タイトル:歌えなくなったマスター:タカキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/15 06:52

●オープニング本文


 アフリカ解放の為にラストホープが大西洋に移動し、戦火の中で被害を受けた。
 その間、フィアナ・ローデンは、ラストホープ内部の避難所に避難していた。
 ただ、その戦いを何らかの形で見てしまう。
「こんなに戦いが‥‥激化するなんて」
 戦いから逃れこの浮遊島にやって来た彼女だったが、能力者ではない彼女にとってこの参上は筆舌に尽くしがたいものだったのだろう。そして、自分の無力を改めて思い知る事になった。
 小さなステージが開かれたとき、その症状は彼女にとって最悪なものをもたらしたのだ。
 歌えなくなったのだ。
「歌を届けたい気持ちは‥‥あるのに‥‥歌えないなんて」
 彼女は歌い続けていたのに。
 彼女はどんな危険な地域でも歌っていたのに。
 困難に立ち向かっていたのに。
 歌えない。
 どんなことでも屈しなかった心を失ったのだろうか。
 理由は分からない。彼女はショックで立ちすくみ、何も考えられなかった。

 ラストホープは戦火に晒され、もう安全な場所だとは言えなくなってしまった。定期的に戦えない人はこのラストホープから去っていくだろう。徐々に軍事拠点と変わる場所に一般人が居ることは危険を伴う。
 ローデン事務所は一度フィアナを関西圏で平和な場所である、学園都市エイジアに自宅と事務所を移転させる方が良いと判断した。今のフィアナは人形のように従うだけになっていた。
 引っ越しは業者と傭兵に頼めば簡単にすむ。
 ただ気がかりなことは、彼女が『再び歌えるか』だった。

 彼女の歌を聴きたいという人はいる。
 フィアナは戦場を間近で感じた。ラストホープにやってくるまで戦いは見てきた。だから、強い人だと思う人はいるかもしれない。しかし、彼女は今回の激戦を見て、昔の恐怖を思い出したのかもしれない。

「彼女には休息が必要だ。そして、彼女を大事に思ってくれている人達の支えが必要だ」
 スタッフはそう思っていた。
 彼女が再び歌える様になるのだろうか?

「あの歌姫が歌えないって?」
 この話はジェームス・ブレスト(gz0047)にも届き、驚きを隠せなかったようだ。
「俺が出来る事って、逆になりそうで怖いな」
 何とかしてあげたいという気持ちは彼に強く持っていたが、熱血漢な彼の励ましは逆効果ではないかと彼自身自覚していた。南米と北米の戦況が激化している中、彼はエイジアに職務上の用事があって、この学園都市にいる。

●参加者一覧

ベル(ga0924
18歳・♂・JG
小鳥遊神楽(ga3319
22歳・♀・JG
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
皐月・B・マイア(ga5514
20歳・♀・FC
風雪 時雨(gb3678
20歳・♂・HD

●リプレイ本文

●引っ越し
 エイジアの某所。そこにいくつものトラックが停まっていた。目の前には、ほぼよく広い庭と3階建ての鉄筋コンクリートの建物がある。ラスト・ホープから来たフィアナ・ローデン(gz0020)の事務所と自宅の引っ越しだった。
 少し前にフィアナの変調を知り駆けつけたフィアナと親しい傭兵達が、引っ越しの手伝いをすると申し出た。
 風雪 時雨(gb3678)がフィアナの方に走って来た。
「フィアナ‥‥」
「し、時雨? ‥‥お久しぶり。元気にしてた?」
 彼は彼女の元気のない表情を見て、どう言えばいいか少し戸惑う。彼女はいつも笑顔だった。お茶目な可愛い事もしていた。常にステージで輝いていた。ある種のオーラをまとっていたのだ。今はその姿もない。歌えなくなった事が彼女をさらに苦しめているのではないかと時雨は思ってしまう。
(自分が‥‥自分がちゃんと守っていなければ行けなかったのに)
 時雨は自責の念に囚われそうになった。しかし、直ぐに彼は肩を叩かれ我に返った。
(恋人の貴方も暗くなってどうする?)
 と、小さく彼だけに聞こえるように言ったのは、皐月・B・マイア(ga5514)であった。彼女もまたフィアナのことが心配でいたたまれないのである。いや、ここに集まってきた傭兵全員、フィアナに元気を出して欲しいという願いで来ているのだ。
「フィアナ、時雨殿」
 マイアは時雨をフィアナの横に座らせた。時雨はフィアナの手を握る。
「私もショックだったかな‥‥LHにも戦禍が及んだこと」
「マイア‥‥」
「今は、引っ越しを済ませましょ? ね?」
「え、ええ」
 覇気のない声だが、フィアナはマイアを見つめていた。そしてフィアナはマイアの提案に頷く。
「フィアナさん」
「‥‥フィアナさん‥‥」
 小鳥遊神楽(ga3319)とベル(ga0924)がやって来てフィアナに声をかけた。
「‥‥お久しぶりね、フィアナさん。事情は聞いたわ。確かにLHも物騒になったし、少しでも平和なエイジアで休養するのは悪い事じゃないと思うわ」
「おひさしぶりです。神楽さん‥‥。ありがとうございます」
 フィアナの挨拶には覇気がなかった。
「‥‥フィアナさん‥‥」
 ベルは、どう話しかけていいのか分からなくなった。それほど彼女の元気がないと分かると言い出せない。心の中でフィアナの状態がかなり危うい状態だと知る。
「やって参りました『ローデン事務所の引っ越しを手伝い隊』。能力者6人合わせて二十八人力の所を一声オマケして三十人力! 力仕事はお任せあれ!!」
 葵 コハル(ga3897)が元気いっぱいに名乗り出る。
「コハル? お願いね」
「うん、任せてよ!」
 今のフィアナに元気がないのは当たり前、コハルはそれでも普通に接して、この引っ越し作業で歌のことは忘れて欲しいという気持ちでいた。
(元気がないからこっちも落ち込んでいても仕方ない!)
(‥‥そうよね。今は私たちが支えてやらないと)
 アイコンタクトでお互いの心情を知り、頷いた。フィアナはかけがえのない友なのだ。
 辰巳 空(ga4698)はというと、引っ越し会社のスタッフと、事務所のスタッフと一緒に、物を置く場所の話し合いに参加していた。自分ができる事は少ない。なら、知っている範囲でできる事を優先的にしようと思ったのだ。
「フィアナさんの趣味のグッズをこの部屋に‥‥。フィアナさんが住みやすいようにして欲しいのですが」
「そうですね。今はスタジオの設置より、彼女のことを考えていきましょう」
 重たい物は傭兵が持ち出し、破損注意なものは丁寧に運ぶ。
「ほいほいほーい」
 コハルは意気揚々と家具など重いものを運んでいく。
 単純に重い物を運ぶだけなら問題はなかったが、上の階に大きい家具を運び入れる時は引っ越しスタッフの力を借りなければならない。1時間ぐらいで荷物は新居の中に収まり、あとは、棚に小物を入れ直す作業がある。それは事務所スタッフがやってくれるというので、事務所スタッフが「フィアナの傍にいて欲しい」と傭兵達に言った。
「どこにいこうかね?」
 コハルがエイジアの地図を見ながら考える。
「ご近所の挨拶回りはどうですか?」
「‥‥それはいいですね‥‥」
 辰巳の案にベルが賛同する。
(本当はその後、大阪日本橋に寄りたいのですけどね)
 辰巳は思う。しかし、挨拶回りなどをしていると、おそらく大阪日本橋に行っても店などが閉まっている。辰巳は次の機会にすると考えた。
 フィアナがご近所挨拶回りの話を聞き躊躇った。しかし、笑顔になって、
「行きましょう」
 と、答えた。

●挨拶回りから
 フィアナは挨拶回りで人と話す時は元気な顔を見せていた。しかし、つきあいの長い傭兵達には、無理をしているという事は丸わかりだった。しかし、彼女は頑張って近所の挨拶回りを済ませた。
「‥‥フィアナさん‥‥」
 ベルは彼女の姿を見て助けたい重いが強くなる。時雨もマイアもコハルも神楽も辰巳も、気持ちは同じだった。フィアナは移動している時は時雨に手を繋いでいた。
(何とかしてあげたい!)
 みんなの思いが一つとなって、有る計画が生み出される。
 新しい移住先に戻り、フィアナが疲れたから眠りますという。
「うん、ゆっくり休んでね」
 笑顔でコハルが答えた。
 この好機を逃す手はない。
「バーベキューパーティなどして、そのときにフィアナの歌を歌うってどうかな?」
「‥‥それは良い案ですね。でも、歌に対してどう感じているかが問題かも‥‥」
「私は、後日日本橋に行って、あの街の空気を感じて歌の事を一時だけ忘れさせたいですが」
「日本橋で発散は難しいかも?」
「でしょうか?」
 リビングで円陣を組んだように、どうやってフィアナを元気にさせようかという作戦会議。色々案は出るのだが、フィアナの今の状態を見るとうまくいくかは全く分からない。
「で、そこで悶々考えてる時雨」
 コハルがジト目で時雨を見る。
「え? はい?」
「あんた、また凹んではない?」
「いいえ、何をすべきかは、分かってます」
「うむ、それなら時雨が一番に支えてあげないと行けないからね!」
「分かってます」
「いい返事だ!」
「いたい、痛いですよ!」
 コハルは時雨の背中を叩いて笑う。時雨は苦笑してしまう。

●バーベキュー
 引っ越し完了祝いのバーベキューを始めることには皆問題ない。その間、フィアナに話したいことがあるなら順番で決めていこうという作戦にでる。歌を歌う案に賛同するコハルと神楽。バーベキューの準備を主にするベルと辰巳。買い出しを一緒にしようとマイアと時雨という班に分かれた。こうすることで、個人的にフィアナと話がしたい〜特に恋人の時雨はそうだろう〜人とフィアナとじっくり話ができるようになるだろう。

「バーベキューセットはどこの箱だったかな?」
「‥‥これじゃないですか?」
「おお、それですね」
 辰巳とベルは庭にキャンピングカーに入っているテーブルやバーベキューコンロを出してきた。
「? 何してるの?」
 フィアナが自室の窓から顔だけ覗かせて、訊いてきた。
「‥‥引っ越し祝いに、バーベキュー‥‥をしようとおもいまして」
「わあ‥‥それは‥‥いいね」
 フィアナの声にはあまり元気がなかった。しかし、興味を示していることは分かる。
「‥‥買い出しはマイアさんと時雨さんです」
 ベルが言う。
「‥‥うん。バーベキューの準備手伝うね」
「ありがとうございます」
 一方、歌の打ち合わせをしているコハルと神楽は、フィアナが動いている事に安堵する。もし、あのまま引きこもっていたらどうしようと思っていた。
「歌えなくなったことが、とても大きなショックを受けているけど‥‥無理してないかしら?」
「あたしらは、マイペースで元気にすればいいじゃないかな?」
「そうね」
 そして、バーベキュー機材セットを一緒に組み立てているベルは、フィアナにこういった。
「‥‥俺は、必ずこの戦いを早く終わらせるようにします」
「‥‥ベル君」
「‥‥フィアナさんや俺が知っている周りの人を守るだけでなく‥‥、この元凶であるバグアとの戦いを早く終わらせます」
 と、無口な青年は語った。
 フィアナは、涙をあふれさせた。
「‥‥!?」
 ベルと辰巳は大慌てするが、フィアナが止める。
「ありがとう‥‥ありがとう」
 フィアナはそれだけを繰り返していた。
 離れたところで見ているコハルと小鳥遊は急いで駆け寄る。
「どうしたの?」
「嬉しくて‥‥本当に嬉しくて」
「‥‥」
 コハルと神楽は、フィアナが泣いた理由を直ぐに察したことで、彼女らは青年2人を怒ることはなかった。
「いまは、休んでいいんだよ」
 コハルがフィアナを抱きしめる。
「‥‥無理に歌おうとしない方が良いと思うわ。今歌えないのは、神様が少し休憩しなさいと言っているのだと思う。時が来れば、フィアナさんが本当に心の底から歌いたいと思ったなら、きっともう一度歌えるようになると思うから」
 神楽がフィアナの肩を抱いた。
 フィアナは泣いていた。
 買い物組の時雨とマイアは、沢山肉や野菜を買って、フィアナ邸に戻っている所だった。そこで、UPC軍のジャンパーを着ている筋肉質な男を見つける。有名な軍大尉、ジェームス・ブレスト(gz0047)だ。
 彼はマイアと時雨を見つけた瞬間近づいてきた。
「すまん、道を教えてくれないか‥‥って時雨じゃないか‥‥?」
「ジェームス大尉? どうして?」
「ここにいるのは野暮用だよ。そっちは気にするな。近くに、フィアナの家があるって訊いたんだが‥‥」
 と、ジェームスは言う。
 たぶん、気になって「近くだから見に行こうか」と考えたのだろう。
「ええ、いいですよ? 来ます?」
 時雨が頷いた。
「ちょっと時雨殿?」
「大丈夫です」
 マイアはそれなら‥‥と納得した。マイアにとってはジェームスとは初顔合わせだったが‥‥
「お、ロスのカウントダウンで歌ってたお嬢ちゃん。お久しぶり」
「え、そ、それは‥‥その」
 実はマイアとジェームスはLAのカウントダウンで出会っていたのである。会話こそ無かったが。
 向かう途中、マイアと時雨が今のフィアナのことを歩きながら話した。そこで、ジェームスは、
「俺だと、頑張って歌えと言いそうになる。それは逆効果になるってのに」
 ガックリうなだれてしまった。励ましたいのだけどできないことにガックリしていた。時雨とマイアも苦笑するしかない。
「どう思います?」
「うーん、時間と大切な人が傍にいれば大丈夫じゃないか?」
 時雨達の問いに、ジェームスはそう答えた。彼は腕時計を見て気づく。
「おっと、本当は行きたかったが帰還命令時間が迫ってる。今回はお前達に任せたぞ!」
 と、ジェームスは帰っていった。

 バーベキューが始まった。
 楽しい会話はあるが、フィアナはまだ落ち込んでいるように見える。しかし、泣いたことで気持ちが少し落ち着いている事は分かった。
 アコースティックギターを手にした神楽とマイクを持ったコハルがフィアナの歌を歌う。フィアナは感激したのか泣き出す。そこで時雨が彼女の肩を抱いていた。
「ありがとう‥‥」
 フィアナはそれしか言えなかった。
 皆は思う。
 フィアナはまだ歌いたいのだと。
「今は休もう? ね?」
 マイアが紅茶を差し出してくる。
「うん」
 いろいろなことがフィアナの中にある。それを泣く事か笑うことで整理できればと、皆は思った。

●同棲宣言
 後片付けのときに時雨がフィアナと食器を洗っているとき、
「フィアナ」
「どうしたの? 時雨?」
「一緒に暮らそうか?」
「え?」
 フィアナが目を丸くする。
「えっとそのそれって‥‥ルームシェじゃなくてっ同棲とか?」
 フィアナが混乱している。ちょっと遠くで耳ざといコハルはニヨニヨし始めた。
「ここで、時雨がアタックか」
「これ、ここは一先ず席を外すのよ」
「最後までみたーい!」
 神楽やマイアに腕を取られ、コハルは別の所に連行された。
「じょうだ‥‥」
 慌てているフィアナをみて、時雨は冗談ですと言おうとしたが、
「いいよ。でも、ちゃんと戻ってきてね?」
 と、頬を染めながらフィアナは承諾した。
 後に、時雨の荷物などがこの新居に引っ越すことになった。そのとき、「爆ぜろ」だの「もげろ」だの言われているに違いない。

●後日のこと
 引っ越ししてから数日。
 マイアとフィアナは長寿桜がある高見台の小麦屋まで散歩をしていた。フィアナは先日より元気になっていた。
「おじいさんの木、まだ咲いてないね」
「当然だけどまだ咲いてないね。来年の春には、また綺麗に咲くと思う」
 と、長老桜を見ながら2人は、小麦屋のお団子を食べていた。
「フィアナに言っておきたいことが」
「何?」 
「フィアナの力になりたい。でも、今フィアナにとって必要な力になれるのか‥‥それは分からない。でもね‥‥これだけは忘れないで。私は、例え何があったとしても、フィアナの味方だから」
「マイア」
「フィアナはね、私の希望だから。フィアナの歌が、私は好き。だけど、それが全てじゃないって、私は知ってるから」
 マイアは柵に南京錠をかけた。
「‥‥私は誓うよ。これからもずっと、フィアナの力になる。その為に、私はもっと‥‥強くなる」
「‥‥マイア、ありがとう」
 フィアナは微笑んだ。目に涙を浮かべて。

――ああ、みんな私のことを心配してくれてる――
 フィアナは、この数日間で皆の優しさにふれていた。まだ歌えないけれど、いつしかまた歌いたいと彼女は思ったのだった。