●リプレイ本文
●症状
「確かに重症だ」
鈴葉・シロウ(
ga4772)は素顔のままで今のフィアナ・ローデン(gz0020)の状態が酷いことを風雪 時雨(
gb3678)から聞く。そして、新しい事務所でのフィアナの状態から確信へと変わった。
いま、彼女はベランダのウッドデッキにあるチェアーに座ってぼうっとしていた。しかし、目に活力がない。うつむいてはたまに空を見上げ、またうつむく。何かを喋ろうとして止める。親しく接してきた人には、辛い姿だった。シロウと時雨は、そのベランダが見える別の部屋から見ている。
「あのように元気が無く、覇気がないのです」
と。
「‥‥それにおいて、私は言うべきことは決まっている」
普段は素顔であろうと熊顔あろうと、冗談を言うシロウであるが、今回は冗談を交えて話すことはなさそうだった。
「自分は、フィアナを助けたいのです」
時雨は本音を言う。また、彼女の母親に会うというアポイントメントを取り付けた。
「そうか、支えていくのだな時雨クン」
シロウは時雨にそういうと、時雨は頷いた。
「うむ、行動できる事をするというのは、すばらしいことだよ。でも、一つだけ君に対して言わせてくれないか?」
「何を?」
「MO☆GE☆RO。‥‥もげてしまえ! リア充! うおおおお!」
嫉妬で半泣きするシロクマ(今は人の顔だが)がそこにいた。コメントを流せる動画だと、弾幕状態だろう。ぶれないヲタ☆クマだった。
エイジアの事務所一階。
「結構ありますね。いくらゴシップが流れても、大好きだと言う気持ちはあるのですね」
「そうだね」
辰巳 空(
ga4698)と皐月・B・マイア(
ga5514)は、日本の特殊な都市・エイジアのラジオ局、関わった現地スタッフが受け取っていた手紙を集めていた。フィアナが元気だった頃の量よりは少ないが、それでも、感謝や感動を伝えたいと手紙が来ていたのだ。
「‥‥こっちもありますよ‥‥」
ベル(
ga0924)がダンボール箱をもってやってくる。
「‥‥孤児院の子供達の寄せ書きがあります‥‥」
ラストホープで孤児院を開いているある人物の元に向かっては、届けに来たのだ。
「フィアナさんのことが好きな人がいっぱいいるね」
ダンボールが足りない程沢山、フィアナへ感謝の気持ちを伝えたいものがあったのだろう。
「確か時雨さんはそろそろ母親の元に向かうはず。ルキアさんもついていくそうです」
空が腕時計を見て時雨の行動を考える。
「では、いま上の階にいるのはシロウ殿だけになるのか?」
マイアは考える。
「‥‥俺がいきます‥‥」
ベルがダンボールを置いて、言う。
「ん、分かった。後で紅茶とクッキーを持っていくよ」
マイアが何か落ち着く飲み物を持っていくと伝えると、ベルは頷いてその場を後にした。
しかし、ベルは傍にいるだけしかできない。自分も何かをしたいが解決策を自分で思いつけないでいた。無力に自分の拳を壁にぶつけたい気持ちがあった。
(‥‥俺も、フィアナさんの為に何が出来るというのだ‥‥っ! く)
彼もまた苦しんでいた。大親友が元気をなくしているというのに、何も出来ないことが辛い。
一方シロウは、ベランダでぼうっとしているフィアナを見ているだけだった。その部屋から動くことはしない。ベルがやって来ては、何か話をしている。
(こういう事はタイミングが必要なのだ。いま私が行動する時ではない。マイア君達がいて初めてなせることを言うのだからな)
と、思っていた。
「フィアナさん」
「ベル君‥‥」
「‥‥天気いいですね‥‥」
「うん」
フィアナは力のない笑みをこぼす。ベルはそれが辛かった。
そのとき、彼の脳裏に『宿敵』の顔がよぎる。もし、『宿敵』が今のフィアナを見たらどう思うのだろうと考えてしまう。ベルは傍にいるのは、友情と自分への誓いだ。フィアナが酷くふさぎ込み、危ないまねをしないためにも彼はそこにいる。
(‥‥歌を歌えなくても、俺は‥‥彼女の傍にいるつもりです‥‥)
彼は決意する。ただ、その先へ進むとっかかりは見いだせなかった。
●母親とは
時雨と夢守 ルキア(
gb9436)は、病室のスライドドアをノックした。
「どうぞ」
そこには、ベッドを起こして窓から空を見ている老いた女性がいる。
「初めまして、フィアナさんの恋人‥‥として同棲させて頂いています。風雪 時雨です」
「はじまして、私、夢守 ルキア」
2人はお辞儀をして入る。
「座って。お話とは何?」
「はい、レジーナさんに言っておきたいことがありまして。自分は能力者です。戦いの場所に向かっています。しかし、自分が戦い死んでしまうかもしれません‥‥」
「全部言わなくていいわ。フィアナをこれ以上悲しませたくないのですね?」
「あ‥‥え、はい」
「フィアナが決めた事に、私は口出しすることはないわ。2人仲良くあればいいのよ」
レジーナは真剣な眼差しで時雨を見た。その老いた姿から包容力のある雰囲気が時雨を安心させた。
今度はルキアが近づいて、訊ねる。
「レジーナ君にとってフィアナ君って、どんなソンザイ? 私、母親って知らないの」
「可愛い娘。よ。行動力があって、数年もの間にしっかり前を見据えて動いてきた自慢の娘よ」
「可愛い娘‥‥?」
レジーナはルキアに微笑んで答えた。自分がこの状態になっても、仲間をつくり、様々な慰問活動を歌という形で実現した。趣味がマニアックなところは母親としては複雑な気持ちだったらしく、ゲームが好きなのはおそらく幼くして死に別れた父親の影響だと思っている。
「そう。でも、今は自分が無力だとおもったのかな?」
「そうね。昔、バグアの驚異から逃げていたときの恐れが再びあの子を襲ったのかもしれないわ」
ルキアの問いに優しく答える。
(この人の言葉、あたたかいな‥‥これがお母さんというものなのかな?)
ルキアは何となく思った。
●澱みを‥‥
「お茶にしよう、フィアナ」
マイアがトレイにティーセットとクッキーを乗せてやって来た。その後ろに空がいる。
「‥‥ありがとう」
「もうすぐ冬だね」
「うん」
会話は何かぎこちない。フィアナが元気ではないことが、会話しにくくなっていた。
「じつは、こういう物をもってきたんだ」
空とマイアは目配せし、空が持っている箱の中を見せる。ファンレターや寄せ書きだった。フィアナは持っていたティーカップを落とし、震える。
「ふぃ、フィアナ?!」
「だめ‥‥それは‥‥いや‥‥」
ファンレターの山を見て、震える彼女の行動にマイアは慌てる。ベルがそっとフィアナの傍に向かう。
丁度時雨とルキアが入ってきた。
「何があったのです?」
時雨は直ぐにフィアナを抱える。ベルは割れたカップを素早く片付けた。
「‥‥まさか、あの人と同じ‥‥?」
ルキアは一度、似たような事を知っている。
そこで、シロウがやってきた。
「甘えるのもいい加減にしようか。お嬢ちゃん」
メガネに光が当たっているため反射して、シロウの表情が分からない。しかし、その声には怒気が込められていた。
「‥‥え」
フィアナは震えながらシロウを見る。
「歌で世界は救えんよ。残念だがそれが真実だ」
「‥‥っ!」
「シロウ殿?! それは‥‥酷いではないか!」
マイアがかばう様に割って入るが、シロウは続ける。
「もう、歌うことが嫌なら、止めてしまえ。そして時雨クンと仲良くして新しい家族を‥‥」
「そんなんじゃない! そんなんじゃ‥‥!」
シロウの言葉を遮るようにフィアナが叫ぶ。
「あたしは、歌うことでしか‥‥歌うことでしか、みんなに想いを伝えられない! 歌だけなの」
「ならば歌うことを止める! 言っていることが矛盾している!」
シロウの一喝。フィアナはよろめきながらも立っている。
「今、君がやろうとしていることは逃げだ。そして裏切りだ。目の前の悲劇に負けて、自分の掲げた理想と、君を支え続けたすべての人へのね!」
「‥‥あたしは歌いたい。でも、声が出ないのよ」
「そんなの事はしらないな。勝手にそう思い込んでいるだけじゃないか!」
「シロウ殿!」
マイアが前に出て、シロウの頬を平手で叩く。
「‥‥私は真実を述べるまで。わかるか、フィアナ? こうして守ってくれる人さえ、悲しんでいる事を」
シロウはそれでも続けた。マイアの目はこれ以上言うと、尊敬している人物でもフィアナを守るために、殺す目をしていた。
「‥‥あたしは‥‥歌いたい! 何があっても‥‥でも、声が‥‥本当に、歌しかないあたしが‥‥その力を‥‥」
「逃げているからだ。歌いたければ歌える様になれ。勝手に君が歌えないと言っているだけだ。誰も歌うなと言っていない。この箱をみろ。励ましや感謝の言葉があるじゃないか?」
シロウは続ける。空が持っている箱から封筒を取り出し、一言謝ってから、封を切る。そして、そこに書かれている手紙の感謝の言葉を朗読する。
「‥‥」
全員が黙る。フィアナも‥‥。
「君は望まれている。それを忘れるな」
読み終えたシロウは手紙を空に返して、その場を去った。
「シロウ殿‥‥っ」
マイアの怒りその場で収まり、涙にあふれていた。
●マホウ
「‥‥寒いから中に入ろう」
ルキアの声に皆が中に入って、もう一度お茶を用意した。
ルキアは何となくだが、フィアナはもう大丈夫じゃないかと思っていた。客観的にフィアナや取り巻く人々を見ていられるからだ。
重い空気の中、マイアがフィアナに言う。
「フィアナ‥‥‥私はね、フィアナの歌が、大好き。フィアナの歌で、私は救われたもの。何度も挫けそうになった私の心を、フィアナの歌が助けてくれた。だから‥‥今度は私が助けたいんだ。我儘かも知れない。でも‥‥それでも、私は‥‥もう一度、貴女の歌が聞きたい」
「マイア‥‥」
まだ若干動きが鈍い腕も使い、フィアナを抱きしめる。お互いの心が温かくなった。
次にルキアが動いた。
「マシュマロもってる。食べる?」
ルキアはフィアナに訊ねる。
「‥‥うん」
フィアナが頷くと、マシュマロを渡し、ぎゅっとフィアナの手を握った。
「?」
「手を握るとね、温かいんだ。手にも、このマシュマロにもマホウあるから」
ルキアは淡々と言葉を紡ぐ。
「君の望みは何?」
「あたしののぞみは‥‥」
フィアナは大きく息を吸って、
「歌いたい」
彼女は答えた。
●後日談
それから数日後、スタジオとなっている部屋から音楽が聞こえる。まだ心配で来ていたマイアやベルは何事かとおもってやって来た。スタジオで楽譜とにらめっこしているフィアナがいる。
「え? 歌えるの?」
「ううん、まだかすれ声。ブランクがあるから上手く歌え無くなってる」
同棲している時雨がいるはずだが、何故かいなかった。
「? ‥‥時雨さんは‥‥?」
「お母さんの所に行ってる。まさかお母さんと親しくなってるみたいで」
フィアナがぷくーっと頬を膨らませる。ヤキモチか?
彼女の歌声はまだ復活していないようだが、前向きに取り組もうとしているし、それ以外では元気な彼女に戻っていた。いい傾向だと、2人は思っている。
「私は、またフィアナの歌を聴きたい!」
「マイア‥‥」
「‥‥ええ、俺も‥‥聞きたいです‥‥」
「ベル君!」
フィアナは喜びのあまり2人に抱き付いた。
「え!? えええ!?」
「フィアナ」
驚くベルと感激するマイアだった。
「結婚しよう‥‥でいいのかな?」
病院からの帰りに、時雨は何か悩んでいる。どうもプロポーズのことらしい。
「もうちょっと雰囲気を。うーんうーん」
端から見ると、変なお兄さんである。
「ゆっくりと焦らずに伝えようか、この気持ちを」
今は、フィアナが元気になってきている。それだけでもいいじゃないか、彼は思った。
ルキアについては、たまにレジーナの所に遊びに来ているらしい。もうちょっと母と言う存在を知りたいという好奇心からだろう。
ラジオを聞くと、フィアナの歌が流れている。それは空達がエイジアのラジオ局と事務所が交渉して、歌を流して貰っているからである。フィアナもそれを知っているため、問題はない。
フィアナの状態が良い方向に向かっているとシロウが知る。空が報告しに言ったからだ。場所は静かなバー。
「悪役に徹した甲斐はあったな。マイアさんのビンタ超痛かったよ。しかし、我々の業界にはご褒美♪」
「激しくポジティブですね」
「ポジティブなのが私のジャスティス♪」
気分で覚醒してはクマ顔になっているシロウ。しかもドヤ顔。
「それにしても君は医者だろ。精神面でのフォローは何とかならなかったのかね? 辰巳君」
「実は、整形外科医なんで、心の方は専門外なんです。すみません」
「ああ‥‥それは‥‥スマンカッタ」
苦笑して答える空に、真面目に謝るシロウ。
「歌姫の復活はちかいな。乾杯といこう」
「はい」