●リプレイ本文
●某県貨物運送協同組合・集会所応接室
「被害が出ているのは大量に荷物を積載した大型トラックのみ‥‥食料だろうと何だろうとお構いなし、ですか」
禿頭の男が「荷が空の物は狙っていないようです」と付け加えた。
ホアキン(
ga2416)が応接室の机に書類の束を放り出してソファに背を埋めた。被害の当事者となった運送会社の被害報告をまとめた物だ。
(「じゃれついただけのはぐれキメラなら追い立てるだけでバグアの占領地域に引っ込むだろうが――実質問題として」)
襲撃は『計画的』だ。一定の区間内を往復する貨物の襲撃、という手法を継続して行われた場合、金銭的な被害だけではない。民間に流通する物資の絶対量が減ってしまう。それを狙った物と考えるのが常識という物だろう。もしそのような意図がなくとも結果としては同様である。
「追い払うだけでは戻って来るでしょう。確実に仕留めるべきだ。幸い、姿の見えない敵というわけじゃない」
「こちらも協力は惜しみません。組合一同、全力でバックアップさせて頂きます」
長机を挟んで向かい合った運送会社の代表たちが一斉に頭を下げた。
●駐車場
「で、結局何を積むんですか?」
「色々。とりあえず向こう持ちで肉だの安い毛布だのと集めてもらいましたので、それを囮にして引き付けよう‥‥って事らしいです」
アルヴァイム(
ga5051)はトラックの隣で銃器の調子を確かめている。問われたみづほ(
ga6115)は積荷のリストを片手に仁王立ち、コンテナに荷を積み込む運送会社員へ指示を出している。ドライバーであるレティの負担を軽くするため、内部の荷の配置を細かく考えた為である。
「よーし、いい子だ。よろしく頼むぞ」
レティ(
ga8679)は運転席で熟練のトラック野郎から直々に手解きを受けている。ギアチェンジ、ハンドリング、アクセルワーク。どれも通常の車とは異なる運転感覚である。悠長に時間を取っている暇はない。説明だけで再現できるかどうかはレティ次第である。
ばむ、とコンテナの扉が閉じられて閂が掛けられる。
みづほが少し声を張り上げて「いけますか」とレティを呼ぶと、窓からサムズアップが覗いた。
「リニク(
ga6209)さん、準備が出来たようなので武流(
ga1461)君を呼んできてもらえますか」
通りかかった彼女に伝えると、小走りでインデースへ駆けていく。中では武流がシートの背を倒してまどろんでいる。窓を二回叩くと、武流はすぐに身を起こした。
「タケル‥‥みんな‥‥準備できたって」
開いた窓に腕を乗せる。
「俺の運転は荒っぽいからな。リニク、酔い止めを飲んでおいた方がいいぜ」
●S字の黒線
耳障りな音をがなり立てながら囮班を積んだ大型トラックが道路を駆ける。
「車軸でも曲がっているのか」
レティ・クリムゾンは勝手に右に逸れる車体を微細に修正しながら、緊張の為か乾いている唇をぺろりと舐めた。
高速道路という限定された空間で大型車両を用い、剣歯虎型キメラの攻撃を回避する。文面にしてしまえばまあ簡単な事だが、この大ぶりな車体で後ろにコンテナを載せたまま行うには神がかり的に正確な操作が要求される。まして相手はバグアの生物兵器、一筋縄では行かない。だが、それでも口許は吊り上がる。
(「不謹慎だが、面白い」)
パターンに従えばキメラはコンテナに飛び掛かってくる。急加速にはお世辞にも向いているとは言えない『この子』で避けるのならばドリフトかあるいは――。
「囮車両へ。動いた、左側面」
無線から聞こえるホアキンの声。左手が別の生き物のようにギアを繋ぐ。
グンと加速するトラック。
「こちらも確認いたしました。みづほ様が監視に当たっています」
「了解。頑張って避けろ」
ザ、とノイズを最期に通信を制限する。
「ですってよ、レティさん」
注意深く横目で虎の起こしている木々の揺れを監視しながらみづほは軽口を叩いた。
「上等」
レティが呟くと同時。
不意をつくようにみづほの視界、トラックの真横で木々が『弾け飛んだ』。
爆発的な脚力を生かした跳躍からの体当たり。非常に原始的だが、かつ効果的である。
エミタが疼く。
瞬間、背中に翼が出現する。片翼、色は黒。レティ・クリムゾンが覚醒状態に入った証である。口許にうすら笑いを浮かべたまま――シフト。ハンドルを大きく切る。
狙いはコンテナ。飛びつかれたらそのまま横転するのは自明である。故に、車体の挙動を不安定な状態に持ち込み、トラックの横滑りを強引に引き起こす。
そしてジャックナイフ。軽めのコンテナが振り子運動する。
「ローラー・コースターより刺激的だろう、みんな!」
一匹目、避ける。
そして報告にあった二匹目が、真横になって山林部を正面に臨んだトラックの目の前に飛び出て――。
シフト。時間はひどくスローに感じる。
急激に落とされたギアが悲鳴を上げ、サスペンションが軋む音までも聞こえてきそうな程の、レティの集中。そしてアクセル。
「曲がれ――!」
運送屋のドライバーに教わった技術を駆使し、『再度のドリフト』。アスファルトの路面にスキッドマークを残しながら更にコンテナを振り回す。
「舌かんだ……」
みづほが口を抑えてうめく。アルヴァイムはくらくらとする頭を振って通信機に叫んだ。
「回避成功です! 二匹の前に出ました」
●撃滅
トラックとインデース、双方のドアが開き全員が覚醒状態で飛び出す。挟撃の体勢で前に三人。後方に三人。距離から考えてそれぞれサーベルタイガーを一体ずつ相手取る事になる。
「逃がすなよ! そう難しい相手でもない、ここで必ず殲滅するぞ!」
「やっと俺の出番だ、行くぜ」
ホアキンの檄に応じるように、ぱしん、と武流が金色に輝く己の拳と掌を打ち合わせた。
それが合図となったか。
『先手必勝』。
いち早く長剣を抜いたホアキンが低い体勢で地を駆けた。勢いに髪が靡く。不意をつくような突撃に反応できなかったか、虎は体を強張らせたままである。
「もらった――!」
が、相手もかくや、と言うべきか。胴を狙った斬撃は寸前で身を捻った虎の尾を根元からを両断するに留まる。それでもあるべき器官を失ったためか、バランスを崩している。それには目もくれず、ホアキンが更に弾けるように突進する。
レティらと睨み合っていた虎の片割れに、後方から走り寄って一撃。致命傷を、とは考えていない。今度は最初から尾を切断する事で体勢を崩す事を狙ったものだ。
これら、全て一瞬の出来事である。
「武流!」
瞬。
流れるような連携。ホアキンに瞬間遅れるようにして武流の体は動いていた。
かんしゃく玉の破裂するような踏み込みの音と共に、サーベルタイガーの目と鼻の先へ武流の体が出現していた。
顎への突き蹴りから、返しの後ろ回し蹴り。連続で脳を揺さぶられた虎の体が揺らぐ。
(「面喰らったかい、ネコちゃん。これが単独でのコンビネーションって奴さ」)
「機。我に続け! 畳み掛けるぞ!」
既に覚醒し口調の変わったアルヴァイムがドローム製SMGを構えて撃ち放つ。全長750mmの銃が咆哮。盛大に弾をばら撒き、レティとみづほも合わせるようにして目の前に佇む虎の頭といわず体といわずひたすら弾頭を叩き込む。
「君らに直接的な恨みはないが、これも仕事だ!」
ぱらららら、という音が耳を叩く。
ぐるる、という声が、同時に聞こえた。
『鉛弾がどうだと言うのだ』と。そう吼えんばかりの挙動で、虎が全身から血飛沫を撒き散らしながら、愚直に突進した。
「な‥‥!」
弾幕を物ともせずに向かい来るサーベルタイガーが、その巨体でみづほに大きく飛び掛かった時、咄嗟にアルヴァイムが庇った。
大質量の衝突によって大きく吹き飛ばされる。
「アルヴァイム君! こ‥‥っのぉ!」
動きを止めた虎の顎の下から脳にかけてに、鈍い音を立ててみづほの小太刀が突き込まれ、虎は白目をぐるりと見せて体を数度痙攣させ、路面に倒れ込んだ。
「みづほさん、アルヴァイムを! 私は向こうの応援に!」
レティは長剣を抜いて、武流と武闘を繰り広げるもう一匹のサーベルタイガーへと走った。
片割れが地に伏してなお、剣歯虎の勢いは増している。
「んぎっ!」
辛うじて武流は虎の爪を受け流す。動きを止めた所に横合いからリニクの強弓から放たれた矢が飛来し、横腹に突き刺さる。それを好機と見、回し蹴りが虎の右前足に直撃した。奇妙に甲高い悲鳴を上げてサーベルタイガーは一旦退くが、それでも瞳に宿った凶気は消えぬ。
「こちらはなかなかやるな」
ホアキンは既に退路を防ぐように回りこんでいる。
「トドメだ、行くぜェ!」
再び瞬天速によって間合いを詰めようとした武流の、『その先手』を打つようにしてサーベルタイガーが大きく一声吼えた。武流の足が止まったのは、相打ち覚悟の攻撃を警戒して、である。
「げ、やべ」
その隙を突いて虎が四肢のバネを存分に生かして飛び上がる。高い。巨大な重量を内包しているとは思えない身軽さで高々とホアキンの頭上をも飛び越え、森の中へと逃げ込もうとする――が。
「逃がしません」
リニクが弓を捨て、両腰から下げていた二丁の拳銃を抜く。
フォルトゥナ・マヨールー。
大きく息を吸い込んで、腰を落とす。
巨大な銃身の先は、虎の頭。大口径のこの拳銃による二連射撃こそ、彼女の切り札である。
ゴン、ゴン、と。
巨大な岩にハンマーを落としたような音が二つ、山間に響いた。肩口を蹴られたような痛みに顔をしかめるが、この拳銃を未だ成長期の骨格で用いる以上、仕方のない事である。
「‥‥BINGOだ」
最も虎から近い位置にいたホアキンが呟く。
サーベルタイガーの頭部は、命中した首の部分から先が無くなっていた。
●報告。
簡単にまとめた報告書を読み上げる。高速道路への被害、キメラの死骸と爆散した血液と肉片の処理、囮車両とそのコンテナに用意した物品の返却。長机に報告書を置いて、膝の上で手を組む。
「二匹とも殺害しました。これで当面の間は大丈夫でしょう」
にこりともせずホアキンが組合代表の禿頭の男と対面に向かい合って話をしている。男はよほど嬉しいのか、顔を緩ませた満面の笑みである。
「やはり今回は流通の妨害が目的だったんでしょう。また何かあったらUPCまで」
言う事は言ったとばかりに腰を上げる。
(「規模を考えると実効力よりテストケースの意味合いが強いかもしれないが」)
外に出ると、日はまだ落ち切っておらず、橙色の太陽がヤマバトの鳴き声と共に夕方を告げていた。
「もっと潜伏力と戦闘能力の高いキメラを広域に配置されたなら人類側には厄介だな」
確かに厄介だが、自分は一介の能力者に過ぎない。その辺りの見解も交えて報告しておくべきなのだろうかと自問しながら、ホアキンは皆を呼び集めて依頼の終了を伝えた。