●リプレイ本文
●数日前
アキラの要塞跡は、周りに大きな町などがないため、ガレキの山になったまま、それが要塞の主の墓標となっていた。そこに一台のバイクが近寄り、ある距離まで来ては停まった。
「結局‥‥貴方と俺は最後迄擦れ違いでしたね‥‥」
終夜・無月(
ga3084)は、その墓標に声をかける。
この戦いに挑めなかった自分を悔やみながらも彼は覚醒し、ガレキの山を歩き、『重要な物』を探す終夜であった。この要塞が崩壊する形は、アメリカの建築技術が主であり、正しく爆発させれば真下に崩れる様になっている。彼はアキラが死んだ場所を推測しては、その場所のガレキを取り除いていった。アキラの死亡から約1ヶ月経った今でも、『大事な何か』が残っているかと彼は考えて今ここにいた。
「なかなか‥‥難しい物ですね‥‥」
彼は一度覚醒を解き、一息入れる。周りは山と荒野で目をこらせば、廃墟となった建造物も見える。再び覚醒しては、作業に戻る。ガレキの中は爆発の影響で要塞内は燃えていたと分かる。1時間ほど経ったのだろうか、彼は下敷きになった光る何かを見つけた。それは、灰や煤を被った鉄製の金庫であった。バグアの特殊技術で作られた物ではなく、ごくありふれた鍵だけで閉める金庫である。鍵は見あたらないが、普通の金庫であるなら、鍵師に頼んで鍵を作れるだろう。この金庫がアキラの物だと確信できた。中は外部の熱で可燃物は焼かれている可能性は高いが、『遺品』が残っているのではないかと考えられ、隠れたところにアキラの名前が彫られていたのだ。
残念ながらアキラの死体らしき物は見つからなかったが、終夜はここで戦い死んだアキラを思う。そして、彼は剣を抜き、このガレキの山に向かって、
「十字の墓標(CROSS†GRAVE)!」
自分の最大技を放ち、十字にガレキの山が斬られる。
「是が今の俺の全力‥‥闇を裂く月狼の力だ‥‥」
と、つぶやき剣を収め、
「静かに眠れ‥‥」
と、言い残し去って行った。
●ラスト・ホープ空港、待合室
傭兵達や、ラスト・ホープを生活の拠点にしている人が空港を行き交っている。ウィルソン・斉藤(gz0075)は、リリィ・コバヤシと一緒に待合室にいて、ずっと沈黙したままだった。リリィもその場から去ろうという気はなかったようだ。何かを言わないといけないが、言葉が見つからなかった。
「‥‥こんにちは」
ベル(
ga0924)がやってくる。
「おう、来たか」
「ベルさん、こんにちは。先日はありがとうございます」
「いえ、‥‥最期まで見届けなくてはと‥‥お礼を言われるほど‥‥のことは‥‥」
彼は、ぽつりと言う。
その最期というのは、幾度も出会い戦ったアキラの事だろう。
「‥‥他に来る人は?」
「ああ、あと数名来る」
ベルの問いに斉藤が答えた。
数分後に、依神 隼瀬(
gb2747)と鹿島 綾(
gb4549)、ハミル・ジャウザール(
gb4773)が待合室にやって来た。終夜が後にやって来る。手には丈夫そうな鞄を持っていた。
斉藤が腕時計をみては、
「俺はエミタのメンテがあるから、コレで失礼する。ではな」
と、斉藤はその場を去る。傭兵達は会釈するか「さようなら」と声をかけて見送った。
その後、また沈黙が訪れる。1分かもしくは数秒か。沈黙が長い時間続いていたと感じる者が多かった。その沈黙を破るように、鹿島が口を開いた。
「あの後、ゆっくりと話す時間が無かったもの。ちょっと、時間を貰ってもいいかしら?」
彼女はリリィに訊く。
リリィは、周りを見ては「はい‥‥」と小さい声で答えた。
「では、ここでより、もう少し静かなところで話しましょう」
誰も異論はなかった。
鹿島は人数を考え、落ち着けそうな喫茶店を選んだ。店内の雰囲気は綺麗で高級感があり、あまりそういうところでお茶を飲むという事がない人だと、躊躇してしまいそうな場所だった。客は誰もいない。
全員が飲み物を頼んだ後、リリィが鹿島達を見ては不安そうな顔をしていた。
「この前はお疲れ様」
「あ、はい‥‥」
確かに、リリィの挙動は皆を不安にさせる。彼女と今いる全員は、『アキラ』という『共通の敵』があり、更に『ヒデキ』という『リリィの肉親』であることでつながりがある。注文した飲み物が届く間、誰もが無言だった。どう切り出せばいいか悩んでいるからだ。
「疲れてるでしょう? 一先ず、飲んで一息つきましょう」
「‥‥」
鹿島がリリィに言う。それから皆は飲み物を飲んでは、心を落ち着けた。
「兄を倒してくれてありがとうございます」
リリィは礼を言う。しかし、その声はいろいろな感情が混ぜ合わさったものだった。
「私達は最後の最後で、ヒデキを『アキラ』という存在から開放する事が出来たと思う。――でも、そんな言葉で納得できるはずは‥‥無いわよね?」
鹿島がリリィに言うと、リリィは下を向いた。これで、まだ悩んでいることがあると確信に至る。
ハミルが言う。
「人の死には‥‥2つの段階があるそうです‥‥最初は命が終わる時‥‥二番目は『存在を忘れられる時』‥‥そう聞きました。だから‥‥忘れないであげて下さい‥‥『アキラ』ではなく‥‥お兄さんの『ヒデキ』さんを‥‥。彼がリリィさんを大事に思っていたのは‥‥紛れもなく事実ですから‥‥」
「‥‥でも」
リリィは困惑する。そこに依神が続ける。
「そうだよ。世間では『悪』として知られているけど、リリィちゃんにとっては『たったひとりのお兄さん』だから。本当のことを言って? そのことで誰もリリィちゃんを責めないし、怒らないし、非難もしないよ」
「‥‥」
リリィは言葉を詰まらせる。しかし、依神の声が徐々に泣きそうになっていたため、どうしたのかと全員が心配し始めた。
「ごめん、愛子ちゃんの事を思い出して‥‥あの子も『トリプル・イーグル』だったから」
依神は小野塚愛子と友達になりたかった。しかし、それはかなわなかった。小野塚は人類側に投降するとなった時に体内に埋め込まれていた爆弾で死亡したのだ。悲しみはついて回る。依神はこのことを報告書で知り、悲しんだのだ。
リリィは黙ったままだった。しかし、ここにいる人は待ち続ける。
どれぐらい時間が経ったのか分からない。コーヒーが冷めるまで黙っていた。リリィは重い口を開く。
「兄さんが‥‥どうして‥‥どうして敵にならなきゃならなかったの‥‥?」
と、悲しみを込めた言葉が漏れた。
「彼らは強化人間や‥‥ヨリシロとされた人達は『バグアの仕業による被害者』です‥‥。私はそう思っています。だから、彼らを‥‥責めることはありません。それは‥‥ヒデキさんに対しても‥‥です」
ハミルが言う。
リリィは震えていた。鹿島は彼女の肩を抱く。
「直ぐに立ち直るとは言わない。そんな事は無理だって分かってるから」
「‥‥」
「私にとって、家族を失うのは大きな転機となったの。だから、素直に教えて欲しいの。貴方の今の思い、そして成したいと思っていることを」
優しくゆっくりと鹿島は言った。
リリィは肩を振るわせ、
「兄さん‥‥どうして‥‥。バグアに‥‥、どうして『アキラ』になったの‥‥。優しい兄さん‥‥。おかしいよ。こんなの、酷い‥‥。死んで欲しくなかった‥‥。罪を償って、こちらに戻って来てほしかった! 何故、死ななければ行かなかったの!」
嗚咽と本当の気持ちを吐露した。理不尽な運命に怒りを込めた告白だった。
その場にいる誰もが彼女を責める事は無く、鹿島はリリィを抱きしめる。
「今は、兄さんの死を悲しんで、思いっきり泣けばいいよ」
依神達は言う。
リリィが落ち着くのには、かなりの時間がかかった。
●外に出て
しばらくしてから、一行は店をでる。リリィが落ち着いくのに時間はかかったこともあり、また別の機会に話そうという事になった。
終夜は、リリィに鞄の中身――金庫――を渡す。
「‥‥先日、要塞跡で見つけた物です‥‥」
「これは? まさか」
「爆発に耐えたアキ‥‥いや‥‥ヒデキの金庫です」
「ありがとうございます」
終夜は、鍵師に頼んで作って貰った金庫の鍵と金庫をリリィに渡す。
中を開けると。周りの熱で焼けた紙などが残っていたが、鉄製のタグが、熱で少し変形した状態で入っていた。
「これは、兄さんと‥‥私のタグ‥‥」
タグは変形しているだけでしっかり読める。家族の絆として彼は残していたのだ。
「兄さん‥‥」
リリィはタグを抱きしめる。そして一筋の涙を流した。
●悲しみは徐々に薄れる事を望み‥‥
その後、幾度か傭兵達はリリィに会っては話をする。泣いた事で気持ちの整理がついてきたのか、表情は前に比べて良くなっていた。
ベルが、
「ヒデキの事を知りたいです」
と頼むと、彼女は懐かしむように話してくれた。
「兄さんはね、本当に無口で静かな人だったの」
アキラの時と同じように、あまり喋ることはなくて、本心がたまに分からなくなると言う事もあるが、それでも優しく見守ってくれていたという。彼は戦いが嫌いな人であった事や、『アキラ』として知らないことを教えてくれた。
リリィは、この運命の歯車が狂ってこういう事になった事は悲しいためか、涙を流す事もあった。
彼女が立ち直るには時間がかかる。しかし、確実に心が強くなっていき、色々話してくれた。
ある日。デトロイト近辺の共同墓地に、ヒデキ・コバヤシの墓標を建てた。葬儀を行うというのは終夜の案だった。斉藤も加わり簡素ではあるが、ヒデキの魂に救いがあるように祈り、黙祷する。そのことが、リリィの心の整理に大いに役立った。
彼女は、
「まだ、言葉では言い表せませんが‥‥、前を向いて歩いて行きたいです」
笑顔を見せて答えるのであった。
「今回も助けられたな。ありがとう」
斉藤は、リリィの話を聞いてくれた傭兵達に礼を言った。場所は先日向かった喫茶店だった。
「‥‥俺はずっと関わっていましたから」
「フィアナを‥‥守るためでしたね‥‥」
「そうです。長いこと彼を相手に戦っていました」
終夜の言葉でベルは頷く。
「私は、このような悲劇を繰り返さないためにまた戦いつづけるわ。みんなを守り通してみせる」
鹿島は決意を新たにした。
いまは、確信できる。リリィはちゃんと立ち直り、進むべき道を見いだせるだろうと。もし、躓きかけても、それを手伝おうと傭兵達は思うのであった。