タイトル:After Blowマスター:墨上 古流人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/12/09 14:55

●オープニング本文



 某所某日某時刻
 吹き荒ぶ冷たい風に埃が舞い、灰色の壁を駆け抜けてゆく。
 殺伐とした色が街を包むが、飛び交うのは銃弾や血飛沫ではなく、喧噪。
 殺気立っておらず、どこか懐かしい、長らく忘れていたような感覚。
 それは紅い月が見えなくなってから、初めてのことだった。

 ここは中国某所元・都市部。
 元、というのは既に戦争の影響で山間部の方のダムが決壊し、街は水没。
 崩れた高層ビルは水面から顔を出し、住宅街も屋根上浸水、
 立地の関係で何とか残っていたショッピングモールには、
 戦闘拠点としていた時の弾や糧食といった資材があふれかえっていた。
 
 この街の者はみんな戦争の情報には疎い。
 自分たちの住むところを奪われたからか、目の前の生活に精一杯だからか、
 早く忘れてしまいたいからか、積極的に興味を持つというような事はほとんどなかった。

 そんな、平和が非日常となった世界の壁が、ようやっと取り壊されようとしていた。

「えー、街の皆様ー、我々は国連より派遣された戦災復興の者です。只今より、この街に対する援助の説明と手続きを行いたいと思います。この街に籍がある、無いに関わらず、只今お住まいの方はお荷物をお持ちの上、セントラルビル屋上までお越しください」
 陽光の輝く水面を揺らして、8人ほどの男を乗せたホバークラフトが建物の間を縫うように進んでいく。

 年老いた者、負傷している者、物心ついたばかりで戦火に塗れた者、
 戦災に虐げられていた彼らは口々にこの辛い日常から解放される喜びを漏らしながら、
 生活の為に架けた板やトタンの簡素な橋を渡って建物の屋根をたどってゆく。
 途中で見かけた者にも、嬉々として声をかけていく。共に辛い生活を生き抜いた仲間、
 分かち合う喜びはそれは溢れんばかりのものだった。

 街の中央に立っているから、セントラルビル。
 かつて地上に比較的近い階にはカフェやレストラン、アパレル系のショッピング街等が入り、
 それより上は様々な企業のオフィスが入る、複合型商業施設だった。
 当然エレベーターは止まっているが、破られた窓、崩れた壁から中に入り、
 既に5階がスタート地点なら、屋上に上がるのも最初ほど苦ではなかった。
 
 半日ほど経っただろうか。
 ぼろぼろの服に汚れた姿の老若男女が数十人、広い屋上に集められた。
 国連の者だという男達は集まった面々を確認すると、代表らしき一人が拡声器を持って叫ぶ。

『よーし、それでは大きな声を出さずに聞くように。たった今、この街とお前らは我々の手の内に落ちた。殺されたくなかったら、金目のものと食料を女に持たせて前に出ろぉ!!』

 男達は一斉に武器を構えて罵声を吐く。
 この禄でもない日常は、まだ幕引きを許してくれそうにはなかった。



「と、いうワケで。今回の作戦ははぐれ能力者の鎮圧及び街の安全の確保、ね。倒しても経験値がたくさん入るワケではないので焦らないよーに」
 もう腰を下ろす事はないと思っていたブリーフィングルーム。
 プロジェクターが映し出す画面の光に顔を照らされながら、オペレーターに柚木 蜜柑は画面を操作する。
 
「街はほとんど水没してるわ。けど元々坂の多い地形だったから、ビルとアパートの屋根が同じ高さに、なんてこともあるみたい。住民が生活の為に屋根から屋根を橋渡ししたりしてるけど、ないとこもあるから気を付けてね」
 少し荒々しくインサートカップを置けば、卓に冷めたコーヒーが零れる。
 だがそんなことも気にせず蜜柑は説明を続けていく。

「まぁエミタのメンテを考えれば、ほっといてもあいつら自滅するんだろうけど、だからっていって街で頑張って生きてた人達、それまで待っててねってするワケにもいかないわよね」
 街の航空写真を確認すれば、水面からぽつぽつと飛び出している建物、
 そしてその中央のビルの屋上には、何人もの人影‥‥
 絶望した顔つきではあるが、それは一時の恐怖に竦んだ顔つきではない、
 枯れきった、恒常的な現状に対する諦めの絶望が、その顔にはこびりついていた。

「‥‥こんな顔をさせる為に、頑張って戦ってきたワケじゃない。力を振るって来たワケじゃない。そうでしょう‥‥?」
 少し、抑えた声で―――いや、絞り出したような声で、室内の面々に声を投げかける。
 それは、反語で聞いている訳ではなく、まるで、すがるような、一抹の思いに賭けるような‥‥そんな雰囲気に聞こえたのは、
 気のせいだろうか。

「こんな事するぐらいだし、こいつら一人一人は大した事ないかもしれない。けど、どんなに素人でも『能力者』なら、それだけでただの人には脅威よ。悲しい被害は出ないように、頑張ってっ」
 ちょっと資料を取ってくる、と一言添えると、
 蜜柑は足早に会議室のドアを開けて出て行ってしまった。
 
「ふぅ‥‥‥‥」
「あれ、先輩‥‥?」
 閉めたドアから離れず、背中を預けてため息を吐くと、
 後輩オペレーター、ユナ・カワサキが不思議そうに顔を覗き込んできた。
 手には、二つの紙コップ。甘そうな色に溶けたコーヒーをどうぞっ、と差し出すが、
 蜜柑はその手をじっと見つめるだけだった。

「あ、ごめんなさいっ。お砂糖もミルクも入ってます、けど‥‥」
「違うの、ユナ。ねぇ‥‥能力者って、やっぱり、自分の事は特別、だと思うのかしら」
「特別‥‥?」
「何でせっかく選ばれたのに、そんなことするのかしら‥‥誤った使い方が、出来るのかしら‥‥」
 ユナから視線をそらしながら、自分の右手の甲をさするようにして。独り言のようにつぶやく蜜柑。

「先輩っ、エミタを持ってる人が全員わるい人じゃないってことは、いっぱい見てきた先輩が一番よく知ってますよね‥‥?」
「私は‥‥こんなことをさせる為に、私たちは能力者を支え続けていたワケじゃないのにっ!!」
 床に叩きつけるような声で叫ぶ蜜柑、びくっと震えたユナの手からコーヒーが零れ、
 白い手袋に優しい土色が沁み込んでゆく。
 目尻から垂れる雫の熱さと、怖がらせてしまった無垢な後輩の顔を見て我に返れば、
 今度は罪悪感で顔が上げられなくなる。

「‥‥ゴメン、ユナ。一人に、して。今は、何も、考えられない。こんな顔で、作戦会議に、顔、出せない‥‥」
 廊下を駆けだす蜜柑、その姿を目で追うユナ。
 様子のおかしい先輩に声をかけても、帰ってくるのは遠くなっていく隔靴の残響だけだった。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
ブラン・シュネージュ(gb9660
16歳・♀・JG
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
黒羽 拓海(gc7335
20歳・♂・PN

●リプレイ本文


 今回の事件を通報したという難民男性がパイプイスを軋ませ、
 卓上のタブレットに指を走らせれば、見取り図上に赤い軌跡が描かれてゆく。

 その様子を大泰司 慈海(ga0173)が覗き込み、複雑な部分に関しては追加の問いかけをしてゆく。
 何かと傾倒することが多かった中国での仕事、その中でも関わり深かった『祭門』というグループ。
 その後自警や慰安、復興活動へと注力をしていった所までは知っていたが、彼らは今、どうしているんだろうと頭の奥で郷愁が過ぎる。

「バグアの次は能力者が脅威、か‥‥」
 黒羽 拓海(gc7335)が静かに息を吐きながら、やや呆れたように言う。
 その何気ない一言に、エイミー・H・メイヤー(gb5994)が僅かに表情を曇らせた。
 彼女自身、戦争が終結しエミタの除去を考えていたところで、このような依頼に巡り合った。
(エミタを失えば、今回のように非社会的な能力者、力を持つものへの対抗手段がなくなる‥‥が)
 そう、エミタを外せば、エイミーはただの人に戻る。
 幾多の戦場を潜り抜けて研ぎ澄まされた戦闘に対するセンスも、
 幾つもの命の灯を救い、或いは消した凄惨な経験も、
 華奢で小さな少女には文字通り身の丈に合わなくなるのだ。

「‥‥だが、今はまだこの力が必要だ。アイツらを護るために、な」
「いつか『能力者』が必要とされなくなる日が来ても私は『希望』であった事を誇りに思いたいと、そう‥‥」
 拓海の言葉に、立花 零次(gc6227)がこくりと頷く。
 零次がタブレットに添えた手には、どこかしっかりと力が籠っていた。

「いやぁ‥‥こんな贅沢な暮らしが出来んなら、俺もしばらく傭兵になってみてぇもんだぜ」
 いつのまにかテーブルには、缶飲料の差し入れが置いてあった。
 かこんっ、と軽快なプルタブの音の次に、気持ち良い喉の音を立てて男がコーヒーを飲む。
 その感嘆の言動が目立つほど、部屋の空気は少し静かになっていた。

「おっと、悪気があった訳じゃないんだ。だがな、コーヒーなんて当たり前のものを見るのも何年かぶりなんだ‥‥」
 忘れがちな者も多い。この時世で嗜好品は高級品だ。
 もちろんそれにはそれなりの対価もあるという主張はもっともなのだが、
 自分と比べて上に立つ優位な暮らしを見て何も思わないほど、人と言うのは、特に戦時下の弊害を受けた者達は、強くないのだ。

「‥‥すまない、潜入時に必要なんだ。敵の服装や装備について教えてくれないか」
 ふるふるっと重い何かを振り払うようにしてエイミーが男に質問をした。

「ほとんど民兵のような普段着で、見た感じ全員男だが‥‥まぁ、あんたなら大丈夫かもな」
「それは、どういう意味で言ったのかな?」
 じろじろと舐めるような視線でエイミーを見る男の後ろから、慈海がぽんと肩に手を置く。

 少しにこっとした慈海の顔に男が他意はねぇよ!と慌てて弁明するが、当のエイミーはそのやりとりをきょとんと見ているだけだった。


● 
「『戦後』の能力者が暴走するのではないか、という話はメディアで盛んに取り上げられていたことではあるけど‥‥」
 事の顛末を聞き、一ヶ瀬 蒼子(gc4104)が、
 サプレッサーの噛み具合を確認しながら言葉を零す。
 彼女らは潜入に成功した後、建物の一つを拠点として敵の様子を伺っていた。

「あんな奴らと、真面目に仕事してる能力者が一緒の目で見られるようなことにでもなったらいい迷惑だわ」
「力持つ者が弱者を虐げ、持つ者が互いを厄介に思うが歴史‥‥」
 キア・ブロッサム(gb1240)の言葉に、蒼子が振り返る。

「エミタが特別なのではない‥‥彼らに何も疑問もない。それは人としての必然‥‥ね」
「持つ者が持たざる者を淘汰する‥‥それは人に許される行為じゃない‥‥」
 キアのドライな自明の理に対し、彼らは憎むべき敵、と殺意を露わにするモココ(gc7076
 倫理的感情と、人としての理、そして能力者としての使命、混じるようで交差していくそれぞれの動機。
 彼女らの思う先に掴む結末は―――同じもの、なのだろうか。

「ほら、皆思うところはあるだろうけど、お客さんだよ」
 慈海の小声で、全員が物陰へと隠れる。
 静まり返ったその空間に、一人の男がライフルを適当に構えて入り込んできた。

「おーい、誰かいるかい? 戦災復興のセミナーが始まりますよー‥‥っと」
 プスッ、プスッとサプレッサーに抑えられたキアの銃声が男を捕える。
 音に似あわず一瞬にして膝に血の花が咲くと、男が足を崩す。
 痛みに呻く声は慈海の手によって塞がれた。
 能力者で大の男とはいえ、拘束、激痛―――恐怖。
 男はもがきながらも、震え、その目からは涙を流していた。言葉はない、唯、悲痛の声のみがでている。
 嗚咽混じり、途切れ途切れの言葉で男はキアの尋問に対して答えを絞り出してゆく。
 ルートと見張りの位置、捜索に出ている人数等の情報が更新された。
「戦争帰りに‥‥ちょっといい思いしようってノリで集まってな‥‥金品酒食料女‥‥それがこんな、くそ!」
「大人しくしないと、叩き切るよ?」
 モココが短刀を光らせれば、男は竦み上がる。そんな折、室内にノイズが響き渡る。
『おい、どうした。さっきから静かだな。一人で楽しんでるなら俺も混ぜてくれよ』
 男の所持していた無線から、仲間と思わしき通信が入る。蒼子が銃を構え、慈海がそっと手を離し、目で促す。
『な、なんでもねぇよ!ちょっと腹いてぇだけだ!ちくしょう‥‥適当に戻るよ!』
 もちろん戻す訳にはいかない。手足を拘束し、部屋の隅に目立たないように転がしたところで、外から差し込む斜陽を人影が遮った。

「ブラン嬢の配置が完了した。途中、見張りがいたので拘束したが‥‥」
「こっちでも、一人ボコったのか。怪しまれないといいが」
 エイミーと拓海達が拠点にしていたこの場所へと戻ってきたところだった。
「それじゃあ、そろそろ僕たちも準備しようか?」
 太陽は既に燃ゆる程に揺らめく赤に染まっている。
 その水平線に消える太陽に合わせ、4人の傭兵が水中用装備をまといて濁った水面へと体を沈めていった。
 
 

 宵闇を切り裂く程に差し込む月明かり。
 その下で妖しげな月光を受け止めて鈍く艶やかにライフルが光る。

「しかし‥‥簡単には変わりませんのね。力を持たぬ者が理不尽な暴力に曝される世の中は‥‥」
 ブラン・シュネージュ(gb9660)がゆっくりとした動作でボルトを起こし、薬室にぬるりと弾が滑り込む。
 遠く開いた視界の先では、思わずトリガーガードにかけた指を動かしてしまいたくなるような衝動に駆られる光景が見えた。

『いけません‥‥! 敵勢力が人質に暴行を振るっている跡が確認できますわッ! 各位、迅速に対応を!』
『時間を駆けたのが逆に怪しまれたか‥‥? こちらは全員スタンバイ、そちらの照明破壊を合図に突入する』
 ブランの無線に対応したのは井上 雅。慈海から閃光手榴弾を受け取り、煙草の代わりにそのピンを咥える。
 まるでプログラムされた機械のように正確な動作で機敏に弾を送りながら、ブランが2つの銃声を轟かせる。
 人質の悲鳴と、男達の怒号。消し去るように、雅とエイミーが閃光手榴弾を放り投げた。
 男達は怯み、人質は竦み、闇夜を数迅の影が駆けだした。
 月明かりのおかげで完全なる闇は訪れなかった。まずはエイミーが最優先で人質へと駆け出す。
 かろうじて取り戻した視界でマチェットを振るう男を軽やかな足取りでいなし迅雷で抜く。
 男が振り返ろうとするとキアが隙間なく制圧射撃を加え、同時に慈海のエネルギーガンが山刀を撃ち落とす。

 男が怒号を上げながら手榴弾のピンを抜く。その向く先は――人質。
 エイミーは迅雷を重ねがけ、宙を舞うその放物線の着地点へと滑り込む。
 時が止まったように見えた。怯える人質、放ったモーションを残したままの敵、そして揺れる手榴弾―――
 エイミーが発動するよりも早く、蒼子が割り込み『ボディーガード』
 飛び込んできた手榴弾を抱きかかえるようにして――――爆発。
 煤と血に体を汚しながらも、尚力強く立ち叫ぶ。
「いって! 今、その手を引けるのは私達だけよ!!」
 それが彼女の『仁王咆哮』となり、
 敵の、人質の、そして味方の目を惹いていく。
 はっとしてエイミーが人質を出口の方まで誘導する。
 大勢の人質と敵との間に、エイミー、蒼子、そして迅雷で駆けつけた零次が入り、凶弾・凶刃を防いでゆく。

「邪魔すんじゃねぇよぉ!」
 敵の男が斧を振り上げるが、その幅広の鎬は既にブランの照準の中にあった。
 細く吐いた息を止めて―――トリガー。弾は真っ直ぐに無風の闇を飛んでゆく。
 頭上で破裂した斧にバランスを崩すと、拓海がその手を取り上げて小手返しで引きずり倒す。
 その拓海に払い抜かれた剣は、足を上げて脚爪で弾き、そのまま曲げた膝を伸ばして敵の鳩尾に踵を埋めた。
『どのような事情があろうとも、力を振るい弱者を傷つける者達を許しはしない。容赦など、必要ありませんわッ!』
 無線から漏れてくるブランの正義の声、次々と正確に敵の肩が、腰が、足が、血染めの飛沫に濡れてゆく。
 
 モココが闇に慣らした目で敵を補足し、刀を抜く。
 敵も能力者、そのスピードに反応は出来たが慌てた銃の乱射は、モココの体を掠るのみ。
 急所突きにて見定めた目は、敵のトリガーを通してそのまま刃を鳩尾へ突きたてる。
 それでもなお抵抗する男の腹部へ刀を刺そうとするが、その手をまたも駆けつけた蒼子が止める。
「こんな奴ら助けるマネは癪だけど‥‥殺さないんじゃなかったの?!」
 どんな傷を負っても敵は殺さない、そう思っていたモココ自身だがさすがに不意と共に急所を突き、
 さらに腹部に刃を立てて生かしておくというのは無理があった。

 が、確実に危険因子となる数は減り、敵の腰が引けてきたのがわかる。
 キアの射撃に後退してきた男が、ちょうど慈海の方に向かってくる。
 どん、とぶつかると男は怯えて振り向くが、慈海が伸ばしたのは銃を持つ手ではなく空いている方。
「どうだろう、降伏しない?」
「え‥‥?」
「無抵抗の人質を殴ったり蹴ったり、したのかな? でも、それが君じゃないなら、そして自分から武器をすてるなら‥‥まだ、名誉ある扱いを、されるかもよ?」

 目先の楽さに飛びつく相手なら‥‥という思惑で、そう静かに強く囁きかける。
 だが、既に自分達の思い描いていた犯行との落差に、もはや半ばパニックを起こしていた。
 キアの銃は、まだ男に向いたままである。
「エミタは正義の証ではなく、使い方で様々な色を見せる道具‥‥それを人に向けるのでしたら‥‥」
 瞬天即で途中まで間合いを詰めたキアが、つかつかと男に詰め寄り、言葉を紡ぐ。
「銃を向け合ってきた頃と世界は何も変わらなく‥‥そこに私の生きる世界が残る」
 ついっ、と男の顎を指であげて、見下げた視線を逸らさせないようにして話すキア。
 キアの羽のような指先と慈海の手の内に籠る力、
 もはや男は武器を握る戦意を失っていた。
「貴方がたの様な‥‥愚者が増えるほど‥‥私には過ごし易い世界になる、かな」
 ふっ、と不敵な笑みを零してから体を翻すキア。
 武器を落とした落とした音に被せた言葉は、戒めなどではなく、どこまでも、自分の為であった。

 男たちが逃げようと乗り込んだホバークラフトは、エイミーが雅の提案で燃料タンクに砂糖を流し込んだ為、
 エンジンが焼けて使えなくなっていた。
「井上氏は、ブラック派だと思っていたのだけどな」
「こういう時に、便利な言葉がある『こんなこともあろうかと用意しておいたのさ』‥‥だ」

 慌てて男たちが上陸しようとした足場はブランの銃弾が牽制で抉り、
 迅雷で駆けつけ『刹那』で手際よく血桜を浴びせてゆく。
「鬼剣・瞬獄‥‥これでもう終わりだろう」
 ブランの銃声も止んだ。もう、この街に脅威は残っていなかった。
 賊という、脅威だけは。
 


 昼から入念に調べた事によりかかった時間と、敵の長時間の捕縛が合いまり、
 男達は薄々何者かが侵入していたことに勘づき始めていたらしい。
 難民内か外部の関与か、それを炙り出す為にも人質に暴行を加えたようだが、
 大ケガを負ったものも、淫らな行為に及ばれたものもいなかったのが救いだった。

「事後処理任せました‥‥」
「はい、あとは‥‥お疲れ様でした」
 キアの隊長である零次の肩を叩き、颯爽と、どこか優雅にヘリへと乗り込んでゆく。
 彼女が感じているのは、清々しい気分。
 仕事が無くなるのではと少し不安だった事が、気苦労でしかなかった、と‥‥
 今しばらく不条理の中にたゆたう事を許された銀翼の蝶は、まだその羽を休める事はなさそうだった。

「私達、まだ、助からないの‥‥?」
 ぼろ衣を纏う女性がすがるように本物のULT隊員に訴えるが、
 ただ事務的に「順番もあるので、いつか必ず」と答えが返ってくるだけだった。

 エイミーがそのやりとりを見て、またこの作戦の始まりに覚えていた胸のえぐみをぶり返す。
 自分がしたいことは、非社会的な能力者を制裁する事なのか。それとも――もっと本質的に、弱者を救いたいのか。
 この力を持ち続ければ、いずれは能力者に対する差別の弊害を受けたり、
 自分とは画然とした差を持つ人との付き合い方に悩む事があるかもしれない。
 人間とは至ってシンプルに出来ている―――自分が知らない事は、怖いのだ。
 それ以前に‥‥心ではなんとなくわかっていても、頭に、思考に靄がかかり上手く言葉に出来ない部分が、まだ、多い。
『選択』という状況下に放り出されて、まだ彼女も日が浅いのだ。


「アイツら‥‥これで、護ってやれたのかな」
 錆だらけのドラム缶で焚かれた火に当たる難民を見ながら拓海がぽつりと呟く。
「‥‥わたくしは、この力を持つ責任として、力を持たぬ者たちを守るために戦い続けますわ。これまでも、そしてこれからも」
「きっとこの世界に必要なのは、もう殺し合いなんかじゃないと思う。だから‥‥」
 これ以上の血が、悲劇が人間に降りかからないよう、モココはそう願い、
 自分に出来ること。そしてこれからも出来るであろうことを信じて、ブランは未来を誓うのだった。

「そういえば‥‥蜜柑さんのこと、出来れば気にかけて差し上げてくださいね」
「そうそう。別に心配とかじゃなくて、調子狂うのよね、いつものテンションがないと」
 零次と蒼子が、雅を捕まえて声をかけると、肺に溜めた煙と共に、言葉をゆっくり吐き出してゆく。
「あぁ‥‥すまない。気にかけてはいるが今は、少しそっとしといてやってくれ」
「心当たりが?」
「‥‥コンプレックスなんだよ、『持たざる者』であることが」
 独り言のように言葉を零す雅。
 戦争が終わったこの世界は、朝凪に霧散する紫煙のように、まだ見通し難いようだった。