●リプレイ本文
●無茶と分かっていても
「やっぱりだめか!」
アルフレド(
ga5095)が自分の兵舎にあるパソコンの画面の前で舌打ちした。
転売などを目的で手に入れたプラチナチケットを探すもヒットすることもなく、ダフ屋の方でも、すでに無くなっているかだった。そして彼にそれを払うまでの金がなかった。
「交渉はまずあきらめていたからなぁ」
それでもあきらめずに、探しているが、全く見つからなかった。
●UPCにメイドさん
キョーコ・クルック(
ga4770)はジェームスの仕事場で、いつもより長いスカートのメイド服でお茶を淹れ雑務をこなしていた。部下には好評の様である。しかし、ジェームスは魂が抜けているように見えていて、キョーコに気がついていない。キョーコは「チケット〜」とぼやきながらも、何とか仕事をこなしているジェームス・ブレスト(gz0047)をみて、
(「魂が抜けているけど‥‥其処まで欲しかったのね〜」)
苦笑せずにいられない。
「お茶が入りましたよ〜、一緒に軽いものでもいかがですか?」
ほほえみかけるキョーコに、ジェームスは間を置いてから、
「俺は幻覚でも見ているのだろうか? 俺メイドを雇った覚えはないぜ‥‥」
眉間に皺を寄せ、指でその部分を押している。いつの間にメイドが目の前にいれば誰でもそう思う。上の空というわけではないが、悩み事が多すぎて回りに目がいってなかったらしい。
「現実ですよ」
「えーっと‥‥ああ、傭兵のキョーコ・クルックか‥‥?」
「はい♪」
依頼などで直にはあった事はなくても、噂ぐらいは耳にする。
「‥‥そうだな‥‥不味いコーヒーじゃなく、美味い紅茶を飲んでみたい」
彼は隅っこの方にある段ボールを見てから、そう言った。
「かしこまりました」
キョーコは恭しく返事をして、準備に取りかかる。
(「あの段ボールってなんなのかしら?」)
と、気にしながらもキョーコは紅茶を淹れている。
休憩ということで紅茶を飲むジェームス。その隣にはメイド。何か違和感があるが誰も突っ込むことはない。そう、部下が呼んだのだからだ。
「‥‥ん? 余り飲んだことはないが‥‥美味いな。軍にもこれぐらい支給して欲しいぜ」
「美味しい紅茶を淹れるには技術が必要ですよ」
「そうなのか‥‥残念だ‥‥ふう」
彼はサンドウィッチも平らげ、部下に見せていたぼやきと脱力は抜けてきたようだ。
キョーコの次の仕事は、前もってアポイントメントを取っているローデン事務所と交渉だ。一段落ついたらラスト・ホープに戻らないといけない。
ジェームスが休憩をしていると、段ボールが動き出した。キョーコも驚く。
「ああ、もう‥‥まったく‥‥」
ジェームスは溜息混じりに、段ボールに向かう。その中に、仔犬がいたのだった。
(「ああ、あれが‥‥チケット取れなかった理由の‥‥」)
ジェームスの後ろ姿をみると寂しさではなく、少し温かく感じられた。
●フィアナとチケット
ラスト・ホープのローデン事務所では。
「と、言う訳なんだ‥‥どうにか出来ないか?」
フィアナと親友ということで、チケット発売前後に関係者席を貰っている皐月・B・マイア(
ga5514)が、紅茶の『ジョルジ』と塩味のあるクッキーを食べながら、ジェームス大尉がとんでもない状態だと話していた。
「うん、知ってる。困ったわぁ」
フィアナが本当に困った顔をする。
ファンだけど、ルールはルールだから、特別扱いは出来ないのが現状だ。もし彼にチケットを渡したら、他の軍のファン達にも渡さなきゃならない色々複雑になるのだ。
「あ、知ってたんだあの依頼‥‥。それなら話が早い。で、どうかな? こういう案は?」
「無理とは言えないけど、警備会社との契約との関係もあるから‥‥。ねえ? 吉田さん? 大丈夫?」
フィアナが、マイアの案を運営スタッフに訊ねる。
「一般人対応の警備会社だけですよ?」
スタッフが、首をかしげる。
「じゃあ‥‥もしかして?」
「サマーライヴのときは、対バグア警備は傭兵さん達にお願いする形でしたし、滑り込ませることは出来るかもですよ?」
「ほんとうか!?」
マイアはぱあぁと明るくなった。
「ええOKかな。先日キョーコ様という方から、話があるとか。おそらく、今回の『依頼』のことでしょう」
スタッフとフィアナはサムズアップする。
「ロスはまだ、脅威が無くなった訳じゃないですからね〜」
マイアの案はジェームスが警備主任として、ライヴの関係者になるという事だったらしい。
「おや、話がまとまった感じでしょうか?」
フィアナのライヴ関係での管理医師として働く、辰巳 空(
ga4698)もその話を聞いていた。
「でも、多忙なのに、大丈夫なのかな?」
「過労で倒れる人じゃないでしょう。たぶん」
噂では、体は根性とか熱意で出来ていると、ジェームスは思われているらしいが、状況を間近で見ていないと判断はつかない。
「でも、彼には何か励ましの言葉か、物が必要でしょうか?」
空の案を、フィアナは考慮する。
「ラジオの抽選チケットとかは?」
空が訊ねると、
「もう無いですね。LA用に配る方が多かったのですよ」
フィアナが答える。チケットのあまりは、まず無いと。
「外部から、エスティのプレジェクションエリアのチケットは、確認するとあるかも知れないけど、彼が欲しいのはプラチナでしょ? 特別扱いしたいな〜とか揺らぎますけどね。こればかりは‥‥」
フィアナは苦笑する。しかし、何か閃いたようだ。
「励ましのお手紙書かこうかなぁ?」
ぽんと手を叩いて、フィアナが閃いたらしい。
「良い案だと思います」
空は微笑んだ。
●交渉は捗る
30分後にキョーコがやってきた。
「初めまして、キョーコ・クルックです」
「初めまして、フィアナ・ローデンです」
握手を交わして、話が進む。
キョーコから状況の説明をフィアナとスタッフ、マイアと空は聞いていた。よほどショックだったことが伝わる。
「ご迷惑になることは重々承知ですが、リハーサルを見学させていただくことは可能でしょうか? リハーサル中の護衛という形でなら体面的には問題も大きくなりませんし、費用もいただきませんので」
「又、魅力的な提案です。大尉さんに護衛というのはとても安心できます」
フィアナがうんうんと頷き、と楽しそうに聞いていた。安心というのは強さという意味だろう。
「あと、CDなどにサインを。元気がでます」
「辰巳さんからも、その案を教えて貰いました♪」
「あら。まあ当然思いつくアイデアよね〜」
元気づける効果ではチケットが抜群だが、サイン入りならかなり違うだろう。元々、フィアナのCDは大きなレコード会社からのプレスCDではないのだ。
「そうそう、お手紙とか書かないと‥‥。キョーコさんに感謝を込めて」
と、CDアルバム『ピース・ザ・ワールド』にサインをかいて、キョーコにあげた。
「あら、ありがとう」
マイアにも上げるが、
「辰巳さんは、前に渡した物もってきて無い? 今度持って来たら、書いてあげますね♪」
と、空にそう言った。
「ああ、新作はここまででした?」
「うん」
空は訊ねると、フィアナは頷いた。
色々大がかりな北米横断ツアー優先で今期は動いていたため、フィアナはかなりの時間新作のアルバムを出していない。ロスライヴが終わったら出すのだろう。
フィアナがサインと手紙を書いている間、キョーコとマイアはメイド服のままで紅茶談義をし、空は運営スケジュールの打ち合わせをしている。
「あ、そうそう、あたしコミレザ行くので、そのときオフねー! あと、ゲームの販売日も!」
「余り体壊さないようなスケジュールにしてくださいね」
「はぁい」
空が苦笑して言うと、フィアナは、ぷぅとふくれっ面をした。
●条件をのむか
「では、持って行きますね。死ぬ気で働かせて、当日に間に合わせます」
「条件をのむのは、ジェームスさんだから、彼に判断させてくださいね」
「分かってます」
と、キョーコがサイン入りCDと手紙を持って、ロスへ戻るため出かけていった。
「さて、どうなるのかな?」
マイアが、少し心配そうだ。
「どんな人なのか楽しみですけど♪」
フィアナは結構楽天的でった。
再びロス。
キョーコは『リハーサル時の護衛』か『当日警備主任』をするかを説明した。
「まじか?」
今まで目が死んでいたように覇気がなかったジェームスに、生きる気力が戻ったみたいだ。キョーコは彼のテンションの変化ぶりに苦笑した。
「全部すると言うのなら別に問題はありませんが、ボランティアと言うことでもいいですか?」
「む、直に見られるというなら!」
即答。
プラチナチケットとより、差からに良い条件ではないかと思う。なにより、彼女の側などに居る事自体がレアになるだろう。
とはいっても、フィアナ自身、しょっちゅう庶民に隠れて遊んでいるわけだが。ハロウィンパレードでもそうだったし。
「しかし、軍大尉ではなく、個人として契約しよう‥‥そのほうがいいな‥‥うん」
やる気満々になったジェームスは、段ボールの仔犬をみて言った。
仔犬は、首をかしげて、なにも分かっていなかったが、遊んでとせがんでいるだけだった。
まず、彼が護衛につくことで、他の傭兵が警備に当たるという仕事がかなり減る事は確かなので、じっくりフィアナの歌を聴きたいという人には良いことだろう。
それからという物、キョーコが注意しなくてもジェームスの仕事ぶりは凄かったと言う。
「サインCDと手紙を貰って、元気百倍、熱意と根性で仕事を片付けるぞ!」
先日の気の抜けた状態から大変身。180度違う。
「あの人、何者か分からないわ‥‥」
苦笑するしかない。
しかし、問題は残っている。
段ボールの、チケットを取り損ねた原因の、仔犬達だった。
ジェームス本人曰く、
「正式に依頼で里親を募集する」
だそうだ。
「元気になって良かったです♪」
ジェームスが元気になって働いているという報告を受けたフィアナは、のほほんと言った。