喉を直そうって思わないの? 喉の異変、何か理由があるのかもしれないよ?」
無邪気な問いかけの内容に、ミナはびっくりした。陶器のような滑らかな頬を両手でつつむと、じぃっと考え込んだ。
「‥‥歌が好きなのに、声が出ないのはどうしてなのか‥‥。考えたことも、ありませんでしたわ」
ミナは黙りこんでしまった。
ミナが黙考を始めてじきに、丘の頂上へ着いた。頂上といっても山菜取りの老人ですら余裕で越えられるような、緩やかな丘である。そんな緩々とした道を上り詰めると、果たして、目の前にキメラはいた。
「マジで踊ってやがる‥‥」
今まで見たことのないタイプのキメラに、紫狼は思わず声を上げた。あれほど怒っていたメアリーでさえ、楽しげに踊るキメラを見て唖然としている。ぽかんとキメラを見つめる仲間達に、王零が声をかけた。
「この銃を試してみたいのでな。すまぬが少し、下がっていてくれ」
自分の背後に下がる仲間達の行動を待ち、王零は小銃「FEA−R7」の射程距離ぎりぎりからキメラに狙いを定め、撃った。その銃声は悲鳴のように聞こえ、傭兵達は思わず耳をふさいだ。3発の銃声を響かせた後、王零は小銃を下ろした。2匹のキメラのうち1匹は、花弁を散らして絶命している。手にした小銃に目線を落としながら、王零は呟いた。
「悲鳴のような銃声、は、あまりキメラには効果はないな。植物以外のキメラでも試してみるか。銃の威力は、まずまず合格だな」
そして王零はメアリーに視線を転じた。
「試し打ちは終わりだ。協力に感謝する」
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王零の言葉にメアリーはふいに我に帰った。静まりかけた怒りが再びふつふつと湧き上がる。ぎりぎりと唇をかみ締め覚醒するメアリーを見て、慌ててシャルロットがコートと帽子を脱いだ。
「やえるん! しぃちゃん! 持ってて」
2人がコートと帽子を受け取るかどうか、というタイミングで、シャルロットも覚醒した。
「瞬天速!」
シャルロットのすぐ脇をメアリーが駆け抜けた。
「先手必勝! 限界突破!」
次々と能力を開放し、残ったキメラの根元へ滑り込むメアリー。間髪いれず、エーデルワイスを地面に突き立てる。
「庭師歴=年齢を甘く見ないでよねっっ!!」
先手必勝の効果もあり、イニシアチブは完全にメアリーにある。キメラがようやくトゲを発射しようかとした時、あたりに歌が響き、キメラは身動きが取れなくなった。ワンテンポ遅れたもののシャルロットが到着し、呪歌が麻痺の効果をあらわしたのだ。コスチューム「アリス」を身にまとうシャルロットは、ヤエル振り付けのダンス的な動きで呪歌を口ずさみながら、メアリーの攻撃が終了するのを今か今かと待っていた。
(この衣装も踊りも演劇部の為…演劇部の為)
「まあ、すごい! こんな早変わり見たことないですわ」
メアリーのうねうね動く髪の毛、シャルロットの光の粒子をみて、ミナは少女のようにはしゃいだ。
「私も参加します!」
輝いた笑顔で駆け寄ろうとするミナを慌ててテイが押しとどめた。
「ミナさん、あんまり前に出ちゃうと危険ですよ? 少し下がって居てくださいね?」
「早変わりしただけなのに危険? メアリーさんとシャルロットさんは大丈夫なのですか? お二人は巨大なバラを相手に、悲劇を踊っていらっしゃるんですわね」
先ほどの嬉しそうな表情とは一転、悲痛な面持ちになり、ミナはメアリーとシャルロットを見つめた。ほどなく『巨大なバラ』はくたんと倒れこみ、動かなくなる。根っこはメアリーの根性によって全て掘り返された。
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ベルフラワーの写真と同じ薄ピンクの釣鐘型の花が、倒れたキメラの背後に咲いている。ミナはそっとベルフラワーに手を伸ばし‥‥その手をすぐ引っ込めた。
「もし、もし食べても声が戻らなかったら? その時は、カザンのところに戻れませんわ‥‥」
先ほどまで上機嫌だったミナのメンタルが折れ、座り込んでしくしく泣き出す。その時、テイが口を開いた。
「ミナさん。知ってます? ベルフラワーにはね、採った人に幸運をもたらすって言い伝えがあるんですよ?」
「幸運‥‥」
「ミナさん自身の手で採ると、きっと声も出るし、ほら、素敵な王子さまがみつかるかも!」
そう言ってテイは、少年らしいあどけない微笑をミナに向ける。その横から『歌姫しゃるろっと』がきらきらと純粋な瞳で言葉を継いだ。
「歌は良いものだよ‥でしてよ? ベルフラワーで声が戻るなら、それはそれで素敵な事なんじゃないかな‥でしょうか?」
発言の後、シャルロットは顔を真っ赤に染めて横を向いてしまったが、2人の言葉はミナの心を打った。キメラの花弁でプチブーケを作っているメアリーが手を止め、ミナを真っ直ぐ見た。
「とにかく食べてみなさいよ。喉だけじゃなくて、心にも効果があるかもしれない」
ミナは傭兵達を見回すと、唇を引き締めてベルフラワーを採り、口に放り込むと3回ほど噛み、飲み込んだ。
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ミナがベルフラワーを飲みこんだのを確認すると、セラがヴァイス・フレーテを取り出した。
「ホントはピアノが一番得意なの♪ でも持ち運べないでしょ。だから、今日はセラのフルートを聞けー!」
「セラたんのフルートも聞きたいけどさ、その前に歌姫に一曲頼もうかと思うんすけど」
紫狼がセラにぴしっと指先を突きつける。その指先をかわすと、セラがふふん、と笑った。
「丘に着く前、ミナさんすっごく悩んでたよ? 悩みは早く解決したほうがいいよ!」
セラはミナの隣に寄り添った。
「新曲いっきまーす!『スターダストリング!』」
セラはヴァイス・フレーテで前奏を吹き、アカペラでほしくずの唄を歌い始める。セラの周囲10メートル以内にいなければ混乱の効果はない、と分かってはいるが、傭兵達は皆思わず耳をふさぎ、遠く離れた。もちろん、ほしくずの唄を初めて聞くミナは混乱の効果など知る由もない。抵抗する間もなく唄に取り込まれた。心地よいセラの声に連れられ、かつて孤児院にいた頃の日々が思い出される。初めて会ったカザンのはにかむような笑顔。稽古場でいじめられた私をかばってくれたカザンの後姿。歌姫となってからも支えてくれたカザン。どうしてこんなにカザンのことばかり考えてしまうのかしら?もしかして、私──。
ミナが一瞬正気に返ったのを見て、セラが歌うのをやめる。
「ぐるぐる混乱しているときにもーっとぐるぐるしちゃえば一周して元に戻るかもなんだよ!」
おしまい!とにっこり笑って、セラがフルートをしまった。ミナは動かなかった。動けなかった。
「私‥‥皆さんのお陰でわかりましたわ」
やっとミナが口を開く。
「いつも私と歌を支えてくれたカザン。‥‥私はカザンを愛しています。カザンへの思いがあふれすぎて、苦しくて、歌い方も見失っていました」
ミナが涙の光る目で微笑んだ。
「いつかカザンが『愛してる』と言ってくれると信じて待ちますわ。皆さん、本当にありがとう。心から感謝いたします」
「汝の歌を、聞かせてもらえないか」
小銃の手入れを終えた王零がミナに言う。紫狼も笑顔でミナに声をかけた。
「いよっ、歌姫! 飛び切り明るいのを一曲、お願いしまーっす!」
ミナは最高の笑顔を浮かべると、一番お気に入りでもっとも得意とする歌を静かに歌い始める。その歌声は、普段歌に馴染みのない傭兵をもってして『絶品だった』と伝えられるものであった。
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ミナは以前にもまして輝きを放ちながら歌い、カザンは何度も傭兵達に頭を下げた。そんなカザンに、メアリーが花束を差し出す。キメラの花弁で作成した、あのプチブーケだった。
「ミナさんへ言葉を添えて渡してあげて。私に出来るのはここまで」
カザンがミナに幸せな告白をすると信じ、傭兵達はカザン宅を後にした。